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「アゴラ」創刊に際して

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「アゴラ」創刊に際して
【巻頭言】
「アゴラ」創刊に際して
井上 昭夫
(天理大学国際文化学部 地域文化研究センター長 教授)
今回、創刊することとなった地域文化研究センターの紀要「アゴラ」とは、いまや固有名詞化した古
代ギリシャの都市国家の公共「広場」を指している。「アゴラ」は、神殿・役所など公共建物に囲まれ、
アテネの政治、経済、文化の中心的な場であった。そこでは市民の集会や、談論、裁判、交易が行
われ、ソクラテスも盛んにこの「広場」に出入りして、ギリシャの若者達と問答を交わしていた。
ギリシャ哲学史にくわしい中野幸次によれば、ソクラテス以前には散文はなかったという。ホメロス
の『イリアス』にしても、それは叙事詩であり、ソクラテス以前の哲学も讃歌であり、断片に過ぎなか
った。「対話」をそのまま文章にする表現の形式は、プラトンに始まったと言われている。
それが何故かは、部分的に「ソクラテスの弁明」において、プラトンがソクラテスに語らせている。
つまり、裁判所の言葉づかいはソクラテスにとってまるでよその言葉であるから、ソクラテスのふだ
んの言葉づかいは見過ごして、「わたしの言うことが、正しいか否かということだけに注意を向けて、
・・
それをよく考えてみて下さい。なぜなら、そうするのが、裁判をする人をよき裁判官たらしめるもので
・・
あり、真実を語るというのが、弁論をする者のよさをきめるものだからです。」(『プラトン全集1』 岩
波書店 田中美知太郎訳)というわけである。
プラトンはペロポネソス戦争の渦中に生きた。この戦争は 27 年間もつづいたが、その結果、ギリ
シャ全土は焦土化し、原因不明の疫病がアテネを襲い、略奪や殺人は日常化して、戦争による極度
の人間性の退廃は人々を絶望に追いやったという。そのどん底において、当時のギリシャの哲学者
たちは真の正義や平和の条件、人間の理想的あり方についての知見を深め、ダイナミックな思索と
対話を辛抱づよく続けたのである。ソクラテスの死はその象徴であり、プラトンはその歴史的継承者
である。
この思想的・歴史的事実にまなざしを向けることは、23年間も激しい内戦がつづき、いまなお行き
先が不透明なアフガニスタンや、イラクの袋小路に入った戦争状況を超克しようと呻吟する人たち
を勇気づける。「国家の安全保障」から「人間の安全保証」へといった国連のスローガンは、現代戦
争のペロポネソス化現象を象徴化していると思われる。しかし、ギリシャ時代と比べて現代の社会
が異なる点は、その国際化とグローバリゼーションのスケールであるにしても、紛争による社会の混
乱と被災者である弱者・貧困層の悲惨さの極みにおいては、時代を超えて変わるものはない。残念
なのは、ペロポネソス戦争の苦難の中から誕生したギリシャの哲学や思想の力にくらべて、現代世
界はそれに相応する新たな力強い思想の誕生に未だ出くわしてはいない。歴史は両面鏡を差し出
しているのだが、それを見るわれわれのまなざしがずれているように思われる。
本当の思想は「高山」ではなく「谷底」から創出されると信じる筆者からすれば、われわれの世界は
物質的にも社会的にも恵まれ過ぎている。いずれにせよ、このように考えている時に「アゴラ」という
名前の機関誌が誕生をみた。センターでは「建学の精神」にもどり「他者への献身」と「国際協力」を
キータームに、本学再改革にむけて「国際参加」プロジェクトの実動と3本の共同研究が始まった。
専任研究員3名とセンター長を含めた兼任教員4名で出発したこれらセンターの共同研究・活動報
告が本創刊号では掲載されている。ことばはさまざまな表現でいい。自分のことばで何が正しいか
否かを読者に問う「アゴラ」を通して死学でない活学をめざしながら、混迷の時代にあるからこそ、逆
にそのことが新しい思想創造のチャンスであるととらえたい。そして独創的かつ普遍的な議論が、地
域文化研究の領域を学際的にも拡充しながら展開される場としての「アゴラ」を本誌がいささかなり
とも提供できれば、喜びこれにすぐることはない。
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