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狼少年と共に村人がオオカミに襲われる日
今月の視点 狼少年と共に村人がオオカミに襲われる日 ─ 国民無視の政治が日本を更なる危機に 誘 う ─ 迷走する政治が日本再生の足を引っ張っている。東日本大震災からの復興に加え、 震災前からの課題も山積している。中でも、 「社会保障と税の一体改革」は喫緊の 課題であるが、政治の混迷から骨抜きにされようとしている。財政健全化への取り 組み姿勢に対するマーケットからの視線は厳しさを増しており、政治が決断できな いでいると日本は近い将来更なる危機に晒される。 みずほ総合研究所 チーフエコノミスト 宮崎和貴 「狼少年」と揶揄される早期財政再建論者 イソップ童話の「狼少年」。羊飼いの少年 ( 狼少年 ) が、退屈しのぎにいたずらで「狼が来たぞ」と嘘をつ き、村人を何度もだまして面白がるが、 そのうち信用 されなくなり、オオカミが本当に襲って来た時には 村人は助けに来ず、 少年は喰われてしまう話。 日本の早期財政再建論者も、 「狼少年」と揶揄され ることがある。後述するが、 日本の財政状況は先進国 最悪である。このため、近い将来の日本国債暴落 ( 長 期金利急騰)を懸念して、早期に増税等の財政再建を 実行すべしと声高に唱えるが、一向に国債暴落の兆 候は現れず、相場は極めて安定した状態を続けてい るため、そう呼ばれる。 しかしそのような状態は持続するのか。どこかの 時点で、オオカミ ( ≒マーケット参加者、特にヘッジ ファンドが凶暴)が獲物(収益)を狙って日本に襲いか かり ( 国債売りに端を発した財政破綻 )、狼少年だけ でなく、村人 ( ≒日本国民 ) も一緒に喰われてしまう ことは無いのか。 日本の財政状況は先進国最悪 まず、日本の財政状況を確認しておく。 最初に、フロー。2011 年度一般会計予算 ( 当初:約 92兆円)の歳入は、公債金収入(約44兆円)が税収(約41 兆円 ) を上回り、公債依存度は 47.9%に達している。 すなわち、日本の予算は約 5 割が借金で賄われてい る。 次に、ストック。2011 年度末の公債金 ( 以下、国債 ) 残高は約 668 兆円 ( 当初見込み )。今後、東日本大震災 の復興財源として 10 兆円規模の国債増発が予想さ れ、また既に歳出の 3 割強を占める社会保障関係費 は、現行制度のままだと高齢化の進展により更に毎 年 1 兆円以上増加すると見込まれる。その結果、毎年 40兆円以上の新規国債発行が必要となり、7∼8年後 には国債残高が 1,000 兆円を上回ることが予想され る。 そして、国際比較。一般政府 ( 国、地方、社会保障 基金の合計 ) 債務残高の対 GDP 比をみると、日本は 2011年に先進国で唯一200%を上回る見込み(出典: 経済協力開発機構(OECD) )。同様に財政状況が悪い とされるイタリアが 130%強、米国・英国は 100%未 満であることからして、日本の財政状況は先進国最 悪と言える。 国債相場安定理由の「消費期限」切れは近い そのような財政状況にもかかわらず、日本の国債 相場、すなわち長期金利はなぜ極めて低水準(おおむ ね1%台前半)に安定しているのか。 その理由として、①日本国債は、1,500兆円弱(借入 金を控除したネットで1,200兆円弱)の潤沢な家計金 融資産を背景に、金融機関の運用等を通じてほとん ど国内で消化 ( 約 95%) されており、当面ファイナン 1 今月の視点 スに困ることはない、②日本の消費税率 5%は他国 と比べてかなり低く(例:欧州連合(EU)諸国は20% 前後 )、将来それを引き上げることにより財政再建を 行う余力が残されている、などの点が挙げられてい る。 しかし、上記の理由は、 「消費期限」切れに向かって 刻一刻近づいている。 前述の通り、現行のまま何も対策を講じなければ、 国債残高は7∼8年後には1,000兆円を上回り、ネット の家計金融資産残高に接近する。それは、国内での ファイナンス余力が無くなり、海外資金への依存度 を高めざるを得ないことを意味する。国債相場安定 の第一の理由は、徐々に消滅していくことになる。 骨抜きにされようとしている 「社会保障と税の一体改革」 そうなると、第二の理由、消費税率を財政再建が可 能な水準にまでいかに素早く引き上げられるかが、 鍵となる。同時に、消費税率引き上げの国民負担を少 しでも軽減するため、成長戦略の推進に加え、毎年 1 兆円以上の増加が見込まれる社会保障関係費の拡大 抑制も重要となる。 菅政権は当初 6 月 20 日に、 「社会保障と税の一体 改革」の成案を閣議決定する予定であった。しか し、それに先立つ民主党の調査会で異論が噴出し、 特に「2015 年度までに段階的に消費税率を 10%ま で引き上げる」と明記した部分で紛糾し、決定を先 送りせざるを得なくなった。土壇場のどんでん返 しである。 確かに政府案には不備が多い。①世代間格差、 すな わち現役・将来世代の高負担を少しでも軽減するた めの高齢者に対する給付抑制策が不十分であるこ と、② 2015 年度以降の消費税率引き上げスケジュー ルやその幅が明記されていないこと、等である。 これ らを見直すために決定を先送りするならば理解でき るが、 「消費税率引き上げ」を明示すると「選挙に勝て ない(と報道されている)」から、といった理由で先送 りしたとなると、何をかいわんやである。結局、6 月 30 日に増税時期を「2010 年代半ばまでに」と骨抜き にして、政府・与党の社会保障改革検討本部で決定し たが、閣議決定は見送った。 このような事態が続くと、日本の財政健全化への 取り組み姿勢が疑われ、第二の理由の「消費期限」も グッと短くなり、オオカミに日本を襲う隙を与えか ねない。 2 視線が厳しくなる 「財政健全化への取り組み姿勢」 各国の「財政健全化への取り組み姿勢」に対して、 オオカミの視線は厳しさを増している。 昨年 5 月のギリシャ危機に端を発した欧州債務危 機は、アイルランド、ポルトガルへと波及した後も終 息の兆しを見せていない。再燃しているギリシャの 信用不安問題の行方次第では、金融危機再発の可能 性も否定できない。 米国の喫緊の課題は、連邦政府債務の上限引き上 げ問題。既に5月16日に法定上限(14兆2,940億ドル) に達しており、米国財務省のやり繰りでしのいでい る。上限引き上げの障害となっているのが、長期的な 財政赤字削減手法の与野党間の対立であり、仮に 8 月 2 日までに野党共和党との間で合意が成されない と、最悪デフォルトまで視野に入る。ムーディーズ社 は米国債格付け(Aaa)を引き下げ方向で見直すと発 表した(6月2日) 。 そして、日本に対する視線は一段と厳しさを増し ている。国際通貨基金(IMF)、OECDは相次いで日本 の財政状況に警鐘を鳴らし、中でもIMFは2017年ま でに消費税率を 15%まで引き上げるよう提言した (6 月 16 日)。また格付け機関も軒並み格下げの可能 性を指摘している。 オオカミは突然襲ってくる オオカミに襲われたらどうなるか。 IMFや欧米諸国から財政再建へ向けての厳しい条 件を突き付けられた上で、支援を受け入れることに なる。自己改革を進めることが出来た場合と比べて はるかに厳しい消費税率引き上げ、公務員の人員削 減・給与カット、年金・医療・介護給付額の大幅引き下 げ等を強制され、厳しい耐乏生活を強いられる。 そのような事態に至らないためにも、今、日本は早 急な自己改革が必要であるが、国民無視の政治が日 本を更なる危機へと誘 っている。 オオカミは隙を見せた瞬間、突然襲ってくる。村人 の生活などお構いなしに、ただ獲物で腹が満たされ ればよい。村人を守るために村長(≒首相)や村役場 の人々(≒政治家)は防御柵を堅固にしなければいけ ない時に、自分達の利益ばかりを考えている。 オオカミはすぐ近くまで来ているかもしれない。