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第1章 全面代替に向けた材料戦略の視点

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第1章 全面代替に向けた材料戦略の視点
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第
章 全面代替に向けた材料戦略の視点
1.元素戦略と材料技術の可能性
原田 幸明 材料ラボ、物質・材料研究機構
1.元素戦略のアプローチ
利用方法すなわち、元素の活用方法の見直しが位置づけられ
る。ここに、先述したハーマン・デイリーの第二原則が、長
環境経済学者のハーマン・デイリーは持続可能な発展のた
期的抽象的な夢としての課題ではなく、現実に現時点での
めの 3 原則として、
我々が答えを出さなければならない課題として社会的に要請
1.「再生可能な資源」の利用は再生速度を超えないこと
されているのである。
2.「再生不可能な資源」の利用は再生可能な資源で代用で
もちろん、すべてを今すぐ再生可能資源由来の物質に依存
きる程度を超えないこと
3.「汚染物質」の排出は環境が循環、吸収、無害化できる
速度を超えないこと
させることは、技術開発の余地を狭め大きな迂回をもたらす
危険性もある。しかし、再生可能資源とはバイオマスのよ
うに栽培可能な資源だけをさすのではない。土壌や海洋もま
をあげた。このうち、1. と 3. は目標設定として比較的容易
た大きな自然の循環の中に組み込まれた再生可能な資源であ
に受け入れることができる。しかし、2. の再生不可能な資
り、そこに存在する元素を汲みつくすことは大気中の酸素を
源に関する原則は、多種多様の金属元素など再生不可能な鉱
汲みつくすようなものである。まず、代替の第一対象は、こ
物資源を源泉としている材料技術の利用者や開発者にとって
のような普遍性の高い元素の利用であるといえる。すなわち、
容易には受け入れにくい原則であろう。すなわち、「それぞ
「あるものを使う」ということが、代替の目標設定となって
れの元素にはその元素特有の有用性があり、その有用性ゆえ
くる。たとえば Ca,Al の複合酸化物で種々の電気的機能特性
に多量のエネルギーを投入してでも希少な枯渇性の資源を発
を発現させるアプローチや Fe-Si 系の金属間化合物での特性
掘し活用しているのであり、再生可能な資源との代替の可能
発現などはその例であり、構造材料系では Ti などが資源の
性があるのならばこれほどの苦労などありえなかった」と。
観点からはもっと注目されてよいはずである。
とはいえ、ナノテクノロジーの前進で、無機物質と有機物
このような普遍的に存在する元素ですべての元素のもつ特
質の垣根が取り払われつつある。それは有機エレクトロニク
性が発揮できるかというと、それは容易に達成できる課題で
スなどに見られるように、カーボンや水素を主体とする有機
はない。持続可能性に対する社会の要請が逼迫してきている
物質が電子やキャリアの伝導などに係わる金属や半導体の特
現在、その方向性を指向しつつ、「相対的に普遍性の高い元
有の性質の領域にも進出してきており、再生不可能な資源か
素に代替していく」という方向をまず第一歩として追求する
ら得られる金属元素の特性を再生可能な資源で代用すること
必要がある。それも困難でありかつ緊要性の高い元素につい
は、あながち不可能とはいえなくなってきている。しかし、
ては、「効果的に使う」すなわち、機能発現のための使用物
その能力や、性能、効率などはまだまだ代替というには不十
質量を徹底的に少量に絞り込むことが必要となる。この「あ
分で、まさに研究開発のフェイズとしての可能性の探索の段
るものを使う」、「効果的に使う」という日常的に もったい
階であるものが多い。
ない といわれる考え方を貫いた物質利用技術を構築できる
しかし、このような研究開発の困難さに対して、現実社
か否かが、元素戦略の基本であるといえる。
会は再生不可能な資源である各種金属元素資源の需要の増大
が、持続可能性の許容範囲を超えてしまうという問題を突き
意味での背景である。さらにそのような中での、特定の国へ
2.元素戦略と材料科学のイノベ
ーション
の資源および国際的マテリアルフローの集中がより強まり、
元素戦略は、希少資源などの持続可能性に対する制約を克
国の経済の側面での持続可能性が、より先鋭的な形で提起さ
服するための備蓄や探索、リサイクルなどの諸取り組みのな
れている。そのような社会の資源需給の状況対して、国やグ
かでも中長期的な視点に立った先行的取り組みである。一般
ローバルなレベルで総合戦略としての資源戦略が、探索や備
に物質・材料技術が研究レベルで構築されてからそれが社会
蓄、リサイクルなどの視点でもたれるべきであるが、その資
に使われるまで十年以上の年月を必要とするケースが多い。
源戦略の中の中長期的で抜本的な解決の要素として、資源の
そのことは、逆に見れば、現時点での研究開発が大きな技術
つけてきた。これが元素戦略を必要としているグローバルな
第1章 全面代替に向けた材料戦略の視点
1
転換をもたらす innovative なものでなければならないこと
チを整理している。
になる。類似の性質を持つ元素への代用技術や数パーセント
ここで注目しているのは、機能そのものではなく、その機
台の使用効率改善は、当面の課題解決には有用だが、元素『戦
能を現出しているメカニズムに係わる構造である。全面代替
略』と呼ぶには不十分なものである。
のアプローチとは、ある元素を単に類似の他の元素に置き換
このような innovative な戦略的研究を進めていくには、
えて従来のものと同等の性能を維持するのではなく、その機
これまでの材料技術、物性科学の成果を積極的に利用し拡張
能発現のメカニズムに注目してそのメカニズムの本質的な要
していく必要がある。金属学会、鉄鋼協会、資源素材学会、
素から別元素への代替を図ろうということである。その場合
セラミクス協会などわが国の素材系学会は、元素戦略研究を
その機能発現のための元素のもつ役割から、原子半径や電子
進めるにあたり、全面代替および極小領域機能化に対して、
軌道、さらにはフォトンやイオンなどの輸送体の形成能とし
それぞれ表 1、表 2 のように、その基礎となる材料学アプロー
ての同等性や、機能発現に特有の欠陥構造や界面構造などを
形成させる代替などがあり、さらには強度や電気的性質など
表 1 全面代替へのアプローチ機能発現メカニズムの他元素代替
の領域では妨害因子を除去することでその妨害要素を無効化
するために添加していた元素成分の代替を図るという場合も
ある。さらにミクロンオーダーの構造で現出させていた機能
Case1 原子径、イオン径の同等性
をナノオーダーの挙動で現出させることで結果的に用いられ
Case2 電子軌道の同等性(化学代替)
ていた元素の代替を図るということも考えられる。
Case3 輸送体の同等性
また、極小領域化へのアプローチとしては、発現機構のミ
Case4 欠陥構造の 同等性
ニマムの要素を把握することがまず求められる。そのミニマ
Case5 界面構造の同等性
ム要素が表面や界面などに局在する現象であるならば、目的
Case6 隠れた機能の現出(妨害因子の排除)
とする元素の使用をその局在部分に限定させる物質プロセス
Case7 マクロ機能の転換
技術が鍵となる。また、ナノコンポジット化などのナノ複合
技術はその局在領域をバルクの中に現出できるだけでなく、
表 2 極小領域機能化へのアプローチ
Case1 発現のミニマム要素の解明
Case2 局在現象の利用
表面局在、界面局在
Case3 ナノ複合による新規機能
Case4 劣化・阻害因子からの開放
それぞれの機能発現領域もしくは機能抑制領域を微細に配置
しそれらの有する電磁気的作用などの協奏的効果をもたらす
可能性もある。また、不均一領域の妨害要素の効果を制御し
代替の場合と同様にそれらの効果を無効化して特性を伸ばす
ケースもある。
上記に述べたような要素が、元素戦略の基礎となるイノ
ベーション要素となる。これらは、基本的には、分子レベルや、
結晶レベル、界面レベル、複合物レベル、さらには構造体レ
図1 元素戦略研究の基本要素
2
材料と全面代替戦略 ∼NIMSにおける取り組みからその可能性を探る∼
ベルなどの物理的、化学的、力学的機能の出現・制御要素の
そのように考えると、この間のナノテクノロジーの進歩が
階層に合う形で、インターフェイス制御や構造制御、もしく
材料技術に対して切り開いてきた様々な要素を積極的に活用
は成分制御のかたちでのプロセスコントロールにより目的の
してこそ、従来の枠組みにとらわれない新たな物質探索の可
機能や現象を引き出すことになる。しかし、これらはまだ物
能性が出てくることは言うまでもない。
質の段階であり、材料開発としてはそれらの物質を材料にす
図2は、縦軸に対象物のサイズとしての階層軸を、横軸に
るマテリアライズとでも呼ぶべき要素が必要である。それは、
従来から未来へとの時間の流れとしての時間軸をとって、い
目的とされる機能だけでなく、強度や熱特性、さらには加工
くつかの代表的な技術や研究対象を概念的に配置してみたも
性などのプロセス能、そしてそれらを含んだ特性的安定性が
のである。従来の物質利用において元素は自然から与えられ
組み込まれることである。このマテリアライズの要素を獲得
た人為的制御が困難なものであり、それに規定された組み合
し得ない物質は、「使う」段階に進むことができず、「使われ
わせの上に化学的な性質があり、さらに、よりマクロ的な結
てこそ『材料』」としては不十分なものと言わざるを得ない。
晶、界面の制御や、構造体・機能体の構成などで物質の特性
ここまでが、材料科学がもっぱら責任を持つ領域である
を引き出し材料化していった。ナノテクノロジーは主として
が、元素戦略が実際に、代替、減量、循環、規制などとして
二つの側面でそのアプローチを深化させている。ひとつは、
効果を出すには、社会における実使用のための社会技術と結
極薄膜や表面とその近傍領域、バルク中における原子レベル
びつかねばならないことは言うまでもない。最終的にはこの
の極微細域などの解析技術の大幅な進展であり、もう一方は、
ような製品化や政策選択のための社会技術との結合を前提に
同じくその領域で人為的な原子の配置や制御を行う技術の進
して、その基礎を長期的な視点から構築していくものとして、
展である。元素戦略研究においては、このようなナノテクノ
イノベーションおよびマテリアライズの元素戦略がある。
ロジーの進展を積極的に活用していくことが鍵であり、逆に
言うと、元素戦略研究への具体化を通じてナノテクノロジー
3.元素戦略とナノテクノロジー
の真価が問われるということも出来る。
ナノテクノロジーの前進を糧に元素戦略研究として、代替、
ここまで見てきたように元素戦略は、当面の希少資源対策
減量などを図るアプローチとしては、ナノコンポジット化の
のための技術開発ではなく、長期的な視点での新しい資源利
方向からのアプローチと、ラティス・エンジニアリング的ア
用の可能性を切り開くための材料科学・材料技術の見直しで
プローチの方向がある。ナノコンポジット化は、よく知られ
ある。そのためには、従来の材料科学の知識と経験を単に寄
るように、異なる機能を持つナノサイズの物質を微細に複合
せ集めるだけではなく、ひとつの集大成として、それぞれの
させた複合材料であり、ナノ物質自体の構造制御と分散、配
元素がその機能発現のために果たしていた役割の本質を見抜
列、被覆、隔壁、ピニングなどのナノ領域での位置制御など
き、そのメカニズムを特定の元素に依存せずに発揮させる方
を行うことである。これにより元素戦略的には、個別のナノ
向を探索していく、新しい物質探索、材料開発に他ならない。
構造体の持つ特性を引き出しつつ、さらに、その特性の増長、
図2 機能代替の手法、要素、可能性 − 階層軸 と 時間軸 から −
第1章 全面代替に向けた材料戦略の視点
3
図3 ラティス・エンジニアリングに基づく多面性能物質創製の概念
他の特性との協奏関係の発現、劣化・妨害機構の抑制などを
用物質量の極小化や、活用できなかった要素を引き出すこと
4.元素へのこだわりと元素の制
約からの解放
による代替物質の開発などとして進めることができる。
ここまで、主として元素戦略を元素の制約からの解放の観
通じて、元素の持つ既知の機能の飛躍的効率化、すなわち使
ラティスエンジニアリングとは、ナノ解析技術と計算科学
点で見てきた。これは錬金術(alchemy)が化学となり元素
の発展をベースに物質構造自体を見直そうとする取組み全般
(element)の概念をその機能発現要素の中核にすえてきたの
を指したもので、結晶の格子サイズでの配置や対象性、規則
に対して、ナノコンポジット化なりラティスエンジニアリン
性およびそれらの不均一構造等に着目することから、ここで
グなり、ナノ構造が機能発現の主要素であるとして物質設計
一括してラティスエンジニアリングと称する。このラティス・
を進めようとするものである。これは、見方によっては元素
エンジニアリングは、ナノコンポジット化と同様に、元素戦
の再否定(止揚:Aufheben)ととらえることも出来るかも
略研究のために生まれてきた新手法ではなく、ここ近年進ん
しれない。その意味で、特定の機能に特定の元素を前提とし
できた手法を元素戦略研究として発展させるものである。
ない物質創生の追及としてナノ・アルケミーという捉え方も
例えば、非チタニア系光触媒の開発においては、光触媒の
意味を持ってくるものと考えられる。
適切なバンドギャップ構造を有する結晶格子状態の選択で物
他方で、元素の制約からの解放を図ったとしても、厳密に
質探索が進められ、巨大電歪効果の開発においても結晶格子
は元素選択の制約からの解放でしかないことも確かである。
中の欠陥のナノ秩序対象性を制御することでそれを実現して
物質化し、材料化し、実用化していくには必ず何かのモノが
いる。このような例だけでなく酸化物、化合物系半導体の開
そこで使われねばならない。そのモノを我々は基本的に理解
発におけるドーピング元素の置換はバルク中の不純物要素と
しているのか、ということも、同時に考えておかねばならな
してのレベルから結晶構造の制御を通じてバンド構造を制御
いことである。白金が貴重であるならばその白金の本性をど
する方向で進められている。さらには、最近注目されている
こまで理解しているのか、その最も代替しがたい部分を果た
アルミナカルシア複合酸化物系のかご型構造による電子授受
して生かしているのか。アルミナやマグネシウム、チタンが
機能などもこのようなラティスエンジニアリングの典型例で
普遍的に存在するというのであれば、それらの持っている可
ある。これまでこれらの技術はそれぞれの要素で開発されて
能性をどれだけ活用しているのか。これらは、他の元素に対
きているが、ナノ解析技術とともに近年進歩の著しい計算材
しても言えることであり、それらの可能性が引き出されるこ
料科学を駆使し総合化を図ることで、多様な領域での多面的
とで、さらに高次の元素選択の制約からの解放としてのナノ・
な要請に応えうる代替元素選択の拡大のための基礎を形成し
アルケミーの道が開けてくることが期待される。
ていくことが期待される。
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材料と全面代替戦略 ∼NIMSにおける取り組みからその可能性を探る∼
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