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地方圏での戦略型企業誘致

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地方圏での戦略型企業誘致
みずほインサイト
政 策
2015 年 11 月 27 日
地方圏での戦略型企業誘致
政策調査部主任研究員
地場産業と連携した誘致による自立的発展が有効
03-3591-1336
上村未緒
[email protected]
○ 地方創生の一環として推進される雇用創出の代表的な手法に企業誘致がある。地域経済の持続的な
発展に繋がるような企業誘致には、自治体の主体的・戦略的な取り組みが重要である
○ しかし、これまで行われてきた企業誘致は、地方圏の産業競争力の再生に至らないことも多く、
「戦
略型企業誘致」の実施は自治体にとって容易ではない
○ 過去の経験を踏まえると、自治体には、地域資源の特性の把握、地場産業との連携を生むような誘
致ターゲットの設定、進出企業の競争力強化に向けた継続的なフォローが求められる
1.地方創生の一環として推進される地方圏での企業誘致
地方創生を看板政策の一つに掲げる安倍政権は、「2060年に1億人程度の人口の維持」を目標とする
「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」と、ビジョンの実現に向けた施策を体系的に示した「まち・
ひと・しごと創生総合戦略」を昨年末に公表した。同時に、国は自治体に対し「地方人口ビジョン」
と今後5年間の施策を集めた「地方版総合戦略」の2015年度末までの策定を求めた。この期限について
は、2016年度の予算編成との関連で2015年10月末までが望ましいとされたことから1、10月末時点で38
都道府県および728市区町村で、「地方人口ビジョン」と「地方版総合戦略」の策定作業が終了した。
残る1,022の自治体の大半も年度内に戦略の策定を終える見込みである(図表1)。
図表 1
2014年
11月
2015年
2月
12月
4月
2016年
9月 10月 11月 12月 3月
2017年
3月
成果検証
総合戦略の実施
地方版総合戦略
平
成
二
十
六
年
度
地方人口ビジョン
先行型交付金
(
三百億円)
配分決定
まち・
ひと・しごと
創生総合戦略
まち・ひと・しごと
創生長期ビジョン
まち・
ひと・しごと
創生法、地域再生
法の一部を改正
する法律
地
方
創
生
関
連
地方創生関連スケジュール
(
)
)
1
(
平
平
平
平
成
成
成
成
二
二
二
二
補
十
十
政 十
十
正
七
八
府 八 成 八
予
年 概 年
案 年 立 年
算
度 算 度
度
度
予
予
成
成 予 要 予
定 予 定 予
立
立 算 求 算
算
算
(資料) 「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」(2014 年 12 月 27 日閣議決定)などより、みずほ総合研究所作成
予
算
関
連
これまでに策定された「地方人口ビジョン」と「地方版総合戦略」をみると、総じて、2060年に1
億人程度の人口を維持するという国の方針を踏まえた内容となっている。すなわち、長期的に各自治
体の人口流出に歯止めがかかるという未来像が「地方人口ビジョン」で描かれ、それを実現するため
の施策体系が「地方版総合戦略」で示されている。
人口流出を食い止めるための施策として鍵を握るのは雇用の創出である。雇用創出策には様々なも
のがあるが、本稿では代表的な手法である企業誘致に焦点を当てる。これまでも地域産業振興・地域
活性化の文脈で企業誘致は行われてきたが、残念ながら地域経済の持続的な発展につながるような「成
功」事例は多くない。企業誘致の「成功」のためには、自治体による主体的かつ戦略的な誘致への取
り組みが重要であると指摘されることが多い(ここでは「戦略型企業誘致」と呼ぶことにする)2。本
稿では、これまでに地方圏で実施されてきた企業誘致を振り返り、今後自治体が取り組むべき「戦略
型企業誘致」のあり方について考察する。
2.企業誘致の視点からみた地域産業政策の変遷
まず本節では、これまでの地域産業政策のうち企業誘致に関連する政策の変遷を振り返る3。
日本では戦後から現在に至るまで、地域の産業振興を図るための産業立地政策が講じられてきた(図
表2)。1950年代までの戦後復興期には、海上輸送に関するインフラが整った臨海部への工場集積が強
力に推進され、四大工業地帯(京浜、中京、阪神、北九州)への人口や産業の過度な集中が起こった。
図表 2
地域産業立地政策の変遷
年
主要な法律の制定や計画の策定
1 9 5 9 工業等制限法(2002年廃止)
6 0 太平洋ベルト地帯構想
全国総合開発計画
62
新産業都市建設促進法(2001年廃止)
6 4 工業整備特別地域整備促進法(2001年廃止)
6 9 新全国総合開発計画
7 2 工業再配置促進法(2006年廃止)
7 3 工場立地法
7 7 第三次全国総合開発計画
高度技術工業集積地域開発促進法[テクノポリス法]
83
(1998年に新事業創出促進法に統合)
8 7 第四次全国総合開発計画
地域産業の高度化に寄与する特定事業の集積の促進に関する法律
8 8 [頭脳立地法]
(1998年に新事業創出促進法に統合)
地方拠点都市地域の整備及び産業業務施設の再配置の促進に関する
92
法律[地方拠点法]
特定産業集積の活性化に関する臨時措置法[地域産業集積活性化法]
97
(2007年廃止)
第五次全国総合開発計画
98
新事業創出促進法(2005年に中小企業新事業活動促進法に統合)
2 0 0 1 産業クラスター計画
2 0 0 5 中小企業新事業活動促進法
企業立地の促進等による地域における産業集積の形成及び活性化に
2007
関する法律[企業立地促進法]
( 資 料 ) 松 原 宏 「 特 集 『 産 業 立 地 政 策 の 経 済 地 理 学 』 に よ せ て 」 ( 日 本 地 理 学 会 “E-journal
GEO”2014,Vol.9(2))等より、みずほ総合研究所作成
2
そのため、1960年代からは工場の地方分散が促進されるようになった。1972年には「工業再配置促進
法」が制定され、産業集積の高い地域から低い地域への工場の再配置が図られた。こうした政策によ
って、人口や所得の地域間格差に縮小がみられるようになるなど、一定の成果が上がったとされてい
る。
高度成長が終わり安定成長期に入った1980年代には、地域経済の発展を通じた経済成長の底上げが
重視されるようになり、地方の位置付けを単なる製造拠点から研究所などの知的生産拠点へと転換さ
せることを狙った政策が講じられた。具体的には、ハイテク産業の集積を促す「テクノポリス法」
(1983
年)や、研究所、ソフトウェア開発部門といった「産業の頭脳」となる分野の集積を目指す「頭脳立
地法」
(1988年)が制定されたほか、産業団地等の「ハコモノ」の造成を中心とする政策が実施された。
しかしながら、ハイテク産業の立地は地方の中核都市に集中する傾向がみられ、地理的な広がりを持
ったハイテク産業の地方移転が実現するには至らなかった。
バブルが崩壊した後の1990年代は、産業構造の変化やグローバル化の進展に伴いアジアを中心とす
る海外市場の魅力が相対的に高まったことに加え、企業の都心近接性選好などもあり、地方での工場
立地の割合が低下した(図表3)。そこで、1997年には「地域産業集積活性化法」が制定され、地域の
既存産業の活性化を通じた空洞化の防止が図られるようになった。
さらに、2000年代からは企業誘致促進政策が地域の自立を促すものへと変化していった。2007年に
制定された「企業立地促進法」は、地域による自らの強みや特徴を踏まえた産業集積の形成を支援す
ることを目的としている。こうした政策の変化の背景には、1998年に策定された「第五次全国総合開
発計画」において、国土行政に関する基本姿勢が従前の「機能分散の推進」から「地域の産業再生や
自立の促進」へと大きく転換したことがある。
図表 3
70
工場立地件数の推移
(%)
地方圏
65
60
55
50
45
40
35
大都市圏
30
1975
80
85
90
95
2000
05
10
(年)
(注) 1. 全国の工場立地件数に占める地域ごとの工場立地件数の割合(水力発電所、
地熱発電所を除く電気業を含む)。
2. 大都市圏は、関東地域、東海地域、近畿地域。地方圏は大都市圏以外の地域。
(資料) 経済産業省「工場立地動向調査」より、みずほ総合研究所作成
3
3.これまでの企業誘致の帰結
このように、2000年代以降は地域による主体的な企業誘致の取り組みを国が側面支援する政策がと
られてきた。しかし、今般の地方創生では、まず国が、大都市圏から地方圏への人口の分散を図る観
点から、大都市圏の居住者の地方への移住や、地域の観光産業の振興、企業の本社機能の地方への移
転促進といった基本的な方向性を打ち出し、自治体側ではこうした国の方針に沿った誘致計画を作ろ
うとする流れが形成されている。国に追従する形でのこのような企業誘致は、必ずしも「戦略型企業
誘致」とはならない可能性がある。そこで、
「戦略型企業誘致」のあり方について考えるために、これ
までに実施されてきた企業誘致を、結果的にうまくいったのかどうかという視点からいくつかに類型
化し、それぞれの帰結とその要因について示すこととしたい。
まず、地域の持続的な経済成長につながらず「成功しなかった」企業誘致としては、①企業誘致が
ほとんど進まないパターンと、②企業の誘致には至ったが、その後企業が撤退するパターンの大きく
二つがある。①は、1980年代に盛んに行われたハイテク産業の誘致でみられたもので、例えば自治体
が政府の補助事業に合わせてハコモノを整備したものの、ビルのテナントはまばらで人も集まらない
といったケースが散見された。②は、企業の生産拠点等の誘致には成功したものの、その後の業況悪
化等を受けて当該企業が生産拠点の集約・再配置を行い撤退してしまうパターンである。
こうした結果を招くに至った要因はもちろんケース・バイ・ケースであろうが、例えば①について
は、地域の特性とは無関係に国の方針に沿った誘致がなされたり、企業の望む立地環境が自治体によ
って十分に把握されていなかったりしたためと指摘されることが多い。②については、いったんは誘
致に至っているので、誘致実現に向けた対象企業の絞り込みや企業ニーズの把握調査といった、自治
体による事前の働きかけはそれなりに企業を惹きつけるものであったはずである。しかし、既存の地
場産業と進出企業との連携促進や、進出企業の継続的な成長を促すフォローなど、撤退を予防するよ
うな誘致後の自治体の努力が十分ではなかったと考えられる。
一方で、地道な誘致が奏功して一定の企業集積が形成され、持続的な地域経済の発展につながるな
ど、
「成功した」ケースもある。例えば、東北地方有数の工業集積地である岩手県北上市は、企業誘致
がうまくいった代表的な例として取り上げられることが多い。北上市では、1950年代後半から、土地
の有効活用と市民の働く場の確保のために工業都市化が目指され、市が独自に工業団地の用地買収、
造成、企業誘致を展開した4。その結果、次第に工業団地の整備が進むとともに、企業誘致によって機
械工業を中心とする産業集積が形成されていった。1980年代には、テクノポリス法の活用などにより
高度技術産業の集積が進められた。ある程度産業集積が形成されてからは、既存の集積企業と関連す
る周辺産業の拠点化も図られるようになった。現在、北上市には8つの工業団地が存在するほか、工業
団地で使用・製造される原材料・製品を円滑に流通させるための拠点(北上流通基地)や、企業の研
究開発、営業、本社機能等の立地を目的とした集積地(北上産業業務団地)が造成されるなど、工業
分野の川上から川下までを広くターゲット化した誘致が進められている。
このような北上市における企業誘致の歴史を、既述の「成功しなかった」パターンと対比させてみ
4
ると、同市による誘致が成功した要因として(a)市が自主的に目標を明確化して独自性のある誘致策
を展開したこと、(b)集積が進むにつれて既存の産業集積を質的に発展させる方向に誘致政策を変化
させてきたこと、(c)電子・デバイスや自動車、産業用機械といった機械工業の製造部門を中心とし
つつ、物流部門、研究開発部門といった幅広い機能の集積が意識されたこと、(d)立地企業の技術の
高度化やイノベーション創出の支援等、企業の発展に向けたきめ細かなフォローを継続したことなど
が浮かび上がる。
4.これからの「戦略型企業誘致」のあり方
以上述べてきた企業誘致の代表的パターンを参考に、今後の「戦略型企業誘致」のあり方を考える
と、大事なポイントを3点ほど指摘できる。第一に、自治体は誘致計画を立てるにあたり、地域の既存
の産業集積や労働力といった「地域資源」の特性をしっかりと把握する必要がある。第二に、誘致し
た企業による地域経済への貢献を期待するならば、既存の地域資源を有効活用するという観点から、
地場産業との連携を生むような産業分野や機能を誘致ターゲットとして設定することが大切である。
そして第三に、誘致した後も自治体は進出企業に対するきめ細かなフォローを行うなど、その競争力
の継続的な向上を支援することが重要である。
第二の点については、単に誘致する産業分野を「絞り込む」だけではなく、当該産業と有機的な関
連をもつと考えられる業種や機能にも誘致対象を広げていく発想が重要である。国家戦略特区5に指定
された兵庫県養父市は、こうした視点に立った「戦略的企業誘致」に取り組んでいる好事例と言える。
同市は中山間地に位置し農業を基幹産業としているが、少子高齢化によって担い手の減少に直面して
いる。そこで、同市では、農作物の生産のみならず農業の周辺産業として加工、販売事業を行う地域
外の企業も積極的に誘致するなど、いわゆる「農業の6次産業化」による地域経済の発展を目指してい
る。
以上、自治体が「戦略型企業誘致」を実施する際の具体的なポイントについてみてきた。最後に、
企業誘致においては自治体が戦略性を持って取り組むことが「成功」の大前提であるものの、実際に
は自治体による独力での対応が難しい面もあるため、国による適切な支援も重要であることを指摘し
ておきたい。
「戦略型企業誘致」には、自治体による地域経済・産業に関する正確な現状分析や長期的
な将来展望が欠かせない。しかし実際には、現状分析にはそれなりの手間がかかるうえに、一般的に
長期的な視点で先々のリスクを見据えた行動をとることは難しいため、どうしても短期的な効果が見
込まれる政策(例えば国による補助金や交付金が充てられる事業や、一時的に雇用が増えるといった
直接的な効果が出やすい事業)が優先されやすいと考えられる。
「戦略型企業誘致」の実行を定着させ
るためには、自治体が陥りがちなこうした行動を適正化するような国による側面支援が必要とされる
のである。その一つの試みとして国は、各自治体が現状分析を深められるように、比較的簡単な操作
で人口や産業に関連したデータを分析できるツールとして「地域経済分析システム(RESAS)
」の提供
を始めており、自治体における積極的な活用が期待されているところである。
地方創生の一環として進められようとしている今日の企業誘致においては、あくまでも自治体の主
5
体的な取り組みを基本としつつ、国が必要な支援を講じることによって、それぞれの地域にふさわし
い「戦略型企業誘致」の実行が進み、地域の「自立」につながっていくことが望まれる。
2016 年度から地方創生のための「新型交付金」が新設されることが決まっている。この交付金の具体的な内容や規模等につい
ては、各自治体が策定した「地方人口ビジョン」や「地方版総合戦略」の内容も参考にしつつ、2016 年度予算編成のタイミング
に合わせて 2015 年末までに制度設計される見込みとなっている。
2 例えば、労働政策研究・研修機構「地域雇用創出の新潮流」
(2007 年 4 月)などを参照。
3 廣瀬信己「企業立地と地域経済の活性化」
(国立国会図書館調査及び立法考査局『レファレンス』2008 年 8 月号)、三橋浩志「地
域産業政策における『地域』概念の変化-クラスター政策を中心に-」
(高崎経済大学地域政策学会『地域政策研究』第 9 巻、2007
年 2 月)を参考にした。
4 北上市「北上市工業振興計画」
(2011 年 3 月)、北上市工業団地ホームページを参考にした。
5 国家戦略特区とは、大胆な規制・制度改革による日本経済の再興を目的に 2012 年末に創設された特区制度である。地域を区切
って規制改革や税制優遇、金融支援が行われる。養父市は中山間地の農業改革特区として 2014 年に指定された。
1
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
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