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富山大学 人文学部 池田真治
こころ・からだ・いのち 第5回・第6回 富山大学 人文学部 池田真治 [email protected] 1 自己紹介 • 専門・・・西洋近世哲学。 • デカルトとか、ライプニッツとか • 論理学、数学の哲学 • 想像力の問題、空間論 2 講義の概要 • 17世紀の心身問題から生命論へ • 心身問題について西洋近世哲学の観点 から講義する。そこでは、現代の哲学 的議論やSF的な事例を参照しつつ、デ カルト以降大きく変革した、精神 (心)と身体の関係をめぐる問題につ いて考察する。 3 本日のメニュー • 「水槽の中の脳」 • 心と世界 • デカルトの心身二元論 4 水槽の中の脳 5 富山は今日も雨だ。僕は今、 傘を持って地鉄に乗っている。 6 哲学的問題 • あなたが、本当に水槽の中の脳だったと する。 • このとき、あなたは、「私は水槽の中の 脳である」と言ったり、考えたりできる だろうか? パトナム:言葉で言ったり、考えた りできても、実際に水槽脳である 自分を指示することは成功してい ない。 「われわれはイメージ中の水槽の中 の脳である」と言う事しか出来な い。 7 私、水槽の中の脳です! 自分でも、わかってます!! よろしく!!! 8 宿題 • 「水槽の中の脳」の哲学的問題について、考えて来るこ • その際、心と世界(ないし身体)に関係する資料を一つ • 資料は、哲学の素材となりうると考えられるものであれ と。 選び、それについての自分の考えを簡潔に述べなさい。 ば、なんでもかまわない(今日の授業、文献、映像、ア ニメ、漫画、絵画、etc.)。 • 5月13日(月)3限の授業で、集める。 9 ヴァーチャル・リアリティ • VR(Virtual Reality) • 攻殻機動隊 • マトリックス 10 ヴァーチャル・リアリティ • VR(Virtual Reality) • 攻殻機動隊 • マトリックス 11 攻殻機動隊 12 哲学的問題 • 人間/サイボーグ/ロボットはどう違 うのか? • 「電脳化」 • 「義体」 • 「集合知」 13 ヴァーチャル・リアリティ • VR(Virtual Reality) • 攻殻機動隊 • マトリックス 14 15 心と世界 • • • 「心の中で描いたイメージ」 • 心的イメージと実在する事物は、どうい 「世界に存在する対象」 心と世界、これらは、まったく別のもの なのだろうか? う関係にあるのか? 16 心身問題 • 心と世界の関係の問題:「心身問題」 • 心身問題は、現在ブームのようだ。 • 哲学では、古代から現代まで、常に ブームだった! 17 心身問題 • 心と世界の関係の問題:「心身問題」 • 心身問題は、現在ブームのようだ。 • 哲学では、古代から現代まで、常に ブームだった! 18 心と世界 「あのとき死んでおけばよかったかもしれない、と多崎つ くるはよく考える。そうすればここにある世界は存在しな かったのだ。それは魅惑的なことに思える。ここにある世 界が存在せず、ここでリアリティーと見なされているもの が、リアルでなくなってしまうこと。この世界にとって自 分がもはや存在しないのと同じ理由によって、自分にとっ てこの世界もまた存在しないこと。」 村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 19 心身問題 • 心と世界の関係の問題:「心身問題」 • 心身問題は、現在ブームのようだ。 • 哲学では、古代から現代まで、常に ブームだった! 20 デカルトと心身問題 • 心身問題の現代的枠組みをつくった、 デカルトを扱う。 • デカルトの重要性を理解するために、 歴史的な背景をカンタンに見ていく。 21 伝統的な魂の概念 • • • 魂:プシュケー(Ψυχή) • したがって、魂は、生命活動全体を支える働き 魂=生命の原理。 魂は、感覚能力・思考能力を持つだけでなく、 身体の熱や運動、 栄養摂取などの働きをする。 を持つ。 22 プラトン • • • • • 肉体が死んだ後、魂も滅びてしまうのか? プラトン『パイドン』 →霊魂の不滅を証明しようとした。 ソクラテスにとって、魂は生き方と幸福に関わる。 プラトンは魂を精神活動の原理・意識の座に据え、身体 と対立させて、魂の不死性を論じた。しかし、身体とと もに滅びる魂の部分も認めており、魂と身体の区別は不 鮮明。 23 アリストテレス • 身体の中央にある心臓を、生命・運 動・感覚のアルケー(αρχη;始原、原 理)とする。 • すなわち、心臓を魂の起源とする。 • 他方で、脳に感覚の機能を認めなかっ た。 24 アリストテレス • • 『魂について』(通称:デ・アニマ) • • 身体=可能的に生命を持つ自然的物体 • つまり、魂が身体に「かたち」を与え、有機的生命たら 魂=「可能的に生命を持つ自然的物体の、形相としての 実体」 魂は身体の形相で、魂と身体は不可分(封蝋と印鑑の形 の比喩)。 しめている。 25 アリストテレス • 魂=「生物の始原(原理)」402 a • すなわち、魂は栄養摂取、運動、感 覚、思考の働きの始原(原理)。 • 魂の理知的部分(理性=ヌース)が、 魂の欲求的部分を統制する。 26 魂のゆくえ • 中世哲学(13C):キリスト教的な不死 の考えと、アリストテレス的な魂の考え が融合。 • 近世哲学(16C-17C)の中心問題:心身 の関係、および、生命を説明する問題。 27 生命の問題 • 生きているもの、たとえば木やうさ ぎ、あるいは人間と、それらの死んで いる対応物とを区別するものは、いっ たい何か? • 近世哲学の解答:「魂」 28 生命の問題 • 生きているもの、たとえば木やうさ ぎ、あるいは人間と、それらの死んで いる対応物とを区別するものは、いっ たい何か? • 近世哲学の解答:「魂」 29 デカルト • 近代科学・近代哲学の父 • 数学的自然学、機械論的 自然観。 • 「われ考えるゆえにわれ 在り」(コギト・エル ゴ・スム)。 30 デカルト • デカルト→「魂」についてのアリストテレス以 • • デカルト:魂=精神=思考。 • 思考を本性とする魂は、身体(物体)に運動と 来の伝統的考えを否定。 魂(精神)の本性は、思考(penser)であり、 身体(物体)とは異なる「実体」。 熱を与える生命原理とはなりえない。 31 プネウマ • ギリシア古代哲学において「プネウマΠνεύµα」と 呼ばれた、気息ないし息吹を意味する生命の原 理は、ラテンでは、「スピリトゥスspiritus」、す なわち「精気」と呼ばれるようになる。 • この言葉が、デカルトにも受け継がれ、身体を 動かす動因は、「動物精気 spiritus animales」と呼 ばれる。 32 アニマ • アニマ(anima)は、 命の「息」、命を吹き 込まれた「魂」を意味する。 英語では ‘‘soul’’、仏語で ‘‘l’âme’’。animal=命を持つも の=動物。 • 身体(corpus)と対をなす語として、animus (精神、精神のはたらき)が用いられたが、 やがて廃れた。 33 スピリトゥス • スピリトゥス(spiritus)は、ギリシャ語で 「息」や「命」を意味するプネウマの訳語とし て使われる。こちらが、肉体と区別される精神 の意味で用いられるようになる。 • 元来、「息、呼吸」の意味を持つspiritusが「精 神、聖霊」を意味するように。英語 ‘‘spirit’’ や 仏語 ‘‘esprit’’(エスプリ)はこれに由来。 34 動物精気 • 動物精気・・・「きわめて微細な空気 か、あるいはむしろきわめて純粋で活発 な炎のようなものであって、たえず大量 に心臓から脳に上り、そこから神経を 通って筋肉のなかに入り、身体の各部分 に運動を与えるのである。」『方法序 説』第5部 (AT VI, 54) 35 ハーヴィーの血液循環説 Exercitatio Anatomica de Motu Cordis et Sanguinis in Animalibus, 1628 36 動物精気 • • 動物精気とは・・・血液の微細な粒子。 • さらに脳から、神経を通って、全身を循環し、脳からの情報を 血液が心臓の熱によって気化されて生じ、蒸気のように脳にま でたち上ったもの。 筋肉に伝えてそれを動かしたり、身体の情報を脳に伝達したり するもの。 • • 身体の内にあって、身体を動かす力となるもの。 現代生物学で言う「神経伝達物質」のような役割を持つものだ が、循環的なもので、血液から生じている点がユニーク。 37 共通感覚 • 共通感覚とは、 1. 感覚を介して受け取られた光・音・香・味・熱 などの観念を受け取る場所 2. 飢えや渇きやその他の内的情念を受け取る場所 • デカルトにおいて、これらの観念は、脳におい て受け取ると考えられている AT VI, 55。 38 共通感覚 • アリストテレスでは、五感(視覚・聴覚・ 味覚・嗅覚・触覚)を統一する感覚を、共 通感覚と呼んだ。ただし、これは、五感と 独立する何か別の感覚ではない。 • デカルトは、共通感覚の座が「松果腺」に あると断定した。 39 松果腺 • 松果腺は脳の中央に位置する小さな器官。 そこに感覚器官からの諸情報がすべて集めら れて受け取られ、そしてこの器官に直接結び ついている精神に伝えられる、とデカルト は考えた。 • 「精神の座」あるいは「魂の座」、心身の 結合点としての共通感覚器官(松果腺)。 40 記憶と想像力 • 記憶・・・共通感覚が受け取った観念 を保存する。 • 想像力・・・観念をさまざまに変えた り新しく組み立てたりできる。 41 自動機械 • 想像力は、動物精気を筋肉に配分し、感覚に現れる対 象や身体の内的情念に応じて、身体の各部を動かすこ とができる。 • ここで、精神のはたらきとされていた想像力が身体の • ここから、デカルトはオートマットつまり「自動機 • デカルトにとって、身体は「自動機械」である。 機械的運動と連結する。 械」の議論に移る。 42 自動機械 • オートマットautomatesあるいは自動 機械とは、機械仕掛けで自動的に動く 人形やおもちゃ。 • • アルキュタスの機械仕掛けで飛ぶハト • →「動物機械論」の見方へ 人間の身体もまた、そのような一つの 機械。世界全体も機械。 Αρχύτας BC 428 - BC 347 43 自動人形 • 人間の身体と似ていて、可能な限り人 間の行動をまねる、ものまね機械を想 定してみよう。 • このとき、人間とものまね機械を見分 ける手段はあるのか? 44 自動人形 • デカルトは、「見分ける手段がある」と答え • • 1つ目。機械はまともに言葉が使えないはず。 る。 オウム返しのような、単純な返答なら、自動 人形にもできるかもしれない。しかし、会話 のすべての意味を み取った返答はできない だろう、とする。 45 自動人形 タチコマに自己言及のパラドクスを投げかけ られ、返答できずに無限に考え込むオペ子。 (攻殻機動隊SAC, 第8話より) 46 自動人形 • 2つ目の手段。必ず何かほかにできないことがあ る。デカルトは理性(による認識)に、機械がで きないことを見ている。 • 機械は諸器官の配置によって動いているだけで、 個々の行動に別個に、個別な配置を必要とする。 あらゆる出来事に対して用いることが出来る理性 が、諸器官を統括してわれわれを動かすというこ とは、機械にはできっこない、とする。 47 自動書記ができる18世紀のオートマトン 48 デカルトの娘 • • フランシーヌ(Francine)1635-1640 • • デカルトは、形見として、娘の自動人形を作らせた。 デカルトと家政婦のあいだに生まれた娘。デカルトは 愛したが、幼くして亡くなった。 デカルトは1650年、肺炎で亡くなったとされる。彼の 遺品を乗せたフランスへの船は、北海に沈んでしま い、現在なお見つかっていない。フランシーヌは、ま だ北海に眠っているのだろうか。 49 動物機械論 • 人間は、さまざまな言葉を配列し、そこから一つの 話を組み立てて、自分の考えを人に分からせること ができる。 • 動物は、言葉を発することはできても、自分が何を 言っているのかをはっきり意識して、話すことはで きない。 • ということは、動物も、自動人形と同じで、理性を 持たない。 50 動物機械論 • デカルトは、動物が「理性」をまった く持たないとする。 • そして、動物は機械であり、理性を持 つ人間と区別される、と考えた。 • これが、「動物機械論」である。 51 2つの実体 • 思考するものres cogitans • 延長するものres extensa 52 デカルト • デカルト→精神と物体の二元論 • 物体的世界→因果律に基づく機械論的世 界。 • 精神的世界→意思決定は純粋な精神の働 きで、物体的世界の因果性から独立して 働く。 53 機械論 • 自然の事物や現象を、因果律に則るも のとして、物質の機械的な作用によっ て説明するスタイル。 • 17世紀には、「粒子論」や「原子論」 と結びつき、法則的・数学的な世界像 が提示された。 54 決定論 • 機械論に基づく世界観は、「決定論」と結びつきやす • 決定論・・・すべての出来事はすでに完全に決定され • したがって、世の中の出来事は、偶然的ではなく必然 • ここから通常、意志決定の自由(Free Will)の存在 い。 ている、という主張。 的に動く。 も、否定される。 55 機械論 • 機械論・・・物理現象を、大きさ・形・運動で説明 しようとする試み。 →あらゆる生物的現象にも、機械論は拡大される。 デカルトは、人間の肉体や血液もまた、粒子的世界 像へと当てはめ、機械論的説明を与えようとした (「人間論」、『情念論』参照)。 →「魂」の観点から生命を説明する、アリストテレ スの伝統と対立。 56 機械論的生命論 • デカルトの機械論的生命論 • 実体形相としての「魂」の排除 • すべての生命現象の説明を、「大き さ・かたち・運動」に基づく機械論的 説明へと還元する。 57 機械論の限界 • しかし、すべてが機械論的に説明でき るわけではない。 • デカルトは、物体を超える存在とし て、思考の座としての、精神ないし魂 を認めていた。 58 伝統との決別 • • アリストテレス:魂=生命の原理。 デカルト:精神=思惟する魂。 身体=機械論的物体。 魂についてのアリストテレス的伝統との決別。 つまり、デカルトにおいて、精神は、生命の 機能と関係しない。 59 動物機械論 • 精神と物質の実体的区別は、何を引き起こす • • 人間を含む動物の身体=物質。 • また、動物の身体は、純粋に力学的な因果法則 か? すなわち、動物の身体は、数学的分析の対象と しての量的な延長体。 に支配される、メカニズム=機械。 60 心身二元論 • • 人間のみが、理性的精神を持つ。 • 人間の精神は、身体からまったく独立した本性 • したがって、精神は、身体と共に死なない。精 精神は物質の力から引き出されえず、特別に創 造されたもの。 を持つ。 神は不死である。 61 心身二元論 • 世界は、物質的な実体と、精神的な実 体という、まったく異なる存在によっ てできている。 62 心身問題 • • デカルトの心身二元論→近代の心身問題。 2つの実体を区別した二元論の枠組みのもと で、心(精神)と身体の関係は、どのように 理解されるべきなのか? 63 心身合一 • デカルトの解決→「松果腺」(しょうかせ • 「動物精気」という微細な物質が、身体の神 • 精神は松果腺において、精気の流れを把握 ん) 経伝達を担う。 し、その流れに介入して身体の運動を引き起 こす。 64 心身合一 • • あれ? • 松果腺、という特別な「精神の座」(魂 • デカルトは矛盾している? 心身二元論では、精神と身体は、因果的 に関係しえないのでは? の座)を想定。 65 次回予告 • 実体としての地位を確立した思惟と延長。そ の関係をめぐって、デカルトに迫り来るエリ ザベートとガッサンディの詰問。別れ別れに なっていた魂と身体が、松果腺を介してつい に結合する! 66 第六回 デ カ ル ト、精神の座 67 デカルトの業績 • • • • • • 『精神指導の規則』(1619-28?) :方法論の萌芽。 • 『情念論』(1649):心身合一。生理学的考察。 『世界論』(1633) :自然学、宇宙論。 『方法序説および三試論』(1637):方法と応用。 『省察』(1641) : 方法的懐疑、 コギト、認識論。 『哲学の原理』(1644) :体系的哲学。 「人間論」(1648) :自動機械としての身体。「精神の 座」としての松果腺。 68 「人間論」 • デカルトは人間論で、解剖学的見地か ら、「機械としての身体」を論じる。 • デカルトが『人間論』で「機械」とみ なしているものとは? • 呼吸器・循環器・神経系・筋肉等を持 つ運動体としての身体。 69 「人間論」 • デカルトは人間論で、解剖学的見地か ら、「機械としての身体」を論じる。 • デカルトが『人間論』で「機械」とみ なしているものとは? • 呼吸器・循環器・神経系・筋肉等を持 つ運動体としての身体。 70 「人間論」 • デカルトは人間論で、解剖学的見地か ら、「機械としての身体」を論じる。 • デカルトが『人間論』で「機械」とみ なしているものとは? • 呼吸器・循環器・神経系・筋肉等を持 つ運動体としての身体。 71 動物精気 • 脳に入り込む血液の粒子→「動物精 気」を産出。 • 「動物精気」とは? きわめて微細な風 きわめて活発で純粋な炎 72 動物精気 • 脳に入り込む血液の粒子→「動物精 気」を産出。 • 「動物精気」とは? きわめて微細な風 きわめて活発で純粋な炎 ? 73 動物精気 • 動物精気・・・「きわめて微細な空気 か、あるいはむしろきわめて純粋で活発 な炎のようなものであって、たえず大量 に心臓から脳に上り、そこから神経を 通って筋肉のなかに入り、身体の各部分 に運動を与えるのである。」『方法序 説』第5部 (AT VI, 54) 74 動物精気 • 「この精気は、風あるいは非常に微細な炎のようなもの で、どこかに通路が見つかるとすぐに、一つの筋肉から 他の筋肉へ急速に流れ込まずにはいないからである」 • 「といっても、精気が持っている、自然の法則に従って 運動を続けるという傾向以外に精気を動かす力は何もな いのだが」 • 「・・・それを閉じ込めた筋肉を膨張させ、硬化させる 力を持っている」「人間論」 75 動物精気 • 「動物精気は、神経が通じているすべての肢 体——その中には、眼の瞳孔、心臓、肝 臓、胆嚢、脾臓その他のように、・・・ ——、何らかの運動をひき起こすことがで きる。」 • 心臓そして動脈が、動物精気を脳の空室へ押 し込む。 76 動物精気 • • 動物精気とは・・・血液の微細な粒子。 • さらに脳から、神経を通って、全身を循環し、脳からの情報を 血液が心臓の熱によって気化されて生じ、蒸気のように脳にま でたち上ったもの。 筋肉に伝えてそれを動かしたり、身体の情報を脳に伝達したり するもの。 • • 身体の内にあって、身体を動かす力となるもの。 現代生物学で言う「神経伝達物質」のような役割を持つものだ が、循環的なもので、血液から生じている点がユニーク。 77 精神の座 • 「理性的精神がこの機械の中にあるとすると、 それは脳の中に主要な座を占めるであろうが、 それは、ちょうど、噴水技師が、噴水の運動を 何らかの仕方で助勢したり、逆に妨げたり、あ るいは変えたりしようと思うときは、機械の管 がすべて集まっている監視所の中にいかければ ならないのと同じことである。」 78 松果腺 79 松果腺 • 松果腺は脳の中央に位置する小さな器官。 そこに感覚器官からの諸情報がすべて集めら れて受け取られ、そしてこの器官に直接結び ついている精神に伝えられる、とデカルト は考えた。 • 「精神の座」あるいは「魂の座」、心身の 結合点としての共通感覚器官(松果腺)。 80 心身問題 • デカルトにおいては、心身二元論より精神と • にもかかわらず、理性的精神(=デカルトに 身体は互いに因果的関係を持てない。 とっての魂)と機械(=デカルトにとっての 生命的身体)は、精神の座である松下腺にお いて結合するとしている。 • いったい、どういうことなのか? 81 • 「神がこの機械に理性的精神を結びつけ る時には、そのおもな座を脳中に置き、 そして脳の内表面にある孔の入り口が神 経の仲介によって開くそのさまざまな開 き方に応じて、精神がさまざまな感情を 持つように精神をつくるだろうというこ とである。」『人間論』 82 • 精神は、神経によって、脳内に送られてくる自動機 • とりわけ、脳内に送られる「動物精気」という粒子 械(身体)の状態を意識する。それが「感情」。 の種類や大きさの違いによって、さまざまな「感 情」と類似の運動が引き起こされる。 • 精神の存在については、『方法序説』および『省 察』で証明。 83 形象 • 形象(figure)・・・「単に、何らかのしかたで対 象の線と表面の位置をあらわすものだけでな く、・・・、精神に、運動、大きさ、距離、 色、音、匂い等の性質を感じさせるきっかけを 与えうるもの、さらには、くすぐったさ、痛 み、飢え、渇き、喜び、悲しみ、その他の情念 を精神に感じさせるきっかけを与えうるものま でも意味している」 84 観念 • 「これらの形象のうち観念(idée)ーすなわち理性 的精神が機械に結びつけられて何らかの対象を 想像したり感じたりする場合に、直接に眺める 形あるいは像と考えられなければならないも のーは、外部感覚の器官や脳の内表面に刻み込 まれる形象ではなく、《想像力と共通感覚の座 である》腺Hの表面に、精気によって描かれる 形象だけである。」 85 機会原因論 • 心的感情の「機会原因」としての動物精気。 • デカルトは「人間論」において、動物精気に よって受け取られる(想像的・感覚的な)刻 印を、「観念」とみなしている。 • つまり、観念の概念を、「形象」にまで拡大 している。(観念と心像(形象)の区別は、 心身二元論と関わる重大な区別だった) 86 機械の中の精神 「動物精気が・・・ 精神に——すでに機 械の中に精神がは いっているとすれば ——腕が対象Bの方 に向くの感じるきっ かけを与える」。 87 身体=自動機械 • • デカルトが機械に付与した全機能 「たとえば、食物の消化、心像や動脈の鼓動、肢体 の栄養摂取と成長、呼吸、覚醒と睡眠、そして、 光、音、匂い、味、熱、その他の性質を外部感覚器 官へ受容する機能、それらの観念を共通感覚と想像 力の器官へ刻印する機能、同じ観念を記憶で保持す る、すなわち痕跡を残す機能、欲求や情念の内部運 動、最後にしたいすべての外部運動など」 88 「機械の中に、その心臓で絶え間なく燃 えている火——これは無生物体の中にあ る火と異なる性質のものではない——の 熱によって運動させられている血液と精 気以外には、食物精神も感覚精神も、そ の他の運動と生命のいかなる原理も、想 定してはならない」 89 「人間論」の結論 • アリストテレス=スコラ的な、魂(精神)=「生 • • 生物=自動機械。 • デカルトにとって、身体と区別される「魂」は、 命の原理」の否定。 機械という点では、生物と無生物のあいだに、根 本的な違いはない。 思惟のみを属性とする、「理性的精神」のみ。 90 心身結合の問題 • しかし、「人間論」では、「心身結合」は前 提とされていて、くわしく説明されていな い。 • また、機械の中にある理性的精神について • デカルトは、『情念論』において、心身問題 は、「人間論」では描写されていない。 とより真剣に向き合うことになる。 91 生と死の違い • 死は、精神の欠如によって起こるので はなく、身体の主要部分のどれかが壊 れるから起こる。§6 • 生とは、ゼンマイが巻かれてきちんと 動いている自動機械のようなもので、 死とは、壊れた機械のようなもの。 92 『情念論』 • まず、能動と受動という2つの根本作 用があることを精神と身体に認める。 §17 • 「意志」:精神の能動的作用 • 「知覚」:精神の受動的作用 93 情念 • 精神の「受動」=「情念」passion • 情念とは・・・「精神の知覚、感覚、 情動であり、それらは、特に精神に関 係づけられ、そして精気の何らかの運 動によって引き起こされ、維持され、 強められる。」§27 94 意志 • 精神の「能動」=「意志」volonté • 意志は(身体や動物精気によってでは なく)「精神そのものによって引き起 こされる」。§29 95 心身合一 • 「精神は身体のあらゆる部分と協同し て合一していること」§30 96 松果腺 • 「脳内に小さな腺(松果腺)があり、 精神は、他の部分よりも特にこの腺に おいて機能を果たしていること」§31 97 98 精神の座 • 精神に感覚が伝えられる前に、まず情報が 一つになる場所として、松果腺が必要。し たがって、ここが、「精神の座」。§32 • また、情念の座は心臓にはない。心臓に情 念を感じるからといって、精神が心臓にお いて機能を果たすわけではない。§33 99 精神と身体 • では、精神と身体はいかにして相互に 作用しあうのか? • 「精神はそこ[松果腺]から、精気、 神経さらには血液を介して、身体の他 のすべての部分に放射している。」 100 精神と身体 • 「精神の主座である小さな腺は、精気 を容れている脳室のあいだに垂れてい るので、・・・、精気に動かされう る。だがその腺はまた、精神によって も多様に動かされうる。」 101 松果腺の • 困った。精神と身体は、心身二元論から、互いに独 • なのに、精神と身体の因果を松果腺という特殊な器 • 「こうして脳内にある2つの像は、腺上にただ一つ 立なはず。 官においては認めているような言い方をしている。 だけ像を形作り、それが直接に精神に作用して、そ の動物の形象を精神に見させる」§35 102 • 精神の能動(意志のはたらき)→松果腺を 動かす、精気を押しやる→意志に対応した身 体の効果(身体運動)。§41, §42 • 「いままで見たことのない何かを想像しよ うと意志するとき、その意志は、脳のある 一定の孔のほうへ精気を押しやるのに必要 なしかたで腺を動かす力を持つ」§43 103 松果腺の • 「動物精気」という粒子に対してだけは、精神に • 「脳の中心部にある小さな腺が、一方で精神に よる因果作用を認めている? よって、他方で物体にほかならない動物精気に よって押されうるために、(感覚的な、および、 理性的な)2つの衝動が対立するものとなり、強 いほうが弱いほうの効果を妨げることがしばしば 起こる」§47 104 松果腺の 精神 意志/情念 松果腺 脳 動物精気 筋肉運動 刻印[印象] 105 愛における血液と精気の運動 • 「知性がなんらかの愛の対象を思い描くと、この思考が脳内につ くる刻印は、動物精気を第6対の神経によって、腸や胃のまわり の筋肉のほうへ導いていく。こうすると、新しい血液になる食物 の液は、肝臓にとどまらないで速やかに心臓のほうへ移ってい く。身体の他の部分にある血液よりも強い力で押しやられるの で、いっそう多量に心臓に入り込む。・・・その結果、この血液 はまた、普通よりも大きくて活発な粒子からなる精気を、脳のほ うに送ることになる。そしてこれらの精気は、愛すべき対象への 最初の思考が脳内につくった刻印を強化して、精神がこの思考に とどまるようにさせる。ここに愛の情念が成り立つ」§102 106 まとめ • デカルトは、「動物精気」という観察も検 証もされていない仮説を用いているが、人間 の情念に関する諸現象を、できるだけ物理 的(機械論的)に描こうとしている。 • それは、生命現象にもおよび、魂の観点から 生命を説明する、アリストテレス以来の伝統 に対立するものだった。 107 まとめ • デカルトは、精神が、松果腺という特別な 「精神の座」において、動物精気を押しやる ような何らかの働きを持つとしている。 • また、両目で見た像が、松果腺において統 一され、その印象が、精神に直接的にはた らきかけ、見た事物の形象を見させるともし ていた。 108 まとめ • しかし、心身二元論を厳密に捉えるならば、精神が 身体に因果的影響を及ぼすことは、認められない。 松果腺と言えど、身体である限り、同様。 • そこで、「人間論」の立場を採用する。つまり、意 志のはたらきは、動物精気を押しやり身体運動を引 き起こす「きっかけを与える」もの、と介すのが、 デカルトを整合的に解釈する唯一の道であろう。す なわち、「機械原因論」の一種とみなす。 109 そして近・現代へ • このデカルトにおける困難をめぐって、ホッブ ズ、ガッサンディ、スピノザやライプニッツ、 マールブランシュなどが、それぞれ、独自の心身 関係に関する理論を模索していくことになる。 • また、現代における心身問題も、デカルトの心 身二元論の構図を引きずり、この問題の解決を 志している。(大雑把すぎますが) 110 参考文献 デカルト 『方法序説』第5部(山田弘明訳、ちくま学芸文 庫) 「人間論」(『デカルト著作集』所収) 『情念論』(谷川多佳子訳、岩波文庫) 111 参考文献 (1)ヒラリー・パトナム「水槽の中の脳」『理 性・真理・歴史』法政大学出版局、1994。 (2)村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼 の巡礼の年』文芸春秋、2013。 (3)伊藤邦武『物語 哲学の歴史』第二章、 102-132頁 (4)金森修『動物に魂はあるのか』第2章 112 参考文献 (5)佐藤康邦『哲学史における生命概念』第3章 (6)『岩波講座 哲学05 心/脳の哲学』岩波書 店、2008年、254-263頁 (7)小林道夫『科学の世界と心の哲学』中公新 書、2009年。 (8)木村陽二郎『原典による生命科学入門』第4 章 113