...

前半 - 東京大学大学院経済学研究科・経済学部

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

前半 - 東京大学大学院経済学研究科・経済学部
Graduate school of Economics,
Faculty of Economics
The University of Tokyo
東 京 大 学 大 学 院 経 済 学 研 究 科 ・ 経 済 学 部
地 方 公 共 団 体 金 融 機 構 寄 付 講 座 ニ ュ ー ズ レ タ ー
第 21 号
日 時
2013年9月17日(火)
14:30∼18:30
第 2 回シンポジウム
「地方債市場の展望」
場 所
東京大学本郷キャンパス
伊藤国際学術研究センター 伊藤謝恩ホール
内 容
● 司 会
林 正義 (東京大学大学院経済学研究科准教授)
● 開会挨拶
国友 直人(東京大学大学院経済学研究科長)
● 報告「地方債の新たな取り組み」
三富 吉浩(川崎市財政局財政部担当部長)
八重樫 義正(北上市農林部農林企画課課長補佐)
豊永 太郎(神戸市行財政局財政部財務課資金・制度担当課長)
江夏 あかね(野村資本市場研究所研究部主任研究員)
● 基調講演「日本経済の展望」
伊藤 元重(東京大学大学院経済学研究科教授)
● パネルディスカッション
大木 節裕(横浜市財政局財政部長)
椎川 忍(総務省地域力創造アドバイザー・前総務省自治財政局長)
末澤 豪謙(SMBC日興証券金融経済調査部金融財政アナリスト)
林 宏明(フコクしんらい生命保険取締役財務部長)
持田 信樹(東京大学大学院経済学研究科教授)
渡邉 雄司(地方公共団体金融機構理事長)
【進行】小西 砂千夫
(関西学院大学大学院経済学研究科教授)
● 閉会挨拶
持田 信樹(東京大学大学院経済学研究科教授)
2013年 9 月17日、伊藤謝恩ホールにおいて、地方公共団
体金融機構寄付講座第 2 回シンポジウム「地方債市場の展
望」が、約300名の参加者を集めて開催されました。本寄付
講座は平成22年度に開設されましたが、平成25年度10月か
らは期間を延長して、引き続き地方公共団体の資金調達の
あり方など地方金融に関する総合的な研究を推進し、フォー
ラムを継続的に開催します。今回のシンポジウムは、これ
まで 3 年間の寄付講座の活動の記念として開催されました。
川崎市財政局財政部担当部長の三富吉浩氏と北上市農林部
農林企画課課長補佐の八重樫義正氏、神戸市行財政局財政
部財務課資金・制度担当課長の豊永太郎氏、野村資本市場
研究所研究部主任研究員の江夏あかね氏の 4 名より、地方
債の新たな取り組みについて、それぞれご報告をいただき
ました。伊藤元重・東京大学大学院経済学教授による基調
講演では、マクロ経済運営の観点からみた日本経済の現状
と課題について述べられました。パネルディスカッション
では 6 名のパネリストから、地方債を取り巻く近年の制度
改革や、市場化の動きをふまえた地方債市場の展望ととも
に、将来の地方債市場の発展のための積極的な提言がなさ
れました。
(当日の報告資料は寄付講座のホームページでご覧頂けます。
URL:http://www.e.u-tokyo.ac.jp/kifu/jfm.html )
主催/東京大学大学院経済学研究科寄付講座、
地方公共団体金融機構 後援/一般財団法人地方債協会 January.2014 No.21
1
開会挨拶
東京大学大学院経済学研究科長
国友 直人
大きな地方債市場がありますので、その市場を
通じて流れる民間の活力が非常に大きいと思わ
れます。今後の地方債の可能性を考えますと、
今後ますます各地域経済における役割は大きく
なっていくだろうと考えております。
おそらく私が学生だったときの平均的な学生
の認識と、今後の学生の認識は徐々に変わって
いかなければいけないのではないかと考えます。
そして、地方債をめぐる様々な議論を通じて、
今後の学生にとっても非常に有益なことを、講
義を通じて教えていただくのはありがたいと感
謝しております。この意味で、この寄付講座は
我々教員にとって重要な価値があります。
また、東京大学経済学部の学生にとどまらず
日本経済の今後を考えますと、地方財政および、
その基盤となるべき金融的な仕組みを考えてい
東京大学経済学研究科長を務めています国友
くということは非常に重要だと認識しています。
直人です。どうぞよろしくお願いいたします。
こうした意味で、今回のカンファレンスを通じ
開会に先立ちまして、一言ご挨拶をさせていた
て、現場での話題と金融市場での話題が結び付
だきます。
き、いろいろな論点が整理されて今後の役に立
東京大学経済学部では、地方財政については
てば非常に意義ある試みになるのではないかと
歴史的にはだいぶ前から講義を行ってきていま
希望します。
す。ただ私が学生だった頃を振り返ってみます
今日は半日のシンポジウムでございますが、
と、財政学という国全体の問題に対しますと、
毎月定期的にも研究会を開催していますので中
学生レベルでは関心は十分に高くなかった記憶
長期的な成果につながっていくのではないかと
があり、私もそうだったように思います。幸い、
期待しています。私は東京大学経済学研究科お
地方公共団体金融機構の寄付講座が開設されま
よび経済学部の一員としまして、できるだけ協
してからは、学生の中にも今までとは少し違っ
力していきたいと考えております。
た流れができつつあると見ています。
今日はこれから半日、有意義なご議論をお願
私のことで恐縮ですが、ここ 2 年ほど、東日
いする次第です。日頃金融市場では、各証券会
本大震災に関連して東北地方の県庁の方や市・
社、各銀行では、自分が属する銀行、あるいは
町・村の方々とお話しする機会がございました。
自分が属する業界のことが気になると思います。
東北地方の諸地域は特に今なおかなり厳しい、
他方、地方・地域となりますと、自分が住んで
いろいろな解決すべき問題を抱えているわけで
いる町、市、あるいは自分が暮らす地域の経済
す。もちろん国からの財政的支援がございます
問題を解決したいという希望が大きいかと思い
ので、しばらくは国からの直接的財政支援によ
ます。この 2 つの方向はそれぞれに微妙に立場
り、経済を再建し、いろいろな活動をしていく
が異なりますが、何らかの形でお互いに理解を
のだろうと考えています。
深めることで、良い方向を探すということが、
しかしながら、この間の事情やいろいろな
今日のようなシンポジウムを企画・立案し、実
方々とお話をして、今後の問題を考えていきま
行していく一つの意義ではないかと思います。
すと、単に国からのお金を流して経済を元通り
本日のシンポジウムが実りのあることを期待し
にする、ということでは立ち行かないのではな
て、ご挨拶とさせていただきます。どうもあり
いか、とも判断しています。日本にはもちろん
がとうございました。
(拍手)
2
Graduate school of Economics,
Faculty of Economics
The University of Tokyo
第一報告
「資金調達と資金運用の多様化・効率化に向けた取組
−「戦略的資金管理推進検討委員会」の設置−」
川崎市財政局財政部担当部長
三富 吉浩
川崎市の三富でございます。トップバッター
を拝命し、いささか恐縮してございますが、地
方債の新たな取り組み事例といたしまして、戦
略的地方債管理についてご紹介させていただき
ます。
副題にございますとおり、戦略的資金管理推
進検討委員会を今年の 6 月に設置いたしました。
有識者からのご意見をふまえながら、戦略的な
取り組みを進めることとしたものでございまし
て、本日はこの取組内容につきまして、概略を
ご紹介させていただくものです。
は じ め に、 こ の 委 員 会 設 置 の 背 景 と い い ま
しょうか、地方債を取り巻く環境の変化につい
てでございます(報告資料 pp.1-2)。まず 1 点
目として、地方分権の進展、あるいは平成13年
度からの財投改革などによりまして、公的資金
が縮減・重点化されております。とりわけ大都
市においては民間資金が拡大している状況でご
ざいまして、本市では平成12年度に1,250億円、
構成比で77%であった民間資金が、23年度では
1,613億円、構成比で85%と、規模、割合ともに
拡大してきている状況にございます。
2 点目として、近年、地方債に関する制度が
大きく見直されてきておりまして、自己決定、
自己責任にもとづき、市場原理に即して多様か
つ機動的な資金調達が制度面からも可能となっ
てきている状況でございます。例えば18年度で
は、地方債制度が許可制から協議制へと移行し、
また市場公募債の発行条件につきましても、統
一条件決定方式から個別条件決定方式へと移行
しております。直近では、24年度に民間資金債
の発行に際して協議不要とされる届出制が導入
されたことによりまして、より一層、機動的な
資金調達が可能となっております。
3 点目、公共債市場の動向でございますが、
現状は国内銀行等の預貸ギャップなどを背景と
して、地方債は市場で安定して消化されており、
調達に支障が出ることはございませんが、国債、
地方債の発行残高が GDP の 2 倍を超える規模に
達していることをふまえますと、今後、仮に財
政リスクが顕在化すれば、金融市場に大きな影
響が及ぶことになるわけでして、現状のような
安定した環境がいつまでも継続するとは限らな
いということを認識しておかなければならない
と思っています。このため、金融市場の環境が
変化した場合に備え、今の段階から民間資金の
調達先や資金調達手法の多様化をはじめ、さま
ざまな対策を講じておくことが重要であると考
えています。
4 点目ですが、このように地方債の民間資金
が拡大する中、自己決定、自己責任にもとづい
て公共債市場の動向や変化に、適時・的確に対
応しながら、安定かつ効率的に資金調達を行う
取り組みの強化が重要であると思っています。
そのためには、職員が専門的な金融知識を習得
することが何より一層必要となっているとも
思っています。
このように環境が変化する中、川崎市の状況
をまとめたものが、報告資料 3 ページの資金調
達、資金運用が財政運営に与える影響でござい
ま し て、 ま ず、 市 債 残 高 は 平 成23年 度 末 で は
9,700億円であるのに対して、一定の条件の下に
試算した将来推計では、平成30年度に 1 兆1,596
億円まで増加すると推計しております。また、
23年度の利払い額は155億円であり、今後の市債
残高の増嵩に伴い、この利払い額も増加してい
くと考えております。さらに減債基金につきま
しては、平成23年度では1,185億円の残高となっ
て ご ざ い ま す が、30年 度 に は2,318億 円 ま で 増
加すると推計しているところでございます。一
方、減債基金に積み立てた現金を運用すること
によって得られる利子収入額は、23年度におい
て 6 億円となっている状況でございます。
このように、市債および減債基金残高の増嵩
が見込まれる中、自治体ファイナンスの取り組
みの巧拙が、市の財政運営に与える影響はます
January.2014 No.21
3
ます大きくなってきていると考えております。
次に、資金調達・運用に関する取り組み状況
でございますが、各年度の市債運営・資金運用
方針につきましては、本市では財政局長を議長
とします市債管理運営会議、それから資金管理
会議において決定・実施しているところでござ
います。
また、平成18年度に市場関係者などを構成員
とした起債運営アドバイザリー・コミッティを
設置しておりまして、特に高度な金融知識を要
するような新たな取り組み課題につきましては、
その下に専門部会を設置し、継続的に研究をし
てきたところでございます。この市場関係者を
中心に進めてきたコミッティにおける実務研究
のうち、新たに取り組むべき項目について、将
来にわたる適切な財政運営の確保の観点から戦
略的に推進するため、今般、有識者から成る戦
略的資金管理推進検討委員会を設置したもので
ございます。
この委員会で検討を要する項目として 4 つ掲
げてございます(報告資料 p.4)
。まず 1 点目は、
銀行等引受債の活用でございまして、市場公募
債と異なり銀行等引受債では、ローンでの借り
入れによる自由度の高い商品設計が可能となっ
ております。このため、総利払いコストの抑制、
減債基金の運用難への対応が可能な定時償還債
のほか、変動金利債など市場公募債では未だ商
品化されていない発行形態による地方債の発行
を試みることが可能でありますことから、資金
調達基盤の安定化に資するものと考えてござい
ます。
2 点目として、変動金利債の活用でございま
す。変動金利債につきましては、金利の変動局
面におきまして、我々発行体と投資家のニーズ
が基本的に合致しないということに留意する必
要がございます。現在のように歴史的な超低金
利状況にあり、今後の金利上昇局面が見込める
ような中では、受取利金が増加する投資家に需
要が発生するものであり、他方、発行体として
は現在の超低金利のメリットを享受するため、
より長い年限で金利を固定化することを選択す
ることになろうかと思います。一方、金利下降
局面では、利払い費用が減少傾向となるため、
発行体に需要が発生することになります。この
ため、金利の将来見通しなどを可能な限り検証
し、将来の金利下降局面に備えて需給環境や金
利変動に適時・的確に対応できるよう、今の段
階から取り組みを検討しておくことが重要かと
4
考えております。
3 点目として、外貨建て地方債の発行でござ
います。これは投資家の多様化、拡大により、
円滑かつ安定的な資金調達のひとつの手段にな
ると考えております。また、市場環境によって
は国内債より有利な発行コストによる調達が可
能となるとも考えています。
4 点目として、資産負債管理( ALM )を踏
まえた基金運用でございます。資産である資金
運用と、負債である資金調達のバランスを総合
的に管理することにより、金融業務を行うにあ
たって発生する各種のリスクを回避することが
可能となり、確実かつより一層有利な資金運用
を推進していくことができるものと考えており
ます。
次に、委員会の目的でございます。これまで
の実務研究は、市場関係者を中心に進めてきた
ものでございまして、このため将来にわたる適
切な財政運営の確保の観点を踏まえ、学識者等
の客観的視点から、これらの項目の実施の方向
性や具体策、運用上の留意点について検討いた
だくことを目的として、委員会を設置したもの
でございます。委員長には東洋大学の稲生教授、
計 6 名の委員となってございます。
次に検討の視点でございますが、検討する上
での基本認識、民間企業とは異なるところ、地
方公共団体がその事務を処理するにあたっての
基本原則といったものや、重要な視点をここで
あらためて整理してございます(報告資料 p.5)
。
民間企業は、基本的には社会貢献もございます
が、利益を追求することを基本原理としてござ
います。一方で、地方公共団体は、公共の福祉
増進が基本原理であり、将来を見据え、安定性
や確実性が求められているといったところを再
確認してございます。
まず 1 点目として、地方自治法と地方財政法
の条文を引用してございますが、ここでは住民
の福祉の増進とともに、最少の経費で最大の効
果をあげるようにしなければならないことなど、
こういった関係法令にあります基本的な考え方
を一番の根本的な視点として、取組を進めるこ
ととしているところでございます。
2 点目、将来にわたる適切な財政運営の確保
のために重要な視点ということで、 3 つ掲げて
ございます。戦略的な資金管理を検討していく
ための視点として、調達の安定性の向上や効率
的な資金調達・資金運用、金融市場動向への的
確な対応、こういったところをメルクマールに
Graduate school of Economics,
Faculty of Economics
The University of Tokyo
して取り組んでまいりたいと考えています。加
えて、今後の金融市場環境が変化した場合にお
いても、安定的に資金調達を行うことが可能と
なるように平時から備えるという視点も重要で
あります。
施策への反映ですが、当委員会からのご意見
を踏まえ、今年度中に戦略プランを策定し、26
年度以降、市場動向を踏まえながら戦略的な取
り組みを推進することにより、将来にわたる健
全な財政運営につなげていきたいと考えていま
す。
それでは、先般、第 2 回目の委員会を開催し
ましたので、そこでの議論の概略をご紹介させ
ていただきます。まずは、銀行等引受債の活用
でございますが、これまで事業進捗に対応した
調整弁という役割から、年度末に銀行等引受債
を発行してきており、その都度、年度ごとの資
金需要や市場の動向などを踏まえまして借入方
法を決めてきたという状況がございます。昨年
度で言いますと、資金調達全体の 1 割を証券発
行による銀行等引受債で資金調達を行っている
状況です。ポイントは、市場公募団体である川
崎市といたしましては、資金調達手法の多様化
の観点から、今後は、銀行等引受債では定時償
還、証書借入を基本とすることです。
論点として大きく 2 つ掲げております。 1 つ
は、資金調達のセーフティネットとしての銀行
等引受債の活用です。先ほど言いましたように、
地方債については現状安定消化されているわけ
ですが、このような環境がいつまでも続くとは
限らないという認識から、市場環境が仮に悪化
した場合に備え、今の段階から一定額を定例的
に引受シンジケート団から借り入れることが、
安定的な資金調達基盤を確立する上では重要で
はないかということでございます。
2 つ目の論点ですが、シ団調達をする上で透
明性を確保した条件決定方法を確立するという
ことでございます。まず証書借入ですが、特徴
としては柔軟な商品設計が可能である点、また
ペイオフ対策にもなる点から、有効であると考
えております。しかし国債を基準金利とするよ
うな債券とは異なり、確立された条件決定方法
がないところに課題があると考えております。
また、定時償還方式につきましても、償還方法
の多様化、減債基金積立金の運用の逆ざやなど
の問題に対応するために定時償還を基本とする
ことは有効であると考えておりますが、こちら
もベンチマークとなる定時償還債がないところ
で、条件決定の方法に課題があると考えており
ます。
このようにセーフティネットとしての銀行等
引受債の位置付けからは、条件決定方法の確立
に課題があるわけですが、関係者と十分な協議
を行い、経済合理性、競争性、透明性、住民へ
の説明責任を考慮した上で、発行者利回りベー
スでの適切な条件決定ルールをつくることが重
要であるとされています。
次に変動金利債の活用に関する議論ですが、
現状では固定金利を基本としておりますが、補
完的に平成22年度に変動金利債を起債した実績
がございます。借り入れの条件は、日本円 3 カ
月 TIBOR に5bs の ス プ レ ッ ド を 加 算 し た も の
になっております。特約のところで、金利見直
し日の期限前弁済であれば、期限前弁済手数料
は発生しないとしておりまして、金利の動向に
よって 3 カ月に 1 回の金利見直しのタイミング
であれば、ペナルティーコストなしに解約でき
るものになっています。今後の変動金利債の活
用についても、こういったものを想定している
ところです。
論点として、まず 1 点目、発行目的の方向性
ですが、変動金利債の場合、金利の変動局面に
おいて、先ほど言いましたとおり、発行体と投
資家のニーズが基本的に合致しない、双方の選
好が相反することに留意して、発行の目的を整
理する必要があります。コストの軽減という観
点から検討した場合、現下の歴史的な超低金利
の水準から、いずれ、金利上昇局面が見込める
中では、変動金利債の活用は難しい状況にあり
ます。金利上昇局面においては、金利負担コス
トが増大するということです。金利の将来見通
しなどを可能な限り検証した上で、将来の金利
下降局面に備えて適時・的確に対応できるよう
にすることが重要とされております。また、安
定調達の実現という視点から考えた場合は、金
利上昇局面が見込める中では利払いコストが増
加することにもなりますので、他の方法による
安定調達の実現を図ることが重要かと考えてい
ます。
2 つ目の論点として、導入時期ですが、こち
らについては今後、アドバイザリー・コミッティ
の報告書にあるシミュレーション結果にもとづ
いて、市場動向を確認しながら本格的な導入時
期を判断していくこととされております。
続いて「外貨建て地方債の発行」に関する議
論でございますが(報告資料 p.8)、論点として
January.2014 No.21
5
まず 1 点目は発行目的です。川崎市が外貨建て
地方債を発行する目的・意義において、コスト
軽減の視点から考えた場合に、国内債のコスト
を下回る、または同程度となる市場環境での発
行ということでございます。
次に、安定調達の実現という視点からは、平
時の環境下では投資家層の拡大につながると考
えられますが、金融市場の環境が変化した場合
においては、調達が困難となる可能性があるこ
とに留意する必要があるというところでござい
ます。
次に、海外での川崎市の知名度向上という視
点から考えた場合です。川崎市の国際施策の推
進に貢献できる市場をターゲットとすることな
どが考えられます。
論点の 2 つ目として、発行市場と通貨は発行
目的に照らして検討する必要があるという論点
をあげてございます。今年の 7 月末現在で試算
した結果ですが、発行形態別コストを比較する
と、100億円のロットで、コストの低い順から国
内市場ドル建て債、ユーロ市場ドル建て債、そ
れから通常の公募債である国内市場円建て債、
さらにユーロ市場円建て債となっており、国内
市場ドル建てとユーロ市場ドル建てであれば、
コストメリットが出るという結果になっていま
す。また、国内市場外貨建て債による発行につ
いては、発行体としても取り組みやすいところ
であります。
その他の論点として 3 つ掲げてございますが、
1 点目は発行規模ということで、共同発行の可
能性も模索する必要があること。 2 点目に発行
年限ということで、現下の市場環境からは 5 年
債が適当であるといったところです。
次に報告資料の 9 ページに、「資産負債管理
( ALM )を踏まえた基金運用」に関する議論を
まとめております。論点としては、歳計現金等
の一時的な資金不足につきましては、現在は内
部資金を活用した繰替運用で対応しているので
すが、有利性の観点から繰替運用ではなくて市
中銀行からの一時借入で対応することを原則と
すること、基金の資金運用は債券を原則とする
こと、運用手法は資産と負債のデュレーション
をマッチングする年限構成とし、満期持ち切り
を前提とするラダー型とすること等々を検討す
るものでございます。
最後にその他の課題として、職員のリテラ
シーの向上の課題と、リスク管理体制の整備に
ついて述べたいと思います。川崎市では、これ
6
までもアドバイザリー・コミッティなどを通じ
て、有識者、市場関係者の皆さまから、直接か
つ継続的にご意見などを聞く機会がございまし
たが、今後もこれらに加え、人事異動サイクル
の長期化ですとか、外部人材の活用といった点
も検討する必要があるとされています。また、
リスク管理体制の整備では、ガバナンスの強化
や総合的、独立的なリスク管理体制の整備が必
要ではないかとされています。
私からの説明は以上でございますが、少し説
明をはしょった部分がございますので、戦略委
員会における資料や議事内容は、本市のウェブ
サイトで公開してございますので、ご確認いた
だければ幸いです。(拍手)
第二報告
「北上市における第三セクター等改革推進債の活用について」
北上市農林部農林企画課課長補佐
八重樫 義正
岩手県北上市からまいりました八重樫と申し
ます。どうぞよろしくお願いいたします。本日
は、当市で平成22年度に活用させていただきま
した、第三セクター等改革推進債の事例につい
てご紹介をさせていただきます。
当時、地方公共団体金融機構様から実務支援
を受けまして、実際の借入事務のご指導やご支
援をいただいたという縁がございまして、今回
のような事例発表をさせていただく機会を与え
ていただきました。たくさんの三セク債の借入
事例があるかと思いますので、決して当市の事
例がそのまま全般にわたるものではないとは思
います。いわゆる三セク債というのは、単純に
お金を借り入れるという部分だけではなくて、
Graduate school of Economics,
Faculty of Economics
The University of Tokyo
そこに至るまでの複数の利害関係者との協議や
やりとりがありまして、なかなか一筋縄では進
まないという事例でございますので、それをご
理解の上、お聞きいただければと思います。
はじめに、北上市の紹介として報告資料の 2
ページ目に写真を載せております。藩政時代に
京都に温泉の番付があったそうですが、東の大
関となった秘湯・夏油温泉という温泉がござい
ます。真ん中の写真は、
「日本さくらの名所100
選」
、「みちのく三大桜名所」である、北上川河
畔にある展勝地公園の桜です。約 2 キロに渡る
桜のトンネルがあり、多数の観光客に来ていた
だいております。それから右の写真が、8月に
行われる「みちのく芸能まつり」で、市に古く
から伝わる民俗芸能、鬼剣舞という芸能の写真
となっております。
北上市の概要ですが、岩手県の大体中ほどに
位置しています。北上川、和賀川が合流する肥
沃な地帯であり、農業が昔から盛んでした。水
田、水稲作が主となっています。また、東北新
幹線、東北本線、北上線、東北縦貫自動車道、
秋田道、等々の交通の要衝になっており、たく
さんの企業から評価をいただいています。
人口は約 9 万3,000人で県内 5 番目、歳出決
算額は平成24年度で345億円、約300億円程度
の自治体です。財政力指数は0.63で、県内では
盛岡に次いで 2 番目ですが人口10万を欠ける
自治体としては、大体全国の平均程度の財政力
指数にあり、これまで取り組んできた工業振興
の成果であったと思っています。
北上市は内陸型工業都市で、平成22年度製造
品出荷額が4,300億円程度となっており、県内
1 位、東北では 7 位の位置付けです。工業団地
も多数整備しており、これまで立地いただいた
企業が208社あります。平成19年に「企業立地
に頑張る市町村20選」の 1 つにも選ばれており
ます。
北上市はこれまで企業誘致を柱としてまちづ
くりを進めてまいりました。この程度の人口の
規模では珍しい、企業立地課という部署があ
り、今は 7 人体制で誘致活動を続けて、市民の
雇用の場の確保、税収の向上、それから市民所
得の向上の実現のために頑張っているところで
す。
一方で、全国の事例に漏れず、当市も土地開
発公社に多額の負債を抱えておりました。昭和
48年に設立した北上地区広域土地開発公社は、
主に北上市からの依頼を受けて、工業団地を取
得し造成してきました。企業からの申し出を受
けて販売するものですが、公社は北上市からの
依頼を受けて事業実施するということになりま
す。解散時の未分譲面積が約60ヘクタール、長
期借入金額の残高が約97億円、不動産鑑定をし
た結果、時価と簿価の差額で約37億円という状
況になっていました。
事業スキームは、土地開発公社は市からの債
務保証を受けて、金融機関から事業費を借り入
れ、用地を買い造成を行うものです。企業に分
譲する際は、北上市の工業団地会計を通して時
価で販売し、工業団地特別会計と土地開発公社
の間では簿価で返すという形で、土地が下落す
る状況においては差損を補填しなければならな
い状況にありました。バブル崩壊後、当市も他
の例に漏れずに土地が値下がりする状況にあり
ました。
解散時の土地開発公社を取り巻く状況です
が、リーマンショック以降、なかなか分譲地の
処分が進まない状況であり、借入金の元金償
還を先延ばしせざるを得ない状況であったこと
から、公社においては多額の利払費が継続する
こととなりました。償還期限が確定できないの
で、全体の利払費を含めた返済総額も、その時
点では確定することができませんでした。
それから、簿価上昇を抑制するために利払費
相当額を市から公社へ補助しており、元金が減
らない以上、利払費も継続することになりま
す。また、市は土地開発公社から簿価で購入し
て、企業に対しては時価で販売しますので差額
が生じます。その差額を補填しなければなりま
せんし、大ロットを販売した場合はその額が多
額になるので、一時的に一般財源で負担しなけ
ればならないリスクを抱えていました。
この状況をふまえて、平成19年度から公社の
債務問題を検討してきました。地方財政健全化
法が公布され、平成20年度には19年度ベースで
の数値を報告することになったわけですが、当
市は連結実質赤字比率が0.47となり、当時は全
国ワースト40という、財政的には大変厳しい状
況でありました。庁内的には以前から公社の問
題を指摘する声があり、早くからこれを解決し
なければならないということで、当市からも三
セク債のようなスキームをつくっていただけな
いかという働きかけをしてきたところもありま
す。
三セク債が制定され、21年から25年度まで
の 5 カ年の時限の措置ということでしたので、
January.2014 No.21
7
できるだけ早く取り組みたいと考えました。利
払費が継続して発生していく状況を改めるに
は、元金返済を計画的に行うスキームに切り替
えていかなければなりません。適債事業でなけ
ればお金を借り入れできないという自治体の制
約がありますので、三セク債の制度がなければ
このような取り組みはできなかったものと思っ
ています。
毎年 2 億円の利払費をただただつぎ込むより
も、確実に元金返済をしながら、元金の縮小を
進めるということで検討を始めました。平成
22年の 1 月には、北上市経営改革プロジェクト
チームを立ち上げました。単純にお金を借りて
返せば良いということではなく、利払費、元金
を含めて年間 5 億円程度の一般財源の増につな
がる借り入れになりますので、財政に与える影
響をできるだけ軽減するということも対策とし
て講じなければなりませんでした。
解散のスキームについては、報告資料に細か
く書いておりますので後ほどご覧いただきたい
と思います(報告資料 p.6)
。それから、三セク
債の借り入れまでの経過につきましても、詳し
く書いております(報告資料 p.7)
。平成22年 3
月11日が三セク債の許可日だったわけですが、
この日が大震災の日ということで、慌ただしく
事務を執った思い出があります。
三セク債借入にかかる留意事項ですが、国、
県に対しては、借り入れが巨額でしたので、公
債費の抑制、あるいは市の財政へ与える影響を
考慮し、原則10年の償還年数をできるだけ長期
に認めていただく必要がありました。一定の行
政改革を行うという前提に立って、10年、20
年、30年という償還パターンを立てながら説
明しました。最終的には、当市は30年という償
還期間で許可をいただきましたので、非常にあ
りがたく思っています
それから、市民、議会に対してですが、公社
の解散についてはいわゆる責任問題が議論され
のが一般的です。当市は、先ほど言ったとおり
負債の額も大きかったのですが、208社の企業
誘致にも成功しておりまして、現在、市の税収
が130億円位ありますが、そのうちの 3 割の約
40億円程度が立地された企業の固定資産税、あ
るいはそこにお勤めの方を含めての市民税で占
められています。それから有効求人倍率も全国
平均で推移していることなど、たくさんの効果
もあったので、このような企業誘致の効果を丁
寧に説明するように進めてまいりました。
8
それから、緊縮財政をしなければならないの
で、庁内に対しては一定期間、事業も抑制的に
行わなければならないということがあります。
それから、金融機関に対しては、三セク債借り
入れの細かな事務の手続き等、打ち合わせが必
要ですし、実際に三セク債を借り入れするにあ
たっては、事前に確認しなければならないこと
があります。
三セク債を借り入れするにあたりましては、
公債費の増分を経営改革という行政改革を行う
ことによって乗り切るということで説明してき
ました。さまざまな改革を行ったわけですが、
一番大きいのは市税の改定です。平成24年度か
ら 7 年間の時限でありますが、法人市民税の法
人税割を14.7%に、固定資産税を1.5%に、標準
税率より引き上げるという措置をしています。
同時に、職員人件費の削減も前倒しで取り組
み、22年度から 3 カ年にわたり、21年比較で
5 %減の給与削減にも取り組みました。
三セク債の資金調達につきましては、地方公
共団体金融機構様から実務支援を受け、コンベ
ンショナル方式を採用させていただきました。
土地開発公社の借り入れでは、市内の複数の金
融機関からも借り入れしていたので、それをす
べて 1 金融機関から借り入れするとなると、地
域の金融機関への影響も予想されます。コンベ
ンショナル方式では、それぞれの金融機関が貸
出利率と貸出金額を自由に組み合わせて提案し
ていただけるので、当市はこれを採用して、約
100億円の資金調達にあたりました。
結果的に、この借り入れにより、公社が借り
入れしていたときと市が三セク債を借り入れし
たときの金利差で、0.5ポイントほど低下いた
しました。金額が100億円ですので、利払いだ
けで年間5,000万円程度の削減効果があったも
のと理解しております。
資金調達についての考え方は短期より長期、
変動より固定、民間資金より公的資金というこ
とを基本に借り入れを行ってまいりましたが、
先ほど川崎市さんが発表されたとおり、単純に
それで良いということではないと思います。い
ろんな場合を想定して資金調達にあたるべきと
思いますが、我々のような中小自治体ではノウ
ハウに乏しいのが実態ですので、その辺を支援
していただける手だてがあれば良いと思ってお
ります。
報道によりますと、まだまだ三セク問題を
解決できない自治体が多数あるということで、
Graduate school of Economics,
Faculty of Economics
The University of Tokyo
25年度が時限のこの制度が、継続するような動
きがあるようです。そのような自治体において
は、計画的に元金返済するスキームとしては三
セク債をおいてはないと思いますので、当市の
事例も参考にしながら、早期に解決していただ
ければと思います。急ぎで申し分けありません
が、以上で終わります。清聴ありがとうござい
ました。(拍手)
第三報告
「積極的地方債IR」
神戸市行財政局財政部財務課資金・制度担当課長
豊永 太郎
神戸市の豊永と申します。よろしくお願いい
たします。神戸市では起債運営上、IR をはじめ
としまして 3 つの取り組みを行っております。
それはすべて市場の皆さまとの対話によって、
神戸市を下位団体から脱却するという取り組み
の歴史であったというところを、少しご紹介さ
せていただきたいと思います。
報告資料の 2 ページをお開き下さい。神戸市
の中で語り継がれている起債というのがござい
ます。それが、この平成18年 9 月の起債です。
これがどういうときの起債であったかといいま
すと、地方債の条件決定方式が統一条件決定方
式から個別条件決定方式に移行された初めての
起債となります。要するに、自治体の財政状況
に応じてそれぞれが資金を調達するという仕組
みが出来上がったのちに起債したものです。
そのときに、20年債を200億円発行させてい
ただきましたが、発行スプレッドが国債プラス
42bp という状況でした。同じ時期に発行されま
した他団体の地方債が国債プラス20bp でしたか
ら、倍以上の格差があったということで、要す
るに市民の皆さまに余分な負担をおかけしてい
たという状況でした。この42bp というのは、20
年地方債、あるいは主幹事方式の地方債の中で
は最大のスプレッドで、今もこの記録は破られ
ていないというような状況です。なぜそれほど
の格差がついたかといいますと、こちらに記載
しておりますが、阪神・淡路大震災による財政
悪化のイメージがついていたからだと我々とし
ては分析をいたしております。
阪神・淡路大震災、みなさまご存じだと思い
ますが、本当に多くの尊い命を奪ったというこ
とと、また都市機能に甚大な被害を与えた震災
でした。私は当時、採用されて 3 年目で、発災
直後に役所に行きまして被災した町を見たので
すけれども、もうこれで神戸市は終わってし
まったなと、もう立ち直れないのではないか、
という位の印象、感じを受けたということを今
も思い出します。この震災で、神戸市は 1 兆円
以上の借金を背負い込むことになりました。ま
た、それまでためていた基金を全部使い果たし
て、復旧・復興に取り組むこととなりました。
結果として財政状況は極端に悪化をしまして、
当時、週刊誌などでも、神戸市は間違いなく破
綻をするというような報道が何度も繰り返しな
されたということで、神戸市イコール破綻団体
というイメージがどんどんと広がっていったこ
とがございました。ただ、先ほど財政悪化のイ
メージと説明をさせていただきましたが、この
起債をした段階での神戸市の財政状況は最悪の
状態からは脱していまして、他団体と比較して
特別悪いということはなかったと感じておりま
す。
報告資料 4 ページは、震災直後から行ってき
ました行革の流れです。震災直後から 3 回にわ
たりまして行革を進めてまいりました。プライ
マリーバランスの黒字の維持であるとか、ある
いは事務事業の見直し、職員数の削減、それか
ら市債残高の削減といったことで、ご覧のよう
な財政効果もあげていたというような状況でし
た。
次は一般会計の決算の推移で、一番上、青い
線が市税収入の推移です(報告資料 p.5)。平成
17年度には増収に転じておりまして、18年度に
はさらに増加をしているという状況です。それ
からピンク色、これが借金返しの公債費ですけ
れども、16年度をピークに着実に減少しており
January.2014 No.21
9
ます。また、投資的経費は震災前の 4 分の 1 以
下に抑制をしているということで、投資的経費
を抑えますと当然借金をする必要もなくなりま
すので、市債の発行の抑制にもつながっていた
というところです。
次は、全会計での市債残高の推移となってお
ります(報告資料 p.6)。平成14年度をピークに
しまして、着実に削減をしてきております。特
に平成13年度のところに、ピンク色で少し借金
が増えてきておりますが、これが臨時財政対策
債といいまして、地方交付税という国からいた
だくお金ですが、国もなかなか財政状況が厳し
いということで、財源の不足額の半分を自治体
が取りあえず立て替えて借金をするという制度
がございますが、その臨時財政対策債が残高を
増やしている中でも、着実に市債残高を減らし
てきたというようなところでございます。
それから、財政の健全化の判断比率というも
のがございます。平成19年度決算から設けられ
ましたが、実質公債費比率、将来負担比率は年々
好転をしております。特に報告資料 7 ページの
表の下のほうに政令市の平均値、あるいは全政
令市の中での順位を記載しておりますが、特に
神戸市だけが特別に悪いという状況ではなかっ
たと考えております。ちなみに、先般24年度の
決算を報告させていただきましたが、さらにこ
の指標 2 つが良くなっておりまして、全体の順
位というのはまだ出てないのですけれども、順
位はさらに良くなっている状況でございます。
ただ、そういう中でも他団体との格差がつき
続けていたということは、神戸市が震災で財政
状況が悪いというイメージが広く投資家の方々
に広まってしまっていたということが原因だと
考えております。そういった中で、神戸市では
3 つの取り組みで市場との対話を行いまして、
脱下位団体を図ってきたというところでござい
ます。
まず 1 つ目の取り組みが、積極的な IR 活動(報
告資料 p.9)でございます。神戸市では、1 カ所
に集まっての大規模な説明会、あるいは合同 IR
というもののほかに、比較的早い段階から個別
の投資家の方々をご訪問するという個別投資家
訪問を実施しておりました。当初は自治体の IR
というのは初めて聞いたので、なかなか何を聞
いて良いのかよく分からないといった投資家の
お声があったというようなことも聞いておりま
す。この IR によりまして、財政状況の改善状況
や、神戸市の成長戦略であります医療産業都市
10
といったことを積極的に PR させていただいてい
たところです。多いときで年間100件以上、中央・
地方問わず、投資家の方々への訪問というのを
行ってきております。
それから 2 つ目の取り組みですが、全年限主
幹事方式の採用(報告資料 p.10)がございます。
平成20年度から他団体に先駆けまして、5 年債、
10年債を含めました全年限での主幹事方式を採
用いたしております。投資家の方々との対話を
重視する主幹事方式によりまして、神戸市の財
政状況の改善具合を PR させていただくという
ことに合わせて、投資家の方々は神戸市に対し
てどういうイメージをお持ちかというようなこ
とをお伺いしてきたところがあります。この IR
や全年限主幹事方式は、非常に地道な取り組み
でして、なかなかすぐにこれで神戸市の評判が
改善するということはございませんでした。報
告資料10ページに少し、平成20年度頃の神戸市
債に対する評価を記載しておりますが、例えば
スプレッドにかかわらず購入対象外であるとか、
あるいは他団体に比べてプラスアルファが必要
だとか、財政状況が改善しているのは分かるけ
れども、もう少し状況を見てみたいであるとか、
財政指標というのは他の政令市に比べて遜色な
いけれども、それがスプレッドに反映されるに
はもう少し時間がかかるのではないかという声
をいただいていた状況です。
それから 3 つ目の取り組みが、依頼格付の取
得(報告資料 p.11)です。もともとは公開情報
にもとづきます勝手格付で AA −というような
状況でしたが、市債残高が着実に減少している
ということで、AA、安定的という格付をいただ
きました。これによりまして、行財政改善の状
況につきまして、客観的に評価をしていただい
たところでございます。
こういう地道な取り組みを重ねまして、20年
債のスプレッドの格差の推移ですが(報告資料
p.12)、赤が神戸市の20年債のスプレッド、緑色
が他団体の20年債のスプレッド、黄色の縦の棒
が他団体との格差を表しますけれども、平成22
年の 1 月でやっと格差が解消できたというとこ
ろです。要するに平成18年の起債から、 4 年以
上の長い時間がかかってしまったというところ
です。
報告資料の13ページに当時のベンダーのコメ
ントをいくつか載せておりますが、神戸市債が
ついに上位団体に並んだということ、あるいは
震災で財政が悪化して下位団体と見なされてい
Graduate school of Economics,
Faculty of Economics
The University of Tokyo
たというところから、地道な努力が評価されて、
震災の15年目の節目という年に他団体との格差
が解消されたこと、それから IR をきちんと実施
していて発行体のクレジットが浸透してきてい
るためだというようなお声をいただいたという
状況でした。
こういう地道な取り組みを続けて、やっと他
団体との格差を解消したわけです。私はこの部
署へ来て 2 年目で、格差を解消していくという
プロセスには遭遇しておりませんが、今も IR に
行きますと、
「意外と神戸市は財政状況が良かっ
たんですね」というようなお声をいただくこと
もあります。そういう意味では、まだまだ PR が
足りないと考えております。
今年度に入って少し起債環境が変化をしてい
る中で、今後も選ばれ続ける神戸市債である必
要があると考えております。また、自治体の財
政や自治体の書類というのは、少し一般の方に
分かりにくいところがあるとも感じております
ので、今まで以上に分かりやすい説明、対話を
行いまして、神戸市債の評価を高めていきたい
ということと、当然、大前提として行革を継続
的に進めていきたいと考えております。私から
のご報告は以上です。ありがとうございました。
(拍手)
第四報告
「諸外国の地方債」
野村資本市場研究所研究部主任研究員
江夏 あかね
野村資本市場研究所の江夏でございます。本
日はどうぞよろしくお願いいたします。本日、
「地方債の新たな取り組み」というテーマの中の
最後の報告といたしまして、「諸外国の地方債」
ということで進めさせていただきたいと思いま
す。最初に各国の地方債やマーケットの多様性
を概観いたしまして、その後、当フォーラムで
取り上げました、米国と北欧の地方債について
考察してみたいと思っております。
まず地方債市場の多様性ということで、各国
が異なる状況になっておりますので類型化をす
るのはとても難しいことですけれども、こちら
では 4 つの切り口からまとめてみたいと思って
おります。
第一の類型といたしまして、地方債発行を含
めまして、国が地方財政に対してどのように関
与しているかという点です。日本におきまして
は、全国一律で地方債協議制度、2012年度から
は民間等資金に関して地方債届出制度が導入さ
れている中で、国が地方公共団体に対して地方
債発行に一定程度の関与をしているという状況
です。一方、これを世界的に見ると、日本の制
度と共通しているという国は実はあまりありま
せん。例えば米国の場合は、連邦制国家ですか
ら州も主権を持っており、各州が基本的には地
方債発行のルールを決めています。州の傘下の
地方公共団体は、その州が決めた規則にもとづ
いて地方債発行をしているといった例がありま
す。
また、国によっては公的金融で地方債を引き
受ける仕組みがあります。例えば日本の場合は、
昭和32年から公営企業金融公庫(現在の地方公
共団体金融機構)を通じた公的金融の仕組みが
ございますし、財政投融資も重要な役割を担っ
てきました。同様に、北欧や欧州で100年以上の
歴史を持っている公的金融の仕組みを抱えてい
る国もございます。
地方公共団体が危機的状況に陥った場合の中
央政府の関与については、日本の場合、「地方公
共団体の財政の健全化に関する法律」の枠組み
の中で、確実に財政再生できるように国が適切
な配慮をするということになっております。一
方、例えばドイツには、国が財政危機に陥った
地方公共団体に財政支援を行うといった事例は
ございますが、制度化されているわけではあり
ません。旧東ドイツのブレーメン州やザーラン
ト州には、1990年代前半には国からの財政支援
が行われましたが、ベルリン州が財政支援を提
訴した際、連邦憲法裁判所は2006年にベルリン
州による提訴を退けました。ドイツのような事
January.2014 No.21
11
例もございますし、米国のように、基本的には
国が支援する仕組みが存在しない国もございま
す。
第二の類型といたしまして、地方債市場の規
模が挙げられます。日本は約200兆円の地方債残
高があるとよく言われますけれども、歳入にお
ける地方債依存度が大変高い状況になっており
ます。2013年度の地方財政計画では、歳入のう
ちの地方債が占める割合が約14%でした。一方
で、あとで取り上げますデンマークにおきまし
ては、地方債依存度は 2 %位と全然違うという
ことで、対 GDP 比でみた地方債の残高の規模も
国によって変わってくるといった構図がござい
ます。
第三の類型といたしまして、金融市場として
の地方債市場を考えますと、地方債の投資家層
を公的と民間に分けてみると大変多様性を持っ
た形で分布をしております。米国のように、基
本的に全国的な公的金融の仕組みがないような
国もございますし、デンマークのように、地方
債市場が地方公共団体が全額出資しているデン
マーク地方金融公庫によって実質的にシェアが
占められているといった国もございます。
第四の類型といたしまして、金融商品として
の地方債ですが、まず地方債の証券・証書割合
で す が、 日 本 の 場 合、 基 本 的 に は 公 的 資 金 と
銀行等引受の一部は証書形式、銀行等引受の
一部と市場公募のは証券形式ということで、う
まく分散をされている状況にございます。一方
で ド イ ツ は、 伝 統 的 に は、 シ ュ ル ド シ ャ イ ン
( schuldschein )といった証書形式による発行
が中心となっており、それをカバードボンドの
一種であるファンドブリーフを発行する銀行が
購入して、担保とした上で資金調達を行ってお
ります。しかし、欧州連合委員会( EU 委員会)
の勧告を背景とした2005年 7 月の州立銀行に対
する公的保証の廃止・改正や、その後の金融危
機を経て証券形式が増えていきました。そのよ
うな国もございますし、米国のようにそもそも
公募、証券という形式が昔から広く根付いてい
る国もございます。
一方、共同発行や個別発行の仕組みという観
点 か ら は、 日 本 で も 共 同 発 行 地 方 債 が2003年
度から発行されておりますが、このようなもの
が日本だけではなくて、フランスの都市共同体
( communauté urbaine )による共同発行であっ
たり、ドイツに関しましてはレンダージャンボ
( Länder-Jumbos )という名前が付いていたり
12
するのですが、複数の州で発行しているものも
ございます。さらにドイツでは、昨今の金融危
機、欧州ソブリン危機を経て、2013年 6 月に、
国と複数の州が共同して発行する地方債( BundLänder-Anleihe )も開始しております。という
ことで、本当に類型という意味では非常に大き
なばらつきがあるというのが、各国の地方債市
場の特徴だと思います。
こ の よ う に 多 様 な 地 方 債 市 場 で す が、 本
フォーラムにおきましてはこれまで、 2 度の海
外調査をしております。2012年 3 月には米国カ
リフォルニア州を訪問しましたが、こちらは、
よく当時の報道では、
「ギリシャの次はカリフォ
ルニアか」といわれまして、昨今の金融危機で
も大変注目を集めた場所です。もう 1 つは、今
年の 3 月に北欧のスウェーデンとデンマークに
行って調査をしてまいりました。フォーラムで
も複数回、これらの海外調査にもとづいた報
告をしております。もし詳細についてご関心が
ある方がいらっしゃいましたら、当寄付講座の
ウェブページに掲載してございますニューズレ
ター等をご覧いただければと思います。
こちらで簡単に、米国と北欧の調査を通じて
明らかになったことをまとめたいと思います。
まず米国ですけれども、基礎情報として、アメ
リカの地方債市場は1820年代からその歴史が幕
開けしたと言われております。日本も近代の地
方債は明治時代から始まっているので、長い歴
史を持っているという意味では共通しておりま
すが、アメリカでは最初から地方債が証券形式、
公募という形で発行されてきたという経緯があ
ります。
地方債市場の規模という意味では、日本の地
方債市場の約4.6倍ありますし、全米で 9 万位の
地方公共団体があるという背景も大きいのです
が、地方債の発行体も 5 万団体程度あると言わ
れておりますございます。日本の場合は現在、
1,800弱の地方公共団体がございまして、全地方
公共団体が基本的には地方債を発行しています
ので、数も規模も大きく異なるという状況にあ
ります。
それから、日本は単一国家ですけれども、米
国は連邦制国家ですので、各州において財政規
律が決められていて、その州、もしくは州の傘
下の地方公共団体はそういった規律にもとづい
て財政運営を行っています。
また、こちらのフォーラムでも取り上げさせ
ていただきましたが、米国にはレベニュー債と
Graduate school of Economics,
Faculty of Economics
The University of Tokyo
いった特定事業から創出されたキャッシュフ
ローをもって償還するという、課税権が実質的
な担保となっていない地方債も存在しておりま
すし、日本とは異なる概念で、地方債利子に係
る連邦所得税の免税措置といったものもござい
ます。
連邦政府から地方財政に対しての関与につい
ては、日本の地方交付税にも類似した歳入調整
制度は、1980年代のレーガン政権時に双子の赤
字が問題となった頃に廃止されてしまっている
ということもあり、比較的関与の割合が狭く限
定的ということもございまして、各地方公共団
体の財政状況の差は非常に大きくなっています。
例えば格付分布ですと、AAA から CCC まで幅
広い範囲となっております。日本の場合、現在
格付取得をしている団体の格付分布が AA から
A ですから、アメリカの分布が大変広いことが
浮き彫りになっております。あと、財政危機に
おいても連邦政府による関与は基本的にないで
すし、連邦破産法第 9 条の仕組みがあるという
ような状況になっております。
米国の地方公共団体の資金調達管理につきま
しては、第10回と第11回のフォーラムで報告し
ましたので、お時間があるときに詳細をご覧い
ただければと思いますが(ニューズレター11・
12号)、大変印象に残っているのは、カリフォル
ニア州において、もちろん発行体という地方政
府なり州という主体はあるのですけれども、そ
れに対応して、米証券取引委員会( SEC )であっ
たり、地方債規則制定委員会( MSRB )といっ
た間接的に関与する主体があったり、州の中で
地方政府に対する資金調達を支援するような団
体があったりと、いろいろな関係団体があると
いうことです。一方、資金調達管理に関しまし
ても、各地方政府でポリシーを持っているよう
なところもあるといった点が印象に残りました。
もう 1 つはカリフォルニア州バレホ市について
です。2008年 5 月に連邦破産法第 9 条を適用申
請したのですが、こちらで取材をさせていただ
いたときも、年金や人件費の重さが一つ破綻の
原因になったということをお伺いしていました。
そういったことを記憶しておりましたら、2013
年 7 月のデトロイト市の連邦破産法第 9 条適用
申請も似たような理由が一つ要因となって財政
破綻を招いたということがございました。
次にスウェーデンですが、こちらは2013年 3
月に調査を行いました。地方公共団体の資金調
達は昨今の金融危機の影響を一時的に受けたわ
けですが、全般的に考えると、米国などと比べ
ると軽微だったという状況になっております。
こちらは1986年にスウェーデン地方金融公社、
コミュンインベストという地方公共団体金融機
構のような地方の共同資金調達機関が設立され
ましたが、実は日本のように全地方公共団体が
加盟しているわけではなく、地方公共団体向け
貸出の約45%のシェアを有しているということ
でございます。
続いてデンマークですが、同じ北欧ですがス
ウェーデンとは異なる様相となっております。
こちらはもともと酪農国ですので、協同組合と
いう文化が長らく根付いていたわけですが、や
はり地方公共団体が加盟団体となっている地方
向 け の 協 同 組 合 と し て、1899年 に デ ン マ ー ク
地方金融公庫ができました。こちらは北欧の中
でも大変早く金融自由化が進んだということも
あって、1980年代から金利設定やさまざまな条
件を地方公共団体のニーズに合った状態でカス
タマイズをした結果、1980年代当初は大体30%
のマーケットシェアであったのが、今では実に
約95%のシェアを有するようになっています。
デンマーク地方金融公庫は有償、無償と 2 つの
支援プログラムを有しておりますが、実はこの
方たちのご努力には、今、日本の地方公共団体
金融機構が取り組んでいる地方支援業務ともあ
る程度共通しているように、地方公共団体の債
務管理や資金調達ニーズ、財政運営に関しまし
ていろいろアドバイスをしているといったよう
なところがあります。
いろいろな国を見てまいりまして、私どもの
フォーラムで明らかになったことですけれども、
日本の地方債の仕組みや地方債市場というのは、
米国や北欧とも一定の共通点があります。それ
は基本的には、米国、日本、デンマークの例で
すと、建設公債の原則にもとづいた地方債の発
行であったり、海外借入が限定的だという点で
す。一方で相違点があることも明らかになりま
した。例えば米国の場合、地方公共団体向けの
公的金融の仕組み、地方債銀行というのがある
のですが、これは始まったのが1970年代で地方
債市場の歴史という観点からは比較的遅いとも
考えられます。そして、大変市場化が進んだ、
直接金融主体というアメリカという国があれば、
日本のように間接金融と直接金融が混合してい
るといったような国もあるということです。
最後に、海外の事例を拝見して、どのような
示唆があるかを 3 つの論点にまとめてみます。
January.2014 No.21
13
1 点目といたしまして、日本がこれから着目す
るのが良いとみられるのが、今日もご発表の中
でもいくつかそのヒントが出てきていたと思う
のですが、まずは資金調達マネジメントの向上
です。例えばガイドラインを策定したり、調達
の効率性をあげることも重要ですし、金融リテ
ラシーの向上も大切なことと思います。金融リ
テラシーの向上に関しまして、日本は、地方公
共団体自身もそうですし、地方公共団体金融機
構という、
「地方の、地方による、地方のための」
金融機構がありますので、個人的には機構が今
後、ますます大きな役割を担っていくのではな
いかと考えております。
2 点目といたしまして、市場と向き合う努力
を挙げたいと思います。例えば公会計、こちら
は日本にも新公会計システムが導入されており
ますが、現在は少し見直しに入っているという
ことで、今後さらに住民、議会とともに投資家
も活用しやすいものに発展していけば良いと思
いますし、開示ステムの拡充も大切だと思いま
す。商品性・投資家の多様化も大分進んできて
おりますが、こちらもまだ向上の余地があると
14
思います。
最後に、共同調達や信用補完の仕組みの拡充
ということで、やはり共同調達機関に関する時
代の変化や地方公共団体のニーズに合わせた機
能の重点化や拡充といったこと、それから全国
型共同発行市場公募地方債ですが、これはこの
10年、大変成功のトラックレコードを誇る金融
商品に成長したと思いますが、こちらに関しま
しても商品性をさらに向上・拡充していくこと
を検討していけば良いのではないかと考えてお
ります。
私の発表は以上でございます。ご清聴ありが
とうございました。(拍手)
Graduate school of Economics,
Faculty of Economics
The University of Tokyo
基 調 講 演 「日本経済の展望」
東京大学大学院経済学研究科教授
伊藤 元重
〇伊藤(拍手)今日はこういう場でお話をさせ
ていただけて、大変光栄でございます。私は地
方債の専門家ではございませんが、たまたま安
倍内閣が発足しましてから、経済財政諮問会議
の委員としてほとんど毎週のように霞が関に
引っ張り出されていろいろ議論をしているので、
そういう雰囲気も含めて、今、日本経済が、特
にマクロ経済運営の観点から見てどういう状況
にあるのか、どういう課題があるのかというこ
とを、私見も含めてお話しさせていただきたい
と思います。
アベノミクスの出発点
ご案内のように、安倍内閣の出発点はデフレ
脱 却 で ご ざ い ま す。 過 去10年、15年 の う ち に
我々が日本経済で経験したことで、多くの人が
そういう実感を持っていると思うんですけれど
も、デフレの下でいろんなことを動かすという
ことは、理論的には可能であっても現実的には
非常に難しいのではないかと、私も理解してい
ますし、そういう議論があると思います。
アベノミクスとは少し違うのですけれども、
非常に似たスタンスで、アメリカの金融政策、
い わ ゆ る QE1、QE2、QE3と い う、 非 常 に 非
伝統的な形で金融を緩和するということに対し
ても、学会などで賛否両論があります。例えば
ノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学の
スティグリッツ教授や、あるいはプリンストン
大学のポール・クルーグマン教授のような人た
ちは、アベノミクスに対しても、あるいはアメ
January.2014 No.21
15
リカの量的緩和に対しても、比較的評価する発
言をされるのに対して、ハーバード大学のマー
ティン・フェルドシュタイン氏やスタンフォー
ド大学のジョン・テイラー教授は、かなり厳し
い論評を出しているわけです。私の見るところ、
どちらかというと共和党に近い立場の方は批判
的なのかなと思います。
非 常 に 印 象 的 だ っ た の は、 今 回 Federal
Reserve の 次 の 議 長 を 降 り て 話 題 に な っ た サ
マーズ氏がどこかに書いていたことで、アメリ
カや日本のやっている政策が良いか悪いなんて
いうのは、今は議論しても仕方がない、 3 年後
を見れば分かると。それは日本とイギリス、ど
ちらの方が経済が元気になるか見れば分かる、
というような発言をしていました。
ご 案 内 の よ う に イ ギ リ ス は、 最 近 は 少 し 変
わってきましたが、前の中央銀行総裁のキング
氏の時代にはかなり踏み込んだ、ある意味では
大胆な構造改革をしておりまして、結果的には
失業率が非常に高く、経済も非常に厳しい状況
であって、ただ一方で改革は進んでいます。日
本が選択したのは、そういう痛みを伴うけれど
も、しばらくは我慢して徹底的に改革をして経
済を活性化するということよりは、デフレをま
ず脱却することを出発点とする道だったのだろ
うと思います。
黒田日銀総裁下の金融政策
デフレを脱却する上では、金融政策が非常に
大きなポイントになるわけです。それは今日の
ここの議論とはあまり関係ありませんけれど
も、ただ当然、金融政策は債券市場も含めた金
融市場と非常に深いかかわりがあるわけですか
ら、一言だけ触れさせていただきます。これま
での日本銀行と黒田日銀総裁になってからの金
融政策はどこが違うのかといえば、いろんな違
16
いが見られると思うのですけれど、私が最も注
目しているのは長期の国債を大量に買うことに
コミットしたことです。
ある日銀マンが言っていましたけれども、実
は福井総裁のときに、いわゆる量的緩和をやめ
て、それから 3 カ月か 4 カ月でほとんど国債を
消化してしまったそうです。これは消化したと
いうよりも、もうそれ位の、いわゆる満期の国
債しか持ってなかったということだと思うんで
す。
私が今、理事長を仰せつかっている総合研究
開発機構では、いろんなヒアリングをしてレ
ポートを出していて、少し前にアベノミクスの
金融緩和の政策について、比較的それを評価す
る立場の方々と、どちらかというと批判的な、
旧来の日本銀行に近い方々と、両方の立場の方
に多くの意見を伺ったのですけれど、非常に印
象的だったのは、今のアベノミクスに対して批
判的な方々の発言には、出口戦略という言葉が
必ず付いて回ったことです。
例えば翁邦雄さん、彼は私の大学の同級生で、
典型的な日銀の論客だったわけですけれど、長
期の国債を買うよりは、例えば株を買ったほう
がまだ良いと言います。どうしてですか、と聞
いたら、「いつでも売れるから」と。長期の国債
は非常に売りにくいという意味で、出口戦略を
意識したことをやったのだろうと思います。
逆に、黒田日銀総裁がやったことの最大のポ
イントはまさにそこにあるわけです。学生には
これを、ゲーム理論のコミットメントと説明す
るのですけれども、一般の世の中の人には背水
の陣と説明することにしております。ご存じの
ように、川を背中にして軍隊がいて、もっと強
力な軍隊が向こうから攻めてきたときに、こち
らの弱い軍隊の大将は、最初に後ろの橋を焼き
切って、退路を断つところから始めた。そのメ
リット、あるいは効果は何かというと、守りに
入っているこちらの軍隊の兵隊は、それを見て、
もう自分たちは逃げる道がないから、死にもの
ぐるいで相手を倒すしか生き残る道はないと思
うわけですし、相手はどう思うかというと、や
つらは逃げる道がないわけだから、死にものぐ
るいでかかってくるだろうと考える。お話の中
では、より優位だったはずの相手の軍が退散す
る結果になったという形です。
金融政策についてのいわゆるコミットメント
とはどういうことかと言えば、これだけ大量の
長期の国債を中央銀行が買ったということは、
Graduate school of Economics,
Faculty of Economics
The University of Tokyo
おいそれとは売れないということだろうと思う
んです。これはおそらく、将来の債券市場にとっ
て非常に大きな、プラスマイナス両方の意味が
あると思うのですけれど、大事な点になるだろ
うと思っております。
ちょっと余談になりますけども、ある昔の日
銀の方がしみじみと言っていました。白川さん
をはじめとするこれまでの日銀のトップの方々
は、期待に働きかけるなんていう金融政策はや
りたくないのだと。要するに、期待にうまく働
きかければよいのだけれど、これがうまく働き
かけるかどうか分からないと。従って逆に、働
きかけるなんていうことに頼らない金融政策を
やりたい、という思いでやってきたのだと。そ
ういう意味では、黒田日銀総裁がやったことは
それと真っ向から対立する考え方で、まさに期
待に働きかけて経済を非常に動かそうとしてい
るという意味だと。
ちなみに、今日ここでそんな話をしても仕方
がないのですけれど、将来、予定どおり物価が
上昇を始めて、あるいは資産価格も高騰し、経
済が少し過熱気味になってきたときには、どう
やって金融の引き締めをするのかという、出口
の戦略が当然議論されると思います。理論的に
は 2 つしかない。いや、それ以外にあるという
のであれば、教えていただきたいです。1 つは、
いわゆる長期の国債を大量に売っているわけで
すけれども、これを買うというのは難しい。た
だ、金融政策というのはベースマネーのレベル
と、そこから先に行くマーケットでのマネーサ
プライのレベルであるわけですから、国債を急
速に吸収しなくても、例えば中央銀行に市中銀
行が預けている、いわゆるリザーブに付利をす
る、つまり利子を上げていくことによって、ベー
スマネーは減らないけれどマネーサプライは
減っていくという形の金融の引き締めの方法が
あるのではないかと思います。おそらく、日本
に限らず中央銀行はみな議論しているだろうと
思います。
それからもう 1 つの方法は、中国が人民元の
引き上げを避けるためにやった政策に非常に似
ています。ご案内のように、中国はドルがどん
どん入ってきて人民元のレートを固定しなくて
はいけないものですから、必死になってドル買
い人民元売り介入をやったわけです。ですから
普通に考えれば、人民元、ベースマネーがマー
ケットに出ていって、中国のマネーサプライは
増えていくわけです。どこまで成功したかどう
かは分かりませんけれど、中国の人民銀行は、
人民銀行手形というんですか、ある種の債券を
大量に発行して、それでマーケットの余分な
ベースマネーを吸収するという政策を取ったわ
けです。マーケットから見れば、いわゆる預金
準備が中央銀行手形に変わるだけですから、ど
こまでそれで本当に流動性が減ったかという議
論はありますが、それと同じように将来本当に
出口戦略をやる必要があるとすると、日本銀行
が債券を発行して、手形を発行して、資金を吸
収するということは当然あり得るわけです。た
だ現代的に言えば、そんなことをやらなくても、
いわゆるレポの市場を使って、短期的に長期国
債を買って長期的に売るという形を繰り返すこ
とによって、同じ成果が得られるということは
あると思います。
いずれにしても、黒田日銀総裁が実際に行っ
た金融政策というのは、今後もいろんな意味で
債券市場とか、金融市場に大きな影響を及ぼす
だろうと思います。
ちなみに、アメリカの出口戦略について一言
だけコメントさせていただきたいと思います。
非常に面白いと思ったのは、さっき言ったジョ
ン・テイラーというスタンフォード大学の先生
が、バーナンキがやっている金融緩和に対して
いろんな批判的な論評を書いているときに、彼
が一番よく強調するのは、大胆な量的緩和をす
ることによって金融政策がルールから逸脱して、
いわゆる裁量政策、ディスクレションの世界に
入ってしまったという点です。つまり、中央銀
行の思惑でぼんと買うとか、ぼんと売るという
ことがマーケットに影響を及ぼすようになって、
これは経済学の教科書では長く議論されている
ことですけれど、本来は望ましくないことです。
金融政策というのはある種のルールをフォロー
するのが一番好ましいのです。
ご存じの方が多いと思うのですけれど、ジョ
ン・テイラーというのは、テイラー・ルールと
いう方式の計算式を指摘しています。簡単に言
うと、金利と GDP、それから物価みたいなもの
をある種のマーケットバリューとの比率で調整
しながらベースマネーを調整していくという、
ルールで金融政策を行うのが一番現実的だ、と
いう研究成果を出しています。実際のアメリカ
の金融政策は、これまでそれに非常に近い形を
取ってきたのではないかと言われました。
ルールで金融政策を動かしていくことの非常
に重要なポイントというのは、マーケットが、
January.2014 No.21
17
実際の市場は今後どちらに向かっていくかにつ
いて、ある程度予想しやすい点です。ですから、
実際にテイラー・ルールにもとづいて金融政策
が行われているかどうかは別としても、テイ
ラー・ルールに近い形で金融政策が運営される
ということであるとすれば、例えば引き締め過
程でも、あるいは緩和過程でも、マーケットは
ある程度それに応じて、予想して調整できるわ
けですから、急速な乱高下は避けられるのです。
テイラーがバーナンキを批判したのは、そ
ういうルールで金融政策をやらないで、QE1、
QE2、QE3でどんとやってしまったわけですか
ら、逆に言うと、今度はいわゆる引き締めの過
程でも同じことが起こってしまう、ということ
だろうと思います。実際に今、それが起きてい
るわけです。これをどう評価するかは非常に難
しいのですけれど、ただ、リーマンショックの
後、あれだけひどい状態の中で、50年に 1 回と
か100年に 1 回だと言われていた金融危機を何と
か押しとどめるという、いわば異常事態に対応
したのですから、そういう金融政策のいわばツ
ケを今後も受けていかなければならないと考え
れば、仕方がないことかもしれません。
近年の金融政策の効果
いずれにしても、金融政策がアベノミクスの
第 1 弾で、ご案内のようにそれが経済にどうい
う風に効いてきたのかということを見ていただ
くと、これはもう私が申し上げるより、皆さん
が、いろんな政府の発表や報道でご覧になって
いるとおりだと思います。常識的に考えれば、
大胆な金融政策を本当にうまく実行できれば株
価や為替が反応するのは当然なので、大胆な金
融政策が実行できるかどうかがポイントですけ
れど、ここに関してはこれまでのところ非常に
大きな成果があって、株価も為替も非常に動い
たわけです。
それがその次の様々な経済指標に広がってい
くかどうかが大きなポイントですが、ご案内の
ようにいろいろな指標を見てみると、おそらく
安倍総理を含めて、当初予想していたよりは順
調な形でいろんなものが動いている。
例えば GDP の数字は、過去10年、15年を見る
と、平均で0.5から0.7位の年率の成長しかしませ
んけれども、今年は第 1 四半期が4.1、第 2 四半
期が3.8という非常に高い成長が続いています。
おそらく第 3 四半期も、いわゆる例の13兆円の
補正の影響がまだ残ると思いますから、かなり
18
高い数字が出てくるのではないかと言われてい
ます。
それから、物価についてもいろんな議論があ
るのですけれど、当初、黒田総裁が就任して、
2 年で消費者物価上昇率を 2 %まで上げていく
んだと言ったときに、多くの方はかなり懐疑の
目を持って見ていたと思うのです。今でももち
ろん、本当にいくのかという議論はあるのです
けれど、ただ、次第に多くの方が、これはひょっ
としたら 2 年でインフレ率が 2 %に近いところ
までいくのではないだろうかと感じ始めてきて
いるし、実際に数字を見ると、そういう状況に
来ているわけです。
雇用についても皆さんご存じのように、先日
3.8%という失業率をつけました。労働経済学者
に聞いてみると、3 %台の後半、3.6とか3.7とか、
このあたりが自然失業率じゃないだろうかと言
う人が非常に多いことを考えると、3.8というの
はかなり良い数字だし、それとちょうど連動す
るような形で、有効求人倍率も 1 に非常に近づ
いてきている。北陸や中京経済地域はもう 1 を
超えているような状況になってきているわけで、
そういう意味では、実体経済に関して非常に良
い数字が出てきている。
従って、この先、日本経済が本当に順調に拡
大するか、あるいは日本経済が順調にうまくい
くのかを考えるときにポイントが 2 つあって、
1 つは成長戦略です。本当に持続的な成長を続
けることができるかどうかということ。もう 1
つは財政です。財政の問題が、何か変なことが
起きないだろうかということだと思います。
民間投資を喚起する成長戦略
残りの時間をかけて、この 2 つを申し上げて
みたいと思います。まず成長戦略のほうから議
論してみたいと思うのですけども、どうも世の
中のマスコミの論議を見ていると、成長戦略に
少し誤解があるのかなと、私は印象を持ってお
ります。それは、アベノミクスの 3 つ目の矢を
よく見ていただくと分かるのですけれど、 3 つ
目の矢は「成長戦略」ではないんですよね。 3
番目の矢は、「民間投資を喚起する成長戦略」で
す。
「成長戦略」と、「民間投資を喚起する成長
戦略」というのは大分違います。非常に乱暴な
言い方ですけど、成長戦略というのは戦術面で
見ればサプライサイド・ポリシーです。規制緩
和だとか、市場開放だとか、あるいは税制をい
じってもいいのかもしれませんけど、そういう
Graduate school of Economics,
Faculty of Economics
The University of Tokyo
改革をすることによって潜在成長力を上げてい
くこと。潜在成長力を上げるというのは、イノ
ベーションもあるかもしれないし、あるいは労
働市場の流動化もあるかもしれないし、あるい
はその他もろもろの資源配分があると思うので
すけども、常識的にはこういうサプライサイド・
ポリシーが実際の経済に効いてくるまでには、
やっぱり 2 年や 3 年かかるものが多いと思いま
す。
これは日本にとって非常に重要であることは
事 実 で す。 過 去20年 間、 日 本 が 非 常 に 低 成 長
であったということは、潜在成長力が非常に低
かったということですから、やはり潜在成長力
を上げていかない限りは、日本の経済は良くな
らない。ただ、今日本にとって欲しいのは、3 年、
5 年後に経済が成長するということ以上に、今
年、来年、再来年と、これから 3 年位かけて持
続的に経済が成長を続けていくことだろうと思
います。
ここで鍵を握っているのは、もちろんサプラ
イサイドも重要ですけれど、もう圧倒的にデマ
ンドサイドです。つまり、デマンドサイドが出
てくるか、もっと言えば民間投資が出てくるか
どうかが最大のポイントです。ですから、その
民間投資を喚起する、という修飾語が付いた成
長戦略、これを誰が最初に言ったのか知りませ
んけれど、なかなか読みが深いというか、ポイ
ントが当たっていると思います。
ここで日本の経済の状況について少し考えて
いただきたいと思います。実は 3 カ月ほど前に
フランスで大きな会議に招待されて、ヨーロッ
パのエコノミストと議論する機会がありまして、
私の相方は IMF の専務理事のラガルドさんでし
た。非常に面白い議論をしたんですけれど、ど
うしても話題がヨーロッパの今の問題にいくわ
けです。ご案内のように、ヨーロッパは今、特
にポルトガルとか、イタリアとか、スペインと
か、南のほうは大変財政が厳しい状況で、ちょっ
と何かあると、すぐに国債金利が跳ね上がって
しまう。それから、スペインが一番典型的です
けれど、バブルが崩壊したということがあるも
のですから、家計部門も企業部門も非常に厳し
いバランスシート情勢の中で今苦しんでいて、
金融機関も大変な状況である。「それで、日本は
どうなの?」と振られたのです。そこで、返事
に詰まってしまったのですけれど、こう答える
ことにしました。「日本も同病相哀れむで、公的
部門は大変なものです。やはり公的債務が非常
に膨れ上がっていて、非常に大変な厳しい状況
です」と。「ただ、申し訳ないけど民間はピカピ
カなんですよ」と。つまり、家計部門、あるい
は企業部門は、バランスシートを見ていただけ
れば分かるのですけれど、貯蓄が多すぎて困る
ということはあるかもしれませんけども、少な
くともヨーロッパと大分違うと。つまりこの20
年間、日本は失われた20年だと言われてはいる
のですけれども、その間に公的部門はもちろん、
債務がさらに膨れ上がって、問題が膨れ上がっ
ているわけですけれど、民間部門はピカピカに
なっている。これが動くかどうかということが
最大のポイントなんだ、ということを申し上げ
ました。
実はその話をしたときには、ある方との会話
を思い出しながら話していました。それは、も
う10カ月位前ですが、テレビ東京の『ワールド
ビジネスサテライト』でコメントをする順番が
回ってきたときの夕方、テレビ局からファック
スが来まして、今日は急遽、ソフトバンクの孫
正義氏がテレビに出ることになったので、ソフ
トバンクのスプリントの買収の案件について、
スタジオで10分位トークして欲しいという依頼
があったのです。ちょうどその昼間に、ソフト
バンクはアメリカの第 3 位の携帯電話会社を買
収すると発表をして、世の中を驚かせました。
ご案内だと思いますが、銀行から 1 兆5,000億円
位の借金をして 2 兆円位の買収をするという、
大変な案件でした。
そういう話を聞いていたときに、テレビのス
タジオで私が孫さんに聞きたいことは 1 つしか
ない、
「孫さん、こんなに投資して大丈夫なんで
すか」と。彼は何て言ったか。「伊藤さん、ここ
で勝負しなきゃ男の子じゃない」と言うのです。
「男の子って何ですか」と聞いたら、「金はジャ
ブジャブにあるじゃないの。だけど今日本に欠
けているのは、リスクを取って投資する、そう
いう起業家があまりにも少ないんだ」というこ
とをおっしゃったのです。
ソフトバンクの投資がいいかどうか分からな
いですけれど、非常に物事の本質をとらえてい
るなと思った。つまり日本の経済のバランス
シートを見たときに、少なくとも民間部門、金
融機関も含めて見たときに、お金がなくてオー
バーボローイングで、バランスシート調整が厳
しくてできないというのではなくて、むしろも
うお金は余っていて、ただデフレマインドの中
にどっぷり漬かっているために動けないという
January.2014 No.21
19
ことだろうと思うのです。実は日本の成長戦略
は、ここがポイントなのかなと思っておりまし
て、またそういう目で見ると、余計そう見えて
くるのかもしれません。
実は 6 月に、私はロンドンに会議で行きまし
て、その予定された会議の前の日に、偶然です
けれど、安倍総理が G8サミットからお戻りに
なってロンドンのシティで講演をするというこ
とに気がつきまして、私は自分の出る会議の前
の晩に、安倍総理の講演を聴きに行きました。
ここで 1 つのことに注目しました。40分位の講
演でしたけれど、40分の時間帯の中で、何を時
間をかけて話をするのかなと聴いていました。
もちろんその時点では、世界の注目、特にシティ
の注目は成長戦略ですから、もちろん成長戦略
の話を長くするだろうと。いろんな話をされた
んですけど、私が特に印象的だったのは、電力
システム改革、エネルギー改革の話と、それか
ら TPP、あるいはそれを含むグローバル化の話
をかなり時間をかけて話していた。
日本ではその当時、ちょうど 6 月ですから成
長戦略の話が非常に話題になっていて、例えば
薬をネットで販売するとか、農地の取得を株
式会社にもう少し緩やかに認めてあげるとか、
ICT を使って医療の効率化を図るだとか、ある
いは観光誘致するためにもっとビザを緩めると
か、そういう議論が行われていたのです。でも、
ちょっと考えてみれば分かるのですけれど、薬
をネットで販売したり、農地を株式会社に買わ
せてあげたり、あるいは ICT で医療を改革する
ということは大事ですけれども、それで日本の
経済が見違えるように成長するなんて誰も信じ
ませんよね。長い目で見たら非常に大事なこと
ですけれど、今欲しいのは目の前の成果です。
安倍総理が挙げた電力システム改革と、それ
からもう 1 つの TPP もそうですけれど、グロー
バル化戦略というのは、いわゆる主役は民間な
んです。民間の投資がそこから出てくるかどう
かに非常にかかわる話だと。
電力システム改革
例えば皆さんご存じだと思いますが、電力シ
ステム改革に大きな柱がいくつかある中で取り
あえず重要なものを 2 つ挙げておくと、 1 つが
発送電分離、もう 1 つは小売の完全自由化です。
発送電分離というのは、何か発電と送配電を分
けるというところが議論の中心になってしまっ
ていますが、そうではないのです。発送電分離
20
の本質は、送電と配電という一番公共性の高い
ところを、透明性を増して、公益性を広げて、
誰でも送配電を使える仕組みを作るということ。
結果的に発電が分離されることはあるかもしれ
ない。小売の完全自由化というのは、要するに
電力を実際のユーザーに使ってもらうところの
料金設定だとか、あるいはデマンドマネジメン
トだとか、いろんなものをいろんな業者が入っ
てやるということなんですね。これは、もし本
当に制度を変えるとすると、大変大きな改革に
なります。
もちろんこれは前回の国会で流れましたから、
今度の国会、次の国会で議論するわけですけれ
ど、実はもうご案内のように、こんなことは関
係なく、自主的に発送電分離を進めていかなく
てはならない会社があるのです。それは東京電
力です。ご案内のように、東京電力はいろんな
問題を抱えて大変な状況であるのですけれど、
ああいう厳しい状況になった会社が最後に生き
残るために何がボトムラインかというと、送配
電会社です。電力を送電網で送って、変電所か
ら配電網で各ユーザーに配電するというところ
は、これがないと最初から電力システムそのも
のが運営できないわけですから、ここは公的な
要素が非常に強い。ある意味では非常に安定的
なビジネスと言えるかもしれませんけれど、そ
こを守ることが、多分東京電力であっても、他
の電力会社であっても、最後のボトムラインで
しょう。結果的に、発電とか、あるいは小売に
ついては、自分でやりたいと思ってはいると思
いますけれども、他の業者に任せるということ
も選択肢に入ると思います。
ご案内のように、この前、茨城県で東京電力
の火力発電所が 1 つ古くなったものですから、
新しくするときにその入札を取ったのは、名古
屋に本社がある中部電力でした。中部電力が茨
城県で発電して、東京電力の管内で売るわけで
す。私もびっくりしたのは、そのすぐ後に中部
電力が三菱商事の子会社で、有力な電気会社で
あるダイヤモンドパワーを買収すると発表した
のです。考えてみたら、中部電力にとってみる
と、この発送電分離というのは千載一遇のチャ
ンスで、要するにほかの地域に出ていくという
ことがあるかもしれない。
実はご案内だと思うのですけれど、発電事業
に参入したいと考えている企業はもう目白押し
で、例えば東京ガスだとか、JX やエクソンモー
ビルのような石油会社であったり、新日鉄住金
Fly UP