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アジアにおける開発金融の変遷と課題

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アジアにおける開発金融の変遷と課題
http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html
外国審査部
2012 年 1 月
アジアにおける開発金融の変遷と課題
グローバル・インバランスの罠から脱する新成長パターンの模索
目次
はじめに
1 アジア新興・開発途上諸国の成長見通し
2 グローバル・インバランス
3 アジアの貯蓄をアジアの投資へ
4 アジアの新興・開発途上諸国への資本フロー
5 開発金融の変遷と民間資金への期待
6 パブリック・プライベート・パートナーシップ(PPPs)
7 政策への示唆
おわりに
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はじめに
世界経済がリーマンショックに大きく揺すぶられてから3年あまりが経過した。そして、
先進国経済の混迷は、その中心を欧州に移している。ユーロ圏のソブリン債務危機は、12月
半ばに開催された歓州連合(EU)首脳会議で対策が打ち出されたものの、当面綱渡り状態が続
くとの懸念は払拭されていない。財政・金融政策に手詰まり感のある米国も、明るい展望は
描けていない。日本は、東日本大震災からの復旧・復興に取り組むなか、エネルギ一政策や
財政の将来像を模索しつつ、長期的な成長戦略の具体化へ向けて試行錯誤の最中にある。
世界経済の構図は大きく変化した。先進国経済は構造改革を迫られている。新興・開発途
上諸国は、世界経済の成長エンジンの役割を担いつつある。こうした大転換に至る過去10年
ほどの間、アジアにおける経済開発のための金融も大きな変貌を遂げた。国内貯蓄の利用余
地が拡大し、域内外の民間資金が果たす役割への期待が高まっている。
世界経済の先行きが益々不透明となるなか、いわゆるグローバル・インバランス(世界的な
経常収支の不均衡)の罠に陥ることなく、アジアの新興・開発途上諸国が持続可能な成長を実
現するためには、新たな成長パターンが必要であろう。本稿では、アジアにおける開発金融
の変遷を概観したうえで、グローバル・インバランスから脱する新たな成長パターンを求め
て、生産的投資を拡大するための官民の役割と課題を論ずる脚注 1 。
1. アジア新興・開発途上諸国の成長見通し
ユーロ圏のソブリン債務危機が深刻化し、世界経済の先行きが益々不透明となるなか、ア
ジアの新興・開発途上諸国にも景気減速の兆しがみられる。もっとも、先進諸国が軒並み低
成長を余儀なくされているのとは対照的に、これまでのところ、アジアの新興・開発途上諸
国の成長減速は軽微である。
経済成長率をみると、中国とインドの存在感が際立っている(図表1)。そして、これに続く
のがインドネシア、ベトナムなどである。アジア開発銀行(ADB)は、12月に発表した経済見
通しのなかで、東アジアの新興・開発途上諸国は先進諸国を大きく上回る経済成長を続ける
と予測している(図表2)。
各国経済の特徴に応じて、先進国経済の混乱などの外的ショックから被る影響は異なる。
これは、リーマンショック以降の経済成長率の推移をみれば明らかである。外需への依存度
や輸出品目構成、金融システムの開放度が主たる決定要因となる。例えば、内需主導国は底
堅く経済成長を続ける。他方、外需主導国は、外的ショックを受けて景気が後退した後、輸
出の復調に牽引されてV字回復を遂げる。
アジアの新興・開発途上諸国には、インドとベトナムを除くと、経常収支黒字という共通
項がみられる(図表3)。いわゆるグローバル・インバランス(世界的な経常収支の不均衡)の黒
字グループの一員である。
1本稿は、西沢(2011a)、西沢(2011b)及び
Nishizawa(2011)の主たる論点を再構成したものである。
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図表1.実質 GDP 成長率:主要先進国・地域とアジア新興・開発途上諸国との対比、
2006~2016 年
(%)
20
中国
15
インド
10
ASEAN5
5
韓国
0
米国
ユーロ圏諸国
-5
日本
-10
2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
2011 年以降は IMF 予測
注:ASEAN 5 は、インドネシア、タイ、フィリピン、マレーシア、ベトナム。
出所:IMF, World Economic Outlook database
(前年度比又は前年同期比、%)
図表 2.実質 GDP 成長率:ADB 東アジア経済見通し、2001~2012 年
2001~10
平均
新興諸国
2010
2011Q1
2011Q2
予測
2011Q3
2011
2012
7.4
9.4
8.1
7.4
7.3
7.5
7.2
ASEAN
4.8
7.9
5.8
4.2
5.3
4.8
5.3
NIEs
3.9
8.2
5.7
3.7
3.8
4.2
4.0
中国
10.3
10.4
9.7
9.5
9.1
9.3
8.8
日本
米国
0.7
1.5
4.1
3.0
▲ 1.0
2.2
▲ 1.1
1.6
0.0
1.6
▲ 0.5
1.6
2.5
2.1
ユーロ圏
1.3
1.8
2.4
1.6
1.4
1.7
0.5
出所:ADB, Asia Economic Monitor ,December 2011
図表3.経常収支:主要先進国・地域とアジア新興・開発途上諸国との対比、2006~2016 年
(GDP 比、%)
12
10
8
6
4
2
0
-2
-4
-6
-8
中国
日本
韓国
ASEAN5
ユーロ圏諸国
米国
インド
2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
2011 年以降は IMF 予測
注:ASEAN 5 は、インドネシア、タイ、フィリピン、マレーシア、ベトナム。
出所:IMF, World Economic Outlook database
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2. グローバル・インバランス
グローバル・インバランスとは、世界的な経常収支の不均衡を意味する。国際収支の構成
項目である経常収支が黒字を続ける国と、赤字を続ける国とに二極化し、黒字と赤字が対称
的に拡大を続ける状況である(図表4)。経常収支とは、モノの輸出と輸入の差額である貿易収
支、運賃・保険、外国旅行者などの受払であるサービス収支、対外資産からの利息・配当な
どの受払である所得収支、贈与や労働者送金などからなる経常移転収支の総和である。
世界経済が全体として成長を続けるには、世界のどこかに需要を創り出すことが必要なの
だろう。リーマンショックに至るまでの数年間は、旺盛な消費により経常収支の赤字を続け
る米国が、世界的な需要創出に中心的な役割を担った。そして、多くの新興・開発途上諸国
のみならず、ドイツや日本などの先進諸国は、輸出に牽引された経済成長を続け、経常収支
の黒字を恒常化させてきたのである。しかし、リーマンショックを境に世界経済は景気後退
に陥り、グローバル・インバランスは縮小に転じた。
先々世界経済における需要創出が、再びグローバル・インバランスの拡大を伴うものであ
れば、いずれ不均衡は破綻に至り、危機は世界の隅々に波及しかねない。リーマンショック
の再来である。もしアジアの新興・開発途上諸国が経済成長の源泉をひたすら外需に求める
とすれば、すなわち貯蓄が投資を上回る状態を維持し続けるとすれば、グローバル・インバ
ランスの罠から脱することは難しくなるだろう。
図表4.グローバル・インバランス、1990~2016年
(十億ドル)
1,000
800
600
日本
400
米国
200
中国
0
先進諸国
-200
-400
新興・開発途上諸国
-600
世界
-800
2010年~ 推計・予測
-1,000
90
92
94
96
98
00
02
04
06
08
10
12
14
16
出所:IMF, World Economic Outlook database
3. アジアの貯蓄をアジアの投資へ
1950年代から現在に至るまで、アジア経済の貯蓄・投資バランスは大きな変化を遂げた。
それは、3つの局面に分けることができる。
最初の局面は、多くの開発途上地域と同じように、1970年代半ばに至るまでの国内貯蓄が
希少であった時期である。第2の局面は、1970年代からアジア通貨危機が発生した1997、98
年の直前まで、まず新興工業経済(NIEs) と呼ばれる諸国が台頭し、やがて東南アジア諸国
連合(ASEAN) の国々や中国が目覚ましい経済成長をみせた時期である。そして、経済成長
が加速すると一人当たり所得は趨勢的に上昇し、歴史的な水準を大きく上回る貯蓄と投資が
実現した。さらに、この局面の後半には、民間資本の域内への流入が急拡大して圏内投資を
活発化させたため、投資が貯蓄を上回る状態、すなわち経常収支の赤字が継続することとな
った。そして、アジア通貨危機が勃発する。
第3の局面はアジア通貨危機後である。アジア諸国の大宗は、貯蓄が投資を上回る状態に
転じた(図表)。国際収支面からみると、経常収支の黒字が定着する。しかも、2000年代を通
じて、国内総生産に対する貯蓄と投資の比率は上昇を続けた。そして、いずれの比率も、開
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発途上諸国の平均水準を大きく上回っているのである。
貯蓄が投資を大きく上回る状態は、過去10年あまりのアジア経済を特徴づけている。これ
は、国内貯蓄の一部が国外に投資され、国内で生産的投資に利用されていないことを意味し
ている。実際、国内で生み出された付加価値のー部は、外貨準備の累増という形で、収益率
が相対的に低い国外資産への投資に充てられている。
世界経済がバランスのとれた、持続的な成長軌道に復帰するためには、「グローバル・リ
バランシング」が必要である。経常赤字国は貯蓄を増やせ、経常黒字国は貯蓄を減らせ、あ
るいは投資を増やせとなる。アジアの新興・開発途上諸国も、こうしたリバランシングを必
要としている。例えば、中国はGDPの5割を超える貯蓄率を引き下げるべく、消費を拡大す
る施策をとるべきである。ASEAN諸国など、依然としてインフラ整備のニーズが大きい国々
では、経済・社会インフラへの投資や国際競争力向上に資する企業設備投資などを振興すべ
きであろう。
図表 5.開発途上アジアの貯蓄・投資バランス、1980~2010 年
(GDP 比、%)
50
開発途上アジアの貯蓄
45
40
開発途上アジアの投資
35
30
新興・開発途上諸国の貯
蓄
25
20
新興・開発途上諸国の投
資
15
2008
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
10
出所:IMF, World Economic Outlook database
4. アジアの新興・開発途上諸国への資本フロー
過去10年ほどの間、アジアの新興・開発途上諸国への資本フローの構成は、大きな変化を
遂げた。外国直接投資は、資本フロー全体に占める割合を一層拡大している。証券投資や銀
行貸付は、好況期に拡大し、不況期に縮小する傾向が強く、変動幅も大きい。また、公的資
本フローのシェアはきわめて小さくなっている。民間資本フローが主流となり、公的資本フ
ローが縮小する趨勢は、東アジアにおいて特に顕著である(図表6、図表7)。
公的資本フローの相対的縮小の趨勢は、国内総資本形成に対する政府開発援助(ODA) の純
受入額の比率が低下し続けてきたことからもみてとれる。特に東アジアにおいては、1960年
代の20% 前後から、1970~1990 年代を通じて5%前後まで低下を続け、2000年代後半にな
ると3%を下回っている(図表8)。
5
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図表6.東アジア・太平洋地域への国際資本フロー、1990~2009 年
(百万ドル)
200,000
外国直接投資(ネット、国際収支ベー
ス)
150,000
証券投資(ネット、国際収支ベース)
100,000
商業銀行ほか融資(ネット)
50,000
公的資金(公的・公的付保、ネット)
0
債券(公的・公的付保、ネット)
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
-50,000
出所:World Bank, Global Development Finance database
図表7.南アジア地域への国際資本フロー、1990~2009 年
(百万ドル)
60,000
外国直接投資(ネット、国際収支ベー
ス)
50,000
40,000
証券投資(ネット、国際収支ベース)
30,000
商業銀行ほか融資(ネット)
20,000
10,000
公的資金(公的・公的付保、ネット)
0
-10,000
債券(公的・公的付保、ネット)
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
-20,000
出所:World Bank, Global Development Finance database
図表8.開発途上アジアの域内総固定資本形成に占める政府開発援助純受取の比率、1960~2009 年
(%)
30
25
20
15
10
5
東アジア・太平洋(開発途上国のみ)
南アジア
出所:World Bank, Global Development Finance database
6
2008
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
1978
1976
1974
1972
1970
1968
1966
1964
1962
1960
0
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5. 開発金融の変遷と民間資金への期待
開発途上国への資金協力に携わる実務家の間では、「開発金融」という言葉を用いること
がある。しかし、厳密な定義があるわけではなさそうである。学術用語として定着している
ものではない。そこで、本稿では、「開発金融」を「開発途上国における開発目的に資する
投資のために動員される、国内及び国外の、公的及び民間の金融」という意味で用いること
とする。本節では、過去10年あまりの開発金融の変遷を概観する。
経済協力開発機構(OECD)によると、ODAフローは、1993~1997年に実質で16%減少して
いる。1998年には回復がみられたものの、開発援助委員会(DAC) を構成する諸国からのODA
フローは、2001年には、これら諸国の国民総所得(GNI)の0.22%と、歴史的な低水準に落ち
込んだ。開発援助の分野では、1990年代にみられたこうした大きな変化を反映して、過去10
年ほどの間にパラダイムシフトが生じている。
援助の規模とその開発効果について、援助国・被援助国の双方において改善が必要との認
識が共有され、いくつもの国際的な合意が形成された。そのひとつが、2000年に合意された
ミレニアム宣言と開発目標である。ミレニアム開発目標(MDGs)、の達成期限は2015年とさ
れ、開発援助の分野における国際社会共通の目標となっている。
2002年に開催された「開発資金国際会議」は、モンテレ一合意として結実し、MDGsの合
意に続く、もうひとつの重要な転機となった。モンテレ一合意は、多様な資金源の開発への
活用を慫慂し、民間資本フロー、とりわけ外国直接投資の果たす役割を重視している。
民間資金を含めた多様な資金フローを受け入れてきたアジアにとって、モンテレ一合意の
アプローチはごく自然に受け入れられるものであろう。次節では、民間資金を活かすひとつ
の事例として、パブリック・プライベート・パートナーシップの有効性を検討する(図表9)。
図表9.経済開発のための資金源
国外からの資本フロー
公的部門
二国間
国際機関
民間部門
国内資金
公的部門
政府開発援助(ODA)
政府財政
その他公的資金フロー(OOF)
国有企業
譲許的資金
非譲許的資金
開発銀行
パブリック・プライベート・パートナーシップ(PPPs)
外国直接投資(FDI)
証券投資
貿易信用
銀行融資
外国送金
贈与資金
民間部門
企業
非政府組織(NGOs)
個人
金融仲介機関
6. パブリック・プライベート・パートナーシップ(PPPs)
(1) PPPsへの期待と現実
新興・開発途上諸国におけるインフラ整備の分野では、近年、パブリック・プライベート・
パートナーシップ(PPPs) への取組みが拡大している。これは、世銀が主導する「民活イン
フラ」への期待が広がった1990年代半ばを想起させる動きである。PPPs推進の誘引は、効
率性の向上と民間資金の導入への期待である。
アジアの新興・開発途上諸国の財政は概ね健全性である。しかし、インフラ整備のための
資本支出の確保は容易でない。このような背景から、多くの諸国の政府は、PPPs推進を優先
課題に掲げている。もっとも、PPPsへの期待にもかかわらず、実績は芳しくないのが現実で
ある。
7
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民聞が参加するインフラ案件うち、ファイナンス・クローズに至ったものの件数をみてみ
る(図表10)。東アジア・太平洋では、1997年に112件の実績があったものの、1998~2000年
は毎年50件に満たない。2003年と2005~2007年には毎年100件以上が実現したが、2001~
2010年の年平均件数は86件にとどまり、実績は中国、マレーシア、フィリピン、インドネシ
アに集中している。
投資額でみても、民活インフラ案件の実績は期待に応えているとはいえない(図表11)。東
アジアでは、1997年の370億ドルが過去最大である。2000年以降は年平均160億ドルにとど
まっている。
図表10.民間インフラプロジェクトの地域別件数、1990~2010年
(件数)
400
東アジア・太平洋
350
300
欧州・中央アジア
250
ラテンアメリカ・カリブ海
200
中東・北アフリカ
150
南アジア
100
サブサハラアフリカ
50
20
10
20
08
20
06
20
04
20
02
20
00
19
98
19
96
19
94
19
92
19
90
0
出所: World Bank and PPIAF, PPI database
図表11.民活インフラプロジェクトの地域別投資額、1990~2010年
(十億ドル)
200
東アジア・太平洋
180
160
欧州・中央アジア
140
120
ラテンアメリカ・カリブ海
100
中東・北アフリカ
80
60
南アジア
40
20
19
90
19
92
19
94
19
96
19
98
20
00
20
02
20
04
20
06
20
08
20
10
サブサハラアフリカ
出所: World Bank and PPIAF, PPI database
8
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(2) PPPsの性格
PPPプロジェクトの組成に際して最も重要な作業は、官民双方から参加する数多くの関係
主体の利害を調整し、円滑な事業実施に向けて一致させることである。関係主体としては、
民からの出資者、債権者、コントラクターなど、官からの官庁や公共事業体などが挙げられ
る。
PPPsは、公共サービスの提供に責任を有する官の関係主体と実際にサービスを提供する民
の事業主体との間で、長期の契約関係を結ぶことにより成立する。典型的なPPPプロジェク
トでは、出資者が、プロジェクト実施主体となる特別目的会社を設け、官の関係主体との契
約に基づいてサービスを提供する。
PPPsでは、当該プロジェクトが提供する公共サービスの要件を官が定義する一方、この要
件を満たす方法を民の裁量に委ねるのが原則である。官民の役割分担により、設計、建設、
資金調達、事業収入、技術、運営、維持・修繕などに伴うリスクの多くが民に移転されるの
である。
このような仕組みを通じて、官は事業リスクの所在を認識することができる。そして、官
自らが実施主体となる通常の公共事業とは異なり、民へのリスク移転が検討されるのである。
したがって、PPPsの導入により、官が事業リスクを省ない事態が避けられるほか、過度に楽
観的な事業計画が後々膨大な予算超過を招く事態も防ぐことができるとされている。
民の出資者や債権者は、投下資金を失うリスクを負うことになるので、契約どおり円滑に
事業が運営され、サービスが提供されるよう注意深く振舞う強いインセンティブをもつこと
が期待される。さらに、金融機関などが与信判断に際して行う対象事業の審査は、契約上の
義務が漏れなく履行され、事業が円滑に実施される可能性を高めることになる。
PPPsには、こうしたメリットがあるとされている。しかし、実際には幅広く採用されるに
は至っていない。それはなぜか。
(3) 公益対私益、将来の不確実性
PPPsには多くのメリットが期待されるが、公益と私益の対立という最も根本的な要素を無
視することはできない。この対立は、サービスの価格設定において最も顕著となる。
官は、政治的・社会的な圧力を受けて価格を低く抑えようとする。他方、民の主体は、事
業から満足できる収益を得るために十分なキャッシュフローを確保する水準に価格を設定し
ようとする。さらに、民は、もし事業リスクが高いと判断すれば、そのリスクに見合って十
分に高いリスクプレミアムを求めるだろう。
民の主体にとっては、公共事業体の経営が健全であること、政府の施策や規制体系が事業
の円滑な実施に適したものであることが重要である。政府が、このような条件を満たすこと
ができなければ、民の主体は事業への参加に躊躇する。つまり、PPPsが成立するためには、
政府の能力、姿勢、政策が極めて重要なのである。
PPPsのメリットにのみ着目していると、官民のリスク分担によって自ずと効率性が向上す
る、あるいは政府の資金負担が軽減されると誤解しがちである。将来生じ得るすべての事象
を想定した契約を取り交わすことが不可能であることも、民が長期にわたるリスクをとるこ
とを躊躇する理由である。したがって、PPPsの標準的な理論が想定するダイナミックなイン
センティブは、現実の世界では、期待どおりには働くとは限らないのである。
官としては、財政負担が過大となるリスクにも注意を払うべきである。公益と私益を両立
させるという要請があることに加え、数十年先までの事業環境の不確実性が不可避であるこ
とから、事業リスクを適切に処理できない場合、政府にとっての偶発債務が現実の債務とな
る事態や、補助金が財政に過度の負担を強いる事態が生じる。
このことは、財政資金の制約ゆえにPPPsへの期待が高まっていることと対比すると皮肉な
現実である。
PPPsは、財政による膨大な初期投資を必要としないことが魅力となっている。投資コスト
は、事業の存続期間にわたり回収されていく。そして、インフラの建設、運営、維持・修繕
のコストは、最終的には、利用者が負担するか、政府予算が手当てしなければならない。当
然のことながら、PPPsといえども、フリーランチを可能にするわけではない。
9
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(4) 万能ではないPPPs
PPPsは、インフラ整備にとって多くのメリットを提供する可能性がある。しかし、それは
同時に、極めて複雑であり、具体化のためのコストは小さくない。官民の多様な関係主体間
のリスク分担は簡単ではない。インフラの公共性は、結果として、政府にとって過度の財政
負担を課すリスクを孕んでいる。長期にわたる契約が、将来生じ得るすべての事象を盛り込
めるわけではない。さらに、民間投資家、政府、金融機関、受益者である国民の利害が必ず
しも一致しないことも、PPPsの推進を困難にしている。したがって、PPPsは、インフラ整
備にとって万能なスキームではないのである。
7. 政策への示唆
アジアの新興・開発途上諸国が、域内貯蓄の有効利用を通じて、経済発展と国民生活向上
のための生産的投資を拡充するには、いくつかの視点を忘れてはならない。
第1に、マクロ、セクタ一、ミクロのそれぞれの視点から政策は整合的で、一貫性をもっ
たものである必要がある。
マクロ的な視点でみると、アジア域内の貯蓄・投資バランスは、1997、1998年の通貨危機
をへて投資超過から貯蓄超過へと転換した。しかし、潤沢な貯蓄は、域内の生産的投資に十
分に活用されていない。セクターの視点からは、経済・社会インフラ整備の必要性が、経済
成長の隘路解消のために必要との認識が共有されている。インフラ整備の推進のためのPPPs
が注目されているが、現実には、官と民とのリスク分担というミクロ的な利害調整は容易で
はない。
第2に、開発に資する多様な資金を、相互補完性や相乗効果を発揮するよう活用すべきで
ある。モンテレ一合意が、多様な資金源の開発への活用を慫慂し、民間資本フロー、とりわ
け外国直接投資の果たす役割を重視しているのは、とりわけアジアの新興・開発途上諸国に
とっては示唆に富む。
第3に、開発金融に民間資金を効果的かつ持続的に活用するためには、インセンティブの
仕組みとリスク軽減の手立てが不可欠である。政策当局は、政府の介入と市場の効率性の二
者択一という不毛な議論からは距離をおくべきである。民を惹きつけるには事業の採算性を
無視することはできない。もっとも、リスク軽減の手立てや政府による支援は、官と民の双
方にモラルハザードを招くことがないよう注意深く検討されるべきである。
おわりに
2008年9月のリーマンショックで顕在化したサブプライム危機を端緒として、先進国のソ
ブリン債務問題がこれほど深刻化したのは、長年ソブリンリスク審査に携わってきた筆者に
とっては驚きであった。もっとも、金融システムの破綻を回避するため、あるいは景気後退
から脱出するため、各国がこぞって大規模な財政出動に頼った経過をみていれば、容易に予
想できたことである。同じような負の連鎖が、現在、欧州で繰り返されている。出発点は国
によって異なるものの、リスクが、あるいはコストが、民から官に肩代わりされていくプロ
セスは共通である。金融システムの破綻を回避するための資本注入、景気後退から脱出する
ための財政出動、あるいは非効率な公的部門への補助金支出などが、政府部門の債務負担と
して累積していく。
いまや世界経済を下支えしている新興・開発途上諸国にも、いずれ、このような負の連鎖
が及ぶのだろうか。
これまでのところ、アジア新興・開発途上諸国の財政は、インドとベトナムを除けば、お
おむね健全である。政府部門の債務負担はそれほど重くない。しかも経済は、下振れリスク
に直面しつつも、先進国をはるかに上回る巡航速度で成長している。
先進諸国の現状を教訓とすれば、アジアの新興・開発途上諸国は、財政負担をいたずらに
増やす政策を慎重に避けつつ、経済成長の源泉を外需から内需へ、官需から民需へと誘導す
る施策を強化すべきであろう。さもなければ、グローバル・インバランスの罠にはまり、期
せずしてリーマンショックの再来に加担することになりかねない。
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http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html
いま求められているのは、需要のリバランシングを進めるため、自らの貯蓄をインフラ整
備などの生産的な投資に充てる施策である。公的部門には、そのための環境づくりや、民間
活力を惹き出す触媒機能が期待されている。
※本稿における見解は、著者個人のものであり、所属する機関のものではありません。
参考資料
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2.IMF (2011). Wor1d Economic Outlook (WEO) database.
3.西沢利郎(2011a)、「新成長パターンへの転換が必要:グローバル・インバランスの罠」
金融財政ビジネス、2011年7月11目。
4.西沢利郎(2011b)、「下振れリスク高まる世界経済:アジア新興諸国の成長は続くか」、
金融財政ビジネス、2011年11月14日。
5. Nishizawa T. (2011). Changes in development finance in Asia: Trends,challenges,and
policy implications. Asian Economic Policy Review,6(2),225-244.
6. Wor1d Bank (2011). Global Development Finance (GDF) database.
7. Wor1d Bank (2011). Wor1d Development Indicators (WDI) database.
8. World Bank and PPIAF (2011). PPI database.
(国際協力銀行 外国審査部 部長 西沢 利郎)
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この記事は、2012 年 1 月 1 日号の外国為替貿易研究会「国際金融」に掲載されたものです。
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