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量子力学
量子力学講義ノート 平成 25 年度 §12.交 換 子 12.1 定義 2つの演算子 A と B があったとき, AB - BA を A と B の交換子(commutator)と定義し記号 [A, B ] で表す。式では次のようになる。 [A, B ] = AB - BA (12.1) 座標 x とこれに共役な運動量 px との間の交換子 [x , px ] は px = -i d / dx を用いると次のように求 められる。即ち, [x , px ] を任意の関数 f (x ) に作用させると i(xD Dx )f (x ) = -i {xf ¢(x ) (xf (x ))¢} = if (x ) [x , px ] f (x ) = (xpx - px x )f (x ) = -- \ [x , px ] = i\ (12.2) ここで D は微分演算子で D = d / dx である。 [x , px ] = i のように交換子とその値(この値は一般 には演算子となる)を等号で結んだものを交換関係(commutation relation)という。 [A, B ] = 0 のとき A と B は交換する(commute)という。座標 x , y, z と運動量 px , py , pz の間の交 換関係は,同じ成分どうしではその値は i ,異なる成分どうしでは交換する。また,座標どうし および運動量どうしは交換する。即ち次の様になる。 [x , px ] = éêëy, py ùúû = [z, pz ] = i , éx , y ù = éx , p ù = é p , p ù = = 0 êë úû êë y úû êë x y úû (12.3) 【性質】交換子について次の等式が成立する。 1) [A, B ] = -[B, A] (12.4a) 2) [A, B , C ] = [A, B ] , [A,C ] (12.4b) 3) [A, BC ] = [A, B ]C , B[A,C ] (12.4c) これらの証明は容易である。3)のみ証明する。 BAC ) (BAC BCA) = [A, B ]C , B [A,C ] [A, BC ] = ABC - BCA = (ABC -,- (12.5) 古典力学では物理量 A と B はそれらがどんなものであっても交換する。つまり, [A, B ] = 0 である。しかし,量子力学では,一般には,[A, B ] ¹ 0 で A と B は交換しない。ここに両者の違 いがある。このことを x と px の交換関係について考えてみよう。 [x , px ] = i なので極限 ® 0 を とると [x , px ] = 0 である。つまり, ® 0 の極限をとれば量子力学は古典力学に一致する。これよ り近似的に = 0 とみなすことができる世界では,量子力学を用いる必要はなく,古典力学で十 分正しい結果が得られる。しかし, = 0 とみなすことが許されない世界では,古典力学は使え ず量子力学を用いなければならない。その典型的な場合は,原子内や固体内の電子を扱うときで ある。 12.2 交換関係と不確定性関係 次に,2つの演算子 A と B が交換するときと,そうでないとき,について,どのような違いが あるのかを述べる。これらの違いは不確定性関係に現れる。交換するときは,2つの演算子 A と B に対応する物理量の間には不確定性関係はなく,同時に両者とも正確に測定出来る。しかし,そ れらが交換しないときには,それらの間には不確定性関係があって,同時に両者とも正確には測 定出来ず,測定の精度はその関係で規定される範囲内に限られる。例を挙げる。 x と px について 29 量子力学講義ノート 平成 25 年度 は交換関係は [x , px ] = i であり,交換しないので不確定性関係 Dx × Dpx > が存在する。x と px はこの式を満足する範囲内でしか同時測定が出来ない。しかし,x と py は [x , py ] = 0 より交換する ので不確定性関係が存在せず,これらを同時に正確に測定することが可能である。 12.3 同時的固有関数 2つの演算子 A と B が交換するとき,次の性質をもつ固有関数の存在が証明できる。それは, 『 [A, B ] = 0 のとき,どちらかの固有関数が存在すれば,それはもう一方の固有関数にもなっている』,と いう性質である。これは重要な性質で次のように証明できる。 【証明】関数 ya を固有値 a に属する A の固有関数とし,縮退はないとしよう。即ち, Aya = a ya (12.6) が成り立ち,式を満足する固有関数は ya だけである,と仮定する。この式の両辺に B を左から作 用させると BAya = Ba ya となる。左辺で BA = AB であることを用い,さらに,右辺で固有値 a が 演算子でないことを用いると,その等式は AB ya = aB ya (12.7) となる。これは f = B ya とおくと Af = af となる。これを式(12.6)と比べると, f = B ya は固有値 a に属する A の固有関数になっていることがわかる。縮退がないという仮定から,その固有関数 は ya の定数倍でなければならない。従って,その定数を b とすると,次式を得る。 B ya = b ya (12.8) これは, ya が固有値 b に属する B の固有関数でもあることを表す。以上より, A と B が交換する とき,A の固有関数 ya は B の固有関数にもなっていることが証明された。また,B の固有関数は (終) A の固有関数にもなっていることの証明も同様にできる。 ya は A と B の同時的固有関数と呼ばれる。ここでは,簡単化のため縮退が無い場合について述 べたが,縮退が有る場合へも拡張できる。しかし,証明は難しくなるので省略する。 【Q12-1】 演算子 A , B , C , D について次の等式を証明せよ。 1) [A , B,C ] = [A,C ] , [B,C ] 2) [AB,C ] = A [B,C ] , [A,C ]B 3) AC [B, D ] , [A,C ]DB = CA [B, D ] , [A,C ]BD 【Q12-2】 r を座標, p をそれに共役な運動量とするとき,角運動量演算子 l は l = r ´ p で定義さ れる。 l の成分 lx , ly , lz を r と p の成分で表すことにより次の等式を証明せよ。 1) [lx , ly ] = i]lz 2) [ly , lz ] = i]lx 3) [lz , lx ] = i]ly 4) [l 2 , lx ] = [l 2 , ly ] = [l 2 , lz ] = 0 【Q12-3】演算子 a と a † を a = (m xx + ip)/(2mx)1/ 2 ,a † = (m xx - ip)/(2mx)1/ 2 により定義する。 また,演算子 H を H = p 2 / 2m + m x 2x 2 / 2 で定義する。次の等式を証明せよ。 1) [a, a † ] = 1 2) H = w(a †a + 21 ) 3) [a, H ] = ]wa (注意) H は一次元調和振動子のハミルトニアンである。 30 量子力学講義ノート 平成 25 年度 §13.中 心 力 場 内 の 粒 子 13.1 中心力場とは p 空間内を運動する粒子を考えよう。この粒子に働く力は,粒子 がどこにいても,その向きは定点 O(原点に選ぶ)を向いていて, 大きさは定点からこの粒子の位置までの距離だけに依存する,と する。このとき,この力を中心力(centrifugal force)という。粒子 r の位置を位置ベクトル r = (x , y, z ) で表すと,中心力 F は F = -f (r )rˆ (13.1) で表すことができる。ここで,r =| r | ,f (r ) は r の適当な関数,r̂ m F O は中心力の方向を表す単位ベクトルで rˆ = r/r である。中心力の大きさは F = f (r ) である。中心 力の例として,地球が太陽から受ける万有引力,水素原子内において電子が原子核から受ける電 気的なクーロン引力などがある。前者については f (r ) = fp (r ) = GmM / r 2 ,後者については f (r ) = fH (r ) = ke 2 / r 2 である。ここで,G は万有引力定数, m , M は各々地球と太陽の質量,e ( e > 0 )は原子核の電荷, -e は電子の電荷, k は定数で cgs 単位では k = 1 ,MKS 単位では k = (4pe0 )-1 である。 中心力 F については,この F がする仕事(線積分で与えられる)はその経路によらず始点と終 点だけで決まる。これは,中心力の重要な性質である。この証明はベクトル解析におけるストー クスの定理と rot F = 0 が成り立つことを用いれば容易に出来る。この性質より中心力 F によるポ テンシャルエネルギーV (r ) が定義できる。さらに,これは r だけの関数となることが証明できる ので V (r ) = V (r ) と書ける。この V (r ) を中心力ポテンシャル(centrifugal potential)という。 F = - gradV (r ) = -V ¢(r )rˆ より V ¢(r ) = f (r ) が導かれ,積分すると V (r ) = ò f (r )dr (13.2) と なる。 f (r ) = fp (r ) に ついて は, V (r ) は Vp (r ) = -GmM / r +C p , fH (r ) につい ては VH (r ) = -ke 2 / r + C H である。ただし,C p , C H は積分定数である。無限遠点( r = ¥ )をポテンシャルエ ネルギーの基準にとればC p = C H = 0 であり,Vp (r ) = -GmM / r ,VH (r ) = -ke 2 / r となる。 上で述べた中心力やそれによるポテンシャルエネルギーは空間内の点だけの関数である。この ように,物理量が空間内の点だけの関数であるとき,この物理量とこれが定義されている空間を 一緒にしたものをこの物理量の場(field)と呼んでいる。中心力や中心力ポテンシャルについて 以下ではこれが定義されている空間を付随させてしばしば中心力場(centrifugal field)という。他 の例として,電場,磁場,重力場などがある。 中心力場内を運動する古典的粒子について成り立つ重要なことを一つ述べておく。それはこの 粒子の角運動量 l が保存されることである。これは,l が l = r ´ p で定義され,dl / dt(= l ) は ニュートンの運動方程式 dp / dt = F を用いると 0 であることから容易に示される。角運動量 l が 保存されることから次の2つのことがわかる。1)l の向きが不変であることから,粒子は l に垂 直で原点を通る平面内を運動する。2)l の大きさが不変であることから,面積速度が一定である。 これらの古典力学における結果は,重要なことなので次の 13.2 で詳しく述べる。 31 量子力学講義ノート 平成 25 年度 【Q13-1】式(13.1)で与えられる中心力について rot F = 0 が成り立つことを証明せよ。 【Q13-2】 gradV (r ) = V ¢(r )rˆ が成り立つことを証明せよ。また,上で述べたVH (r ) = -ke 2 / r を導 出せよ。 13.2 中心力場における古典粒子の運動 ここでは,中心力を受けながら運動する粒子を,古典力学を用いて扱ったときにわかることを 考える。上で述べたように,中心力は F = -f (r )rˆ である。 例.水素原子: f (r ) = fH (r ) = ke 2 / r 2 l = r ´ p :角運動量, (13.3) p = mv :運動量 (13.4) 1) l が保存されること l を時間 t について微分すると l = r ´ p + r ´ p 。 p = mv = mr より, l = m(r ´ r + r ´ r) 。右辺の括弧の中の第1項は同じベクトルの外積なので ゼロ,第2項は運動方程式 mr = -f (r )rˆ より f (r ) l = -r ´ f (r )rˆ = r ´r = 0 . r (13.5) 微分してゼロなので, l は一定である。よって, l の大きさと向きは運動の途中で一定に保たれ る。これより粒子は, l に垂直な平面内で運動することがわかる。 2) l の極座標表示 l は定ベクトルなのでその方向を z 方向とする。こうすると運動は xy 平面内でおこる。これよ り, l , r , v は l = (0, 0, l ) , r = (x , y, 0) , v = (x, y, 0) とおくことができる。 \ lz = l = xpy - ypx = m(xy - yx ) (13.6) 極座標に変数変換する。即ち, x = r cos r , y = r sin r である。 r , q が時間 t の関数であること を考慮して,これらの両辺を t で微分して少し長い計算をすると, l について l = mr 2 r (13.7) を得る。1)で証明したように l は一定なので,この式より面積速度(= r 2 r / 2 )が一定であるこ とがわかる。面積速度が一定であるという法則は Kepler の第2法則として知られている。 3)全エネルギーに対する表式 全エネルギー E は E = 21 mv 2 +V (r ) である。ここで,V (r ) は中心力ポテンシャルである。こ のV (r ) と質点が受ける力 F との間には,良く知られているように,F = -ÑV (r ) の関係がある。 また, v 2 (= x 2 + y 2 ) は極座標で表すと計算の結果次のようになる。 v 2 = r 2 + r 2 r2 . \ E = 21 m(r 2 + r 2 r2 ) +V (r ) . (13.8) (13.9a) ここで,式(13.7)を用いると,全エネルギーは次のようになる。 32 量子力学講義ノート 平成 25 年度 1 l2 E = mr 2 + +V (r ) 2 2mr 2 (13.9b) 右辺第2項目は遠心力ポテンシャルと呼ばれている。これより,問題は一次元に帰着されることが わかる。次式で定義されるポテンシャル Veff (r ) = l 2 / (2mr 2 ) +V (r ) (13.10a) を用いると, E は次のようになる。 E = 21 mr 2 +Veff (r ) (13.9c) 従って,粒子は一次元の実効ポテンシャルVeff (r ) の中を運動すると考えることができる。 【Q13-3】 式(13.7)と(13.8)を導出せよ。 4)水素型原子内における電子の古典的運動 これまでに得られた古典的結果を利用して,水素型原子における電子の運動に古典力学を適用 した場合について具体的に考えてみる。この原子では核電荷は +Ze ,電子は 1 個だけ存在する。 式(13.2)のすぐ下で述べたことから,V (r ) = -kZe 2 / r である。これより,実効ポテンシャルVeff (r ) は Veff (r ) = l2 2mr 2 -k Ze 2 r (13.10b) l 2/2mr2 である。全エネルギー E に対する式と右図から,電子の 運動について以下のことがわかる。 Veff(r) E ³ 0 なら双曲線軌道で,運動の範囲は r1 £ r である。 Em £ E < 0 なら楕円軌道で,範囲は 0 r1 £ r £ r2 。 r1 r2 r E E = Em のときは r1 = r2 より円軌道。 Em E < Em なら,軌道は存在しない 量子効果が加わったら,電子の運動はどのように変わる -kZe2/r のだろうか? 今の場合,量子効果とは,波動性の効果とい うことであり,それを解き明かすのが量子力学の仕事であ る。 13.3 中心力場内を運動する粒子の Schrödinger 方程式 中心力ポテンシャルをV (r ) とする。このV (r ) の中を運動する粒子に対する Schrödinger 方程式 は次式である。 æ 2 2 ö Ñ +V (r )÷÷÷ y(r ) = E y(r ) çç÷ø çè 2m (13.11) これを解くことを考える。V (r ) は原点から粒子の位置までの距離 r だけの関数なので3次元極座 33 量子力学講義ノート 平成 25 年度 標を用いると都合が良い。 x = r sin r cos f , z = r cos r y = r sin r sin f , (13.12) 2 q は天頂角, f は方位角である。 Ñ を r , q , f を用いて表すと次のようになる。 Ñ2 = ¶ æç ¶ ÷ö ¶2 1 ¶ çæ 2 ¶ ö÷ 1 1 + + r r sin ÷ ÷ ç ç ¶r ÷ø r 2 sin2 r ¶f2 r 2 ¶r çè ¶r ø÷ r 2 sin r ¶r èç (13.13a) また,前節で定義した角運動量演算子 l = r ´ p の成分 lx , ly , lz と l 2 は次のようになる。 æ ¶ cos f ¶ ÷ö ÷ + lx = ypz - zpy = i ççsin f çè ¶qq tan ¶f ÷÷ø (13.14a) æ ¶ sin f ¶ ö÷ ÷ ly = zpx - xpz = i çç- cos f + çè ¶qq tan ¶f ø÷÷ (13.14b) lz = xpy - ypx = -i ¶ ¶f (13.14c) 2 ù é 1 ¶ æ ö ççsin q ¶ ÷÷ + 12 ¶ 2 ú l 2 = lx 2 + ly 2 + lz 2 = - 2 ê êë sin qqqq ¶ çè ¶ ÷ø sin ¶f úû (13.15) 式(13.15)を用いると(13.13a)は次のようになる。 Ñ2 = 1 ¶ æç 2 ¶ ÷ö 1 -l 2 ÷÷ + × çr r 2 ¶r ççè ¶r ÷ø r 2 2 (13.13b) これより Schrödinger 方程式は次のようになる。 2 êé 1 ¶ çæ 2 ¶ ÷ö 1 l 2 úù ÷÷ - × × y(r ) +V (r )y(r ) = E y(r ) çr 2m êëê r 2 ¶r çèç ¶r ÷ø r 2 2 úûú (13.16) こ こ で , l2 は 角 q , f だ け に 依 存 し て い る こ と を 注 意 し て お く 。 解 と し て 変 数 分 離 形 y(r ) = R(r )Y (r, f) を仮定して Schrödinger 方程式(13.16)に代入して,y(r ) で割って,r を含む部分 を左辺に残し, q と f を含む部分を右辺に移して変数分離すると次のようになる。 1 d æ 2 dR ÷ö 2mr 2 1 2 ççr ÷÷ø + 2 (E -V (r () = 2 l Y è R dr dr Y (13.17) 左辺は r だけ,右辺は q と f だけに関係している。これより,両辺はある定数に等しくなければな らずその定数を l とすると,次のように2本の方程式を得る。 1 d æç 2 dR ÷ö æç 2m m ÷ö V (r () (E -÷+ç ÷R = 0 çr r 2 dr è dr ÷ø è 2 r 2 ÷ø l 2Y = 2lY (13.18a) (13.18b) 【Q13-4】式(13.14a), (13.14b), (13.14c)を導出せよ。 【Q13-5】式(13.15) を導出せよ。 【Q13-6】式(13.13a) を導出せよ。 13.4 ハミルトニアンと角運動量演算子との間の交換関係 中心力ポテンシャルV (r ) 内を運動する量子力学的粒子のハミルトニアン H は,式(13.11)からわ かるように,次式で与えられる。 34 量子力学講義ノート H =- 平成 25 年度 2 2 Ñ +V (r ) 2m (13.19) Ñ2 に式(13.13b)を用いると H はつぎのようになる。 H =- 2 1 ¶ æç 2 ¶ ÷ö l2 + +V (r ) r ÷ ç 2m r 2 ¶r çè ¶r ÷ø 2mr 2 (13.20) この H は l 2 を含むこと,および式(13.15)からわかるように, l 2 は角度変数 q, f だけに依存するこ 【Q12-2】から l 2 と lz が交換することがわ とから, H と l 2 は交換することが容易にわかる。また, かっている。つまり, [l 2 , H ] = 0 , [l 2 , lz ] = 0 , [lz , H ] = 0 (13.21) が成立ち, lz , l 2 , H はお互いに交換する。これより12.3 において述べたように,これらの同 時的固有関数が存在する。このことは以下で利用する。 13.5 角度部分の Schrödinger 方程式 上で導いたY (q, f) に関する偏微分方程式(13.18b)において, l 2 に式(13.15)を用いると 1 ¶ çæ 1 ¶2Y ¶Y ÷ö sin q + + lY = 0 ÷ ç sin qqqq ¶ çè ¶ ø÷ sin2 ¶f2 (13.22) を得る。これが角度部分の Schrödinger 方程式である。これを解くために,変数分離形の解 Y (q, f) = Q(q)F(f) を仮定して式(13.22)に代入し,式(13.16)に対して行ったのと同じ方法により, Q(q) と F(f) について次の微分方程式を得る。ただし,変数分離するときの定数を n 2 とおいた。 d 2F + n 2F = 0 d f2 (13.23a) 1 d æç d Q ö÷ æç n 2 ö÷ ÷÷ + ççl - 2 ÷÷÷ Q = 0 çèsin q sin qqq d d ø è sin q ø (13.23b) 1) F(f) F(f) に関する微分方程式(13.23a)は容易に解くことができ,その一般解は次のようになる。 F(f) = Ae inf + Be -inf ( A , B :任意定数) (13.24) f は方位角で f と f + 2p は xy 平面上の同じ方位を表す。従って,境界条件 F(f) = F(f + 2p) が成 立しなければならず, e in 2p = 1 を得る。これを満足する n は整数である。 ここで, lz を F(f) に作用させてみよう。 lz は式(13.4c)で与えられるので lz F(f) = n(Ae inf - Be inf ) (13.25) となる。これからわかるように,F(f) は lz の固有関数にはなっていない。しかし,交換関係(13.21) から, lz の固有関数は同時に H の固有関数にもなるので, F(f) として lz の固有関数になるものを 採用する方が,理論そのものがわかりやすくなる。そのためには, B = 0 として, F(f) = Ae inf と すればよい。 A の値は規格化から A = (2p)-1/ 2 となる。整数 n の代わりに整数 m ( n = m )を用 いることにすると Fm (f) = (2p)-1/ 2e imf ( m = 0, ± 1, ± 2, ) 35 (13.26) 量子力学講義ノート 平成 25 年度 lz Fm (f) = mFm (f) (13.27) である。式(13.27)より, Fm (f) は固有値 m に属する lz の固有関数である。 2) Q(q) 次に Q(q) に関する微分方程式(13.23b)について考える。 n = m なのでその方程式は 1 d æç d Q ö÷ æç m 2 ö÷ ÷÷ + ç - 2 ÷÷÷ Q = 0 çèsin qm sin qqq d d ø çè sin q ø (13.28) となる。変数を q から w へ式 w = cos q により変換する。天頂角 q の範囲は 0 £ q £ p なので -1 £ w = cos q £ 1 ,0 £ sin q = 1 - w 2 £ 1 である。Q(q) = P (w ) とおくと方程式(13.28)は次のよ うになる。 d æ dP ö æ m 2 ö÷ ç(1 - w 2 ) ÷÷ + ççm ÷P = 0 dw èç dw ø÷ èç 1 - w 2 ø÷ \ (13.29a) d 2P 2w dP æç m m 2 ÷ö ÷P = 0 + ç dw 2 1 --w 2 dw çè1 w 2 (1 w 2 )2 ÷÷ø (13.29b) ここで,P = P (w ) である。この微分方程式は w = ±1 (q = 0, p) において分母が 0 になる項を含 むので特異的(singular)である。このタイプの方程式の性質については微分方程式の専門書を参 照のこと。 【Q13-7】 式(13.28) から式(13.29a) と(13.29b)を導出せよ。 この P (w ) に関する微分方程式を解いて得られる結論を最初に述べておく。解法は後で述べる 【結論】 この微分方程式が w = ±1 で正則な解を持つためには, l の値は l = l (l + 1) ( l = 0, 1, 2, ) (13.30) でなければならない。ここで,正則とは,P (w ) の規格化積分が発散しなということである。また, この l について -l £ m £ l ( m :整数) (13.31a) を満足する整数 m だけが許される。つまり, m の値としては次の 2l + 1 個だけが許される。 m = --,-,l, l 1, l 2, , l 1, l (13.31b) そして,解 P (w ) は式 Pl (w ) = 1 dl × (w 2 - 1)l 2 l ! dw l l (l = 0, 1, 2, 3, ) (13.32a) とするとき P (w ) = Pl m (w ) = (1 - w 2 )m / 2 dm Pl (w ) dw m (13.32b) で与えられる。 Pl (w ) はルジャンドル(Legendre)の多項式, Pl m (w ) はルジャンドル陪関数(associated Legendre function)と呼ばれている。Pl (w ) は微分方程式(13.29)において l = l (l + 1) および m = 0 と したときの解である。 m ¹ 0 のときの解は,この Pl (w ) を w について m 回微分して (1 - w 2 ) m / 2 を 36 量子力学講義ノート 平成 25 年度 掛けたものに等しい。 ルジャンドルの多項式とルジャンドル陪関数の重要な性質については Appendix A を参照された い。また,詳細については「岩波数学公式Ⅲ」などの文献を参照されたい。 【微分方程式の解法】 ここでは微分方程式(13.29b)の解き方について述べるが,難しい数学が入るため煩わしいと思わ れるかも知れない。そのときは,上の結論で述べた内容を把握した上で,ここを読み飛ばして 13.6 に進んでもよい。 先ずは,方程式(13.29b)の w = ±1 における特異性を除くために,P (w ) を P (w ) = (1 - w 2 )a f (w ) の ように置く。ただし, P (w ) が w = ±1 で正則であるためには a ³ 0 でなければならない。これを 方程式(13.29b)に代入すると, f (w ) について次の微分方程式を得る。 f ¢¢ - 2(2a + 1)w m --2a 4a2 4a 2 m 2 ¢ f + f + f =0 1 --1 w2 (1 w 2 )2 w2 (13.33) ここで, f = f (w ) である。 4a2 - m 2 = 0 とおくと最後の項が 0 となって, w = ±1 における特異 性は除かれる(その理由については専門書参照。例えば,参考書(6)[Ⅱ],付録;または,矢 野,石原; 「解析学概論(新版) 」 ,裳華房) 。これより, a = ± m / 2 である。 a = - m / 2 (£ 0) の ときは P (w ) は w = ±1 で発散するので a = m / 2 でなければならない。こうすれば f (w ) に関する 微分方程式は次のようになる。 (1 -w 2 )f ¢¢ 2( m + 1)wf ¢ + (m -m m 2 )f = 0 (13.34) この種の微分方程式を解くには,級数展開を利用するのが通常の解法である。即ち,この方程式 では点 w = 0 は正則点なので f (w ) を w の巾でマクローリン展開し,それを式(13.34)に代入して w の巾で整理し左辺が 0 になるように展開係数を決める。ただし, f (w ) の展開形に (1 - w 2 ) m /2 を掛 けてつくった P (w ) は -1 £ w £ 1 において正則でなければならない。しかし,その P (w ) を調べる と, f (w ) の無限級数の形では上で述べたように w = ±1 での特異性を除いても除き切れず,結果 。これは受け入れられないので, 的に w = ±1 で発散することが証明される(Appendix A.1 参照) f (w ) は w の無限級数ではなく途中で切れて多項式にならなければならない。しかし,その証明は 難易度が高いので以下のように単純化して議論することにする。最初は, m = 0 の場合を考え, 次に m ¹ 0 の場合を考える。 【Q13-8】 式(13.33)を導出せよ。 1) m = 0 の場合 このとき,式(13.34)は次のようになる。 (1 -w 2 )f ¢¢ 2wf ¢ + l f = 0 (13.35) f (w ) に対して多項式を仮定してこの微分方程式を順次解いてみよう。 ① f (w ) が定数のとき: f (w ) = c0 (¹ 0) f (w ) を定数 c0 と仮定して式(13.35)に代入すると lc0 = 0 を得る。 c0 ¹ 0 より l = 0 である。 ② f (w ) が1次式のとき: f (w ) = c0 + c1w (c1 ¹ 0) 37 量子力学講義ノート 平成 25 年度 この f (w ) を式(13.35)に代入し, w の巾で整理し係数を 0 と置くと, (l - 2)c1 = 0 , lc0 = 0 を得 る。従って, l = 2 = 1 × 2 , c0 = 0 , f (w ) = c1w となる。 ③ f (w ) が2次式のとき: f (w ) = c0 + c1w + c2w 2 (c2 ¹ 0) この2次式を(13.35)に代入し,②と同様にすると (l - 6)c2 = 0 ,(l - 2)c1 = 0 ,lc0 + 2c2 =0 を 得る。従って, l = 6 = 2 × 3 , c1 = 0 , c2 = -3c0 , f (w ) = -c0 (3w 2 1) となる。 【Q13-9】 f (w ) に3次式を仮定したときの l の値と f (w ) を求めよ。 以上から, f (w ) に l 次の多項式を仮定したとき, l の値が l = l (l + 1) のときに解が存在するこ とが予想され,実際に,この予想は正しいことが証明されている。証明については Appendix A.1 を参照されたい。 l は 0 以上の整数であり, f (w ) は l が偶数のときは偶関数, l が奇数のときは奇 関数である。方程式(13.35)において, l = l (l + 1) としたものはルジャンドルの微分方程式として知 られ,その解はルジャンドルの多項式 Pl (w ) として知られている。従って,このとき式(13.35)は次 のようになる。 (1 -w 2 )Pl ¢¢ (w ) 2wPl ¢ (w ) + l (l + 1)Pl (w ) = 0 (13.36) 結局,わかったことは, m = 0 のときは式(13.30)で与えたように l = l (l + 1) のとき多項式の解が 存在して,それはルジャンドル多項式 Pl (w ) に等しいということである。上の①,②,③について は, P0 (w ) = 1 , P1 (w ) = w , P2 (w ) = 21 (3w 2 - 1) である。これらが,式(13.32a)から得られるもの に一致していることは容易に確認できる。 【Q13-10】式(13.32a)から P3 (w ) P5 (w ) を求め,文献(岩波数学公式Ⅲ)の結果と比較せよ。 2) m ¹ 0 の場合 記号を簡単にするために n = m とおく。方程式(13.36)を w について n 回微分する。計算の詳細 は省略するが結果は次のようになる。 ( ) ( ) ( ) (1 -w 2 ((Pl n (w ()¢¢ 2(n + 1(w (Pl n (w ()¢ + {l (l + 1( -n n 2 } Pl n (w ( = 0 (13.37) ここで, Pl (n ) (w ( は Pl (w ) を w について n 回微分したものを表す。これより Pl (n ) (w ( が n ¹ 0 のとき の f (w ) に関する微分方程式(13.34)の解になっていることがわかる。即ち, f (w ( = Pl n (w ( である。 ( ) Pl (w ) は w の l 次多項式なので, Pl (n ) (w ( がゼロでないためには, n = m £ l でなければならない。 つまり, -l £ m £ l である。これより,式(13.31a)が証明された。 以上より,微分方程式(13.28)の解 Q(q) (式 (13.29)より Q(q) = P (w ) に注意)は次式で与えられ ることがわかる。 Q(q( = P (w ( = cl ,|m|(1 - w 2 (|m|/ 2 f (w ( = cl ,|m|(1 - w 2 (|m|/ 2 Pl (|m|)(w ( = cl ,|m|Pl m (w ( ここで, n が m に戻っていることに注意せよ。また, Pl (|m|) (13.38) m (w ( と Pl (w ) の違いにも注意せよ。前 者は Pl (w ) を m 回微分したものであり,後者はそれに (1 - w 2 )|m|/ 2 を掛けて得られる関数でルジャ ンドル陪関数と呼ばれ式(13.32b)で与えられる。Pl 0 (w ) = Pl (w ) が成立つことは容易にわかる。また, cl ,|m| は規格化から決められる定数である。 【Q13-11】式(13.37)を導出せよ。 38 量子力学講義ノート 平成 25 年度 13.6 球面調和関数 Ylm (q, f) これまでの議論から,角度部分の Schrödinger 方程式(13.22)は, l が l = l (l + 1) で与えられる値 のときのみ境界条件を満足する解を持つことがわかった。方程式(13.22)を再度書くと次式である。 1 ¶ æç ¶Y ö÷ 1 ¶2Y sin q + + l (l + 1)Y = 0 ÷ ç sin qqq ¶ çè ¶ ø÷ sin2 q ¶f2 (13.39) 規格化された球面調和関数は この解Y (= Ylm (q, f)) は, Pl m (w ) と Fm (f) の積に比例するので Ylm (q, f) = N lm Pl m (cos q)Fm (f) 1 2 2l 1 (l m )! Ylm ( , ) Pl m (cos )elm 4 (l m )! (13.40) で与えられる。ここで,Fm (f) = (2p)-1/ 2e imf ,N lm は規格化から決められる定数である。Appendix A.4 で述べた積分公式を用いると N lm について次の結果を得る。 2p ò ò 0 p 0 Yl ¢m ¢ (q, f)Ylm (q, f)sin qq d df = 2 (l , m )! N lm 2dll ¢ dmm ¢ 2l ,1 (l m )! (13.41) l = l ¢ , m = m ¢ のとき,この積分の値が 1 となるように N lm を決めればよいので N lm é 2l + 1 (l - m )! ù1/ 2 ú = eê ê 2 (l + m )! ú ë û Y0,0 (13.42) 1 Y1,0 ある。Ylm (q, f) を球面調和関数(spherical harmonics)という。式 (13.41)は,Ylm (q, f) が直交していることを示す。Ylm (q, f) の最初の l と m で指定される。 3 2 cos 4 1 Y1,1 いくつかを右に示しておく。l を方位量子数,m を磁気量子数とい う。角度部分の波動関数は球面調和関数Ylm (q, f) で与えられ量子数 1 (4)2 で あ る 。こ こ で, e は 符 号 部分 で ,習 慣 とし て m > 0 の と き e = (-1)m , m £ 0 のとき e = 1 に選ぶ。つまり, e = (-1)(m +|m|)/ 2 で 1 3 2 sin e i 8 1 Y2,0 5 2 (3 cos2 1) 16 1 最後に,Ylm (q, f) が固有値 2l (l + 1) に属する l 2 の固有関数である Y2,1 15 2 cos e i sin 8 Y2,2 15 2 sin2 e 2i 32 1 ことを述べておく。それは,式(13.15)と(13.39)より l 2Ylm (q, f) = 2l (l , 1)Ylm (q, f) (13.43a) と書けることからわかる。また,式(13.27)に示したように, Fm (f) は lz の固有関数なので lzYlm (q, f) = mYlm (q, f) (13.43b) が成り立つ。従って,Ylm (q, f) は l 2 と lz の同時的固有関数である。 13.7 球面調和関数の角度分布 中心力場内を運動する量子力学的粒子の波動関数の角度部分は球面調和関数Ylm (q, f) で与えら れることをこれまでに見て来た。 l 2 の固有値は 2l (l + 1) , lz の固有値は m であった。通常, l = 0,1,2, 3, で指定される状態をそれぞれ s, p, d, f , で表す。 l 0 1 2 3 4 5 6 s p d f g h i 39 量子力学講義ノート 平成 25 年度 z 最初に, s 状態の Ylm (q, f) の角度分布を考えよう。この状態では, Y10 + l = m = 0 であり,Y00 (q, f) = (4p)-1/ 2 である。これは, q, f に依らない ので分布は等方的であり,球対称分布と呼ばれる。 xy平面 - 次に,p 状態のYlm (q, f) の角度分布を考えよう。p 状態には m = 0 ,±1 の 3つ の状態 が含ま れる 。波動 関数は Y10 (q, f) = (3 / 4p)1/ 2 cos q , Y1,±1 (q, f) = (3 / 8p)1/ 2 sin qe ±if である。右図に Y10 (q, f) と Y1,±1(q, f) の q 依存性を示す。以下では,(q, f) は省略する。この図より Y10 は z 方 z Y1,±1 向に存在確率が大きく,Y1,±1 は xy 平面近くに大きい存在確率をもつこ とがわかる。 xy平面 【角度分布の解釈】 解釈はつぎのようになる。Y10 については l は xy 平面内にある。 粒子の位置は r ,運動量は p で与えられ, l = r ´ p より r と p は l に垂直な平面内にあるので粒子は l に垂直な平面付近に存在する確 率が大きい(右の最下図参照) 。従って,Y10 状態の存在確率は z 方 向に大きいことがわかる。同じような理由から,Y1,±1 状態は xy 平面 付近に大きい存在確率を持つことが理解出来る。このように, l に 垂直な平面付近でYlm 状態の存在確率が大きいということは,角運 動量に関係する現象を解釈するうえで重要である。ただし,量子力 学では古典的結果とは異なり,l は長さ l (l + 1) と z 成分となってい る磁気量子数 m が一定であるが,これらが一定という条件のもとでいろいろな向きをとることが 可能である。即ち, l はそのベクトルが z 軸の回りに回転して逆円錐を描く自由度を有する。従 って,l に垂直な平面は一つではないことに注意しなければならない。しかし,これらの平面は空 間のある範囲にあることから,Ylm の角度分布を定性的に知ることができるのである。 【Q13-12】 d 状態について, Ylm の角度分布を調べよ。 13.8 残された問題 これまでに Schrödinger 方程式を動径部分と角度部分に変数分離し,角度部分についてはその解 動径部分の Schrödinger 方程式については, が球面調和関数Ylm (q, f) で与えられることがわかった。 中心力ポテンシャルV (r ) の形が具体的に与えられないとその解を求めることは出来ない。水素原 子のV (r ) ,つまりV (r ) = -ke 2 / r を与えたときについては,後で水素原子の章で述べる。この問 題を解くことにより水素原子内における電子のエネルギー準位を求めることが出来る。そして, これまでに述べてきた角度部分の波動関数Ylm (q, f) と合わせて考えることにより,水素原子内の 電子状態はすべて明らかになる。水素原子の問題に進む前に,次章では,角運動量についてまと めの意味もふくめて,少し進んだ議論を行う。 40 量子力学講義ノート 平成 25 年度 §14.軌 道 角 運 動 量 14.1 軌道角運動量の描像 これまでに述べたように,軌道運動による角運動量(orbital angular momentum)は l = r ´ p で 定義されるベクトル量である。古典力学においては,粒子が中心力場内を運動するときこの l は保 存され運動の恒量である。量子力学においても, l が保存されるという事実は成り立つ。しかし, その現れ方はこれまでの議論でわかったように,古典力学ほど単純ではない。ここでは,角運動 量について得られた結果の整理を行い,これまでに述べていなかった新しいことをいくつか加え る。 l = (lx , ly , lz ) とすると lx , ly , lz , l 2 は r と p の成分を用いて次のように与えられる。 lx = ypz - zpy , ly = zpx - xpz , lz = xpy - ypx (14.1a) l 2 = l x 2 + ly 2 + l z 2 (14.1b) これらの間の交換関係は,Q12-2 で既に計算したように,次のようになる。 [lx , ly ] = i]lz , [ly , lz ] = i]lx , [lz , lx ] = i]ly (14.2a) [l 2 , lx ] = [l 2 , ly ] = [l 2 , lz ] = 0 (14.2b) lx , ly , lz は互いに交換しないので,これらを同時測定することはできない。つまりこれらの間に は不確定性関係がある(右下の図参照) 。しかし,l 2 と li ( i = x , y, z ) は交換するので同時測定が可 能である。lx , ly , lz を 3 次元極座標 r , q , f を用いて表すと式(13.14)で与えたように次のように なる。 æ cos f ¶ ö÷ ¶ ÷ lx = i ççsin f + çè tan ¶f ø÷÷ ¶qq (14.3a) æ ¶ sin f ¶ ö÷ ÷ + ly = i çç- cos f çè ¶qq tan ¶f ø÷÷ (14.3b) lz = -i ¶ ¶q (14.3c) さらに, l 2 は式(13.15)でも述べたように次のようになる。 2 ö æ 1 ¶ æ ö ççsin q ¶ ÷÷ + 12 ¶ 2 ÷÷÷ l 2 = - 2 çç çè sin qqqq ¶ çè ¶ ÷ø sin ¶f ÷ø (14.4) 球 面 調 和 関 数 Ylm (q, f) は こ の l 2 の 固 有 関 数 で , そ の 固 有 値 は 2l (l + 1) であることは既に述べた。ここで,l は方位量子数である。 z また,Ylm (q, f) は lz の固有関数にもなっていて,固有値は磁気量子 数 m の 倍に等しいことも述べた。 l 2Ylm (q, f) = 2l (l , 1)Ylm (q, f) (14.5a) lzYlm (q, f) = mYlm (q, f) (14.5b) 従って, l 2 は量子力学においても一定であるが,その値は連続値で 41 m l (l + 1) 量子力学講義ノート 平成 25 年度 はなく離散値 2l (l + 1) をとる。つまり,l = 0,1,2, 3, に応じて, 2l (l + 1) は 0 ,2 2 ,6 2 ,12 2 , 1/ 2 の値をとる。これより l の大きさは [l (l + 1)] である。 lz l 2 と lz に関する以上の結果を l = 2 の場合について右の図に示 2 した。一つ前の図からわかるように, l と m を与えても(つま 6 ,l は z 軸の回りに回転出来る自由度がある り l と lz を与えても) 1 ので lx と ly は定まらない。つまり,l の 3 つの成分を同時に決め ることは出来ない。これまでに述べたように,Ylm (q, f) は l 2 と lz 0 の両方の固有関数になっている。これは,実は [l 2 , lz ] = 0 である -1 ことの帰結である。右の図は,角運動量のベクトル模型と呼ばれ ている。 既に 12.3 において証明したように,一般に 2 つの演算子 A , B が交換するとき,つまり [A, B ] = 0 であるとき,A と B の両方 -2 l = 2 のベクトル模型 の固有関数になるものが存在する。このときこの固有関数のこ とを A と B の同時的固有関数と呼んだ。同時的固有関数の存在は A と B の間に不確定性関係がな く同時測定が可能であることの現れである。球面調和関数Ylm (q, f) は l 2 と lz の同時的固有関数であ るが,[lx , lz ] ¹ 0 なので lz と lx の同時的固有関数は存在しない。従って,Ylm (q, f) は lx の固有関数と はならない。一方, [l 2 , lx ] = 0 なので l 2 と lx の同時的固有関数は存在する。しかし,式(14.3a)で与 えられている lx の q ,f 表示を見れば想像出来るように,lx は lz に比べて複雑な形をしているので, その固有関数を求めることは容易ではない。同じ理由でYlm (q, f) は ly の固有関数ではない。 14.2 l+ と l- の導入 lx と ly をYlm (q, f) に作用した結果はどうなるのか,それを求めて見よう。このために l+ , l- と いう2つの演算子を l+ = lx + ily , l- = lx - ily のように定義すると都合がよい。式(14.3a)と (14.3b)で与えられる lx , ly の q , f 表示より次式を得る。 æ¶ ¶ ö÷ ÷÷ (14.6a) l+ = lx + ily = e if ççç + i cot q çè ¶q ¶f ø÷ æ ¶ ¶ ÷ö ÷÷ l- = lx - ily = e -if ççç+ i cot q çè ¶q ¶f ÷ø (14.6b) l+ と l- をYlm (q, f) に作用させたとき,その結果だけを示すと次のようになる。 l,, Ylm (q, f) = (l -,, m )(l m 1)Yl ,m 1 (q, f) (14.7a) l-Ylm (q, f) = (l ,-, m )(l m 1)Yl ,m 1 (q, f) (14.7b) これを導くのにルジャンドル陪関数に関する次の漸化式を用いた(Appendix A.4 を参照)。 (1 - w 2 ) d n P (w ) = -nwPl n (w ) + (1 - w 2 )1/2 Pl n +1 (w ) dw l 42 (14.8a) 量子力学講義ノート (1 - w 2 ) 平成 25 年度 d n n )(1 w 2 )1/2 Pl n -1 (w ) P (w ) = nwPl n (w ) - (l + n )(l + 1 -dw l (14.8b) ここで, n = m である。式(14.7a)を証明するには, m ³ 0 のときは(14.8a)を用い, m < 0 のとき は(14.8b)を用いればよい。また,式(14.7b)を証明するには,m > 0 のときは(14.8b)を用い,m £ 0 のときは(14.8a)を用いる。 式(14.7)からわかるように,l+ をYlm (q, f) に作用させたとき,m の値が1だけ増えた球面調和関 数Yl ,m ,1 (q, f) が作り出され, l- は m の値が1だけ減少したYl ,m -1(q, f) を作り出すことがわかる。 この意味で,l+ を上昇演算子,l- を下降演算子,併せて昇降演算子と呼んでいる。lx = (l+ + l- )/ 2 , ly = (l+ - l- )/ 2i より lx と ly をYlm (q, f) に作用させた結果も容易に導き出すことが出来る。次の関 係式も容易に導くことができる。 , l z ] = l , l ] = 2lz , [l,, , lz ] = -l , [l-[l,él 2 , l,ù = él 2 , l ù = 0 ë û ë û (14.9a) (14.9b) l 2 = 21 (l+l-+ l l + ) + lz 2 (14.9c) 【Q14-1】式(14.6a)と(14.6b) を導け。 【Q14-2】式(14.8a)と(14.8b)を導け。 【Q14-3】漸化式(14.8)を用いて,(14.7a)と(14.7b)を導け。 【Q14-4】式(14.9a),(14.9b),(14.9c)を導け。 43 量子力学講義ノート 平成 25 年度 §15.水 素 型 原 子 15.1 はじめに 中心力ポテンシャル内を運動する粒子については,そのハミルトニアン H は式(13.19)で与えら れる。さらに,それを,極座標 r , q , f を用いて表したものは,式(13.20)であり,再度,書き下す と次式である。 H =- 2 1 ¶ æç 2 ¶ ÷ö l2 + +V (r ) r ÷ ç 2m r 2 ¶r çè ¶r ÷ø 2mr 2 (15.1) 右辺第 2 項は, 古典力学における遠心力に起因したポテンシャルで遠心力ポテンシャルと呼ばれる。 このことは,粒子が半径 r の円運動をしているとすると,次のようにしてわかる。古典力学では, 中心力場内を運動する粒子に働く遠心力は Fc = mr w 2 = mv 2 / r で与えられる。ここで, w は角速 度, v =| v | であり,両者の間には v = rw の関係がある。古典力学では角運動量 l は一定でありそ の向きと大きさは運動の途中で保存される。その大きさを l = l とすると l = r ´ p = mrv である。 故に v = l /(mr ) であり,これより Fc = l 2 /(mr 3 ) である。この遠心力 Fc がポテンシャルU (r ) から導 かれるとすると, Fc = -dU (r )/ dr が成り立つ。この式を満足するU (r ) は U (r ) = l 2 /(2mr 2 ) (15.2) である。これは上で述べた遠心力ポテンシャルに一致している。 上の H に対する Schrödinger 方程式 H y(r ) = E y(r ) において,変数分離形の解 y(r ) = R(r ) × Ylm (q, f) を仮定する。 R(r ) は動径部分の波動関数,Ylm (q, f) は球面調和関数で角度部分の波動関 数である。 l , m はそれぞれ方位量子数と磁気量子数である。この y(r ) を Schrödinger 方程式に代 入し, l 2Ylm (q, f) = 2l (l , 1)Ylm (q, f) を用いてからYlm (q, f) を約分すると,次式が得られる。 - ö 2 1 d çæ 2 dR ö÷ çæ 2l (l + 1) +V (r )÷÷÷ R(r ) = ER(r ) ÷÷ + çç çèr 2 2 ÷ø 2m r dr dr ø çè 2mr (15.3) これは動径部分 R(r ) に関する Schrödinger 方程式であり式(13.18a)と同じである。 【Q15-1】式(15.1), H y(r ) = E y(r ) , y(r ) = R(r )Ylm (r, f) などを用いて,実際に式(15.3)を導け。 15.2 水素型原子 ここからは水素型原子(hydrogen-like atom)を考える。水素原子は原子核と 1 個の電子からなり, 核の質量は電子の質量 m の約 1800 倍で非常に重いので,核は静止しているとして扱うことがで きる。核の電荷は e ,電子の電荷は -e である。ここでは核の電荷は Ze とする。こうすれば,Z = 1 のときが水素原子, Z = 2 のときは He+ , Z = 3 のときは Li2+ などを表す。核と電子の間の電気 的クーロン引力によるポテンシャルエネルギーは V (r ) = -kZe 2 / r である。 k は cgs 単位では k = 1 ,MKSA 単位では k = (4pe0 )-1 である。このV (r ) を上の Schrödinger 方程式(15.3) に代入す ると次のようになる。 - 2 1 d æç 2 dR ö÷ æç 2l (l + 1) kZe 2 ÷ö ÷÷ R(r ) = ER(r ) r ÷+ç 2m r 2 dr çè dr ø÷ ççè 2mr 2 r ÷ø (15.4) この方程式は,原子に関する Schrödinger 方程式としては,厳密に解ける唯一の例と言ってよく, 44