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ロックの認識論

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ロックの認識論
ロックの認識論
● ジョン・ロック (John Locke, 1632-1704).最初の主要なイギリス経験論者 (British
empiricists) と見なされる.
● 主要著作
A Letter on Toleration
Two Treatises of Government
An Essay concerning Human Understanding
Some Thoughts concerning Education
The Reasonableness of Christianity
1689
1690
1690
1693
1695
『寛容に関する書簡』
『統治二論』
『人間知性論』
(『人間悟性論』
)
『教育論』
『キリスト教の合理性』
● 経験論(経験主義,empiricism):知識は経験に由来すると考える哲学(認識論)上の立場.
近代哲学においてはイギリス経験論に代表される.その主要な哲学者は,ロック,バークリー
(Berkeley, 1685-1753),ヒューム (Hume, 1711-1776) である.
* イギリス経験論以前にも,知識における経験の役割を重視する哲学者は存在した.例えば,古代のア
リストテレス,中世のスコラ哲学者(特にトマス・アクィナス)などである.経験主義の立場は次のラ
テン語によって要約される.nihil est in intellectu quod non fuerit in sensu (英訳:Nothing is in the
intellect which was not previously in the senses.)
* 経験論が主張するような,経験以前の知性の状態を比喩的に言い表すために,タブラ・ラサ (tabula
rasa) という表現が用いられる.
● 合理論(合理主義,rationalism):知識の獲得における,理性と直観の役割を重んじる立場.
近代哲学においては大陸合理論に代表される.その主要な哲学者は,デカルト (Descartes,
1596-1650),スピノザ (Spinoza, 1632-1677),ライプニッツ (Leibniz, 1646-1716) などである.
『人間知性論』(1690)
● 目的:人間の知識の起源・信頼性・射程/限界を検討すること.
知性の限界を確定しないまま哲学的(道徳的,宗教的)問題の探究を行う場合,我々は人間の知
性を超えた問題にかかわり,それゆえ解答が見出されないために懐疑論 (skepticism) に陥る可
能性がある.一方,知性の及ぶ範囲とそうでない範囲の境界をあらかじめ確定しておけば,その
ような無駄な探究は避けられる.
* ロックの述懐によれば,ある種の問題について(おそらく道徳や宗教の問題だと考えられる)について友人たちと
定期的に議論を行っていたが,その際に生じた困難を解決するために,まずは人間の認識能力を吟味することが必要
であると考えられ,そのことが『人間知性論』執筆の端緒となった.
第1巻
生得観念について
● ロックによる観念の定義:
「人が思考するときの対象となるあらゆるもの (whatsoever is the Object of the
Understanding when a Man thinks)」[1 巻 1 章 8 節]
「精神が自らのうちに知覚するもの,すなわち,知覚,思考,知性の直接的な対象のすべて
(Whatsoever the Mind perceives in itself, or is the immediate object of Perception, Thought
1
or Understanding)」[2 巻 8 章 8 節]
* したがって,ロックの意味での観念は,感覚的なものと概念的なものを含む.
● 生得観念 (innate ideas):人間が生まれながらに持っている観念,および思考・道徳の原理.
(‘some primary Notions, … , Characters, as it were stamped upon the Mind of Men, which
the Soul receives in its very first Being; and brings into the World with it.’)
* 合理論者(デカルト,ライプニッツなど)によれば,知識の基礎にはそのような観念・原理が存在す
る.
* ロックは生得的であるとされる原理の例として,次のようなものを挙げている.
「存在するものは存在する (Whatsoever is, is)」
「同一の事物が存在し,かつ存在しない,ということは不可能である (’Tis is impossible for the same
thing to be, and not to be)」
「人は自分にしてもらいたいと思うことを他人にもすべきである (one should do as he would be done
unto)」
,神の観念,同一性の観念
* 生得観念が存在するという考えは,古くはプラトンの想起説にさかのぼることができる.近代合理論
において生得観念説が有力となった背景には,近代科学における数学の重要性が高まったことがあると
考えられる.
(数学的知識は経験に依存しない知識の典型例であり,したがって数学の諸原理は生得観念
の有力な例である.
)
● 生得観念説に対するロックの反論:
(1) 生得観念説の根拠は,万人が同意する原理が存在する,というものである.しかし,万人が
同意する原理が存在するとしても,そのことは生得観念説以外の仕方で説明可能かもしれない.
(2) さらに,万人が同意するような原理は存在しない.例えば幼児や知的障碍者は,上にあげた
ような論理的原理を意識することはないだろう.(‘it is evident, that all Children and Ideots,
have not the least Apprehension or Thought of them.’ (1.2.5))
(3) これに対し,次のように言われるかもしれない:
「生得観念は潜在的な知識である.すなわ
ち,生得観念は人間が理性を用いるようになった時点で意識されるものであり,幼児がそれらを
意識しないのは,その理性の発達が十分でないからであり,生得観念の存在と矛盾しない.
」し
かし,その場合,理性を用いるようになった時点で自発的に(経験によらず)獲得する知識を生
得観念とを区別する基準が失われてしまうだろう.
* 例えば,数学の複雑な計算結果も生得観念ということになってしまうが,それは人が生まれながらに
して持っている知識ではない.また,同語反復的命題(例えば,
「独身者は結婚していない」など)も生
得的原理ということになるが,そのような命題に含まれる観念が生得的であるとは限らないことは明ら
かである.
第2巻
観念について
● ロックの立場:すべての観念は経験に由来する.
「精神は理性と知識のすべての材料をどこから得るのだろうか?これに対して,私は一言で『経験から』
と答える.我々のすべての知識は経験に基づき,また究極的には経験に由来するのである.
」
[2 巻 1 章
2 節]
‘Whence has it [the Mind] all the Materials of Reason and Knowledge? To this I answer, in one Word,
from Experience. In that all our Knowledge is founded, and from that it ultimately derives itself.’
(2.1.2)
● 経験の二種類:感覚 (sensation) と反省 (reflection)
2
* 感覚:五感によって外界から得られる[視覚印象,聴覚印象,温感など]
* 反省:精神の働きを省みること(内観)によって得られる[知覚,思考,意志,感情など]
● 単純観念と複合観念:観念は単純観念 (simple ideas) と複合観念 (complex ideas) に二分で
きる.
* 単純観念の例:経験により得られる,それ以上分析できない観念.冷たさ,硬さ,匂い,白さ,甘さ,
物体の(特定の)形・運動,知覚,思考,意志,快,不快,力,存在,統一性,など.
(ただし単純観念
は経験によって与えられたデータが知性による抽象 (abstraction) の働きを経ることによって得られる
場合もある.
)
* 複合観念:いくつかの単純観念の結合(または関係)によって成り立つ観念.これらは経験から得ら
れる場合もあるが,知性の能動的な働きによって生み出される場合もある.
● 複合観念の分類:(a) 様態 (modes),(b) 実体 (substances),(c) 関係 (relations)
* 実体とは,それ自体で独立して存在するものであり,様態とはそれ自体では独立して存在せず,実体
の性質として存在するものである.
(おおざっぱに言えば,実体は個々の事物,人間,動物などであり,
様態はそれらの属性である.
)関係は二つまたはそれ以上の実体や様態の間に成り立つものである.
● 知性は,いくつかの観念に対し,次のような操作を行うことによって,さらなる観念を作り
出すことができる:(1) 観念の結合;(2) 観念の比較;(3) 観念からの抽象
● ロックは,このような知性の作用によって,経験から直接には得られない観念(空間,時間,
無限など)を知性がいかにして獲得するかを説明することを試みた.
● 第一性質と第二性質(一次性質と二次質)
:ロックは性質 (qualities) を次のように定義する:
「我々の精神のうちに何らかの観念を生み出す力を,私はその力を有する事物の性質と呼ぶ
(the power to produce any idea in our Mind I call quality of the subject wherein the power
is)」.さらにロックは第一性質 (primary quality) と第二性質 (secondary quality) を区別する.
* 第一性質の例:固体性,延長,形,運動,数
* 第二性質の例:色,音,味,匂い,熱さ
ロックによれば,第一性質は,それによって精神のうちに生み出される観念とそれが類似してい
る.一方,第二性質は,それが精神のうちに生み出す観念と類似していない.
● 知覚の表象説:一般に,ロックは知覚の表象説 (representational theory of perception) を唱
えたと考えられている.知覚の表象説によれば,ある機会にある主体 S が x を知覚するとは,
その機会に S が x によって引き起こされる観念(感覚)を持つことである.したがって,S が
ある物体(または性質)x を知覚する場合,直接的な知覚の対象は,x ではなく x によって引き
起こされる感覚であることになる.
* このように,知覚の表象説によれば,我々はある対象(性質)を感覚の媒介を経ることによ
って知覚するのであり,対象(性質)を直接的に知ることはできない.だとすれば,ある性
質が,それによって引き起こされる感覚と類似しているか否かを知ることは不可能であるこ
とにならないだろうか?
● 実体の概念:個々の実体の観念は,複数の様態の観念が結合したものであると考えられる.
一方,実体一般の観念は,複数の様態を支える経験不可能なものとして,知性の推論によって得
られる.
● 同一性の観念:ロックは同一性,とくに通時的同一性の観念がいかにして得られるかを究明
しようとする.すなわち,ある時点に存在するある事物(人間,動物)と,別の時点に存在する
3
事物(人間,動物)が同一であるという観念は,いなかる経験的な意味を持つのだろうか?これ
に対しロックは,同一性の観念の経験的な内容は,いかなる種類の対象が問題になるかによって
異なると考える.すなわち,物質の塊 (mass of matter) の通時的同一性は,それが同じ基本的
粒子から構成されていることである.一方,有機体(動物,植物,人体)が時間を通じて同一性
を保つためには,それを構成する物質が不変である必要はなく,それが一定の生命機能を維持し
ていればよい.また,人格 (person) の同一性は,心理的な特性のある種の連続性,特に記憶の
連続性にある.
* ロックが考えるように,対象の種類によって同一性の意味が違うとすれば,なぜ我々は異なった種類
の対象の同一性について語る時とき「同じ」という一定の語を用いるのだろうか?それは単なる偶然と
は考え難い.だとすれば,同一性の意味には経験との関係だけによっては説明できない側面があるので
はなかろうか?
第3巻
ことばについて
● 観念と言語の間には密接な関連があり,したがって知識における観念の働きを検討するため
には言語についての考察が必要である.
● 観念を伝達するために,その知覚可能な記号として言語が用いられる.ほとんど語の基本的
な働きは,観念を表すことである.
● ただし,一部の語は観念や命題に対する知性の作用を表す.例えば, ‘A is (is not) B’ におけ
る ‘is’ (‘is not’) は知性による判断(A は B である(ではない)という判断)を表現する.
* ‘If P, then Q’, ‘P and Q’ における ‘if … then’, ‘and’ も同様の働きを持つと考えられる.
● ただし,一部の語は観念や命題に対する知性の作用を表す.例えば, ‘A is (is not) B’ におけ
る ‘is’ (‘is not’) は知性による判断(A は B である(ではない)という判断)を表現する.
● 一般名辞と普遍:固有名詞だけからなる言語はコミュニケーションの役に立たない.したが
って,社会的な言語は必然的に一般名辞 (general terms) を含む.
(一般名辞とは,複数の個別
的な対象に当てはまる言語表現である.)
● 一般名辞は,抽象観念 (abstract ideas) 表現する.抽象観念は,抽象(abstraction) によって
得られる.抽象は知性の働きであり,いくつかの個別的対象の観念のすべてに共通の要素に注目
し,それ以外の要素を分離することによって得られる.一般名辞は種 (sort) に対応する記号で
ある.
● 普遍性/一般性は観念の特性であり,普遍が個別的な対象と独立に存在するわけではない.
普遍は知性の産物である.
* この立場は普遍論争における概念論の立場にあたると言えよう.
● 唯名的本質と実在的本質:伝統的に,ある種類の事物がその種類の事物であるために必ず持
たなければならない性質は,その種類の事物の本質 (essence) と呼ばれる(この概念はアリス
トテレスに由来する)
.ロックは唯名的本質 (nominal essence) と実在的本質 (real essence) と
の区別を行った.種類 K の名目的本質とは,K に属する事物が共通に持っている観察可能な性
質である.一方,K の実在的本質は,K に属する事物がそのような意味での名目的本質を持つ
ことを説明するような,K の内部構造である(一般にこれは観察可能ではなく,未知であって
かまわない).
* 例えば,水の唯名的本質は,
(おおよそ)
《常温で液体であり,無色透明,無味無臭で,飲用に適する》
4
というものであろう.一方,水の実在的本質は分子構造 H2O を持つことであろう.
* ある種類を表す一般名辞の意味は,その種類の事物の実在的本質ではなく,唯名的本質によって与え
られる.
第4巻
知識一般について
● 知識とは何か:精神の直接の対象は観念である.したがって,
「知識とは,我々の観念の結び
付きと一致の知覚,あるいは不一致と背反の知覚に他ならないように私には思われる
(Knowledge then seems to me to be nothing but the perception of the connexion and
agreement, or disagreement and repugnancy of any of our Ideas)」.[4 巻 1 章 2 節]
知識の諸形態
(a) 観念の間の同一性・不一致 (identity; diversity):「《人間》=《人間》
」1,「
《緑》≠《赤》
」
(b) 観念の間の関係:
「2 < 3」,
「《三角形》⊆《多角形》」
[数学的知識がこの種類の知識の代表例
である.
]
(c) 観念の共存 (co-existence):
「ある犬は白い」,
「すべてのカラスは黒い」2
(d) 観念と現実存在との一致:
「神は存在する」
● 知識の種類と(信頼性の)度合い:知識はその獲得過程と確実性の度合いにより次のように
分類できる.
(1) 直観的知識 (intuitive knowledge):知性によって直接に認識される知識(「すべての人間は
人間である」「白は黒ではない」「2 < 3」)
.最も明晰かつ確実な知識である.
(2) 論証的知識 (demonstrative knowledge):直観的知識からの論理的演繹によって得られる知
識(
「3 角形の内角の和は 180 度である」など,数学・幾何学の定理はその典型例である.
)
(3) 感覚的知識 (sensitive knowledge):感覚によって得られる,個別的な存在についての知識
(「目の前に赤いボールがある」)
● 知識の射程と限界
(a) 観念の同一性・不一致に関する知識:あらゆる観念に関して成り立つ.
[ただし,この種の知
識は一般にあまり有用な知識ではない.
]
(b) 観念の間の関係に関する知識:その射程と限界は明らかではない.
(c) 観念の共存に関する知識:人間の有用な信念の大部分は,観念の共存に関する信念であるが,
それらは経験に基づいているため,確実ではない.それらは真正の知識ではなく「意見
(opinion)」に過ぎない.したがって,観念の共存に関する知識は非常に限定されている.
* ある人が,多数のカラスを観察することによって,
「すべてのカラスは黒い」という信念を抱いたとす
る.しかしそのような信念は決して確実ではない.
* 感覚的経験に依存しない信念のみ(その典型は論理学や数学の知識である)を真正の知識として認め
る点では,ロックの観点は合理主義者に近い.
(d) 観念と現実存在との一致に関する知識:自我の存在は直観的知識である(デカルトの見解と
1
以下で「
《A》
」は A という観念を表す.
この文は《カラス》が《黒い》と単に共存するのみならず,前者が後者に包摂されることを述べている.
したがって,この文が表す命題を観念の間の関係についての命題と見なすこともできる.
2
5
ほぼ同じ)
.神の存在は論証的知識である.感覚的経験によって知られる限り,それら以外の存
在の知識が得られる.
● 判断力 (judgment) と蓋然性 (probability)
* 判断力:確実ではない信念を形成する能力
* 蓋然性:誤りの可能性がある論拠に基づいて,ある命題が真であるらしいと思われること.
蓋然的信念の根拠:(i) 他の知識,経験との適合性(帰納に基づいた全称判断は,そのような根
拠に基づく);(ii) 他人の証言 (testimony)
科学的信念はこれらの根拠に基づく.したがってそれは確実ではない.
● 理性と信仰:ロックによれば,神の啓示は確実な知識であり,単に蓋然的な信念ではない.
「我々自身の存在が疑えないのと同様,神からの啓示は疑いえない (We may as well doubt of
our own being, as we can whether any revelation from God be true.)」(4 巻 16 章 19 節)
ロックの考えでは,神は理性を超えた真理(すなわち,理性のみによっては知ることができない
真理)を啓示しうる.しかし理性に反する啓示がもたらされることはない.
一方ロックは,個人的な信念を神の啓示と思い込むこと(それが啓示であるか否かを知性によっ
て検討せずに)を狂信 (enthusiasm) と呼び,これを厳しく批判した.
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