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英語化現象 - 国際日本文化研究センター学術リポジトリ
第1章 日本 に お け る 「英語 化現 象 」 の研 究 課 題 と方 法(1) 中 村 敬 1.「 英 語 化 現 象 」 の 意 味: 既 に20年 も前 にハ ーバ ー ド ・パ ッシ ン氏 は、 日本 語 の 未 来 予 測 を して、 「日本 語 の語 彙 は遠 か らず完 全 に 国 際化 す るだ ろ う」 と言 い放 っ た(2)。こ こで 「国 際化 す る」 と は、 欧 米 諸 言 語 が、 主 に英 語 を媒 介 と して、 全 面 的 に 日本 語 の 中 に取 り込 ま れ る こ とを意 味 し、 「英 語 の語 彙 も中 心 を な す もの す べ て が 日本 語 に吸 収 さ れ」 「中国 渡 来 の言 葉 は、 こ の さ き も日本語 の重 要 な 一 部 と して残 る はず だ が、 そ の多 くは英 語 に と って代 わ られ る」 と さ え述 べ て い る。 さ らに磯 村 尚徳 氏 に よ れ ば、 大 前研 一 氏 は、 「こ れ か らの世 界 は まず 通 用 語 と して は英 語 に統 一 され るだ ろ う」 と言 って い る とい う(3)。 事 態 は、幸 い と言 うべ き か、 あ る い は 当然 とい うべ き か、 パ ッシ ン氏 の予 測 通 りに はな って は い な い 。 しか し、 い くっ か の点 で 予 想 を裏 書 き す る よ うな事 態 が 起 こ って い る こ と も事 実 で あ る。 そ の よ うな事 態 を筆 者 は 「英 語 化 現 象 」 と呼ぶ 。 「英 語 化 現 象 」(4)とは、 まず第 一 に言 語 レ ヴ ェル で英 語 が頻 用 さ れ る現 象 を い う。 こ の現象 の 日本 的特 異 性 は、(疑 似)英 の(例 え ば 、MistakeCheck←Checkerrors/WhiteStaffHouse(5)[信 所 の名 称]等 々)が 使 わ れ る場 合 と、(主 と して、 英 語 を 出 自 とす る)片 仮 名語(例 ン フ ォー ム ド ・コ ンセ ン ト、 イ ンフ ラ[ス 語 その も 丿 耀 ・1白 馬 村 の職 員 宿 泊 え ば、 イ トラク チ ャー]、 等 々)を 、 それ 等 に対 応 す る漢 字 が あ る場 合 で も、 使 う こ とだ。 片 仮 名 語 は、 出 自 が英 語 で あ る以 上 発 想 は英 語 の概 念 を基 本 と して い る。 そ の意 味 で、(出 自が英 語 の)片 仮 名 語 の 頻 用 は、言 語 レ ヴ ェル で の 「英 語 化 現 象 」 と言 って よい 。 「英 語 化 現 象 」 の 第二 の レヴ ェ ル は、 文 化 に関 わ る もの で あ る。 言 語 は単 な る記 号 以 上 の も の で あ るか ら、 以 上 の よ うな言 語 レヴ ェ ル で の 「英 語 化 」 は 日本 人 の社 会 や 日本人 の意 識 を英 語 化 す る可 能 性 を 持 って い る。 例 え ば、 日本 人 の他 者 観(と りわ け、 近 隣 諸 国 ・諸 民族 に対 す る 「転 位 した オ リエ ン タ リズム」(6))の形 成 は、 言 語 レヴ ェル で の 「英 語 化 」 が 、 少 な くと も 歴 史 的 に み て 、 そ れ と表 裏 一 体 と な って い る文化 レヴ ェ ル で の 「英 語 化 」 が 具 体 的 な形 を と っ て表 れ た もの で あ る、 と考 え られ る。 この よ うな 文 化 レヴ ェル の 「英 語 化 」 は、 社 会 全 体 の 「英 語 化 」 と連 動 す る。 これ が第 三 の レ ヴ ェル で の 「英 語 化 」 で あ る。 「英 語 化 」 を もた らす言 語 は英 語 で あ るか ら、 日本 の社 会 に お け る 「英 語 化 」 は英 語 が い か な る国 家 や民 族 の言 語 で あ るか 、 そ して そ の言 語 が世 界 秩 序 の i 中 で いか な る地 位 を 占め て い るか とい う問 題 と直 接 間接 関 わ って い る。 そ の意 味 で、 「英 語 化 」 と は、 期 間 を 敗 戦 後 の50年 間 に 限 って言 え ば、 社 会 ・経 済 的 な意 味 にお い て 「ア メ リカ化 」 を含 意 す る。 以 上 の よ う に、 「英 語 化 現 象 」 は、 言 語 ・文化 ・社会(経 済)の 三 っ の レヴ ェ ル にわ た っ た 現 象 と考 え る こ とが で き る。 小 論 は、 そ の よ うな現 象 の研 究 の大 枠 を提 示 し、2・3の 重要課 題 を 重 点 的 に論 じ よ う とす る もの で あ る。 2.研 究 の 目 的 と 方 法: 「 英 語 化 現 象 」 の 因 果 関 係 を社 会 ・経 済 ・文 化 の観 点 か ら明 確 にす る の が本 研 究 の 目的 で あ る。 具 体 的 に は次 の4点 に集約 で き るだ ろ う一 。 1)「 英 語 化 現 象 」 の 実 態 の解 明 2)「 英 語 化 現 象 」 を 推 し進 めて い る要 因 の 解 明 3)「 英 語 化 現 象 」 と世 界 秩 序 の関 係 の解 明 4)「 英 語 化 現 象 」 が 日本 人 の意識 や 社 会 状 況 に与 え て来 た(あ るい は、 与 え て い る) 影 響 の解 明 研究 の 方 法 に は、 大 概 次 の五 っ の方 法 が 考 え られ る一 。 (1)実 証 的 (a)「 英 語 化 現 象 」 の実 態 を可 能 な限 り数 量 的 に示 す 。 そ の意 味 で 、 こ の方 法 は同 時 代 的 で あ る。 例 え ば、 外 国 語 教 育 の 中 で英 語 科 目 の 占 め る割 合 や メ デ ィ ア の中 の英 語 の 使 用 率 な ど。 そ の他 、 人 々 の英 語 観 や英 語 教 科 書 が扱 う外 国 や異 民 族 の割 合 な ど。 (b)英 語 を め ぐ る 「言 説 」(「定義 」)の 実 証 的分 析 。 対 象 は、 ① 英 語 を母 語 とす る人 、 ② 英 語 を 第2言 語 とす る人 、 ③ 英 語 を外 国 語 と す る人 一 以 上 三 っ の グル ー プ の人 達 の英 語 を あ ぐる言 説 を分 析 して彼 等 の英 語 観 を検 証 す る。 日本 人 は第3の グ ル ー プ に属 す る。 こ こ に挙 げ た三 っ の グル ー プ は、 そ の 関係 性 が決 して相 称 的(symmetrical)で は な い。 し たが っ て彼 等 の英 語 観 の位 相 は、 「英 語 化 現 象 」 の複 雑 さ を よ り鮮 明 に して くれ る で あ ろ う。 と りわ け、 「植 民 地 時 代 以 降(postcolonial)」 の、 主 と して ②(そ して、 少 数 な が ら ③ を含 む)の 人 達 の英 語 を め ぐる言 説 は、(言 語 ・民 族 の)「 世 界 化 と地 域 化 」 「多 元 化 と 一 元 化 」 とい う英 語 問題 の 優 れ て現 代 的 な課 題 を突 き付 け て い る。 (2)理 論 的 「 英 語 化 現 象 」 の 再生 産 の構 造 を モ デ ル化 して示 す 。 この仕 事 は、 既 にR.Phillipson(LinguisticImperialism,OxfordUniversityPress,1992)に る が、 一 般 的 な 意 味 で の 英 語 教 育(以 下 、ELT)と よ って、 あ る程 度 まで 進 め られ て い 「英 語 化 現 象 」(「英 語 一 極 集 中 状 況 」 「(イデ オ ロギ ー と して の)英 語 帝 国 主 義 」)の 関 係 性 を 明示 的 に示 す モ デ ル に よ って、 「英 語 一 極 集 中状 況 」 の再 生 産 の 構 造 を 明 らか にす る こ とが 可 能 にな るだ ろ う。 日本 にお け る 「英 語 化 2 第1章 日本における 「 英語化現象」の研究 現 象 」 の 再 生 産 構 造 もこれ に よ って説 明 が 付 く。 (3)歴 史 的 「(日本 に お け る)英 語 化 現 象 」 を 、(英 語 国 の)国 民 ・国 家 の形 成 過 程 や 「実 証 主 義 」(positivism)「 科 学 主 義 」 「近 代 主 義 」 な ど の価 値 観 の形 成 過 程 との関 わ りで 明 らか にす る(7)この 作 業 に は 「英 語 社 会 史 」 の 構 築 が欠 か せ な い。 作 業 の一 つ は、 社 会 的 大 言語 の 形 成 過 程 を、 英 語 を 一 っ の事 例 と して 類 型 化 す る こ とで あ る(8) (4)経 済 的 世 界 的 レヴ ェル で の 「英 語 化現 象 」 と英 語 の商 品 化 の過 程 を 理 論 的 に分 析 す る(9) (5)言 語社会学的 日本 にお け る 「英 語 化 現 象 」 と(イ ギ リス)英 語 の 「標 準 語 化 」 の 関 係性 を 解 明 す る。 標 準 語 化 は国 民 ・国 家 の 形 成 と不 可分 に結 び つ い て い るが 、 「英 語 化 現 象 」 の特 異 性 は、 本 来 、 民 族 語 の レヴ ェル で の 「標準 語 化」 が(国 内 に とど ま らず)世 界 の言 語 の 階層 分 化 に ま で及 ん だ 点 で あ る。 例 え ば 、 「(日本 の)「 英 語 化 現 象 」 の一 っ と して の 「英 会 話 症 候 群 」(津 田幸 男 「英 語 支 配 の 構 造 』 第 三 書 館 、1990)の 背 後 に あ る要 因 の一 っ と して、 英 語 の世 界 レ ヴ ェル で の 「標 準 語 化 」 を挙 げ る こ とが で き る。 そ の意 味 で、 標 準 語 化 の持 つ 意 味(例 え ば、 「規 範 化 」 と 「統 合 化 」)を 明 確 に して お く必要 が あ る。 以上 の よ うな方 法 を 駆使 しっ っ、 次 章 で は四 っ の 目的 に関 わ る問題 点 を順 次 分 析 した い と思 う。 3.英 語 化 現 象 の 実 態: 実 態調 査 の領 域 は、 メデ ィ ア関係 、 歌 、 外 交 文 書 、 外 国 語 教育 制度(と 名 前 の ロ ー マ字 に よ る表記 法(NakamuraKei/KeiNakamura?)な りわ け、 英 語 教 育)、 ど、 多 岐 に わ た るが 、 こ こで は、 こ う した領 域 で の 片仮 名 語 と(疑 似)英 語 の 使 用 に的 を 絞 って 問題 点 を指 摘 して お く。 片 仮名 語 や(疑 (b)片 仮 名 語(ひ 似)英 語 の使 用 上 の特 性 は、(a)片 らが な)+漢 され て い る わ けで は な い)に 字+(疑 似)英 語 の混 用(こ 分 け られ る こ とで、(a)の 可 能 な ほ ど広 範 に わ た る。(b)の 仮 名 語 や(疑 似)英 語 の単 独 の 使 用 、 の順 序 はい つ も この よ うに固 定 場 合 は、 使 用域 を特 定 す る こ とが 不 使 用 域 は、 主 と して メ デ ィア関 係 に多 く見 られ る。 そ の場 合 も、 政 治 や文 化 を真 正 面 か ら論 ず る論 文 や 記 事 に は まず 見 られ ず 、主 と して風 俗 関係(そ れ も若 者 や 女 性 を対 象 と した)記 事 や 放 送 番 組 で頻 用 され る。 こ う した現 象 の特 性 は、 官 民 一 体 で 、 使 用 者 の階 層 上 の 差 異 が 認 め られ な い こ とだ(こ うし た 日本 人 の 言 語 表 現 の変 化 が何 を 意 味 す るの か は後 で 触 れ る)。 片 仮 名 語 化 現 象 の 官 民 一 体 化 現 象 は、 大 部 分 の片 仮 名 語 の原 基 が 英 語 で あ る こ とを考 え る と、 英 語 支 配(hegemony)が 社 3 会 の 隅 々 に ま で及 ん で い る とい って よ い。 例 え ば 、 「信 濃 毎 日』(1997年6月26日 付 朝 刊)は 、 長 野 県 の 「県 会 一 般 質 問 の 詳 報 」 を 載 せ て い る 。 質 問 事 項 の 一 部 は、 「県 警 の ホ ワ トス ノ ー 作 戦 と 、 外 国 人 犯 罪 の 実 態 は 」 「エ コ ・ ツ ー リ ズ ム へ の 取 り組 み(中 略)に っ い て 」 「グ リ ー ン ・ッ ー リ ズ ム の 推 進 に つ い て 」 と い っ た 具 合 で あ る 。 「ク ラ イ ン ガ ル テ ン交 流 促 進 セ ン タ ー 」 は、 長 野 県 北 安 曇 郡 の 美 麻 村 が 創 設 し た 「国 際 交 流 セ ン タ ー 」 の 名 称 だ が 、 「ク ラ イ ン ガ ル テ ン」 の 原 基 は ドイ ッ語 一Kleingarten 一 で 、 「小 菜 園 」 の こ と だ 。 階 層 間 で の 使 用 上 の 差 異 が み ら れ な い の は 、 最 近(1997)出 情 』(三 省 堂)の 副題 demicworld.)が 版 さ れ た 『キ ヤ ンパ ス 性 差 別 事 「ス ト ッ プ ・ザ ・ア カ ハ ラ」(←Stop[sexual]harassmentintheaca- 、 そ れ を 象 徴 して い る 。 著 者 は 大 学 教 員 な ど の 研 究 者 で あ る 。 こ の 傾 向 は 、 「知 識 人 」 「企 業 人 」 「ジ ャ ー ナ リ ス ト」 の 書 く文 章 に も 日常 的 に み ら れ る一 念 ・概 念)」 「ミ ィ テ ィ ゲ ー シ ョ ン(緩 ク ー ル(言 和)」 「デ ィ ス コ ー ス(又 説)」 「ア カ ウ ン タ ビ リ テ ィ(透 ロ ー ジ ャ ー(情 報 開 示)」 「[現実 的 な]タ 似)英 は、 出 自 が フ ラ ンス語 の デ ィス 明 性)」 「リ ビ ン グ ・ ウ ィ ル(尊 厳 死?)」 ー ゲ ッ ト(目 標)」 「イ ン タ ー シ ッ プ([大 業 体 験 制 度)」 「イ ン フ ラ ス ト ラ ク チ ャ ー(産 次 に(疑 「コ ン セ プ ト(理 業 基 盤/社 「デ ィ ス ク 学 生 の]職 会 福 祉 ・環 境 施 設)、 等 々 。 語 使 用 の 代 表 例 を 挙 げ て お く一 。 別 掲 の 写 真 は 、 某 製 薬 会 社 が 販 売 して い る 飲 料 水"PocariSweat"の 成 分 表 で 、 自販 機 に表 示 さ れ て い る も の で あ る。 問 題 な の は 、 そ の 英 文 に 対 応 す る 日 本 文 が 自販 機 の 何 処 を 探 して も見 当 た ら な い こ と だ 。 し か も、 示 さ れ て い る 成 文 は 、 身 体 に よ い も の ば か り で は な い の に で あ る。 こ れ は 要 す る に 、 英 文(の 「成 文 表 」) は 、 中 身 が 問 題 で は な く、 英 語 で 書 か れ て い る こ と に 意 味 が あ る こ と を 示 し て い よ う。(10) (b)群 の 使 用 例 は 、 主 と し て 風 俗 に 関 わ る も の が 圧 倒 的 に 多 い一 。 「[オ リ ン ピ ッ ク ま で の 日数 を 示 す 見 出 し と して]カ ウ ン トダ ウ ンinNagano」 (さ だ ま さ しの 音 楽 会)「 無 敵 の パ ー フ ェ クTシ レ ビ の ニ ュ ー ス 番 組 の]ス 「ま さ しん ぐWORLDコ ャ ツ 」 「NEWSな ン サ ー ト」 日 の 真 夏 の ス タ イ ル 」 「[テ ー パ ー ・J・ チ ャ ン」 「ト レ ン ド小 物INDEX」 等 々。 以上 の よ うな 片 仮 名 語 化 あ る い は 英 語 化 の 現 象 は い っ た い い っ 頃 か ら始 ま っ た も の か 、 次 に 時 期 を 戦 後 に 限 定 し、 対 象 を 歌 に 絞 って み て み た い 。 二 っ の 図 表(次 頁 参 照)は 、 共 に1969年 ぞ れ 各 年 に お い て 上 位20曲(図1)と9曲(図2)を 太 い 線 が 英 語(あ る い は 、 ロ ー マ 字)の は 太 い 線 が 、 英 語(あ 4 以 降93年 ま で の 間 に 歌 わ れ た500曲 の 中 か らそ れ 基 に 、 作 成 し た も の で あ る。 図1で は、 タ イ トル 、 細 い 線 が 日 本 語 の タ イ トル を 示 す 。 図2で る い は 、 ロ ー マ 字)の タ イ トル 、 細 い 線 が 出 自 が 英 語 と 考 え られ る カ タ 第1章 日本における 「 英語化現象」の研究 図1 図2 カ ナ語 の タ イ トル を示 す 。 この統 計 資料 が示 す の は、 「 英 語 化 現象 」 が本 格 的 に進行 す るの は、 ほぼ1970年 代 の 後半 で あ る とい う事 実 で あ る。 この事 実 を ど う読 み解 い た ら よい だ ろ うか。 まず 、70年 代 後 半 か ら 日米 関係 が 「安 定 期 」 に入 った とい う こ とだ。 つ ま り、70年 代 後 半 は、 「サ ンフ ラ ンシ ス コ条 約」 以後 「60年安 保 」 の 挫 折 に と もな って 、 日本 とア メ リカ の政 治 上 経 済 的 上 の 支 配 ・被 支 配 の 関 係 が 固定 化 した 時 期 と考 え られ る。 一 方 で は、GNPが の経 済 発 展 を遂 げ、 沖縄 の本 土 復 帰(1972)が 世 界3位 に ま で 登 りっ あ る ほ ど 実 現 した時 期 で もあ った。 消 費 社 会 の シ ス テ ム 化 が極 度 に進 行 し、 国民 全 体 が"非 政 治 的"に な る背 景 は十 分 整 って い た。 こ の時 期 に は テ レ ビの 契約 台 数 は、2000万 を突 破 し、NHKが1971年 か ら放 映 し は じめ た 「セ サ ミス ト リー ト」 な ど を通 して 、 英 語 が茶 の 間 に直 接 入 り込 む 下 地 が十 分 出来 上 が る時;期で もあ った。1983年 に は ア メ リカ文 化 そ の もの 「デ ィ ズ ニー ラ ン ド」 が 日本 に上 陸 して い る。 そ の前 年(1982)の 5 12月17日 にNHKは 「音 声 多 重 放 送 」 を 本 格 的 に 始 め た 。 英 語 を 中 心 と す る ア メ リ カ文 化 は 確 実 に 日 本 人 の 生 活 の 一 部 と な っ た の で あ り、 そ の こ と に 大 部 分 の 日 本 人 が 違 和 感 を 持 た な く な って い た の だ った。 4.何 が 「英 語 化 現 象 」 を 推 し 進 め て い る か: 「英 語 化 現 象 」 を 推 し進 め て い る要 因 は、 「現 象 」 そ の も の の 実 態 と 共 に 多 岐 に わ た る。 こ こ で は 、 現 代 日本 、 そ れ も戦 後50年 の 日本 に 限 定 し て 、 要 因 の 中 で も一 般 に触 れ ら れ る こ と が 少 な い が 、 特 に 重 要 だ と 考 え る 英 語 を め ぐ る 定 義 と 言 説 に っ い て 論 じて お き た い 。 「英 和 」 「英 々 」 「国 語 」 の 三 っ の 種 類 の 辞 書 に 共 通 す る定 義 は 、 「イ ギ リ ス の 言 語 。 イ ン ド ・ ヨ ー ロ ッ パ 語 族 の 一 言 語(以 語 中 最 も勢 力 が あ る 」(以 上 下 略)」 の 如 く、 ま ず 、 英 語 の 語 族 を 問 題 に し、 次 に 「 世 界 の言 「広 辞 苑 」、1994)の よ う に英 語 の社 会 的広 が りに言 及 す るの が り わ け 学 習 辞 典 の 場 合)は 、 英 語 と い う訳 語 だ け で 済 ま せ て し ま っ て い も っ と も一 般 的 で あ る 。 「英 和 」 の 場 合(と る も の が 多 い 。 し た が っ て 、 「英 和 」 を 通 し て 得 ら れ る 英 語 に 対 す る 観 念 は 、 「言 語 の 一 つ 」 で あ っ て 、 そ の 限 り に お い て 、 価 値 判 断 は 含 ま れ な い 。 しか し、 そ う し た 抽 象 化 さ れ た 定 義 で は 英 語 の 実 態 は 何 も 伝 え られ な い た め 、 学 習 者 は英 語 に ま っ わ る支 配 的 な 言 説 を 安 易 に 受 け 入 れ る こ と に な る 。 そ う した 支 配 的 な 定 義 の 一 っ は 「国 語 の 辞 書 」 の 定 義 で あ る一 例 え ば 、 「話 し 手 は イ ギ リ ス ・ア メ リ カ ・カ ナ ダ ・オ ー ス トラ リア を は じあ 六 大 陸 に 広 が り 国 際 語 と し て の 性 格 を 強 め て い る 」(『大 辞 林 」 三 省 堂 、1988)。 「英 々 」 の 辞 典 類 の 定 義 も本 質 的 に 変 わ らな い 。 例 え ば 、 ①COが は 、 次 の よ う に 定 義 して い る一theIanguageofEngland,nowusedinmanyvarietiesintheBritishIsles,the UnitedStates,andmostCommonwealthorex-commonwealthcountries,andofteninternationally②LongmansEnglishLarousse(1968)は 、theofficiallanguagespokenin GreatBritain,NorthernIreland,theU.S.A.,Canada...(斜 線 筆 者)と Webster'sNewWorldI)ictionaryoftheAmericanLanguage,1957に 定 義 し、 さ ら に ③ 至 っ て は、thelan- guageoftheEnglish,spokenalsointheUnitedStatesandmostpartsoftheBritish Empire,と ま こ と に 驚 く ほ ど 時 代 錯 誤 的 定 義 を 載 せ て い る。 こ こ に 引 用 し た 定 義 は、 そ れ ぞ れ"正 し い"。 ② は 明 ら か に"事 実"に 反 す るが 、 英 語 の実 質 的 な 状 況 を 伝 え て い る。 た しか に、 英 語 は世 界 で も っ と も広 範 に 使 わ れ て い る か ら で あ る。 し か し、 そ う した 記 述 が 産 み 出 す 支 配 的 英 語 観 は、 英 語=国 で あ っ て 、 英 語 国 際 語 論 の 持 つ 逆 接 的 側 面 一 英 語=侵 際 語(共 略 語/支 通 語/世 配 言 語/帝 界 語/普 遍 語) 国主 義の言語一 を ま っ た く不 可 視 の 状 態 に し て し ま っ て い る。 そ う し た 支 配 的 な 英 語 観 の 形 成 に 同 じ よ う に 大 き な 役 割 を 果 し て い る の が 英 語 に 関 す る言 説 で あ る 。 「言 説 は 現 実 を 創 り 出 し さ ら に そ れ を 規 定 す る の で あ る一discoursesconstructand regulateourrealities(A.Pennycook,1994)」 。 英 語 を め ぐ る言 説 は辞 書 の 定 義 と相 俟 っ て 人 々 の 支 配 的 英 語 観 を 形 成 す る だ け で な く英 語 支 配 と い う現 実 を 創 り 出 し て い る の で あ る。 6 第1章 英 語 を 母 語 と しOEI)の 編 者 で も あ るBurchfield氏 日本 における 「 英語化現象」 の研究 は 次 の よ う に 言 う一 「実 際 、 こ の 世 の 中 で 、 読 み 書 き 能 力 や 教 育 が あ っ て も 英 語 が 使 え な い 人 に は 大 切 な も の が 欠 け て い る一any literate,educatedpersononthefaceoftheglobeisinaveryrealsensedeprivedifhe doesnotknowEnglish.(R.W.Bailey:ImagesofEnglish,CambridgeUniversityPress, 1991)。R.Claiborneに 至 っ て は 、 英 語 はnotmerelyagreatlanguage,butthegreatest (English-ltsLifeAndTimes,Bloomsbury,1994)と 英 語 を 第2言 (侵 略)の 語 と して(た だ し、 母 語 同 然 に)使 っ て い るB.B.Kachru氏 は、 英 語 の進 出 背 景 に 関 心 を 示 し っ っ も、 現 在 は そ ん な こ と を 論 じ て い る段 階 で は な い 。 む し ろ 、 英 語 の(旧 植 民 地 で 英 語 の 異 種 を 産 み 出 して い る)「 土 着 化[nativization]や(ア ク ソ ン文 化 か ら独 立 して)「 脱[ア ン グ ロ サ ク ソ ン]文 条 の よ う に 唱 え られ て 来 た 様 々 の 英 語(教 types)に まで 言 って い る。 育)論 化 化[aculturation]」 の ング ロ サ が、 従 来 金 科 玉 「聖 域 」(sacredcowsofdifferent く さ び を 打 ち 込 む 役 割 を し て い る 事 実 を 認 識 し た 方 が よ い 、 と述 べ て い る 。(B.B. Kachru:"TheSpreadofEnglishandsacredlinguisticcows"inP.H.Lowenberg(ed.) LanguageSpreadandLanguagePolicy,GeorgetownUniversityPress,1988.) Kachruの 議 論 は言 語 の 「一 元 化 」 と 「多 元 化 」 と い う避 け て は 通 れ な い 現 代 に あ っ て 、 重 要 な 問 題 を 提 起 し て い る が 、Burchfield氏 共 々 英 語 の 有 用 性 を も っ ぱ ら論 じて い る 点 で は 、 本 質 的 に 同 じ議 論 を して い る と言 っ て よ い 。 こ の よ う な 言 説 に 支 配 さ れ 、 し か も、 外 国 語 教 育 政 策 の 中 で 英 語 が 一 元 的 か つ 実 質 強 制 的 に 教 え ら れ て い る 状 況 下 に あ っ て 、 専 門 家 達 が 作 成 す る 英 語 教 科 書 の 英 語 を め ぐ る言 説 も ま た 、 「英 語 化 現 象 」 に 大 き く貢 献 して い る(12)。 こ こ で は 、 も っ と も牽 強 付 会 な 論 理 で 、 英 語 有 用 論 を 展 開 し て い る(と 筆 者 に は 思 え る)例 を 挙 げ て お く。 竹 山 道 雄 の 『ビ ル マ の 堅 琴 」 に は 、 密 林 の 中 で 英 国 の 兵 士 達 が"Home, Sweet,Home"を 合 唱 す る の を 聞 い た 日本 の 兵 士 達 が 、 そ の 歌 の 日 本 語 訳 「埴 生 の 宿 」 を 歌 っ て 返 す う ち に い っ し か 両 国 兵 士 が 、 密 林 か ら出 て 来 て 腕 を 組 ん で 踊 り 出 す と い う場 面 が あ る 。 教 科 書(高 校 用CrownI,三 省 堂)は 、 そ れ を 英 語 で 提 示 し た 上 で 、 そ れ に っ い てA・B二 人 の 対 話 を 載 せ て い る。 い ろ い ろ な や り と り の 後 の 結 論 は 、Topreventwargoodcommunicationisallyouneed,andinordertocommunicatewell,itisessentialtolearnEnglish. で あ る。 こ れ だ け 英 語 ・英 語 と言 わ れ れ ば 、"English,EnglishEverywhere"(Newsweek, November15,1982)に な っ た と して も、 そ し て そ の 結 果 「Nowな 日の真 夏 の ス タイ ル」 式 の 奇 怪 な 語 法 に 人 々 が 違 和 感 が な く な っ た と して も不 思 議 は な い 。 5.世 界 秩 序 の 中 の 「英 語 化 現 象 」: こ の 国 の 「英 語 化 現 象 」 に 歯 止 あ が か か らな い の は、 日本 の 政 治 ・経 済 シ ス テ ム が 世 界 秩 序 の 中 に 繰 り 込 ま れ て い る か ら で あ る 。 そ の 秩 序 の 基 本 的 構 造 は 、 英 語 の 中 心 国(corecountries)と 周 縁 国(peripherycountries)の 二 極 化 で あ る。 世 界 に は、 英 語 中心 国 の世 界 秩 序 の 下 位 区 分 を 構 成 す る も の と し て フ ラ ン ス ・ス ペ イ ン ・ ロ シ ア な ど の 中 心 国 と周 縁 国 と い う い 7 く っ も の(言 語 間 の 階 層 上 の 差 異 化 を 示 す)言 語 圏 が 存 在 す る 。 こ の よ う な 状 況 に あ っ て は、 下 位 に 位 置 す る諸 民 族 の 言 語 が 、 英 語 化 を 当 然 の こ と と 考 え て 来 た 多 くの 日 本 人 に と っ て は遠 い 存 在 あ る い は 不 可 視 の 存 在 で し か な い と し て も 当 然 だ ろ う。 不 可 視 の 状 態 に な る の は、 中 心 と 周 縁 の 関 係 が 基 本 的 に 非 対 称 的 あ る い は 、 非 相 互 的(asymmetrical)で あ る と こ ろ か ら く る。 「非 相 互 的 」 と は 支 配 と被 支 配 の 関 係 性 の 謂 で あ る 。 こ う し た 関 係 が 生 ま れ て 来 た の は 、 英 語 が 特 定 の 民 族 や 国 家 の 言 語 で あ る と 共 に(と い う よ りも、 「に も か か わ らず 」)世 界 の 経 済 や 政 治 を と り し き っ て 来 た い わ ば 世 界 秩 序 の 基 軸 言 語(人 れ を 「国 際 語 」 と 呼 ぶ)と はこ い う観 念 に 飼 い な ら さ れ て 来 た か らで あ る 。 さ ら に ま た 、 そ う し た 関 係 の 維 持 が 、 英 語 中 心 国 に と っ て の 利 益 に 通 じ、 周 縁 国 に と っ て も そ の お こ ぼ れ を 享 受 で き る一 部 の 人 間 に と っ て 好 都 合 だ っ た か ら に 外 な ら な い 。 か く し て 支 配 と 被 支 配 の 関 係 性 は再 生 産 さ れ る こ と に な る の だ が 、 こ う し た 構 造 を 繰 り 返 し指 摘 し て い る の がR.Phillipson(LinguisticImperialism,1992)で して 提 示 して お く(次 あ る。 そ こで、 彼 の再 生 産 理 論 を英 語 教 育 と の関 係 で モ デ ル化 頁 参 照)。 そ の モ デ ル は 次 の よ う な 問 題 提 起 を し て い る一(1)ELTは と 抜 き 差 し な ら な い 関 係 に あ る こ と 。ELTが 根 本 的 な 理 由 は 、 経 済 構 造 が(英 、 社 会 ・政 治 ・経 済 シ ス テ ム 帝 国 主 義 の 再 生 産 に 大 き な 役 割 を 果 た して い る 語 の 中 心 国 と周 縁 国 で は)非 相 互 的 で、 周 縁 国 は中 心 国 の経 済 に 依 存 して い る か らで あ る 。 こ う したdependencytheoryを tic)と して 批 判 し て い る の は 、A.Pennycookで 、 「決 定 論 的 」(determinis- 、 彼 は 経 済 構 造 だ け で な く、 英 語 帝 国 主 義 や 英 語 一 極 集 中 状 況 を 構 成 す る(「 他 者 観 」 「価 値 観 」 な ど の)文 化 的要 素 を解 明す る の で な け れ ば 、 再 生 産 構 造 の 「共 犯 性 」 を 明 ら か に す る こ と は で き な い とす る 。(2)中 と い う関 係 性 の成 立 に は、 英 語 教 育 を あ ぐ る様 々 な 《言 説 》(定 義)が 心 国 と周 縁 国 大 き な役 割 を果 た して い る。言 説 の 一 部 は、 英 語 教 育 や 言 語 研 究 の 専 門 家 達 の もの で、 そ の 中心 とな って い るの が、 科 学 主 義 ・実 証 主 義 を 標 榜 す る 「応 用 言 語 学 」 で あ り、 そ れ を 基 に した 音 声 中 心 の 英 語 単 一 言 語 主 義(monolingualism)教 育 で あ る 。(3)英 主 張 す る 議 論 に み ら れ る よ う に)英 (legitimation/justification)を ヴ ィ ク ト リ ア 朝 時 代 の"進 語 の 母 語 者 は、(directmethodの 正 当性 を 語 を 周 縁 国 の 人 た ち に 学 ば せ る た め に は 、 い か な る屁 理 屈 持 ち 出 す こ と を も 辞 さ な か っ た 。 こ う し た 「正 当 化 」 は 、 歩"思 借 りれ ば 、 「発 明 」(invention)「 想 の 形 成 と深 く関 わ る 。 ピー タ ー ・J・ ボ ウ ラ ー の こ と ば を 人 為 的 こ しらへ もの 」 「 捏 造 」 で あ る(P.J.ボ 修 訳)『 進 歩 の 発 明 』 平 凡 社 、1995[原 題:TheInventionofProgress])。 ウ ラ ー(岡 寄 つ ま り、 「英 国 国 際 語 論 」 は 、 一 っ に は 事 実 の 問 題 と し て 、 「発 明 」 で あ り 「捏 造 」 な の で あ る 。 一方 、 社 会 ・経 済 上 の 不 平 等 論 や 格 差 論 を 時 代 遅 れ と す る情 報 や 経 済 の 非 国 境 化/地 論 が あ る 。 こ の 理 論 は 、 先 端 技 術(コ ン ピ ュ ー タ)に 球 化 よ って 国 境 や 民 族 の 壁 は 破 られ 、 経 済 関 係 や 国 家 の 支 配 関 係 な ど が 逆 転 す る 可 能 性 を 秘 め て い る とす る 。 こ の 論 に 従 え ば 、 言 語 は ま す ま す 一 元 化 す る 、 っ ま り英 語 が 一 元 的 に 使 わ れ る こ と に な る と 推 測 さ れ て い る 。 た しか に 、 コ ン ピ ュ ー タ は国 境 と い う壁 を 崩 し た 。 研 究 者 間 の 意 見 の 交 換 も イ ン タ ー ネ ッ トで 即 時 に で き る よ う に な っ た 。 ま す ま す 英 語 の 一 元 的 使 用 は 進 行 す る だ ろ う 。 こ の ま ま 進 め ば 「英 語 化 現 象 」 は 、 後 戻 り す る こ と さ え 出 来 な い と こ ろ ま で 進 む で あ ろ う。 し か し、 そ う し た 現 象 が 日本 8 第1章 日本 にお ける 「英語化現象」 の研 究 人 の 精 神 に も た ら す 影 響 に っ い て は 、 「功 率 主 義 」 の 陰 に か くれ て ほ と ん ど 論 じ ら れ る こ と が な い。 9 6.日 本 人 あ る い は 日本 の 社 会 に 与 え て い る 影 響: まず 、 「片 仮 名 語 」 お よ び(疑 似)英 語 の使 用 につ い て で あ る。 書 家 の林 九 楊 氏 は、 「片仮 名 語 」 は そ の字 が 示 す 通 り、 「仮 の 字 」 で あ って、 漢 字 の よ うに正 書 法 が決 ま って い な い。 した が って、 「仮 の 字 」 の頻 用 は、 日本 人 に物 事 と真 正 面 か ら向 き合 う こ とを避iける精 神 構 造 を 植 え付 け て し ま っ た と して い る(林 リタニ カ、1995)。 九 楊 「二 重 言 語 国 家 日本 」 『ア ス テ ィオン 』No.35,TBSブ 第2次 世 界 大 戦 の 「責 任 」 問題 に け りを付 け な い ま ま今 日に至 った 日本 人 の精 神 構 造 と 「片 仮 名 語 」 を結 び付 け られ るか ど うか は さ らな る研 究 を必 要 とす るが 、 当 面 次 の こ と は言 え る だ ろ う。 (a)「 片 仮 名 語 」 の 頻 用 は、 そ の 出 自 が 主 と して 英 語 で あ るか ら、 日本 人 の 言 語 生 活 を 「英 語 化 」 して い る。 (b)「 片 仮 名 語 」 の 原 基 と考 え られ る外 国 語(主 と して 英 語)を 日本 語 の文 脈 の 中 で 使 う こ と は、 学 術 論 文 の よ うな場 合 を除 いて な じまな い。 したが っ て、 「片仮 名 語 」 で 間 に 合 わ せ て 「と りあ え ず」 表 現 す る こと に な る。 こ の当 座 の要 求 に応 え るた あ の 「片 仮 名 語 」 の使 用 は、 こ とば の意 味 を限 りな く曖 昧 に し、 か っ"気 化"さ せ て い る。 こ う した こ とば の気 化 状 況 は、 林 九 楊 氏 の言 う 「(日本 人 の)角 度 的 態 度 」(前 掲 書)と 表裏 一 体 の 関 係 に あ る よ うに 思 う。 (c)使 わ な くて もよ い場 合 で の 「(疑似)英 語 」 の頻 用 は、([出 自 が英 語 の]片 仮 名 語 の頻 用 と共 に)多 くの 日本人 の精 神 が英 語 に支 配 さ れ植 民 地 化 さ れ て い る こと を示 して い る も の と考 え る。 そ の 根 が 西洋 崇 拝 に あ る 「英 語 化 現 象 」 は、 日本 人 の言 語 生 活 を規 定 して い る とい って よ いで あ ろ う。 「西 洋 崇 拝 」 の一 形 態 と して の 「 英 語 化 現象 」 は、 天 皇 制 イ デ オ ロ ギ ーの 背 面(つ 位 した 「オ リエ ン タ リズ ム」)と して、 「ア ジア蔑 視 」 を産 み 出 した(尹 ま り、 転 健 次 、 『日本 国 民 論 』 筑摩 書 房 、1997)。 現 代 の 日本 人 の ア ジ ア ・ア フ リカ観 は、 岸 田 秀 氏 に倣 って言 え ば、 西洋 崇 拝(英 語 化)を 日本 人 の 「外 的 自己 」、 「天 皇 制 イ デ オ ロギ ー」 を 「内 的 自己 」 とい う二 重 構 造 の 上 に成 立 して い る とい う こと も出 来 よ う。 こ う した 「外 的 自己」 が、 もっ と も雄 弁 に語 られ て い るの は、 一 中 国 留 学 生 が 『朝 日新 聞 』 (1997年6月26日 付 朝 刊)の 「声 欄 」 に寄 せ た投 書 で あ る。 見 出 しは、 「英 語 を 話 す と態 度 が 変 わ る」 で あ る。 以 下 、 核 心 部 分 を 引用 す る一 「欧 米 人 の友 達 と英 語 で 話 して い る と、 まわ り の 日本 人 は、 そ の 欧米 人 の友 達 だ け で な くて、 私 に も優 し く して くれ ます 。 一 方 、 知 らな い 日 本 人 に 日本 語 で何 か話 しか け る と扱 い は ま った く違 って、 時 に は無 視 さ れ る こ と もあ ります 」。 投 書 者 は こ う した 態度 に 日本 人 の欧 米 に対 す る コ ンプ レ ッ クス を読 み と って、 日本 人 は 「早 く 欧 米 コ ンプ レ ッ ク スか ら卒 業 して欲 しい」 と投 書 を結 ん で い る。 別 に学 問 的 で も なん で もな い文 章 や発 言 に、 日本 に お け る 「英 語 化 現 象 」 の本 質 的 な 問題 が、 しば しば よ り鮮 明 な形 で 提示 され るの だ が、 上 掲 の 投書 は正 に そ の 一 例 とな って い る。 「英 語 化 現 象 」 が 「知 識 人 」 は い う まで もな く、一 般 大 衆 の骨 の髄 まで 「植民 地 化 」 して い る こ との 10 第1章 日本 にお ける 「英語化現象」 の研究 こ れ 以 上 の 証 拠 は な い で あ ろ う。 も ち ろ ん 、 天 皇 制 イ デ オ ロ ギ ー と英 語 イ デ オ ロ ギ ー と い う二 重 構 造 は 、 並 列 的 に 存 在 す る の で は な く、 日 本 人 の 民 族 意 識 を 形 成 す る 相 矛 盾 し た(ambivalentな)精 示 して い よ う 。 森 有禮の 「英 語 採 用 論 」(1872)[『 森 有 禮 全 集 』 全3巻 の よ う な 〈欧 化 主 義 の 頂 点 〉 を 示 す イ デ オ ロ ギ ー か ら 第2次 (井 村 元 道 神構 造 の盾 の両 面 を 、 宣 文 堂 書 店 、1972] 大 戦 中 の よ うに英 語 を敵 性 言 語 『パ ー マ ー と 日 本 の 英 語 教 育 」 大 修 館 書 店 、1977)と み る国 粋主 義 的 英 語 観 に至 る まで 、 振 幅 は大 きい。 しか し な が ら、 大 言 語 に 対 す る こ の よ う な 複 雑 な そ し て と き に 愛 憎 半 ば す る(ambivalent な)態 度 は、 英語 帝 国 の 旧植 民 地 の人 た ち 、 と りわ け知識 人 に は共 通 に み られ る もの で 、 彼 等 に と っ て は、 植 民 地 時 代 の 遺 産 と し て 依 然 と し て 未 解 決 な 問 題 と して 残 っ て い る 。 い わ ゆ る 「ポ ス ト ・コ ロ ニ ァ ル 」 文 学 や 批 評 の 分 野 に あ って は 、 そ う し た 態 度 を 語 る"英 語 言 説"を 検 証 す る 資 料 に こ と欠 か な い 。 例 え ば 、WeneedtodistinguishbetweenEnglish...andenglish(TheEmpireWrites Back,Routledge,1989)の よ う に 、 旧 植 民 地 の 人 た ち に と っ て の 英 語 問 題 の1っ っ ま り 近 代 化 の モ デ ル と し て のEnglishと して い る点 に 注 意]の は 「標 準 語 」、 、 自 己 本 体 の 表 現 手 段 と して のenglish[Eをeと 差 異 化 で あ る。 問題 は そ れ だ け で はな い 。 自己表 出 が母 語 以 外 の言 語 で 、 しか も 旧 宗 主 国 の 言 語 に よ っ て 可 能 か ど う か と い う 問 題 、 母 語 以 外 の 言 語 を 自 己 表 現 の 手 段 と す る こ と か ら 起 こ る 母 語 喪 失 に 対 す る 罪 の 意 識(MimiChan&RoyHarris(editors):Asian VoicesinEnglish,1996)一 こ う し た 精 神 的 葛 藤iは、 我 々 日 本 人 の 問 題 で も あ る は ず で 、 特 定 の 民 族 言 語 が 支 配 す る 世 界 秩 序 が 続 く限 り決 して 終 わ る こ と は な い で あ ろ う。 っ ま り、 特 定 言 語 の 一 極 集 中 や 支 配 状 況 は 、 民 族 全 体 と そ れ に 帰 属 す る個 人 の 精 神 を 、 と き に 「分 裂 病 者 」 の そ れ と 同 じよ う な 状 態 に し て し ま う危 険 性 を 持 っ て い る(13) 本 稿 は、 「英 語 化 現 象 」 研 究 の 課 題 と 方 法 に つ い て 論 ず る の が 主 目 的 で あ っ て 、 問 題 点 の 解 決 策 を 提示 す るの が 目 的 で は な か っ た。 した が って、 対 策 に っ い て は一 切 触 れ な か った。 いず れ 稿 を 改 め て 論 ず る 外 な い が 、 当 面 は っ き り して い る こ と は 、 英 語 に 偏 っ た こ の 国 の 外 国 語 教 育 の 制 度 自体 を 複 数 の 言 語 を 自 由 に 選 択 で き る よ う に 即 刻 改 め る こ と が 目 下 の 急 務 で あ る こ と だ け を 指 摘 して 欄 筆 す る 。 注 (1)小 論 は 「国 際 日本 文 化 研 究 セ ン タ ー」 で の講 演(1996年5月10日)を 基 に して い る。 枚 数 の関 係 で 、 「英語 の 商 品 化 の過程 」 な ど、 い くつ もの重 要 項 目 に つ い て突 っ込 ん だ 議 論 をす る ことが で きな か った こ とを お 断 り して お く。 な お、 本 論 文 の 「定 義 と言 説 」 に っ い て の記 述 は、 『成 城 学 園 創 立80周 年 記 念:号 〔 『 成 城 文 藝 』161号 〕」1998、 所 載 の拙 稿 『「English/英 語 」 を め ぐる 定 義 と言説 』 と一 部 重 複 して い る。 (2)H.パ (3)磯 ッシ ン(徳 岡 孝 夫 訳)『 英 語 化 す る 日本 社 会』(サ イマ ル 出版 社 、1982)。 村 尚 徳 「ヨー ロ ッパ に お け る文 化 の ア イ デ ンテ ィテ ィ」(井 上 順 孝 編 『グ ロ ーバ ル化 と民 族 化 』 新 書 館 、1997)。 (4)英 語 で はEnglishfication/Englishzationと い う。 そ の 含意 は、Anglicizationで あ り、Ameri11 canizationで (5)読 あ る。 み方 しだ いで 、 「白人 職 員 専 用 宿 泊 所 」 の 意 味 に もな る。 (6)「 逆 転 した オ リエ ン タ リズ ム」 は、 天 皇 制 を頂 点 と した皇 国史 観 や国 粋 主 義 と同義 で あ る。cf.E. サ イ ー ド(今 沢 紀 子 訳)『 オ リエ ン タ リズ ム』 平 凡社 、1986。 (7)拙 稿 ① 「 教 科 書 に載 らな い英 語 問題 の本 質 」(1997年4月 義 の 系 譜 」 『現 代 英 語 教 育 』(1995年3月 (8)イ 号 ∼9月 号)、 三 友 社 ② 「英 語 帝 国 主 号)、 研 究 社 。 ギ リス英 語 を 例 に して 、 大 言 語 の 一 極 集 中 過 程 と構 造 を類 型 化 して 示 す と大 概 次 の よ う にな る 一 ① ア ング ロ ・サ ク ソ ン民 族 と言 語([イ ング ラ ン ド語])に よ る ブ リテ ン島 の支 配 と統一(強 大 国 に よ る軍 事 征 服)② 英 語 の イ ギ リス国 内 で の 検」 と 「 発 見 」(大 言 語 の海 外 進 出)④ 改宗[キ 制度 の 普 及(大 言 語 に よ る他 言 語 侵 略)⑥[イ 化(大 言 語 を頂 点 とす る言 語 の 階 層 化)⑦ ⑧ 英 語(教 育)の 産業 化 と商 品化(大 「公 用 語 化 」(大 言語 の 優 先 的 使 用)③ リス ト教 化](大 言 語 に よ る文 化 侵 略)⑤ 「探 教育 ギ リス の 国民 ・国 家 の形 成 に伴 う]英 語 の 標 準 語 産 業 の発 展 と技 術 開発(大 言 語[教 言 語 の経 済 の基 軸 言 語 化) 育]の 大 々 的普 及 と再 生 産)⑨ メ デ ィ ア の 支 配(大 言 語 に よ るメ デ ィア 帝 国 の 成 立)⑩ 英語 によるマス 英語 の 「 世 界 語 化 」(大 言 語 の世 界 支 配)。 日本 の英 語 化 現 象 も こ う した構 造 の もと に形 成 さ れ た ので あ る。 だか ら して状 況 は簡 単 に は変 わ らな い。 (9)こ の 問 題 を一 般 論 と して論 じて い るの は、 筆 者 の知 る限 り次 の論 文 の み。 Illich,1"TaughtMotherTongueandVernacularTongue"inPattanayak,D.P.(ed.):MultilingualismandMother-TongueEducation,OxfordUniversityPress,1981.イ は消 費 経 済 社 会(commodity-intensivesociety)の リチ の議 論 で 成 立過 程 と言 語 の標 準 語 化 の過 程 が 並 行 し て い て、言 語 の標 準 語 化 は 、そ の言 語 が教 育 の対 象 とな る こ とに よ って、商 品化 す るの だ、 とい う。 (10)こ の項 、 拙 稿 「 教 科書 に載 らな い英 語 問題 の本 質 」(1997年9月 な お、 雑 誌(と りわ け、 女 性誌)に Men'snon-no、 等 々)も 号 、 三 友 社)と 一 部 重複 す る。 付 け られ た ま か不 思議 な名 称(例 〈 性 差 別 〉 の観 点 か ら興 味 あ る問 題[例 え ば 、APAMAN,Lee, え ば、 何 故MANか?]を 含ん で い る。 (11)こ の調 査 は、若 い 研 究 者 田 嶋 美 砂 子 氏(現 在 、星 美 学 園 教 諭)に 載 せ た もの で あ る。 歌 の 出 所 は 『ORICONNo.1HIT500』 (12)① 田 嶋 美 砂 子 氏 に よ る と、 東 京 都 内 の224の 上 ・巻 、1994。 私 立 中学 ・高 等 学 校 が 出 して い る 「学 校 便 覧 」 の 中の 〈 学 校 の 特 色 〉 と して 英 語 教 育 に触 れ て い る もの が107校 べ る と[表1]の よ る もの で 田 嶋 氏 の 了 解 を 得 て ・ よ う にな る と い う。[表2]は 、 そ の 文 言 の 中 のキ ー ワ ー ドを調 海 外 研 修 や 旅 行 先 の 国 が 扱 わ れ て い る数 を示 す 。 表1表2 圉騒鐘驫 雑1騰 英 英 会 盆52霧 篩 など46オ 鬻 ース トラリア13 話31イ ギ リス11 検9ニ ュー ジー ラ ン ド10 ② 長 野 県 内 で は、 海 外 の都 市 な ど と友 好 提 携 を結 ん で い る市 町 村 の数 が 延 べ41に 先 の 国別 で は、 米 国 が も っ と も多 く13。 以 下 、 中国 が9、 ス、 ニ ュ ー ジ ラ ン ドが 各3、 毎 日』1997年10年21日 (13)① ブ ラ ジル2、 達 す る。 相 手 オ ー ス トラ リア5、 フ ラ ンス、 ス イ イ ギ リス、 ネパ ール 、 韓 国 が 各1、 と続 く。(『信 濃 付 朝 刊) 「わ た し は黒人 作 家 で あ り、 自分 の 作 品 の な か で 、 人 種 的 優 越 性 と文 化 上 の ヘ ゲ モ ニ ーを 表 す 隠 れ た記 号 を 力 強 く喚 び起 こ しか っ 人 に 強 制 す る言 語(っ ま り、 英 語[筆 者 注])と 格闘 しなが ら、 そ の言 語 を使 って 書 いて い る」(ト ニ ・モ リス ン[大 社 淑 子 訳]『 白 さ と想 像 力 』 朝 日新 聞 社 [原題:.PlayingintheDark])。 12 この 引用 文 の含 意 は、 英 語 帝 国 主 義 や英 語 一 極 集 中状 況 を批 判 第1章 日本 における 「 英語化現象」 の研究 す る場 合 に、 当 の英 語 を 使 って 批 判 す る しか方 法 が な い とい う過 酷 な現 実 と、 そ の状 況 が英 語 の 周 縁 国 の人 た ち の精 神 を しば しば 分 裂 的 に して しま う、 とい う こ とだ。 ② 拙 稿 「私 が 反 ・英 語 帝 国主 義 論 者 に な る ま で」 『現 代 英 語 教 育 』(1997年8月 号)研 究 社 。 13