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自然と共生する流域圏序説

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自然と共生する流域圏序説
自然と共生する流域圏序説
北海道立総合研究機構理事長
北海道大学・放送大学名誉教授
工学博士
丹保憲仁
都市・地域の水問題を考える場合、地域の水文大循環を構成する「流域」を現象の
支配空間と考えるとよいと思います。「流域」は、環境を構成する三つの基本的な特性
空間(領域)から成り立っていると考えると判りやすいと思います。図は丹保が 1986 年
日本学術会議の第1回環境工学シンポジュームの基調講演で、地球上のさまざまな
活動を3領域に特性化して考えることによって人類の活動を理解しやすいとして提案
したものです。「流域」では、この三つの特性空間(領域)が、河川という上下流に明確
な移動方向性をもつ軸によって構造化され、普遍的な人類活動を含む地球生態系の
生存基盤となります。人間社会は都市・産業域という空間と、生産緑地という空間で経
済活動を営み収益(GDP)を稼ぎ出します。都市・産業域は食料を作らず、財貨の獲
得を主目標とする空間ですから、都市・産業活動を支える食糧の大半は有機物生産
を主目的とする陸域の生産緑地から供給されます。また、生産性の高い沿岸海洋域も
海の生産緑地です。この都市産業域と有機物生産域(緑地)の2つの空間を中心に文
明は成り立っていると考えられがちです。しかしながらこの二つの領域の外縁に生態
系保全域という領域が、人類の生存にとって不可欠なものとしてあることを忘れるわけ
にいきません。流域でいえば、一般には上流に自然保全域が存在します。例えば都
市の水源保全林に相当するようなもので、都市域の活動は(生産緑地も)よく維持され
ている自然生態系が周縁になければ安定に成立しません。
しかしながら現代では、自然保全系に都市系や生産緑地系が直接関与することが
少なくなっています。沿海部はまた海洋生物の生産域であり、外洋・深海の保全環境
と流動的に繋がる自然生態系でもあります。陸上の都市・産業域と生産緑地の人間活
動が総合して海洋の状況に大きく影響します。しかしながら、広域に連携して流動す
る巨大複雑環境である海洋の観測・モニタリングを進めても、その情報をフイードバッ
クして、陸域を明快に制御することは困難です。環境に及ぼす諸影響を最少エネルギ
ー消費で、自立(律)的に組み上げていく、流域の諸水代謝の総合設計・管理が必要
になってくる所以です。
近代社会では、諸システムが技術・管理・行政・学問まで専門分化し、個別縦割りに
発達し運用されてきました。人間活動度に比して地球の大きさが十分でなく、地球環
境制約が厳しくなってきた現代に至って、諸専有空間の競合を横断化・総合化によっ
て相互融通し、支えあうことが求められています。住民の内発的な活動が、産業、職業
分野の専門性を超えた流域運動として高まり、総合化の核となることが期待されます。
環境を構成する三領域
太陽エネルギー
商用エネルギー
(集中使用)
境界制御(工学的・)
生産
水域
生産緑地(農・林地)
都市(産業)
(戦略:財貨の
最大限獲得)
(戦略:食物、有機物の
最大生産率達成)
肥料
自然生態系保全
(戦略:保全、高効率の
多階層システム)
情報
2年卓越周期の循環
食料
複雑、多様
自立的相互連関
再利用
無機物
廃熱
(情報フィードバック)
(容量)
海洋
境界制御(人工)
短期
年オーダー
環境構造(設計)容量
長時間タイムラグ
環境予備容量(非定量化域)
環境アセスメントの領域
環境制御の領域
丹保原図(1986,、2002)
生態系保存域は人間活動を中心に成立した都市・産業域や生産緑地域と異なり、
人が関与しないで自然本来の微妙な重層的生態系を保持したいと考える領域で、全
2者とシステムの成り立ちが違います。太陽エネルギーを多層・多段に使い、水も多
層・多段に使って十億年という長い時間をかけて徐々に成立・進化しつつも微妙な平
衡のうえに存在する自然生態系を維持する領域で、人が無用に触らないのが最良の
戦略と考えます。無用に触らないためには、人間社会の強い自制を担保する、国際・
国内法の整備と倫理教育の展開が不可欠です。
日本のように、高過密人口が、最高度の生産・消費活動を営んでいる国では、上述
のような、文明が歴史的に展開して来た3領域構成が明瞭にとれず、別途な流域形態
を考えねばならぬ事になります。世界最大の太平洋沿岸メガロポリスを構成するそれ
ぞれのメトロポリスは、生産緑地の機能の大半を自流域外・海外に求めざるを得ず(低
い食料自給率)、生産緑地を介し自然と共生することがままならぬ状況です。都市・産
業域内で、極めて限られた高価な自然共生が工夫されます。流域の公園化です。農
村も、水田灌漑農業国の日本では、歴史的に山間部から平野部に農業主体が降りて
きて、長年月を経て成立した里山の自然という細流水を媒体にした流域との共生が成
立しています。村落林、田畑・村の上下流秩序上での流域活動の配列など、近代化以
前の水利秩序が有って、共生が住民の手で育まれてきました。河川法の三つ目の目
的、「河川環境の保全」を超えた、流域の生物との確かな共存が、成熟した 22 世紀の
日本では望まれます。流域共生の目標です。農を捨てたメガロポリスの公園的共生を
超える夢を見るのは、超過密国日本の中心部では果たせぬ望みなのでしょうか。
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