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シンポジウム要旨(PDF)

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シンポジウム要旨(PDF)
大会シンポジウム要旨
アメリカ研究のグローバル化2──大西洋世界とアメリカ──
待望久しいI・ウォーラーステイン『近代世界システム』の最新刊(第4巻)が出版され
た(原著2011年、邦訳2013年)。同書で、ウォーラーステインは「1789 - 1914年」の主に
ヨーロッパを対象とし、「中道自由主義」が、近代世界システムのジオカルチャー──世界
システム全域で共有される価値──となったと論じている。
しかし、残念ながら、それ以前の優れた洞察から、本巻に期待されていた幾つかの論点
には触れられていない。その論点とは、①近代世界システムの歴史的傾向に関わって、第2
膨張期(ロシアなどの包摂)と第3膨張期(東アジアなどの包摂)、②近代世界システムの
構造に関わって、その膨張にともなう近代世界システムの構造の変化、③近代世界システ
ムの循環に関わって、19世紀中葉のイギリスによる覇権の確立と、19世紀末のその凋落と
覇権をめぐる大国間の争い──などである。
これらの論点は、おそらくは第5巻以降に先送りされるであろう。(当初の構想では第4
巻で完結する予定であったとされている。)かくして、われわれは第5巻を望蜀することに
なったが、「長い19世紀」は世界システムが文字どおり、グローバル化した時期であり、
つまり、博覧強記のウォーラーステインをもってしても、グローバル史を書くことは容易
なことではないのであろう。
けれども、中・四国アメリカ学会では、果敢にも、「アメリカ研究のグローバル化」と
いう大きなテーマを掲げ、2年にわたるシンポジウムを企画することとした。昨年の「太平
洋世界とアメリカ」に続いて、本年は「大西洋世界とアメリカ」というサブタイトルの下
で、歴史、文学をはじめとするさまざまな分野の研究者の報告を聞き、アメリカ研究者と
しての私たちの視野を再検討する場としたい。
(文責 小平直行)
近世大西洋世界と貨幣
和田光弘(名古屋大学)
ピース・オブ・エイト
スティーヴンソン『宝島』のなかでオウムが発する言葉「8 レアル銀貨」は、かつて世
界を席巻したスペイン銀貨の名称であり、見つかった海賊の宝にはイギリス、フランス、
スペイン、ポルトガル、トルコなど様々な国の金銀貨が含まれていた……。後世の小説と
はいえ、近世大西洋世界のグローバルな様相を端的に表現しているといってよい。近年、
アトランティック・ヒストリー
大 西 洋 史 のアプローチが喧伝されるなかで、大西洋を介したヒト・モノ・カネ・情
報の流れに関心が集まっているが、
「カネ」そのものについての探求は十全とはいいがたい
ように思われる。管理通貨制度の今日と異なり、当時、モノとしての硬貨自体に国境はな
かったのである。本報告では、植民地時代から独立革命期にかけて英領北米植民地・合衆
国で用いられた貨幣の実相について、伝世品の硬貨・紙幣の提示・分析など、古銭学の知
見も援用しつつ、具体的かつ総体的に考察したい。
英領植民地は常に硬貨不足の状況にあったが、まずその理由について論じ、硬貨以外の
種々の決済手段を指摘する。しかしグローバルな決済手段としての金銀貨、また地域内の
決済手段としての銅貨など、硬貨の必要性は依然として高く、そのため各植民地は硬貨を
引き寄せ、自領内に留めるため、大別して 2 種の方策をとった。一つは硬貨の高値政策で、
額面価格の刻印のない硬貨はもとより、刻印がある場合でも、各植民地の実情に応じて市
場で高く評価した。その様相は、アルマナックを史料とした回帰分析によって明瞭に指摘
でき、
さらにはそこから近世大西洋世界を貫徹する金銀比価の安定性も析出される。一方、
逆に硬貨の価値を低める方策も、地域内に留めるために用いられた。とりわけ銅貨がその
対象となり、グレシャムの法則を逆手にとって、偽造銅貨も大量に導入された。ドメステ
ィックな銅貨の世界と、国際的な金銀貨の世界との対比がそこに見出せよう。報告では当
時の偽造銅貨の特徴を指摘するともに、その実例を提示する。最後に、独立革命期の大陸
紙幣、邦紙幣を示しつつ、ネイチャープリントなど、その巧みな偽造対策の手法を解説し、
記されたモットーやエンブレム、
「国名」の分析、さらには大陸紙幣と邦紙幣の相互連関を
析出する。そして、大陸紙幣の兌換対象とされた 8 レアル銀貨(スペインドル)が南北戦
争前まで合衆国の法貨であり続けた事実や、太平洋世界でも広く流通した証左などを紹介
し、近世大西洋世界の遺産を確認したい。
19
19
1848
1849
1861
1840
50
diptychs
At
the Hostelry
“Naples in the Time of Bomba”
19 世紀末「農業不況」と「砂糖問題」
小平直行(県立広島大学)
キューバの傑出した革命家ホセ・マルティは、19 世紀末のキューバ経済が、したがって彼
らがめざしていたキューバ革命が、直面していた問題を次のように指摘した。
経済的結びつきを口にする者は、政治的結びつきを口にしている。買う国は命
令する。売る国は従属する。自由を守るためには、貿易を均衡させることである。
死を望む国は単一の国に売る。自由を望む国は複数の国に売る。他国の通商に及
ぼされるある国の過度の影響は、政治的影響力に転化する。……国として自由で
ありたいと願うなら、貿易において自由でなければならない。(「アメリカ大陸通
貨会議」1891 年 5 月)
「経済的結びつき」というのは、キューバ糖の「単一の国」
(米国)への輸出を指しており、
「政治的結びつき」とは対米併合を意味している。マルティは、甘蔗糖の輸出国(「売る国」)
とその輸入国(
「買う国」すなわち米国)の関係が非対称的であり、そうした貿易から政治
的支配関係が生じ、最終的には対米併合に帰結すると考えていた。
ここでマルティが問題にしているのは、貨幣と商品の非対称ということではない。
「売る
国」キューバが、甘蔗糖の輸出に関しては、米国に対して従属的であるとしても、反面で
は、キューバは、米国から食糧などを「買う国」でもあった。後者の部面では、立場は逆
転して、逆の非対称性が成立するから、一方的にキューバの従属性について語ることはで
きない。
マルティが問題にしているのは、一般的な「一次産品問題」──一次産品の国際交易か
ら生じる価格低下などの問題──にとどまらず、19 世紀末の甘蔗糖輸出が抱えていた特殊
な構造的な問題であるよう思われる。それは従来「砂糖問題」と呼ばれてきたが、その全
容が捉えていたわけではなかったように思われる。
本報告では、19 世紀末の「砂糖問題」が、①ヨーロッパ「農業不況」に遠因していたこ
と、②結果的に、それが米国の貿易に強力な「影響力効果」を与えたことを、論じたい。
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