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逆風の中の米ブッシュ政権
米国動向 逆風の中の米ブッシュ政権 ― 民主党議会の誕生で重要案件は「先送り」へ ― 米国では、昨年の議会中間選挙で、共和党が議会の多数党を失った。大きな 政策変化は予想されないが、ブッシュ政権の政策実現能力の低下は必至の情 勢。財政政策でも重要案件は先送りになりかねない。また、通商政策では民 主党に保護主義的な主張が目立つのが気になるところである。 しかし、こうした成功はブッシュ政権にとって諸刃の ブッシュ政権の政策実現能力は低下 ★★★★★★★★★ 剣である。共和党が議会の多数党を失ったために、ブ ッシュ政権は、民主党議員の支持をある程度集めなけ 2007年の米国は、共和党のブッシュ政権と、民主党 れば、政策を実現できなくなった。しかし、ブッシュ政権 が多数党を占める議会という、新しい組み合わせでス には、これまで民主党に歩み寄る必要性がなかったた タートする。昨年の議会中間選挙で共和党が大きく議 めに、同党議員の言い分を軽視する傾向があった。こ 席を減らし、上院では2003年、下院では1995年から維 のため、ブッシュ政権と民主党議員の関係は良好とは 持していた多数党の座を失ったからだ。 言いがたい。両者の溝を埋めるのは、容易な作業では もっとも、民主党議会の誕生によって、直ちに米国の ないだろう。 政策の方向性が大きく変わるとは言い切れない。議会 の多数党を握ったといっても、民主党が単独で自らの 政策を実現に移せるわけではない。ブッシュ政権が拒 否権を行使した場合には、民主党にはこれを覆すだけ の力はない。 とはいえ、議会多数党の交代によって、ブッシュ政権 の政策実現能力の低下は必至である。ブッシュ政権は、 これまでのように共和党議員の賛成を頼りに、自らの政 策を立法化していくわけにはいかなくなった。 財政政策:重要な決断は先送り ★★★★★★★★★ 財政政策に関しては、ブッシュ政権の政策実現能力 の低下は、二つの重要な決断の先送りにつながりかね ない。具体的には、ブッシュ減税延長の是非と、ベビー・ ブーマー世代の高齢化対策である。 ブッシュ減税の延長については、とくに高額所得者向 けの部分を巡って、政権と民主党議員の立場が相容れ ブッシュ政権にとって、共和党議会は重要な後ろ盾 ない。ブッシュ政権の提案によって実施された一連の だった。議会の投票行動を分析すると、過去の政権と 減税(ブッシュ減税) は、ほとんどが2010年末までの時限 比べて、ブッシュ政権の下では、政権政党に属する議 減税である。政権は、これらの減税を恒久化するよう求 員(ブッシュ政権では共和党議員) が、政権の提案に賛 めてきた。しかし民主党議員は、ブッシュ減税は高額所 成票を投ずる割合が高かった。そして、こうした忠実な 得者を優遇していると批判的であり、期限切れを待たず 共和党議員が議会の多数を占めていたからこそ、ブッ に廃止すべきだとする声もある。実際の失効期日まで シュ政権は、最近の政権のなかでも、自らの提案の立 には時間があることも考え合わせれば、減税延長の判 法化に成功する割合が高かった (図表1) 。 断は、2008年の大統領選挙後に持ち越されそうだ。 10 みずほリサーチ January 2007 ブッシュ減税の行方は、今後の米財政に大きな影響 を与える。2006年8月に米議会予算局が発表した予測 によれば、米国の財政赤字は、2010年度まで微増で推 「戦場の現実」 に左右されるイラク戦費 ★★★★★★★★★ 移した後に、急速に縮小するという。しかしこの予測は、 米財政の今後を考える上で、避けて通れないのがイ ブッシュ減税が予定通りに失効することが前提である。 ラク戦争の行方である。ここでは、ブッシュ政権の政策 ブッシュ減税は恒久化された場合、2007∼16年度の10 実現能力というよりも、現実的な解決策を見出すことの 年間で、約1兆8千億ドルの赤字拡大要因になる (図表 難しさが際立っている。 2) 。ブッシュ減税の中でも、中間層以下向けの部分に 米国の戦費負担は大きい。イラク戦争の戦費は、 ついては、民主党内にも延長を考慮する向きはあるが、 2006年度時点で4,300億ドルを超えている。このままだ 現実には財源の取り扱いが問題になろう。 と、向こう1∼2年のあいだに、ベトナム戦争の総戦費を ベビー・ブーマー世代の高齢化対策についても、議 論の進展は容易ではない。政権と民主党議員の間で、 対立の構図が定着してしまっているからだ。 上回る勢いだ。 駐イラク米軍撤退への道筋が開ければ、米財政にと っては明るいニュースになる。前出の議会予算局の見 米国では、ベビー・ブーマー世代(1946∼64年生ま 通しは、今後もイラク戦費が減らないという前提にたっ れ)の高齢化に伴い、公的年金や医療保険財政の悪化 ている。駐イラク米軍の段階的な撤兵が可能になれば、 が確実視されている。こうしたなかで、ブッシュ政権は 向こう10年間で米国の財政赤字を、約1兆5千億ドル減 年金改革の必要性を強調してきた。しかし、年金資産 らせる (図表2) 。 の一部を個人が株式市場等で運用できるようにすると しかし、撤退への視界は不透明といわざるを得ない。 いった提案には、民主党議員が強く反対してきた経緯 現地の安定化につながるような妙案に欠けるからだ。イ がある。このため、政権が持論をあきらめない限り、改革 ラク戦争については、撤退に向けて政権と議会民主党 の進展は難しい状勢だ。この問題については、政権と が歩み寄ったとしても、 「戦場の現実」が具体的な政策 議会民主党が、 「しこり」 を乗り越えて議論のテーブルに の遂行を阻みかねない。 つくだけでも、大きな進展といえるだろう。 ●図表 1 歴代政権の議会での成績 ●図表 2 米財政収支のシナリオ (%) (億ドル) 自党議員賛成率 (下院) 100 3,000 自党議員賛成率(上院) 90 イラク段階撤退 2,000 法案成立率 80 1,000 70 60 0 50 ▲1,000 ベースライン 40 ▲2,000 30 ▲3,000 20 0 ブッシュ減税恒久化 ▲4,000 10 カーター レーガン ブッシュ (父) クリントン ブッシュ (注)法案成立率:政権の提案が議会で成立した割合。 自党議員賛成率:政権の提案に同じ政党の議員が賛成票を投じた割合。 (資料)Congressional Quarterly 社資料により作成 ▲5,000 2006 08 10 12 14 16 (年度) (注)ベースライン:現在の法制度を維持した場合の財政収支。 イラク段階撤退・ブッシュ減税恒久化:それぞれを実施した場合の財政収支への影響。 (資料)米国議会予算局資料により作成 みずほリサーチ January 2007 11 米国動向 第三は、税の補足率の向上である。米国では、自営 三つの「地道な改革」 業者の過少申告などのために、本来徴税されるべき税 ★★★★★★★★★ 金の、約16%が未徴税となっている (2001年) 。これは金 重要案件の進展が難しい以上、米国の財政健全化 額にすると3,400億ドルを超え、2006年度の米国の財政 に向けた取り組みは、地道な方向を向かざるを得ない。 赤字額を上回る。このため米国では、増税や歳出削減 実際に議会主導で進みそうな改革としては、3点が指摘 と比べて、有権者の批判を受けにくい財政健全化策と できる。 して、税の補足率の向上に注目が集まっている。実際 第一は、 「紐付き予算」の規制である。米国では、議 会が具体的な用途を細かく指定した、 「紐付き予算」が に、米議会で税制を担当する委員会では、2007年の重 要課題の一つに、補足率の向上を挙げている。 増えている。 「紐付き予算」は、議員による地元への利益 誘導の代表的な手段であるといわれ、利益団体とのゆ 着の温床との指摘が絶えない。昨年の中間選挙で、議 気になる民主党の「保護主義化」 ★★★★★★★★★ 員がからんだ汚職事件が論点となったこともあり、2007 民主党議会の誕生で気になるのは、通商政策の行方 年の米議会では、 「紐付き予算」を組み込みにくくする である。今回の中間選挙では、民主党の候補者に、保 といった改革案が、議論の俎上に載りそうだ。 護主義的な主張を展開する候補者が目立ったからだ。 第二は、補正予算の抑制である。近年の米国では、補 米国では、議員の通商政策に関する立場は、地元産 正予算の金額が膨らんでいる (図表3) 。イラク戦争の戦 業の違いに左右されやすく、民主党でも自由貿易を擁 費を、補正予算で手当てしているのが大きな理由だ。し 護する議員は少なくなかった。ところが今回の中間選挙 かし、補正予算の多用は、歳出の全体像を不明瞭にし、 では、 「現行の自由貿易協定は米国の労働者に不利だ」 そのコントロールを難しくするといわれる。このため米議 と主張するバージニアのウェブ上院議員のように、自由 会には、予測される歳出は年初の予算編成に織り込み、 貿易に懐疑的な立場をとる候補者が、民主党側に集中 補正予算の安易な利用を慎むべきだという議論がある。 していた。 その一環として米議会は、ブッシュ政権に対し、イラク戦 費を通常予算内で申請するよう求めていく方針だ。 ブッシュ政権が自由貿易擁護の立場を貫く限り、保 護主義的な民主党議員の増加が、直ちに極端な通商法 の成立につながるわけではない。前述のように、民主党 ●図表 3 補正予算額の推移 には大統領拒否権を覆す力はないからだ。しかし、ブッ (億ドル) 1,800 それ以外 1,600 シュ政権が進める自由貿易協定交渉などは、議会の承 認を取り付け難くなりそうだ。 1,400 1,200 日本については、日系企業が現地で雇用を生み出し 1,000 ているために、中国などと比べると、通商摩擦の対象に 800 なり難い側面がある。しかし、自動車産業を地元にもつ 600 議員などが、 「日本たたき」の機会をうかがっているのも 400 事実だ。議会民主党が保護主義的な傾向を強めれば、 国防費 200 日本にもその余波が及ぶ可能性は否定できない。A 0 ▲200 ▲400 1990 92 94 96 98 2000 (注)マイナスは一旦決定した歳出を取りやめた場合。 (資料)米国議会予算局資料により作成 12 みずほリサーチ January 2007 02 04 06 (年度) みずほ総合研究所 政策調査部 上席主任研究員 安井明彦 [email protected]