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バングラデシュはBTM - JBIC 国際協力銀行

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バングラデシュはBTM - JBIC 国際協力銀行
新 興 国 マ ク ロ 経 済 WAT C H
バングラデシュはBTM
――経済大国の予兆と実力 ――
吉田 悦章
国際協力銀行 外国審査部
第 1 ユニット長(アジア担当)
1. なぜ「あの国」のみが注目されるのか
に注目された。このころ、ゴールドマン・サックスの
チーフ・エコノミストだったジム・オニールの提唱し
人、人、さらに人。バングラデシュには人が多い。
たBRICsが流行語となり、2003年に発表された件の
最大都市の目抜き通りに人があふれているのは大半の
論文を読まずとも多くの人がその言葉を口にした。そ
国でみられる光景だとしても、郊外に行っても人が多
の二番煎じを狙って、有望国のアルファベット頭文字
い国はこの国を除いてめったにない。人口が1億5000
を羅列する動き(VISTA、MEDUSA、MISTなど)
万人と日本より多い国であることもさることながら、
も目立った。
より注目したいのは人口密度である。国際通貨基金
最近の注目国として、ミャンマーを想起する人も多
(IMF)統計でみた国別人口密度順位では、シンガポ
いだろう。新聞でミャンマーの記事を目にしない日は
ール、香港、バーレーン、マルタ、モルディブに次ぐ
ないのではないかと思えるほど、関係する報道もあふ
第6位。ただ、第7位以降の台湾、バルバドス、モー
れている。実際に、日本経済新聞におけるミャンマー
リシャスも含め、すべての国が人口の少ない小国であ
を含む記事の数をみてみると、図のとおり、2012年
るなかで、たとえば人口1000万人以上の国という限
に急増した様子が看取される。スーチー女史関連など
定された基準でみれば、バングラデシュは世界一の人
の政治記事が含まれるのも事実であるが、急増の大半
口密度をもつ国だといえる。この人口密度が、経済発
が経済・ビジネス関連記事の増加によるものであるこ
展との関係においても重要な意味をもつのだが、それ
とは、多くの読者のもっている印象だといってよいだ
は本稿の中盤で触れることとして、まずは、わが国に
ろう。
おける「経済大国ブーム」について論じることで、バ
ングラデシュの位置づけを考える準備としたい。
筆者自身、2004年にミャンマーを訪問し経済成長
の潜在力に関する報告書をまとめた経験もあり、その
予測が的中したという部分で今次ミャンマー・ブーム
新興経済国に注目が集まるのは、日本の企業が発展
を好意的にとらえる面もなくはない。ただし、マスメ
を遂げさらに市場を広げるための手段として、あるい
ディアの論調などをみると、やや偏りがあるような印
はプラザ合意後のそれ以前に比べた円高の影響で海外
象をもたずにはいられない。とりわけ、たとえば隣国
進出を1つの有力な選択肢として検討するうえで自然
な流れであり、ここ30年ほどに限れば常にみられてき
図 日経新聞における「ミャンマー」を含む記事数
た現象である。その最も顕著な例は、最近こそ陰りが
みられるものの、中国であることに異論はあるまい。
中国ブーム発生以前の1990年代にはNIEs(Newly
Industrializing Economies)
、その後はASEAN(東
南アジア諸国連合)諸国なども大きく注目された。ア
ジア通貨危機でその後のASEAN諸国に対してはネガ
ティブなイメージが蔓延した一方で、2000年代半ば
以降は、IT産業をきっかけに「大国」化したインド
や、油価高をてこに巨大プロジェクトやポートフォリ
オ投資案件がめじろ押しとなった中東諸国なども大い
26
2013.9
注:グレー部分は年率換算のための推計。
出所:日経テレコン
■ 新 興 国 マ ク ロ 経 済 WATCH
でもあるバングラデシュと比較して、むしろバングラ
であれば、バングラデシュを同様にとらえない理由は
デシュのほうが投資先として総合的に優れているので
ない。もっとも、中国も注目するレアアースは、ミャ
はないか、とさえ考えている。以下では両国の比較を
ンマーにあってバングラデシュにはない資源である。
通じてバングラデシュの実力や潜在力を示し、本稿の
第3に、経済面できわめて重要な点としてあげられ
後段で経済大国としての予兆を描くことを通じて、そ
るのが、有力産業の有無である。ミャンマーは農産物
のことを立証してみたいと思う。
程度しか輸出する産品がなく目立った国内産業もない
のに対し、バングラデシュは繊維産業という世界に冠
2. バングラデシュの相対的実力
たる有力セクターを有している。実際、繊維製品の世
界輸出シェアでみれば、バングラデシュは中国に次い
ちまた
ミャンマーがなぜ注目されるのか。巷の和文書籍を
で世界第2位である。こうした主力産業をもつという
ごく大ざっぱに要約すると、人口の多さ、天然資源、
ことは、マイケル・ポーターの理論を応用するまでも
労働者の勤勉さや英語力の高さ、それなのに賃金が低
なく、原材料や製品の輸送手段、繊維機械の製造・修
い、などといった点に集約される。これらの点も踏ま
理技術等々の要素が発展しているということであり、
えながら、バングラデシュの魅力をミャンマーと比較
こうした要素はほかの産業にも適用可能な部分であ
しながら列挙すると、以下のとおりである。
る。繊維産業そのものの強みについては次節にて展開
するが、それ以外の産業への汎用性という意味も含め
第1に、冒頭でも触れた人口の側面について。人口
て、バングラデシュはミャンマーと比べた製造業投
規模だけでみても、ミャンマーの6367万人に対して
資における環境面での優位性を有していると考えて
バングラデシュはその2倍以上の1億5250万人であ
よい。
る。このことは、労働力の確保などの側面に加え、将
第4に、実質GDP成長率をみると、IMFなどの統
来的な潜在市場規模がミャンマーの2倍以上であるこ
計によればミャンマーがおおむね4%台となっている
とを表している。それ以上に注目したいのが人口密度
のに対し、バングラデシュは、1990年代後半以降、
である。冒頭述べたとおりバングラデシュの人口密度
おおむね5∼6%台の安定した成長を享受している。
は高く、1平方キロメートル当たり1059人。ミャン
第5に、経済の抱える社会的リスクという意味では、
マーでは同94人である。人口密度に注目した分析は少
ミャンマーは大統領の健康問題や各州の独立運動の機
ないが、以下の2つの面で人口密度の高さは経済成長
運、国内における仏教徒とイスラム教徒の争い、それ
において優位性をもつ。1つは、人口を顧客としてみ
らを「民主化の後退」ととらえかねない欧米の存在な
た場合の効率のよさである。たとえば1つの販売拠点
ど、多くの課題を抱えている。それに対しバングラデ
を設置した場合を考えると、人口密度の高さは商圏人
シュでは、ハルタルと呼ばれる政治絡みのゼネストが
口の多さに直結する。もうひとつは、労働力の確保の
発生することが多い点もあるが、政権や社会情勢はお
しやすさである。たとえばバンコクでは、工場拡張を
おむね安定しており、ミャンマーとの比較では良好で
企図しても労働者を確保しにくいため郊外に新工場を
あると評価してよいだろう。
建設するといった話がしばしば聞かれるが、人口密度
の高いバングラデシュの首都ダッカでは、そうした問
もっとも、ミャンマーと比較して同程度あるいは劣
後する要素があることにも留意したい。
題がきわめて少ないことも指摘されている。開発経済
第1に、識字率の観点では、ミャンマーの92.3%に
学の観点でも、1つの政策発動の効果が、人口密度の
対しバングラデシュは56.8%と低位にある。ただし、
高い国では人口が点在する国に比べて高いと論じられ
人口の多さを考えれば、日本企業が投資した場合に確
る。こうしたことを踏まえると、高い人口密度をもつ
保すべき潜在的従業員数という意味では問題ない数が
バングラデシュは、経済の効率性や将来性の面で大い
あるといえ、人数ベースでみればむしろバングラデシ
に有利な要素を有しているととらえることができる。
ュのほうが多いため同国の課題とは言いがたい。
第2に、天然資源の観点で、バングラデシュはミャ
第2に、工場労働者の平均賃金は、ミャンマーの
ンマーに匹敵する天然ガス埋蔵量を23兆立方フィート
1100ドルに比べバングラデシュは1478ドルと若干高
(tcf)程度、有している(ミャンマーは19tcf 程度)
。
めではある。他方、賃金の安さを求めてある国に投資
資源国だから、という理由でミャンマーに注目するの
しても、すぐに(そして自社の進出も多少は影響して
2013.9
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いるのだが)賃金が上がってしまう、という傾向があ
の多角的繊維協定(MFA)廃止により、安価な中国
るため、この差が、直接投資という総合的かつ長期的
品が大量に流入した国が相次いだ。これにより、多く
視点に立って行う経済活動をみるうえで、目立った違
の国の繊維産業は競争力を削がれたのだが、バングラ
いを生むとは考えにくい。
デシュは生き残ることができた。その主因の1つが、
第3に、経済水準を1人当たりGDPでみると、ミ
欧州系など外国企業のサプライチェーンに組み込まれ
ャンマーの834ドルに対しバングラデシュは767ドル
ていたことである。現在バングラデシュには、フォー
と、やや低位とはいえ同様の水準である。
エバー21(米)
、ギャップ(米)
、トミー・ヒルフィガ
ー(米)
、H&M(欧)
、ザラ(西)
、マークス&スペン
これらを総合的に勘案すると、投資先として「バン
サー(英)など、日本人の間でもなじみの深い外資系
グラデシュはミャンマーよりよい」という考え方も成
アパレル・小売企業が生産拠点を有している。バング
り立つことがうかがえる。そして、賢明な読者はすで
ラデシュ製の繊維製品が各社の流通経路により明確な
におわかりかもしれないが、本稿のタイトル「バング
販売先というかたちで確保され、世界規模で販売され
ラデシュはBTM」
、すなわち「Better than Myan-
たことから、安い中国品に押され地場産業が衰退した
mar」という見方がご理解いただけると思う。
多くの国とは大きく異なる結果を示すこととなったの
である。
3. 繊維産業をテコとした経済発展を
展望する
先にも触れたとおり、バングラデシュの繊維産業は
国際的競争力を有するものだと評価することができ、
バングラデシュの繊維産業は、輸出の8割、製造業
その産業集積の効果とも相まって、いうまでもなく同
GDPの4割強を占め、明らかに同国の主力産業だと
国にとって最重要産業である。この文脈で、1000人
いってよい。
以上の死者を出す大惨事となった2013年4月のビル
バングラデシュで繊維産業が勃興した理由を探るに
倒壊事故は、大いなる悲劇ではあるものの、逆に労務
は歴史をさかのぼるとよいのだが、驚くなかれ、紀元
環境改善のきっかけとなっている面もあり、今後の改
1世紀の文献に「ベンガル地方の木綿が最優秀品」と
善にも期待がもてる。他方で、有力産業に集中するリ
いう記述があるのだという。そうした歴史は、原料生
スクを避ける意味で産業多角化が同国の1つの課題と
産の充実や関連機械の高度化、高い技術の蓄積という
なっているのだが、上述のとおり、人口密度の高さ、
要素条件の改善を伴いながら育まれ、今に至っている。
それらの人口の製造業要因としてのスキルの蓄積、欧
米系も進出してくる投資環境の体制整備等々におい
繊維産業をめぐる世界の環境を考えると、2005年
て、繊維産業で培った諸要素を他産業にも応用可能で
きる部分も多い。この点で、繊維以外にも成功する産
業が出てくることには、大いに期待してよいだろう。
4. すでに着手する日本企業
こうした魅力をもつバングラデシュに対し、すでに
動き始めている日本企業もある。外務省の統計では
131社(2011年11月時点)の日系企業(合弁会社を含
む)が、またジェトロ・ダッカ事務所の調べでは155
社(2013年2月時点)の日系企業がある。ジェトロ
の同じベースでの2009年1月時点の数字が70社であ
ったことを踏まえると、飛躍的な増加といえよう。
もちろん、先にあげた有力産業である繊維産業は、
日本企業の投資の代表格である。2008年のファース
労働集約的な繊維産業の工場内(写真提供:丸久株式会社)
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トリテイリング(ユニクロを展開)の進出をきっかけ
■ 新 興 国 マ ク ロ 経 済 WATCH
に、同業種の視察や実際の投資実行が相次いだ。そう
ャンマーに対し、バングラデシュは同じく国民の9割
した例として、丸久、小島衣料のような繊維企業があ
がイスラム教徒である。確かに、仏教との接点の多い
げられる。このほか、丸紅のような総合商社が複合火
日本人にとっては、ミャンマーの仏教的慣習は受け入
力発電設備を納入した実績もあれば、七海交易という
れやすく、ラマダン月の断食や1日5回のお祈り、そ
小規模の会社がブート・ジョロキアという最近話題の
のための部屋の設置など、イスラムの風習は受け入れ
辛いスパイスを製造・輸出している事例もある。また、
にくいという面はあるだろう。ただし、それは、かつ
CSR(企業の社会的責任)活動の意味も含まれはする
て日本企業が大挙して進出したマレーシアや現在も進
が、雪国まいたけが2011年にグラミン銀行グループ
出の多いインドネシアでも同様の点であり、海外事業
(ノーベル平和賞を受賞したモハメド・ユヌス創設のマ
を展開する企業としては慣れている部分であると考え
イクロファイナンス会社を中心とするグループ)との
られる。筆者自身も、イスラム金融という側面でイス
協業により現地で緑豆(もやしの原料)を生産するプ
ラム圏の人々と数年来の付き合いがあるが、一緒に酒
ロジェクトを進めている例もある。こうしたケースを
を飲みながらの会話ができないという残念な部分はあ
踏まえれば、日本企業にとって決して投資しにくい国
るにせよ、仕事を進めるうえで大きな問題を感じたこ
ではないと評価することができる。
とはない。換言すれば、イスラム国というだけでバン
グラデシュへの投資を断念するのはあまりにもったい
本稿を書いている現在、海外出張のため飛行機の中
ない、ということである。
にいるのだが、もしやと思ってはいているユニクロの
ロール・アップ・パンツ(短パン)のタグを見たとこ
2012年4月には東京外国語大学が、バングラデシ
ろ「バングラデシュ製」との文字を確認することがで
ュの公用語であるベンガル語の専門学科を設置するな
きた。余談ながら、ユニクロを展開するファーストリ
ど、日本企業にとって「バングラ・ビジネス」はいっ
テイリングは、今や日経平均株価指数の10%を占め
そうやりやすくなっている。巷の書籍ではミャンマー
る、わが国を代表する企業である。投資受入国の有力
を「最後の潜在投資大国」などといって必要以上にも
業種と投資企業の事業がたまたま一致したという面は
てはやす動きもあるが、その一方で、インドとミャン
あろうが、そうした日本代表が投資実行をすでにして
マーの間に挟まれ、マスメディアでは取り上げられに
ちゅうちょ
いる国に、ほかの日本企業が投資を躊躇する理由はど
くいバングラデシュも立派な「潜在的巨大経済」であ
れほどあるのだろうか。
ることを、それこそミャンマーの記事を目にするたび
に思い出していただくとよいと思う。
5. 必要なのは「メディアに踊らされない
客観的な選球眼」
以上みてきたように、バングラデシュの潜在力は、
大いに注目されているミャンマーと比べても引けをと
以上、バングラデシュの投資先としての魅力をさま
らないものである。その意味では、バングラデシュの
ざまな角度から論じてきたが、投資実行において、も
潜在力が日本企業の間で過少評価されている可能性が
ちろん種々のリスクや難点があることは否めない。ジ
あるとみることもできる。また、かつて期待された中
ェトロ「2012年度在アジア・オセアニア日系企業活
国のケースと同様に、今後、ミャンマーに進出はした
動実態調査」によれば、経営上の問題点として在バン
ものの事業が想定通りに進まずに撤退や縮小を余儀な
グラデシュの日系企業による回答が多かった順に、①
くされる企業も出てくることと思われるが、いずれに
原材料・部品の現地調達の難しさ、②電力不足・停電、
せよ企業の海外進出にとって重要なのは、有用な投資
③従業員の質、④現地人材の能力・意識、⑤従業員の
対象国を客観的に見抜く選球眼であるといえるだろ
賃金上昇、があげられている。ただし、これらはい
う。その意味で、
「バングラ・ブーム」と呼ばれるよ
ずれも新興国の標準的な課題とみることもできるだ
うな現象が起こらずとも、本稿を読みバングラデシュ
ろう。
の潜在性を認識して現地進出に興味をもった日本企業
他方で、ミャンマーとの対比におけるバングラデシ
ュの難点としてしばしば指摘されるのが、イスラム国
があれば、筆者が本稿を書いた目的は十分に達成され
たこととなる。
であるという点である。国民の9割が仏教徒であるミ
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