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X線透過による仏像の調査

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X線透過による仏像の調査
TOBUNKENNEWS no.27, 2006
Column
X線透過による仏像の調査
仏像がどのような構造であるのか、あるいは、どこまでが当初の状態にあるのかを知ることは、仏
像の調査・研究の基礎的事項に属します。多くの場合、目視による表面観察によって、それらの推測
はある程度まで可能ですが、限界があることも否めません。まして解体を経ない限り、像内の状況、
うちぐ
例えば木彫の場合、像内の内刳りがどの程度及んでいるか、あるいは、像内の納入品の有無・状況な
どを表面観察から正確に把握することは困難です。そのような場合にX線透過撮影が威力を発揮しま
す。以下に最近の知見の紹介を交えてその一端を述べてみたいと思います。
だっかんかんしつづくりかんのんぼさつぞう
1.香川・願興寺蔵 脱活乾漆造観音菩薩像
本像(像高 80.9cm)は天平時代(8 世紀)の脱活乾漆像として非常によく知られたものです。今
回、本堂脇奥に新しく建てられた収蔵庫でX線透過撮影を行いました。
画像を見ると、両耳は他の部位に比べてX線の透過がよく、金属鋲によって留められているところ
から、木製(当初)を貼り付けたものであることが読みとれます。表面観察からは窺い知ることので
ぜんぱく
きない事実です。また、両腕の前膊半ばより先も木製と判断されましたが、他の天平時代の脱活乾漆
像の造作と照らし合わせてみると、これは後補とみてよさそうです。
ところで、本像は頭部と胸部に微妙なねじれが認められます。顔を正面に向けると、胸が正対しま
せん。加えて、左右で膝の奥行きが異なっています。以前から疑問に思っていましたが、X線透過画
像から、左脚の付け根から大腿・膝頭、脚部中央に及んでほぼ脚部左半分が木製であることを確認す
るとともに、それが後世の造作であると判断されました。左大腿上にあらわれた右足裏のかたちが他
の部位の造形にくらべややそぐわないことも納得がいくように思われました。どうやら頭部と胸部の
きょうじぼさつ
微妙なねじれも、このことと関連するようです。本来は左脚を踏み下げて、仏・脇侍菩薩からなる三
尊構成の脇侍菩薩の一体が残った可能性を検討してみてもよいのではないでしょうか。十数年前、は
じめて目近に本像に接して以来、抱き続けてきたささやかな疑問が氷解したような気がします。これ
らは目視による表面観察だけでは全く思い至らないもので、X線透過撮影で得た画像によってはじめ
て明らかになった成果と言えるでしょう。
図 1.脱活乾漆造 観音菩薩像
香川・願興寺像
同 X線透過写真
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TOBUNKENNEWS no.27, 2006
このようにX線透過撮影による画像は、表面観察からだけでは窺い知れない像内の様子を解体する
ことなく知ることが出来るため仏像研究に非常に有効です。また時として、それ以上の情報を提供し
てくれることもあります。次に紹介するのがその一例です。
もくぞうだいとくみょうおうぞう
2.神奈川・光明院蔵 木造大威徳明王像
た ひ た そ く
本像(像高 21.1cm)は、現状、右脇面、および、多臂多足の大半を失い、完全な姿かたちではな
いにもかかわらず、その破綻のない造形は注目すべきよう考えます。造像は鎌倉時代の 13 世紀後半
の早い頃とみていいでしょう。像は破損が著しいのですが、後世の補修は全くなく、表面の彩色も造
立当初のままです。今は失われた台座(水牛)と緊結すべく造作された像底の 穴からは当初の納入
文書らしきものの存在が確認できました。そこで像内の内刳りの状況と納入品がどの程度の量をもっ
て像内に収められているかを知るためにX線透過撮影を行いました。
本像は小像であり、奥行きもさほどではありません。加えて、木地を露出した部分の表面観察によ
り用材は檜と判断されたことから、X線透過撮影は簡単に作業が進むものと考えていました。
しかし実際には、何度か電圧を調整しながらX線透過撮影を行い、現場で現像を行ったのですが、
得られた画像は全体に白くなって像内が不鮮明であり、像内の様子を明確に捉えることが出来ません。
改めて透過画像を眺めながら、それが表面の仕上げに起因することに気がついたのも事実です。肉身
部は黒漆のうえに発色をよくするために、肉身部には白色の、一方、着衣部には橙色の下地をつくり、
そのうえに彩色を施しているよう見なされましたが、どうやら像全面に塗布された下地の彩色がとも
に鉛を主成分とする鉛白ならびに丹であったため、X線の透過を妨げ、期待したような像内の様子を
鮮明に写し出す画像が得られなかったものと推測されました。
この推測は後日、非破壊蛍光 X 線分析による表面彩色の調査で確実性を高めることとなりました。
よど
みぞおち
しかも、一見、白く澱んで不鮮明と思われた鳩尾あたりを熟視してみると、小さな団栗状の
なつめがたしゃりようき
棗型舎利容器のようなものが写り込んでいます。
X線透過撮影による調査というとき、像内の状況にばかり関心が向かうあまり、表面の情報に関心
が払われることは少ないのですが、X線透過調査によって像表面の彩色情報も得られることを現場で
再認識した一例です。
図 2.木造 大威徳明王像
神奈川・光明院蔵
同 X線透過写真
(美術部・津田徹英)
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