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両親による幼少期のタッチの量と心理的健康度の関連

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両親による幼少期のタッチの量と心理的健康度の関連
両親による幼少期のタッチの量と心理的健康度の関連
聖徳大学人文学部 山口 創
最近、タッチセラピー(マッサージセラピー)が話題
るために行われた。ただし、
「赤ん坊のときにマッサージ
になっているようだ。マッサージそのものは、中国では
を受けた経験を持つ成人」というサンプルはほぼ皆無に
紀元前二〇〇〇年、エジプトでは紀元前一二〇〇年から
等しいため、赤ん坊のときのタッチの効果にとどめた。
行われており、ヒポクラテスも「医者は何よりもマッサ
そこで、過去に両親から受けたタッチの量と、現在の心
ージに長けていなければならない」と述べている。
の健康度との関連について調べることを目的とした。
赤ん坊とスキンシップをとることの重要性は心理学で
調査は、大学生(健常群N=213)と心療内科の患
も昔から言われてきたが、スキンシップを一歩発展させ
者(臨床群N=69)を対象に、過去に両親から受けたタ
て、赤ん坊の皮膚に積極的に刺激を与えるようなマッサ
ッチの量、ボディ・アウェアネス(Body Awareness:
ージを施すとさまざまな効果があることが、最近になっ
身体感覚に関する尺度)
、特性不安、抑うつ、両親の養育
てわかってきた。
態度について、質問紙法による調査を実施した。
その効果を最初に研究したのは、マイアミ大学のティ
分析の結果わかったことは、まず、男性の場合は両親
ファニー・フィールド(Tiffany Field)である。彼女は
からの身体接触と心理的な健康度の間にあまり関連が見
第九回小児科会議において、母子のタッチセラピーの重
られなかったのに対し、女性は幼少期に両親から触られ
要性について報告した。
実験の概要は、
病院で赤ん坊を、
た経験が多い人ほど心理的な健康度も高いことがわかっ
マッサージを受ける群と受けない群に分けて比較するも
た。幼少期における両親からのタッチの効果は、成人後
のである。実験の結果、マッサージを受けた群は、受け
は女性だけに見られるといえそうである。
なかった群に比べて体重の増加が著しく、増加率は受け
なかった群より三一%も高かったのである。
その理由は、
マッサージによって迷走神経が刺激され、
その理由として、次のことが考えられる。女性のほう
がタッチの量が幼少期から成人後までずっと多かったの
であるが、そのために男性よりもタッチの影響が大きく
その活動性の増大によってインシュリンなどの食物吸収
なったと思われる。あるいは、女性のほうが男性よりも
ホルモンが増加するためであると考えられている。その
タッチに対する感受性が高い、などといった質的な差が
他の効果としては、情緒の安定、静睡眠の増加、無呼吸
あるのではないか。これらは、今後さらに検討すべき課
発作の減少、入院期間の短縮などがあった。
題である。
さ ら に 、 ク ラ ウ ス ( Klaus.M.H ) と ケ ン ネ ル
また、父親は子供の性に関わりなく子どもに触れる量
(Kennell.J.H)の研究によると、赤ん坊にマッサージ
が少ないが、母親は男児よりも女児に多く触れることが
を施すと、微笑みや笑いといった行動が増加することも
わかった。つまり、女児は母親から触れられることが多
わかっている。
いのに比べて、男児は父親からも母親からも触れられる
一方、赤ん坊のときに受けたマッサージやタッチの効
果は、成人後もその人の心理面に何らかの影響があるの
ではないだろうか。本研究はこの点について明らかにす
ことは少ないのである。しかも、この傾向は成人後も同
じであった。
たしかに、街中で女性同士が手をつないで歩いていて
も何とも思わないが、男性同士が手をつないでいる光景
はあまり見かけないし、見たくもない。
最後に、本研究ではレトロスペクティブ法
(retrospective:過去の自分を想起する方法)により、
過去に両親から受けたタッチの量を調べた。
その理由は、
実際に両親に触れられた量よりもむしろ、過去に両親か
ら触られた程度を当人が主観的にどのようにとらえてい
るかのほうが、心理的問題の治療といった観点から、さ
らにそれを予防するといった観点からは重要であると思
われるからである。
ただし、本研究からは上記のような結果が見いだされ
たが、実際に幼少期に両親から受けたタッチの量と、成
人後の心理的健康度との関連について見た場合にも、同
様の結果が得られるだろうか。今後、この点についても
調べなければならない。
現代では母子のスキンシップは希薄になり、子ども同
士や大人同士の肌の触れあいも避けられる傾向にある。
タッチングは肌を通したコミュニケーションであり、相
手の心とダイレクトにつながっているため、人間関係を
考察するうえでも、心の健康を考えるうえでも、非常に
重要な切り口であると思われる。それにもかかわらず、
研究が遅れている分野でもある。
多くの研究者がこのテーマに目を向け、さらに研究が
発展することを願っている。
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