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3 基礎技術編 - 日本図書館協会
3 基礎技術編 資料保存とは、 「いつでも、誰でも、いつまでも、資料を利用できるようにしておくこ と」――「利用のための資料保存」と名付けたこの新しい考え方は、私たち日本図書館協 会資料保存委員会が発足以来、その活動を通して受信と発信を繰り返しながら育んできた ものです。 しかし、資料が劣化することは避けられません。資料が劣化すると、「資料はあるのに利 用することができない」といった事態が生じます。そうした事態を避けるためには、どん な資料保存対策を選んだらよいのでしょうか? まず、前提になるのは、それぞれの図書館 の設置目的や運営方針です。次に、①利用頻度、②資料の状態、③資料の価値(内容・形 態)の 3 つの要素を組み合わせて、その資料(群)が持っている保存ニーズを正しくつか みます。さらに、予算、人員、時間といった要素も加えて総合的に判断して、その資料(群) に見合った対策を講じるというわけです。ですから、図書館によって対策は異なるのです。 このリーフレットは「基礎技術編」と題して、さまざまな対策の中から保存箱の作り方 と簡便な補修方法を紹介します。これらはこわれた資料に対する手当てのすべてではあり ません。有機的につながりあった、たくさんの対策の中のごく一部なのです。資料の劣化 原因と対策を下図にまとめました。全体像を正しく理解した上で、どの技術を選ぶのか/ 選ばないのかを検討することが大切です。 資料の劣化原因とその対策 下図は、アメリカ議会図書館の“Planning conservation program”を基に、資料の劣 化原因とその対策をまとめたものです。(図中の「Q&A」は「資料保存 Q&A」に対応しています。) 外的要因<保管環境> 劣 化 原因 内的要因 →「Q&A」Q7,10 →「Q&A」Q1,2,3 ◇不適切な書架・キャビネット等 ◇酸性紙 ◇不適正な温湿度 ◇光 ◇大気汚染 ◇チリ・ホコリ ◇虫・カビ ◇製本・構造 ◇経年 外的要因<人的環境> →「Q&A」Q8 ◇誤った取り扱い ◇不適切な図書館製本 ◇排架上の問題 ◇複写 ◇利用頻度・長期の利用 ◇水害・火災・地震・戦争 施設・書庫の 環境改善 対 →「Q&A」Q7,10 ◇書架・キャビネット等の改善 ◇温湿度管理 図書館内外への 働きかけ 保存手当て ◇防ぐ 保存箱 → ケース1,2 ◇出版界への働きかけ・協力要請 脱酸 → 「Q&A」Q9 ◇職員教育 ◇治す → ケース3,4 ◇利用者教育 →「Q&A」Q8 策 ◇紫外線制御 ドライ・クリーニング ◇図書館間の協力・連携 ◇空気清浄化 補修・修復・再製本 ◇保存科学者・修復家等の専門家 ◇書庫清掃 との協力体制 ◇取り替える ◇定期的な施設点検 メディア変換・複製物 ◇災害対策 マイクロ化 ◇学際・業際的ネットワークの 形成 1 紙と本の基礎知識 <紙の目> 紙には「目」があることをご存知ですか。紙を製造する過程で、紙の繊維は一定の方向 に揃って並びます。この繊維の流れを「紙の目」と呼んでいます。繊維が並んだ方向つま り紙の目に沿って紙を平行に切ると切りやすく、折る場合にも折りやすくなっています。 逆に、紙の目と垂直には、切りにくく、折りにくくなっています。また通常、本には、紙 の目が天地方向にある紙(タテ目の紙)を使います。本の開きが良くなるからです。 紙を使って補修したり、保存箱を作る時に必要な知識として、是非覚えておいてくださ い。紙の目は、以下のような方法で見分けられます。 *紙を破いてみてください。 * 紙を軽く曲げてみてください。 きれいに裂ける方向が紙の目です。 抵抗感が少なく曲がりやすい方向が 紙の目です。 * 紙の断片を水に浮かべてみてください。 カールした方向が紙の目です。 <本の各部の名前> 人の体と同じように、本の各部にも名前が付いています。これらについても、基礎知識 として楽しみながら覚えましょう。 天 ちり 中身 のど 見返し 表紙 背 地 厚み 天地 前小口 溝 2 幅 これから、4 つのケースを例に、実際の保存箱作成と補修作業を紹介します。なお、貴重な資 料や補修がむずかしい資料については、専門家に相談することをお勧めします。 <ケース1:保存箱(ラッパー)の作成> 図書館の中の全体的な保管環境を整えることがむずかしい場合には、品質が安定した中性紙 の保存箱に資料を入れるとよいでしょう。保存箱は、内側の温湿度変化の幅を緩和し、チリやホ コリ、紫外線等の影響や物理的な力から資料を守ります。当然、劣化の進行を遅らせる効果もあ ります。保存箱に入れることは、資料にとって理想的な小さな環境を整えることなのです。 保存箱には様々な種類がありますが、ここでは、簡単にできる「カイル・ラッパー」の作り方 を紹介します。(p.8 写真「様々な保存箱」参照) 用意する材料と道具 中性のボード(0.5 ㎜厚)、両面粘着テープ、定規(三角定規)、カッターナイフ、ヘラ、 カッティングマット(下敷) ① 本の天地(H)、幅(W) 、厚み(T)を定規で測る。 それぞれの寸法の最も大きなところを測定値とする。 ② 紙の目に注意して、中性のボードから「内ぶたになる紙」と「外ぶたになる紙」を採寸 したサイズに切る。 ③裏面にしるしをつけ、定規を当てヘラで折り筋をつけて折り曲げる。 ボードの比較的なめらかな表面が外側になるようにする。 ④カッターナイフで、網掛け部分を切り落とす。 ⑤黒い部分に両面粘着テープを貼り、「内ぶたになる紙」と「外ぶたになる紙」を接着する。 ⑥順番通りに折り曲げると完成。 W 外ぶたになる紙 1/3H T 紙 H H の 目 T T W T H 2㎝ T W+1 ㎜ 内ぶたになる紙 3㎝ 内側から見た展開図 紙の目 ③ ⑥ ④ ② ⑤ ① 3 <ケース2:ポリエステル・フィルムによる封入法> ポスター等の一枚もの資料の保存に有効な「ポリエステル・フィルムによる封入法」を 紹介します。これは、2 枚の透明ポリエステル・フィルムの間に一枚もの資料を挟み、周囲 を両面粘着テープで接着する方法です。フィルムに資料を挟んだだけなので、通常の資料 と同じように取り扱え、必要ならば資料を元の状態に戻すこともできます。 用意する材料と道具 ポリエステル・フィルム、両面粘着テープ、布、重し(ペーパーウェイト)、 カッターナイフ、はさみ、カッティングマット ①資料のサイズより周囲が 25 ㎜くらい大きいフィルムを 2 枚用意する。 ②1 枚をカッティングマットの上に置き、表面を布で拭き、ゴミを取り除く。 ③ 資料をフィルムの中央に置き、重しを資料の中央に置く。 ④ 資料の周囲から 5 ㎜くらい離して、両面粘着テープをフィルムに貼る。 貼り付ける際に、角の部分は空けておく。 ⑤ いったん重しを取り、2 枚目のフィルムを重ねた後、中央に重しを置く。 ⑥ 両面粘着テープを順番にはがしていく。 ⑦ 布で撫でて、角の部分から空気を抜く。 ⑧ 四隅の角を丸く切る。 * 酸性度の高い紙は脱酸処理をするか、裏側に中性(アルカリ)紙を資料と一緒に入れ、 安定させる。 4 <ケース3:ノドの補修> 糸綴じの本の場合、表紙と中身をつなぐノドの部分がはがれてくることがあります。早 めにノドの溝の部分に PVA(ポリビニルアセート)を入れ接着することによって、それ以 上の損傷を防ぐことができます。 用意する材料と道具 PVA(ポリビニルアセート)、竹串 2 本(溝の深さと同じ太さ)、 編み棒 1 本(竹串でも可)、筆、板、重し ① 本の天地寸法より長い編み棒に PVA (ポリビニルアセテート)をつける。 ② 本を開き、糊が浮いたノドの溝の部分に、 PVA のついた編み棒を差し込み、PVA を溝 に塗るようにして、軽く回しながら抜く。 ③ 溝が背のくぼみの中に、きっちり入 るように押し込む。 ④ 本を閉じ、竹串を表と裏表紙の溝の部分に しっかり当て、溝を作る。 ⑤ 表紙の上下を板で挟み、1 時間ほど 重しを載せておく。 (30 分ほど締め機でプレスしてもよい) ( プ ) 5 <ケース4:破れたページの補修> ページが破れてしまった場合、一般的な資料には、市販されている品質の安定した補修 用テープを使うと便利です。しかし、貴重な資料や長期に保存する資料については、和紙 と生麩糊を使って補修します。和紙と生麩糊を使う理由は、素材が化学的に安定している ので、資料に悪影響を与えず、水を使えば和紙をはがすことができ、元通りに戻せるから です。 用意する材料と道具 和紙、生麩糊、水、筆、ヘラ、当て紙、板、重し、カッターナイフ ① 水にぬらした筆で、ページの破れの部分より 少し大きめに和紙をなぞり、手でちぎる。 ② 和紙に、筆で生麩糊をまんべんなく均一に塗 る。ただし塗り過ぎに注意する。 ③ 破れている部分に、紙の目を合わせて和紙を 貼り、ヘラ等でページとなじませる。 ④ 和紙を貼ったページの前後に、当て紙をあて る。 ⑤ 表紙の上下を板で挟み、重しを載せ乾かす。 (10 分ほど締め機でプレスしてもよい) ⑥ はみ出した部分は、紙端に定規を当てカッタ ーナイフで切り落とす。 紙の目 一口メモ 和紙を切って、補修用の短冊(1cm 幅)を作る! ①紙目にそって、定規を当てる。 ②水を含んだ筆で線を引き、手でちぎる。 6 保存箱作成や資料補修のための材料と道具一覧 (道具名の 50 音順) 「りーふれっと資料保存」基礎技術編で使用した主な材料と道具を紹介します。 材料&道具名 備 考 PVA(ポリビニルアセテート) 白ボンド(紙工用ボンド・木工用ボンド) 資料に直接触れない箇所に使用 当て紙 シールなどの台紙のツルツルした水気をはじく紙 編み棒 プラスチック製 4 号前後のもの 板 版画用の板や合板(1~2 ㎝厚)など 重し 一口メモ 「重し」参照 カッターナイフ 数回使ったら、こまめに刃を折る カッティングマット 厚手のボール紙等で代用 生麩糊(しょうふのり) 一口メモ「生麩糊の作り方」参照 定規(三角定規) 50 ㎝くらいのもの 竹製のものが使いやすい 竹串 長めのもの 編み棒の代用としても可 中性のボード 無酸でリグニン等の劣化要因となる不純物を含まず、弱アルカリ性のもの 丸筆 絵画用 糊を使う時や和紙を切る時に使用 ヘラ 裁縫用などの骨製や竹製のもの 補修用テープ 市販品 和紙タイプのものもあり ポリエステル・フィルム 化学的に安定した素材でできているもの PP(ポリプロピレン)、PE(ポリエチレン)も可 両面粘着テープ 手工芸用 和紙 補修紙として使用 厚さによって 3 種類(典具帖紙・薄美濃紙・細川紙)用意 三角定規は採寸の時に便利 てんぐじょうし う す み の し ほそかわし 一口メモ 「重し」 重しは、傷んだ資料を治す過程で紙を落ち着かせたり、接着剤を密着させる時に使います。漬物石や 重量感のある物、例えばレンガ等を布や紙で包むだけで簡単に作ることができます。 「生麩糊」の作り方 手軽に、電子レンジで作る生麩糊の作り方を紹介します。この方法を使えば、約 30 分で化学的に安 定した生麩糊を作ることができます。 材料 干吟(生麩糊を乾燥させたもの) 、水 ① 干吟 1(10g)に対して水 4(40 ㏄)の割合で耐熱の深皿に入れ、電子レンジ強で 30 秒加熱する。 ② 一度取り出して攪拌し、再度電子レンジ強で 30 秒加熱する。 ③ 粘りが出て半透明な状態になったら、容器ごと冷水につけ 30 分間冷やす。 ④ 適量の生麩糊を皿などに取り刷毛、筆等で十分にしごきながら、水で均一に薄め、濃度を調整する。 *紙と紙の接着は薄めの糊、紙と他材質の接着は濃い目の糊を使います。 7 このリーフレットで紹介した保存のための基礎技術は、いたって簡単で誰にでも手軽に できるものです。ですからなおさら、こうした技術を図書館の中へ導入する際には慎重に ならなければなりません。目の前にあるこわれた一点一点の資料を、場当たり的に治した り保存箱に入れたりするのではなく、図書館全体の資料保存政策の中にこれらの技術を位 置づけた上で、計画的かつ組織的に行うことが大切です。 「様々な保存箱」 参考文献 * 『容器に入れる-紙資料のための保存技術』 1991 年 相沢元子ほか著 日本図書館協会 〔品切〕 * パンフレット「利用のための資料保存」 日本図書館協会 1997 年 無料 カイル・ラッパー、ポリエステル・フィルム封入法以外の保存箱の作り方や購入方法、道具 や材料の入手先、参考文献についてのお問い合わせは、日本図書館協会資料保存委員会までお 願いします。 「りーふれっと資料保存」 「りーふれっと資料保存」内容一覧 1. 資料保存展示パネルの貸出 2000 年 10 月 発行 3 基礎技術編 2001 年 10 月 改訂 編集・発行:日本図書館協会 資料保存委員会 東京都中央区新川 1-11-14 2. 資料保存 Q&A 〒104-0033 3. 基礎技術編 TEL 03-3523-0812 4. 参考文献リスト URL http://www.jla.or.jp/ 5. 資料保存関係ホームページ FAX 03-3523-0842 イラスト : 西谷 朋子 このリーフレットは中性紙を使用しています (特種製紙:特抄 長期保存用紙 100g/㎡) 8