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ドイツ経済の回復は本物か
JRI news release マクロ経済レポートNo.2006-03 ドイツ経済の回復は本物か ~進展する構造調整と今後の課題~ 2006年6月23日 株式会社 日本総合研究所 調査部 マクロ経済研究センター http://www.jri.co.jp/ 【レポートの要旨】 1、ドイツ経済は、2006年1~3月期実質GDP成長率が前年比+1.4%となるなど、緩やかな景気回 復傾向が持続。今回の景気回復局面で特徴的なのは企業部門が久方ぶりの活況を呈している 点。一方で、家計部門は低迷が続いている。 2、ドイツ経済が長年低迷してきた原因は、同国が歴史的に社会福祉を重視し、「手厚い社会福祉 国家体制」を築いてきたことにある。家計に手厚い各種制度が、グローバル化・少子高齢化・IT 化といった環境変化への適応を妨げ、90年代以降に「高コスト体質」という構造問題が顕在化す ることとなった。1999年に実施された「欧州通貨統合」が、こうした高コスト体質を背景とした経済 低迷を一段と深刻化させた。「東西ドイツ統合」もドイツ経済の低迷の一因として考えられる。 3、もっとも、こうした諸問題に、近年変化の兆し。「高コスト体質」については労働市場改革、税制 改革、社会保障改革を含む包括的構造改革法案「アジェンダ2010」に基づく各種法案の施行を 契機に、是正に向けた取り組みが進みつつある。また、東西ドイツ融合問題も、近年、解消に向 かう兆候が見られる。 4、以上のように、長年にわたる低迷の原因となってきた諸問題は徐々に解決に向かっており、ドイ ツ経済もようやく長期低迷を脱する局面に入りつつあると判断できる。もっとも、依然途半ばであ ることも事実であり、家計部門が復調し、ドイツ経済が完全に再生するまでには、なお時間を要 すると考えられる。 5、加えて、欧州通貨統合が経済成長の新たな重石となる懸念も。金融政策及び財政政策の自由 度が低下したために、必要なときに機動的な景気政策が打ち出せず、景気の不安定化を招いて しまいかねないという点が懸念されている。 6、ドイツ経済が文字通りの復活を遂げるためには、「手厚い社会福祉国家体制」を改革する流れを 一段と加速させるとともに、自国の強みに磨きをかけることで、単一ユーロ市場の実現が「比較 優位の原理」に基づいてドイツ経済の発展に資するような体質強化を行っていくことが必要。 (会社概要) 株式会社 日本総合研究所は、三井住友フィナンシャルグループのグループIT会社であり、 情報システム・コンサルティング・シンクタンクの3機能により顧客価値創造を目指す「知 識エンジニアリング企業」です。システムの企画・構築、アウトソーシングサービスの提供 に加え、内外経済の調査分析・政策提言等の発信、経営戦略・行政改革等のコンサルティン グ活動、新たな事業の創出を行うインキュベーション活動など、多岐にわたる企業活動を展 開しております。 (ご案内) 当社は、主として三井住友フィナンシャルグループ関連企業以外のお客さまに向けたIT ソリューション提供力の一層の強化を図るため、「お客さま向けIT事業」に特化する100% 子会社 「株式会社日本総研ソリューションズ」を、会社分割により7月3日に設立いたしま す。 詳しくは、3月9日付ニュースリリースをご覧下さい。 http://www.jri.co.jp/press/press_html/2005/060309.html 名 称:株式会社 日本総合研究所(http//www.jri.co.jp) 創 立:1969年2月20日 資本金:100億円 従業員:2,871名(平成18年3月末現在) 社 長:木本 泰行 理事長:門脇 英晴 東京本社 東京都千代 番 番 (代) ◇ 本レポートに関する照会は、調査部・野村(拓)までお願い致します。 TEL: 03-3288-4665 Mail: [email protected] 企業部門を牽引役に、ドイツ経済は順調に回復 (1)ドイツ経済の現状 ドイツ経済は、2006年1~3月期実質GDP成長率が前年比+1.4%となるなど(図表1)、緩やか な景気回復傾向が持続。 今回のドイツの景気回復で特徴的なのは、企業部門が久方ぶりの活況を呈していること。IFO景 況感指数が1991年以来の高水準に達していること(図表2)に加え、企業利益も順調に拡大してい る。 一方、家計部門は賃金や雇用者数の減少に歯止めがかかりつつあるものの、その伸びには力強さ が感じられず、低迷が続いている状況(図表3)。近年、ドイツの対外直接投資が急増しているこ とが示唆するように(図表4)、企業が安価な労働力を求めEU新規加盟国やその他の欧州諸国への 生産シフトを進めたため、現在のドイツ経済は企業部門の堅調さが家計に波及しにくい体質になっ ている。 今後の焦点は、企業部門の好調さが家計部門に波及し、ドイツ経済の回復力が強まっていくかど うか。以下では、長年ドイツが経済成長の力強さ・持続性を欠いた根本原因を探るとともに、今後 のドイツ経済が十数年来の回復局面を迎えるかどうかについて検証。 (%) (%) 12 (図表1)ドイツ実質GDPの推移(前年比寄与度) 6 (図表2)企業景況感と企業利益の推移 (2000年 = 100) 110 営業余剰・混合所得(前年比、左) IFO景況感指数(右) 5 4 9 105 6 100 3 95 0 90 3 2 1 0 ▲1 ▲2 ▲3 ▲4 99 00 01 在庫投資 総固定資本形成 個人消費 02 03 04 純輸出 政府消費 実質GDP 05 06 (年/期) 99 00 01 (資料)IFO、Eurostat (資料)Statistisches Bundesamt (%) (10億ユーロ) (図表3)雇用者数と賃金の推移(前年比) 2 4 雇用者数 賃金 3 85 ▲3 02 03 04 05 06 (年/期) (図表4)ドイツの直接投資収支の推移 (4期平均) ドイツに 流入 1 2 0 1 ▲1 0 ▲2 ▲1 ▲3 ▲2 ▲4 ドイツから 流出 対EU新規加盟国 対EU15以外欧州(含むEU新規加盟国) 95 96 97 98 99 00 (資料)Deutsche Bundesbank 01 02 03 04 05 06 (年/期) - 1 - 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 (資料)Deutsche Bundesbank (年/期) ドイツの経済成長力を削いできた要因 (2)90年代以降のドイツ経済低迷の要因 1992年から2005年におけるドイツの平均実質GDP成長率は+1.4%と、米国(+3.3%)、英国 (+2.7%)、フランス(+1.8%)と比べて低い伸び。 このようにドイツ経済が長年低迷してきた原因は、同国の基本法(1949年制定)に「ドイツ連邦 共和国は、民主的かつ社会的連邦国家である」とあるように、歴史的に社会福祉を重視する「手厚 い社会福祉国家体制」を築いてきたことに求められる。家計に過度に手厚い各種制度が、グローバ ル化・少子高齢化・IT化といった環境変化への適応を妨げ、90年代以降に「高コスト体質」という 構造問題が顕在化することとなった。 とりわけ、「労働市場の硬直性」は、負担の重い社会保険料(図表5)をはじめ、国際的にみて も高い労働コストが企業の雇用意欲を削ぐ一方、充実した失業保険制度(図表6)が失業者の就業 意欲を減退させることで、経済活力を削ぐ要因に。 さらに、1999年に実施された「欧州通貨統合」が、こうした高コスト体質を背景とした経済低迷 を一段と深刻化させることに。ドイツマルクが他通貨対比割高なレートで統合された(図表7)こ とで、ドイツ企業は域内競争力を喪失し、コスト高の自国労働力を一段と敬遠したため、海外生産 シフトの動きに拍車がかかったため。 加えて、「東西ドイツ統合」もドイツ経済の低迷の一因に。統合時の東西通貨の交換レートは、 政治的背景から実態にそぐわない「1対1」となったため、旧東ドイツ地域の労働コストは生産性 に見合わない割高な水準となり、同地域の産業は急速に空洞化。こうした事態に対し、旧西ドイツ 地域は、経済均一化のために旧東ドイツ地域への多額の財政援助を強いられており、これがドイツ 全体の成長力を削いできたものと考えられる。なお、この財政援助額は足許で150億ユーロ超、旧 東ドイツ(含むベルリン)名目GDPの約5%となり(図表8)、緩やかに減少してきてはいるもの の、依然その規模は大きい。 (%) (図表5)90年代後半の社会保険料負担率 の国際比較 45 40 労働者負担 35 20.95 事業主負担 30 25 20 10.89 15 10.00 7.65 21.25 10 11.27 5 10.00 7.65 0 米国(99) 英国(97.4) 日本(99.4) ドイツ(98) (資料)平成11年厚生労働白書 (注)国名横の()内は調査年月 (図表6)失業保険制度の国際比較(2003年以前) 国 給付要件 受給資格・欠格条項・など アメリカ については各州が決定 過去2年間に1年以上被保 イギリス 険者であった者など 離職前に12ヵ月以上被保 ドイツ 険者であった者など(季節 労働は6ヵ月) 離職前に6ヵ月以上被保険 日本 者であった者など (図表7)ドイツマルクの各国通貨に対する割高度 (内外価格差、1998年) 1.5 全通貨平均 1.3 1.2 1.1 95 1.0 フランス フラン フィンランド オーストリア オランダ マルカ シリング ギルダー ベルギー アイルランド フラン ポンド イタリア リラ スペイン ペセタ 前職の50~80% 90日~330日 ギリシャ ドラクマ (図表8)旧東ドイツ地域(含むベルリン) への財政援助額 20 18 16 14 12 10 8 6 4 2 0 1.6 1.4 前職賃金の67%(扶養 180日~960日 者がいなければ60%) (資料)日本労働研究機構 「データブック国際労働比較 2003」 厚生労働省 「世界の厚生労働 2003」 (10億ユーロ) (倍) 1.7 給付額 給付期間 給付内容は前職賃金 最大196日の州が多 の50~70% 数 25歳以上の通常労働 最大182日 者で54.65ポンド ポルトガル エスクード (資料)World Bank、Bloomberg (注)割高度 = 各通貨ユーロ固定レート(対マルク)/1998年時点の各 通貨PPP(対マルク) - 2 - 96 97 98 99 00 01 02 03 連帯付加税分(左) 財政調整分(左) 財政援助額の対前年名目GDP比(右) (資料)Bundesministerium der Finanzen (%) 8.0 7.5 7.0 6.5 6.0 5.5 5.0 4.5 4.0 3.5 3.0 04 (年) 構造問題解消に向けた動き (3)ドイツ長期低迷要因の現時点での評価 もっとも、こうした諸問題にも、近年変化の兆し。 まず、「高コスト体質」については、労働市場改革、税制改革、社会保障改革を含む包括的構造 改革法案「アジェンダ2010」(図表9)に基づく各種法案の施行を契機に、是正に向けた取り組み が進みつつある状況。なかでも「労働市場の硬直性」の打開に向け、雇用意欲を促進させるために 解雇保護法改正やミニジョブ(低賃金労働)の制定を、就業意欲を促進させるために失業保険制度 改正を実施。その他の税制及び社会保障改革も、ドイツの「手厚い社会福祉国家体制」にメスを入 れるもの。 このように構造改革が徐々に進展してきたことは、経済専門家に対するアンケート調査からも窺 える。すなわち、IFOの調べによれば、「国際競争力の欠如」問題に対する重要度を重く位置づけ る人の割合が総じて低下(図表10)。また、足許で求人者数が急増しており、労働市場の硬直性の 是正が進み始めたことを示唆。 また、東西ドイツ融合問題も、近年、解消に向かう兆候。労働市場の改革を受け国内労働コスト が抑制される一方、中東欧の工業化を受け同地域の労働コストが急上昇しており(図表11)、旧東 ドイツ地域はコスト競争力の面で相対的に不利な立場から脱却に向かいつつある。加えて、長らく 旧東ドイツの成長の足枷となってきた建設業に復調の兆候(図表12)。これは、同地域に企業が進 出し始めたことにより、工場等の建設需要が高まってきたことが背景と考えられる。 (図表9)アジェンダ2010の内容 4.5 (図表10)ドイツ企業の競争力関連指標 (千人) 求人者数(右) 600 「国際競争力欠如」問題に対する重要度(左) 550 4.0 500 <目的> ドイツ経済の長期低迷要因を排除するために、維持不可能と なりつつある「社会国家」体制を改革をする。 3.5 450 3.0 400 <主な改革> ①労働市場改革 雇用柔軟性確保・就業意欲向上・開業促進 ②税制改革 財源確保・負担軽減 ③社会保障改革 制度維持 2.5 350 2.0 300 (%ポイント) 5.0 <概要> 2003年3月14日、連邦議会でシュレーダー首相が提唱した構 造改革法案。6月1日のSPD党大会で承認され、各改革項目 ごとに順次実行されている。 1.5 99 01 02 03 04 05 250 06 (年/期) (資料)IFO、Deutsche Bundesbank (注)「国際競争力欠如」問題に対する重要度 : 重要=9、やや重要=5、 重要でない=1、として平均をとったもの (資料)日本総合研究所作成 (1995年 = 100) 00 (%) (図表11)ULC(単位労働コスト)の推移 180 (図表12)旧東ドイツ建設業の状況 (2000年 = 100) 40 140 30 130 20 120 10 110 130 0 100 120 ▲ 10 90 ▲ 20 80 旧東ドイツ(除くベルリン) ハンガリー スロバキア チェコ 170 160 150 140 110 100 ▲ 30 90 95 96 97 98 99 00 01 02 (資料)Federal Statistical Office and the statistical Offices of the Länder、EUROSTAT、OECD 03 04 (年) 70 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 建設受注(6ヵ月平均、前年比、左) (年/月) IFO建設業景況感(右) (資料)Deutsche Bundesbank、IFO - 3 - ドイツ経済の体質強化が今後の新たな課題に (4)ドイツ経済の今後 以上のように、長年にわたる低迷の原因となってきた「手厚い社会福祉国家体制」を背景とした 「高コスト体質」及び「東西ドイツ融合問題」は徐々に解決に向かっており、ドイツ経済もようや く長期低迷を脱する局面に入りつつあると判断できる。もっとも、構造問題の解決は依然途半ばで あり、企業部門の堅調さが波及することで家計部門が復調し、ドイツ経済が完全に再生するまでに は、なお時間を要すると考えられる。 加えて、欧州通貨統合が経済成長力の新たな重石となる懸念。金融政策及び財政政策の自由度が 低下したために、必要なときに機動的な景気政策が打ち出せず、景気の不安定化を招いてしまいか ねない。 欧州通貨統合から既に6年以上経過しているが、ユーロ圏先進国の間でも景気の跛行色は強く (図表13)、2003年半ばから2005年半ばにかけてECBが2%で政策金利を据え置いたものの、その 金利水準は低迷していたドイツにとっては依然高い水準だった可能性。ちなみに、テイラー・ルー ルから求めた政策金利水準(図表14)は、この期間には実際の水準を下回る。 また、安定成長協定(財政赤字を名目GDP比▲3%以内に抑える)もドイツ経済の回復にとって 大きな障害になる可能性が高い。2002年以降この協定を破り続けている(図表15)ドイツは、2007 年初頭の増税(付加価値税を現状の16%から19%に増税)により、安定成長協定の要件を満たそう としている。しかし、この増税は、個人消費を約1.4%程度押し下げると試算され、2007年の個人 消費伸び率は前年比▲0.8%とマイナスの伸びに落ち込む見通し(図表16)。 ドイツ経済が文字通りの復活を遂げるためには、「手厚い社会福祉国家体制」を改革する流れを 一段と加速させるとともに、自国の強みに磨きをかけることで、単一ユーロ市場の実現が「比較優 位の原理」に基づいてドイツ経済の発展に資するような体質強化を行っていくことが必要。 (%) (図表13)ユーロ圏先進国の実質GDP(前年比) (図表14)テイラー・ルールから見た政策金利水準 (%) 6 ユーロ圏政策金利 テイラー・ルールに基づく金利水準 5.0 5 4 4.0 3 3.0 2 2.0 1 1.0 0 99 00 01 02 03 04 05 <テイラー・ルール> 政策金利=均衡実質金利+目標インフレ率 +α×(インフレ率-目標インフレ率) +β×需給ギャップ ◎前提 ・均衡実質金利:=潜在成長率 ・潜在成長率:需給ギャップから計算 ・目標インフレ率:+2%で固定 ・インフレ率:CPIを使用 ・需給ギャップ:=IMFによる推計値(年次データを四半期分割) ◎推計結果(1992年~2005年のデータを使用) α=0.68、β=0.65 ▲1 ▲2 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 ドイツ フランス イタリア (年) スペイン オランダ (資料)EUROSTAT 06 (年/期) (資料)IMF、Statistisches Bundesamt、Bloomberg (%) (図表15)ドイツ財政赤字(対GDP比) 2 (%) 財政赤字(対GDP比) ▲3%ライン 1 付加価値税16%の場合 付加価値税19%(増税)の場合 2.5 0 2.0 ▲1 1.5 1.0 ▲2 0.5 ▲3 0.0 ▲4 ▲ 0.5 予測 ▲5 97 98 99 00 01 (資料)European Commission (注)2006年春時点での予測 (図表16)増税による個人消費(前年比)への影響 3.0 02 03 04 05 06 ▲ 1.0 07 (年) 99 00 01 02 <前提> 当社予測:06年:+0.9%、07年:+0.6% (資料)Deutsche Bundesbank - 4 - 03 04 05 06 07 (年)