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経済の国際化に伴う新たな金融政策の枠組みの検討 −ターゲット・ゾーン
Annual Report No.18 2004 経済の国際化に伴う新たな金融政策の枠組みの検討 −ターゲット・ゾーンと企業行動を通じた ファンダメンタルズの相互依存関係の考察を通じて An Alternative Perspective of Monetary Policy in An Open Economy: Target Zone, Optimal Intervention and Firm Behavior A21205 代表研究者 共同研究者 堀 敬 一 立命館大学 経済学部 助教授 Keiichi Hori Associate Professor, Faculty of Economics, Ritsumeikan University 言 美 伊 知 朗 立命館大学 経済学部 助教授 Ichiro Gombi Associate Professor, Faculty of Economics, Ritsumeikan University We try to provide an alternative perspective of monetary policy in an open economy. Particularly, we are interested in some policy schemes in foreign exchanges market. Our research project consists of two parts ; the first one is a survey on the target zone models and the second one discusses a credible target zone. According to the survey on the target zone, there are some aspects for monetary policies in foreign exchange markets, which include target zone models, a central bankユs optimal intervention in the market and the balance-of payments crisis model. However, no studies have ever tried to show the model unifying these aspects. In the second part, we discuss a relationship between the target zone models and the balance-of-payments models, and derive a proposition concerning with a credible target zone. The proposition suggests that central banks should pay attention to a level of exchange rates, not a volatility of them. ゲット・ゾーン理論」、および「外国為替市場 研究目的 への最適介入政策に関する一考察」としてま 本研究の意義は経済の国際化に伴う新たな とめられた。 金融政策の枠組みを検討することであり、具 概要および本文 体的には為替レートに関する代表的な政策ス キームであるターゲット・ゾーンの分析と、 1.はじめに 現在、通貨制度として世界各国では様々な 通貨危機の問題、および中央銀行の最適介入 政策の関係を総合的に議論することであった。 為替レート制度を採用している。為替レート その研究成果としては、第一に過去のターゲ のターゲット・ゾーン制度とは為替レートの ット・ゾーンに関する研究の展望であり、も 変動に上限と下限を設定して、変動許容範囲 う一つは複数の視点を含む新たなターゲッ (ゾーン)を形成し、その範囲内に為替レート ト・ゾーンモデルの提示と政策的含意の提示 が収まるように通貨市場に市場介入をおこな であったが、それぞれは「為替レートのター う制度である。為替レート制度としては、他 ─ 104 ─ The Murata Science Foundation に自由変動相場制(Free-float 制度)と固定 以 前 の タ ー ゲ ッ ト ・ ゾ ー ン 制 度 ( EMS : 相場制(Point-fixed 制度)があり、ターゲッ Exchange rate Management System)より得 ト・ゾーン制度はその中間的性質を持った制 られる定型的事実(Stylized Facts)を取り上 度と言える。理論的にはターゲット・ゾーン げ、モデル評価のベースにする。第4 節では、 制度は、極限値として自由変動相場制と固定 ターゲット・ゾーンの中心レートが外生的に、 相場制を内包していると考えられる。ターゲ または、内生的に変更されることを考慮した ット・ゾーンの上下限を無限大に広げたのが モデルを取り扱う。第 5 節では、様々な原因 自由変動相場制であり、上限と下限を1 点に で為替レートの決定要因であるファンダメン 縮めたのが固定相場制である。実際の固定相 タルズ自身が中心回帰的になる場合のターゲ 場制度と呼ばれているものは、厳密には上下 ット・ゾーン制度を取り扱う。第 6 節では、 限幅(例えば、ヨーロッパの多国間為替レー 複数の為替レートが相互依存的に決定されて ト調整メカニズム ERM では± 2.25 %を持っ いる場合のターゲット・ゾーン制度を取り扱 たターゲット・ゾーン制度だと言える。 う。第 7 節では、最適なターゲット・ゾーン ターゲット・ゾーンモデル全てに共通する 制度とは何かを通貨当局の損失関数を明示的 分析手法は確率制御理論に基礎を置いてい に取り扱って議論する。そこでの中心的な論 る。先行する確率制御理論から、さまざまな 点は損失関数にどのようなコストを導入する 解法をターゲット・ゾーン制度の研究に利用 かにある。 できるのである。以下で取り扱う最適なター 本研究の残りの部分では最適な外国為替市 ゲット・ゾーン制度の問題で介入に固定的な 場への介入政策について議論する。為替相場 コストが掛かる場合の分析には、ファイナン 制度には変動相場制度や固定相場制度だけで ス理論でおなじみのオプション価値理論を固 なく、ターゲット・ゾーンのようにその中間 定費が存在するときの投資理論に応用させた の形態も存在する。もし変動為替相場制度で [3]のリアル・オプション(Real Options) ・ あれば、為替レートの水準は市場の取引によ モデルの手法を用いられている。[2]と[6] って決定され、政府は為替市場に介入するこ が指摘しているように、ターゲット・ゾー とはないので、政府の介入政策について議論 ン・モデルとリアル・オプション(Real する必要はない。しかしながら現実の市場で Options)・モデルの分析手法に統一的解釈が は、円・ドル市場のように制度上は変動為替 可能で、両者の数学的な違いは境界条件にの 相場制度であっとしても日米政府による市場 みある。このサーベイでは確率制御理論でつ 介入は日常化しており、純粋な変動為替相場 かわれる専門用語(たとえばスムーズ・ペー 制度は存在しないと考えてよい。したがって スティング条件など)も丁寧に解説している。 形式的にはどのような制度であったとしても、 本研究の展望論文の部分での構成は次の通 最適な介入政策に関して議論する必要性があ りになっている。第 2 節では、ターゲット・ ると言える。 ゾーンの基本モデルである[4]を取り上げ しかしながら従来の介入政策に関する経済 て、ターゲット・ゾーン研究に共通する分析 もモデルにはいくつかの問題が存在する。第 手法と基本モデルの特徴を明らかにする。第 1 にターゲット・ゾーンを含む為替市場への介 3 節では、ヨーロッパの統一通貨Euro の誕生 入政策に関するほとんどのモデルは、介入政 ─ 105 ─ Annual Report No.18 2004 策のルールを所与として為替レートがどのよ すると(1)−(4)式は うに変動するのかを考察している。しかしこ s t = α µ +ft のようなモデルでは前提となっているルール がどのように決定されているのかがほとんど ······································(6) となる。 議論されていない。第2 の問題は介入政策と不 胎化政策との関係が十分に議論されていない。 本研究の特徴は以下のように要約される。 2.2 2.2.1 外国為替市場の介入政策 ターゲット・ゾーン 第 1 に本研究はファンダメンタルズがトレン ターゲット・ゾーンとは、予め中央銀行が ドを持つ場合の最適なターゲット・ゾーンを 設定した範囲、s < s t < s̄の中で為替レートが を議論している。第 2 に本研究では外国為替 変動している場合、中央銀行は何も行わない 市場介入のルールに、中央銀行が当初保有す が、s t がs を下回るような場合は自国通貨の売 る外貨準備高介入の制約を考慮している。 り介入(外国通貨の買い介入)を行い、反対 に s t が s- を上回る場合は自国通貨の買い介入 2.モデル 2.1 (外国通貨の売り介入)を行う政策である。 為替レートの確率過程 中央銀行が 2 つ目の微小額の介入を行うこと 為替レートはマネタリー・モデルによって を前提として、ターゲット・ゾーンが存在す る下で為替レートの変動を分析した代表的な 決定されると仮定する。すなわち 研究は[4]である。中央銀行が設定したタ m t −p t =øy t − α i t ·····························(1) m t −p t =øy t − α i t * * * * ·························(2) dst i t −i t * =E t ── dt ( ) ·····························(3) * S t +p t =p t ······································(4) ーゲット・ゾーンが市場で信任されていれば、 [4]のモデルでは、ファンダメンタルズはも はや(7)式のように変動しない。なぜならs、 あるいはs̄の近傍では中央銀行による介入が行 われるので、ファンダメンタルズが変化する からである。したがって(8)式の代わりに改 によって為替レートの変動は記述される。こ めて為替レートとファンダメンタルズとの関 こでm t はt 期の貨幣供給量(対数値)、またp t 係を求める必要がある。 は物価水準(対数値)、y t はGDP、i t は名目利 ターゲット・ゾーンが存在する下で、f t とs t 子率、s t は為替レートを表している。また E t との関係が以下のような time-invariant な関 はt 期における条件つき期待値を表している。 数で表されると仮定する。 さらに ø は貨幣需要の所得弾力性のパラメー s t =G(f t ) タ、 α は貨幣需要の利子弾力性のパラメータ すると伊藤の補題より(7)式は以下のように である。 * * ここで f t ≡(m t − m t )− ø(y t − y t )と定 展開することができる。 σ2 ds t =G' (f t )(µdt + σ dz t )+─ G'' (f t ) dt ···(8) 2 義し、f t が以下のようなドリフトつきブラウン 運動にに従うと仮定しよう。 df t =µdt + σ dz t ·····································(7) ································(5) この式から以下の微分方程式が求められる。 ─ 106 ─ The Murata Science Foundation ターゲット・ゾーンを所与とした場合に為替 レートがどのように変動するのかという問題 この微分方程式の解は を分析しているが、中央銀行にとってどのよ ···········(9) うな介入政策、あるいはターゲット・ゾーン の設定が最適であるかという点に関しては議 論されていない。 第2 に(5)式より、[4]のモデルではファ ンダメンタルズが一定のトレンドにしたがっ となることがわかっているので、定数項、A、 て変化することが仮定されている 1。もしµ >0 B がわかればよい。 かつ不胎化政策を行わなければ、長期的に中 次にA、B を求めるために以下のような条件 央銀行は他国通貨の売り介入(自国通貨の買 を考えよう。中央銀行が設定したターゲッ い介入)を続けることになる。しかしながら ト・ゾーンの上限と下限はs̄とs であるが、そ 十分な外貨準備高が存在しなければこのよう の境界値に対応するファンダメンタルズの値 な状況の下でのターゲット・ゾーンの設定は をそれぞれf̄ とf で表す。するとファンダメン 市場に信任されない。したがってファンダメ タルズがf̄ かf に達したときには、中央銀行に ンタルズがトレンドを持つ場合、市場から信 よる微小額の介入が行われるので、(9)式は 任される介入政策を実行するためには中央銀 以下の2 つの条件を満たさなくてはならない。 行のバランスシートを明示的に考慮する必要 があることになる。 ······(10) ······(11) 2.2.2 最適介入政策 本研究では[5]にしたがい、中央銀行は この 2 つの条件は smooth-pasting 条件と呼ば 微小額の介入方法を選択すると仮定する。す れている。(10)、(11)式よりA とB はそれぞ なわち為替レートの変動と安定化のための介入 れ以下のように計算される。 費用から発生する費用を最小化するように中 央銀行は介入政策を決定する。この場合、中 ······(12) 央銀行の損失関数は以下のように記述される。 ···(14) ······(13) ここでe t は時点t の為替レート、ρ は割引率、c (12) 、 (15) 、 (16)式と(8)式を比べると、 (12)式の右辺第 1 項と第 2 項が(8)式に相 は外国為替市場に介入する場合に必要とされ る限界費用、dB t は外国通貨の限界的な買い 当していることがわかる。すなわち(12)式 の右辺第3 項と第4 項がターゲット・ソーンが 為替レートに与える影響であると考えられる。 1 : ただし[4]のモデルでもµ =0 のケースは分析 しかし[4]のモデルには以下のような問題 点が存在する。第 1 に、[4]のモデルはある ─ 107 ─ されていて、この場合、ターゲット・ゾーンは 中心レートを挟んで上限と下限が対称的な関係 になっている。 Annual Report No.18 2004 介入、dL t は外国通貨の限界的な売り介入を表 長率が他国の貨幣供給量の成長率を長期的に している。また介入政策の実施を明示的に考 上回っているような状況であると考えられる。 慮すれば、ファンダメンタルズの確率過程を このような状況は自国通貨を減価させるので、 表した(5)式は以下のように修正される。 中央銀行は外国通貨の売り介入(自国通貨の df t =µdt + σ dz t +dB t −dL t ··············(15) 買い介入)を行うと考えられる。この場合、 中央銀行は平均的に外国通貨の売り介入を買 その結果、この問題のハミルトン・ヤコビ・ い介入より頻繁に行うので、十分な外貨準備 ベルマン方程式は 高を保有していなければ持続的に外国通貨の ······(16) って外貨準備高を考慮して中央銀行は f̄ を決 定していると考えられる。すなわちt 期におけ となる。 まず為替レートの変動について議論しよう。 [1]にしたがって(9)式をf t =0 の周りで線 形近似すると s t =αµ +A +B +(1 +Aλ 1 +Bλ 2 )f t 売り介入を実施することができない。したが る外貨準備高をR t とすると、中央銀行の損失 関数はV(f t )ではなく、V(f t ;R t )と表され ることになる。 ···(17) 3.2 となるが、 (17)式から以下の命題が得られる。 中央銀行のバランスシート 中央銀行のバランスシートによればハイパ ワード・マネーは国内信用(D t )と外貨準備 命題 1 自国と他国の間でファンダメンタル 高(R t )の和に等しい。もし貨幣乗数が安定 ズに大きな乖離が存在しないと仮定する。こ 的であると仮定すると、貨幣供給量と国内信 のとき対称的なターゲット・ゾーンが存在す 用、外貨準備高の関係は近似的に以下のよう る下では、ファンダメンタルズがトレンドを に表すことができる。 持つ場合、トレンドを持たない場合に比べて m t = γ d t +(1 − γ )=r t 為替レートの変動は小さくなる。 ······················(18) ここでd t とr t はD t とR t の対数値である。 また f t − m t =− m t * − ø(y t − y t * )= σ dz t で 証明.ファンダメンタルズがトレンドを持たな い場合、µ =0 であることからλ 1 =−λ 2 になる。 あると仮定する。すると(18)式から また対称的なターゲット・ゾーンがf̄ =−f で dm t = γ dd t +(1 − γ )dr t =µdt +dx t あることから、(17)式はs t =f t となる。その 一方で、ファンダメンタルズがトレンドを持 となる。ここでdx t =dB t −dL t である。もし中 つ場合(µ ≠0)、Aλ 1 <0、Bλ 2 <0 であること 央銀行が財政赤字の財源として国内信用を増 からf t の係数は 1 よりも小さくなる。 加させているのであれば、国内信用の成長率 はµ /γ でなければならない。すると 3.通貨危機と最適介入政策 3.1 dx t =(1 − γ )=dr t 外貨準備高と介入政策の信頼性 ファンダメンタルズが正のトレンドを持つ ···························(19) が成立する。 場合、すなわちµ >0 は自国の貨幣供給量の成 ─ 108 ─ (19)式を時間 T まで積分するとx T = x 0 + The Murata Science Foundation (1 − γ ) (r T −r 0 )となる。また時点0 では介入 政策が行われないことを仮定すると、x T = 参考文献 [1]Delgado, F., and B.Dumas (1992), "Target Zones, Broad and Narrow," in P.Krugman and (r T −r 0 )となる。さらに T →∞、r ∞= (1 − γ ) M.Miller (eds.), Exchange Rate Targets and 0 とすると−x ∞=(1 − γ )r 0 である。したがっ Currency Bands, 17-27, Cambridge University て累積的な外国通貨の売り介入(−x ∞)は現 在、中央銀行が保有する外貨準備高(の対数 Press. [2]Dixit, A. (1993), The Art of Smooth Pasting, (Harwood Academic Publishers, Switzerland). 値)、r 0 に制約されることがわかる。 すなわち十分な外貨準備高を保有している [3]Dixit, A.and R.Pyndick (1994), Investment under uncertainty, (Princeton University 場合は、累積的な介入額も増加するので中央 銀行は f̄ をより低い値に設定することができ Press, Princeton, New Jersey). [4]Krugman, P.R. (1991), "Target Zones and Exchange Rate Dynamics," Quarterly Journal る。言い換えると、十分な外貨準備高を保有 しない中央銀行が狭いターゲット・ゾーンを of Economics, 106, 669-82. [5]Miller.M., and L.Zhang (1996), "Optimal Tar- 設定したとしても継続的な外国通貨の売り介 get Zones:How an Exchange Rate Mechanism 入が不可能になるので、そのようなターゲッ Can Improve upon Discretion," Journal of ト・ゾーンは市場から信任されないことにな Economic Dynamics and Control, 20, 1641- る。結果として最適な介入政策を中央銀行が 選択することによって、f t =0 の近傍では為替 1660. [6]Shibata, A. (1998), "Intrinsic bubbles, target zones and investment under uncertainty," レートの変動が、外貨準備高の制約を考慮し Joural of Economic Research 3, 113-37. なかった場合と比べると大きくなることが予 想される。 今後の研究の見通し 4.おわりに 今回の研究では、ターゲット・ゾーン・モ 本研究で得られた結果は以下の通りである。 デルにおいて通貨危機を含む複数の問題を同 第1 にファンダメンタルズがトレンドを持つ場 時に扱うことの重要性を指摘し、また命題を 合は、持たない場合に比べてf t =0 の近傍では 導出することに成功したが、しかしながら最 為替レートの変動が小さくなる。第 2 に中央 終的な解を得るまでには至っていない。この 銀行が最適な介入政策を選択した場合、さら 点に関しては数値解析を用いるか、あるいは にその政策が市場に信認される状況を考慮し 単純化された解の形で結論を導き出す必要が た場合、ターゲット・ゾーンはより広がり、 あると思われる。 f t =0 の近傍では為替レートの変動を拡大させ 本助成金による主な発表論文、著書名 る効果があることが予想される。 立命館大学ファイナンス研究センター、リサーチペ ーパーとして刊行予定。 著者達は本稿の作成にあたり村田学術振興 財団からの助成を受けた。記して感謝申し上 げる。 ─ 109 ─