...

アンコール遺跡地域の観光開発と環境保全の 両立を目指して

by user

on
Category: Documents
45

views

Report

Comments

Transcript

アンコール遺跡地域の観光開発と環境保全の 両立を目指して
アンコール遺跡地域の観光開発と環境保全の
両立を目指して
一般社団法人海外環境協力センター
研究員
1. アンコール遺跡-カンボジアの象徴
中 尾 有 伸
特に、交通渋滞とそれに伴う大気汚染が深刻化
アンコール・ワットに代表されるアンコール遺
している。金沢大学の古内ら(2007 年)は、アン
跡は世界的な文化遺産であると同時に、カンボジ
コール遺跡地域の多環芳香族炭化水素(PAHs)濃
アの人々が誇りとする国の象徴である。現行のカ
度はタイの首都であるバンコク都中心部と同水準
ンボジアの国旗は 1850 年頃に制定され、その後、
の汚染状況であると指摘している。UNESCO は大
デザインが数回変更されているが、何れもアンコ
気汚染と酸性雨が遺跡を侵食し、地域住民に健康
ール・ワットが描かれている。
被害をもたらす恐れがあると警告している。実際
アンコール・ワットは 1113 年〜1150 年頃に建立
にルモーモト(カンボジア特有のバイクでキャビ
された。その後、数百年にわたり、アンコール王
ンをけん引する乗り物)に乗って移動すると、交
朝の興亡、遺跡盗掘、内戦などの人為的な圧力や
通量が多い道路では空気が悪く、息を吸うときに
風雨・洪水などの自然の猛威に曝されながら、他
口を覆いたくなるほどである。
の寺院と比較して良好に保存されている。これは、
地元の人々やアプサラ機構、国際連合教育科学文
3. 政府主導・技術主導のアプローチの限界
化機関(UNESCO)、日本、フランス等国内外の専
大気汚染の進行を緩和するために、アプサラ機
門家による継続的な維持・修復活動の努力の結果
構(アンコール遺跡地域の保全・開発を管轄する
である。しかし、近年、アンコール遺跡は新たな
政府機関)や UNESCO はアンコール遺跡地域にお
課題に直面している。
ける電気自動車の導入を推奨してきた。2005 年か
ら 7 Makara(韓国企業)が電動ゴルフカートを運
行している。
また、2013 年から Bolloré Blue Solutions
(フランス企業)が電動マイクロバスと電動セダ
ンの実証を開始した。しかし、これらの取組みは
成功しているとは言えない。電気自動車は排気ガ
スを出さず、環境・遺跡の保全に貢献する。しか
し、アンコール遺跡地域周辺に暮らす人々は、必
ずしもこのテクノロジーを快く思っていない。
2014 年の初頭に象徴的な出来事が起きた。数百人
アンコール・ワットの日の出
2. 深刻化する環境問題
その課題とはアンコール遺跡地域の「観光開発」
と「環境保全」の両立である。アンコール遺跡地
域を訪れる年間の海外観光客数は約 105 万人(2008
年)から約 223 万人(2013 年)に増加した。急増
する観光客は、経済的な便益を生み出す(観光業
はカンボジアの GDP の約 2 割を占める)一方、生
活環境・自然環境・伝統文化や遺跡そのものに悪
深刻化する交通渋滞と大気汚染
影響を及ぼす。
-10-
のルモーモトドライバーが街頭デモを行い、7
調査を通して「アンコール遺跡の周辺には、約
Makara と Bollore Blue Solutions の電動車両の運行
4,200 台のライセンス登録されたルモーモトがい
に反対する声明を出した。「ルモーモトやバイク
る」「ルモーモトのドライバーの多くは 30〜40 代
タクシーなどの零細事業者はアンコール遺跡によ
であり、3 名以上の家族の生活を支えるために、週
って得られる収入の恩恵を受けていない。大企業
に平均 6 日以上働いている」、「月の平均所得は
が多くの利益を得ている。従って、私たちはアプ
ハイシーズン(10 月〜3 月)約 340 ドル、ローシ
サラ機構に対して、電動車両の運行を中止するこ
ーズン(4 月〜9 月)約 140 ドルと不安定かつ低水
とを求める。それにより、ドライバーは家族を支
準である」、「ルモーモトの運行経費の約 7 割を
えるための収入を確保することができる。」
ガソリン代が占める」、「ルモーモトの電動化に
より燃料費を約 5 分の 1 に節約することができる」
4. 日本チームによるドライバー主導・サービス主導の
などの有意義なデータを収集することができた。
アプローチ
また、調査実施前はドライバー協会の幹部に対し
一般社団法人海外環境協力センター(OECC)、
て、デモの主導者であり、過激な集団とのイメー
株式会社開発政策研究所(JDI)、株式会社未来技
ジを抱いていたが、話すと純粋で真面目な人たち
術研究所、テラモーターズ株式会社、株式会社 JTB
である。ドライバーにとって、自分の仕事と家族
コーポレートセールスは、環境省の「平成 26 年度
の生活を守るための手段はデモしかない、つまり
アジアの低炭素社会実現のための JCM 大規模形成
反対する他に選択肢がないことがよくわかった。
可能性調査事業委託業務」により、アンコール遺
ドライバー協会の幹部の一人(元僧侶)のルモ
跡地域における電動ルモーモトの導入に関する二
ーモトのキャビンには次のような言葉が書かれて
国間クレジット制度(JCM)の実現可能性調査を実
いる。「Peace comes from within. Do not seek it
施している。
without. You yourselves must strive.(平和は内側か
本調査では、アンコール遺跡地域の「観光開発」
と「環境保全」だけではなく、「地元ドライバー
ら来る。外側に求めてはいけない。自分自身で進
まなければいけない。)」
の生計向上」を目的として、地域の実情に合った
現在、調査結果の取りまとめを行っており、今
低炭素交通サービスの設計と事業化・JCM スキー
後、データを基に計画を立て、実行するフェーズ
ムの適用可能性の検討を行っている。アプサラ機
に移る。政府に反対する、外国からの支援に頼る
構やシェムリアップ州政府、UNESCO の全面的な
のではなく、地元の人々が自ら実行することが、
支持を得つつ、地域住民の視点を特に重視してお
アンコール遺跡地域の「観光開発」と「環境保全」
り、IDEA と CCDA、2 つのドライバー協会の協力
の両立の鍵になる。初期の段階では日本チームが
の下、約 150 名のドライバーの収入・支出、家族
中心になって事業の立ち上げを行うが、将来的に
構成、運行実態、既存車両の仕様などをこと細か
は地元ドライバーが中心になって新たな低炭素交
に調査した。また、最適な電動車両の選定・走行
通サービスを創り、生計を向上できる体制を構築
テストを共同で実施した。
したいと考えている。
ドライバーの生活実態調査
電動ルモーモトの走行テスト
-11-
Fly UP