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巨大磁気抵抗効果を持つ磁性多層膜を 用いたスピン注入型空間光変調

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巨大磁気抵抗効果を持つ磁性多層膜を 用いたスピン注入型空間光変調
報告
巨大磁気抵抗効果を持つ磁性多層膜を
用いたスピン注入型空間光変調器の研究
∼広視域の立体像表示を目指して∼
青島賢一
久我
淳
町田賢司
菊池
宏
清水直樹
Spatial Light Modulator Driven by Spin Transfer
Switching Using Giant Magnetoresistance Magnetic
Multilayers
Ken−ichi AOSHIMA, Kiyoshi KUGA, Kenji MACHIDA, Hiroshi KIKUCHI and Naoki SHIMIDZU
要約
ホログラフィーの立体表示用デバイスとして,画素ピッチ1μm以下の高精細なスピン注入型空
間光変調器(スピンSLM:Spin­Spatial Light Modulator)の研究を進めている。これまでに,
巨大磁気抵抗効果(GMR:Giant Magnetoresistance)素子を画素に用いたスピンSLMを開発
しているが,表示用デバイスとして使用するためには光変調度の向上と駆動電流の低減が大きな
課題である。今回,この課題を解決する手段として,光変調層であるガドリニウム鉄(Gd­Fe)
垂直磁化膜の組成制御と中間層にAgを使用することを検討した。その結果,GMR素子の磁気光
学カー効果を増大することができ,光変調度の向上と駆動電流の約1桁の低減に成功した。
ABSTRACT
We investigated a spin transfer switching magneto optical spatial light modulator(Spin SLM)for
three­dimensional holography systems, for which the pixel pitch was less than 1μm. Spin SLMs
with pixels using giant magnetoresistance(GMR)magnetic multilayers have been developed;
however, they have low light modulation contrast and high driving current. In order to solve these
problems, we developed a gadolinium iron ( Gd ­ Fe ) magnetic material with perpendicular
anisotropy and a silver(Ag)spacer and succeeded in improving the light modulation contrast
and reducing the driving current by an order of magnitude.
NHK技研 R&D/No.138/2013.3
41
報告
反射光
偏光フィルター
偏光フィルター
入射光
入射光
反射光
偏光面
の向き
+θk
反射光の偏光面の回転
(磁気光学カー効果)
透明電極
−θk
偏光面
の向き
透明電極
磁化反転
光変調層
絶縁体
磁化の向き
磁化反転
電流
光変調層
中間層
絶縁体
中間層
磁化固定層
磁化の向き
磁化固定層
下部電極
下部電極
スピンの向き
スピンの向き
パルス電流
(a)オフ状態
電流
パルス電流
(b)オン状態
1図 GMR型スピンSLMの基本画素構造と動作原理(1画素分)
以下のスピン*1注入型空間光変調器(スピンSLM)を提
1.まえがき
ポストスーパーハイビジョンとして,当所では,立体テ
案し,研究開発を推進している7)∼ 15)。このスピンSLM
レビの研究を進めている。中でも,物体からの光を忠実に
は磁化固定層(強磁性薄膜)
,中間層(非磁性薄膜)
,光変
再現でき,究極の立体映像と言われている空間像再生型の
調層(強磁性体薄膜)の積層構造から成り(1図)
,スピ
ホログラフィーには大きな期待が寄せられている。電気信
ン注入磁化反転*2と磁気光学カー効果*3を利用してい
号から立体像を再生する電子ホログラフィーでは,表示用
る。このデバイスは電子線リソグラフィー*4またはス
デ バ イ ス と し て 空 間 光 変 調 器(SLM:Spatial Light
テッパー*5などの半導体作製プロセスで作製可能で,目
Modulator)を用いる。電子ホログラフィー用のSLMと
標としている画素ピッチ1μm以下の微細化構造を形成す
しては,動画表示するための高速動作と広視域での立体像
ることができる。これまでに,巨大磁気抵抗効果(GMR:
再生が可能な狭画素ピッチのデバイス(多画素・高精細・
*6
を持つ磁性多層膜を画素に
Giant Magnetoresistance)
高速デバイス)が必要である。これまでに,液晶デバイス
用い,それを1列に並べた1次元構造のGMR型スピン
やマイクロミラーデバイスをSLMとして用い,電子ホロ
SLMを開発し,その基本動作を確認している13)。更に,
グラフィーで動画を立体表示する基礎的な研究が行われて
GMR型スピンSLMを使ったホログラフィーで立体表示が
1)
∼ 4)
。最近では,プロジェクター用として開発され
可能かどうかを検証するために,GMR多層膜から成る画
たスーパーハイビジョン用の高精細な液晶SLM(画素
素ピッチ1μmの固定パターンのホログラムを作製し,
広
いる
5)
数:7,680×4,320,画素ピッチ:4.8μm) を用いた電子ホ
視域で立体像が再生できることを確認している14)15)。
ログラフィーのフルカラーの立体映像表示システムが開発
されている6)。しかし,このシステムでは立体像を視認で
きる視域角が約5°
である。なお,このSLMを3枚使って
立体像を空間的に合成して視域角を従来の3倍の約15°
ま
で拡大できたことが報告されている6)。
電子ホログラフィーではSLMの回折光を利用しており,
視域角は光の回折角に比例して大きくなる。また,光の回
折角はSLMの画素ピッチを光の波長サイズに近づけるほ
ど大きくなる4)。従って,電子ホログラフィーで広視域の
立体像を実現するためには,画素ピッチ1μm以下(従来
の画素ピッチの1/5以下)のSLMを開発することが最も重
要となる。
当所では,新しい動作原理に基づく,画素ピッチ1μm
42
NHK技研 R&D/No.138/2013.3
*1 磁気モーメントを生じさせる量子力学的性質。磁気が電子の自転に
起因しているように見えるのでスピンと呼ばれる。
*2 スピンの向きが偏った電子を磁性体に注入し,磁性体の磁化の向き
を反転させる技術。非常に小さな磁性体の磁化反転に適した技術。
*3 磁性体に直線偏光の光を照射したとき,磁性体の磁化の向きによっ
て光の偏光方向が変化する現象。MO(光磁気)ディスクなどにも
利用されている。
*4 基板上に塗布した感光膜(レジスト)に電子線を照射して,微細な
レジストパターンを形成する方法。現像処理を行って,照射されて
いない部分を削る。
*5 縮小投影型露光装置。電子線リソグラフィーと比較して微細化精度
は劣るが,一度の露光で大面積の素子を作製することができる。
*6 強磁性薄膜Ⅰ/非磁性薄膜/強磁性薄膜Ⅱの金属多層膜において,
強磁性薄膜Ⅰと強磁性薄膜Ⅱの磁化の向きが同じときに低抵抗,逆
向きのときに高抵抗を示す磁気抵抗効果。ハードディスクの高密度
化に利用されている。2007年にノーベル物理学賞がこの発見者に
贈られた。
本稿では,GMR型スピンSLM開発の基盤技術となる光
保護層
Ru(3nm)
変調素子の構成材料について述べる。具体的には,光変調
Gd−Fe(8.9nm)
層の材料として希土類*7遷移金属合金*8のガドリニウム
CuまたはAg(6nm)
鉄(Gd­Fe)垂直磁化膜の組成と,中間層の材料として
Co−Fe(1nm)
銀(Ag)薄膜を使用した場合を検討し,光変調度の大き
Tb−Fe−Co(10nm)
光変調層
中間層
磁化固定層
さと駆動電流特性について調べた結果を報告する。
Ru(3nm)
下地層
Cu下部電極
2.GMR型スピンSLMの画素構造と動作原理
シリコン基板
1図にGMR型スピンSLMの基本画素構造(1画素分に
相当:以下,GMR素子)と動作原理を示す。GMR素子は
2図 GMR多層膜の構成(カッコ内の数値は膜厚)
磁化固定層(強磁性薄膜)
,中間層(非磁性薄膜)
,光変調
層(強磁性薄膜)を下から順に積層した多層膜(GMR
各画素間を絶縁膜によって分離することでスピンSLM
多層膜)である。磁化固定層には,外部から磁界を印加し
を作製することができる。スピン注入磁化反転に要する時
ても磁化反転しにくい,大きな保磁力を有する磁性材料を
間は数十ns以下なので,スピンSLMは高フレームレート
用いる。この磁化固定層を通過できる電子は磁化固定層の
で画像の書き換えが可能な動画表示用デバイスとして期待
磁化の向きと同じ向きのスピンを持つ電子だけで,逆向き
されている。
のスピンを持つ電子は磁化固定層で反射される。光変調層
ホログラフィー表示用のスピンSLMを実現するために
には保磁力が小さく,注入される電子のスピンと同じ方向
は,磁気光学カー効果の大きな光変調材料の探索,低電流
に磁化(スピン注入磁化反転)するだけでなく,磁化の向
で駆動できるスピン注入効率の高い材料とデバイス構造の
きによって入射光の偏光面が回転する磁気光学カー効果を
開発,多画素素子の作製に適した微細化プロセスの開発な
持つ磁性材料を用いる。また,磁化固定層と光変調層を磁
どさまざまな課題がある。特に,デバイス開発では,大き
気的に分離するための中間層には電気抵抗の小さい金属薄
な磁気光学カー効果と低電流駆動を同時に両立することの
膜を用いる。このGMR多層膜の上部に透明電極を,下部
できるGMR多層膜材料の開発が重要である。以下,光変
に金属電極を形成してGMR素子とする。
調層の材料であるGd­Fe薄膜と中間層の材料である銀
GMR型スピンSLMの動作原理は以下のとおりである。
上部の透明電極と下部の金属電極との間にパルス電圧を印
(Ag)薄膜を用いたGMR素子の作製と,カー回転角の向
上と駆動電流の低減化について述べる。
加して,光変調層と磁化固定層の間に下向きまたは上向き
の電流を流す。1図(a)に示すように,電流を下向きに
3.GMR素子の作製
流した場合には,電子は上向きに流れ,そのうちの下向き
GMR多層膜の構成を2図に示す。シリコン基板/銅
スピンの電子だけが磁化固定層を通過して光変調層に注入
(Cu)下部電極上に磁化固定層としてテルビウム鉄コバル
され,光変調層の磁化を下向きに反転させる。このとき,
ト(Tb­Fe­Co,10nm)とコバルト鉄(Co­Fe,1nm)
GMR素子に直線偏光の光を入射すると,その反射光の偏
の積層膜,中間層に銅(Cu,6nm)または銀(Ag,6
光面は磁気光学カー効果によって+θk回転する。この回転
nm)膜,光変調層にガドリニウム鉄(Gd­Fe,8.9 nm)
角θkをカー回転角と呼ぶ。+θk回転した反射光を遮断する
膜を順次積層した。
( )内の数字は膜厚である。GMR
ように偏光フィルターを設置することで,GMR素子は暗
多層膜の酸化を防止するために,下地層および保護層とし
くなる(オフ状態)
。
てルテニウム(Ru,3nm)膜を製膜した。GMR多層膜
一方,1図(b)のように電流を上向きに流した場合に
の製膜にはDCマグネトロンスパッター法*9を用いた。更
は,電子は下向きに流れ,上向きスピンの電子は磁化固定
に,電子線リソグラフィーおよび絶縁体製膜技術を組み合
層で反射される。従って,光変調層には上向きスピンの電
子が多く存在することになり,光変調層の磁化が上向きに
反転する。このとき,GMR素子に直線偏光の光を入射す
ると,その反射光の偏光面は−θk回転する。−θk回転した
反射光は偏光フィルターを通過するので,GMR素子は明
るくなる(オン状態)
。
このような光変調素子(GMR素子)を2次元に並べ,
*7 周期表のランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15種類の元
素の総称。化学的に元素の分離が難しいので,まれ(希)な元素・
希土類と呼ばれる。磁石の性能を高めるのに用いられる。
*8 希土類と遷移金属(Fe,Co,Ni)の合金には,磁気モーメントが
互いに反対方向の2種類のスピンが存在し,その大きさと数が異な
り全体として磁化を持つ。この性質をフェリ磁性という。
*9 真空中でArなどの希ガスを直流(DC)電圧によってプラズマ化し,
そのプラズマを製膜材料に衝突させることによって製膜する方法。
NHK技研 R&D/No.138/2013.3
43
報告
0.2
Gd−Fe
カー回転角(°
)
0.1
Co2FeSi
0.0
ー0.1
ー0.2
ー0.4
ー0.2
0.0
0.2
0.4
印加磁界(kOe)
3図
GMR多層膜のカー回転角の外部磁界依存性
わせた半導体製造プロセスを用いて1図に示すような単
素子構造のGMR素子を作製した。
4.2 Ag中間層を用いたGMR素子の特性
GMR多層膜の中間層をAgまたはCuで作製した場合の
カー回転角の外部磁界依存性を4図に示す。4図は,Ag
4.作製したGMR素子の評価
中間層を用いた場合のカー回転角はCu中間層を用いた場
光変調度の高いスピンSLMを実現するためには,カー
合のカー回転角より約10%大きいことを示している。こ
回転角の大きい光変調層を作製する必要がある。このカー
の測定とは別に,Gd­Fe光変調層の膜厚を0.4nmから18
回転角の性能を改善するために,光変調層であるGd­Fe
nmまで変化させて作製したGMR多層膜のカー回転角を測
膜と中間層の材料に着目して研究を進めた。
定した。その結果,全ての膜厚においてAg中間層を用い
4.1 Gd­Fe膜を用いたGMR多層膜の
た方がCu中間層を用いたものよりカー回転角が5%∼20
磁気光学特性
%大きいことが分かった。
Gd­Fe膜のFe組成比を72.5 %
*10
として光変調層を作製
一般に,GMR素子の電気抵抗は光変調層と磁化固定層
し,中間層をCuで作製した。磁気光学特性を測定するこ
,逆方向の場
の磁化方向が同じ場合に低く(抵抗値:RP)
とが目的であったので,上部と下部に電極のないサイズ10
合に高く(抵抗値:RAP)なる。このときの抵抗値の変化
mm×10mm(面積:1cm )のGMR多層膜を作製した。
/RP]は磁気抵抗(MR:Magnetoresisの割合[
(RAP­RP)
GMR多層膜の面に垂直な方向に磁界を印加して,波長780
tance)比と呼ばれている。このMR比が大きいほど,ス
nmのレーザー光を垂直に照射してカー回転角を測定した。
ピンの向きがそろった電子を光変調層へ注入することが容
カー回転角の外部磁界依存性を3図に赤線で示す。印加
易であり,磁化反転をより低電流で行えると期待される。
磁界の変化に伴って光変調層(Gd­Fe膜)の磁化方向が
そこで,上部および下部電極に低抵抗のCu電極を形成し
2値に変化し,垂直磁化膜に特有の急しゅんなヒステリ
たGMR素子を作製して電気特性の測定を行った。Ag中間
シス磁化反転特性を示している。光変調層のカー回転角θk
層を用いたGMR素子のサイズは0.094μm×0.152μm(面
は0.12°
である。比較のために,Co2FeSi面内磁化膜を用い
積:14×10−3μm2)であり,Cu中間層を用いたGMR素子
た従来のGMR多層膜のカー回転角の外部磁界依存性(磁
のサイズは0.118μm×0.127μm(面積:15×10−3μm2)で
6)11)
を3図に青線で示す。Co2
界は多層膜面に平行に印加)
ある。Ag中間層またはCu中間層を用いたGMR素子の電
FeSi面内磁化膜のカー回転角は0.004°
であり,Gd­Fe垂
気抵抗の外部磁界依存性を5図に示す。いずれの場合も
直磁化膜のカー回転角はその30倍以上である。すなわち,
印加磁界の変化に伴って低抵抗または高抵抗の磁気抵抗特
Gd­Fe膜にすることでカー回転角を大幅に向上すること
性を示しているが,磁化反転する印加磁界の大きさは3
2
ができた。
*10 原子の数の割合。
44
NHK技研 R&D/No.138/2013.3
0.2
カー回転角(°
)
0.1
0.0
ー0.1
中間層
Ag
Cu
ー0.2
ー1.0
ー0.5
0.0
0.5
1.0
印加磁界(kOe)
4図 GMR多層膜のカー回転角の外部磁界依存性
MR比:0.077%
4.502
4.558
4.500
抵抗(Ω)
抵抗(Ω)
MR比:0.14%
4.560
4.556
4.554
4.498
4.496
4.552
4.494
4.550
4.492
4.548
ー2
ー1
0
1
2
4.490
ー2
ー1
印加磁界(kOe)
0
1
2
印加磁界(kOe)
(a)Ag中間層
(b)Cu中間層
5図 GMR素子の電気抵抗の外部磁界依存性
図の場合よりも大きくなっている。これはGMR多層膜の
16)
ンの散乱が少ない構造が形成されていると考えられる。こ
面積が小さくなったことによる影響である 。5図はAg
れらのことから,Ag中間層を用いたGMR素子はCu中間
中間層を用いた場合のMR比は0.14%であり,Cu中間層を
層を用いたGMR素子よりも,スピンの向きがそろった電
用いた場合のMR比は0.077%であることを示している。
子を光変調層により多く注入でき,磁化反転の駆動電流を
すなわち,Ag中間層を用いた方が磁化反転をより低電流
低減することが可能と期待される。
で行える可能性があることを示している。
6図にMR比の素子サイズ依存性を示す。なお,各サイ
5.Gd­Fe膜の組成の制御
ズのMR比は20個∼40個の素子で測定した値の平均値で,
GMR素子の性能を向上させるために,光変調層のGd­
エラーバーはその標準偏差である。Ag中間層の場合もCu
Fe膜の組成比を変えて磁気光学特性と磁気特性を調べた。
中間層の場合もMR比の素子サイズ依存性はほとんどな
Gd­Fe膜の組成比を2元スパッタリング法*11の製膜条件
い。このことから電極面内の電流分布には不均一はなく,
を調節することで制御した。製膜用ターゲットとして,
MR特性が正しく測定されていると考えられる。また,5
Gd23Fe77*12とFeの2種類の材料を用い,それぞれのター
図と同様に,Ag中間層を用いた場合のMR比はCu中間層
を用いた場合より約2倍大きい。すなわち,GMR積層構
*11 2種類の材料を同時にスパッターして作製膜の組成比を調整する方
法。
造中のAg/Gd­Fe界面ではCu/Gd­Fe界面より電子のスピ
*12 下付きの添え字は組成比(%)を表す。
NHK技研 R&D/No.138/2013.3
45
0.20
0.20
0.15
0.15
MR比(%)
MR比(%)
報告
0.10
0.05
0.05
0.00
0.10
0
10
20
30
40
50
0.00
60
×10−3
0
5
10
素子サイズ(μm2)
15
20
25
30
×10−3
素子サイズ(μm2)
(a)Ag中間層
(b)Cu中間層
6図 GMR素子におけるMR比の素子サイズ依存性
カー回転角(°
)
0.16
カー回転角
0.14
0.12
0.15
300
保磁力 (kOe)
飽和磁化
0.10
200
0.05
100
飽和磁化(emu/cc)
保磁力
0.00
70
72
74
76
78
80
82
Fe組成比(%)
7図 Gd­Fe膜のFe組成比とカー回転角および磁気特性
ゲットの放電電力を個別に調節することでGd27.5Fe72.5から
その後,Fe組成比の増加とともに減少する。Fe組成比が
Gd19.7Fe80.3の組成比を持つGd­Fe膜を作製した。なお,作
80.3%の場合には,GMR多層膜は小さな磁界で反転しや
製したGd­Fe膜の組成比は蛍光X線FP法
*13
を用いて測定
すくなっており,磁化を反転するための電流を低減するこ
した。
とが可能であると期待される。なお,Fe組成比を81%以
5.1 磁気光学および磁気特性
上にした場合には垂直磁化から面内磁化に変化し,カー回
7図にGd(1−x)Fexを光変調層に用いたGMR多層膜の波
長780nmにおけるカー回転角および保磁力,飽和磁化
*14
転角が減少するので,光変調器への応用はできないと考え
ている。
の各特性を示す。Fe組成比の増加に伴ってカー回転角は
飽和磁化はFe組成比が75%の場合に最小となり,その
単調に増加し,Fe組成比が80.3%の場合のカー回転角は
後,Fe組成比の増加とともに大きくなる。Gd­Feはフェ
Fe組成比が72.5%の場合より約8%増加する。このこと
は,可視光の範囲ではGd­Fe膜のカー回転はFeによる磁
17)
気光学効果が主であることに一致している 。
一方,保磁力はFe組成比が75%の場合に最大となり,
46
NHK技研 R&D/No.138/2013.3
*13 X線を材料に当てた際に生じる蛍光X線の強度を測定して材料の組
成比を分析する方法。
*14 磁石中の磁化方向を外部磁界で一方向に向けたときの,単位体積当
たりの磁気モーメント。
0.20
140
MR比
MR比(%)
0.15
100
80
0.10
60
RA値(mΩμm2)
120
RA値
40
0.05
20
0.00
70
72
74
76
78
80
0
82
MR組成比(%)
8図 Gd­Fe膜のFe組成比とそれを用いたGMR素子のMR比およびRA値
0.20
Fe:72.5%
Fe:75.6%
Fe:78.3%
Fe:80.3%
MR比(%)
0.15
0.10
0.05
0.00
ー200
0
ー100
100
200
電流密度(MA/cm2)
9図 GMR素子のMR比の電流密度依存性
リ磁性体*15であり,飽和磁化の最小値をとるFe組成比と
方,RA値は約60(mΩμm2)で一定である。このことか
保磁力の最大値をとるFe組成比は一致する。すなわち,
ら,MR比の増大はFe組成比の増加に伴ってRAPが大きく
Fe組成比75%でFeとGdの磁気モーメントが互いに打ち
なることに起因しており,素子の材料や構造に起因する素
消し合っていると考えられる。
子抵抗RPに基づくものではないと結論される。8図に示
5.2 MR特性とスピン注入磁化反転特性
すように,Gd­Fe膜のFe組成比の増加に伴ってMR比が
8図にGd­Fe膜のFe組成比とそれを用いたGMR素子の
増加するので,磁化反転電流の低減が期待される。
MR比 お よ び 抵 抗 値 と 素 子 の 面 積 の 積 で あ るRA
9図にGMR素子のMR比の電流密度依存性を示す。な
(Resistance Area Product)値の関係を示す。なお,RA
お,Gd­Fe膜のFe組成比を72.5%,75.6%,78.3%および
値は光変調層と固定層の磁化の向きが同じ場合の抵抗値
80.3%の4種類とした。MR比は電流密度の変化に伴って
(Rp)を用いて算出した。MR比およびRA値は20個∼40
大きく変化し,その変化はカー回転角や電気抵抗値の外部
個の素子の平均値で,エラーバーはその標準偏差である。
Fe組成比の増加に伴なってMR比は大きくなっている。一
*15 注8参照。
NHK技研 R&D/No.138/2013.3
47
報告
1表 GMR素子におけるスピン注入磁化反転電流密度と
熱安定性指標
なるためと考えられる。熱安定指標は,記録を数十年保持
する長期保存型のメモリーでは60以上必要と言われてい
Fe組成比(%)
スピン注入磁化反転
電流密度(MA/cm2)
熱安定性指標
(Δ=E 0 / k BT )
72.5
173
562
75.6
93.1
79.0
以上の結果,Gd­Fe光変調層のFe組成比を制御するこ
78.3
51.4
49.4
とによって,スピン注入磁化反転の電流密度を大幅に低減
80.3
20.5
29.1
できることが確認された。
E 0:磁気異方性エネルギー
k B :ボルツマン定数
T :絶対温度
るが,フレームレートでの画像の書き換えを行う表示応用
の場合には,29.1でも十分に使用可能な値である。
6.まとめ
広視域の立体像の表示を可能とするスピンSLMの開発
磁界依存性と類似の2値ヒステリシス特性を示した。こ
を目指し,Gd­Fe光変調層とAg中間層から成るGMR素
のMR比の変化の様子は外部磁界を印加したときの磁化反
子を作製し,その基本特性を評価した。Gd­Fe垂直磁化
転の変化の様子と同じであり,GMR素子に磁化反転が起
膜を光変調層として用いることで,光変調度の指標となる
こっていることが分かった。すなわち,Gd­Fe光変調層
カー回転角を従来の面内材料であるCo2FeSiと比較して約
の磁化反転を外部磁界ではなく,注入電流によって制御可
30倍の0.13°
とすることができた。また,Ag中間層にする
能であることが確認できた。9図では,Fe組成比が大き
ことで従来のCu中間層よりも光変調層のカー回転角を約
くなるほど磁化反転に要する電流密度は小さくなり,Fe
10%大きくすることができた。更に,Gd­Fe光変調層の
組成80.3%の場合には72.5%の場合と比較して反転電流密
Fe組成比を従来の72.5%から80.3%とすることで,カー回
度が約1桁低減している。なお,7図の結果によれば,
転角の増大と,素子の駆動電流を約1桁低減することに
Fe組成比75.6%で磁化反転電流(または,電流密度)が
成功した。
最大となることが予測されるが,9図の結果ではFe組成
今回得られた成果を基に,立体ホログラフィー用スピン
比の増加に伴って磁化反転電流は単調に減少している。こ
SLMの実現に向けて,引き続き研究開発を進める予定で
の理由としては,GMR素子の作製プロセスにおいて酸化
ある。
しやすいGdがより多く酸化し,Fe組成比が多層膜のFe
組成比よりも高くなったことが考えられる。すなわち,
本研究の一部は,独立行政法人情報 通 信 研 究 機 構
Fe組成比72.5%の多層膜で作ったGMR素子のFe組成比が
(NICT)の委託研究「革新的な三次元映像技術による超
75%に近づき,磁化反転しにくくなったのではないかと
臨場感コミュニケーション技術の研究開発」の中で実施し
推測される。
た。
9図に示す反転電流密度の低減は,前述の保磁力の低
下とスピンの向きがそろった電子の増加に起因していると
考えられる。一般に,保磁力が低下した場合には,磁化が
文を元に加筆・修正をしたものである。
熱的に揺らぎやすくなり,磁界や電流を印加しなくても磁
K. Aoshima, Y. Hashimoto, N. Funabashi, K. Machida, K.
化反転することが知られている。磁界や電流を印加しなく
Kuga, H. Kikuchi, N. Shimidzu and T. Ishibashi :“ Spin
ても磁化反転するという現象はGMR素子の安定動作を妨
Transfer Switching of Current­perpendicular­to­ plane
げる。そこで,Gd­Fe膜の磁化の熱安定性を解析した。
Giant Magneto Resistance with Various Gd­Fe Free Layer
1表にFe組成比を変えた場合のスピン注入磁化反転電流
Compositions,
”J. Appl. Phys., Vol.111, pp.07C911.1­07C911.3
*16
密度と素子の熱安定性指標(Δ) を示す。Fe組成比が
80.3%の場合には72.5%の場合より,反転電流密度・熱安
定性指標共に約1桁減少している。これは,Gd­Feの飽
和磁化が増大する(7図)ことで,Gd­Feの反磁界*17
が増大し,保磁力が減少したために熱的に磁化が不安定に
48
本稿はJournal of Applied Physics誌に掲載された以下の論
NHK技研 R&D/No.138/2013.3
(2012)
*16 垂直方向の磁気異方性と熱エネルギーの比。この比が大きいほど磁
化が熱的に安定となる。メモリーに応用する際にはこの値が60以
上必要である。
*17 磁性体の両端に磁極を生じ,その磁極から磁化の向きとは反対向き
に発生する磁界のこと。反磁界は磁性体の磁化に比例する。
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Otani and F. Sato :“ Magneto ­ optical and Spin ­ transfer Switching Properties of Current ­
perpendicular­to­plane Spin Valves with Perpendicular Magnetic Anisotropy,”IEEE Trans. Magn.,
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12)K. Aoshima, N. Funabashi, K. Machida, Y. Miyamoto, N. Kawamura, K. Kuga, N. Shimidzu, F. Sato, T.
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Observed by Magneto ­ optical Kerr Effect Using Visible Light ,” Appl. Phys. Lett. , Vol. 91,
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”12th Joint MMM/Intermag conference, FT­12(2013)
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”映像情報メディア 学 会 技 術 報 告,Vol.36, No.36, AIT2012­110, 3DIT2012­41, pp.5­8
(2012)
15)町田,加藤,金城,青島,久我,菊池,清水:
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”Nature Mater., Vol.5, pp.210­
215(2006)
17)佐藤勝昭:光と磁気,朝倉書店,p.150(2001)
NHK技研 R&D/No.138/2013.3
49
報告
あおしまけんいち
が
きよし
久我
2003年入局。2003年から放送技術研究所に
おいて,垂直磁気記録,スピントロニクスの
研究に従事。現在,放送技術研究所表示・機
能素子研究部専任研究員。博士(工学)
1983年入局。大阪放送局を経て1986年から
放送技術研究所において,垂直磁気記録,ス
ピントロニクスの研究に従事。現在,放送技
術研究所表示・機能素子研究部主任研究員。
淳
まちだけんじ
きくち
ひろし
町田賢司
菊池
宏
1993年入局。広島放送局,企画総務室(技
術)を経て,1995年から放送技術研究所にお
いて,垂直磁気記録,スピントロニクスの研
究に従事。現在,放送技術研究所表示・機能
素子研究部専任研究員。博士(工学)
。
1984年NHK入局。神戸放送局を経て,1987
年から放送技術研究所において,各種の光デ
バイス,ホログラム・メモリー,空間光変調
器などの研究に従事。2008年から2010年ま
で(独)情報通信研究機構に出向。現在,放
送技術研究所表示・機能素子研究部主任研究
員。博士(工学)
。
しみずなおき
清水直樹
1982年入局。同年から放送技術研究所におい
て,光記録材料,ホログラム・メモリー,空
間光変調器などの研究・開発に従事。現在,
放送技術研究所表示・機能素子研究部部長。
博士(工学)
。
50
く
青島賢一
NHK技研 R&D/No.138/2013.3
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