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消滅可能性の町にこそ「女性力」活用が必要だ
エコノミスト Eyes 2014.9.12 消滅可能性の町にこそ「女性力」活用が必要だ みずほ総合研究所 政策調査部 主任研究員 岡田 豊 安倍内閣が重要課題と位置づける「人口減少問題」と「地域活性化」。民間組織が人口減 少による市区町村の消滅可能性を指摘したこともあり、自治体の危機感も高まってい る。しかし、これまでのさまざまな施策が「焼け石に水」だったことは明らかだ。地域 の将来のカギを握る若年女性に「魅力的な仕事」を確保することが肝要である。 人口減少による「消滅可能性都市は約半数」の衝撃 2014年2月に関東甲信越地方を襲った豪雪で、山梨県早川町という南アルプスの峰々に抱かれた小 さな町が、道路網の寸断などから長期にわたり孤立したことは記憶に新しい。早川町のような中山間 地に位置する小規模自治体では、高度成長期以前は第一次産業を中心とした自給自足的な生活の色合 いが濃かったが、徐々に都市型のライフスタイルが浸透。それとともに町(村)と近隣の都市部とを 結ぶ道路網が整備され、通勤・通学や買い物などの住民生活や救急医療、福祉サービスの享受などに とって必要不可欠なインフラとなっている。災害時には道路網の寸断による自治体の孤立が問題とな るが、人口減少が進む小規模自治体では財源不足などから、道路や上下水道などのインフラを維持す ることも困難になりつつある。 こうしたなかで今年5月には、有識者で組織する「日本創成会議」 (座長・増田寛也元総務相)が2040 年の人口推計を発表し、全国の自治体に大きな衝撃を与えた。それによると、出産年齢の中心である 20~39歳の女性が2010~40年の30年間で5割以上減少する都市を「消滅可能性都市」と定義。地方か ら都市への人口移動が続く場合、市区町村の約半数が「消滅可能性がある」と指摘したのだ。ひと言 で「人口減少」といっても、 「少子高齢化による絶対数の減少」と、 「進学・就職などに伴う居住地の 変更(転出)の活発化」という2つの側面があるが、とりわけ非三大都市圏に位置する自治体で急速 に進む人口減少は、若者の大幅な転出超過によってもたらされている。 前述の早川町についてみると、総務省の「国勢調査」で2010年人口は1,247人と日本のすべての町の 中で最少、かつ2005~2010年の人口減少率は1位(18.8%)だった。このうち、1986~90年生まれの 人口は男女ともに、20~24歳になった2010年時点で0~4歳時の5~6割と大きく減少。多くの若者 が高校・大学への進学で町を離れたり、町外に就職したりして、そのまま町に戻らない現実がそこに みずほ総合研究所 総合企画部広報室 03-3591-8828 [email protected] 1 © 2014 Mizuho Research Institute Ltd. All rights reserved エコノミスト Eyes 2014.9.12 映し出されている。他方で、若者のうち、とりわけ女性の減少は、地域の将来を左右する子どもの数 の減少に直結する。実際、同町の0~5歳の人口は1980~2010年の30年で4分の1に激減した。今後 についても、国立社会保障・人口問題研究所の「将来推計人口」では、急激な人口減少が避けられず、 将来的に町が消滅する可能性もある。 地方が注力してきた「工場誘致」の人口流出歯止めは限定的 こうした人口流出に対して、これまで行われてきた地域活性化策の代表例といえるのが工場誘致で ある。例えば、岩手県釜石市では、当地の大手鉄鋼メーカーの事業所が、製鉄業のグローバル競争の 進展などから1960年代にリストラを始めたことに対応し、70年代から製造業の工場誘致を進めてきた。 他の自治体に比べれば工場誘致に力を注いできた方だといえるが、それでも若者の流出は止まらず、 2005~2010年の人口減少率(8%減)は岩手県の市の中で一番大きかった。 その背景のひとつとして、大手メーカーの事業所と新たに誘致した工場との雇用規模の違いなどが 挙げられる。60年代からのリストラで、事業所の雇用者はピーク時の8,000人から98年にはおよそ8 分の1まで減少。工場誘致によって20社以上が釜石市に拠点を設けたが、1社当たりの雇用規模は小 さく、誘致開始から98年までの差し引きの雇用者増は2,000人程度にとどまり、リストラによる雇用 減を補うにはほど遠いものだった。他方で、事業所の従業員の所得水準は比較的高く、こうした人々 の存在が釜石市における消費や娯楽などの第3次産業を支えてきたが、ひとたびリストラが始まると、 すでに都市型のライフスタイルに慣れた住民を引きとめることは容易ではなく、こうした産業も衰退 を余儀なくされた。単なる雇用者数の減少だけにとどまらず、第3次産業の衰退を通じた地域の活力 の低下が起き、誘致した工場もすでに半数ほどが撤退している。 一方、地方からの流出人口を受け入れてきた三大都市圏の人口動向にもヒントがある。90年代後半 以降、人口の一極集中傾向にある東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)では、2013年の20歳 代と30歳代の男性が33,955人の転入超過であるのに対し、女性はそれを大きく上回る40,932人の転入 超過となっている。他方、製造業の工場集積で知られる名古屋圏(愛知県、岐阜県、三重県)をみて みると、男性は2,658人の転入超過である 図表 男女別大学進学率の推移 が、女性が810人の転出超過となっている。 この背景には、工場での仕事にあまり魅力 を感じない高学歴女性の増加があると考 60 (%) 男性 55.6 女性 50 えられる。実際に、90年代に入ってから女 性の大学進学率の上昇が加速し、大学進学 率の男女格差が最大であった1975年に比 45.8 41.0 40 30 べ、近年はその差が3分の1程度にまで縮 小している(図表) 。 こうしたことから、工場誘致には一定の 20 12.7 10 雇用増加の効果がみられるものの、地域の 将来のカギを握る女性にとっては魅力的 な職場ではなくなりつつあり、人口減少に 0 1954 60 65 70 75 80 85 90 95 2000 5 1012(年) (資料)内閣府『男女共同参画白書 平成25年版』よりみずほ総合 研究所作成 歯止めをかける有効策とはいえない。 2 エコノミスト Eyes 2014.9.12 若い女性に「魅力的な仕事」確保こそ優先施策 2014年6月の日本再興戦略(改訂版)にもみられるように、地域の潜在的な資源を生かした産業振 興は長らく叫ばれており、これまでも工場誘致以外に観光振興などさまざまな地域活性化策が行われ てきた。しかし、人口減少に歯止めをかけられた事例はほとんど見られないのが実情である。 また、出生率の上がっている一部の自治体が、保育園などの整備によって少子化対策に成功してい るかのような取り上げ方をされ、それをモデルにしようとする自治体も多いが、これについては冷静 な検証が必要である。出産を望む女性は子育て環境に敏感なため、こうした女性が近隣の他の自治体 から移り住むことで、見かけ上、出生率が上がったように見えることが少なくないからだ。その一方 で、前述の日本創成会議の報告書では、出生率の低い東京圏に若い女性が移り住むことを危惧する指 摘がなされているが、そうした見方にも疑問が残る。大卒女性の出生率が低いことはよく知られたこ とで、東京圏の出生率の低さの要因の1つに、そのような大卒女性が全国から集まってきていること があると考えられるからだ。 以上から、日本における人口減少対策では、人口減少の原因を「東京圏対その他の人口減少都市」 という対立の構図に議論を落とし込むのではなく、高学歴化が進む女性の出生率を上げるために、 「住 む場所にかかわらず、やりがいのある仕事を確保すること」と、「仕事と出産・育児が無理なく両立 できる環境を整備すること」の2つの施策を地道に進めていくしかないことがわかる。つまり、人口 減少に直面する自治体では、育児手当や保育サービスの充実といった出産・子育て環境を整備する以 前に、まずは高学歴の若い女性の仕事確保が優先されるべきであろう。そうした施策に注力しないま ま人口規模を維持しようとしても、若い女性のかなりの割合が地域から流出していく現実が変えられ ない以上、地域に残った若い女性の出生率を大きく上昇させるという困難な課題に取り組まなければ ならない。これは極めて非現実的といえよう。もちろん、高学歴の若い女性の仕事の確保は容易では ない。大都市は巨大な人口集積による第3次産業の発展により、高学歴の若者にとって魅力的な仕事 を多く生んでおり、 「ヒト・モノ・カネ」に限界のある地方都市はなかなか太刀打ちできないからだ。 今後の人口減少対策では、 「ヒト・モノ・カネ」に余裕がない小規模自治体に地域活性化策を期待し ても、持続可能な地域への変貌が難しいことや、将来的に人口減少が進むなかで、すべての地域を維 持・再生することが現実的に困難であることを考えれば、地域の「ターミナルケア」ともいえる政策 が必要な時期に来ているのではないだろうか。その中で、今後は衰退している地域を含む広域の組織、 例えば都道府県単位などで地域活性化のあり方を考える必要がある。そこでは人口集積に向けた政策、 具体的には都道府県単位でのコンパクトシティ化を進めるため、人口減少を前提に追加的なインフラ 整備はできる限り避けつつ、小規模自治体から都市部への移住政策を検討していくべきであろう。 折しも、安倍政権は人口減少対策としての地域活性化を重視し、9月の内閣改造で「地方創生担当 相」を新設。首相を本部長とし、全閣僚が参加する「まち・ひと・しごと創生本部」が発足し、年内 に新たな地域活性化策を決定する予定だ。石破茂・地方創生担当相は就任後の記者会見で、 「若い世 代が元気に働き、子どもを育てることができる地方づくりを後押ししていく。従来の公共事業の延長 をやるつもりはない」と発言した。新たな地域活性化策の展開を見守りたい。 (了) 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 3