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T B R 産 業 経 済 の 論 点

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T B R 産 業 経 済 の 論 点
T B R 産 業 経 済 の 論 点
No.15-06
2015年6月11日
製造業の国内回帰は実際に生じているのか
~ 円安進行による国内生産シフトは限定的 ~
福田 佳之
東レ経営研究所 産業経済調査部門
シニアエコノミスト
TEL:03-3526-2926
E-mail:[email protected]
<ポイント>
■ 円安などを受けて製造業の国内回帰への関心が高まっている。ただし、統計で国内生産
のシフトが確認されたのはつい最近になってからである。
■ 製造業の国内回帰は 2000 年代半ばにも生じているが、その後の円高の進行などで国内
回帰した工場はお荷物となった。これは当時の製造業が楽観的な環境認識に基づき各社
横並びで過大な投資を行った結果ともいえる。
■ 今般生じている国内生産のシフトは、円安進行による逆輸入の採算悪化が関係している
ものが多い。日本の製造業の立地戦略は原則として地産地消を掲げており、為替変動が
及ぼす収益の悪影響を防ぐため、世界的な生産配分の調整の一環として、機動的に国内
生産を高めているに過ぎない。
■ 一方、海外の労働コスト上昇の克服、安全安心の確保、海外のメイドインジャパン信仰、
高付加価値化、技術流出防止などを目的とした国内回帰も見られるが、少数派である。
今後も企業立地の基本方針は地産地消であり、海外投資は引き続き行われ、円安による
国内生産シフトは限定的な規模にとどまる。ただし、今後の 3D プリンターの普及水準
や政府の製造業支援によっては、生産や投資の国内回帰が大規模に進む可能性もある。
■ また生産の国内シフトが日本経済の人手不足に拍車をかけることが懸念される。国内経
済の活性化には、サービス産業など労働不足業種への省力・省人化投資だけでなく、女
性や外国人など新しい労働力の持続的な投入が不可欠である。
東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」
2015.6.11
-1-
最近の日本経済の回復において心強い材料は、円安等を受けて日本の製造業が国内回帰へ
の関心を高めていることである。メディアで国内回帰を取り上げる記事が増加しており、主
要 5 紙(日経、朝日、読売、毎日、産経)での「国内回帰」の記事数を見ると、2013 年、
14 年において 50 点台であった「国内回帰」の記事は 2015 年に入ると 103 点まで増加して
おり(2015 年 5 月 28 日まで)
、2004 年の 84 点を超えた(図表 1)。2000 年代半ばには、
それまで中国一辺倒であった設備投資や生産が国内に戻ってくる「国内回帰」が生じたこと
を考慮すると、2015 年以降、日本で再び海外よりも国内において設備投資や生産が活発化
する国内回帰が生じるのかもしれない。
ただし、実際の日本企業の国内生産シフトの動きは最近になってからである。自動車や電
機の大手の中に、国内生産比率を高めることで円安による輸出メリットを享受したり、部品
調達を海外から国内にシフトすることでコスト削減に取り組んだりする動きが出てきてい
る。このまま製造業の国内生産シフトが進行すれば、日本経済の活性化につながるなど明の
面もあるが、輸送能力への負担が増え、労働力の確保が困難になるなど日本経済にとって暗
の面も顕在化してくると予想される。
本稿では、現在生じている製造業の「国内回帰」について解説する。まず、統計データで
生産や設備投資の国内シフトの状況を把握した上で、今般の「国内回帰」の特徴について解
説したい。最後に、日本の製造業が海外から国内に生産・投資の重心をシフトするかどうか
展望すると同時に、国内生産のシフトがもたらす人手不足という問題点を指摘したい。
生産に続き、投資も「国内回帰」へ
まず、統計データで日本の製造業の「国内回帰」の現状をおさえてみよう。国内で生産や
図表1 「国内回帰」記事点数の推移
(点数)
120
103
100
84
80
68
57
60
59
54
40
34
32
33
20
13
11
0
5
2000 01
7
5
02
03
8
04
05
06
07
08
09
10
12
11
12
13
14
15
(注)日経、朝日、読売、毎日、産経からの「国内回帰」引用記事数。12年以降は米国の国内回帰の
記事件数を差し引いている。15年は1月1日から5月28日までの引用点数。
(出所)日経テレコン
東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」
2015.6.11
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設備投資が高まっているかどうか確認する。
国内生産の高まりは、2015 年に入って電機や自動車などの産業を中心に見られるように
なったが、2014 年までは統計データで確認することはできなかった。その理由として、円
安によるJカーブ効果がある。Jカーブ効果とは、円安が発生しても、当初は現地価格を変
更しないため、ドル建ての輸出額が変わらないが、その後、現地価格を下げることで販売数
量が伸びてドル建ての輸出額が増加することを指す。円安は 2012 年 11 月から進行してい
るが、輸出企業は為替差益による利益の確保に動き、現地価格を下げなかったため、円安が
進行した割には輸出が伸びていなかった。しかし、昨秋頃から現地価格の引き下げに動いて
図表2① 製造業の国内生産・立地の動向
(2010年=100)
(件数)
2000
120
1800
115
国内生産(右軸)
1600
110
1400
105
1200
100
1000
95
立地件数(左軸)
800
90
600
85
400
80
2000 01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
出所:経済産業省「国内立地動向調査」「鉱工業生産」
②円の名目実効レートと設備過不足感の推移
(2010年=100)
110
30
円高105
設備過不足感
(右軸)
100
円安
名目実効為替
レート(左軸)
25
過剰
20
95
15
90
10
85
5
80
0
75
-5
2000 01
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
設
備
過
不
足
感
不足
14
出所:日本銀行「日銀短観」「名目実効為替レート指数」
東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」
2015.6.11
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おり、数量ベースでも輸出が伸びる傾向にある。実際、2014 年度下期の輸出額の前年比伸
び率は 9%を超えており、前年比 2%に満たなかった 2014 年度上期に比べて明らかに加速
している。
一方、国内生産が高まってくると、国内生産拠点の増強が必要となる。実際、経済産業省
の国内立地動向調査によると、2014 年の製造業の国内立地件数(電気業除く)は前年同期
比 23%増の 1,021 件と久しぶりに 1,000 件台に乗せている(図表 2①)
。それでもまだ生産
設備は不足している状況である。日銀短観調査を見ると、リーマンショックで生じた設備の
過剰感はその後、徐々に解消され(図表 2②)
、2015 年 3 月調査では▲1 とついに不足感ま
で出てきている。
日本企業は収益の低下などから長期にわたって設備投資を抑制して設備更新を控えてい
たが、
近年の事業環境の改善から、
老朽化した設備の更新需要が高まっている。
したがって、
国内生産の高まりと更新需要の増大を受けて国内で設備投資の増加が続くものと予想され
る。
2000 年代半ばの国内回帰はその後の経営の負荷に
実は製造業の国内回帰は過去にも起きており、最近では 2000 年代半ばに発生している(図
表 2①)。当時、キヤノンやシャープなど日本を代表する製造業が国内において相次いで大
規模な工場建設を行った。その理由として、景気循環的な要因に加えて、国内の技術や人材
の蓄積と「すり合わせ」の強みを活かすため、生産と開発を一体化して製品開発のリードタ
イムを短縮することや高付加価値製品に生産特化して中国との棲み分けを図ることなど構
造的要因を挙げていた。
また生産技術を国内でブラックボックス化して中国企業等のキャッ
チアップを防ぐという説明も聞かれた。
しかし、その後の円高の進行、リーマンショックや東日本大震災の発生、そして新興国経
済の減速を受けて国内回帰によって生じた工場や設備などの生産能力は過剰となり、
シャー
プなど日本の電機産業は多額の赤字を記録すると同時に、工場の閉鎖や売却に追い込まれた。
これは、当時の製造業が、国内回帰ブームに浮かれ、世界経済の高成長と割安な為替相場が
永続すると盲信して各社横並びで過大な投資を行った結果と言わざるを得ない。
では最近の国内の生産・投資の高まりは将来の禍根の種となるかというと、そうはならな
いと筆者は感じている。それは、現在の製造業をとりまく環境や国内生産シフトに対する経
営者の姿勢が過去の国内回帰時と異なっているからである。
国内シフトの背景に、円安による逆輸入の採算悪化
現在生じている製造業の国内シフトが具体化したのは 2014 年後半以降である(図表 3)
。
現在、自動車ではトヨタは世界戦略車や小型スポーツ多目的車(SUV)
、本田技研工業は二
輪車や小型四輪車、日産自動車は SUV の生産の国内移管を実行・検討しており、電機では
パナソニックは洗濯機や電子レンジ、シャープは液晶テレビと冷蔵庫の生産を国内シフトす
る方針を固めている1。部品については 2014 年末に発売された本田技研工業の軽自動車で
既にフロントガラスを国産に切り替えており、電機メーカーも部品の一部を外国産から国産
への切り替えを進める計画を持っている。
1
その後、シャープは経営環境の悪化から国内回帰を予定していた液晶テレビの生産拠点を閉鎖する方針
を固めた(下野新聞 2015 年 4 月 17 日付)
。
東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」
2015.6.11
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図表3 製造業の国内生産シフトや国内回帰の事例(検討を含む)
企業
トヨタ
日産自動車
ホンダ
対象製品
「カムリ」
小型SUV
SUV「ローグ」
「セレナ」部品
50cc二輪車
「フィット」
軽自動車フロントガラス
対象市場
米国、中東
国内
米国
国内
国内
国内
国内
米国、豪州
トルコ
国内、米国
韓国、中国
ベトナムなど
メキシコ
「ジェイド」部品
国内
海外
規模
もともとの生産地
11万台
年間10万台
原価の2~3割
年間数万台
5万台
期限
2017
2016
2015
16年度
15年度末
国内比率60%
→ 80%に
2013年実績43%
の国内製造比率
を、16年には
50%、17年には
60%に
高付加価値複写機
国内
アジア
ハイエンドプリンター
国内
アジア
A3モノクロプリンター
国内
中国
中型二輪車
国内、米国 タイ
国内
14年夏
オムロン
河合楽器製作所
ダイキン
家庭用血圧計
ピアノ
家庭用エアコン
国内
国内
国内
2.7万台
全部品の4分の1
(金額ベース)
中国、ベトナム 一部
インドネシア
一部
中国
25万台
13年9月
中型二輪車部品
パナソニック
卓上IH調理器等
国内
中国
シャープ
液晶テレビ
国内
中国
冷蔵庫
国内
マレーシア
三菱電機
部品
国内
海外
数百億円分
日立製作所
部品
国内
海外
ツインバード工業
生活関連家電
国内
中国
SUS
FA機器・装置部品
国内
タイ
一部
売上高の2割以上に
(現在は1割弱)
一部
安永ギヤーテック
歯車
国内
韓国
TDK
車載部品
国内
中国
中国生産の3割
住友理工
防振ゴム
車用ホース
国内
国内
中国、タイ
中国
海外生産の3割
14年度分の5割
キヤノン
OKIデータ
川崎重工業
ケーヒン
一部
高付加価値機を
中心に順次国産
に
タイ
エアコン、洗濯
機、食洗機(卓上
型)、電子レンジも
検討
その後の再建計
画で白紙に
海外調達額は総
額6,000億円
韓国工場の設備
の50%を国内に
スマートフォンや
自動車向け電子
部品について検討
16年末
18年度
エンジン周辺部品
国内
中国
2~3割
2017
アルミホイール
国内
タイ
1.5万本
15年度
アルカリ乾電池
スナップインタイプ
断熱ドレンホース
水栓金具部品
国内
国内
国内
国内
インドネシア
マレーシア
中国
中国
1割増
15年度
ナカノアパレル
生地
国内
中国
小林製薬
消臭剤
国内
中国
光生アルミニューム
工業
FDK
日本ケミコン
ユーシー産業
サンエツ金属
その他
・ロボットの活用で
生産性は中国工
場の5倍に
・部品も全量国内
調達を検討
自動化も実施
40万個
生地を中国に輸
出、縫製は中国で
行う
一部
(出所)各種報道資料
この国内シフトの背景には、2015 年 6 月現在まで 2 年以上続く円安が関係していること
は言うまでもない。円安は輸出採算を改善するだけでなく、製品・部品の輸入コストを上昇
させ、逆輸入から国産に切り替える誘因となる。
実際の日本の製造業の国内シフト事例を見ると、
輸入コスト上昇による逆輸入から国内生
産へのシフトがほとんどである。例えば本田技研工業の二輪車の移管も国内市場を対象とし
たものであり、パナソニックやシャープも同様である。パナソニックによると、同社の家電
事業は 1 ドル=110 円の為替レートを想定しており、輸入を続けた場合、想定レートからの
東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」
2015.6.11
-5-
図表4 海外設備投資比率と海外投資額の推移
(%)
国内回帰
35
(兆円)
1.1
1.0
30
0.9
海外投資額
(右軸)
0.8
25
0.7
0.6
20
0.5
15
海外設備投資
比率(左軸)
10
0.4
0.3
0.2
2002 03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
13
14
注:後方4期移動平均値
出所:経済産業省「海外現地法人四半期調査」、財務省「法人企業統計」
円安は 1 円につき 18 億円の損失につながるという。
もちろん、これらの製品の国内シフトは、国内に生産設備があって稼働余地があるなど生
産シフトが容易な製品から行われている。また、これほど円安が進行し、海外での事業採算
が悪化したにもかかわらず、海外生産拠点の閉鎖を検討している事例は見られない。むしろ
海外投資は高水準で引き続き実施されている。この点が過去の国内回帰と異なるところであ
る。
立地戦略の原則は地産地消
現在の日本の製造業の立地戦略は、
製品や部品の需要のある地域に生産拠点を設けて供給
する、いわゆる地産地消をベースとしている。確かに全体の設備投資に占める海外設備投資
の割合を見ると、2013 年 4~6 月期の 33%をピークに低下傾向となっている。しかし、実
際の海外での投資額は増えており 2014 年には四半期平均で1兆円近い金額が記録されてい
る(図表 4)
。これは、円安が進んだ現在でも、日本企業は成長する海外需要を取り込むた
めに海外での生産を計画・実施していることを示す。
こうした立地戦略に基づき、日本企業は生産活動を行っているため、短期的な為替等の変
動を理由として生産拠点を変更することはない。そうではなく、世界各地に設けた事業拠点
の生産配分を機動的に変えることで、為替変動が及ぼす収益の悪影響を最小限に食い止めよ
うとしている。キヤノンは現在の国内生産比率(4 割)を 3 年後には 6 割に引き上げ、リー
マンショック前の水準まで回復させる一方、海外生産拠点も、為替相場等の変動に応じて世
界レベルで生産調整を行うために維持・活用する。また、日産自動車の国内回帰は珍しく北
米輸出目的ではあるが、これも世界各地の事業拠点の生産調整の一環である。日産自動車は
ルノーと設計や部品の共通化を進めたことで、世界規模での生産調整を可能とした。
東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」
2015.6.11
-6-
図表5 アジア主要都市の月額賃金の推移
(ドル)
600
500
北京
400
上海
深圳
300
ジャカルタ
ハノイ
200
100
0
2005 06
07
08
09
10
11
12
13
14
(出所)ジェトロ「アジア・オセアニア主都市・地域の投資関連コスト比較」各年版
したがって、これらの業種の国内シフトは、過去の国内回帰の事例と異なって、限定的な
規模にとどまり、決して永続的なものではない。国内投資も更新需要を除けば、限定的であ
る。今後、為替や需給の変動によっては国内生産が再び海外にシフトする可能性に注意が必
要である。その一方、海外では高めの成長を続けることから、高水準の海外設備投資を継続
するだろう。
海外での労働生産性低迷の打開策
一方、為替変動以外の理由をいくつか挙げて、実際に海外から国内回帰を進めている企業
や業種も存在する。その理由として、中国などアジア新興国での人件費などの高騰である。
ジェトロの投資関連コスト調査によると、アジア主要都市の人件費は上昇を続けており、
10 年前と比較して上海、深セン、ジャカルタ、ハノイでは 1.4~2.4 倍、北京ではなんと 4.5
倍まで増えた(図表 5)
。昨今の円安によって内外賃金の格差はさらに縮小している。中国
などでの生産コストの上昇は、これまでの低コストという海外生産の魅力を減らしている。
アジア新興国で人件費が上昇する一方で、現地での労働生産性が改善されておらず、その
打開策としていくつかの日本企業は国内回帰を採用している。TDK は中国で生産している
車載用部品の 3 割を国内生産に切り替えるとしているが、その理由として、現地での従業
員の定着率の低下を挙げている。ただ、そのまま生産ラインを国内に戻すだけでなく、自動
化等を同時に進めて効率性の改善を行う。自動車部品メーカーのケーヒンは生産ラインの一
部を国内回帰させ、ロボットの活用などで生産性を 5 倍引き上げた。さらに同社はこれら
の国内工場での効率化ノウハウを今後の海外工場の建設において活用する方針を持ってい
る。
次に安心・安全の確保を国内回帰の理由として掲げる企業が増えている。食品・外食産業
東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」
2015.6.11
-7-
では円安による食材の海外調達がコスト高となり、国内調達シフトを進めているが、さらに
消費者の食の安全意識の高まりから中国産など海外産から国産への切り替え(チャイナ・フ
リー)に取り組んでいる。具体的には、自社や系列の国内農場を拡大したり、国内の契約農
家を増やしたりしている。
メイドインジャパン信仰による国内投資増強も
また世界でのメイドインジャパンへの信頼上昇も国内投資に踏み切る要因である。産業ロ
ボットメーカーの安川電機は福岡県に新工場を建設して供給能力を 10-15%程度向上させ
る。生産現場等でのロボットの導入が進み、なかでも信頼性の高い日本製のロボットが人気
を集めている。また、シチズン時計は長野県で腕時計の主要部品の新工場を作り、腕時計の
国内生産能力を増強する。
品質の高い日本製の腕時計は中国や東南アジアの外国人観光客か
ら注目を集めており、訪日客需要に応えるために国内で新工場を建設する予定である。
高付加価値化や技術流出防止を国内回帰の理由とする企業も存在する。キヤノンや OKI
データは高機能の複合プリンターの生産ラインを国内に移すことを検討しており、東芝は機
密保持を目的としてフラッシュメモリーの新工場を国内に建設する。これらの理由は 2000
年代半ばの国内回帰においても言及された。
ここで挙げた国内回帰事例は円安と無関係ではないが、
それよりも中長期的な経営戦略に
よるところが大きい。
これらの国内回帰はそれぞれの企業戦略に基づき決定されているため、
為替変動による国内生産シフトに比べて目立たない。しかし、これらの国内回帰が与える国
内経済への影響は、為替変動によるものより大きく、かつ持続するだろう。
海外投資優先の基本方針は変わらず、国内生産シフトは限定的
だが、経営戦略の観点から国内回帰を決断する日本企業は現時点では少数派であり、大部
分の日本の製造業は円安など外的環境の変化に応じて内外の生産配分を機動的に行ってい
くと見られる。
これらの動きは、
為替変動による収益悪化を最小限にすることが目的であり、
地産地消という企業立地の基本方針に基づくものである。
したがって、今後も円安が進めば生産の国内シフトが進むが、このことはせいぜい国内投
資比率を若干増やす程度であって、決して海外投資を減らすことを意味しない。筆者の試算
によると、海外の労働コスト等を考慮した国内回帰が 2020 年にかけて発生したとしてもて
海外投資比率がせいぜい5ポイント程度低下する程度にとどまる。
世界経済の成長率が国内
経済のそれを上回っているため、海外投資は増加基調で推移していくだろう。
もちろん地産地消と海外投資優先という現状が未来永劫続くとは断言できない。現在注目
されている 3Dプリンターなど新技術の活用や政府の製造業支援は日本企業の立地方針を
変更させる力を持つ。3Dプリンターの活用は、試作期間短縮や複雑な形状の製品・部品開
発など国内の研究開発力を強化することで関連産業の集積をもたらす可能性がある。
また投
資や研究開発に対する減税は国内立地の魅力を高める。実際、2014 年から実施されている
設備投資減税は、生産ラインの自動化を促進して国内回帰を後押ししたと言われる。さらに
今後予定されている法人税減税、電力システム改革、そして経済連携協定の締結は、いわゆ
る
「六重苦」
を解消して国内の立地競争力の改善に寄与することから国内回帰を促すだろう。
だが、3D プリンターの現在の普及状況や政府の現行の支援策の水準では、日本の製造業
を取り巻く環境を一変させるには力不足であり、
このような新技術の活用や支援策の実施に
よって国内回帰が本格化していると判断するのは早計だろう。
東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」
2015.6.11
-8-
懸念は人手不足の増大
製造業の国内生産シフトは、一時的にせよ国内の生産や投資の増大をもたらし、経済を活
性化する。しかし、現在の日本経済は、運輸等を中心に人手不足の状況に陥っているため、
国内生産シフトの進行は人手不足を助長し、経済のボトルネックとなる恐れがある。
実際、日本の労働市場の需給がひっ迫している(図表 6①)
。完全失業率は 2015 年 4 月
時点で 3.3%、有効求人倍率は同 1.17 倍を記録している。失業率は 18 年ぶりの低水準であ
り、有効求人倍率に至ってはバブル期以来の高倍率である。
この労働市場のひっ迫はサービス業を中心に顕著である。最新の日銀短観(2015 年 3 月
図表6① 失業率の有効求人倍率の推移
(倍率)
(%)
6.0
1.20
09/07
5.5
5.5
1.10
完全失業率(左軸)
5.0
1.00
4.5
0.90
4.0
0.80
3.5
0.70
有効求人倍
率(右軸)
3.0
0.60
09/08
0.42
2.5
0.50
2.0
0.40
2008
09
10
11
12
13
14
15
(出所)厚生労働省「労働力調査」「一般職業紹介状況」
図表5② 業種別の雇用の不足感
(%ポイント)
雇
用
不
足
超
0
-5
-10
-15
-20
-25
-30
-35
-40
-45
-8
-8
-17
-18
-13
-15
-24
-27
-30
-32
-37
全
産
業
製
造
業
建
設
不
動
産
・
物
品
賃
貸
卸
・
小
売
運
輸
・
郵
便
情
報
通
信
電
気
・
ガ
ス
対
事
業
所
サ
ー
ビ
ス
対
個
人
サ
ー
ビ
ス
-41
宿
泊
・
飲
食
サ
ー
ビ
ス
鉱
業
・
採
石
業
・
砂
利
採
取
業
(出所)日銀短観2015年3月調査
東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」
2015.6.11
-9-
調査)によると、全産業の雇用の不足感は▲17 とバブル期以来の人手不足となっており、
なかでも建設、宿泊・飲食、そして運輸・郵便などの非製造業において著しい(図表 6②)。
東北地方の復興需要に加えて、東京オリンピック・パラリンピックによる競技施設やインフ
ラ等の建設需要が 2020 年にかけて見込まれているため、人手不足が増大する一途である。
女性や外国人など新しい労働力の持続的な投入が不可欠
このような状況において一時的とはいえ製造業で生産シフトが進行すれば、
労働市場全体
にストレスをかけることは言うまでもない。
ここで国内生産のシフトの進行はどの程度の労
働者が必要になるか試算してみたい。
製造業の国内生産シフトは、主としてアジア地域からの機械製品の逆輸入(8 兆円程度)
が国内生産に切り替わることで生ずると見ているが、その逆輸入のうち 3 割が国内生産に
切り替えられたと考える。その場合、3 兆円程度の輸入額の減少と引き換えに同額の国内生
産の増加が生じる。最新の JIP データベース2から試算すると、3 兆円の関連製造業の生産
増加に必要な雇用は 9 万人に達する。実際には、生産現場でのロボット導入など省力・省
人化投資も並行して行われることから、顕在化する労働需要は試算を下回るだろうが、労働
市場に需要圧力がかかることは不可避だろう。
このような製造業での労働需要の増加は製造
業内だけで完結することはなく、サービス業の労働市場にも需要圧力は波及しよう。一方、
2013 年の労働力人口の増加分は 22 万人、2014 年の同増加分は 10 万人程度に過ぎないこ
とを考慮すると、
労働市場の需給バランスを保つことは難しく、
賃金は上昇することになる。
その結果、
労働力が不足している業種は現行の賃金水準では今の労働力を確保することすら
困難になろう。
日本経済の人手不足を解消するのは容易ではない。現在、少子高齢化が進行していて生産
年齢人口が年間数十万人単位で減少しているからである。ひとまず男性シニア層の活用で人
手不足をしのいでいるが、このままうまくいくとは考えられない。IT やロボットの導入な
どで省力化をさらに進めて、人員の適正配分を行うとともに、女性や外国人など新しい労働
力の投入が不可欠である。ただし、人手不足が目立つ業種には、不規則かつ長時間の就業を
強いるなどの古い雇用慣行が残っていることが多く、仮に新しい労働力が投入されたとして
も根付きにくい状況にある。そこで、企業は苛酷な労働環境を改めることで労働者が働きや
すい職場に変えていく努力が必要であり、政府もこういった企業の取り組みを支援していか
ねばならないだろう。■
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経済産業研究所(RIETI)が日本の経済成長と産業構造変化を分析するために整備しているデータベース
であり、産業連関表を中心に構成されている。
東レ経営研究所「TBR産業経済の論点」
2015.6.11
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