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Title 視覚障害を伴う重複障害児への擬音語・擬態語を用いた 模倣的
Title Author(s) Citation Issue Date 視覚障害を伴う重複障害児への擬音語・擬態語を用いた 模倣的関わりの効果( fulltext ) 田中, 美成; 伊藤, 良子 東京学芸大学紀要. 総合教育科学系, 58: 449-458 2007-02-00 URL http://hdl.handle.net/2309/65494 Publisher 東京学芸大学紀要出版委員会 Rights 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 58 pp.449 ~ 458,2007 視覚障害を伴う重複障害児への擬音語・擬態語を用いた 模倣的関わりの効果 田中 美成*・伊藤 良子** 教育実践研究支援センター** (2006 年 9 月 29 日受理) キーワード:重複障害児,模倣的関わり,共同注意,コミュニケーション 1. 問題と目的 ティを有効に活用していく必要性が示唆されている。 「模倣」に難しさをもつ視覚障害を併せもつ重複障害 1. 1. 問題 児にも大人の模倣的関わりは有効であるのか,重複障 現在,東京都の肢体不自由養護学校に在籍する児童・ 害の有り様に配慮した「模倣的関わり」とはどういうも 生徒の中には,重複障害を併せもつ者が少なくない。徳 のなのか,検討されるべき課題は多いと考えられる。 永 は,重複障害児の特徴の一つとして,コミュニケー 1) ションの難しさを挙げており,重複障害児のコミュニ 1. 2. 本研究の取り組み ケーション指導は養護学校の大きな課題の一つであると 1. 2. 1. 本研究の目的 言える。さらに,感覚障害を伴う重複障害児の教育には 本研究はこれまで述べてきた問題を踏まえて,視覚 他の障害種とは異なる独自な困難があり,その重層的で 障害を伴う重複障害児のコミュニケーションに対する大 複雑な課題に対する専門的な支援は未だ不十分である 人の模倣的関わりの効果を検討する。本研究では,大 (菅井 )とも指摘されている。重複障害児のコミュニ 人が子どもの行動を模倣する関わりを中心とした〔模倣 ケーション指導にはさまざまな面からの検討が必要であ 場面〕と,大人が意図的な模倣を行わない〔統制場面〕 ると思われる。 を設けることにより,模倣場面および統制場面で大人が 乳児の模倣研究においては,大人の模倣的関わりの 果たす役割を明らかにするとともに,両者の働きかけを 効果として,乳幼児は自分の情動状態が共有されてい 継続的に行うことによる変化についても検討するもので ると感じる(Stern ) ,自分の行動と大人の反応との関 ある。 係性を知り,大人への関心を高めていく(麻生 )こと ここでいう「模倣的関わり」とは,単に子どもの行動 が指摘されている。 を同じモダリティを用いて全く同じように再現すること 2) 3) 4) また,重複障害児への模倣的関わりの効果として,行 だけを意味しない。異なったモダリティを用いて,また 動の随伴性に気づいた児童が大人に目を向けるようにな は複数のモダリティに働きかけて共感覚的に模倣するこ る(坂口5)) ,子どもに対して大人が「受信」したことを とを含む。子どもの行動を擬音語・擬態語により言語化 伝える役割があり,重度遅滞児との交渉の成立と維持 して子どもの行動に随伴させることも, 「模倣的関わり」 に有効である(大井 と捉えて行う。 )ことが示唆されている。一方, 6), 7) 聴覚障害を伴う重複障害児への適用では,振動という 身体感覚を通した働きかけが補助的刺激となり,動作模 1. 2. 2. 本研究における仮説 倣の手がかりとなった(辻・高山 )とも報告され,重 仮説 1 大人の模倣的関わりによって,他者の自分に対 複障害児の模倣を考える場合,障害されていないモダリ する注意を明確に意識できるため,子どもに快 8) * 東京都立小平養護学校 ** 東京学芸大学(184-8501 小金井市貫井北町 4-1-1) - 449 - 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007) 【表 2 遠城寺式・乳幼児分析的発達検査法結果】 情動が引き起こされる。 仮説 2 大人の模倣的関わりによって,自分の行動を模 領 域 倣する他者に対する意識が高まる。 運 動 仮説 3 大人の模倣的関わりによって,子どもの情動や 行動が落ち着くとともに,コミュニケーション行 社会性 動が増加する。 言 語 2. 方法 発達年齢 移動運動 9 ヶ月 手の運動 6 ヶ月 基本的習慣 8 ヶ月 対人関係 4 ヶ月 発語 3 ヶ月 理解 6 ヶ月 2. 1. 対象児 発達検査の結果からは,言語理解に比べて表出が弱 対象児は,肢体不自由養護学校小学部1年生に在籍 いという発達差が認められた。弱さが感じられたのは対 し,未熟児網膜症を原因とする視覚障害(推定視力0.01 人関係と手操作で,両者の弱さが三項関係成立の難し 程度の弱視)と運動障害,知的障害を併せもち,音声 さに影響を及ぼし,その結果として物を用いての感覚遊 言語をもたない男児である。運動障害としては,脳性麻 びのレベルに留まっているとも考えられた。表現の弱さ 痺による左側不全麻痺があり,座る・這うことは可能だ は,単に音声言語をもたないということではなく, 「人 が立つことや歩行は難しい程度の四肢体幹機能障害が や物に向かって声を出す」 「離れている人を呼ぶように 認められる。ことばはなく,発声も怒ったときに「ナナ 声を出す」等の項目が(-)で,発声が自分の表現手 ナ」という発声がたまに見られる程度で明確なコミュニ 段として意識されていない様子,人に対して働きかけよ ケーション手段を獲得していない。日常的には,音の出 うとする力が弱い様子が感じられる。 る物に固執し,物をなめたり噛んだりして放り投げると いう行動が多く,体を揺らすロッキング行動が頻繁に観 2. 2. 手続き 察される。 2. 2. 1. 指導期間・回数・時間 なお,保護者には研究内容についての説明を行い理 X 年 9 月~ 12 月にかけて,月1 ~ 4回程度(平均的に 解を得た上で,了承を得た。 1 ~ 2 週間間隔)で,計 8回の指導を行った。 視覚障害による影響を考え,一般の質問紙式発達検 査のほかに視覚障害児用の発達検査を実施した。評定 2. 2. 2. 手続き は,学校生活場面で最も関わりをもっている担任教諭と 学校内の1室において,筆者との1対1での自由遊びを 筆者とが協議の上行った。 行う。最初の約5 分間は,意図的な模倣を行わず,児童 【表1 広D-K 式視覚障害児用発達診断検査結果】 領 域 運動発達 知的発達 社会的発達 発達年齢 の行動に対して反応的に関わる(統制①場面) 。その後 に続く10 ~ 20 分は,児童の行動を音声で模倣すること を中心とした模倣的関わりを行う(模倣場面) 。最後の 全身運動 0:9 ~ 1:3 手指運動 0:9 ~ 1:3 移 動 0:6 ~ 0:9 表 現 0:4 ~ 0 . 6 理 解 0:9 ~ 1:3 活 動 0:9 ~ 1:3 食 事 0:9 ~ 1:3 衣 服 1:6 ~ 2:0 場面 時間 関わり方 衛 生 1:3 ~ 1:6 排 泄 1:3 ~ 1:6 統制 ① 最初の 約5分 意図的な模倣は行わない。児童 の行動に対して,反応的に関わる。 模倣 続く10 ~20分 児童の行動を大人が模倣する関 わり。 統制 ② 最後の 約5分 統制1場面と同じ。 約5 分間は,統制①場面と同じく,意図的な模倣を行わ ず,児童の行動に対して反応的に関わる(統制②場面) 。 1回の指導は,統制①~模倣~統制②場面の3 場面合 計で 20 ~ 35 分程度。児童の体調や気分,授業予定に 応じて,時間は設定した。 【表 3 手続き : 場面・時間・関わり方】 総 計 10 ヶ月相当 発達安定度 不安定 - 450 - 田中・伊藤:視覚障害を伴う重複障害児への擬音語・擬態語を用いた模倣的関わりの効果 具体的な関わり方としては,統制場面では,こどもの 【表4 コミュニケーション・非コミュニケーション行動の評定】 非コミュニケーション行動 行動に対して「上手だね」 「いい音がしたね」などの反 応, 「オモチャもあるよ,どうぞ」などの提示, 「ここを 叩いてごらん」などの指示, 「これで遊びたいの」など 子どもの要求を明確化する働きかけ等が含まれる。模 倣場面では,対象児が物をなめたら「ぺろぺろ」 ,物を 叩いたら「ドンドン」と言うように,対象児の行動を擬 態語・擬音語に置き換えて模倣する働きかけや,対象 児が自分の身体に触れたら大人も同じところに触れる等 の,対象児の行動を聴覚的および触覚的に模倣する働 きかけを行った。なお,なるべく触覚的に模倣しながら 擬態語・擬音語を随伴させるというように,複数のモダ 分 類 具体例 大人への視線を伴わな い口唇での感覚遊び 鈴をなめる,ボール を噛む,床をなめる 大人への視線を伴わな い物の操作(物をもつ, 取るという行動は除外。 口唇遊びの一部である 可能性があるため) 玩具のボタンを押す, ボールを転がす,ボ ールを叩く,頭にか かったタオルを取る 伝達 意図 なし 視線を伴わない 大人への接触 大人の体の一部に触 る,抱きつく,膝 枕 で寝転がる 視線を伴った口 唇での感覚遊び 大人への視線を伴い, 口唇での感覚遊びが 行われる場合 視線を伴った物 の操作 大人への視線を伴い, 物の操作が行われる 場合 視線を伴った大 人への接触 大人への視線を伴い, 大人への接触が行わ れる場合 伝達的身ぶり 拍手,物を渡す,自 分の体の一部に触れ て要求を表す リティに同時に働きかけるようにした。 コミュニケーション行動 2. 2. 3 観察・記録 指導室内にビデオ記録者が同席し,デジタルビデオ カメラ(SONY, DCR-PC101)で,可能な限り両者の顔 および上半身が映るように移動しながら撮影し,後日 DVDに録画した。 記録されたDVDより,各場面から,任意の連続した 伝達 意図 あり 場面 5 分間を抽出し,トランスクリプト(継時的記録) を作成した。場面の選出にあたっては,なるべく遊びが 中断していない場面,なるべく両者がきちんと映ってい る場面,なるべく児童の伝達行動が見られる場面が含 まれるようにした。 3. 1. 3. やりとりの質的分析 3. 結果 対象児の各抽出場面について,大人と子どものこと ばや動作,表情などをすべて時系列に沿って書き出した 3. 1. 分析指標・方法 トランスクリプト(継時的記録)を作成した。作成した 全 8回の各指導回における3 場面(統制①/模倣/統 トランスクリプトより,以下の項目に関連する行動が見 制②)より,それぞれ各 5 分間を抽出し,以下の指標に られた場面を分析し,エピソードを記述する。 よって分析した。 ① 模倣認知 ② 快情動の共有 3. 1. 1. 情動・情緒,対人意識に関する行動の評定 ③ ターンテイキング 記録されたDVDより5 秒を一コマとし,1コマごとに ④ 他者理解 あらかじめ作成されたチェックリストにより,以下の行 ⑤ 伝達手段の調整 動指標の有無を評定する。 ①快の情動表出 ②行動・ 情緒の安定 ③大人への意識 3. 2. 情動・情緒,対人意識に関する行動の評定の結果 指標となる行動評定から得られた結果を,前期(1 ~ 3. 1. 2. コミュニケーション行動の評定 3回) ,中期(4・5回) ,後期(6 ~ 8回)ごとにまとめ, 対象児の体幹の動きや手の動きによる動作を,コミュ 各場面(統制①/模倣/統制②)ごとに平均し,比較 ニケーション行動と非コミュニケーション行動とに二大 した。 分類し,さらに4 つの下位カテゴリーに分類した。 (表 4) 3. 2. 1. 快の情動表出 笑顔,笑い声,体幹の上下の揺れ(体幹の揺れによっ て臀部が浮く動き,および膝立ち位と座位を繰り返す動 - 451 - 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007) き)を指標とした。 指導前期・中期においては,統制①場面および統制 ②場面に比べて模倣場面で増加する傾向が顕著であっ た。指導後期になるに従い,統制場面でも快の情動表 出が増える傾向にあり,後期においては模倣場面と統制 ②場面においては,快の情動表出が同レベルまで増加 した。 また,全体として模倣場面において,笑顔に視線が 伴うことが多い傾向にあった。 (図1) 【図3. 大人への視線の出現】 3. 3. コミュニケーション行動の評定の結果 各抽出場面に見られた体の動きや手の動きによる動 作を,その機能によってカテゴリー分類し,その結果を, 前期(1 ~ 3回) ,中期(4・5回) ,後期(6 ~ 8回)ご とにまとめ,各場面(統制①/模倣/統制②)ごとに 平均し,比較した。 【図1. 快の情動表出】 3. 3. 1. 非 コミュニケーション行動とコミュニケー ション行動の比較 3. 2. 2. 行動・情緒の安定 非コミュニケーション行動とコミュニケーション行動 ロッキング(体幹を前後に揺らす行動が 2回以上連続 の2 つに分類(表 4)し,その割合を分析した。指導前 して起きなおかつ臀部が床面から浮かないもの)の減少 期に比べ,指導中・後期ではコミュニケーション行動が を指標とした。 増加した。指導中期では模倣場面で最も多くコミュニ 全体の傾向として,指導後期になるにしたがって, ケーション行動が見られ,指導後期では統制②場面で ロッキング行動の出現が減少した。 (図 2) 増加する傾向が大きい。 (図 4) 【図 2. ロッキング行動の出現】 【図4. 非コミュニケーション行動と コミュニケーション行動の出現割合】 3. 2. 3. 大人への意識 3. 3. 2. 下位カテゴリーの分析 - 行動・動作のカテゴ 大人への視線を指標とした。 リーごとの出現傾向 全指導期間を通して,統制①場面および統制②場面 に比べて模倣場面で多い傾向があり,指導中期・後期 ではその傾向が顕著であった。また,大人への視線が 最も多かったのは指導中期であった。 (図 3) 対象児の動作を4 つのカテゴリーに分類(表 4)した 結果から,カテゴリーごとの出現傾向をまとめ比較した。 (図 5・6・7・8) 前期から後期になるに従い,対象児の行動の中心が - 452 - 田中・伊藤:視覚障害を伴う重複障害児への擬音語・擬態語を用いた模倣的関わりの効果 「口唇での感覚遊び」 「物の操作」から「大人への接触」 へと移行し,さらに「伝達的身ぶり」へと移行するとい う方向性が見られた。また場面ごとに分析すると,物 の操作は模倣場面で視線を伴う割合が増加する傾向が あった。伝達的身ぶりは,模倣場面に比べて統制②場 面で増加する傾向が見られた。 【図8. 伝達的身ぶり】 3. 4. やりとりの質的分析 以下は,作成したトランスクリプトより関連するエピ ソードを抽出して分析を行った。スクリプトは坂口9)を 参考に以下のようにした(表 5) 。なお,両者の行動が 【図5. 口唇での感覚遊び】 同時に行われた場合,二重線( )で表すこととす る。エピソードに関連した両者の行動を, 「太字」で表 すこととする。 【表 5. 伝達意図,反応の表し方】 【図6. 物の操作】 ここでは,身ぶり・動作を中心に伝達行動の変化につ いて検討する。 3. 4. 1. 前期の変化 初回の統制①場面では,対象児はキーボードをひた すら操作し続け,大人はそれに対してことばをかけてい た。つまり,対象児の伝達意図をもたない行動に対して, 大人は反応を返すが,その大人の働きかけに対しては 対象児からの反応は少なく,やりとりとしてはほとんど 成立していない。子どもの行動は切れ目なく繋がってお り,やりとりに交替性がみられなかった。 (スクリプト1) 【図7. 大人への接触】 - 453 - 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007) 的になった。 (スクリプト3) 【スクリプト3. 1回目模倣場面 つづき】 さらにその場面の後半では,日常的には快・不快の 【スクリプト1. 1回目統制①場面】 情動表出時以外は使わない発声が見られた。これは対 象児がさまざまな方法を駆使して,自分のどの行動が他 同じ日の模倣場面では,対象児がキーボードを操作 者に影響を及ぼすのか,自分の伝達手段の有効性を繰 して音が出ると,大人はその音に対応して「ビヨ~ン」 り返し確かめているためと考えられた。 (スクリプト4) と言いながら対象児の腕を軽くつかんで揺らす等,その 音を擬音語で模倣するとともに,その音に合った触覚的 働きかけも随伴させた。すると,対象児はキーボードを 操作した後,大人の反応を確かめるために手を止めるよ うになり,やりとりに交替性が生まれた。また大人の模 倣により微笑が見られ,大人の働きかけへの反応が見 られた。大人の模倣的な働きかけを快として受け止めて いるようだった。 (スクリプト2) 【スクリプト4. 1回目模倣場面 つづき2】 3. 4. 2. 中期の変化 4回目の模倣場面では,対象児がボールを叩くと,大 人も「トントン」と擬音語を伴わせながら,同じボール 【スクリプト2. 1回目模倣場面】 を叩いた。 ここでは最後に拍手をしながら笑い合う共感場面が 同様の関わりを続けると,次第に行動を起こす前に大 見られるが,中期にはこのような共感場面がとても多く 人に目を向けて意識するようになり,相手が模倣してく なった。 (スクリプト5) れることを期待した意図的なコミュニケーション行動が 対象児と同じボールを一緒に叩くという行動は,振動 出現したと言える。また,大人が「上手」というと,拍 という触覚的な刺激を通して,同じ対象物に両者が注 手のように両手を合わせた手の動きをするなど,大人に 意を共有しているということを非常に自覚しやすく,触 対する反応性が高まり,やりとりが一方的でなく,相互 覚を通じての共同注意行動が経験できたといえる。 - 454 - 田中・伊藤:視覚障害を伴う重複障害児への擬音語・擬態語を用いた模倣的関わりの効果 【スクリプト5. 4回目模倣場面】 同じ日の統制②場面では,拍手してほしくて両手を合 わせる動作をしても大人が模倣してくれないため,大人 の手を軽く叩く,クレーンハンドなどの伝達的な行動で 大人を促すことが見られた。大人が期待通りの反応をし てくれないと,自分の伝える手段を変化させると言った 伝達手段の調整ができるようになった。 (スクリプト6) このように,模倣場面である程度フォーマットをもっ 【スクリプト7. 8回目統制①場面】 た楽しいやり取りができると,統制②場面で大人の模倣 的かかわりという支えがなくても,フォーマットを手が 3. 5. 指導終了後の発達検査の変化 かりに大人に伝達的な行動を行うことができた。 指導開始前(9 月)に行った発達検査を,指導終了後 (12 月)に再度実施し,指導前の結果と比較した。実施 した検査の種類と方法は,指導前と同様である。 対象児においては,表現・理解・社会性に関する領 域で向上が見られた。約 3 ヶ月間に渡る指導の結果,そ れらの領域では発達月齢にして約1.5 ヶ月程度,園城寺 式の言語理解に関しては3.5 ヶ月程度の発達が見られ, 本児の DQ や運動障害をもつことを考え合わせると,指 導の効果があったと言えよう。 (図 9・10) 変化の見られた具体的な項目を見ると,人に向かって 声を出す,人の注意を引こうとする, 「ねんね」 「おいで」 等の言語指示に応じるなどの項目で,改善が見られた。 【スクリプト6. 4回目統制②場面】 対人意識の向上によりコミュニケーションが可能とな 3. 4. 3. 後期の変化 り,言語表出・理解共に改善したと言える。 最終回になると,いないいないバーのような,さらに 長いフォーマットの遊びを楽しめるようになり,右手を タオルに伸ばしてから,自分の頭を指し示すというよう に,身ぶりの連鎖によって,行動上 2 語文の構造をもつ 身ぶりをつかうことが見られた。 (スクリプト7) 遊びの構造もよく理解しているので,遊びを自分から 開始できる。一つの遊びの中で,開始行動と反応行動と を,また要求行動と共感行動をともに自由に使うことが できるようになった。 この時期になると,相互的なやり取りができず,遊び のフォーマットが作りにくい模倣場面よりも,統制場面 のほうが遊びの質は高くなった。 【図9. 広D-K 式視覚障害児用発達検査結果の変化】 - 455 - 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007) 【図10. 遠城寺式・乳幼児分析的発達検査結果の変化】 4. 考察 4. 1. 行動指標による結果からの考察 行動指標による分析から,大人の模倣的関わりは, 子どもに快情動を引き起こし,子どもの他者に対する意 識を高め,コミュニケーション行動を増加させると効果 があると言え,仮説 1・2・3は支持された。 4. 2. やりとりの質的分析からの考察 まず前期に,相手が自分を模倣しているという模倣認 【図11. やりとりの質的分析から見る模倣的関わりの効果】 知によって,快情動が表出された。同時に相手の模倣 を確かめる間が生まれることにより,ターンテイキング 5. 本研究のまとめと今後の課題 が成立した。 一方,自分のさまざまな行動が模倣されるのか試し 5. 1. 本研究のまとめ たことによって,伝達手段が増加するという結果につな 上記の結果から,擬音語・擬態語や触覚的刺激を利 がった。大人への視線の増加から大人への意識が高まっ 用した大人の模倣的関わりは,子どもに快情動を引き起 たことがわかるが,前期の段階では,自分を模倣する人 こし,他者に対する意識を高め,コミュニケーション行 として,行為者としての他者理解であったと考えられる。 動を増加させる効果が見られた。大人の模倣的関わり 中期になると,ターンテイキングからフォーマットが は,自分の行動が他者に及ぼす影響について気づかせ 成立し,やりとりの中で開始行動がよく見られるように 学ばせるよい機会となる。大人の模倣によって,無意識 なった。また相手にうまく伝わらないと伝達手段を調整 に行っていた行動も,他者とのコミュニケーションにお するようになり,この頃には相手を「意図を持つ他者」 いて活用できる伝達手段に成り得ることを子どもは学ぶ として認識するようになったと考えられる。 のである。 後期には伝達手段の調整やフォーマットがさらに充実 また視覚障害児にとっては,大人の触覚を用いた模 し,やりとりの中で反応行動も多く示されるようになっ 倣が,子どもにとって非常に貴重な共同注意場面を提 た。 (図11) 供したといえ,このことが共感性や反応性の向上にも影 響を与えたと考えられる。 指導中期以降の伝達手段の増加や調整は,フォーマッ トの形成が子どもにとっての大切な手がかりになって いると考えられ,これも大人の模倣的関わりへの気づ きによって成立したターンテイキングがその基盤となっ ている。 視覚障害を併せもち,音声言語をもたない段階の重 複障害児に対しては,子どもの動作や音声言語の模倣 は用いることができないが,こどもの行動を擬態語・擬 音語で言語化し聴覚的にフィードバックする方法,お - 456 - 田中・伊藤:視覚障害を伴う重複障害児への擬音語・擬態語を用いた模倣的関わりの効果 よび子どもの行動を触覚的にフィードバックする方法な ケーションを築く―インリアル・アプローチ.第 5 ど,モダリティを変えた関わりが模倣的関わりとして有 章実践事例 1 事例Ⅰ p.113-124,日本文化科学 効であることが示唆された。 社,1994. 6)大井学:大人との交渉を通じた重度精神遅滞児の 5. 2. 今後の課題 前言語的要求伝達の改善.特殊教育学研究,30 今後の課題としては,一つ目に,対象児のように運動 (2) ,33-34,1992. 障害や重度知的障害により,もともとの行動レパートリー 7)大井学:大人による要求身ぶりの模倣が前言語期 が少ない場合,子どもが有効な行動を始発することに対 の重度精神遅滞児との交渉に及ぼす効果.特殊教 する支援が必要であろう。コミュニケーションにとって 育学研究,31(4) ,1-10,1994. 有効な行動を教えたり,行動レパートリーそのものを増 8)辻あゆみ・高山佳子:重度・重複障害児の模倣行 やすような支援も同時に行われることが望まれる。 動の発達.横浜国立大学教育人間科学部教育実践 二つ目には,子どもの行動のすべてを模倣するのでは 研究指導センター紀要,14,169-179,1998. なく,模倣すべき行動を峻別することが,支援者には求 9)坂口しおり:前言語期重度重複障害児へのコミュ められる。例えば,自己刺激行動や自傷行為につながる ニケーション指導.筑波大学大学院 平成 5 年度 行動や,脳性麻痺の場合は筋緊張を強めてしまうような 修士論文,1994. 行動は,模倣の対象としないなどの配慮が必要と考える。 三つ目には,ある一定程度ターンテイキングが成立 し,子どもが安定してコミュニケーションを楽しむよう になった段階では,模倣的関わりに偏らない働きかけが 必要である。模倣的・共感的応答だけでなく,明確化 要請や指示などの働きかけを組み合わせて使っていく 工夫が,子どものコミュニケーション能力を高めるため の働きかけとして支援者には求められると思われる。 さらに,行動を始発することに難しさがある重症心身 障害児などへの適用,相手の行動の特性を受容しにく い視覚障害・聴覚障害などの感覚障害が重複した場合 の適用などについては,さらに研究が深められる必要が あると考えられる。 〔引用文献〕 1) 徳永豊:肢体不自由を伴う重度・重複障害児の前 言語的対人相互交渉に関する研究動向とその課題 ―実証的研究動向を中心にして―.特殊教育学研 究,38(3) ,53-60,2000. 2)菅井裕行:感覚障害を伴う重複障害児教育をめぐ る研究動向.特殊教育学研究,41(5) ,521-526, 2004. 3)Stern,D.N. The interpersonal world of infant : A view from psychoanalysis and developmental psycholog , 1985.小此木啓吾・丸田俊彦(監訳) 乳児の対人 世界.岩崎学術出版社,1989. 4)麻生武:身ぶりからことばへ.新曜社,1992. 5)坂口しおり:小学部児童へのインリアルによる指 導 ―先生が変われば子どもも変わる― 竹田契 一・里見恵(編著) 子どもとの豊かなコミュニ - 457 - 東京学芸大学紀要 総合教育科学系 第 58 集(2007) 視覚障害を伴う重複障害児への擬音語・擬態語を用いた 模倣的関わりの効果 The effect of imitaive intervention through onomatopoea and mimetic word on children with profoundly and complicatedly handicapped and visual impairment 田中 美成*・伊藤 良子** TANAKA Mina and ITO Ryoko 教育実践研究支援センター** 要 旨 本研究では,肢体不自由・知的障害・視覚障害(弱視) ・てんかんを併せもち音声言語を獲得していない重複障害児 に対して,大人が子どもの模倣をする「模倣場面」と意図的な模倣をしない「統制場面」を設け,計 8回の継続的な指 導を行う中で,重複障害児のコミュニケーションに及ぼす大人の模倣的関わりの効果を検討した。この場合の模倣的関 わりとは,子どもの行動を「ボリボリ」 「トントン」などの擬態語・擬音語によって音声化する関わりや複数のモダリティ に働きかける模倣も模倣的関わりとする。 分析は各回の統制1 場面・模倣場面・統制 2 場面の録画より各 5 分を抽出し,行動指標による分析とトランスクリプト によるやりとりの質的分析を行った。 大人による模倣は,子どもに快情動を引き起こし,他者に対する意識を高め,コミュニケーション行動を増加させる 効果が見られた。同時に自分の行動が他者に及ぼす影響を学ばせる良い機会となり,意図的な伝達行動や伝達手段の種 類の増加につながったと考えられる。また,触覚を用いた模倣は,視覚障害を有する対象児においても指導者との「共 同注意」を可能にすることが示された。 一方で,元々の行動レパートリーが少ない重度障害児には行動を始発することへの支援が必要なこと,模倣するべき 行動を峻別することが支援者に求められること,子どもがコミュニケーションを楽しむようになったら模倣に偏らない働 き換えかけを行うことが有効であること等が示唆された。 キーワード:重複障害児,模倣的関わり,共同注意,コミュニケーション * Tokyo Metropolitan Kodaira Special School for the Physically Handicapped ** Tokyo Gakugei University ︵4-1-1 Nukui-kita-machi, Koganei-shi, Tokyo, 184-8501, Japan︶ - 458 -