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間隙水の動態から見るコンクリート構造力学と地盤力学

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間隙水の動態から見るコンクリート構造力学と地盤力学
間隙水の動態から見るコンクリート構造力学と地盤力学
Mechanics of structural concrete and soil foundation in view of poro-mechanics
前
川
宏 一(まえかわ こういち)
東京大学社会基盤学専攻 教授
1. は じ め に
2. 疲労損傷解析と固液二相モデル
微細空隙中の水が力学的な挙動に大きな影響を与える
数百万回に及ぶ高サイクル荷重下の RC 部材の疲労損
点で,地盤材料とコンクリートは共通している。セメン
傷過程を数値解析で追跡することが近年,可能となって
ト硬化体中の主たる空隙の寸法は 10-9m~10-6m であるた
きた 3)。橋梁床版には輪荷重が繰り返し走行するため,
め(図-1),水は主に水蒸気の形態で日~月単位で緩慢に
定点繰り返しに比較して寿命が2~3桁低下する。荷重
細孔中を移動し,場所毎に飽和度の異なる凝縮水と平衡
点の移動が床版の各所で主応力軸を回転させ,ひび割れ
状態を維持する。不飽和状態が一般的であり,これが表
に沿った方向にずれが多数回,発生する。そのため,擦
面張力,結晶間の分子間力を変化させ,収縮やクリープ
り磨き効果でひび割れ面が平滑化され,ひいてはひび割
等の時間依存性を左右する。さらに鉄筋や鋼材の腐食,
れ面に沿ったせん断伝達機構が劣化する。これが鉄筋の
アルカリ骨材反応などの反応に関与する。時として骨材
付着劣化と相まって床版の損傷を加速する。
粒子内の脱水が砂利自体の収縮を引き起こし,コンクリ
ート複合体の収縮を支配する。
地盤の場合,主応力軸の回転は粒子の再配列と塑性変
形の進行をもたらす。コンクリートの場合,セメントで
地盤においては,粘土や砂粒子間の間隙水が粒子骨格
骨材が固結されているため,体積の大部分を占める構成
と連動して動き,圧密や液状化などの非線形性をもたら
粒子である骨材(砂利と砂)の再配列は困難である。そ
す。主たる空隙寸法は 10-6m~10-3m にあり,コンクリー
のかわり,ひび割れ面に沿った方向にずれが励起される。
トで問題となる寸法より2~3桁大きい(図-1)。そのため,
これがひび割れ面の平滑化を招き,応力が部材内で再配
間隙水は液状での移動が可能であり,コンクリート中の
分される結果となる。これらの挙動は数値解析でほぼ追
それと比較して桁違いに速い。駆動力は主に骨格粒子の
。なお,荷重点が移動する
跡可能となってきた(図-2)
変形と連動する間隙水圧と,その勾配に求められる。
ことなく,固定点で繰り返しを受ける場合,疲労寿命は
コンクリート構造工学分野では,コンクリート複合材
遥かに長くなる。これは主応力軸があまり回転せず,ひ
料の変形は空隙内の水分を駆動する程には大きくない,
び割れに沿った方向にズレ変形があまり生じないことが
と考えられてきた。しかし,ひび割れ間に捕捉される凝
影響している。同様のことはバラスト軌道や交通を支持
縮水の圧力変動と移動を考慮することで,水の介入によ
する盛土にも共通して言えることと思われる。
る急速な RC 床版の疲労損傷を定量評価できる可能性が
出てきた
1),2)
。この点を事例として,地盤力学とコンク
リート構造工学の類似性について考察を深めてみたい。
図-1 固体中の空隙構造と寸法
図-2 三次元疲労損傷解析と算出されるS-N図3),4)
砥石で刃物を研ぐように,水はひび割れ面の擦り磨き
様にゼロである。すなわち,ひび割れに沿ったせん断伝
効果を加速し,コンクリートの圧縮疲労強度も低下させ
達剛性はskeletonであるコンクリートのみで負担され,地
ることが知られている。そこで,水の影響を材料特性の
盤の有効応力解析と同様に,水はひび割れの開閉にのみ
変化として解析に取り入れ(損傷速度を構成則の中で加
関与する等方圧力を負担する。
速させる),RC 床版の疲労振幅強度を解析したところ,
当然のごとく,部材の疲労性能の低下が算定される。
(2) 水分移動抵抗性の異方性
ひび割れ内の水圧勾配から水の移動速度を関係づけて
しかし,実際の水による床版の寿命短縮が2オーダー
いるが,ひび割れの方向に選択的に移動が可能なため,
であるのに対して,計算された寿命は1オーダー程度の
巨視的な透水性に対して異方性を与えている。さらに,
1),3)
。この場合,数値解析におけるせん断伝
ひび割れの開口に応じて透水係数は桁違いに変化するの
達剛性は実質ゼロにまで到達しており,これ以上の疲労
で,要素内の平均的な透水係数はひび割れ直交方向の変
損傷をせん断剛性(材料特性)の低下に求めることはで
形の非線形な関数としている
きない(マイナスのせん断伝達はあり得ない)
。水が材料
傷のコンクリートの透水試験値を用いて等方性を仮定し
特性を変化させる事実だけでは,定量的な説明がつかな
ている。ここでの対象間隙はキャピラリー空隙である。
減に留まる
5)
。ひび割れ前では,無損
い。この経験は,ひび割れに捕捉される水が構造材料の
(3) 負圧時の凝縮水の非線形性
一部として挙動し,それが輪荷重を支える耐荷機構に変
高速でひび割れが開口する場合には,負圧が発生する。
化(劣化)を及ぼすことを考える発端となった。
この現象は古くから知られており,Goto は負圧によって
高速でひび割れが閉合する場合,水の圧力が上昇する
ひび割れ内へ吸い込まれるインクでコンクリートひび割
ために,閉合しにくくなる。同様の事象が,交番繰り返
れ面を着色し,異形鉄筋周りの付着ひび割れの存在を世
しを受ける鉄筋コンクリートにも存在する。鉄筋が降伏
に知らしめた 6)。圧力低下が顕著になれば水は瞬時に沸
して元の長さより長くなると,つっかえ棒の如く,ひび
騰・蒸発するので,圧力と間隙体積に非線形性を導入し
割れの閉合に抵抗する。その結果,ひび割れに沿ったズ
ている。圧縮圧力については,地盤の有効応力解析同様
レが起きやすくなって靱性低下をもたらす。即ち,前述
に,間隙圧と水分の体積ひずみに比例関係を与えている。
の水とひび割れの相互作用から,これまで不確定であっ
以上の地盤とコンクリートの有効応力解析の違いは,ひ
た機構が解明できる可能性が出てきたのである。そこで,
び割れに起因する異方性のみとも換言できよう(図-4)。
ひび割れ内に捕捉される水とRC構造に,地盤の有効応
力解析の枠組みを適用した(図-3)。
地盤: 等方圧力 ひび割れコンクリート: 圧力異方性
図-3 ひび割れを有するRC構造の有効応力解析と
間隙水の相変化モデル
この解析は Biot の固液二相モデルを基本とするが,以
下の点で若干,地盤の有効応力解析と異なっている。
(1) 有効応力と水圧作用方向の異方性
図-4 ひび割れを含むコンクリートの有効応力解析に
おける異方性表現
ひび割れ発生以後,水圧は主としてひび割れ面に直交
方向に作用する。したがって,全応力はひび割れを含む
3. 水がコンクリートを壊す機構解明に向けて
コンクリート応力と,ひび割れ直交方向の水圧成分の加
算となる5)。ひび割れに沿った方向にも水圧は厳密には
実験による検証を目的として,走行速度を変化させた
作用するが,ひび割れ幅は部材寸法に比較して極めて小
輪荷重走行試験を実施している(図-5)。水をスラブの
さいことから,この成分は無視される。
上面に張ったときの床版疲労寿命(回数)は,気中のそ
なお,間隙水のせん断剛性は地盤の有効応力解析と同
れと比較して低下することが確認されている。間隙水圧
の上昇がひび割れの閉合を阻害し,ひび割れに沿ったせ
ん断変形が増加,損傷の加速がもたらされると予想され
る。ひび割れ間の水分の挙動に関する状況証拠を集め,
さらに定量分析を進めているところである 7)。
Mov
ing
dire
ctio
n
Dimensions:
line
Support
移動速度を変化させた走行荷重載荷装置
1200mm x 2200mm x 140mm
図-5
図-6 は有効応力解析による高サイクル移動荷重に対
する応答変位を表している
1),5)
。乾燥状態の挙動予測で
は,速度効果は表れていない。これに対して,上面に水
が滞留している状態で輪荷重の走行速度を 77km/hr とす
ると,RC 床版の疲労寿命は 1/10 に低減することが解析
で予見された。走行速度を 7km/hr とすると,解析上,疲
労寿命の低下は現れなくなった。ひび割れ内の凝縮水の
圧力(間隙水圧)上昇が小さくなり,ひび割れに沿った方
図-6 高サイクル疲労損傷解析とひび割れ内の過剰水圧
U:上面のみ水張 A:没水中 D:乾燥状態 B:下面のみ湿潤
F:時速77kmの輪荷重走行 S:時速7km
向のせん断振幅が小さく抑えられ,構造応答に有意な差
を与えなかった。
下面のみが水と接触している場合は(図-6 の B ケー
ス)
,疲労寿命に影響は出てこない。曲げひび割れの閉塞
に対する水分の貢献分は小さいことが推定される 2)。
液状化後,更に大変形(せん断)を受けると,砂地盤は
せん断ダイレイタンシーによる体積膨張に転じ,非排水
状態では急速にせん断剛性を回復させる。このサイクリ
ックモビリティーと間隙水圧の観点で,RC 構造と水分
の相互作用を見てみよう。
ひび割れ面に沿ってせん断変形が進行すれば,相対す
るひび割れ面が接触するとともに面が相互に乗り上げて
ひび割れ面が開口する。コンクリート構造力学にも地盤
材料と同様に,せん断ダイレイタンシーが存在する。も
し,ひび割れ面の開口が急速に進行すれば,ひび割れ間
の水の圧力低下が起こる。図-7の通り,ひび割れ内の間
隙圧力は正圧のみならず,負圧も繰り返し発生している
。高速移動載荷ほど圧力変化は大きく,ひび割れの閉合
が妨げられる(要素内主ひずみ大)
。但し,鉄筋コンクリ
図-7 高サイクル疲労損傷解析によるひび割れ内の過剰
水圧とスラブ上面の主ひずみ
ート構造の場合,ひび割れの相対変形は開口モードが支
配的である。計算上,この負圧は絶対ゼロ圧力近傍まで
この現象をモデル化に組み入れるにあたっては,発生
到達していることが分かる。圧力低下が顕著になると,
間隙水圧力と凝縮水の密度の関係に非線形を熱力学の教
瞬時に常温でも相変換(蒸発,泡の発生)が発生する。
えるところにより規定している。したがって,有効応力
解析において,圧力は全ての場所と時間において,絶対
ゼロ圧を下回らない。
間隙水圧は現象に深くかかわっている重要な物理量で
あり,その計測値はモデル化の検証に重要である。過剰
間隙水圧の計測は現象の理解に大いに役立つ。水中に置
かれた(あるいは水を上面に張る)RC構造中のひび割
れ内の水圧変動も,前述の解析の妥当性検証に必要であ
る。ひび割れ内の凝縮水の圧力変動計測8)を試みている
が,苦戦中である。ひび割れ発生位置・方向は確率的に
は予想可能であるが,ミリ単位でのピンポイント予測は
できない。予め施工段階で圧力センサーを埋め込んでも
,ひび割れがセンサーに近接する保証はなく,近くにひ
図-8 水中で高速で開閉するひび割れと輩出されるコロ
イド状微粒子9)
び割れが発生しても,ひび割れが圧力センサーを局部的
に損壊することもある。コンクリートは圧力センサーに
対して強固なためである。
参 考 文 献
1)
れる水分の動的挙動とコンクリート構造の累積損傷(
解析によれば,ひび割れ内の水圧が低下し,水の蒸発
基調講演)
,耐久性力学シンポジウム,日本コンクリー
-凝集がひび割れに挟まれる狭い空間で発生しているこ
とが予想されている。これを目視では確認できない。水
圧低下による蒸発が起こると泡が発生し,圧力の回復で
ト工学会,2012.
2)
ート構造の表面でキャビテーションが発生すると,セメ
藤山知加子・千々和伸浩・川中 勲・前川宏一:移動荷
重と水分の影響を同時に受けるRC部材の疲労破壊特性
泡が消滅する。これが繰り返されると局所的に固体が損
傷する(キャビテーション)
。流水を支える水利コンクリ
前川宏一・藤山知加子・石田哲也:ひび割れ間に捕捉さ
コンクリート工学年次論文報告集, pp.883~888, 2008.6.
3)
Maekawa, K., Gebreyouhannes, E., Mishima, T. and An, X.:
Three-dimensional fatigue simulation of RC slabs under
ントペーストがはぎ取られて表面が摩耗することが古く
から知られている。キャビテーションが発生する際,高
traveling wheel-type loads, Journal of Advanced Concrete
周波の音波が伝搬してくる。現在,この音波探査からひ
Technology, 4(3), pp.445~457, 2006.
び割れ内での負圧と相変化の痕跡を探っている8)。雑音
4)
by wheel running machine and influence of water on fatigue,
の中からキャビテーションに相当する周波数成分を抽出
Proceedings of JCI, 9(2), pp.627~632, 1987.
することを試みているが,これも苦戦中である。
ひび割れ内で液状水の相変化が繰り返し発生している
Matsui, S.: Fatigue strength of RC-slabs of highway bridge
5)
Maekawa, K. and Fujiyama, C.: Rate-dependent model of
structural concrete incorporating kinematics of ambient
とすれば,ひび割れ表面からもコンクリートの損傷が進
展するかもしれない。実際,水中で緩慢にひび割れが開
water
閉する場合では,清水がひび割れに出たり入ったりする
Computations, 30(6), pp.825~841, 2013.
6)
に留まる2)。
to
high-cycle
loads,
Engineering
Goto, Y.: Cracks formed in concrete around deformed tension
bars, ACI Journal, 68(26), pp.244~251, 1971.
しかし,高速でひび割れが開閉するような場合には,
ひび割れから排出される水にコロイド状の白色紛体が混
subjected
7)
藤山知加子・小林
薫・鈴木雄大・前川宏一:実験及び
じり,数時間経過しても水中を浮遊している(図-8)。水
数値解析による床板疲労寿命に影響を及ぼす諸要因の
を張ったRC床版の輪荷重走行試験では,ひび割れ発生
検討,コンクリート工学年次論文報告集, pp.667~672,
後,急速に疲労寿命は低下するとともに,泥状のスラッ
2012.7.
4)
ジが吹き出す 。同時に砂と砂利を繫ぐセメントペース
8)
Sagan, M., Fujiyama, C. and Maekawa, K.: Investigation into
トが脱落して砂礫状態となる。いわばコンクリートが地
cavitation as a cause of rate-dependent fatigue loss in
盤材料に転換する状況である。水が無ければ,このよう
submerged
concrete
members,
22nd
Australasian
Conference on the Mechanics of Structures and Materials,
な急速な材料劣化と構造疲労寿命の低下は起こらない。
Sydney, New South Wales, December, 2012.
3. まとめ
9)
Sarfaraz, B., Maki, T. and Maekawa, K.: Dynamic response
behavior of reinforced concrete column under water,
地盤の有効応力解析のフレームは,鉄筋コンクリート
構造の水とのかかわりを再考し,材料劣化機構の解明に
強力な武器となることが期待される。この枠組みはアル
カリ骨材反応に伴うシリカゲルの移動や鋼材腐食に伴う
腐食ゲルの移動を伴う損傷と部材応答の解明にも適用可
能と考えている。
Proceedings of the 67th Annual Conference of JSCE,
CS4-069, pp.137~138, 2012.
(原稿受理
2013.X.X)
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