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季を愛で、祝う 石川・和菓子の系譜 J
J apanese tex t 2014年 秋/冬号 日本語編 伝統 秋―重陽の節句 季を愛で、祝う 石川・和菓子の系譜 色を重ね丸くかたどった練りきりの表面を、専用のはさみでつまむよう にして花びらを表現する「はさみ菊」。和菓子製作の中でも最も難しい とされる技だ。(N) 撮影=佐藤竜一郎 文=編集部、直江磨美 ※和菓子協力:(M) 諸江屋 (N) 中島 (K) 越山甘清堂 コーディネート=稲場美和子 p.067 p.068 江戸時代、「加賀百万石」と謳われた前田家の栄華が育ん だ茶の湯の文化は、菓子処としての伝統を石川県に根づか せました。古来、四季折々の行事を寿ぎ、今なお人々に親し まれる伝統菓子の世界を旅しましょう。 和菓子は古来、日本の四季の情景と深く結びつき、色彩・形・ 材料が織りなす、折々の歳事に着想した意匠で、その移り 変わりを感じさせてくれるもの。年中行事や、婚礼や出産、 子どもの成長を祝うものなど、さまざまな節目にも欠かせな 金沢の諸 江屋で受け継がれる、落雁の木型。「寿」の文字や吉祥文様 いものだった。 など、婚礼菓子用のものも多い。桜の木で彫った型はいちばん古いも 江戸時代、長崎に渡来した南蛮文化が広まり、精製され ので 150 年以上前の、創業当時から伝わるものも。 た砂糖をふんだんに使った菓子の種類、味の表現が多彩に なった頃。石川県では、現在の金沢を中心に富山県まで及 ぶ領土を統治した、前田家の栄華の象徴の一つともいえる (p.68) 冬―新年 城中菓子、献上菓子の豪奢な文化が花開いた。京都に近い 上:新年を寿ぐ「福徳煎餅」は、おめでたい打ち出の小槌などをかたどっ 土地柄、工芸や食文化の表現において雅な公家文化の影響 た最中皮の中から、小さな砂糖菓子(金花糖)や土人形が現れる楽し を受けながらも、柔らかさの中にどこか凛とした趣が感じら い趣向。(M) れるのは、日本海に面した地の気候風土の違いや、武家の 右上:縁起のよい郷土人形「起上がり」をかたどった上生菓子 。(N) 茶の湯文化のもとで発展したゆえといえる。 前田家の繁栄のシンボルである、金沢城や兼六園、前田 春―桃の節句 金沢ならではの雛祭りの祝い菓子、「金花糖」 。溶かした砂糖を型で固 めて彩色したもの。色とりどりのモチーフを華やかに籠に盛って贈る。(N) 家の紋 剣梅鉢 などの存在は大きい。さまざまな銘菓の モチーフになっており、地元の人々の心のよりどころであり 創作の源であることが窺える。また、前田家ゆかりの菓子を 初夏―端午の節句 ルーツとして、現代も親しまれる菓子は数多い。例えば、 5 月、子どもの健やかな成長を願う祝い菓子「ちまき」と「柏餅」 。日 。 日・月・山・海・里 の要素をかたどり、 「五 色生菓子」 本ではおなじみの菓子だが、柏餅は店によって、味噌餡とこし餡など中 自然に対する畏敬の念を表現するとともに、加賀の天地を 身が違う。(N) (p.69) 治める前田家の繁栄を祈念したもの。慶長 6(1601)年、 徳川家の 2 代将軍・秀忠の娘、珠姫が前田家の 3 代藩主・ 夏―氷室の節句 利常に輿入れをした際の祝い菓子として考案された。 左上:口の中ですっと溶ける、優しい甘さの落雁に込められた季節の情 金沢では、婚礼のある家の前に、五色生菓子を詰めた漆 景。6月、水辺に咲く菖蒲を表現した。(M) 塗りの蒸籠が積まれ、それを重箱に分け、親族や近隣に配 右: 「氷室饅頭」は酒種がほんのり香る皮の中に、なめらかな餡が。 (K) るのが習わし。それぞれに意味をもつ赤、黄、黒、白の意 Copyright - Sekai Bunka Publishing Inc. All rights reserved. Reproduction in whole or in part without permission is prohibited. Autumn / Winter 2014 Vol. 34[ 伝統 ] 1 匠が色鮮やかで、この 5 種類がお重に並ぶさまは、今見て 材料を木型に詰め、絶妙な圧をかけ押し固めていく。「道具 も驚くほど斬新だ。婚礼スタイルの変化もあり需要は減って の先に目をつけて」といわれるほど、研ぎ澄まされる手先 いるというが、400 年以上も根付くこの風習が絶えずに続い の技。落雁は水分を少なく、堅めに仕上げるのが基本だが、 てほしいと願う人は多い。 「手でなければ出せない口溶けのよさ、なんともいえないま このように、ある行事や季節にしか作られない菓子、そ ろやかさがあります」と 6 代目主人の諸江吉太郎さん。時 の季節になると食べずにいられない和菓子というものがあ 代に合わせ、ココア風味の新商品なども売り出している諸江 る。菓子そのものが、その土地の季節の風物詩なのだ。7 屋では製造の一部を機械化してはいるが、この日作られて 月 1 日の「氷室の節句」の前後には、「氷 室饅頭」を求め いた祝い菓子のように、昔ながらの手製にはこだわり続け て和菓子店に行列ができるのが、金沢ではおなじみの風景。 る。技とともに、160 年続く老舗の心意気は受け継がれる。 無病息災を願い、暑気払いの意味も込め親しい相手に贈っ たりする酒饅頭で、その起源は、天正 12(1584)年のこの 日、初代加賀藩主・前田利家に貴重な氷が献上されたこと に遡る。以降、100 年ほど続いたこの習わしに着想を得て、 石川、老舗の銘菓たち p.070 明治中期頃から、氷に見立てた白い饅頭が庶民の間でも人 気となった。 地元で愛されてきた数多くの名店の中から 6 軒を、それぞれ 現在、金沢市内だけでも和菓子店の数はゆうに 300 店を 創業当時から守り継がれている伝統菓子、のれん菓子ととも 超すという。今日まで、いかに和菓子が人々の生活と結び にご紹介します。 ついてきたかが窺い知れる。現在は次世代に代が移りつつ ある店も多く、それぞれに石川県の和菓子文化の発展のた めに奮闘している。少しずつ形を変えながらも、伝統は連 綿と受け継がれていく。 諸江屋 嘉永 2 (1849) 年の創業以来、地元・金沢で親しまれてきた 落雁専門店。昔ながらの製法にこだわりながら、6 代目諸 江吉太郎さんの代からは、あえて甘さを控えめに精製した 徳島県産の和三盆を原料に、よりあっさりとした味わいを作 り出すなど、お客の要望や時代の志向に技で応える老舗の 1 「諸江屋」が守り継ぐもの 誇りを伝え継ぐ。本店に隣接した「落雁文庫」では、代々 p.069 和三盆、もち米を粉にした寒梅粉、そして少しの水。石川 を代表する菓子の一つである落雁は、この3つの素材から 伝わる道具や製法帳などの展示も楽しめる。 親指の先ほどの、小さく愛らしい落雁「花うさぎ」は人気の定番商品。 15 粒入り 432 円。 作られる、とてもシンプルなものだ。それだけにそのでき上 がりを左右するのは、材料の品質はもちろん、熟練の菓子 [ 本店 ] 石川県金沢市野町 1-3-59 職人の感覚一つ。淡い色、鮮やかな色などの多彩な表現も、 Tel. 076-245-2854 10 年、20 年かかってようやくよい塩梅に出せるという。 諸江屋の工場では、 げんべら という樫の木でできた道 9:00 ∼ 19:00 元日 休 moroeya.co.jp 具の音がリズミカルに響く。げんべらと包丁を巧みに操り、 Autumn / Winter 2014 Vol. 34[ 伝統 ] 2 越山甘清堂 圓八 P.69 の「氷室万頭」や婚礼菓子「五色生菓子」などの伝統 柔らかな餅を餡でくるんだ「あんころ餅」は、圓八の看板 菓子を伝える一方、近年は和風アイスクリームやチョコレー 商品。あずきが爽やかに香り、甘みの中にほのかに香ばし ト菓子までバラエティに富む品揃えで、さまざまなシーンで さを感じる餡が口の中でさらりとほどける。独特な口当たり 楽しめる歳時和菓子を提案。モダンに改装された本店には と風味の秘密は、餡を蒸し、水にさらしてあくを取る製法。 甘味と抹茶などのメニューでくつろげる茶房があるほか、和 3 日間かけて工程を繰り返し、あずきの味を丁寧に磨き上げ 菓子作りの体験プログラムを週 2 回開催。明治 21(1888) てから、砂糖を煮つめた蜜を加える。元文 2(1737)年の 年創業の老舗は、地元に密着した、金沢の和菓子文化を発 創業以来、280 年守られ続けるこだわりの製法だ。 信する存在となっている。 一口サイズで、さっぱりとした甘さの「あんころ餅」はいくつでも食べら 上から月、山、里、日、海の天地万物を表す、江戸時代から親しまれる れそう。竹皮包みの 9 粒入り 370 円。 金沢ならではの婚礼菓子。「五色生菓子」10 個入り 1512 円。 石川県白山市成町 107 石川県金沢市武蔵町 13-17 Tel. 076-275-0018 Tel. 0120-548-414 8:00 ∼ 18:00 無休 9:00 ∼ 18:00 水曜休 www.enpachi.com www.koshiyamakanseido.jp 松葉屋 中島 かつて贅沢品だった砂糖をふんだんに使い、ねっとりと甘み 金沢城のお膝元に店を構えたいと初代が明治 14(1881) 濃く仕上げた練り羊羹が主流だった時代も移り変わり、松葉 年に兼六園下に創業した、中島。兼六園から見える月に雲 屋では 5 代目当主・那谷忠雄さんの代から、よりあっさりと がかかる風情を表現した「おぼろ月」は、表面にさっとかけ した甘さの蒸し羊羹にこだわってきた。150 年以上伝わる製 られた砂糖がなんとも上品だ。兼六園の雪景色をイメージ 法と、どこを切っても出てくるたっぷりの栗などの天然素材 して、くるみと白餡を砂糖で丸く包んだ「兼 花苑」と並び、 にこだわりながら、あくまで日常の中で和菓子を身近に味 創業当時から親しまれてきた看板商品には、地元ならでは わってもらいたいと、可能な限り値上げをしないという信念 の豊かな創造性が込められている。 を貫く。 もっちりと柔らかな皮の間にほんのり醤油味の白餡が。130 年以上変わ らない手作りの風味。「おぼろ月」8 枚入り 1,050 円。 くる み の ほろ 苦 さ が 味 噌 仕 立 て の 餡 の 優し い 甘 さを 引 き 立 てる 「比め咩」も人気。栗蒸しの「月よみ山路」ともに 1 本 648 円。 石川県金沢市兼六元町 1-14 石川県小松市大文字町 69 Tel. 076-231-6534 Tel. 0761-22-0120 9:00 ∼ 18:00 日曜休 9:00 ∼ 19:00(日曜・祝日・水曜 9:00 ∼ 16:00)元日 休 www.wagashi-nakashima.com www.matsubaya.jp Autumn / Winter 2014 Vol. 34[ 伝統 ] 3 梅屋常五郎 戦国時代に京都の華麗な文化が持ち込まれ、菓子文化も広 まったといわれる能登地方の七尾には、古くから伝わる菓子・ 豆あめがある。前田利家が豊臣秀吉に献上したとの記録も 残り、日持ちがするため非常食としても重宝された。大正4 (1915)年創業の梅屋常五郎では、水飴、砂糖、求肥など に鮮やかな緑色のうぐいすきな粉を混ぜ、しっとりと風味豊 かな豆あめを製作。今も昔も変わらない郷土の味としてお 土産や進物に利用されている。 一般的な棒状のほか、短冊形や一口サイズなども。きな粉は栄養価も 高く、健康食としても注目されている。8 本入り 540 円。 石川県七尾市作事町 1 Tel. 0767-53-0787 9:00 ∼ 19:00 元日 休 umeyatsunegoro.jp Autumn / Winter 2014 Vol. 34[ 伝統 ] 4