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逞しい一行 かつてファーストクラスで海外出張したことがある。ある国との

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逞しい一行 かつてファーストクラスで海外出張したことがある。ある国との
逞しい一行
かつてファーストクラスで海外出張したことがある。ある国との修好○○周年の記念講
演に出席するためであった。当時は、ファーストクラスは閑散としていて、数名しかいな
かったと思う。
ワインを楽しみながらゆったりとしていると、突然、スチュワーデスがやってきて、エ
コノミークラスのお客様で体調を崩したかたがおられるので、付き添いの家族とともに、
ファーストクラスにお連れするという説明をした。
しばらくすると、東洋系と思われる老人が、おそらく妻や娘だろう、3人の家族に両腕
を抱えられながらやってきた。見るからに衰弱しているようだ。顔色もよくない。そして、
よろよろしながら、空いている席に収まった。それを見て、安心した家族は、そのまわり
を取り囲むように座った。ゆったりしたファーストクラスの空間はいっきに騒然となった。
しかし、病人ならばしかたがない。
トーマスは心配しながら、一行の様子を見ていた。機内アナウンスで、乗客の中に医者
を呼びかける放送が流れた。よほど具合が悪いのだろうか。
ところが、老人をファーストクラスのゆったりした席に収めて安心したのか、付き添い
の3人は、病人そっちのけでパーソナルテレビを操作している。やり方が分からないので
あろう。スチュワーデスを呼ぶサインを出した。そして、スチュワーデスを怒鳴っている。
うまくテレビが映らないと言っているようだ。しばらくは、その家族の様子を気にかけて
いたが、そのうち眠気が襲った。
どれくらい眠っただろうか。ふと、嫌な臭いが鼻をついた。
「まさか」
と思ったが、タバコの臭いである。強烈な悪臭で眼が覚めると、驚いたことに、前の席で
病人だったはずの老人がタバコをうまそうに吹かしている。
「なんだこいつは」
トーマスが、注意しようとすると、別のファーストクラスの乗客が席をたって抗議にい
った。
「ここは禁煙だ。タバコを吸うのはやめなさい!」
かなり、怒った様子である。当たり前だ。病人だからとエコノミーから移ってきたはずな
のに、テレビはみる、禁止されているタバコは吸う。傍若無人である。
注意された老人は
「何を言っているのかわからない」
といった様子で、とぼけた顔をしている。言葉が通じないのかもしれない。腹に据えかね
た乗客は、スチュワーデスを呼びに行った。すると、老人はあわててタバコの火を消した。
しかも、アームレストの金型の部分を使っている。
乗客がスチュワーデスとともに戻ってくると、わざとらしく妻と娘が、老人の背中をさ
すっている。老人は苦しそうに、うめいている。もうだまされない。明らかに芝居である。
スチュワーデスが注意すると、妻と思しき女性が、大声でわめきちらした。病人に何をす
るのだと言っているようだ。
肩をすくめたスチュワーデスが帰っていくと、老人は何事もなかったようにパーソナル
テレビを操作しだした。妻と娘が使い方を教えている。
見ている映画は、英語でのみ放映しているコメディである。それを見ながら、声を上げ
て笑っている。さっき、言葉が通じないというふりをしていたはずなのに。
「こいつら確信犯だな」
とトーマスは気づいた。
食事の時間がやってきた。一度、ファーストクラスに席がえしたら、食事もファースト
クラスのものが食べられる。トーマスは和食のコースを頼んだ。飛行機では酔いがまわる
のがはやいので、ハイネケンを頼んだあと、食事中は白ワイン一杯だけにした。病人一行
は、フレンチのコースを頼んだようだ。スチュワーデスがドリンクを聞くと、老人が何か
応えた。すると、高級白ワインのボトルを持って、スチュワーデスが現れた。
「まさか、あれを飲むのか?」
と驚いていると、宴会が始まった。相当騒がしい。娘がワインボトルを持って、注ぎまわ
っている。あっという間にボトルのワインがなくなり、もう一本追加した。スチュワーデ
スがあきれたように、トーマスに肩をすくめてみせた。
「やられましたね」
という顔をしている。
フレンチのコースは、魚からお口直しのシャーベットの後、ステーキに変わっている。
すると、一行は、白から赤にワインを変えたようだ。その辺の選択もしっかりしている。
宴会は盛り上がっている。まわりの乗客は明らかに迷惑顔であるが、まったく、お構いな
しである。
騒々しい宴会はしばらく続いた。さすがに、スチュワーデスも、いくら要求されてもワ
インボトルを持ってこない。そして、ワインをがぶ飲みした老人は、具合が悪くなったよ
うだ。これで、ようやく、仮病人は、本当の病人になったということになる。
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