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AGR000605 - 天理大学情報ライブラリーOPAC
Agora:Journal of International Center for Regional Studies, No.6, 2008 79 【論 文】 ガーナ農家の営農実践と農業開発 −アフリカ農業の低生産性は農家が原因なのか?− 中 島 邦 公 * 1.はじめに:アフリカの農業開発に対する 問題提起 2. ガーナ共和国概要 3. ガーナ農家の営農実践 3.3. 移入民の営農実践 3.3-1 樹種作物および家畜飼育のアクセ ス制限と労働集約農業 3.3-2 ニッチ市場向け作物の栽培 3.1. 農村景観と民族 3.4. 先進的農家像 3.2. 地元民の営農 3.5. 小括:ガーナ農家の実力と農業開発 3.2-1 ココア園とミックスクロッピング 3.2-2 余剰労働力の活用 プロジェクト 4. むすび:アフリカの農業発展の展望 3.2-3 先進的農家 ①AD村T氏の事例 ②B2村N氏の事例 1.はじめに:アフリカの農業開発に対する 問題提起 貧困や栄養不足,環境劣化,内戦などアフ るには,アフリカに適した技術開発,住民の エンパワメントや農民たちの意識改革が必要 であるという(例えば,JICA 2002) 。たしかに アジアが緑の革命を達成したのは多収品種の リカの状況は厳しい。これらを解決するため 開発や施肥技術などの改良によるものである。 に様々な分野で各国ドナーによる多額の援助 アフリカにおいてもその環境に適した品種や がなされているが,根本的な解決にはアフリ 技術の開発とその普及促進が必要であろう。 カの内発的な経済発展が必要であろう。平野 しかし,農民の意識改革の必要性には疑義 はアフリカ経済の低迷の原因は農業生産性の が残る。はたして意識改革をしない「小農」 低さにあると結論付けた(平野 2002)。よっ が原因で農業開発が進まなかったのであろう て生産性向上を目指した農業開発プロジェク か。世界システムの底辺に位置する国々のさ トはアフリカの諸問題解決に有効と目される。 らに辺境にある農村の民衆が,グローバル経 ODAなどによるさまざまな支援が農業分野 済による収奪に苦しみながらも生活を全うし に注入され,農業開発プロジェクトが計画, ているのは,そこで生産を担う各農家に相当 実施されてきた。しかし,それらの成果は限 の実力があるからだとは考えられないか。 定的である。世界銀行は,農業は開発のため 本論の目的は,まずガーナ中部農村の実態 に十分活用されておらず,開発のために農業 調査により,農家の優れた営農能力を明らか を活用することに関しては,多数の失敗があ にすることである。もとより本調査結果がア るとしている(世界銀行 2008:6) 。 フリカ全体を代表するとは言えないが,この 農業開発プロジェクトを成果あるものにす * 近畿大学農学部 研究員 ような農家の存在を念頭においた農業開発の 80 アゴラ(天理大学地域文化研究センター紀要) あり方を検討することが,アフリカの発展に 内総生産(GDP)は国民一人当たり約530ド 有用であると考えるからである。 ルであるが,その約40%が農業部門によるも 次に, 「小農」が原因ではないのならばなぜ のである。また雇用の約60%が農業となって アフリカの農業開発プロジェクトの失敗が頻 いる。独立後はインフラ整備による工業化を 発するのかという疑問について,現地で進行 目指したが,1970年代後半から1980年代前半 するプロジェクトへの農家の関わりから得た にかけて経済困難に直面し,1983年より世銀 知見から,その要因の一端を明らかにする。 勧告に従い構造調整を通じた経済再建に取り 以下,第二章に調査地ガーナの概況を記し, 組んだ。一定の成果も認められたとされるが, 第三章にガーナ農家の営農様式の合理性と先 1990年代の主要輸入品である原油価格の高騰 進農家の存在を明らかにしていく。第四章で 等により経済状況が悪化した。2000年代に政 は前章までの知見からアフリカの農業開発プ 府は緊縮財政を基本とした経済の立て直しに ロジェクトの在り方への示唆を提示し,アフ 着手し,2007年には約6%の経済成長率であっ リカの農業開発可能性を展望する。 たが,それはインフレの進行や人口増加によ るところも大きく,財政赤字は拡大しつつあ る。これらの経済状況を反映し,ガーナの通 2.ガーナ共和国概要 貨セディの価値は慢性的に下落している。 (こ ガーナ共和国は英国の植民地として支配さ の項,外務省Webページを参考にした。) れたゴールドコーストが1957年に西アフリカ において初めて独立を果たした国である。東 西にトーゴ,コートジボアール,北にブルキ ナファソと接し,ギニア湾に面する(図1) 。 数度のクーデターによる政変を経験したが, 3.ガーナ農家の営農実践 構造調整政策の実施は灌漑などのインフラ 整備や農業助成の縮小と農業資材の高騰をも 2001年に総選挙による民政移管を果たし,政 たらし,さらにココアの国際価格の下落によ 情は安定している。 り,農村部のほぼ唯一の生産活動である農業 ガーナの経済は典型的な一次産品依存型経 の経営環境は悪化している。本章では調査を 済であり,主要輸出品は木材,金,ココアが 行ったアシャンティ州北部の農村(図2右)の概 上位3位を占める。2006年におけるガーナの国 況を述べ,このような厳しい状況に置かれた 図1.ガーナ共和国の位置および調査地(筆者作成) 中島邦公:ガーナ農家の営農実践と農業開発 81 農家の営農実践を記述する。そして農業で成 地元民とする)と後からやってきたゾンゴと 功する農民の事例からその先進性を分析する。 呼ばれる移入民が村落を構成する。ゾンゴは 英語で“stranger”に相当し,アシャンティ 3.1 農村景観と民族多様性 アシャンティ州はゴールドコースト一帯で 以外の民族を指す。その多くはガーナ北部や サヘル諸国から移入したイスラム教徒である。 イギリス侵攻に最後まで抵抗したアシャンテ 村落は基本的に集村であり,農地と居住区 ィ帝国の版図とほぼ重なる地域で,その州都 は明確に区別される(図2左) 。移入民の居住 クマシはガーナ第二の都市として商業が盛ん 区を別に設けた村も多く,その居住区もゾン である。その住民の多数を占めるアシャンテ ゴと呼ばれる。住居は中庭を中央として居室 ィ民はガーナ国内で優勢であり,現クフォー を方形に配置したコンパウンドである(写真 大統領もアシャンティ王(アサンテヘネ)の 1,2) 。 血筋である。アサンテヘネに公権力は規定さ れないが,伝統的首 長の最高位として住 民の支持は強く,州 内の村落はすべてア サンテヘネに従属す るとされる。 各村落に最初に入 植したとされるアシ ャンティ民(以下, 写真1(左),2(右) 地元民と移入民の住居(筆者撮影:左2004年,右2006年) 図2.ガーナ,アシャンティ州アハフォアノサウス郡北部の村の位置および村落内の住宅レイアウト例 (2004調査に基づき筆者作成) 82 アゴラ(天理大学地域文化研究センター紀要) 農地は各村の伝統的首長が管理し一族全体 に帰属するストゥールランドとそれぞれの家 と並存する。そのため,一片の土地に対する 権利関係はより複雑となっている。 農地の利用に際して,土地を持たない農民 系の血縁毎に保有が認められたファミリーラ は農地の保有者・所有者と契約を結ぶ。以前 ンドに分けられる。 ファミリーランドは母系的に相続され,そ は収穫物を農地の保有者・所有者と折半する の一族に属するものは耕作権などの土地の利 慣習的な契約1)を結ぶことが多かったが,現 用権が生得的に付与される。ストゥールラン 在では賃料を現金で支払うことが一般的とな ドは伝統的首長により管理されるが,一族に ってきた(表1) 。 属する家系の要請によりファミリーランドと して耕作権が付与される。その家系に耕作を 3.2 地元民の営農 おこなうものがいなくなるとストゥールラン 3.2-1 ココア園とミックスクロッピング ドとして一族全体の保有に戻る。 土地を持つ地元民農家の多くは資金の余裕 以上が伝統的な農地の権利関係の慣習であ ができれば主力産品であるココアを植えたい るが,核家族で父系的に土地が相続される事 と考えている。表2に示すようにココアの単位 象や,土地所有権が個人に認められる事象な 面積当たりの収入はそれほど大きくはない。 ど,近代法による土地制度が伝統的土地制度 しかし,ココア樹に成長してしまえば追加の 労働投入をそれほど必要とせずに十年以 表1. 178 農家の農地保有状況(2004 年調査より筆者作成) 分類 筆数 全体での割合 借地中の割合 上の長期にわたり収入が得られる。 ココアは陰樹であり,苗は日光に弱 自分・家族の保有地 220 62.7% − い。よってココアの植え付け前にキャッ 借地(現金払い) 86 24.5% 69.4% サバ,ココヤム,プランテインを混合し 借地(収穫物の折半) 38 10.8% 30.6% て栽培する。これらは地元民が好むフフ その他 7 2.0% − と呼ばれる主食の材料となる。このよう 合 計 351 100.0% − な作付け方法をミックスクロッピング 表2. 作物販売価格(2004 年、2006 年調査より筆者作成) 作物 用水 収入(US$/ha) メイズ 天水 290 ココヤム 天水 410 プランテイン 天水 350 キャッサバ 天水 380 ココア 天水 620 陸稲 天水 390 オレンジ 備考 調査の2004年は降水不良による不作のため、平年作から推定 天水 500 オイルパーム (食用油) 天水 770 果実からオイルへの加工費を含まない粗収入 オイルパーム (蒸留酒) 天水 2600 伐採、樹液採取、蒸留の費用を含まない粗収入 水稲 水路灌漑 1380 水稲のみ人件費等の生産費を計上した収益値 灌漑野菜 手動灌漑 1190 1)これはアブヌ,アブサと呼ばれる。アブヌは地主は作付け費用などを負担する代わりに収穫物を地主と 耕作者で半分ずつに分ける。アブサは地主は費用負担を行わず,収穫物の三分の一を地主,三分の二を 耕作者がとる。アブヌは作付け委託の性格が強く,アブサはより小作的といえる。 83 中島邦公:ガーナ農家の営農実践と農業開発 図3.ミックスクロッピングからココア栽培への移行(筆者作成) (Mixed cropping)という。圃場ではまず畝 その他 に相当する円形のマウンドを造成し,食料作 オレンジ 物を植え付ける。農家はこれをフードファー ナス ム(食料畑)と呼ぶ。キャッサバ,ココヤム トマト を収穫しながら,プランテインが育ったとこ オクラ 27 ろでココアを植え付ける。これはナザリーフ オイルパーム 28 26 ァーム(苗木畑)と呼ばれ,食料作物の収穫 ヤム が順次終わって最終的にココアファームとな ココア る(図3) 。 主食作物 樹種作物 野菜 10 17 23 44 58 66 チリペッパー 表3にミックスクロッピング圃場,ココア園 をもつ農家数を示す。各分類のミックスクロ 150 メイズ ココヤム 157 ッピング圃場を一筆以上持つ農家を数えた。 プランテイン 158 フードファームのすべてにココアが植えられ, キャッサバ ナザリーファームを経てココア園となるわけ ではないが,この表はおおむね農家圃場の移 168 0 50 100 150 200 図4.ミックスクロッピング圃場185筆で栽培される作 物種別 (2004年,2006年の調査結果より筆者作成) 行動態を切り取ったものといえる。 このようにミックスクロッピング圃場は現 た標準的なパターンに各種野菜を加え,さら 金収入と食料自給をうまく組み合わせられて にココアやオイルパーム,オレンジといった おり,その合理性は高い。農家は時間と空間 樹種作物を追加している。聞き取り調査を行 をわずかにずらしココアと食料を育成するこ った圃場461筆のうち,主に地元民の圃場であ とによって開墾の重労働を節減している。 る185筆でミックスクロッピングが採用されて さらにミックスクロッピングを採用する農 おり,その混作パターンは53種に達する。こ 家の作物構成は多様である(図4) 。キャッサ のことからも農家はそれぞれの圃場の土壌栄 バ,ココヤム,プランテインにメイズを加え 養や水環境に対して,作物構成を変えて対応 表3. ミックスクロッピング圃場の分類と観測農家数(2004 年調査より筆者作成) 作 物 数 地元民の分類 現金収入 フードファーム なし プランテイン、 キャッサバ、 ココヤム、 ときにメイズ、野菜を作付ける 122 なし プランテイン、 キャッサバ、 ココヤムにココアを主とする換金用の 樹種作物を追加する 53 あり あり ココア 21 ナザリーファーム ココアファーム 32 84 アゴラ(天理大学地域文化研究センター紀要) 3.2-3 先進的農家 していることが分かる。 一方,余剰の労働力をさらに農業部門に投 下する農家もいる。これらの農家は養魚池や 3.2-2 余剰労働力の活用 上述のように省力的農法によって得られた 家畜飼育,近年導入された水田稲作などを取 余剰の労働力で,地元民は第二,第三の生業 り入れ,気象変動のリスクを分散させた安定 に従事することが可能となる。図5に地元民 性の高い複合農業を営む。以下に2名の農家の 128名(女性48名,男性80名)の聞き取り調 事例を報告する。 査で得た農外収入の件数を示す。親類などか らの送金(女性5件,男性3件)を除いて,農 3.2-3① AD村T氏の事例 T氏は1980年代の干ばつと大火によって,こ 外収入が100件あった。複数回答を含むため, 単純に集計はできないが,全体の7割以上が何 の地のココア園がことごとく灰燼に帰した経 らかの農外収入を得ている。 験から,ブルドーザーを借り入れ1haの養魚 農村は都市と比べて現金稼得機会が少ない 池を独力で造成した。 が,子女の教育費などは現金で賄わなければ これは水の確保とともに養魚による収入を ならず,農外収入機会の創出は家計維持に有 目指したものであった。池ではティラピアや 効である。女性は主に食品の製造販売や野菜 ナマズを養殖しているが,養殖技術は独学で 販売に従事するのに対し,男性は荷役などの 学んだ。この養魚池は成功し,1991年に地区 賃労働に従事する傾向がある。よって女性の の最優秀農家に,1993年に全国の最優秀農家 収入はある程度予想ができるのに対し,男性 に選ばれた。 のそれは荷車の到着タイミングなど偶然の要 1997年に日本の国際協力機構(JICA)が水 素に左右されることが多い。ローリーステー 田稲作の実証試験をこの村落一帯で行った。 ションやマーケットでは多くの男性がたむろ 先発農民グループの圃場状況を見極めた上で, しているように見受けられるが,彼らはただ 自分の掘った養魚池の水が水田稲作に利用で 時間をつぶしているのではなく,荷役に従事 きると考えたT氏は,翌1998年に水田グルー する機会を待っているのである。 プに参加した。その後,彼はグループの水田 とは別に池の排水溝下に自ら 25 の水田を開発している。2001 地元民女性 地元民男性 20 年にJICAの研究協力は終了し, それに伴い多くの農家グルー 15 プが水田稲作を停止した。彼 の所属するグループのリーダ 10 ーも年老いたことを理由に水 田から撤退したが,彼は新た 5 なリーダーとなった(中島 2004:68) 。そして後日旧リー 0 定 期 収 入 賃 労 働 ︵ 農 ︶ 賃 労 働 ︵ 農 外 ︶ 家 族 か ら の 送 金 家 畜 販 売 運 輸 業 商 売 大 工 図5.地元民128名(女性48名, 男性80名)の農業以外の収入 (複数回答) (2004 年,2006 年の調査より筆者作成) そ の 他 ダーの持つ土地を買い取って 一筆とし,現在もさらに水田 を拡大している。2007年の時 点では4haと開田面積を倍増し ている。 中島邦公:ガーナ農家の営農実践と農業開発 表4. T氏の管理する圃場および養魚池の面積と収入 85 池を掘削してティラピアの養殖を行っている。 圃場 面積(ha) 収入(US$) 西の混作畑はプランテイン,ココヤム,キャ メイズ 2.4 696 ッサバを自給用に栽培し,東の混作畑はプラ ミックスクロッピング 1.2 自家消費用 ンテインと換金用の玉ねぎを作付けていた。 オレンジ 1.6 800 作物の配置は日照条件や作物の水分要求特性 ココア 4.8 2976 にあわせた合理的なものである。 養魚池 1.0 1000 メイズ畑は彼の息子たちに任せ,オレンジ 水田 2.0 2760 と養魚池は娘たちに手伝わせていた。彼自身 合計 13.0 8232 はT氏のように土地を持たないが,彼の妻た ※水田のみ生産費を計測し、売上から差し引いた。 ちの土地を有効に使っている。妻たちは自分 表4に2006年調査時のT氏の各圃場の面積と たちの土地を拓いてくれた夫に感謝している 表2から計算した収入を示した。養魚池につい という。彼らは一夫一婦制を是とするキリス ては年に一度の収穫時の手取り平均額をあて ト教徒であるが,夫に複数の妻と家族を養う た。絶対額としては日本円で百万円弱である 生活力があれば一夫多妻でも何ら差し支えな が,ガーナ一人当たりGNPである6万円と比 いと考えている。これはとくに敬虔なキリス 較すれば彼の成功の様子がうかがえる。 ト教徒を除くアシャンティ民の一般的な考え のようで,婚姻制度を守るよりも勤労の価値 3.2-3② B2村N氏の事例 N氏は新品種ブラッドオレンジの栽培によ を重んずるようである。 のちに判明したが,N氏は10kmほど北方の って,成功をおさめた農家である。果肉の赤 アスアダイ村にも二人の妻のいる家庭をもち, いブラッドオレンジは通常のオレンジより, ほぼ同規模の圃場を経営しているという。ガ 買い手が多いという。図6にN氏の農場の作物 ーナの法律では妻を四人まで娶ることが認め 配置を示した。高地にメイズ,南向き斜面に られているが,N氏は「土地に働くことを厭 オレンジ,低地にココア,湿地にオイルパー わなければ家族は何人でも養える」と断言し ムを配置し,窪地には35㎡ほどの小さな養魚 た。 図6.ディストリクトベストファーマーN 氏B2村にある農園略図 86 アゴラ(天理大学地域文化研究センター紀要) 3.3 移入民の営農実践 る(JAICAF 2007:47)が,本調査では移入 3.3-1 樹種作物,家畜飼育のアクセス制限と労 民がこれを自給用に栽培していることが判明 働集約農業 している。また,国道沿いの狭小地にサトウ では土地を持たない移入民の営農はどうだ キビを栽培し,週に一度開かれるマーケット ろうか。移入民には多年にわたり土地を占拠 で子供のおやつ用に販売するなど小さな農業 する樹種作物の作付けや家畜飼育は許されな を展開している農家もいる。多年生作物のバ い。よって移入民の主力作物は一年生のメイ ナナは移入民には栽培制限があるが,休閑地 ズ,陸稲,野菜となっている。また,移入民 の目立たない場所や農地の境界付近にさりげ は農地の利用に際して土地の保有者にたいし なく植え付けるなどしたたかな面もうかがえ て賃料を支払う必要がある。2章でみた家屋の た。 違いはこのような営農上の不利の長年の積み 重なりを反映していると考えられる。 これらの不利を克服するため,移入民は次 とくにAD村ではパラニナと呼ばれる薬用 植物の栽培がゾンゴ地区を中心として広がり つつある。これはソルガムの一品種であるが のような営農を実践している。まずは都市向 葉鞘と果皮に赤い色素を含むのを特徴とする。 けの野菜栽培である。州都クマシの富裕層や 葉を煮出した赤い液が薬として服用される。 外国人向けにレタス,ニンジン,キウリ,キ この品種はもともとサヘル地方で栽培されて ャベツなどの生産を行っている。軟弱野菜は いたものと推測されるが,村での栽培パイオ 日々の灌水が必要で,これはバケツなどによ ニアのイスラム教指導者は,彼の妻がクマシ る手作業で行われる。労働集約的な栽培であ で薬草販売業をしていたことから,そこで種 るが,収入は大きい(前項表2参照)。そして 子を手に入れ栽培を始めた。 移入民は圃場の滞在時間が総じて長い。訪問 パラニナの作物としての特徴は,薬用に用 調査の事前調査から農作業に影響しない時間 いられるために重量当たりの単価が高いこと 帯として午前は6時∼8時,午後は3時から5時 である。一ヘクタールあたりの収入は$1200程 を訪問時間帯に設定したが,午後の時間帯は 度と推計され,灌漑による野菜栽培や水田稲 移入民が不在の頻度が高かった。これは調査 作に匹敵する。あるパラニナ栽培農家の家は 時期が陸稲やココアの収穫期ということも影 2004年の調査時はヤシの葉葺きであったのが, 響していたと思われるが,総じて移入民の圃 2006年には金属シート葺きに代わっていた。 場滞在時間は長く,移入民は土地を持たない これらの例のように地元民よりも厳しい営農 不利を労働の強度と時間の両面で補っている 環境にいる移入民は,積極的な労働投資と市 と考えられる。 場を考えた作物の栽培によって柔軟性のある 営農を行っている。 3.3-2 ニッチ市場向け作物の栽培 前項で移入民の営農は地元民に比べ労働集 3.4 先進的農家像 約的であることを明らかにしたが,他にも営 この地域には前項で述べた二人の他にも先 農の工夫を行っている。それは栽培作物の多 進的な農家が少なからずいるであろうことが, 様さである。地元民は,換金用のメイズ作は 以下の二点から推測できる。すなわち,前述 別として,伝統的のミックスクロッピング以 のN氏の存在が人口約2000人の村の30名程度 外の栽培方法には関心がないようであるのに の標本調査による無作為抽出で見出されたこ 対し,移入民は多様な作物を栽培する。サツ と,そして調査地域の踏破でT氏をまねた人 マイモはとくに盛んには栽培されないとされ 工もしくは半人工の養魚池が確認されたこと, 中島邦公:ガーナ農家の営農実践と農業開発 の二点である。 このような先進的な農家の多くは,不確実 87 ジェクトに参入をはじめた。2009年現在,ガ ーナ政府の内陸小低地コメ開発計画(IVRDP) な農外収入を得るための時間費用を見積った によって水稲作の普及が進められており,移 うえで,リターンが確実な圃場拡大に自己の 入民の参加者が増えている。IVRDPはこの地 労働を費やす方がよいと判断している。不動 区の作付面積を100ha規模で拡大するという 産である土地に労働を投資する方が,安定し 野心的なものだが,それまでの研究成果が引 た収入が確保でき,最終的にはリターンが大 き継がれておらず技術面での農家の支援はむ きく有利だと考えている。そして気象変動な しろ後退している。それにもかかわらず,移 どによる農業の不安定要素を経営の多角化に 入民がこの計画に参加するのは国家の関与に よってカバーしている。 よって条件の良い農地の耕作権が得やすくな ると判断しているからである。 3.5 小括:ガーナ農家の実力と農業開発 プロジェクト また,数次にわたる稲作プロジェクトが導 入した水稲品種については,地元民,移入民 以上の調査結果はガーナの農家は営農能力 ともに,これをさまざまな条件で試験栽培し に優れ,自己のもつ土地や労働力などの資源 ている。前出のパラニナ農家は水稲品種とパ を適正に配分していることを示す。土地を持 ラニナの間作を試験していた。彼は比較的乾 つ地元民の営農スタイルには無駄がなく,土 燥に強いパラニナと水分要求量が高いと思わ 地のアクセスが制限される移入民は積極的に れる水稲との間作は有効であると考えたと語 労働投資を行う。そればかりか複合農業や希 った。2年間の試験結果はおもわしくなかった 少価値を持った作物を導入する先進的な農家 ため,結局は水稲の導入はとりやめたという も存在することが明らかとなった。 ことであったが,ここで強調したいのはガー このような先進農家は現地で実施される農業 ナの農家は水稲という新しい作物を慎重に吟 開発プロジェクトもうまく利用している。例 味していることである。ある移入民女性はグ えば,JICAの水田開発研究協力に際して,地 ループ活動が前提のIVRDPに参加しているが, 元民,移入民の農家は次のように反応した。 IVRDPへの参加は新品種を手に入れるためだ まず地元民は多く水田プロジェクトに参入 と割り切っており,グループでの水田開発と した。これはJICAの研究協力プロジェクトで は別に個人で水田の用地を借り,こちらの作 あったことが多分に影響していたと考えられ 付けに重点を置いている。 る。彼らはプロジェクトに参加することによ このように,農家たちは農業開発プロジェ ってドナーから有形無形の恩恵を受けた 2)。 クトがもたらす技術パッケージを試験し,参 プロジェクトは現地の土壌研究所に引き継が 加するかどうかの判断を下している。そして れたが,地元民の多くはこの時期に水田から 参加する場合にはその効用を吟味し,関与の 撤退している。多くの地元民はこのような僥 度合いを加減している。 倖はもうないだろうと判断したのであろう。 しかし,先進的農家は高生産性の水田稲作を うまく自分の圃場に取り入れ,面積を拡大し ている。 そして地元民に代わって移入民が水田プロ 4.むすび:アフリカの農業発展の展望 第三章で分析したようにガーナ農家の営農 力は高い。ガーナ農業の低生産性の原因は奴 2)例えば,アフリカでは人気のある競技であるサッカーの村代表チームの結成と運営が派遣専門家のポケ ットマネーで支出されていた。 88 アゴラ(天理大学地域文化研究センター紀要) 隷貿易と植民地経済の歴史から生じた構造的 えられる。アフリカの農業開発は農民を中心 なものである。この構造から脱却するために にすえた方法論が必要であり,その充実によ はガーナ農家の脆弱性は克服されるべきだろ ってこそ開発の達成が可能であろう。援助各 う。たとえば作付け資金の融資などの経済的 機関の農業開発に対する方針は,研究能力と な支援や情報の提供,政治的なエンパワメン 行政能力の向上に重きを置いている。すなわ トである。 ち高等教育機関での技術開発と公務員である しかし農業開発それ自体はガーナの農家が 農業改良普及員の育成をいかに果たすかが主 自力で達成することが十分に可能であると考 に論じられ,巨額の資金が費やされている。 えられる。これまで行われたアフリカでの農 各ドナーはさまざまなプロジェクトのそれぞ 業開発が必ずしも成果をあげてこなかったの れに技術や資金を提供しているが,本調査で は農業開発の担い手がもつ能力を軽視してき も人口200名余の小さなアタクロム村に高タン たことにも原因があると考えられる。 パクメイズ普及とIVRDPが同時に実施されて 圃場を最も的確に捉えているのは農家であ いたことが確認された。おそらく双方のプロ る。農家は農業プロジェクトへの参加に対し ジェクトに所属する普及員たちは互いのプロ て機会費用を十分に考慮している。例えば農 ジェクトを知らなかったと思われる。このよ 家たちがプロジェクトに関心を示さない場合, うな場合, 「援助の氾濫」(有本&高野, 2007) 計画立案者や実施担当者は農民に問題がある に陥り,プロジェクトの効果は双方ともきわ と考えがちであるが,農家にとってはその家 めて限定的となる可能性が高い。 計の失敗をさけることが大前提であり,農家 開発の主体はその地域の住民である。ガー たちはプロジェクトに参加する価値があるの ナ農家の営農実践から明治期の日本のような かどうかを慎重に見極めているのである。 農業開発の手法も十分に可能であると考えら ガーナの農家は自己の圃場に適用する外部 れる。圃場を熟知した先進的農家に資金を提 の技術や品種を不断に検証している。試験栽 供し,先進農法普及の使命を与える方がむし 培を行うことで,それらの技術や品種がどれ ろ有効ではないかと考えられるのである。 ほど有効なのかを常に判断している。このよ うな姿勢は日本の篤農たちとも通じる。 謝辞 明治期の日本の発展は農家が担った。労働 本論のまとめに際して科学研究費補助金特 生産性と土地生産性を同時に向上させ,工業 別推進研究「水田エコテクノロジーによる西 部門に余剰の労働力を送り込んだ。篤農たち アフリカの緑の革命実現とアフリカ型里山集 は海外からもたらされた化学肥料や栽培技術 水域の創造(研究代表者:若月利之) 」の支援 と知識に対応し,日本の事情に合った有用な を受けた。また村落調査では滞在の便宜をは 品種や技術を開発した。さらに篤農たちは官 かっていただいたAdu Tawiah氏をはじめ, に登用されて,その技術の普及を担った。 調査村の皆様には不躾な質問にも関わらず, ガーナの先進的農家についても日本の篤農 と同様な役割を果たすことが可能であると考 快よくお時間を割いていただきました。深謝 いたします。 中島邦公:ガーナ農家の営農実践と農業開発 89 《引用文献》 有本 寛,高野久紀 2007 「開発援助と経常費用 ドナー間競争,援助の氾濫,財政支援」, RIETI Discussion Paper Series 07-J -041, 独立行政法人経済産業研究所, http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/07j041.pdf(2008/9/10ダウンロード) JAICAF 2007 「ガーナの農林業 ― 現状と開発の課題 ― 2007年版」, 海外農業開発調査研究 国別研究シリーズ No.76, 社団法人国際農林業協力・交流協会 JICA 2004 「ガーナ灌漑小規模農業振興計画フォローアップ運営指導(終了時評価)調査 団報告書」, JICA 世界銀行 2008 「世界開発報告2008 開発のための農業― 概観」, http://siteresources.worldbank.org/INTJAPANINJAPANESE/Resources/071025_wdr_08_overv iew_jpn_final.pdf(2008/9/20ダウンロード) 中島邦公ほか 2006 「ガーナの持続的自立的な水田開発に向けて サワ(水田)実証研究プ ロジェクトに対する農民の反応」, 『アフリカ研究』69: 59-73 平野克己 2002 「図説アフリカ経済」,日本評論社 《参考ウェブサイト》 http://www.mofa.go.jp/Mofaj/Gaiko/oda/shiryo/kuni/02_databook/afr/top_afr.html (2008/09/16参照)