...

自尊感情と購買重要性が購買行動に与える影響

by user

on
Category: Documents
157

views

Report

Comments

Transcript

自尊感情と購買重要性が購買行動に与える影響
自尊感情と購買重要性が購買行動に与える影響
The effects of self esteem and importance of purchase
on buying behavior
袋谷俊之
FUKUROTANI, Toshiyuki
キーワード:購買行動・自尊感情・購買関与・購買重要性
認知的不協和・知覚されたリスク
1.問題
1-1.消費者行動と購買意思決定
経済的に大きく発展した現在の社会において、私たちの生活は購買や消費と切り離すこ
とは出来ない。私たちは普段、様々な商品やサービスを購入し、消費している。朝起きて
何気なく食べる食事もそうであるし、学校や職場へ行くときに着る服や履いている靴、持
ち歩いている鞄なども、全て消費行動の一環である。私たちの生活は、消費することの連
続で成り立っていると言っても過言ではない。消費行動は、私たちが日常生活を送る上で
欠くことができない重要な行動である。
実際の場面において、消費者が製品やサービスを何の目的も持たずに購入することはほ
とんど無い。消費者自身が明確に意識していなかったとしても、そこではなんらかの消費
目標を達成するために購買がなされている。消費者行動は、目標指向的な問題解決行動で
あるということが言える。
消費者が特定の商品を購入する意思決定には、①問題認知、②情報探索、③選択代案の
評価、④購買(使用・廃棄)の実行と停止、⑤購買(使用・廃棄)後の評価、の過程を経
ていると考えられている(神山,1997)。Kotler&Armstrong(1994)は購買意思決定にお
いて、より購買者に近い、心理的・個人的な要因の背後で、社会的・文化的要因が影響を
与えているとしている。
1-2.知覚されたリスク
私達が商品の購入の際には、様々な不安や懸念を感じることが多い。それは、購入を意
図する商品の全てが自分にとって常に満足のいくものであるとは限らないこと、つまり自
分の行動の結果が不確実であることに起因している。例えば、高価な買い物をした場合な
ら、その値段に見合うだけの性能や価値はあるだろうか。衣服やアクセサリーを購入した
場合なら、それが自分に似合うだろうか、友人や家族から見て変には見えないだろうか。
高性能な電化製品の場合であれば、自分はそれを使いこなすことが出来るだろうか。薬や
サプリメントなどの購入なら、高価はあるだろうか。それらの摂取は逆に健康を害してし
-1-
まうことにはならないだろうか。などの不安が考えられる。
これらの不安は、「知覚されたリスク(perceived risk)」と呼ばれる。リスクは一般に、
危険(危険性)と訳される。人間のリスク知覚(risk perception)は、客観的な確率値で示
される危険性ではなく、主観的な危険性評価に基づいている。統計的には飛行機の事故が
起きる確率は自動車のそれの数十分の一であるにも関わらず、多くの人が車より飛行機の
方を危険視していることや、大きな飛行機事故が起こった直後は、普段平気で飛行機を利
用している人でもそれをためらったりすること、また、煙草の危険性が客観的数値で示さ
れているにも関わらず、ヘビースモーカーほどそれを低く見積もろうとする
(Festinger,1957)ことなどからもそれは理解できる。このような人々の態度や立場の違い
に基づくリスク知覚度の個人差は、リスクのパーセプションギャップ(perception gap)と
呼ばれている(木下,1987)。購買行動には常にリスクが伴うものであることから、その意
味で、商品の購入とは一種のリスク敢行(risk taking)であると言うことが出来る。これ
までに指摘されているリスクの種類として、性能的、金銭的、社会的、心理的、物理的、
時間的、自我の損失などが挙げられる。
商品購入時のリスク知覚度は、「商品の種類や特性」「商品の流行性」「商品の購買形態」
「消費者の個人特性」と言った要因によって影響される。さらに、リスク知覚の問題は、
様々な商品を購入する場合の支出に、消費者がどの程度の心理的な痛みが伴うかという視
点からも検討することができる。例えば、1万円という金額は誰にとっても等しい経済的
価値を持っているが、人によって、またそれが支出される状況によって、その1万円の価
値や重みは変わってくる。普段、数百円で昼食を済ませている人にとってみれば、昼食に
数千円を出すことは相当な心理的な痛みを伴うと考えられるが、普段からその値段で食事
している者にとってみればそれほどの痛みは感じられないだろう。また同じ人の食事であ
っても、それが普段の昼食である場合と、何かの特別な記念日のディナーの場合では、出
費に対する感覚は異なってくる。このように、貨幣単位という単一の価値尺度によって形
成される経済的財布に対して、商品の購入に伴う心理的痛みという価値尺度によって形成
される財布は、心理的財布と呼ばれる。心理的財布は、複雑で矛盾した消費者行動を理解
し、説明する有力な概念である(小嶋ら,1983b;小嶋,1986)。
このような知覚されたリスクに対して、消費者は購買状況において知覚されたリスクを
最小化する決定を行おうとする(Bauer,1960)。また、馬場(1989)は、積極的な情報探索、
選択決定前の熟慮、ブランドロイヤリティへの依存、過去の経験や他人の経験への依存、
通信販売を利用しない、などのリスク低減法を挙げている。
購買関与概念の中心部分は、この知覚されたリスクであると考えられている(堀,1997)。
知覚されたリスクが大きくなれば、購買関与は高まると考えられる。
1-3.関与と購買意思決定
消費者の購買行動の要因には個人的・心理的・社会的要因などがあることは先に述べた。
-2-
これらの要因の中で特に、個人的・心理的要因の一つである関与(involvement)という構
成概念が多くの研究者の関心を集め、消費者行動を研究する上での最も重要な変数の一つ
として考えられるようになりつつある。
(Antil,1984)Greenwald&Leavitt(1984)は、関
与が高くなれば、購買意思決定過程における情報処理の水準が高くなることをモデル化し
ている。しかし、現在の消費者研究において関与概念は、本来の意味での自我関与概念か
らは次第に離れ、より広い概念、ないし自我関与とは多少異なる用語として用いられてお
り、各研究者の間で十分な意見の一致が見られておらず、研究上かなりの混乱が生じてい
る(Mitchell,1979;Cohen,1982;Antil,1984;Park&Mittal,1985)。
ここで、関与概念の研究潮流における一つに、購買関与(purchase involvement)があ
る。購買関与は、購買重要性(importance of purchase)とほぼ意味を同じくしており、
研究者によってはこの2つを全く同様なものとして捉えている(Muncy&Hunt,1984)。購
買重要性は「関与の程度」「購買の重要性」「課題の重要性」
「結果の深刻性」などとも呼ば
れることもあり、これらの概念を内包しているものである。これらの概念は、消費者の情
報処理や意思決定全般に影響を及ぼす媒介変数として重要視されるようになり、関与の水
準により消費者の意思決定過程自体を高関与型と低関与型とに類型化するという考え方が
生まれている(Antil,1984;Muncy&Hunt,1984)。
1-4.自尊感情
セルフ・エスティーム(self esteem)とは、人が持っている自尊心(self respect)、自己
受容(self acceptance)などを含め、自分自身についての感じ方を指す。自己概念と結びつ
い て い る 自 己 の 価 値 と 能 力 の 感 覚 - 感 情 で あ る ( 遠 藤 ,1992 )。 ロ ー ゼ ン バ ー グ
(Rosenberg ,M.,1967)は自尊感情に、自分を「非常に良い(very good)」と考えること
と、自分を「これで良い(good enough)」と考えることの2つの意味があることを指摘し、
自尊感情が高いということは、後者の「これで良い」と感じることであるとした。つまり
自尊感情とは、自分自身を尊敬し価値ある人間であると考える程度であり、必ずしも自分
を他者と比較して考えている訳ではない。自尊感情が高いことは、自分が究極的に完全で
あると感じているのではなく、むしろ成長や改善の期待と限界を知っていることを意味し
ている(井上,1992)。
社会的比較や原因帰属などにおいて、自尊感情を高く維持するための心理機制があるこ
とが知られており、自尊感情が高い者はこの機制を上手く用いていると考えられる。この
点からも、自尊感情の高い者は、商品の購買後も自尊感情の低下させるような後悔が少な
く、満足度は高いと考えられる。また、自尊感情は自己評価とよく似た概念であり、自尊
感情が高い者は、自分のそれまでの行動の結果について一定の評価を下していることにな
るので、不安が生じるような場面でも、自分の判断についての信頼があり繰り返し悩むな
どで即断が下がることは少なくなると考えられる。
1-5.消費者行動における認知的不協和
-3-
フェスティンガー(Festinger,1957)によれば、人は相互に関係のある情報間に整合性を
見出せないと心理的緊張を高めるとし、このような状態を認知的不協和と呼んだ。彼の認
知的不協和理論では、このような認知的不協和が生じたとき、この不協和を低減し協和を
獲得することを試みるように、人は動機づけられるとされる。
ここで、自分にとって重要な製品を購入したという認知と、その製品があまり良いもの
ではないという認知は不協和である。そのため、この認知を低減するよう人は動機付けら
れると考えられる。この場合、製品を購入したという認知は最早変更不可であることから、
製品についての評価の方を満足に転じさせるものと考えられる。このことから、製品の重
要性が高いならば、購買の満足度も高くなると考えられる。
また、自尊感情を高い者にとって、自らが失敗したというような認知は不協和である。
この時、購買経験の評価をより高くすることによって、この不協和を低減させるように動
機付けられることが考えられる。
1-6.仮説
以上のことから本研究において建てられた仮説は、以下の通りである。
①自尊感情が高い者は低い者より、購買行動の結果に対する満足度が高いであろう。
②自尊感情が高い者は低い者より、購買行動についての即断性が高いであろう。
③購買重要性が高い場合は低い場合より、購買行動の結果に対する満足度は高いであろう。
④購買重要性が高い場合は低い場合より、購買行動に対する即断性は低いであろう。
2.方法
2-1.質問紙
自尊感情尺度
自尊感情の測定には、山本ら(1982)によるローゼンバーグ(Rosenberg,
M.,1965)の自尊感情尺度10項目の邦訳版を用いて、①当てはまらない~⑤当てはまる、
の5件法で質問した。
購買重要性尺度
購買重要性を測定する尺度として、購買重要性の概念である「関与の
程度」「購買の重要性」「結果の深刻性」を尋ねる購買重要性尺度3項目を作成し、それぞ
れ5件法で質問した。
購買満足度尺度
購買の結果についてどれくらい満足しているかを測定する尺度として、
購買満足度尺度6項目を作成し、①全く当てはまらない~⑤とても当てはまる、の5件法
で質問した。
購買即断性尺度
購買行動の即断性を測定する尺度として、青木ら(1988)による購買
意思決定関与の例、および佐々木(1984)の REC スケール(Rationality and Emotionality
of Comsumer scale)の「合理性」に関する項目を参考に、購買即断性尺度8項目を作成し、、
①全く当てはまらない~⑤とても当てはまる、の5件法で質問した。
フェース項目
フェース項目として、性別・年齢・学年を尋ね、さらに購買に関係する
-4-
と思われる、月当たりの平均収入、およびおおよその貯金額を尋ねた。
質問紙の構成
質問紙では、被質問者が最近購入した高額な商品、および低額な商品に
ついて、その内容と価格を尋ねた。さらに、そのそれぞれの購買状況について購買重要性・
購買満足度・購買即断性の3つの尺度を用いて質問した。
2-2.調査の概要
調査の概要は以下の通りである。
①2006 年 10 月 13 日
関西大学社会学部101教室において『社会心理学』の講義中に一
斉に教示を行い回収。
②2006 年 10 月 14 日~20 日
アルバイト先の大学生に対してその場で教示を行い、持ち
帰ってもらって後日回収(男性2名、女性4名)
③2006 年 11 月 13 日関西大学総合学生会館(凜風館)において直接教示を行いその場で回
収(男性 5 名)。
④2006 年 11 月 16 日
関西大学社会学部201教室において直接教示を行いその場で回収
(男性7名)
。
以上、全体の被験者は男性71名、女性137名の計208名。調査期間は10月 13 日~
11月15日であった。
3.結果
3-1.尺度の検討
自尊感情尺度について
自尊感情尺度についてクロンバッハのα係数を算出したところ、
0.794 であり、信頼性が確認された。自尊感情尺度について因子分析を行った結果、1因子
が抽出された。
3-2.仮説の検討
ここでは、自尊感情得点が、平均値+標準偏差以上の者を自尊感
情高群、平均値-標準偏差以下の者を自尊感情低群として考えた。重要性尺度得点が、平
均値+標準偏差以上の者を重要性高群、平均値-標準偏差以上の者を重要性低群としてデ
ータを分類した。
仮説1・2
自尊感情高群と低群に間で満足度得点と即断性得点についてt検定を行った。
満足度得点について、購買対象が高額な商品の場合では自尊感情高群と低群の間に有意
差は認められなかった(t=0.366, df=61, p=n.s.)。また、購買対象が低額な商品の場合で
も自尊感情両群の間に有意な差は認められなかった(t=-0.08, df=49.525, p=n.s.)。よって、
仮説1は支持されなかった。
購買対象が高額な商品の場合、自尊感情高群では低群よりも有意に即断性が高いことが
認められた(t=2.377, df=61, p<.05)。購買対象が低額な商品の場合では自尊感情両群の間
に有意差は認められなかった(t=-0.218, df=60, p=n.s.)。よって、仮説2は購買対象が高
-5-
額な場合に限り支持された。
仮説3・4
購買重要性高群と低群との間で、満足度得点についてt検定を行った。検
定の結果、重要性高群は低群よりも満足度が有意に高いこと認められた(t=5.513, df=136,
p<.001)。よって、仮説3は支持された。
購買重要性高群と低群との間で、即断性得点についてt検定を行った。検定の結果、重
要性高群では低群よりも即断性が、重要性両群の間に有意に高いことが認められた(t=-
11.118, df=138, p<.001)。よって、仮説4は支持された。
4.考察
自尊感情尺度について
今回の調査結果から得られた自尊感情尺度のクロンバッハのα
は 0.794 であり、信頼性は改めて確認された。また、自尊感情尺度について因子分析を行
った結果、1因子が抽出された。ただし、「もっと自分自身を尊敬できるようになりたい」
という項目の因子負荷が 0.15 と非常に小さくなった。この項目を削除した場合の尺度全体
のクロンバッハのαも 0.811 となり、元の尺度の値を上回ったため、この項目は削除するか、
日本語訳を再考すべき項目であると考えられる。
購買行動の満足度
調査の結果、高額な購買の場合でも低額な購買の場合でも、自尊感
情の高群と低群の間で購買結果の満足度に有意な差は認められず、仮説1は支持されなか
った。一方で、重要性高群は低群よりも購買結果の満足度が有意に高く、これにより仮説
3は支持された。ジェームス(1890)は自尊感情について、自分にとって「価値のある」
領域での成功/失敗経験が自尊感情に影響を与えると考えた。また論拠の一つとした自我
高揚理論については、これを支持しない研究も多数報告されており(Beckman,L.,1973;
Ross,L.,et al, 1974;Miller,D.T.,1976;Harvey,J.H.,et al,1974)、これらの研究の結果から
は、所与の課題が重要ではなく自我関与が低い場合や、否定的な結果が予想される場合な
どには、必ずしも防衛的帰属が発生するものではないことが明らかにされている。これら
の知見を踏まえて今回の調査結果を考えると、人々は、一般に「購買」という行動につい
てだけでは、それほど自分にとって価値のある領域とは考えず、またその成否も個人の自
尊感情に対して大きな影響を与えないものであると解釈できる。セルフサービングバイア
スや下方比較などは機制として確かに存在し、自尊感情の高い者はそれらを上手く用いて
はいるものの、それが購買時に必ず用いられるとは限らないものと思われる。以上のこと
から、購買の満足度に影響を与えるものは、個人の心理特性としての自尊感情の高低では
なく、購買に対する重要性であることがわかった。
購買行動の即断性
調査の結果、購買対象が高額な場面において、自尊感情の高群は
低群よりも即断性が有意に大きかった。一方で、購買対象が低額な場面では、自尊感情両
群の間で即断性に有意な差は見られなかった。これにより仮説2は、購買対象が高額な場
面に限って支持された。重要性高群は低群よりも即断性が有意に小さく、これにより仮説
-6-
4は支持された。低額な場面で即断性に有意な差が見られなかった理由は、低額な場面で
は即断を妨げるような「知覚されたリスク」がそもそも少なく、両群の間に差が生じなか
ったためであると考えられる。しかしながら、
「高額」と一言で言っても、実際のその値段
は人によって大きく異なる。これには、個人の心理的財布が大きく影響していることの証
明でもあるだろう。以上のことから、購買行動の即断性には、購買重要性、および自尊感
情が影響するが、その前提として個人の心理的財布によって大きさが異なる「知覚された
リスク」が影響していることがわかった。
5.参考・引用文献
遠藤辰雄・井上祥治・蘭ちとし(編)1992
の探求』
『セルフ・エスティームの心理学
ナカニシヤ出版
佐々木土師二(編著)1996
『産業心理学への招待』
有斐閣ブックス
神山進 1997 『消費者の心理と行動――リスク知覚とマーケティング対応』
1997 『消費者理解のための心理学』
杉本徹雄(編著)
飽戸弘(編著)
金貞明
自己価値
2003
1994 『消費者行動の社会心理学』
中央経済社
福村出版
福村出版
「消費者の購買行動に関する一考察 -関与の概念研究を中心として-」
中央大学大学院論究
経済学・商学研究科篇第35号 123-142
柏木重秋 1985 『新版
消費者行動』
白桃書房
Leon Festinger(1957) A Theory of Cognitive Dissonance. STANFORD UNIVERSITY
PRESS
三井宏隆・増田真也・伊東秀章
知のメタモルフォーゼ-
1996
垣内出版株式会社
堀洋道(監修)山本眞理子(編)2001
人内過程〉-
堀
啓造
レクチャー「社会心理学」Ⅱ 認知的不協和理論-
心理測定尺度集 I -人間の内面を探る〈自己・個
サイエンス社
2003
『Rosenberg 日本語訳自尊心尺度の検討』
http://www.ec.kagawa-u.ac.jp/~hori/yomimono/sesteem.html アクセス日 2006 年 12 月
20 日
[転載・引用をご希望の場合は必ず事前に下記までご連絡ください。]
著作責任者: 土田昭司[関西大学]
連絡先: [email protected]
最終更新日: 2007 年 8 月 17 日
-7-
Fly UP