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研究にロマンを求めて
研究にロマンを求めて ∼研究者から学生へのメッセージ∼ LEB$'' 目 次 研究テーマ 研究者 所属:都市教養学部 都市教養学科 人文・社会系 国際文化コース 「アメリカ」 とは何か 渡部 桃子 教授 カテゴリー:英文学 所属:都市教養学部 都市教養学科 法学系 法律学コース 変化する雇用社会と労働法 カテゴリー:法律学 天野 晋介 准教授 経営数理、特に確率論の応用 現在は待ち行列論に取り組んでいる 所属:都市教養学部 都市教養学科 経営学系 カテゴリー:経営学 中塚 利直 教授 超電導磁石を用いた 磁気分離による東京湾富栄養化防止の研究 所属:都市教養学部 都市教養学科 理工学系 電気電子工学コース カテゴリー:電気電子工学 都市の整備に関する政策の評価と制度設計 カテゴリー:経済学 伊藤 大佐 教授 所属:都市教養学部 都市教養学科 都市政策コース 朝日 ちさと 准教授 所属:都市環境学部 都市環境学科 地理環境コース 土壌菌核粒子 カテゴリー:地理学、環境学 渡邊 眞紀子 教授 パブリック・アートからパブリック・ ドメインへ 文化創造と新しい公共性の形成 所属:システムデザイン学部 システムデザイン学科 インダストリアルアートコース カテゴリー:美学・美術史(メディア文化論) 楠見 清 准教授 地域における精神障害者に対する支援に関する研究 所属:健康福祉学部 作業療法学科 カテゴリー:社会医学 里村 恵子 教授 発行:公立大学法人 首都大学東京 1 2 3 4 5 6 7 8 「アメリカ」とは何か 研究テーマ カテゴリー:英文学 研究者名:渡部 桃子(ワタナベ モモコ) 教授 所 属:都市教養学部 都市教養学科 人文・社会系 国際文化コース 担当科目:アメリカの文化、英語圏文学史Ⅱ、英語圏文化論 B、 英語圏文学論 B、英語圏文化演習 研究概要 アメリカとは、分かりやすそうでいて、分かりにくい国ではないかとわたしは思っている。アメリ カ初のアフリカ系アメリカ人大統領のバラク・オバマは、その就任演説で、アメリカを「この地上で、もっ とも栄え、もっとも力強い国」と呼んだが、その豊かさと隣り合わせにあるのが、想像を絶するほど の貧困であることもよく知られている(たとえば、ホームレスなどの数も76万人以上にのぼる)。その 国土は日本の約25倍で、場所によって、地形、気候なども著しく異なる。またそこに住む人々の数は、 日本の約2倍であり、その民族的多様性は、日本などと比べれば、理解不能と言ってもよいほど複雑 なものとなっている。だが、このような実態をよく知らずに、嫌悪したり、ただ憧れたりする人は少 なくない。 わたしも、かつては後者の方で、かなり幼い頃から、アメリカという国をもっと知りたい、アメリ カで暮らしてみたいという気持ちを抱いていたが、実際にアメリカで生活するようになったのは、大 学卒業後、2年間ほど一般企業で働いた後だった。アメリカに滞在したのも2年間。その後、日本に帰り、 大学院に進学し、現在に至るまで、ずっとアメリカの文化・文学に関する研究を続けている。 たとえば、アメリカの詩人たちは、自分たちを取巻く「現実」をどのように詩であらわそうとしたか、 また自分たちの「アメリカ」をどのように歌おうとしたのか。あるいは、アメリカの公民権運動、女 性解放運動、その他のマイノリティ解放運動は、どのように展開されてきたのか。そのような解放運 動によって、アメリカの文化・文学はどのように変化したか。またアメリカ特有の「男性性」、 「女性性」 というものはあるのか。あるとすれば、それは文化・文学のなかでどのように表象されているのか。さ らにはアメリカの「反知性主義」とはなにか、などである。 この何年かは、この「反知性主義」が、アメリカ特有の「神秘主義」と表裏一体となっているので はないか、またそれがアメリカ人の空間・時間の認識の仕方と関わりがあるのではないかということを、 様々な媒体によって生み出された文化・文学テクストに探っているが、特に「幽霊屋敷」に関するテク ストが、大いに役に立っている。 こんなふうに、その時々の研究テーマを並べてみると、ほとんど脈絡がないように見えるかもしれ ないが、最終的には「アメリカ」とはなにかというテーマに収斂していく。その答は、幸いなことに(?) まだ出ていない。 1 変化する雇用社会と労働法 研究テーマ カテゴリー:法律学 研究者名:天野 晋介(アマノ シンスケ) 准教授 所 属:都市教養学部 都市教養学科 法学系 法律学コース 担当科目:労働法 研究概要 労働法とは、「労働者」と「使用者」との雇用関係を規律する法の総称である。 高度経済成長期からバブル期における我が国の雇用社会においては、基本的に定年まで一つの会社 で働き続けるという終身雇用制度、また、勤続年数に応じて賃金が上昇する年功賃金システムといっ た雇用慣行が存在していた。このような雇用慣行は正社員を中心に位置づけるものであったため、労 働法の対象となる「労働者」は正社員が一般的であった。 しかし、バブル崩壊以降、企業を取り巻く経営環境の悪化に伴い、人件費削減を目的とする整理解 雇(リストラ)が増加したこと等により、終身雇用制度は事実上崩壊した。また多くの企業において、 勤続年数ではなく、個々人の能力、成果に応じて賃金が決定される成果主義型賃金システムが導入さ れるなど、年功賃金制度は影を潜めた。さらに、正社員より安価な労働力として、パートや派遣など の非正規雇用が増加した。このように、正社員を中心とした伝統的雇用慣行は変化を余儀なくされ、 また様々な「労働者」が労働法に登場することとなった。このような雇用社会の変化は、その都度、 新たな問題を労働法に投げかけている。2008 年の流行語にも選ばれた「名ばかり管理職」や、最近の ニュースを騒がしている「派遣切り」という問題は、まさに雇用社会の変化が労働法に投げかけた問 題である。 労働法を研究する魅力は、雇用社会の変化により生じた問題に対する解決策を、時代背景に適合す るよう法的に模索する点である。「派遣切り」を例にとると、派遣制度を廃止すべきか否かという議論 があろう。労働者保護の観点から、労働者をモノとして扱うような派遣制度は廃止すべきだという主 張は、それなりに説得力があろう。一方で、派遣という雇用形態が社会的に浸透している現在では、 派遣労働者は企業にとっても重要な労働力であり、またその働き方で満足している派遣労働者がいる のも事実である。それならば、派遣制度を維持しつつも、派遣切りを厳しく制限するということも考 えられる。一見すると正論のように見えるが、制限が厳しすぎると、企業は派遣労働者の雇用を控え るようになり、結果として、派遣という雇用形態のメリットが阻害されることとなる。 このように「派遣切り」という問題一つにしても、労働者利益、使用者利益、さらに社会的利益と いう様々な観点を検討する必要があり、全ての立場を満足させる解決策を見出すことは極めて困難で ある。困難ではあるが、これらの問題に正面から向き合い、全ての利益を最大限に考慮し、その時代 に応じた解決策を模索していく。これこそが、労働法学者の使命である。 2 研究テーマ 経営数理、特に確率論の応用 現在は待ち行列論に取り組んでいる カテゴリー:経営学 研究者名:中塚 利直(ナカツカ トシナオ) 教授 所 属:都市教養学部 都市教養学科 経営学系 担当科目:経営数理 研究概要 「ロマンは突然やってくる。」 もう百年以上前のことであるが、数学者のポアンカレは馬車に乗ろうと足を掛けた瞬間に、ずっと 考えていた問題が解けたそうである。私は経営科学を専攻し、数学とも深く関わってきたので、その ような出来事はよくわかる。応用数学でも数学問題は山ほどあるが、そのほとんどは、数学的背景を コツコツ整理していけば、やがて元の問題は熟柿が木から落ちるように、単なる例の一つとして解ける。 コツコツ整理するのは大変であり、ロマンを感じるといったものではないであろうが、解けたとき には展望も広がる。コツコツ整理しているときに、新しい問題に気づくのはワクワクする楽しさがある。 数年前、確率の勉強をしているとき、ふと「確率」という語は誰が訳したのかと思った。ふと思いつくと、 ふと行動に移すのが私のクセなのであろう。すぐ図書館に行き、調べた。決定的なことはわからない が手がかりは得られたので調査を始め、そして面白くなって、結局2年近く調べた。それは論文として、 我々の雑誌「経営と制度」に載せてもらった。 確率が少しでも関係している日本語の文献を、幕末、明治、大正、昭和と、可能な限り目を通すよ うにした。大学時代からのコツコツ勉強も40年ほどになるが、この調査は特に楽しかった。雑誌な どを探せば、他の論文も目に入る。例えば、明治期の慶応大学の雑誌に「確率」がないかと探していると、 「日本はロシアを撃て」といったアメリカ人の記事が目に飛び込む。ああそうか、日露戦争は日本とロ シアだけの戦争ではなかったのだと気づかされる。また大正時代では有名な物理学者と有名な女流歌 人とがかけおちしている。大正ロマンとは、竹久夢二だけではないのだと理解できる。特にロマンを 感じたのは、日本で初期のころ確率を勉強した人々の帳面がいくつか残っていることである。それら を拝見して明治とは何だったのだろうと思いをはせることができた。 どんな仕事にも単調な作業はある。ましてや勉強はコツコツである。コツコツ勉強が成果に結びつ くのはせいぜい大学1,2年生ぐらいまでであろう。その後は失敗することが多い。しかし勉強を続け ていかなければ、成果は上らないし、ロマンなどこれっぽっちも起きない。学生、研究者諸君の努力が、 心の豊かさになって実を結ぶことを祈っています。 3 研究テーマ 超電導磁石を用いた 磁気分離による東京湾富栄養化防止の研究 カテゴリー:電気電子工学 研究者名:伊藤 大佐(イトウ ダイスケ) 教授 所 属:都市教養学部 都市教養学科 理工学系 電気電子工学コース 担当科目:工学系電磁気学、電子物性工学 研究概要 東京湾の富栄養化防止の研究をしている。江戸前の魚が減って、江戸前寿司のネタも他所から調達 する割合が増している。原因は富栄養化で、出口の狭い東京湾で、リンや窒素の流入が植物性プラン クトンを大量に発生していることによる。リンの主な発生源は家庭排水であるが、下水処理場で高度 処理などの方法で浄化されているにもかかわらず、毎日5トンものリンが都の下水処理場から湾内に 放流されている。千葉や神奈川からの分も加えるとさらに増え、海洋学者は現行の技術では限界があり、 新技術を開発してもっと減らさないと富栄養化は止められないと提言している。我々の研究は磁気力 を利用してゼロエミッションでこれに応えようとしており(高勾配磁気分離)、超電導磁石を利用する こともあって超高度処理と勝手に呼んでいる。 学生時代に沖縄へ旅行した。当時はアメリカの統治下にあり、車は右側通行、通貨はドルだった。我々 が乗った船が那覇港に近づくと米兵が検閲のため乗り込んできた。乗客の多くがこれを凝視していた が、船が揺れて乗り込もうとしている米兵が落ちそうになると大喝采。珊瑚礁の環の外側で素潜りで パイプウニを獲ったりして遊んだ。私の自慢は50m プールを潜水で、端から端まで息継ぎ無しに泳 げることである。下を1m ほどの鮫が泳いでいるのに出くわし、肝を冷やしたこともあったが、信じ られないほど綺麗な海だった。後にフィジーにも行ったが沖縄の方が上だ。この綺麗な海が私の基準 になっている。 江戸時代の循環型の江戸が好きだ。江戸前の魚の減少はこの循環が断たれようとしていることへの 警鐘である。超高度処理ではリンを回収でき、再利用可能である。2030 年頃には世界的にリン資源が 枯渇するという予想もある。我が国は 100% 輸入に頼っているので、東京湾に捨てたりしないで、リン 資源の循環も図らなければならない。食料の自給率向上のためにも。 去年は新宿の下水道局に超高度処理の説明に何度 も通ったが、東京都ブランドは敷居が高かった。今 660mm 年になってやっと技術担当者が来てくれるように 超伝導マグネット なった。この間、イノベーションジャパンや新技術 磁性 フィルタ キャニスター 説明会等で紹介したところ、日経新聞の科学部の記 者から何度も取材され、記者が描いた図入りの記事 が掲載された。今、下水道局との共同研究へのステッ プを歩んでいる。 この共同研究で実用化の見通しがたった暁には、 B 処理水 日本と同じような状況にあるドナウ河やセーヌ河、テームズ河などの河沿いにある下水処理場にもこ の技術の適用を働きかけたい。 4 都市の整備に関する政策の評価と制度設計 研究テーマ カテゴリー:経済学 研究者名: 朝日 ちさと(アサヒ チサト) 准教授 所 属:都市教養学部 都市教養学科 都市政策コース 担当科目:政策評価研究、費用便益分析論、経済分析の基礎Ⅰ、 都市政策論Ⅱ、プロジェクト型総合研究、 インターンシップ研究 研究概要 研究の出発点は、学部のゼミでレポートした「ヘドニック・アプローチによる地区計画の経済的評価」 でした。当時、バブル期に中学・高校時代を過ごし、首都圏で次々と行われる大規模都市開発に目を奪 われていた私は、都市の整備が良きにつけ悪しきにつけ生活環境を変えていくことに興味を持ちました。 「美しい街並み」や「活気のある街」とはどのように形成されるのか?そもそも、 「美しい」とか「活気 がある」というのはどのように判断されるのか?都市の再開発により便利になったり雇用が創出された りする一方で、渋滞が発生したり、近隣の商店街がさびれたりする場合、その影響は考慮されているの か?このような疑問にひとつの指針を与えてくれるのが、ミクロ経済学の応用分野である公共経済学、 都市経済学、環境経済学、厚生経済学の考え方です。 経済学では社会を「資源」の観点からとらえます。この地球上にあるものは、物質にせよ人間にせ よ、限りがある( 「資源が希少である」といいます)からこそ、何かを手に入れるには対価がかかります。 市場で成立する価格には、その希少な何かがどのくらい好まれていて、どのくらい費用をかけて生産さ れているかという情報、すなわち、希少性からみた価値が反映されているわけです。この考え方を用い て、都市の整備に関する政策、たとえば道路建設や景観規制の市場ベースの価値( 「便益」と呼びます) を把握し、それを整備費用と比較することによって政策の適否を判断することができます。 このように都市整備に関する政策の便益を測ることは、理屈はシンプルですが、実際にはそれほど簡 単ではありません。特に、政策の中で大気、水質、騒音など環境に影響を与える部分や、災害リスクな どの確率的な事象に対する政策の便益を測るには、直接それらを取引する市場がないため、関連する別 の市場の価格を用いたり、消費者に直接その価値をたずねたりするテクニックが必要となります。たと えば、大学院で取り組んだ研究では、水道という都市のインフラ整備について、水質汚染リスクに対処 する政策の便益を求めることを試みました。人は将来が不確実なときには、確実なときとは異なる意思 決定のやり方をすることが知られています。環境や災害などのリスクに関わる政策の便益評価には、そ のような意思決定の特性を反映させる必要が出てきます。 私が目下取り組んでいる研究のテーマは、次のようなものです。 ① 「水道システムの量的・質的リスクを考慮した都市用水供給の制度設計のあり方」 ② 「社会資本(インフラ)整備が地域の成長にもたらす経済効果の分析」 ③ 「政策の合意形成・決定・評価における多基準分析の活用」 都市やインフラの整備というと都市計画、土木計画、都市工学などの分野が思い浮かぶかもしれませ んが、それらの都市政策には必ず「希少な資源」が投入されます。都市政策を経済学や評価の視点で考 えてみたい学生のみなさん、都市政策コースの私の講義・演習にぜひ参加してみませんか? 5 土壌菌核粒子 研究テーマ カテゴリー:地理学、環境学 研究者名:渡邊 眞紀子(ワタナベ マキコ) 教授 所 属:都市環境学部 都市環境学科 地理環境コース 担当科目:地理学基礎ゼミナー、地理学特殊講義(土壌学)、 地誌学、自然と共生する文明 研究概要 幼いころは森や平原を駆け巡り、地平線を見る機会が多かった。暗くなるまで外で遊び、家の中で豆を煮た色 素でリトマス試験紙を作って酸・アルカリテストをしては実験ノートを作るといったことも誰から教わったでもな く遊びの一つだった。塾も予備校も通ったことが無かったからできたことで、今の子供たちは時間がなく大変気 の毒に思う。現在の専門は、地理学、環境学(環境動態解析、環境と生態)、土壌学である。論理的思考も好むが、 直観で働く観察力・洞察力が勝っている人間の典型であろう。フィリピンでは火山泥流災害地や熱帯低生産地域の 土壌・水環境保全、中央シベリアでは氷河・間氷期サイクルでのレス古土壌研究、エジプト西方砂漠では考古遺跡 周辺の環境復元、モンゴルでは鉱山地域の重金属による環境汚染リスク、ドイツでは強酸性森林土壌の土壌菌核 粒子の研究、というように冷温・亜寒帯、ステップ、砂漠、熱帯モンスーンの多様な環境で自然を探求する機会に 恵まれてきている。国内調査もさることながら、海外調査が多いのは意図しているわけではないが、幼少期の動 機付けによるところがあるかもしれない。この文章もエジプトで書くことになった。 自分の目で空間を見つめ、自然の形成過程や存在意義、そしてそこに暮らす人間のかかわり方がどうあればい いかを考えるのが一貫した研究のスタイルである。巨視的・微視的視点を持ち合わせているフィールドワーカーで ある。ブラックボックス “土壌” からホメオスタシス(生物恒常性)のシステムを学び、人間がもっと賢く自然 と調和した文明を作れることを願いながら、研究を楽しんでいる。外生菌根菌セノコッカム属 Cg の休眠体組織で ある “土壌菌核粒子” のキャラクタリゼーションは中でも愉快な研究となっている。わずか直径1ミリの黒色球状 粒子からたくさんのことを教えてもらっている。採取する時はその日出会う最初の粒子に挨拶することにしてい る。数μmの細胞壁セルからなる壁と中空構造を持つ菌核は、長期間分解されずに土壌に残存する。セル内部か らは、周辺土壌の微生物群集構造とは異なる有害物質分解菌の住み処であることがわかってきた。この天然構造 体をとりまく自然界の生物共存システムを理解・利用することで、自然と調和した土壌浄化技術の提案ができるの ではないかと考えている。 単なる菌核粒子マニアであり、マニアはコレクターであり、探偵である。10年ほど前のこと、当時研究室の収 入源だったメトロマニラ環境保全プロジェクトに従事していたポスドクには「プロジェクトをよそに鼻クソ集め をしている」とからかわれ、ドクター生たちからは「うちの先生がはまっている、マユツバもの」などと言われ 放題だったが、そんな萌芽的な時代はそれなりに楽しかった気がする。菌核粒子には低 pH 環境で生物毒性をも つアルミニウムが濃縮されているという事実を掴んだ時の興奮は一生の宝ではあるが、自分自身が一番気に入っ ている成果は、粒子内部を電子顕微鏡で覗き続け、電子線回折像の解析から同定した針状の物体(ベーマイトγ -AlOOH)の発見だ。学会発表ではベーマイトなんかどうでもいいと言われたが、ベーマイトは自然界では熱帯な どの強風化を受けた土壌にしかみられない鉱物である。そんなものが、樹木と共生する休眠体粒子の中で生成さ れているということ、何よりもこの粒子の内部が還元的な状態にあるということを教えてくれている訳で、ここ で展開されている生物戦略を解き明かすのに重要な情報を得たと確信する。人には簡単にわからない研究の方が 長く楽しめるのである。 写真左よりダケカンバの幼樹根と Cg 菌核、菌核カタログ、内部セル構造、ベーマイト、野外での筆者 6 研究テーマ パブリック・アートからパブリック・ ドメインへ 文化創造と新しい公共性の形成 カテゴリー:美学・美術史(メディア文化論) 研究者名:楠見 清(クスミ キヨシ) 准教授 所 属:システムデザイン学部 システムデザイン学科 インダストリアルアートコース 担当科目:デザイン記号論、エディティング論、 エディトリアルデザイン演習、プレゼンテーション技法、 アート&デザインプロデュース演習 研究概要 ベンヤミンの『複製技術時代の芸術』から70年、いま私たちはディジタル技術とインターネットによる「情 報通信時代の芸術」の生成の現場に立ち合っている。誰もが手軽に作画や作曲や映像制作を行い世界に向け て発表できる情報環境において、テキストやイメージの生成は一握りの職業的な芸術家ではなく、膨大な数 の無名の投稿者たちによって担われている。インターネットはアノニマス(匿名的)な表現空間だが、そも そも近代以前の芸術史は作者不詳や詠み人知らずの作品からなる。太古の洞窟画も最初は誰かの落書きだっ たはずだ。 現代の都市空間に出現するグラフィティ、情報空間におけるアスキー・アート、そして既存の音楽や映像 などを編集的手法で再構成するリミックスやマッシュアップといった新しい表現物は、いずれも不特定多数 の匿名的な作者によって生成と増殖を繰り返している。近代芸術は孤独な自我から生まれたが、制作者と鑑 賞者の壁のないリミックス・カルチャーはみんなで共作し(コラボレーション)共有される(クリエティブ コモンズ)。あるいは、20世紀の都市空間でパブリック・アートが果たした役割は、21世紀のいま情報空間に おけるパブリック・ドメインのコンテンツへと移行している。 20世紀、いやここはあえて「前世紀」と呼ぼう──に美術史と芸術評論をかじった私が、今世紀になって 情報デザインや先端アートといわれる領域からメディア文化論 へと移行してきた理由もそこにある。私にとって文化創造のリ アルなロマンは、無地のキャンバスに何かを描くのではなく、 無限の情報の海から抽出した表象を組み替え、新たな価値を編 集していく作業にある。 昨年カナダのバンクーバー美術館の企画展「KRAZY!:アニ メ+コミックス+ゲーム+アートの熱狂的世界」(2009年3-6月 NY ジャパン・ソサエティ巡回中)に共同キュレーターとして参 画したが、ここではマスカルチャー、対抗文化から多文化主義 に至る諸相が空間展示によって編まれた。日本では「メディア 「KRAZY!」展(2008 年 5 月、バンクーバー美 芸術」と総称される新しいジャンルを、美術館や博物館、美術 術館) 史や産業技術史といったシステムの中にいかに組み込んでいく かは目下の課題である。 また、コース教員有志で結成したメディアアクティブユニッ ト DiYMC(ドゥイットユア・メディアセンター)は「取手アー トプロジェクト2008」(取手市、東京芸術大学ほか主催)に参 加し、団地居住者に古い写真や8ミリ映画の提供を呼びかけアー カイブ化、展示、上映会を行った。撮り人知らずの写真やプラ イベートな家族写真を編集し公開する。思い出の共有ともいえ るこの試みは作者の手を離れても実施可能の DIY 的でサステナ ブルな新しいパブリック・アートの提案である。価値の共有が 共感を生むメカニズムを実践的に解き明かしみんなのものにで DiYMC(楠見清+久木元拓+山口祥平+大岡 寛典)《団地 Utd.》(取手アートプロジェクト きれば、芸術は再び私たちを包む巨大な洞窟画になる。 2008) 7 地域における精神障害者に対する支援に関する研究 研究テーマ カテゴリー:社会医学 研究者名: 里村 恵子(サトムラ ケイコ) 教授 所 属:健康福祉学部 作業療法学科 担当科目:精神障害作業療法学、精神障害作業療法学演習、 治療的レク・グループワーク論、総合臨地実習Ⅱ、 見学実習(精神)など 研究概要 私の専門分野は、リハビリテーションに位置づけられている作業療法です。作業療法は、身体また は精神に障害のある者、またはそれが予測される者に対してその主体的な生活の獲得を図るため、諸 機能の回復・維持および開発を促す作業活動を用いて行う治療・訓練・指導および援助を行います(日 本作業療法士協会 1986)。このように作業療法は、病気や障害のために出来なくなった「作業」 を可能にすることを目指しており、人と環境と作業の関係に着目した支援が作業療法固有の視点とい えるでしょう。 この定義に示すように様々な障害をもつ人々を対象にする作業療法の領域のなかで、精神障害の領 域を担当しています。 精神障害者のリハビリテーションは他の障害と比較して多くの課題を抱えておりましたが、近年、 病院医療中心から、地域での生活が可能になる支援を進める体制が整備されつつあります。その具体 的な施策としては、精神障害者地域生活支援センターが社会復帰施設として認められ、ホ-ムヘルプ 事業(ホームヘルパ-の利用が可能)の整備、新障害者プランの策定などをあげることができます。 また、成人した障害者にとって大きな課題である就労についても、精神障害者を雇用した事業所は障 害者雇用率の対象になり、精神障害者の雇用促進を期待できる環境になってきております。 以上のような背景のもと、都内で作業所や就労支援センター、グループホーム、ヘルパーステーショ ン等を運営する2つのNPOと連携をし、地域に生活する精神障害者のQOL(生活の質、人生の質) を向上させる支援に関する研究を実施しています。例えば、精神障害者の就労準備として、ホームヘ ルパー2級の資格取得のプログラムの検討です。精神障害者に配慮したプログラムの編成(1日の講 習時間を短くし、講義の休憩時間の工夫など)により資格を習得した方が、施設や地域で就労の場を 確保し、ヘルパーとして、充実した生活を送ることで、本人の病気へもよい影響を与えていることが 示唆されています。このようにエネルギ-を与える地域の力の活用を、障害者の方も含めた多くの職 種との協働を今後も続けていきたいと思います。 複雑な社会に生きる市民の精神保健の問題の解決は、きわめて重要な取り組みです。学生のみなさ んもこの領域に関心をもち、深めて下さることを期待しております。 8 バックナンバーの紹介 Vol.8 研究テーマ 研究者 東アジアのナショナル・アイデンティティ 所属:都市教養学部 都市教養学科 人文・社会系 社会学コース 日本政治思想史 所属:都市教養学部 都市教養学科 法学系 政治学コース 行動意思決定論 所属:都市教養学部 都市教養学科 経営学系 経営学コース 有機機能材料の設計と合成 所属:都市教養学部 都市教養学科 理工学系 化学コース 未来都市のエネルギー・環境と生活を支える発電・蓄電システム 所属:都市環境学部 都市環境学科 材料化学コース マルチメディア信号処理アーキテクチャの研究 所属:システムデザイン学部 システムデザイン学科 情報通信システム工学コース カテゴリー:社会人類学 カテゴリー:政治学 カテゴリー:経営学 カテゴリー:基礎化学・ナノマイクロ科学 カテゴリー:材料化学 カテゴリー:メディア情報処理 看護師が直面する倫理的課題とその対応に関する研究 -患者の尊厳・権利を大事にする医療分化の創造をめざして- カテゴリー:看護学 鄭 大均 教授 河野 有理 准教授 長瀬 勝彦 教授 西長 亨 准教授 金村 聖志 教授 西谷 隆夫 教授 所属:健康福祉学部 看護学科 志自岐 康子 教授 Vol.9 研究テーマ 研究者 研究にロマンなんて存在しない 所属:都市教養学部 都市教養学科 人文・社会系 社会学コース 数学の研究はどのように行われているか? 所属:都市教養学部 都市教養学科 理工学系 数理科学コース 建築をめぐる 「 水 」 -自然の流れに- 所属:都市環境学部 都市環境学科 建築都市コース 航空宇宙を舞台にした電磁波応用の研究 所属:システムデザイン学部 システムデザイン学科 航空宇宙システム工学コース 核医学画像と機器及び保健物理・放射線教育に関する研究 所属:健康福祉学部 放射線学科 カテゴリー:社会学 カテゴリー:数学 カテゴリー:建築学(建築環境学、建築環境設備) カテゴリー:環境計測工学(リモートセンシング)、通信工学 カテゴリー:放射線科学 Vol.10 丹野 清人 准教授 マーティン ゲスト 教授 市川 憲良 教授 福地 一 教授 福士 政広 教授 研究テーマ 研究者 社会福祉への関心、貧困解決への思い 所属:都市教養学部 都市教養学科 人文・社会系 社会学コース ドイツ社会経済史・経済思想史 所属:都市教養学部 都市教養学科 経営学系 経営学コース 脳の酵素 Cdk5 の研究-脳を知るため、守るため 所属:都市教養学部 都市教養学科 理工学系 生命科学コース 革新的構造材料・FRPによるインフラストラクチャーの再構築 所属:都市環境学部 都市環境学科 都市基盤環境コース カテゴリー:社会福祉学 カテゴリー:経済学 カテゴリー:生命科学、神経生化学 カテゴリー:土木工学、橋梁工学 人間の生体特徴を利用した個人認証に関する研究 - “なりすまし” を防ぐには- カテゴリー:メディア情報処理 岡部 卓 教授 雨宮 昭彦 教授 久永 眞市 教授 前田 研一 教授 所属:システムデザイン学部 システムデザイン学科 経営システムデザインコース 西内 信之 准教授 9 研究にロマンを求めて ∼研究者から学生へのメッセージ∼ vol.11 登録番号 20(21)