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JBIC中国レポート 2010年10月号

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JBIC中国レポート 2010年10月号
株式会社日本政策金融公庫
国際協力銀行(JBIC)
JBIC 中国レポート
2010 年
10
月号
新公布法令情報 .................................................................................................................... 2
主な新公布法令 ................................................................................................................. 2
新公布法令解説 ................................................................................................................. 5
外商投資企業紛争事件審理の若干の問題に関する規定(一)
1.
法令の位置づけ .................................................................................................... 5
2.
検
3.
法令の背景についての補足 ................................................................................ 10
討................................................................................................................... 6
中国智庫- 寄稿(毎号掲載)
富士通総研経済研究所 主席研究員
日本企業対中直接投資の新しい戦略の在り方
柯
隆.................. 11
JBIC 中国レポート2010年10月号
JBIC 中国レポート
本レポートは、株式会社日本政策金融公庫
国際協力銀行
香港駐在員事務所が、日系
企業の皆様の中国に於けるビジネスの参考になりそうな投資、金融、税制等にかかる生
の情報を集め毎月発行するものです。本レポートに関するご質問・ご要望等ございまし
たら、当事務所までご照会下さい。
また、本レポートはホームページでも御覧頂けます。
(http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html)
株式会社日本政策金融公庫
国際協力銀行
香港首席駐在員
行天 健二
新公布法令情報
主な新公布法令【1】
(直近 3 ヶ月にて公布された新法令のうち、特に重要と思われるものについて会社設立・
M&A、債権管理、労務管理、税関管理、税務・会計、外貨管理、その他の項目別にとりま
とめたもの。また、マークアップされた法令等については解説等を掲載。)
・ 会社設立・M&A
法令名:
外商投資企業紛争事件審理の若干の問題に関する規定(一)
公布部門:
最高人民法院
文書番号:
法釈[2010]9 号
公布日:
2010 年 8 月 5 日
施行日:
2010 年 8 月 16 日
概要等:
外商投資企業の設立や変更等に関連し締結された契約関係を巡る紛争事案につ
いて、人民法院(裁判所)の判断方針を示した司法解釈。必要な認可を経てい
ない契約の効力、出資持分譲渡に起因する出資持分権者間の紛争、所謂“匿名
投資”により出資・設立された会社に係る実際の投資者と名目上の出資持分権
者との間の紛争等に関し規定。
→ 新公布法令解説参照
1
本来、法令の公布は、中央性法規については国務院の、地方性法規については地方人民政府の承認を経
てなされる。本レポートでは、かかる公布手続きを経たことが確認できない法令、規範性文書(法令以外
の文書)についても、便宜上、その発出日を公布日として表記。施行日については、規定により確認可能
であるものについてのみ、表記している(「-」は未確認の意)。また一部法令については、遡及施行され
ている。
例)企業所得税法に基づき制定された税務通達
公布日:2009 年7月 1 日、施行日:2008 年 1 月 1 日(遡及適用)。
2
JBIC 中国レポート2010年10月号
法令名:
外資利用業務をよりいっそう適切にすることに関する若干の意見を確実に貫徹
する部門分担方案に係る通知
公布部門:
国務院弁公庁
文書番号:
国弁函[2010]128 号
公布日:
2010 年 8 月 18 日
施行日:
―
概要等:
「外資利用業務をよりいっそう適切にすることに関する若干の意見」(国発
[2010]9 号、本誌 6 月号参照)に規定する外資導入方針に関し、実施担当部門
を具体的に規定する通知。例えば、「外資利用構造の優良化」に関し、「外商投
資産業指導目録」の改正や、開放分野の拡大、特定産業への投資奨励等につい
ては、発展改革委員会、商務部(一番目に列記される部門が主導部門とされる)
の職掌とする、とされている。
・ 労務管理
法令名:
企業労働組合業務を更に強化し企業労働組合の機能を充分に発揮させることに
関する決定
公布部門:
中華全国総工会
文書番号:
総工発[2010]39 号
公布日:
2010 年 7 月 26 日
施行日:
―
概要等:
労働組合組織の設置推進、企業労働組合の役割強化等方針決定を確認的に規定
する。
・ 外貨管理
法令名:
国内機構の対外担保管理問題に関する通知
公布部門:
国家外貨管理局
文書番号:
匯発[2010]39 号
公布日:
2010 年 7 月 30 日
施行日:
―
概要等:
「国内機構の対外担保管理弁法」
(銀発[1996]302 号)及び同実施細則の一部規
定を調整する通知。国内の銀行が行う国内の外資金融機関又は中国国外の機構
に対して差し入れる対外担保(スタンドバイ L/C 等)について、規制緩和した
もの。
・ 税務・会計
法令名:
「『所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための中華人
民共和国政府とシンガポール共和国政府との間の協定』及び議定書の条文解釈」
を印刷発出することに関する通知
公布部門:
国家税務総局
文書番号:
国税発[2010]75 号
公布日:
2010 年 7 月 26 日
施行日:
概要等:
中星租税条約及び議定書の条文解釈。中星租税条約のみならず、日中租税条約
を含む中国と他国との間の租税条約についても適用がある。通知は、特に、PE
に関する条項の解釈が充実しており、外国親会社と中国子会社との間の取引に
3
JBIC 中国レポート2010年10月号
起因し外国親会社が中国において PE を構成するか否かに関する判断の基準に
ついても規定されている。今後の運用に留意が必要。
法令名:
「輸出貨物税収書簡調査管理弁法」発出に関する公告
公布部門:
国家税務総局
文書番号:
公告 2010 年第 11 号
公布日:
2010 年 8 月 30 日
実施期間:
2010 年 9 月 1 日
概要等:
輸出増値税の不正還付対策を目的とした税務当局による新たな調査制度を規
定。輸出が当局の「警戒対象」に係るものである場合、不正還付が疑われる兆
しがある場合等でも、輸出貨物の輸出を管轄する税務機関と、輸出企業の輸出
貨物仕入れ先を管轄する税務機関との間で、調査システムを使用した調査状の
遣り取りがなされるとともに、企業側においても調査表(「自査表」)への記入
が必要となる。調査によって、取引が架空である等、取引実態に疑義が生じた
場合、輸出増値税の還付はなされず、また場合によっては還付済み輸出増値税
額が回収されるとする。
・ その他
法令名:
外商投資企業によるインターネット販売、及び自動販売機方式による販売に関
する審査認可管理に関連する問題に係る通知
公布部門:
最高人民法院
文書番号:
法発[2010]23 号
公布日:
2010 年 6 月 30 日
施行日:
―
概要等:
外商投資企業によるネット販売、自動販売機による販売への従事に関する通知。
外商投資生産型企業・商業企業によるネット販売への直接従事は、法令に基づ
き審査認可を取得することが必要であること、専らネット販売に従事する外商
投資企業の設立審査認可手続は、省レベルの商務主管部門への申請とすること、
経営管理については、一定の場合の特定業経営許可の取得・管理部門への届出
を定めるほか、
「消費者権益保護法」等法令遵守を規定する。外商投資企業によ
る自動販売機による販売への業務従事、設立審査認可、経営管理についても同
様の規定。
4
JBIC 中国レポート2010年10月号
新公布法令解説
外商投資企業紛争事件審理の若干の問題に関する規定(一)
外商投資企業を巡る紛争は増加傾向にあり、政府機関の発表によれば、ここ数年で、
係属事件数は、渉外民商事事件全体の 20%前後を占めるに至っている【2】。本規定は、
外商投資企業を巡る紛争事案の中でも、増加傾向が比較的顕著であるとされる、①合弁・
合作当事者間での外商投資企業の設立・変更に係る契約の効力、②外商投資企業の出資
持分譲渡、③“匿名投資”
(契約支配型ストラクチャー)の有効性等に関する諸論点につ
いて、人民法院の判断を示したものである。
本規定の示す人民法院の判断は全体的にみれば、一定の行為を禁止又は制限する、所
謂、取締規定が私法上の効力を否定するかどうかは、それぞれの規定の解釈を通じて判
断されるということが反映されたものであり、結果として、私法上の当事者間の契約自
由、私的自治の原則が、一定程度尊重されることになろう。
これにより、契約が違法・無効とされるリスクが相応に低減し、取引関係の安定に繋
がるものと評価できる。
本規定が示す人民法院の判断に見られるこのような傾向は、近時発出されている最高
人民法院司法解釈に示される方向性とも一致するものでもある。
1.
法令の位置づけ
本規定は、外商投資企業を巡る紛争事案の中でも増加傾向が比較的顕著であるとされる、
合弁・合作当事者間での外商投資企業の設立・変更に係る契約や、外商投資企業の出資持
分譲渡契約に取締規定違反があった場合の契約の効力、“匿名投資”(契約支配型ストラク
チャー)の有効性等に関する諸論点について、人民法院の判断を明文化したものである。
中国では、
「契約法」
【3】52 条にて次のいずれかの事由に該当する契約は、効力を有しな
い、と規定されている。
(1) 一方が詐欺又は強迫の手段により契約を締結し、国の利益を損なうとき。
(2) 悪意により通謀し、国、集団又は第三者の利益を損なうとき。
(3) 適法な形式により不法な目的をおおうとき。
(4) 社会公共利益を損なうとき。
2010 年 8 月 16 日人民法院記者会見:http://www.chinacourt.org/html/article/201008/16/423458.shtml
(中国法院網)
3 1999 年 3 月 15 日公布、国家主席令第 15 号。
2
5
JBIC 中国レポート2010年10月号
(5) 法律又は行政法規の強行規定に違反するとき。
これに対し、一定の行為を禁止又は制限する、所謂、取締規定に違反して締結された契
約の効力がどうなるのかについては定められていない。そこで、取締規定違反が私法上の
契約にどのような効果をもたらすか、つまり取締規定が強行規定であるか否かが、重要な
解釈上の論点とされる【4】。
2.
検
討
(1)合弁・合作当事者間での外商投資企業の設立・変更に係る契約の効力
本規定は、合弁・合作当事者間での外商投資企業の設立・変更に係る契約の効力に関し、
問題となり得るいくつかの論点を指摘し、判断を示している。
法律又は行政法規が契約について審査認可手続をし、又は認可・登記等の手続をした場
合に限り効力を生ずる旨を定めている場合においてこれを経ていない場合、当該契約は効
力を生じていないと認定しなければならないとされている【5】。そして、中国側当事者と外
国側当事者による合弁・合作による外商投資企業の設立については、外国側当事者が、設
立審査認可や営業許可証取得に係る一連の手続を中国側当事者の責任とする場合が多く、
このような場合、中国側当事者が審査認可手続を怠ったことにより、会社を設立すること
ができない、という事態が生じることがある。本規定は、このような契約の効力に関し、
合弁・合作契約等についても審査認可を経ていない場合、契約は効力を生じていないこと
を確認するとともに、当事者が当該合弁・合作契約等の無効確認請求をした場合、人民法
院はこれを認めない旨、規定する。即ち、契約は審査認可を経ていないことにより無効と
されるのではなく、当該合弁・合作契約等が適法に成立し、契約当事者は契約を発効させ
る義務があることを確認し、当事者双方に引き続き契約義務履行を促すものであると理解
することができる(1 条)。
また、契約の変更に関しては、合弁契約の変更については認可取得を経なければ発効し
、本規定は、認可を経た合弁等契約に係る変更は、重大又は実質的
ないとされているが【6】
なもの(具体的には、登録資本、会社類型、経営範囲、営業期間、出資持分権者が引受け
る出資額及び出資方式の変更並びに会社合併・分割及び出資持分の譲渡等)でない限り、
内田貴『民法Ⅰ』第 4 版, 東京大学出版会, p277.
「『契約法』の適用の若干の問題に関する最高人民法院の解釈(一)」法釈[1999]19 号 9 条。
6 「中外合弁経営企業法実施条例」
第 14 条 合弁企業合意、契約及び定款については、審査認可機構の認可を経た後に効力を生ずる。その変
更の際にも、同じとする。
4
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6
JBIC 中国レポート2010年10月号
変更に係る許認可を経ていないことを理由として当該契約を無効と認定することはしない、
とする(2 条)。
さらに、現物出資の名義変更が遅延した場合の処理については、裁判所の指定する合理
的期間内に名義変更をすれば違約責任は生じないと定める。具体的には、次の様なケース
が考えられる。合弁・合作の中国側当事者による不動産の現物出資が予定されている場合
では、不動産の権利者名義が設立外商投資企業に移転されず、中国側当事者のままとされ
ている場合がしばしばみられる。本規定は、このような場合であっても、外商投資企業に
よる不動産の利用に支障がなければ、裁判所の指定する合理的期間内に名義変更をすれば
違約責任は生じないとし、外商投資企業又はその出資持分権者が、現物出資の義務を履行
しないことを理由として出資持分に係る権益を享有しない旨を主張することは認めない、
とする(4 条)。
(2)外商投資企業の出資持分譲渡契約について
「中外合弁経営企業法実施条例」【7】20 条は、中外合弁企業の合弁当事者が第三者に対
しその出資持分を譲渡する場合、(1)他の合弁当事者の同意を経て、かつ、審査認可機構に
報告し認可を受け、登記管理機構に対し変更登記手続をしなければならないこと、(2)他の
合弁当事者は出資持分の優先買取権を有すること、(3)合弁当事者の一方が第三者に対し持
分を譲渡する条件は、他の合弁当事者に対し譲渡する条件より優遇されてはならないこと、
(4)以上の各事項に違反する場合、その譲渡は、無効とすることが規定されている。本規定
は、以上「中外合弁経営企業法実施条例」20 条の規定を実質的に置き換える規定振りであ
る。
①
認可を経ていない出資持分譲渡契約の効力
例えば、中外合弁企業において、外国側合弁当事者が中国側合弁当事者の保有する出資
持分を譲受けることに双方が合意したにも拘らず、その後中国側合弁当事者が出資持分譲
渡契約の審査認可手続に協力しない場合、出資持分譲渡契約の有効性を巡って紛争が生じ
ることがある。
この場合、本規定は、
「中外合弁経営企業法実施条例」20 条を根拠として出資持分譲渡契
約が審査認可を経ていないことにより無効とされるのではなく、契約は適法に成立してい
ること、契約当事者は契約を発効させる義務があることを確認し、もって、当事者双方に
引き続き契約義務履行を促すものである(6 条 1 項)。この意味から、本規定は「中外合弁
経営企業法実施条例」20 条の規定を修正するものであると評価できる。
1983 年 9 月 20 日国務院公布、1986 年 1 月 15 日及び 1987 年 12 月 21 日国務院改正、2001 年 7 月 22
日国務院令第 311 号により改正、国務院令第 311 号。
7
7
JBIC 中国レポート2010年10月号
そして、本規定は、出資持分譲渡契約が認可を得ていない場合の出資持分譲渡の譲受側
当事者の救済措置として、出資持分譲渡の譲渡側当事者に対し、催告し、合理的期間経過
後、契約を解除し、支払い済み譲渡代金の返還請求、及び実際の損失の賠償を請求するこ
とができること(5 条)、また、譲渡側当事者及び出資持分譲渡の対象たる外商投資企業に
対し、別途訴えを提起することにより審査認可申請義務を共同して履行することを請求し、
契約解除を求め、譲渡側当事者に対し支払い済み譲渡代金を返還するよう請求し、かつ、
損失の賠償を請求すること等を認める(6 条、7 条)。
②
他の合弁当事者の同意の未取得、優先買取権の侵害
また、本規定は、
「中外合弁経営企業法実施条例」20 条が定める、出資持分譲渡について
他の合弁当事者の同意を得なければならないこと、及び他の出資持分権者に優先買取権が
あることについては、同意の未取得、優先買取権の侵害があった場合、請求に基づき一定
の場合を除き出資持分譲渡契約は取消されることを認めた。
本規定によって、同意の未取得、優先買取権の侵害が出資持分譲渡契約の取消事由とさ
れたことになり、(1)取消権を有する当事者が取消事由を知り、又は知るべき日から1年内
に、取消権を行使しなかったとき、又は(2)取消権を有する当事者が取消事由を知った後に
取消権の放棄を明確に表示し若しくは自己の行為により取消権を放棄したとき、取消権は
消滅することになる(「契約法」55 条)。
(3)“匿名投資”の有効性
外資が、出資持分を取得することに実務上の制限がある業種や、業法に基づく許認可を
取得することが実務上困難な一定の業種に従事しようとする場合、中国国内事業会社を出
資持分の取得による支配ではなく、契約関係により実質支配するストラクチャーを組成す
る場合がある(以下「匿名投資」
【8】)。かかる匿名投資のスキームについて、本規定は、こ
れを当事者の一方が実際に投資をし、他方が外商投資企業の名目上の出資持分権者となる
ことを約することと定義し、匿名投資に起因し生じ得る論点について規定する。
匿名投資には様々なパターンがあるが、最も単純なスキームにつき、次のとおり【8】。
8
前掲「劉貴祥記者問答」における表現を引用する。「ノミニースキーム」と呼ばれることもある。
特に、インターネット関連ビジネスや広告業等、外資による業法上の許認可取得に実務上の困難がある
業種に、外資企業が参入しようとする場合等に利用される。外資参入規制がある業種においては、参入規
制回避を目的とするスキームと当局から判断されることを避ける為に、実際の投資者と名目上の出資持分
権者との出資によりオフショア持株会社を設立させ、そこから中国国内に外商投資企業を設立するストラ
クチャーとすることもある。
8
8
JBIC 中国レポート2010年10月号
外国投資家
(実際の投資者)
資金の貸付
(事業会社への出資
資金)
事業会社議決権
その他
出資
中国企業/中国個人
(名目上の出資持分権者)
配当
出資
利益
日本
中国
外商投資
企業
コンサルティングサー
ビス等提供
(契約関係による実質
支配(出資の代替))
事業会社
(特殊営業権等保有)
対価取得
事業展開
本規定は、匿名投資では、被支配企業の出資持分権者の地位を、認可・登記の名義に基
づき名目上の出資持分権者にあるとするものの、実際の投資者と名目上の出資持分権者と
の間の匿名投資に係る契約については、それ自体違法・無効とはしない旨を明示した。従
前、規制回避的手段とも評価された匿名投資に関し、匿名投資であることのみをもって契
約を違法・無効とするものではないことが明文で規定された意義は大きい。そして、本規
定は、実際の投資者が契約に基づく義務の履行を名目上の出資持分権者に求めることを認
め、さらに、実際の投資者と名目上の出資持分権者との間で利益分配を約していない場合
においても、実際の投資者が名目上の出資持分権者に被支配企業から取得した収益を引き
渡すよう請求すること等を認める(15 条)。ただし、実際の投資者が名目上の出資持分権者
との間の匿名投資に係る契約に基づき、直接に被支配企業に対し利益の分配等請求するこ
とは認められない(17 条)。
なお、前述のとおり、本規定により、実際の投資者と名目上の出資持分権者との間の被
支配企業匿名投資に係る契約はそれ自体違法・無効でないことが確認されたが、かかる匿
名投資のストラクチャーが、投資規制回避や、租税回避を目的として行われるものである
場合は、強行規定に違反しない場合であっても、脱法行為ないし公共の利益を損なう行為
であるとして、無効とされる(「契約法」52 条)可能性は残っている点、留意が必要である。
9
JBIC 中国レポート2010年10月号
3.
Q
法令の背景についての補足
日本企業は匿名投資の文脈で本規定をどのように利用することが考えられるか?
日本企業の場合、匿名投資先企業の好業績に着目して同社を自己の連結子会社とするこ
とのみを重視する傾向があり、匿名投資先企業にノウハウ・ライセンスを供与したり、名
目上の出資持分権者に対して資金の貸付を行っているにもかかわらず、相応の利益を得て
いないケースがみられる。
匿名投資に際して名目上の出資持分権者から相応の利益を取得していない等の場合、日
本における税務上の問題も惹起することから、実際の投資者と名目上の出資持分権者との
間で、契約上、利益分配を約していない場合においても、実際の投資者が名目上の出資持
分権者に被支配企業から取得した収益を引き渡すよう請求すること等を認める本規定 15 条
を根拠として交渉し、相応の利益取得を図ることも検討に値する。
10
JBIC 中国レポート2010年10月号
富士通総研経済研究所 主席研究員
柯
隆
日本企業対中直接投資の新しい戦略の在り方
おおよそ 35 年前に始まった日本企業の対中直接投資は一貫してその投資戦略が問われて
きた。にもかかわらず、多くの日本企業の対中直接投資はその時々の時代の流れに任せる
かのように、ブームに乗って進められてきている。売上に占める中国ビジネスの割合が小
さいため、その中身について株主に説明するアカウンタビリティを果たす必要もほとんど
なかった。要するに、多くの日本企業にとって、長い間、中国でのビジネスは一所懸命で
ある必要性はなかったのだ。
しかし、30 年以上もの間、日本企業の中国投資が蓄積され、気が付けば、大手企業にお
いては、中国国内の現地法人や合弁会社がそれぞれ数十社に上り、中には 100 社を超える
現地法人や合弁企業を設立した日本企業も少なくない。この点は日中経済の相互依存の強
化からもその一端を伺うことができる。
図 1 に示す通り、日本の輸出に占める中国向けの割合はアメリカの 16.1%を上回り、
18.9%に上る(いずれも 2009 年)
。同様に、日本の輸入に占める割合も、中国はとっくに
アメリカ(10.7%)を抜いて 22.2%に達している(同)。日中経済の相互依存の強化からみ
れば、両国は今後対立することよりも、協力関係をより強化する以外にないと思われる。
しかし、昨今の尖閣諸島事件を巡り、日中関係の脆さが完全に露呈した。尖閣諸島の事
件は政治・外交の対処がまずかったため、影響が急拡大した。それをきっかけにビジネス
の現場から聞こえてくるのは、対中投資戦略の見直しである。要するに、日本経済が完全
に中国に依存するようになれば、カントリーリスクが大きくなるという声である。それに
ついて言わんとするところは、中国への投資を他の新興国へ分散すべきとの主張であろう。
投資戦略と投資リスクを時々に応じて見直すことは決して悪いことではない。問題は、中
国が世界の工場に加え、世界の市場になりつつある中で、中国から離れるという議論は必
ずしも生産的ではない。ここでは先ず、感情論に左右されず、冷静に中国投資戦略の在り
方を再考することである。
11
JBIC 中国レポート2010年10月号
図1
日本の輸出に占める米中の割合の推移
資料:JETRO
図2
日本の輸入に占める米中の割合の推移
資料:JETRO
12
JBIC 中国レポート2010年10月号
1.尖閣事件の教訓の総括
何故、尖閣事件が起きたのだろうか。
筆者がみるには、今回の尖閣事件を巡り日中が対立したのはある意味では必然性による
ものといえる。ただし、事件がここまで大きく発展したのはまったく偶然性が重なった結
果である。
日中対立の必然性とは、中国経済の台頭により東アジア域内の国際秩序が中国を軸に書
き換えられつつあるが、それに対応する仕組みが未だできていない点に起因する。フラン
シス・フクシマが述べるには、今後の国際秩序はアメリカの一極体制から多極体制に変わ
っていくといわれている。しかし、これからの多極体制の核となるのはアメリカと中国と
いわれている。特に、中国経済の発展に伴う世界経済と国際社会における中国の存在はま
すます大きくなってくる。こうした急激な変化に如何にして対応していくか、十分に心の
準備ができていない。
東アジア域内のイニシアチブを巡る日中の対立により、両者が互いにライバル視してい
る結果、危機対応の話し合いとそれを回避するメカニズムの確立はほとんど議論されてこ
なかった。日米や米中の間には首脳同士のホットラインが設置されているが、日中の間に
は何故かホットラインが未だに設置されていない。
日本国内では、中国が領海の所有権を主張しているのは尖閣諸島周辺の海域の資源が目
当てといわれる。しかし、日本の政治家の談話やマスコミの報道も、同地域には天然ガス
などの資源埋蔵量はそれほど豊富ではないとはっきり述べている。事実、日本の石油会社
は同地域の海底資源を調査済みであり、開発に値しない海域と判断している。
領土や領海の所有権を資源の問題と結びつける議論は生産的ではない。百歩譲って、た
とえ何の資源もない砂漠でもその所有権を放棄する国はまずなかろう。21 世紀、世界で領
土ナショナリズムが台頭しているといわれているが、それら全てが資源と絡んでいるわけ
ではない。
一方、今回の事件の影響を拡大させた偶然性とは、日中双方にとり微妙なタイミングだ
った上、誤解も重なったことである。10 月の下旬、北京で共産党中央委員会が開かれる予
定であり、ポスト胡錦濤の人事などが議論される重要な会議の直前だった。その後、11 月
初旬には横浜で APEC が開かれる。胡錦濤が無事に訪日し APEC に出席するためには、当
初から日中関係の好転が不可欠だった。
しかし、中国人船長が拿捕された時、日本では、ちょうど民主党の代表選が開かれてい
た。当時の岡田外務大臣は中国人船長の処分方法よりも、菅直人候補の支援に奔走してい
た。結果的に、事件の後処理は政治主導の民主党が全て現場に任せてしまったようだ。
事件の影響が日々広がりをみせる中で、日本政府のスタンスとして「国内法に基づいて
粛々と処理していく」と通り一遍の論理が強調されただけだった。確かに、日本は司法の
独立性が担保されている国である。それを最後まで貫くことは考え方の一つである。
13
JBIC 中国レポート2010年10月号
しかし、船長の拘置延長が発表されるのを受け、中国政府の態度は急速に硬化し、報復と
も取られる行動に出た。それを心配した日本政府は検察の判断を名目に、船長を釈放した。
今回の事件は最も後味の悪い処理の仕方で収束に向かった。そもそも、中国政府は尖閣
の海域の領有権をここで明確にしようとしていない。この点、今回の事件を巡っては、互
いにメンツが潰れないようにする必要性があった。しかし、結果をみると、日中双方の国
民感情が著しく傷つけられ、相手の国民に対する嫌悪感が大きく増幅している。中国政府
も反省すべき点がある。民間交流まで停止してしまったことだ。日中友好の基礎まで傷つ
いたのは大変残念なことだ。
2.迷走する日中関係と日本企業の悩み
今回の尖閣事件は、良し悪しは別とし
て大きな課題を残してくれた。日本企業
が今後中国とどのように付き合ったら
よいか、その戦略が問われている。
振り返れば、30 年以上前から中国に進
出してきた日本企業は慎重に中国での
ビジネスを展開してきたが、現在では上
述したように予想以上に大きな規模と
なり、中国経済への依存度はアメリカに
とって代わる程、大きくなっている。
マスコミなどの世論調査によれば、日
本人の 8 割強は中国について嫌悪感をも
改革・開放から 30 年超を経た中国。2010 年 8 月、深
セン市は経済特区成立 30 周年を迎えた。
(写真:広東省深セン市
南巡講和の大看板)
っているといわれている。小泉総理の時
代、日中の国民感情が大きく悪化したが、その後の両国首脳の努力により幾分改善される
ようになった両国関係は、日中国交回復以来の難しい状況に陥ったと思われる。
それを受けて、日本企業の中で対中投資の戦略を見直し、投資を他の国に分散しようと
する考えが、一部ではあるが、出てきている。そもそも投資理論では、投資先を一ヶ所に
集中した場合、リスクが大きくなるとして分散すべきといわれている。しかし、日本企業
の対アジア投資をみると、90 年代に入ってからの円高に背中を押され、一気に増加してい
る。最初はアセアンを中心とする投資だったが、中国の市場開放の拡大を受けて、中国へ
の集積が急速に進んだ。
特に、2001 年、中国は念願の世界貿易機関(WTO)への加盟を果たした。それに伴い、
国内市場を全面開放することとなった。結果的に、中国の WTO 加盟と市場の全面開放は日
本企業を含む外国企業に安心感を与え、日本企業の対中直接投資が急増した。その中で一
つ重要な変化を見落としてはならない。すなわち、WTO 加盟以前の対中直接投資は製造業
が主役だったが、それ以降は物流などのサービス産業が対中投資の主役に変わった変化で
ある。
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JBIC 中国レポート2010年10月号
無論、日本企業対中直接投資を全般的にみると、依然製造業が圧倒的に大きなウェイト
を占めているが、投資の姿勢は明らかに輸出から中国国内での販売に重点がシフトされて
いる。中国を工場と位置付ける場合の投資は品質管理とコストの削減が重要だったが、中
国を市場と位置付ける場合の投資戦略では企業の営業力が問われる。
ここで、日本企業が置かれる立場から、中国への投資を他のアジア諸国に分散する選択
肢もありうるが、中国市場の拡大を考えれば、投資する工場の立地と中国市場との距離を
短くすることが得策と思われる。従って、日本企業にとり中国への投資を分散する合理性
は幾らか説明されるが、この段階で他の国や地域に過度に分散することは却って投資のコ
ストの上昇を意味する。
3.日本企業対中直接投資戦略の在り方
では、日本企業にとり、どのような投資戦略が得策なのだろうか。
対中投資戦略の在り方について議論を行う前に、中国経済と中国社会の現状を再認識し
ておく必要がある。
まず、中国経済のダイナミズムをきちんと理解しておく必要がある。8年間続いてきた
胡錦濤・温家宝政権はこれから交替の次期に入る。中国は政治の国であるため、政治循環
は景気循環に少なからぬ影響を及ぼすと思われる。
そして、日本経済を追い抜いて世界二番目の経済大国になっていく中国は、気持ち的に
も膨張するものと思われる。過去 100 年間、列強に侵略され、ようやく社会主義の政権が
樹立したが、権力闘争に巻き込まれ、経済が発展するどころか大きく後退してしまった。
こうして、現在の中国はようやく立ち上がった。従って、ナショナリズムの台頭はいわば
当たり前の動きといえる。
更に、中国経済は表層的に高成長を続けているが、同時に種々の構造問題も抱えている。
これこそ中国経済のカントリーリスクであり、それをきちんと管理していく必要がある。
例えば、格差の問題、少子高齢化の進行、環境公害の問題など枚挙にいとまがないが、こ
れらをきちんとフォローしていくことが求められている。
最後に、日本企業の対中投資戦略の在り方を検討することにする。
第1に、中国を工場とみるのか、それとも市場とみるのかによって、その戦略はまった
く違うものとなる。恐らく、多くの日本企業は中国で生産を続けると同時に、これから販
売の拡大を図っていくものと思われる。この点から考えれば、ほとんど全ての日本企業は
これからセールス戦略を強化し、営業力をつけていく必要がある。
第2に、製造業を中心とする日本企業はこれまでどちらかといえば、モノを中心に取り
扱ってきたが、これからの経営はヒトが中心になる。すなわち、日本企業にとりこれから
人材戦略を見直す必要がある。一流の人材が集まらない企業は一流の企業とはいえない。
中国市場で勝ち抜くためには、一流の人材を集め、育成していく必要がある。
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第 3 に、これまで日本企業の対中投資をみると、その実績からみれば、やや投資しすぎ
たように指摘されている。正しく表現すれば、中国に投資した資源が十分に生かされてい
ないということである。特に大手日本企業の場合、赤字に転落した現地法人は少なくない。
これから、日々競争が激化する中国市場で戦っていくために、中国での投資を今一度リア
ロケーション(再配置)することが求められている。
これらの諸点に加え、中国での投資を成功させるもう一つのカギはリスク管理能力を強
化することだ。最近、中国で実施した調査で明らかになったことだが、日本企業の情報収
集力と分析力は欧米諸国の企業に比べ、著しく低くなっているといわれている。これはひ
とえに日本企業の内部で中国専門家が育っていないことに原因がある。
それゆえ、日本企業は中国社会の変化に対応できず、日中関係のちょっとした変化に左
右されがちである。今回の尖閣諸島の事件は確かに日本企業に今後の対中投資の在り方を
再考する良い機会を与えてくれた。しかし、それは中国から撤退するというメッセージで
はなく、中国で如何にして勝ち抜くかの戦略をこれから打ち出していくことが重要である。
筆者紹介:
1963 年中国南京市生まれ。1994 年名古屋大学大学院経済学修士課程修了。1998 年よ
り、富士通総研経済研究所 主任研究員を経て現職。専門は開発金融、中国経済論。
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