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林廣茂の経済・経営コラム10・11 - グローバル・マーケティングの林廣茂

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林廣茂の経済・経営コラム10・11 - グローバル・マーケティングの林廣茂
林廣茂の経済・経営コラム⑩⑪
日本で成功しない「韓国発」自動車・デジタル家電(上下)
同志社大学大学院
教授
林廣茂
対照的な日韓市場
韓国企業がグローバル競争力を遺憾なく発揮している自動車とデジタル家電の分野は、
日本企業がグローバル・リーダーシップを常に先取りしてきた分野でもある。現在では両
国勢が世界市場の隅々に至るまで、日々激しくシェアの争奪戦を繰り広げている。
自動車では、韓国企業が日本勢を追撃している構図だが、デジタル家電では逆に、日本
企業が韓国勢に必死に食い下がっている。自動車の総販売台数の 4 割と薄型テレビの 6 割
が、それぞれ日韓企業のグローバル・サプライ・テェーンを通して供給されている。
これほど世界中で支持されている両国発の自動車やデジタル家電が、これまで有力なプ
レゼンスを獲得できなかった「例外」市場が、それぞれの相手国である日本と韓国である。
自動車ではこうだ。韓国でトヨタ、ホンダ、日産の J3 は、5・3 万台強のニッチな輸入
高級車市場とはいえ 3 割超のシェアを持ち、人気・販売台数ともに連続して上昇中だ。他
方、現代自動車の日本での業績は、02 年以来 6 年間連続して惨憺たるもので、そのうえ悪
化する一方で、07 年の販売台数は 27 万台の輸入車市場の 0・5%にもならない。
デジタル家電の競争風景も同じ構図だ。ソニーやパナソニックは韓国で、薄型テレビで
はサムスン電子や LG 電子などには決して及ばないが、独自性や比較優位性があるデジタ
ル・カメラ、ビデオ・カメラ、テレビ・ゲームなどの分野で高い支持を得ている。ところ
が日本では、サムスンや LG は全くと言っていいほどプレゼンスがない。認知はほとんどな
く、これまで見るべき実績もなかった。サムスンは最近、日本の消費財市場から撤退を表
明した。
相互に高い文化障壁
韓国企業の日本での不振について、多くの実務家・専門家が異口同音に指摘している理
由がある。経済環境や文化環境の理由がほとんどである。そして、韓国側からの指摘が圧
倒的に多い。韓国企業が日本市場で一段と苦労しているからだろうと推察している。
曰く、①日本の「商習慣の閉鎖性や系列取引」が経済的な非関税障壁になっており、韓
国企業が日本になかなか参入できない。②日本人消費者の日本産商品に対する「消費者愛
国主義」が強く、③同時に、韓国産商品に対する原産国評価が低い。この②と③が最も手
ごわい文化的参入障壁だ。④これまで日本は、サムスンや現代自動車にとっては、工作機
械や部材・デバイスの仕入れ(輸入)市場であって、それらを使って造る完成品の自動車
やデジタル家電商品の販売(輸出)市場ではなかった。
実を言うと、韓国側の①から③の理由は「日本」を「韓国」に書き換えて、そのまま日
本側は「韓国の文化的参入障壁」としてご返杯することができる。④については、少し説
1
明が必要だ。韓国企業は完成品市場としての日本を「パッシング(素通り)」し、日本製の
部材が腹一杯の(「韓国製の日本品」と呼ばれた)完成品でグローバル市場を目指して成功
した。反面、韓国の対日貿易の赤字額は、部材の輸入が急増しているため毎年記録を更新
し続けている。
日本企業は、韓国の政治的な非関税参入障壁であった「日本製品の輸入禁止制度」を 90
年代の終わりまで受けており、しかも市場サイズも小さかった韓国市場を「イグノア(無
視)」してグローバル・リーダーシップを獲得した。
気づいてみると、お互いの市場が両国企業にとって空白地帯として取り残されていた。
しかも強い購買力を持っていて魅力的だ。日本企業は 2000 年代に入って韓国市場の開拓を
本格化し始めたが、韓国企業は 80 年代に日本市場で販売した「安かろう、悪かろう商品」
での手痛い失敗がトラウマになっているのか、ずっと、そして現在でも日本市場に対して
及び腰に見える。
文化障壁を乗り越える
韓国企業にとって、日本市場の開拓は、率直に言って楽ではない。上述した①から③の
理由は、本当に強い逆風だ。日本企業も、韓国で同質のもっと強い逆風にさらされている。
しかしその中で、日本発の自動車、デジタル家電、化粧品などが、韓国人消費者のある層
の支持を得て着実にプレゼンスを高めている。
日本企業への逆風は中国でも吹いている。猛台風級の逆風だ。中国人の反日感情は「社
会規範としての敵意」とも言えるほど強い。しかしその中国で日本企業は、上の 3 分野を
はじめ多くの消費財分野の高学歴で中・高所得層のセグメントで、リーダー・ポジション
を獲得している。多くの日本発ブランドは中国発のブランドに次いで人気が高いのだ。
「ネガティブな経済環境・文化環境」を克服して、相手国市場でブランドを確立して実
績を着実に高めることが十分可能である。そのことを日本企業は韓国や中国で立証してき
た。他にない強みを持った「ブルー・オーシャン」商品と長期継続のマーケティング活動
の賜物である。
マーケティング不足
日本の消費財市場で現代自動車やサムスンなど韓国企業の実績がほとんどないに等しい
のは、だから、「ネガティブな環境要因」の影響も否定はできないがそれ以上に、クリティ
カルに重要な「経営・マーケティング戦略の有効性や投資の継続性の不足」にその真の原
因があると言えるだろう。
韓国企業は日本市場でこれまで、アメリカや中国ではそうしてきたのだが、日本人消費
者のニーズやウォンツを理解し、それに応え、消費者の満足・喜びを獲得できるだけの価
値(消費者の便益)を提供する商品・サービスを創造してきただろうか?日本人消費者の
心の中に、HYUNDAI ブランドや SAMSUNG ブランドのエクイティを獲得するために、
2
長期的にコミットし、「強く・好ましく・差別性ある」ブランド・イメージを根付けるマー
ケティング投資をしただろうか?いずれも「否」ではないか。
ゼロ・ベースからの再出発が必要だ
グローバル・ブランドの HYUNDAI や SAMSUNG といっても、日本人消費者にとって
は、価値を提供し、継続して満足と喜びを与えてくれなければ、「たとえ認知はしても、自
分にとって大切で・独自性があり・好ましいブランド」ではない。だから、日本人消費者
の心の中にいまだ「ポジティブなイメージとしてのブランド資産」を構築していないのだ。
日本以外では押しも押されないグローバル企業である現代やサムスンに、
「ブランド・マ
ーケティングの要諦を実践すべき」と勧めるのは極めて「失礼」である。それを承知の上
で、蛮勇を奮って提案したい。グローバル企業の誇りを一先ずおいて、愚直に・丹念に、
ゼロ・ベースから日本での SPT 戦略を構築してほしい。
(S)セグメンテーション、
(T)タ
ーゲティング、(P)ポジショニングのことだ。
効果的な STP 戦略の実践が、「ブランド資産」構築の鍵である
自社は、多層・多様な日本人消費者のニーズ・ウォンツを、具体的かつ正確に発見して
いるか?その中で、自社が標的にでき・他社よりも優れて満たすことができるニーズ・ウ
ォンツを把握・理解しているか?つまり、セグメントの発見である。
自社が、そのニーズ・ウォンツを満たせる消費者は何人いるのか?その購買力はどうか?
ターゲットとするセグメントの規模と経済性である。
ブランド・マーケティングを通して、ターゲットに自社商品の価値を伝達できるだろう
か?ターゲットの近接性やメディア・ミクスや販売網の構築可能性などのことだ。
最大の競争力要因である自社商品の、独創性や差別優位性の創造に裏打ちされた競争的
なポジショニング(位置づけ)が可能だろうか?
現代自動車は参入戦略を再構築すべき
自動車を取りあげよう。日本は世界一の小・中型車の王国である。韓国はもう一つの王
国であるが、日本に一日以上の長がある。日本ではトヨタなどが、韓国では現代が、それ
ぞれコア・セグメント(最も人気が高い小・中型車)を圧倒的に支配している。新規参入
者が、現地の王者をなぎ倒せるだけの総合力を注ぎ込む覚悟を持たずして、「はなからコ
ア・セグメントを正面攻撃する」のはドンキホーテの戦略と同じだ。
ちなみに西欧は日韓以上の小・中型車王国であって、日韓勢の各社は何十年もかけてや
っと数%のシェアしか取れていない。アメリカは今でも大型車王国だ。ビッグ・スリーの
最大の強みである大型車にまったく歯が立たない日本勢が小・中型車セグメントを創造し
コア・セグメントに育てあげた。今では、韓国勢も加わって大型車を追い詰めている。
現代が日本で学べる最大のレッスンは、
「参入初期からトヨタやホンダに正面攻撃を仕掛
3
けた」失敗である。「ソナタ」や「XG」が、「アコード」や「クラウン」を低価格戦略だけ
で切り崩せると考えたことが間違いだった。
日本勢の韓国市場への参入戦略が、現代にとって他山の石となるだろう。トヨタは当初、
現代への正面攻撃を徹底して避けた。現代がいない輸入高級車セグメントをターゲットに
して、アメリカで一番人気の「レクサス」とそのマーケティング手法を移転して橋頭堡を
築いた。ホンダも、同じく正面攻撃を回避して参入した。韓国の DINKS 層やヤッピー層に、
現代がいまだ実現していない上質の「先進性」「個性」「スポーティ」のベネフィットを提
供する「アコード」や「CR-V」を発売して人気を得た。
両社は、この初期戦略の成功を土台にして、いよいよ韓国のコア・セグメントに切り込
む準備を進めている。もっとも、地元の現代自動車が圧倒的に強く、よほどの「独自性・
優位性のある消費者価値」を打ち出さない限り苦戦するだろう。
現代は、日本勢にない価値・日本勢が優位性を確立していない価値を求めるセグメント
を発見し、日本勢に先行した新たな車種やサイズを創造しなければなるまい。縮小してい
る日本市場ではあるが、省エネの軽自動車・小型車、高級車、環境対応車、そして、急増
している高齢者向けの安全自動車へのニーズ・ウォンツが高まっている。
サムスン電子の再出発を期待する
デジタル家電にも同様の指摘ができる。世界の SAMSUNG であるが、その「ハイテク、
ハイタッチ」イメージが、日本人消費者にとっては「存在していない」のだ。サムスン電
子は、日本勢が提供できない価値・差別優位性のある価値を体現した商品を一度も導入し
ていないばかりか、好意的なブランド認知を高める広告などのマーケティング投資もして
こなかった。
これまでの日本勢の後追い商品では、デザインの新規性や価格の安さを訴求しても、日
本人消費者の琴線に触れることはできなかった。なぜなら不幸にも、
「80 年代のサムスン商
品の悪しきイメージ」が、今でも日本人消費者の心の中で凍結保存されているからだ。こ
の分野でも、日本勢の韓国での努力が参考になるだろう。
韓国市場で、ソニーや松下ばかりでなく欧州の王者・フィリップスも、サムスンや LG へ
の正面攻撃を避けて独自性・優位性が得られる商品分野でブランド構築をしている。ブラ
ンド評価でソニーを超えたサムスンには日本市場に、日本人のライフスタイルを変え、ア
ップルの iPod のように時代のアイコンとなるデジタル家電商品をぜひ導入してもらいたい。
日本市場にコミットせよ
現代もサムスンも、日本市場を開拓する技術力・商品開発力、マーケティング力を十分
に備えているはずだ。トップの不退転の決意、市場に素直に学ぶ柔軟性と日本勢に先行す
る消費者価値の創造、効果的な戦略構築とその継続的実践が、今こそ求められる。
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