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口腔粘膜疾患 - 島根大学医学部

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口腔粘膜疾患 - 島根大学医学部
島根大学医学部
チュートリアル特別講義
口腔粘膜疾患
九州大学病院 副病院長(統括・歯科担当)
顎顔面口腔外科 教授
中村 誠司
健康な口腔とは?
口腔内には300種類もの細菌が常在する
唾液1ml に100万∼1億個の細菌が含まれる
歯垢や歯石は細菌の塊である
歯の表面などにバイオフィルムを形成する
口腔は細菌の倉庫である!
知っておくべき口腔粘膜疾患
(1)紅斑あるいはびらん性口内炎
口腔扁平苔癬、口腔カンジダ症、口角炎、肉芽腫性口唇炎、全身性エリテマトーデス
移植片対宿主病、など
(2)潰瘍性口内炎
慢性再発性アフタ、Behcet 病、Reiter 病、Crohn 病、Felty 症候群
周期性好中球減少症、難治性潰瘍、など
(3)水疱性口内炎
天疱瘡、類天疱瘡、ヘルペス感染症、手足口病、ヘルパンギーナ、伝染性単核球症
麻疹、猩紅熱、先天性あるいは後天性表皮水疱症、など
(4)萎縮性口内炎
口腔乾燥症(ドライマウス)、Sjögren 症候群、口腔カンジダ症、口角炎
Plummer-Vinson 症候群、悪性貧血(Möller-Hunter 舌炎)、など
(5)角化異常あるいは結節を呈する口内炎
口腔扁平苔癬、歯肉増殖症、Darier 病、先天性爪甲肥厚症、先天性異角化症、など
(6)色素沈着を生じるもの
Peutz-Jeghers 症候群、Addison 病、Albright 症候群、von Recklinghausen 病
毛舌、など
口腔扁平苔癬(その1)
扁平苔癬は皮膚や粘膜の角化異常を伴う炎症性疾患で、口腔の角化性病変の中では最も多い。
口腔粘膜に単独に発症したものを口腔扁平苔癬という。10 歳以上の各年代でみられるが、特
に 30∼60 歳の間に多い。男女別では女性の方に多い。
1)原因
細菌やウイルス感染、遺伝的素因、情緒的因子、代謝障害、アレルギ­(食物、歯科金属)、
ビタミンA欠乏などの原因が考えられているが、確定的なものはない。皮膚にも扁平苔癬は出
現するが、その 30∼70%は口腔粘膜にも病変を伴う。逆に、口腔粘膜に発症した症例で皮膚
にも病変を認めるものは少ない。
2)症状
好発部位は頬粘膜で、その他、歯肉、舌、口唇にみられ、口底や口蓋は少ない。対称性あるい
は散在性に出現する。角化亢進による白斑が基本的な病像であるが、その状態によって次の5
型に分類されている(日本で一般的な分類)。
1. 丘疹型:周囲に発赤を伴う灰白色の点状の小丘疹
2. 線状型:周囲に発赤を伴う灰白色の線状の丘疹で、数本の白線が交錯することがい
3. 環状型:リング状を呈する白斑で、リングの内外に発赤を伴う
4. 網状型:線状型の丘疹が無数に集まり、網目状またはレ­ス膜様を呈し、病巣の内外に
発赤を伴う
5. 白板(板状)型:多少隆起した平板状の白斑で、これに接する粘膜面は発赤を伴う 口腔扁平苔癬(その2)
最も多いのが網状型で、次いで白板状、線状型、環状型で、丘疹型は少ない。経過が長いとび
らん状になり(びらん型)、水疱がみられることもある(水疱型)。舌背では乳頭がなくなる
ことがあり(萎縮型)、疣状の隆起を形成することもある(疣状型)。
皮膚では、多くは対称性に四肢屈面、躯幹、臀部にみられる。一般的特徴は粟粒大∼麻実大の
類縁形の扁平に隆起した丘疹である。
病理組織学的特徴は、角化亢進、顆粒層・棘細胞層の肥厚または萎縮、基底細胞層の水腫様変
性、粘膜固有層の帯状のリンパ球浸潤であり、WHO の診断基準は、1)粘膜固有層上部に限
局する慢性炎症性細胞浸潤、2)基底細胞の水腫様変性、3)正常な上皮成熟、を必須として
いる。
3)治療
1. ステロイド(軟膏、粉末、含嗽、局所注射、内服)
2. 消炎剤(含嗽、内服)
3. 免疫抑制剤
4. 各種ビタミン剤
5. 抗アレルギ­剤
6. 植物アルカロイド
7. 補綴物の撤去
8. 口腔清掃
移植片対宿主病
近年、白血病や重症再生不良性貧血の根知的な治療のひとつとして、骨髄や末梢血幹
細胞といった造血幹細胞の移植が盛んに行われている。その造血幹細胞移植後の合併
症として重要なのが移植片対宿主病(graft-versus-host disease: GVHD)である。
1)原因
ドナー由来のTリンパ球が宿主を非自己と認識し、皮膚、粘膜、肝臓、腸管、唾
液腺、涙腺などを障害する。
2)症状
移植後早期に発症する急性 GVHD と、100 日以降に発症する慢性 GVHD とがあ
り、いずれの場合も口腔粘膜は発赤、びらん、潰瘍などが出現する。
特に慢性 GVHD の場合の口腔症状としては、扁平苔癬に類似した口腔粘膜病変と
唾液腺障害による口腔乾燥症がみられることが多い。また。二次的に口腔癌が生
じることもあるので注意が必要である。
3)治療
1. ステロイドや免疫抑制剤による内科的全身治療
2. 口腔粘膜病変に対するステロイド局所応用(軟膏、含嗽、噴霧)
3. 一般的口腔ケア
口腔カンジダ症(その1)
口腔内の表在性カンジダ症で、多くは口腔に棲息する Candida albicans の過剰増
殖による。誘因として、年齢的要因、局所的要因(唾液の分泌減少、義歯、ステロイ
ド軟膏、放射線治療など)、全身的要因(抗生物質やステロイドの投与、栄養障害、
糖尿病など)が挙げられる。
1. 急性偽膜性カンジダ症
1)症状
ガ­ゼなどで容易に剥離可能な小斑点状の白い苔状物が頬粘膜、口唇、舌、
口蓋などに出現する。その後の粘膜面は発赤があり、しみるなどの症状を
示す。放置すれば口腔全体に広がることもある。全身症状はほとんどない。
なお、口角部にできるものは、口角びらんを起こす。診断は臨床所見から
容易であるが、塗抹や分離培養で確認できれば確実である。
2)治療
1. 抗真菌剤(アンホテリシンB、ミコナゾール、イトリゾール)の内服あるい
は局所応用(軟膏や含嗽)
2. 抗生物質やステロイドの使用の再検討 口腔カンジダ症(その2)
2. 慢性肥厚性カンジダ症
1)症状
急性偽膜性カンジダ症が慢性に経過すると、偽膜が厚くなって粘膜に固着し、
さらに粘膜上皮層の肥厚と角化亢進が起こって白板症様となる。さらに乳頭状、
疣状、結節状の隆起になることもある。部位としては口角や舌背が多い。
2)治療
急性偽膜性カンジダ症と同様であるが、切除が必要な場合がある。
3. 慢性萎縮性カンジダ症
1)症状
慢性化して粘膜が萎縮し、必ずしも偽膜を伴わない。萎縮性病変(口腔乾燥症、
Plummer-Vinson 症候群、Sjögren 症候群など)、正中菱形舌炎、白板症、義歯
性口内炎と密接に関わる。
2)治療
急性偽膜性カンジダ症と同様である。
口角炎
口角炎は口角部にびらんや亀裂を形成する疾患。
1)原因
以下のような種々の原因で起こるといわれている。
1. ビタミンB2およびB6欠乏症
2. 唾液過多症
3. 歯の喪失で上下顎が接近し、口角部にシワができ、浸潤する
4. 口腔乾燥症、鉄欠乏性貧血、糖尿病、胃腸障害などの全身疾患
2)症状
多くは両側性に発症し、湿潤して痂皮を形成する場合が多いが、白色の苔状物
で覆われるものや亀裂が生じるものなどがある。
3)治療
1. 抗生物質(軟膏): Staphylococcus の場合(湿潤によるもの)
2. 抗真菌剤(軟膏): Candida の場合(乾燥によるもの)
肉芽腫性口唇炎
口唇のびまん性腫脹を主徴とし、肉芽腫の形成をみる疾患。男女差はないとされており、若い
成人に多くみられる。
1)原因
明らかな原因は不明であり、アレルギー説、感染説などが報告されている。
2)症状
口唇の一側に軽度の潮紅を示し、弾力性のあるびまん性腫脹をきたす。外見的に浮腫状を呈
するが指圧による圧痕はみられない。症状は消長を繰り返し、徐々に腫脹を増大させ、口唇
や周辺皮膚に及ぶことがある。
病理組織像として、表皮下の結合織から筋層にかけての類上皮細胞性肉芽腫が特徴的であ る。肉芽腫内には Langerhans 型または異物型巨細胞がみられるが、乾酪変性像はみられ
ない。周辺にはリンパ球浸潤、リンパ管拡張がみられる。
3)治療
1. 局所的原因の除去(口腔内慢性炎症性病変など)
2. ステロイドの内服や局所注射
3. 外科的切除
肉芽腫性口唇炎に顔面神経麻痺と溝状舌が合併する場合を Melkersson-Rosenthal 症候群
という。
全身性エリテマトーデス
全身性エリテマト­デス(systemic lupus erythematosus: SLE)は血清
中に抗 DNA 抗体や抗核抗体などの自己抗体が検出される自己免疫疾患。
年齢は 20 歳代と 30 歳代に多く、男女比は 1:10 と女性に多い。
1)症状
症状は多彩で、関節痛、発熱、紅斑(顔面蝶形紅斑、指尖紅斑)、蛋
白尿、脱毛、レイノ­症状、日光過敏、精神・中枢神経症状、漿膜炎 (心嚢炎、肋膜炎)などである。
口唇にはしばしば落屑性紅斑がみられるが、口腔に初発することはま
れで、顔面の蝶形紅斑が先行することが多い。
2)治療
1. ステロイドの内服(口腔内には軟膏)
2. 免疫抑制剤
慢性再発性アフタ
アフタが定期的あるいは不定期に再発を繰り返すもので、再発性アフタ性潰瘍 、再発性アフ
タ、再発性アフタ性口内炎 とも呼ばれる。口腔粘膜病変に中で最も頻度が高いものである。
比較的限定された集団での調査では、アフタ形成の経験者は 20 %から 60 %である。
1)原因
ウイルス、細菌、食物、栄養障害(鉄、ビタミンB12、葉酸などの欠乏)アレルギ­、
消化管疾患、ホルモン、精神的ストレス、免疫学的異常などが考えられているが、明確
な原因は証明されていない。喫煙者にはアフタの発生が少ないことが報告されている。
2)症状
舌、口唇、歯肉、頬粘膜に好発し、硬口蓋、赤唇部には少ない。一般的には、違和感あ
るいは軽度の疼痛を伴う小紅斑をもって始まり、完成したアフタは 3∼5 mm 程度の類
円形の浅い潰瘍で、周囲に紅暈を伴う。潰瘍底は黄白色の偽膜をもち、刺激痛が強い。
通常1∼2週間程度で治癒する。
以下のような3型への分類方法もある。
1. 小アフタ型:径 10 mm 以下のアフタで、口唇、舌、頬粘膜、口腔底が好発部位
2. 大アフタ型:径 10∼30 mm と大きく、好発部以外にも咽頭、軟口蓋に生じる
3. 疱疹状潰瘍型:100 個のも及ぶ小潰瘍が口腔粘膜のあらゆる部に散在性に生じる
3)治療
ステロイドの内服、軟膏、貼付錠、貼付膜、含嗽が一般的である
Behcet 病
口腔粘膜病変、外陰部病変、眼病変、皮膚病変を4主徴とする。20∼40歳代に多く、80%以上
を占める。性別は 2:1 あるいは 3:1 で男性に多く、重症型への移行も男性に多い。
1)原因
ウイルス説、アレルギ­説、自己免疫説などが提唱されているが、真因は不明である。
2)症状
1.口腔内アフタ様症状:70∼80%は初発症状で、ほとんど必発(99%)
2.陰部潰瘍:男性で 60%、女性で 80%は出現
3.再発性前房蓄膿性ブドウ膜炎:他の症状より遅れて出現する傾向
4.皮膚症状:結節性紅斑様皮疹、血栓性静脈炎、毛嚢炎、注射部の無菌的化膿傾向、創の
治癒遅延傾向
5.その他、関節症状(腫脹、疼痛)、消化器症状(腹痛、下痢、腸管粘膜の潰瘍)、血管
系症状(内膜肥厚、閉塞性壊死性動脈炎、動脈瘤、血栓性静脈炎、静脈瘤)、中枢神経
系(記憶力低下、性格変化、脱力感、頭痛、言語障害、痙性麻痺、球麻痺症状)
症状は、口腔粘膜アフタ→皮膚症状→眼症状→陰部潰瘍・関節症状→中枢神経・血管系症状
の順に出現することが多い。
3)治療
ステロイド(特に口腔内アフタには軟膏、含嗽など)、免疫抑制剤、抗炎症剤、抗プラス
ミン剤などが用いられる。
Reiter 病
極めてまれな原因不明の疾患で、青年男性に多い。
症状としては、
1)尿路系症状(排尿障害を伴う膿尿、尿道炎)
2)眼症状(結膜炎)
3)関節症状(関節炎)
4)消化器症状(下痢、腹痛)
5)皮膚・粘膜症状(連環状亀頭炎、膿漏性角化症、約 20%
の症例に口腔粘膜の多発性アフタ様潰瘍)
があり、1)∼3)の症状が3主徴とされる。
Crohn 病
原因不明の疾患で、20∼40 歳の成人に多い。
回腸末端部に好発する慢性肉芽腫性炎症性疾患で、その他に関節炎、
虹彩炎、結節性紅斑などが出現する。本症の約 20 %に口腔粘膜の
アフタをみる。
Felty 症候群
症状は、1)慢性関節炎、2)脾腫、3)白血球減少を3主徴とし、その他
に皮膚の紅斑、色素沈着、下腿潰瘍、リンパ節腫脹などを示す。口腔粘膜の
アフタは硬口蓋、舌に好発し、持続時間は長い。
周期性好中球減少症
末梢好中球は 12∼35 日、多くは 21 日の周期で増減を繰り返し、5∼7 日
間持続する疾患。好中球が減少する時期に、発熱、咽頭痛、歯肉炎、口腔粘
膜のアフタ様潰瘍などが発現する。乳幼児期に発症するのが定型的で、時に
常染色体優性遺伝形式をとることもある。
難治性潰瘍
口腔粘膜に不定形な潰瘍がみられる口内炎を総称で潰瘍性口内炎と呼ぶが、その中で1ヶ月
以上も治癒しないものを一般に難治性潰瘍という。
1)原因
始めは、カタル性口内炎、紅斑性口内炎、水疱性口内炎であるが、その後に潰瘍を形成
するとされ、特に慢性的な外傷によって生じる褥瘡性潰瘍であることが多い。 難治性である理由としては、不良な補綴物や修復物があったり、糖尿病、栄養不良、高
齢、口唇や舌の不随意運動などの要因によることが多い。
2)症状
潰瘍底にはいわゆる偽膜の形成がほとんどみられず、周囲には発赤を伴わないことが多
い。また、硬結は触れず、周囲は瘢痕形成により白色を呈することが多い。
3)治療
1. ステロイド(軟膏、含嗽、局所注射)
2. レーザー照射
3. 抗炎症剤、抗プラスミン剤の内服
天疱瘡
表皮または粘膜上皮内に一次的に水疱を形成する疾患であり、通常、1)尋常性天疱瘡、2)
増殖性天疱瘡、3)落葉性天疱瘡の3つの亜型に分類されている。このうち、口腔内に病変が
みられるのは主に尋常性天疱瘡であるので、以下は尋常性天疱瘡について述べる。
1)原因
上皮細胞間に IgG と C3 が沈着し、血清中に抗上皮膜(間)抗体が存在することから、臓
器特異的な自己免疫疾患と考えられている。
2)症状
40∼80%の症例では粘膜疹が先行する。口腔内では水疱は容易に破れてびらん面となり、
このびらん面は融合して辺縁不規則な局面を示す。頬粘膜、硬口蓋、歯肉、舌などの機械
的刺激をうける部分に生じやすく、疼痛もあり、難治性である。ガ­ゼなどで擦過すると表
皮の一部が容易に剥離されるというニコルスキ­現象がみられるのが特徴である。
病理組織学的には、表皮内の基底層上の水疱形成、棘融解 acantholysis が起こり、棘融解
細胞 acantholytic cell がみられる。免疫組織学的には表皮細胞間の IgG と C3 の沈着がみ
られる。
3)治療
1. ステロイドの大量投与(局所応用も有効?)
2. 免疫抑制剤
3. 栄養補給
類天疱瘡
臨床的には天疱瘡に類似しているが、病理組織学的に表皮内水疱形成と acantholysis がなく、
表皮下水疱形成を特徴とする疾患。水疱性類天疱瘡と粘膜類天疱瘡との2型に分類されている
が、前者は比較的高齢者に多く、粘膜に病変を現すことは比較的少ない(20∼30%)。後者
は中年以降の女性に多く、粘膜を主体に水疱形成が再発性にみられ、口腔粘膜のみならず、眼、
外陰部にも発症する。以下は後者の粘膜類天疱瘡について述べる。
1)原因
天疱瘡と同様に自己免疫疾患と考えられており、基底膜に IgG と C3 が沈着し、血清中に
抗基底膜抗体が存在する。
2)症状
口腔粘膜に初発することが多く、次いで眼が多い。皮膚病変はまれで、10%以下といわれ
ている。水疱形成に先だってカタル様症状が出現し、そこに水疱が生じる。水疱は破れて
容易にびらん状となる。このびらん部の瘢痕化が強いのが特徴である。口腔内では頬粘膜
と歯肉にみられ、口唇は少ない。
病理組織学的には表皮下の水疱や裂隙形成が特徴的である。
3)治療
1. ステロイド(局所応用も有効?)
2. 免疫抑制剤
水 痘
俗に水痘瘡とも呼ばれる。原因は帯状疱疹と同じ水痘・帯状疱疹ウイルスの初感染で
ある。1回の罹患で終生免疫が得られる。潜伏期間は 2∼3 週間で、中等度の発熱と
共に全身に散在性の発疹を生じる。初めはバラ疹様の発疹であるが、間もなく丘疹と
なり、水疱となる。この発疹は口腔や咽頭粘膜にも生じる。
帯状疱疹
脳神経あるいは脊髄神経支配領域に一致して片側性に発疹を生じる疾患。患者の多くは 20 歳
以上の成人である。
1)原因
水痘・帯状疱疹ウイルスによる。初感染時には水痘の症状を示し、神経節に潜伏したウイ
ルスが何らかの誘因により活性化されて発症する。誘因としては、栄養不良、過労、放射
線照射、感冒などが挙げられ、免疫力の低下、特に細胞性免疫の低下が重要である。
2)症状
前駆症状として、発症相当部に神経痛様疼痛、時に発熱をみる、ついで不連続性帯状の発
疹を生じる。通常、丘疹 → 小水疱 →(小膿疱)→(びらん)→ 痂皮 →(瘢痕)の経過
をたどる。発症部位は知覚神経支配領域に一致し、限局性である。罹患領域には強い神経
痛様の疼痛があり、治癒後も頑固に残存することがある(帯状疱疹後神経痛)。時に、顔
面や耳部の水疱とともに同側の顔面神経麻痺を起こすこともある(Ramsey-Hunt あるい
は Hunt 症候群)。全経過は2∼3週間で、再発はない。
診断はウイルスの検出・分離、細胞診や組織診、血清抗体価などにより確定できる。
3)治療
1. 抗ウイルス剤(軟膏、内服、静脈内投与)
2. 鎮痛剤
3. ガンマグロブリン製剤
疱疹性口内炎
初感染は歯肉も侵されるので、急性あるいは一次性疱疹性歯肉口内炎と呼ばれる。6歳以下の
小児に好発する。成人の場合は再感染と考えられ、症状が軽く、歯肉には病変はみられないこ
とが多いので疱疹性口内炎と呼ばれ、再発性である。
1)原因
herpes simplex virus type-1 (HSV-1) の感染であるが、再感染や再発の場合はステロイ
ドの長期投与、免疫抑制剤の使用、白血病などによる免疫不全状態が誘因となる。
2)症状
潜伏期はほぼ1週間で、39∼40 度の発熱、食欲不振、倦怠感などの症状から始まり、所
属リンパ節が腫脹する。それと前後して歯肉炎と多数の小アフタを生じる。アフタは有痛
性で、融合して不定形の潰瘍になる。唾液の分泌亢進や口臭も伴う。歯肉は辺縁歯肉と付
着歯肉の両方が侵されるが、壊死を起こすことはない。通常、7∼10 日の経過で治癒す
る。診断は、潰瘍底や水疱内容液から HSV を検出・分離したり、細胞診や組織診、血清
抗体価などにより確定できる。
3)治療
1. 抗ウイルス剤:acyclovir と Ara-A(adenocine arabinoside)の内服または静脈内
投与
2. 局麻剤含有の軟膏、ゼリ­による局所疼痛に対する対症療法
3. 安静と全身栄養管理
口唇疱疹
単純疱疹で口唇に生じたものを口唇疱疹と呼び、頻繁に再発する場合には再発性単純疱疹と呼
ぶ。口腔領域で最も頻度が高いウイルス性疾患で、人口の 10∼30%程度に起こると報告されて
いる。20∼30 歳代の成人に多い。
1)原因
HSV-1 の感染であるが、HSV-2 でも口腔に感染を起こしうることが報告されている。再
発性の場合は、紫外線による刺激、有熱疾患、月経、疲労などが誘因となる。
2)症状
口唇粘膜皮膚移行部ないし近接する皮膚に直径 1∼3 mm の周囲に発赤を伴う水疱として
みられる。症状は灼熱感、掻痒感ないしは疼痛で始まり、続いて発疹が現れて、水疱が形
成される。水疱は時に破れてびらんを生じ、痂皮を形成して治癒する。治癒後に褐色の色
素沈着を残すことがある。通常、7∼10 日で治癒する。
診断は疱疹性口内炎の項と同じである。
3)治療
1. 抗ウイルス剤(軟膏、内服、静脈内注射)
2. ステロイド軟膏は使用しない
手足口病
ウイルス感染により手、足、口腔に限局して発疹が出現する疾患である。地域的に流行するこ
とがあり、1∼5歳までが好発年齢で、成人にはほとんどみられない。
1)原因
Coxsackie virus A16 とEnterovirus71が原因ウイルスと考えられているが、その他に
Coxsackie virus A2、A4、A5、A10 なども分離される。
2)症状
潜伏期間は3∼5日で、両手、両足、口腔に限局して発疹が出現する。口腔では頬部、口
唇、舌下、硬口蓋などに水疱が発生するが、すぐに破れて直径 2∼3 mm のアフタを形成
する。手足の水疱は米粒大、白色ないし淡紅白色で、壁が厚く破れにくい。この手足の水
疱は cooked rice grain appearance と称される。粘膜疹は手足の小水疱と同時に発現す
ることが多いが、まれに粘膜病変のみのこともある。全身症状はほとんどなく、通常、5
日以内に治癒する。
3)治療
特に治療の必要はないが、感染力は強いので集団生活からは隔離する。
ヘルパンギーナ
ウイルス感染によって生じるアフタ性咽頭炎である。罹患するのは大部分が幼児で、ま
れに成人でもみられる。
1)原因
Coxsackie virus A4(まれに A2、A5、A6、A8、A10 も分離される)が原因ウ
イルスと考えられている。また、Coxsackie virus B 群や ECHO virus も検出さ
れる。
2)症状
潜伏期間は2∼9日間であり、その後に発熱を初発症状として水疱が口腔の後部
と咽頭に生じ、水疱は破れて線維性偽膜で覆われた小アフタを形成する。そのた
めに嚥下困難や咽頭痛を訴える。通常、1週間前後で治癒する。
3)治療
1. 対症療法
2. 二次感染予防のための抗生物質
伝染性単核症
主に15∼30歳の年齢の人に発症しやすい感染症で伝染病の一種である。欧米では
infectious mononucleosis が正式名であるが、好発年齢からキスによって伝染することが多い
とされており、俗に Kissing disease と呼ばれる。
1)原因
Epstain-Barr ウイルスの感染症で、潜伏期は 20 日前後である。
2)症状
発病は突然の高熱で始まることが多く、軟口蓋部に水疱を生じ、咽頭痛を伴うことがあ る。その後に、頸部リンパ節から始まって全身のリンパ節が腫脹がする。末梢血には単核 球(異型リンパ球)の著明な増加がみられる。
3)治療
1. 安静
2. 抗生剤投与
(ペニシリンはアレルギーを生じることがあるので安易に投与すべきでない)
麻 疹
いわゆるハシカ。幼児に多いウイルス性伝染病で、9∼11 日程度の潜伏期の後に、カタル期、
発疹期、回復期を経過する。
1)症状
1. カタル期
口腔粘膜は一様に発赤するが、特に頬粘膜には紅暈を持った帽針頭大の灰白色ある
いは帯青白色斑が数個出現する。この斑をコプリック Koplik 斑と呼び、診断上重要
な所見である。
2. 発疹期
帽針頭大の境界明瞭なバラ色の発疹が頬の皮膚をはじめとした顔面に出現し、漸次
全身にひろがっていく。
2)治療
対症療法のみで良い。
猩紅熱
レンサ球菌感染による伝染病。潜伏期は 2∼5 日で、口蓋扁桃を侵し、咽頭痛とともに高
熱を発する。全身の皮膚に発疹を生じるが、頬は比較的発疹が少なく、特に鼻と口の周囲
には現れず、口囲に蒼白部がみられる。舌などに比べて頬粘膜の変化は軽度であるが、重
症型では潰瘍を生じることもある。発症後 3、4 日経つと、舌の表面がイチゴのようにブ
ツブツ赤くなるのでイチゴ舌 strawberry tongue と呼ばれる特異な症状も現れる。
先天性表皮水疱症
四肢末端で外傷、圧迫、摩擦などの刺激が加わる部分に、水疱、びらんの形成
を繰り返すまれな遺伝的疾患。臨床症状、遺伝形式、予後などの点から、単純
性表皮水疱症、優性異栄養性表皮水疱症、劣性異栄養性表皮水疱症に分類され
ている。
後天性表皮水疱症
成人以降で発症し、家族内発症などの遺伝的素因がなく、組織学的、免疫学的
に他の水疱症を除外できる水疱症をいう。
口腔乾燥症(ドライマウス)
口腔乾燥症(ドライマウス)とは、本来は口腔の乾燥症状を表す「症状名」であるが、慣用的
には口腔の乾燥症状を示す種々の疾患を含んだ広義の「疾患名」として用いられている。
1)原因
原因別に分類すると、1)全身性または代謝性のもの、2)神経性または薬物性のもの、
3)唾液腺の器質的変化によるもの、に大別できるが(別表参照)、歯科的に問題となる
のは慢性的あるいは持続的な場合である。
2)症状
自覚的には口渇、飲水切望感、唾液の粘稠感、口腔粘膜や口唇の乾燥感や疼痛、味覚異 常、ビスケットやせんべいなどの乾いた食物を嚥下しにくいなどの訴えがあり、他覚的に
は齲歯の多発、歯や義歯の汚染、口腔粘膜の発赤、舌乳頭の委縮による平滑舌や溝状舌、
口角びらんなどがみられる。
3)治療
1. 原因が明らかで、その治療あるいは対応が可能あれば積極的に行なう
2. 口腔乾燥に対する対症療法(保湿ゲル、保湿スプレー、含嗽剤、など)
3. 口腔乾燥に起因する合併症(口角炎、萎縮性カンジダ症、など)に対する治療
4. 日常生活および口腔衛生指導
5. 慎重な一般歯科治療
口腔乾燥症 (ドライマウス) の分類
(日本口腔内科学会)
(1)唾液腺自体の機能障害によるもの
1)シェーグレン症候群
2)放射線性口腔乾燥症
3)加齢性口腔乾燥症
4)移植片対宿主病(GVHD)
5)サルコイドーシス
6)後天性免疫不全症候群(AIDS)
7)悪性リンパ腫
8)特発性口腔乾燥症
(2)神経性あるいは薬物性のもの
1)神経性口腔乾燥症
2)薬物性口腔乾燥症
(3)全身性疾患あるいは代謝性のもの
1)全身代謝性口腔乾燥症
2)蒸発性口腔乾燥症
注)心因性の場合は歯科心身症と診断し、
口腔乾燥症には含めないこととする。
溝状舌
舌背表面に多数の溝がみられ、一般に対称性で、軽度のものは舌正中溝が深くなって
いる程度であるが、高度になると多数の溝がみられる。一般に舌乳頭の発育は悪い。
家族性にもみられ、Melkersson-Rosenthal 症候群や Down 症候群の部分症状とし
て合併することもある。溝が深い場合は不潔になるために炎症所見がみられたり、口
臭を伴ったりするが、基本的には治療の必要はなく、二次的炎症に対する対症療法の
みでよい。ただし、口腔乾燥に起因する場合があるので注意が必要である。
Plummer-Vinson 症候群
鉄欠乏性貧血、口腔粘膜および上部消化管粘膜の萎縮を特徴とするもの。中年の女
性に多い。鉄欠乏性貧血の部分症状であるスプ­ン状爪が特徴的である。口腔内で
は、舌と頬粘膜の萎縮が強くあらわれ、舌はいわゆる平滑舌で、発赤、舌乳頭の萎
縮、灼熱感、接触痛を伴う。
Möller-Hunter 舌炎
大球性高色素性貧血の代表的な巨赤芽球性貧血はビタミンB12や葉酸などの造血
ビタミンの欠乏で起こる。原因不明のビタミンB12の吸収障害によるものを悪性
貧血といい、胃切除などでビタミンB12の吸収障害を起こす原因が明らかな場合
は症候性巨赤芽球性貧血という。その場合の口腔内の特徴として、舌は舌乳頭が萎
縮するためにいわゆる平滑舌となり、発赤を伴って、時にびらんや出血も伴う。ま
た、自発痛、接触痛、味覚異常、嚥下困難を訴えることもある。舌のこの状態を
Hunter あるいは Möller-Hunter 舌炎という。
歯肉増殖症
てんかんの抗痙攣治療薬であるフェニトイン(ダイランチン、ヒダントイン)によるものが有
名であるが、最近では降圧剤であるカルシウム拮抗剤や免疫抑制剤であるサイクロスポリンA
も原因となることが報告されている。
1)原因
フェニトイン、カルシウム拮抗剤、サイクロスポリンAの使用が原因になるが、局所の衛
生状態も密接に関与している。
2)症状
好発部位は上下顎の前歯部で、しだいに小臼歯部、大臼歯部へと広がり、歯肉の増殖程度
も前歯部のほうが臼歯部よりも強い。歯がない部には発症しない。歯肉の増殖は歯間乳頭
部から始まるが、それに先行して同部に発赤、違和感、出血傾向などがみられることもあ
る。増殖は遊離歯肉部に限局し、乳頭部を中心とした球状の肥大程度にとどまっているこ
とが多い。しかし、重症症例では肥大は付着歯肉部にも及び、歯冠を覆い隠すようにまで
なる。多くは歯槽骨の吸収は軽度であるが、歯が徐々に動揺、移動し、歯列の乱れも生じ
ることがある。
3)治療
1. 口腔清掃(歯石除去を含めて)および口腔衛生指導
2. 薬剤の使用中止、変更、あるいは減量
3. 歯肉切除(口腔衛生状態が不良であればすぐに再発するので注意)
Peutz-Jeghers 症候群
1)生下時より出現する、口腔、鼻腔、眼および肛門のような開口部の皮膚と粘膜、 指掌および趾蹠などの皮膚の多発性の点状の褐色色素斑
2)胃腸管の多発性ポリ­プ、時に鼻咽腔、気管支粘膜にも生じる(腹痛、下血、貧血 を起こすこともあり、悪性化もある)
以上を主症状とする優性遺伝性疾患。
Addison 病
副腎皮質の機能低下をきたす疾患で、色素沈着は初期は手掌にみられ、ついで全身の
皮膚にみられる。口腔粘膜は斑状の色素沈着として出現する。
Albright 症候群
1)片側性線維性骨異形成症病変(後頭部、中手骨、指趾骨、大腿骨、脛骨などに 好発、顎骨にも出現)
2)非隆起性の皮膚色素沈着(大小さまざまで辺縁不規則なメラニン色素の沈着が
骨病変のある皮膚部分にみられる:ミルクコーヒー斑 cafe-au-lait spots )
3)内分泌異常、特に女性の性的早熟
以上を主症状とする症候群。
von Recklinghausen 病
1)皮膚の淡褐色斑点(カフェオーレ斑 cafe au lait spots )
2)末梢神経系腫瘍(多発性皮下神経線維腫、皮下末梢神経鞘腫)
3)四肢の部分的過剰発育
4)先天性骨奇形
5)片側性眼球突出
6)顔面非対称と多発性神経線維腫
7)50%は突然変異
以上を主症状とする疾患。
毛 舌
舌粘膜の糸状乳頭に著明な角化亢進がみられ、角化突起が延長し、黒色、黒褐色、暗緑色
などの着色をきたす。着色は、微生物、食品、喫煙など種々の要因によって影響される。
原因としては、抗生物質の使用による菌交代現象によることが多いが、口腔乾燥に起因
したり、慢性胃腸障害などの全身疾患が関係することもある。成人、老人に多く、女性に
は少ない。自覚症状はほとんどない。
BP系薬剤で問題となっていること
BP 関連顎骨壊死
Bisphosphonate-Related Osteonecrosis of the Jaw (BRONJ)
薬剤関連顎骨壊死
Medication-Related Osteonecrosis of the Jaw(MRONJ)
BRONJ は 2003 年に世界で始めて報告され
た疾患である。BP系薬剤は世界で 250 万人の
患者に投与されていると言われており、BRONJ
症例は欧米では 2,500 例以上に及んでいる。
本邦でもBP系薬剤の使用量は増加しているこ
とから、今後は BRONJ 症例は増加すると予想
される。
注射用BP系薬剤を6ヵ月間投与されてい
た患者で、下顎左側臼歯の抜歯後に顎骨壊
死がみられた。
そのため、適切な対応を図り、BRONJ の発症
を予防し、不幸にして発症した場合にも適切に治
療、管理することが求められている。
BP系薬剤とは?
BP は石灰化抑制作用を有する生体内物質であるピロリン酸の P-O-P 構造を、
安定な P-C-P 構造に変えたものの総称。
この構造により、BP は骨のハイドロキシアパタイトに親和性を示し、血中に
移行した BP のほとんどは骨に移行し、骨吸収抑制作用を示す。
BP系薬剤による
骨吸収抑制
骨粗鬆症
骨吸収
骨形成
BP系薬剤が投与されている疾患
1. 悪性腫瘍による高カルシウム血症
2. 固形癌の骨転移
3. 多発性骨髄腫による骨病変
4. 骨粗鬆症
5. 骨ページェット病
『ステロイド性骨粗鬆症の管理と治療のガイドライン』
(2004年)
3ヶ月以上ステロイドを内服中か内服予定者で、
① 脆弱性骨折(けがなどによらない骨折)がある
② 骨折がなくても骨密度が若年成人平均(20−44歳)の80%未満
③ ステロイドを(プレドニゾロン換算で)1日平均 5 ㎎ 以上服用
している
のいずれかに該当する人には、骨吸収抑制剤である BP 系薬剤によ
る治療を勧めている。
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