...

協力行動に対する信頼の効果に関するモデル分析

by user

on
Category: Documents
28

views

Report

Comments

Transcript

協力行動に対する信頼の効果に関するモデル分析
協力行動に対する信頼の効果に関するモデル分析
A Model Analysis of the Effect of Trust on Cooperation
02-0212-3 井田 佑樹 Yuki Ida
指導教員 土場 学 Adviser Gaku Doba
1 .は じ め に
1.1.研究の背景と目的
一般的には、社会的不確実性が高ければ他者を信頼することが困難で
あると考えられている。そこで、協力行動をとるためには、特定の相手
との間に安定した関係を築くことで、社会的不確実性を縮減させなけれ
ばならない。しかし、関係が固定化することにより、関係外部の好機会
を逃すため利得が縮減する、という問題が存在している。
ここで、社会的不確実性の大小に左右されない信頼として、一般的信
頼という概念が存在し、「相手に関する情報が存在しない中で、その相
手を信頼する度合い」と定義されている。一般的信頼の研究としてよく
知られたものに、山岸(1998)の研究がある。山岸は特定の相手との安定
した関係に対して「安心」と名づけ、信頼と区別したとともに、信頼の
度合いの大きな人はより大きな利得を得ることを示した。しかし山岸の
研究には以下の問題点があると考える。
・得た知見に対しての数理モデル的分析がなされていない
・実験中に参加者の信頼の度合いが変化し、ゲームが推移することは想
定されていない
・社会全体の効用が最大となる相互協力状態への観点が欠落
以上をふまえ、本研究の目的を「実験を数理モデル化し、信頼が変化
するという可能性を考慮することで、相互協力の実現可能性および信頼
の果たす役割をみる」こととする。
1.2 .本研究の枠組み
第2章では、先行研究をまとめる。第3章では数理モデル上で各プレ
イヤーの期待利得を導出し、それを用いて相互協力状態の実現可能性を
調べ、考察を加える。第4章で結論を述べる。
2.先行研究のまとめ
2 . 1 . 信 頼概 念 の 整 理
山岸(1998)は、一般的信頼に関する知見を「信頼の解き放ち理論」
と題して以下の6つの命題にまとめた。なお、本研究でもこの一般的信
頼に関して議論を進める。
①信頼は社会的不確実性が存在している状況でしか意味を持たない。
②社会的不確実性の生み出す問題に対処するために、人々は一般に、コ
ミットメント関係(同じ相手との継続的な相互協力関係)を形成する。
③コミットメント関係は機会コストを生み出す。
④機会コストがより大きい状況では、コミットメント関係にとどまるよ
りも、とどまらない方が有利である。
⑤低信頼者(他者への信頼が低い人)は、高信頼者(他者への信頼が高
い人)よりも、社会的不確実性に直面した場合に、特定の相手との間に
コミットメント関係を形成し維持しようとする傾向がより強い。
⑥社会的不確実性と機会コストの双方が大きい状況では、高信頼者が低
信頼者よりも大きな利益を得る可能性が存在する。
ここで注意すべきは、コミットメント関係の相手を信用することは、
本研究で扱う信頼とは別の概念である、ということである。山岸はこれ
を「安心」と呼び、信頼と区別している。
2 . 2 . 山 岸 ( 1998) が 行 っ た実 験 の 内 容
実験は、以下に示す試行(2者間での取引)を繰り返すというもので
ある。参加者は人間かコンピューターのどちらかを相手に取引を行う。
実験参加者は、事前の質問紙調査によってあらかじめ高信頼者群と低信
頼者群に分けられていて、その中でペアが組まされている。ゆえに、試
行の相手が人間の場合は常に同じ人が相手になるのだが、試行の際参加
者同士が顔を合わせることはないため、参加者はそのことを知らない。
人間相手の取引では、まず試行の報酬を受け取る。その後、2 人のう
ちどちらか一方(ランダム)に、相手の報酬を巻き上げるチャンスが与
えられ、チャンスを得たほうの参加者は、そこで巻き上げるかどうかを
決める。一方、コンピューターが取引相手の場合は、相手が人間のとき
の報酬よりも多い額を無条件に得る。
相手が人間かコンピューターかは基本的に1/2 の確率でランダムに決
定されるのだが、前回の相手が人間で、両者ともに次回も同じ相手との
試行を望んだ場合のみ、同じ相手で次回の試行が始まる。
実験の結果、同じ相手と取引を続けた回数は、低信頼者のほうが高信
頼者よりも多いことがわかった。これより、信頼の解き放ち理論第5命
題が導かれる。
2.3 . 集 団 間 の 移 動 を 導 入 し た 社 会 的 ジ レ ン マ ・ ゲ ー ム
大浦ら(2005)は、集団の中にいくつかの小集団が存在し、その小集
団内で社会的ジレンマ・ゲームが行われ、プレイヤーは移動機会が訪れ
れば別の集団に移動することができる、というモデルを提唱した。戦略
は移動型非協力、移動型トリガー、固定型非協力、固定型トリガーの4
つが存在する。小集団内でトリガー戦略が支配的なときに非協力戦略が
侵入できない可能性や、移動型非協力戦略が支配的なときに固定型トリ
ガー戦略が侵入できる可能性が存在することが示されている。
3.実験のモデル化
3 . 1 . プ レ イ ヤ ーと パ ラ メ ー タ の 設 定
以下では、山岸の実験を数理モデル化していく。
この実験で参加者は、相手が人間の場合2種類の決断(巻き上げるか
否かの決断と、次回も同じ相手とゲームを行うか否かの決断)を行って
いる。よって、以下の4通りのプレイヤーが設定できる。
・プレイヤーMC(離脱型協力);チャンスが来ても巻き上げず、毎回
離脱
・プレイヤーMD(離脱型非協力);チャンスが来れば巻き上げて、毎
回離脱
・プレイヤーFC(固定型協力);チャンスが来ても巻き上げず、相手
が巻き上げなければ残留
・プレイヤーFD(固定型非協力);チャンスが来れば巻き上げて、相
手が巻き上げなければ残留
ここで、「コミットメント関係形成の傾向は低信頼者のほうが高い」
という実験結果に基づき、「高信頼プレイヤーはコミットメント関係を
全く作りたがらず、低 信頼プレイヤーはコミットメント関係を可能な限
り作りたがる」と考えれば、MC と MD が高信頼プレイヤー、FC と FD
が低信頼プレイヤーとなる。なお、相手に巻き上げられた場合、低信頼
プレイヤーでもすぐにコミットメント関係から離脱するものとした。
ここで、「実験中にプレイヤーが戦略を変更することにより、ゲーム
が動学的に推移する」というモデルを考え、相互協力状態の実現可能性
を検証する。その際、離脱戦略と固定戦略がそれぞれ相互協力状態の実
現にいかなる作用を及ぼしたかを比較することによって、信頼がもつ効
果をみることが可能となる。
なお、実験中に現れる数を以下のように置き換えた。
・全試行回数;m
・試行の報酬;a
・巻き上げられた試行で失う金額;b
・コンピューターがくれる金額;c
この実験において、巻き上げられた試行で失う金額bは、社会的不確実
性の大きさを表している。また、コンピューターがくれる金額 c は、コ
ミットメント関係を続けていれば得ることのできない金額、すなわち機
会コストを表している。ここで、 c<aならばコミットメント関係から
離脱する理由がなくなってしまうため、 c>aとして論を進める。
3.2.期待利得の計算
ゲームの動学的推移を考える前に、前述の4通りのプレイヤーが実際
に実験に参加した場合に得る期待利得を計算する。まずプレイヤーは高
信頼者群(MC , MD)と低信頼者群(FC , FD)に分けられているので、
考えうるプレイヤーの組み合わせは(MC−MC)(MC−MD)(MD
−MD)(FC―FC)(FC―FD)(FD―FD)の6通りである。ここで、
それぞれのゲームにおいてプレイヤーが得る期待利得を計算し、表1に
まとめた。なお、MC, MD, FC, FD が得る利得をそれぞれ
f MC , f MD , f FC , f FD と表記した。
MC−MC
f MC
FC−FC
a c 
=  +  m 2 2 
f FC =
{(m + 1 )a
m

1 
− c } 1 −  

2 



m
 1
1 
+ ( − a + c )∑ k ⋅   + mc  
k =0
 2
2 
k
MC−MD
m
FC−FD
m
 a b c
m
− a + b + 2 c   1  
f MC =  − + m f FC = (a − b + c) +
1 −     4 4 2
3
9
  4  
f MD
 3a c 
=  + m
 4 2
f FD = m a +
MD−MD
m

 
FD−FD
a b c 
f MD =  − + m 2 4 2 
表 1期
mc − 3a + 2 c   1 
+
1 −  
3
9
  4 
待
利
a b c
f FD =  − + m 2 4 2
一
得
3.3 . 相互協力状態の実現可能性の検証
以下では、「プレイヤーが試行錯誤的に戦略を変更することによりゲ
ームが動学的に推移していく」場合を考え、相互協力状態の実現可能性
の検証を行う。試行錯誤的な戦略変更とは、ある戦略をとっていたプレ
イヤーが別の戦略を数回試してみて、より大きな利得を得るようであれ
ばそのまま変更後の戦略をとり続け、利得が減るようであれば元の戦略
に戻す、というものである。試行錯誤により利得が増えるか否かは、前
節で導出した期待利得を比較して導く。すなわち、
(変更後の戦略による期待利得)≧(変更前の戦略による期待利得)
であれば、プレイヤーは戦略を変更する。
なお、戦略変更によりゲームが推移し、例えば MC−FD のように前
節で規定されていなかったゲームが出現することになる。だが、片方の
プレイヤーが高信頼者であればコミットメント関係は作られないので
利得構造は高信頼者どうしのゲームと等しい。例えば MC−FD の利得
構造は MC−MD のものと等しい。
以上をふまえて、ゲームの推移をまとめて図式化したものが以下の図
1である。ここで、実線の矢印はいかなる場合もゲームが矢印方向に推
移すること、破線の矢印は条件により推移方向が変化すること、波線は
ゲームが双方向に推移することを示している。なお、上側に位置するゲ
ームのほうが下側のゲームよりも両者の利得の合計が大きい、すなわち
社会全体の効用が大きなゲームになるように配置した。
MC−MC
MC−FC
FC−FC
両
者
利
得
合
MC−MD
MC−FD
FC−MD
時的にでも歯止めがかかることを意味のあるものと考え、そのとき信頼
がもつ効果に関して考察を加える。
図1で注目すべきは、太く示した矢印である。これは、 c <3aならば
矢印は上から下へ伸び、c >3aならば矢印は下から上へ伸びることを示
している。相互協力状態の実現可能性という観点から、この矢印が下か
ら上へ伸びることには2つの意味がある。
① ゲームが MC―FC という相互協力状態にあるとき、プレイヤーMC
が戦略を FD に変更することがない(相互協力状態の維持)
② ゲームが FC―FD のとき、プレイヤーFD が戦略を MC に変更する
ことによりゲームが MC―FC という相互協力状態へ推移する(相互
協力状態の形成)
この2点に関して以下に考察を加える。
まず①からは以下の2点のことが言える。
第一に、MC―FC のゲームにおいては、c >3aのときは MC から FD
への戦略変更を阻止できるが、MC から MD への戦略変更はいかなる場
合でも阻止できない。すなわち、機会コストが大きい場合は高信頼戦略
をとるほうが有利であることが確認された。これは、山岸(1998)の信
頼の解き放ち理論第6命題「社会的不確実性と機会コストの双方が大き
い状況では、高信頼者が低信頼者よりも大きな利益を得る」と整合的な
結果である。
第二に、FC―FC のゲームでは非協力戦略への変更をいかなる場合で
も阻止できないのに対して、
MC−FC のゲームでは機会コストが大きい
場合に限り HD への変更を阻止できる。ここから、コミットメント関係
よりも高信頼と低信頼の相互協力状態のほうが、強固で破壊されにくい
関係である、ということが言える。山岸は、コミットメント関係を続け
ることによって関係外部の他者を信頼することがますます困難にな
り、結果として関係が強固になることを示唆しているが、このモデルの
ようにプレイヤーがより大きな利得を試行錯誤的に追求していくとい
う場合、コミットメント関係は高信頼と低信頼の相互協力関係よりも強
固ではないことが本研究によって示された。このことは、FC−FC から
MC−FC に推移する方向へ矢印が伸びていることからも確認される。
ま
た、FC−FC よりも MC−FC のほうが両者の利得の合計が大きいことか
ら、社会全体の効用の最大化を目指すという観点からみて望ましい結果
が得られたといえる。
次に、②からは以下の2点のことが言える。
第一に、非協力状態から MC―FC のゲームへは機会コストが大きい
場合に遷移可能となるのに対して、FC―FC のゲームすなわちコミット
メント関係へは、機会コストがいかなる大きさであっても遷移不可能で
ある。また、MC−FC から MC−MC への推移も可能なことから、コミ
ットメント関係よりも高信頼と低信頼の相互協力状態および高信頼ど
うしの相互協力状態のほうが容易に形成可能であると言える。
第二に、FD から MC への戦略変更は実現可能なのに対して、FD か
ら FC への戦略変更は実現不可能である。ここから、プレイヤーが信頼
を身につけた場合のみ、ゲームが非協力状態から相互協力状態へ遷移可
能となることがわかる。信頼の度合いが高い人は同時に協力的な人であ
る場合が多いことを山岸は指摘しているが、非協力状態から相互協力状
態が形成されるには実際に信頼が必要となることが本研究によって示
されたと言える。
FC−FD
計
4.結論
各人が試行錯誤しながら自己利益を追求していくという状況におい
て、社会全体の効用が最大化される相互協力状態が、一時的にではある
が形成可能であること、且つその状態へ移行するためには、信頼を身に
つけることが必要であることが示された。
MD− MD
図 1ゲ
ー
ム
MD−FD
の
FD−FD
推
まず言えることは、ゲームが非協力状態に向かう力がやはり大きいこ
とである。ゲームの初期状態がどの形であれ、試行錯誤を両プレイヤー
が繰り返すことにより最終的にはゲームは非協力状態となる。しかし本
研究ではその動学的推移のなかで、ゲームが非協力状態に向かう力に一
【主要参考文献】
1. 山岸俊男(1998)「信頼の構造 こころと社会の進化ゲーム」東
京大学出版会
2. 大浦宏邦ほか(2005)「秩序問題への進化ゲーム理論的アプロー
チ」平成 14∼16 年度科学研究費補助金 基盤研究 研究成果報告書
Fly UP