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ガムプリントによるピグメント印画法の研究

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ガムプリントによるピグメント印画法の研究
ガムプリントによるピグメント印画法の研究
森 川 潔
准教授
写真学科
平成 23 年度
ピクトリアリズムの時代(英:pictorialism, 仏:
セフ・W. スワンが 1864 年にカーボン印画法を発
pictorialisme、1885 ~ 1914)、ガムプリントに代
明し、次々にブロムオイル印画法、オイルプリン
表されるピグメント印画法は写真技術の発達と
ト印画法などのピグメント印画法の代表的な技術
20 世紀初頭のモダニズム運動の中で急激な衰退
が開発されていった。
を見せ歴史の中に埋もれ消え去ってしまった。
その後 19 世紀の末にはアルフォンス・ポワトヴァン
一昨年、京都国立近代美術館で行われた「生誕
の原理を改良しガムアラビックに重クロム酸カリウ
120 年 野島康三展 ― ある写真家が見た日本近
ムと顔料を混ぜ合わせた溶液を用いたガムプリント
代 ― 」において、絵画主義の影響を色濃く持つ
印画法が確立されイギリスのアルフレッド・マス
野島康三によるガムプリント作品を目にし、改めて
ケルやフランスのロベール・ドマシーにより歴史
その重厚な表現力を持つピグメント印画法の研究
的名作が世に送り出されることとなる。
が必要であると認識した。2011 年 3 月には東京都
写真美術館における「芸術写真の精華 日本のピ
日本国内でも 1890 年頃に入るとさまざまな写真
クトリアリズム 珠玉の名品展」においても、そ
機材や道具が輸入されるようになり、フィルムも
の豊かな表現性に改めて驚かされることとなった。
ガラス板にニトロセルロースを塗布したガラス湿
板から今日の形状に近い乾板フィルムへと変わっ
ピクトリアリズムの時代とは写真の黎明期から写
て行った。そうして写真は瞬く間に多くの日本の
真を絵画芸術の一つとして成立させるための様々
アマチュア愛好家たちの間に普及していったの
な方法が試行錯誤の中から生み出されたものの代
である。そんなアマチュア愛好家の中から当時の
表的な時代である。絵画を模倣することによって
ヨーロッパの絵画主義的写真の動きに注目し、マ
写真の芸術的価値を高めようと多くの写真技士が
スケルやドマシー等が使ったピグメント印画法に
研究に勤しんだのである。1855 年にフランスの
自ら着手するものが出て来るのである。後に日本
アルフォンス・ポワトヴァンがゼラチンなどの溶
のピクトリアリズムの時代を牽引することとなる
液に重クロム酸カリウムなどの試薬と混ぜ光に当
黒川翠山や野島康三らである。彼らはヨーロッパ
てると感光したところが硬化するという原理を発
の絵画主義的写真に影響を受けながら日本におけ
見した。この発見をきっかけとしイギリスのジョ
る芸術としての写真とは何かを追求し日本独自の
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ピクトリアリズムを完成させた。1912 年頃には
ム(potassium)が結合したものが代表的であり、
日本のピクトリアリズムの流れは最盛期をむかえ
これらは蓚酸鉄塩より安定しているためピグメン
ピグメント印画法を駆使したユニークな作品が数
ト印画法に広く使用されたはずである。
多く生み出された。しかし 1930 年に入ると海外
からの新たな写真の潮流に押され次第に勢力を
このことから重クロム酸カリウム(potassium
失って行くのである。
dichromate)を感光主成分としてガムプリント法
の調合を進めることとした。
本研究では、かつて行われていた絵画主義的写真
重クロム酸カリウムは橙赤色の無機化合物で柱状
を制作する一つの方法として最も広く用いられて
の結晶体であり精製水には比較的解け易い物質
いたガムプリント印画法に焦点を当て、ピクトリ
である。溶解率 30%を超える辺りから飽和状態
アリズムの時代のプリントマイスター達が行った
になり常温では解け難くなるが感光性を得るには
繊細かつダイナミックな印画法を再現する事に
15%程度の水溶液で十分である事が分かった。ま
あった。
た、高濃度の重クロム酸カリウム水溶液は紫外線
ガムプリントによるピグメント印画法の研究は、
による黄色シミや黒点が多く発生する要因にもな
写真の古典技法またオルタナティブ・プロセス写
るようだ。これ故に 10%から 20%の溶液をアラ
真法に属しており、これまでの研究分野の領域に
ビアゴム溶液(30%水溶液)に同量入れることで
あり過去の研究成果とも密接に関係する位置にあ
最も効果的なプリント濃度を得ることができるこ
る。ピクトリアリズム衰退以降歴史の中に忘却さ
とが分かった。10ml の重クロム酸カリウム溶液
れた一つの印画技法を検証する事は、当時の社会
に 10ml のアラビアゴム溶液そして顔料を 2g 程
的背景や作家の精神性をも伺い知ることができる
度の混合率が今までの印画実験で最も成功率が高
重要な試みであるだろう。
く安定した画像を生成することができた。
添加する顔料の種類によって様々な色の表情や質
本研究において、その画像形成の元となる感光材
感を豊かに見せることができる。このガムプリン
料の研究からその処方を明らかにすることにあっ
ト印画法はある程度の技術が必要とされる部分は
た。主要専門研究機関において文献資料の精査と
あるのだが、写真の持つ芸術性・表現性をさまざ
確認を行ったが、19 世紀末から 20 世紀前半に記
まな方向から検証し直す一つの方向性を示してい
されたものの殆どは明確な試薬名やその処方を書
るようだ。今後もガムプリントのみにとどまらず
き記したものを確認することは困難であったのだ
ピグメント印画法の全貌を解明すべく同様の研究
が、基本的にきわめて単純な試薬の構成であるた
を続けたい。
め重クロム酸塩(dichromate)または蓚酸第二鉄
塩の種を感光材料として、それらの単薬または混
本研究を支えてくださった塚本学院へ心より感謝
合薬によるものであろうと推測できる。重クロム
申し上げる。
酸塩とアンモニウム(ammonium)またはカリウ
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