Comments
Description
Transcript
長期低迷に苦しむイタリア経済と総選挙後の展望
平成 18 年(2006 年)4 月 13 日 NO.9 長期低迷に苦しむイタリア経済と総選挙後の展望 4 月 9 日、10 日のイタリア総選挙において、プローディ元首相(前欧州委員長)率 いる野党・中道左派連合がベルルスコーニ首相の与党・中道右派連合に勝利し、5 年 ぶりの政権交代が実現する見込みとなった。 1. 僅差だった野党の勝利 11 日に発表された開票結果によると、下院(定数 630 議席)の得票率は野党 49.8%、 与党 49.7%と僅か 0.1 ポイント差だったが、最も票を得た政党連合に 55%の議席を保 証するボーナス制により、獲得議席数は野党 348 議席、与党 281 議席となった。また、 上院(終身議員を除く定数 315 議席)も野党が 158 議席と、与党の 156 議席を 2 議席 上回った。与党側は僅差の敗北を認めず票の数え直しを求めるなど、紆余曲折が予想 されるものの、近く中道左派連合への政権交代が実現する見込みだ。 2. 低成長と財政悪化が続くイタリア経済 新政権の課題は、長引く低成長の克服と財政再建により国内経済を立て直すことだ。 イタリアの経済成長率は、90 年代半ば以降一貫してユーロ圏平均を下回っており、こ こ 2 年余りはドイツに代り「欧州の病人」と評される程の不振に喘いでいる。製造業 の競争力低下による輸出と投資の低迷が最大の原因であり、世界の輸出に占めるイタ リアのシェアも、99 年の 4.1%から 2004 年は 3.8%へ低下している。同時期に 9.6%か ら 10.1%へシェアを伸ばしたドイツとは対照的だ。 1 第 1 図:実質 GDP 成長率と純輸出の寄与度 5 (前年比、%) (前年比、%) 3 実質GDP成長率 イタリア ドイツ ユーロ圏平均 4 3 純輸出の成長への寄与度 イタリア ドイツ ユーロ圏平均 2 1 2 0 1 -1 0 -2 -1 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 (資料)Eurostat,各国統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 (年) (年) 一方、財政赤字は 2003 年と 2004 年に EU の財政基準である GDP 比 3%の上限を逸 脱したことが判明し、安定成長協定の「過剰な赤字手続き」の対象となった。現在は、 (景気循環の影響を調整した)構造的赤字の削減を毎年進めるとともに、2007 年まで に財政赤字を 3%以内に削減することが義務付けられている。イタリアの財政悪化の 直接の引きがねは、景気低迷で税収が落ち込んだことによるプライマリー収支の黒字 幅縮小だが、①高い債務比率(政府債務残高の GDP 比率は EU の基準である 60%を 大きく上回り、100%超で推移)を反映した利払い費の負担、②年金・医療費等など の義務的支出の拡大、③南部開発や雇用対策を目的とする非効率な公共事業、④国有 資産売却などの一度限りの財政赤字削減措置への依存、など中期的な課題も多い。 昨年 12 月にイタリア政府が発表した「安定計画」によると、歳出管理の強化など によって構造的収支の改善を進め、2007 年には財政赤字を 2.8%まで削減する計画と なっている。これに対し、EU の財務相理事会は、計画達成には 2006 年度予算の厳格 な執行と 2007 年に向けた追加的な財政赤字削減措置の導入が必要であること、政府 債務残高(対 GDP 比率)の削減のペースを加速すべきであること、などを勧告して いる。2007 年にはドイツが財政引き締めに乗り出すことで EU 全体として財政健全化 の圧力が強まるとみられるほか、民間格付け機関も新政権が積極的に財政再建を進め ない場合は格下げに踏み切ると警告している。 第 1 表:イタリア財政指標(一般政府ベース)の推移 財政収支 プライマリー収支 景気循環調整後の収支 構造的収支 (参考)一度限りの措置の効果 政府債務残高 1999 ▲ 1.7 5.0 ▲ 2.1 ▲ 2.1 0.0 115.5 2000 ▲ 1.9 4.5 ▲ 2.8 ▲ 2.8 0.0 111.3 2001 ▲ 3.2 3.4 ▲ 4.2 ▲ 4.8 0.6 110.9 2002 ▲ 2.7 3.0 ▲ 3.2 ▲ 4.5 1.3 108.3 2003 ▲ 3.2 2.1 ▲ 3.0 ▲ 4.9 1.9 106.8 2004 ▲ 3.2 1.8 ▲ 3.0 ▲ 4.4 1.4 106.5 2005 ▲ 4.3 0.6 ▲ 3.5 ▲ 4.1 0.6 108.5 2006 ▲ 3.5 1.3 ▲ 2.9 ▲ 3.2 0.3 108.0 2007 ▲ 2.8 1.9 ▲ 2.3 ▲ 2.3 0.0 106.1 (注)マイナス(▲)は赤字、プライマリー収支:利払い費を除く財政収支、 構造的収支:景気循環調整後の収支から一度限りの措置を除いたもの 2005年以降は政府による予測値(2005年12月発表「安定計画」) その後の政府発表によると、2005年の財政収支(実績)は▲4.1%と想定比改善したものの、2006年は▲3.8%と下振れする見込み (資料)EU財務相理事会及びイタリア経済財政省資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 2 (対GDP比、%) 2008 2009 ▲ 2.1 ▲ 1.5 2.6 3.2 ▲ 1.7 ▲ 1.2 ▲ 1.7 ▲ 1.2 0.0 0.0 104.4 101.7 3. 競争力低下の背景 イタリアの競争力低下の理由としては、ユーロの弊害(競争的通貨切り下げが行え なくなったこと、ECB の一元的金融政策が必ずしもイタリアの実情に合っていないこ と、安定成長協定の制約で財政政策の裁量余地も限られることなど)が挙げられるこ とが多い。2002 年のユーロの現金流通開始時、生活必需品の便乗値上げにより体感イ ンフレ率が高まったこともあって、国民の間には EMU 懐疑論が台頭しており、昨年 は北部同盟出身の閣僚がリラの復活を主張して波紋を広げ、イタリアのユーロ離脱の 可能性が市場の話題に上る場面もあった。 もっとも、ユーロ導入は経済不振が顕在化したきっかけのひとつに過ぎず、根本的 な原因はユーロ前から存在する構造的な問題にある。イタリアはユーロ導入による金 利低下のメリットが最も大きかった国のひとつであり、ユーロ離脱のコストは、通貨 暴落と金利急騰によるによる債務負担の増加、輸入インフレ、貿易上のメリット喪失 など甚大である。 (1) 硬直的な労働市場と低い生産性の伸び マクロ経済の観点からみた競争力の低下は、輸出の価格競争力を表す実質実効為替 相場の大幅な上昇に表れている(第 2 図)。特に足許では、ドイツが生産性の伸びを 大きく下回る水準に賃金上昇を抑えることで急速に競争力を回復(実質実効相場は下 落)しているのに対し、イタリアでは生産性の伸びが低いため賃金上昇に追いつかず、 競争力の回復が遅れている(第 3 図) 。 イタリアでは近年の労働市場改革により、民間派遣会社を通じた派遣や見習い労働 など多様な雇用契約が導入され、女性の労働参加や闇労働の正規化が進み、統計上の 雇用者数は増えた。しかし、労働組合の政治的影響力が強いため、正社員の賃金は下 方硬直的で解雇も厳しく制限されており、地域間・契約間の労働力の移動も少ない。 こうした労働市場の分断により、雇用の創出は低スキルで不安定な職にとどまってお り、結果として生産性の伸びが犠牲になっているのだ。 第 3 図:単位労働コストの要因分解 第 2 図:輸出競争力(実効為替相場)の推移 (1999年=100、逆目盛) 6 85 90 4 競争力向上 95 賃金上昇 2 ドイツ 100 (前年比、%) 0 105 フランス -2 実質賃金 労働生産性(逆符号) 実質単位労働コスト -4 115 スペイン -6 125 135 99 00 01 02 03 (注)対先進工業国34カ国、製造業単位労働コストベース (資料)欧州委員会統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 04 05 生産性上昇 イタリア (年) (注)単位労働コスト伸び率≒賃金上昇率-労働生産性伸び率 (資料)欧州委員会統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 3 ドイツ 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 2004 2003 2002 2000 1999 1998 1997 -8 イタリア 1995 競争力低下 130 1996 120 2001 110 (2) イタリア産業のグローバル化対応の遅れ 産業構造の面からみると、イタリアではドイツと並んで製造業の比重が高い。情報 通信やバイオなどのハイテク産業が弱く、繊維・衣類・靴・家具・一般機械など低ス キル・低付加価値商品に特化しているため、低賃金の新興諸国との競合により、国内 生産は過去数年で大幅に減少している(第 4 図)。また、小規模企業のネットワーク による産業集積に支えられた高度なデザイン性、生産工程の分業化・専門化などは「柔 軟な専門化」と呼ばれ、イタリア産業の強みでもあったが、アジア・ロシア・中東な どのエマージング市場へのアクセスやグローバルな事業再編の面からみると、多国籍 化を進めるドイツ企業などに対し出遅れ感があるのも事実だ。 他方、サービス産業は、エネルギーなどの公営事業の規制緩和の遅れや、金融など 専門サービスの閉鎖性(中銀スキャンダルを契機に、最近ようやく外銀による銀行買 収が可能になった)などから発展が遅れており、経済規模に比べて外資導入も少ない。 第 4 図:イタリア製造業生産の推移(主要製品別) (2000年=100) 130 繊維・衣類 皮製品 電気機械 輸送機械 家具 120 110 100 90 80 70 60 95 96 97 98 99 00 (資料)ISTATより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 01 02 03 04 05 06 (年) (3) R&D 投資や人材育成の不足 成長会計の観点からイタリアを他の欧州諸国と比較すると、技術革新や労働力の質 的向上などを示す全要素生産性の寄与の低さが目立つ(第 2 表)。これは、小規模企 業の多さや非効率な資源配分(南部への財政移転や無理な投資誘導など)のため R&D 投資が不足していること、IT/グローバル化の時代に対応できる人材育成が遅れてい ること、なども一因であろう(第 5 図)。 第 2 表:経済成長への生産要素別寄与度(2000-2004 年平均) 実質GDP 成長率 イタリア ドイツ フランス 英国 0.9 0.5 1.4 2.3 IT資本蓄積 0.4 0.2 0.2 0.34 (%) 実質GDP成長率への寄与度 全要素生産性 非IT資本蓄積 労働投入 (TFP) 0.8 0.8 -1.1 0.2 -0.5 0.6 0.8 -0.1 0.5 0.5 0.2 1.3 (資料)EEAG, Report on the European Economy 2006 より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 4 高等教育支出(GDP比、%) 第 5 図:西欧諸国と日米の R&D 投資、教育支出 60 米国 55 50 日本 英国 45 ドイツ 40 35 フランス イタリア 30 25 20 0 1 2 3 4 5 R&D投資集約度(GDP比、%) (注)R&D投資は2003年、教育支出は2002年 (資料)Eurostat統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 4. 選挙後の展望 足許の景気動向をみると、循環的には最大の輸出先であるドイツの景気回復などを うけて企業や消費者のマインドが上向き、輸出主導で回復に向かいつつある。しかし、 ①ユーロ相場が下げ渋り、過去の通貨切り下げに比べると小幅の下落にとどまってい ること、②ECB の段階的利上げの景気抑制効果が徐々に波及するとみられること、③ 2007 年は住宅価格の調整やドイツの財政引き締めにより、ユーロ圏全体として緩やか な景気減速に向かうとみられること、――などからイタリア経済の回復も限定的なも のにとどまるとみられる(2 月に発表した当室見通しは、2006 年の実質 GDP 成長率 をユーロ圏 2.0%に対しイタリア 1.3%と想定)。 中道左派は公約に、雇用コスト削減(社会保険料負担を 5 年間で 5%引き下げ)に よる企業の競争力強化や福祉政策の充実(3 歳児までの育児手当導入など)を掲げ、 財源として歳出管理や脱税取締りの強化、債券・株式のキャピタルゲイン課税の強化 (現状 12.5%から 20%へ)、富裕層向けの相続税の復活などを挙げているが、財政再 建との両立は極めて困難とみられる。中国製品に対するセーフガード発動といった保 護主義的政策にも効果は期待できないなか、経済立て直しのためには、痛みを伴う改 革によって先に見た構造問題を克服し、ユーロ後の変化やグローバル競争の激化に対 応していくことが不可避であろう。しかし、イタリアではドイツとは異なり、選挙戦 を通じて構造改革に向けた議論は盛り上がりを見せていない。中道から共産主義政党 まで幅広い勢力からなる 9 党連立は政局不安定化のリスクも孕んでおり、8 年ぶりに 返り咲くプローディ首相の手腕が問われる。 (18.4.12 武南 奈緒美) 当資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、何らかの行動を勧誘するものではありません。ご利用に関しては、すべて お客様御自身でご判断下さいますよう、宜しくお願い申し上げます。当資料は信頼できると思われる情報に基づいて作成されていますが、 当室はその正確性を保証するものではありません。内容は予告なしに変更することがありますので、予めご了承下さい。また、当資料は著 作物であり、著作権法により保護されております。全文または一部を転載する場合は出所を明記してください。 発行:株式会社 三菱東京 UFJ 銀行 企画部 経済調査室 〒100-8388 東京都千代田区丸の内 2-7-1 5