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結晶性ポリマーフィルムの延伸に伴う高次構造変化の解析

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結晶性ポリマーフィルムの延伸に伴う高次構造変化の解析
The TRC News,
201604-04 (April 2016)
結晶性ポリマーフィルムの延伸に伴う高次構造変化の解析
大田 玲奈
材料物性研究部
要 旨 様々な用途で用いられる PET フィルムの延伸に伴う物性変化とその要因となる高次構造変化を調べるた
めに動的粘弾性,DSC,X 線回折,ラマン分光を用いて総合的に解析した。延伸により弾性率増大やガラス転移
のブロード化と高温シフトが確認され、
それらは結晶量増加や配向、
非晶の配向や減少に起因すると推察された。
1. はじめに
ポリマーの物性は取扱う温度や速度に応じて変化する
ため、目的に応じた方法で把握し、その要因を解析す
ることが重要である。本稿では、耐熱性、耐薬品性、
延伸特性、電気特性等の特長から、様々な用途で用い
られる PET(ポリエチレンテレフタレート)フィルム
を例に、一軸延伸に伴う物性変化を調べ、その物性発
現の要因となりうる高次構造の変化についても確認、
考察した事例を紹介する。
2. 延伸による物性への影響
図 1 粘弾性-温度曲線
ポリマーは粘弾性体であり、温度や周波数によって特
性が大きく変化する。動的粘弾性測定ではこれらの特
150℃付近から再び低下する。一方、3.5 倍延伸の E’
性変化から、材料の力学的性質や熱的性質を調べるこ
は緩やかに低下後、
70℃付近から比較的大きく低下し、
とが可能である。図 1 に動的粘弾性測定にて取得した
200℃付近から急激に低下する。また、両試料の E”は、
未延伸および 3.5 倍延伸の粘弾性-温度曲線を示す。
E’が急激に低下する温度でピークをもつ(未延伸は約
延伸に伴い、
弾性的性質
(元の形に戻ろうとする性質)
70~110℃、3.5 倍延伸は約 70~170℃)ことから、こ
を示す貯蔵弾性率(E’)
、粘性的性質(熱運動で歪みや
の変化はガラス転移を反映した主分散ピークであると
応力を緩和させる性質、変形になじませようとする性
推察される。なお、延伸によりガラス転移はブロード
質)を示す損失弾性率(E”)は共に増大している(図
化かつ高温側にシフトしていることがわかる(図 1 の
1 の橙色矢印)…①。また、温度上昇と共に、未延伸
緑色矢印)…②。
の E’は緩やかに低下し、70℃付近から急激に低下する。
次に、熱の出入りという観点からポリマーの変化を
調べるために DSC 測定を行った(図 2)
。いずれの曲
そして、120℃付近で極小を示した後、増加に転じ、
1
The TRC News, 201604-04 (April 2016)
3. 結晶性および結晶配向の確認
結晶性変化の詳細を調べるために、フィルム面法線方
向から X 線を入射し、広角 X 線回折像を取得した(図
-
4)
。未延伸では見られなかった 010、011 の回折が 2.5
および 3.5 倍延伸にて現れており、延伸に伴う結晶形
成が確認できる。また、分子鎖軸方向の回折ピークで
-
ある 105 に異方性が認められ、延伸(MD)方向に結
図 2 DSC 曲線
晶配向が進行していることも確認できる。なお、この
-
線共に、約 70~270℃間にガラス転移、冷結晶による
MD 方向に出現した 105 の回折を用い、方位角方向に
発熱および融解による吸熱のシグナルが連続的に見ら
対する強度プロファイル(β スキャン)のピーク幅か
れる。
この結果を踏まえると、
図 1 にて、
未延伸の 120℃
ら結晶配向の強さ(結晶配向度)を調べると、延伸倍
付近から見られる E’、E”の上昇は冷結晶化に由来し、
率に応じて結晶配向度も上昇していることが確認でき
未延伸と 3.5 倍延伸共に見られた 200℃以上での両値
る(図 5)
。
の急激な低下は、融解によるものと推察される。
なお、図 2 では延伸倍率が大きくなるほど、ガラス
転移と冷結晶化の温度差は小さくなる傾向にあり、延
伸によって非晶部が熱運動すると同時に、結晶化が生
じやすくなっていると推察される。また、DSC 曲線か
ら求めた熱量値から算出した結晶化度(図 3)から、
延伸倍率が大きいほど結晶化度は増大
(結晶量は増加)
図 4 広角 X 線回折像
することがわかる。前述の①弾性率(E’、E”)増大、
②ガラス転移のブロード化と高温シフトは、結晶部と
非晶部の変化に由来する可能性が示唆される。
図 5 結晶配向度
図 3 結晶化度
4. 非晶部変化の確認
このように、
物性変化を他の視点で確認することで、
単一では明瞭にならなかった現象を補完して考察する
ラマン分光法では PET の分子骨格(ここではベンゼン
ことができる。また、本稿では詳述しなかったが、動
環の二重結合)に着目することで、分子鎖の配向を調
的粘弾性測定では、制音性や耐衝撃性の指標とされる
べることができる。結晶部の情報も含むが、図 6 に配
側鎖の運動に起因する副分散ピーク(E”の約-150~
向分布を示す。未延伸では全方位に等方的に配向して
50℃間)を確認できる、という特長もある。
いるが、延伸倍率が大きくなると、MD 方向(延伸方
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向)への配向が強まると共に垂直成分が減少する。延
このように、結晶性ポリマーの延伸による物性変化と
伸に伴って、分子鎖の MD 方向への配向が進むことが
高次構造変化は、複合的な手法の活用により、総合的
わかる。
に解析できるようになる。
氏名: 大田 玲奈(おおた れな)
材料物性研究部 材料物性第 1 研究室 研究員
趣味:陶芸
図 6 結晶・非晶配向分布
また、非晶部の変化を調べるためには、DSC 曲線で
のガラス転移シグナルに着目すればよい。しかし、図
2 中のガラス転移にはいずれもエンタルピー緩和によ
る吸熱が重複(70℃付近)しており、ガラス転移のみ
を明確化できているとは言い難い。そのような場合に
は、ガラス転移を可逆成分、エンタルピー緩和を不可
逆成分として分離することができる温度変調 DSC が
有効である。図 7 に分離した可逆成分曲線を示す。延
伸に伴って、非晶量を反映するシグナル段差は小さく
なり、非晶量減少が示唆される。また、シグナルは高
温側にシフトしており、延伸による分子鎖の配向や拘
束が示唆される。
図 7 温度変調 DSC によるガラス転移の明確化
5. おわりに
延伸による物性変化として、①弾性率(E’、E”)増大
や②ガラス転移のブロード化と高温シフトが確認され
た。これらは、延伸による結晶部の変化(結晶量の増
加や配向)および非晶部の変化(配向・拘束による非
晶量の減少)に起因して見られたことが推察される。
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