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博士論文審査報告書

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博士論文審査報告書
早稲田大学大学院 創造理工学研究科
博士論文審査報告書
論
文
題
目
塩害によって腐食したコンクリート中鉄筋の
腐食メカニズムおよび電気防食基準に関する実験的研究
Corrosion Mechanism and Cathodic Protection Criteria
for Reinforcing Bars of RC Members Deteriorated
by Chloride Attack
申
請
者
山本
悟
Satoru
YAMAMOTO
2012 年 2 月
我 が 国 の 社 会 基 盤 施 設 は 1955 年 以 降 の 高 度 成 長 期 に 整 備 さ れ た も の が 多 く ,
す で に 50 年 を 経 過 し た 施 設 は 維 持 管 理 を 必 要 と す る 時 期 に 入 っ て い る . 橋 梁 や
桟橋などのコンクリート構造物のうちで,海岸近くに建設されたものや融雪剤が
散布されるものは塩害によって早期に劣化することが指摘されている.
本来,コンクリート中の鉄筋は,コンクリートが高アルカリ性であるために鉄
筋表面に緻密な不動態皮膜が形成され腐食は生じないといわれている.しかし,
コ ン ク リ - ト 中 に 塩 化 物 イ オ ン Cl- が 浸 透 す る と 不 動 態 皮 膜 が 破 壊 さ れ , 鉄 筋 の
腐食が開始する.腐食によって生成した鉄筋表面のさび層は,体積増により発生
する膨張圧によってかぶりコンクリートにひび割れや剥離を生じさせる.これが
いわゆるコンクリート構造物における「塩害」である.
塩 害 を 受 け た コ ン ク リ ー ト 部 材 の 補 修 工 法 と し て , 従 来 か ら 「 断 面 修 復 工 法 」,
「 表 面 被 覆 工 法 」 な ど が あ る が , 厳 し い 塩 害 環 境 に お い て は , 補 修 後 の 4~ 5 年
で再劣化することがある.構造物によっては,再劣化と再補修を繰り返し,最終
的に解体・建設された例も少なくない.
塩害対策の有力な方法として「電気防食工法」がある.電気防食は,従来から
厳しい腐食環境にある港湾構造物の鋼管杭や鋼製矢板などに標準的に適用されて
いる.電気防食には流電陽極方式や外部電源方式があり,今回対象としたものは
外部電源方式による電気防食である.電気防食は鋼材腐食の原理に基づいた理論
的で根本的な防食手段と考えられ,鋼材表面に防食電流を供給することで,鋼材
の電位を卑方向に変化させ腐食を抑制するものである.コンクリート構造物に対
する「電気防食工法」は,コンクリ-ト表面に陽極材を取り付け,微弱な防食電
流を供給することで内部の鉄筋を防食することができる.
電 気 防 食 工 法 に お け る 防 食 効 果 を 判 断 す る 指 標(「 防 食 基 準 」と い う )と し て 従
来 か ら ,防 食 電 流 を 遮 断 し て か ら 24 時 間 後 の 鋼 材 電 位 が 100mV 以 上 ,貴 方 向 に
戻 る こ と を 確 認 す る 方 法 が あ り ( 以 下 ,「 復 極 量 1 0 0 m V 」 と 呼 ぶ ), こ の 基 準 は
大気中コンクリート部材に広く適用されている.
しかし,桟橋構造の梁部材などで断続的に海水中に没する場合などではコンク
リ - ト が 湿 潤 状 態 に あ り ,復 極 に 必 要 な 酸 素 の 供 給 速 度 が 遅 い た め ,
「 復 極 量 100
m V 」の 基 準 を 適 用 す る こ と は 不 適 切 と 考 え ら れ る .こ の よ う 湿 分 の 多 い 環 境 で は ,
海 水 中 鋼 材 の 防 食 基 準 「 鋼 材 電 位 が - 8 5 0 m V v s . C S E よ り も 卑 」( 以 下 ,「 電 位 -
8 5 0 m V 」 と 呼 ぶ ) を 適 用 す る こ と も 考 え ら れ る . し か し ,「 電 位 - 8 5 0 m V 」 の 基
準をコンクリート中鉄筋の電気防食に適用した例や,防食効果を詳細に検討した
研究は極めて少なく,本研究ではコンクリート供試体を用いて上記二つの防食基
準の適用性を検討することを目的としている.
また,実構造物でコンクリートの劣化が顕在化していない場合でも鉄筋が腐食
していることも考えられ,鉄筋にさび層が形成された状態で電気防食を施工する
ことになる.しかしこれまでに,さび層を考慮した電気防食に関する研究は数例
1
あるのみであり,また,さび層を考慮した防食基準の検討はなされていない.そ
こで本研究では,硬化コンクリート中で鉄筋を「アノード溶解処理」によって強
制的に腐食させた供試体を用いて,電気防食基準ならびに基準の運用方法に関す
る提案を行うことを併せ目的としている.さらに,実構造物における 5 年間の電
気防食の適用結果から,本研究で提案する防食基準運用方法の妥当性の検証も本
研究の目的としている.
本 論 文 は ,9 章 よ り 構 成 さ れ て い る .各 章 の 構 成 お よ び 概 要 は ,以 下
に 示 す と お り で あ る .
第 1 章 の 「 序 論 」 で は ,研 究 の 背 景 お よ び 目 的 ,論 文 の 構 成 を 示 し て い る .
第 2 章 の 「 既 往 の 研 究 」 で は , コンクリート中鉄筋の電位に関する平衡論
的研究,コンクリート中鉄筋の腐食速度に関する速度論的研究,塩害によるコン
クリート中鉄筋の腐食メカニズム,ならびに,コンクリート中鋼材の電気防食基
準,に関して既往の研究を精査し課題をとりまとめている.
第 3 章 で は 本研究で実施した内容を述べている.すなわち,①単鉄筋供試体
による防食基準の検討,②複鉄筋供試体による腐食メカニズムおよび電気防食効
果 の 検 討 ,③ 模 擬 干 満 帯 供 試 体 に よ る 流 電 陽 極 の 影 響 の 検 討 ,④ 実 構 造 物 に お け
る電気防食基準の運用方法に関する妥当性確認,の概要を記述している.
第4章の「単鉄筋供試体による防食基準の検討」では,1本の鉄筋を配置して
コンクリート供試体を製作し,アノード溶解処理によって鉄筋を強制的に腐食さ
せた.その後に,電気防食を実施して電位および腐食速度におよぼす鉄筋表面状
態 の 影 響 な ど を 考 察 す る と 共 に ,湿 潤 環 境 に 適 し た 防 食 基 準 の 検 討 を 行 っ て い る .
実 験 結 果 か ら 以 下 の 事 項 を 明 ら か に し て い る . す な わ ち , 1)コ ン ク リ ー ト 中 で あ
っ て も ,塩 化 物 を 含 む 供 試 体 中 鉄 筋 の 腐 食 部 で は p H は 4 程 度 の 低 い 値 を 示 し た こ
と ,2 ) 湿 潤 環 境 に お い て ,防 食 基 準「 電 位 - 8 5 0 m V 」で 防 食 効 果 が 認 め ら れ た こ と ,
電 流 調 整 が 容 易 で あ っ た こ と ,な ど か ら「 電 位 - 8 5 0 m V 」が 防 食 基 準 と し て 適 し て
い る と 考 え ら れ た こ と , 3)鉄 筋 に さ び 層 が 形 成 さ れ て い る 場 合 は 電 気 防 食 の 初 期
に 80~ 170mA/m2 程 度 の 高 い 電 流 密 度 を 印 加 す る 必 要 が あ る こ と ,な ど で あ る .
第5章の「複鉄筋供試体による腐食メカニズムおよび電気防食効果の検討」で
は,鉄筋を取り囲む湿分状態が異なる上筋および下筋の 2 本の鉄筋を埋設したコ
ンクリート供試体の実験に関して記述している.本供試体を用いて「1 本の鉄筋
の上・下側に生じている鉄筋内マクロセル」および「上筋と下筋の鉄筋間マクロ
セル」などについて検討し,①電位および腐食におよぼすコンクリートの品質の
影響,②マクロセルにおける電気防食効果の検証,③マクロセルのモデル化によ
る腐食メカニズムの解明,などに考察を加え以下の事項を明らかにしている.す
な わ ち , 1)上 筋 と 下 筋 の 鉄 筋 間 を 流 れ る マ ク ロ セ ル 電 流 は 下 筋 自 体 に 生 じ て い る
腐食電流に対する割合は低いが,間接的に下筋の腐食を促進させると考えられた
こ と , 2)「 復 極 量 100mV」 と し た 管 理 に よ る 電 気 防 食 を 実 施 す る こ と に よ っ て ,
2
鉄筋内に生ずるマクロセルおよび上・下鉄筋間に生ずるマクロセルによる腐食を
防 止 す る こ と が で き た こ と ,3 ) さ び 層 に 含 ま れ る 鉄 イ オ ン F e 2 + は 電 気 防 食 を 実 施
す る こ と に よ っ て 還 元 反 応 に よ っ て 金 属 鉄 F e に 戻 る 可 能 性 を 示 し た こ と ,な ど で
ある.
第6章の「模擬干満帯供試体による流電陽極の影響の検討」では,桟橋の鋼管
杭を電気防食するための流電陽極からの電流が,上部工のコンクリート部材に配
置された上・下鉄筋への電気防食効果に及ぼす影響を検討し,以下の事項を明ら
か に し て い る . す な わ ち , 1)模 擬 干 満 帯 に お い て 電 気 防 食 基 準 「 復 極 量 100 mV」
に よ っ て 上 ・ 下 間 の 鉄 筋 の マ ク ロ セ ル 腐 食 を 防 止 で き た こ と , 2)流 電 陽 極 か ら の
断続的で大きな電流がコンクリート中に流入することによって外部電源方式によ
る防食効果が大きく向上した,などである.
第7章の「電気防食基準および運用方法の提案」では,上記の実験結果から得
ら れ た 知 見 か ら ,実 構 造 物 に お け る 電 気 防 食 基 準 と し て ,A . 分 極 量 1 0 0 m V ,B . 復 極
量 1 0 0 m V ,お よ び ,C . 電 位 - 8 5 0 m V の 3 種 の 基 準 に 関 し て ,環 境 や 通 電 時 間 に 応 じ て
選択するか,組み合わせて運用することを提案した.
第8章の「実構造物における電気防食基準の運用方法に関する妥当性確認」
で は ,第 7 章 で 提 案 し た 電 気 防 食 基 準 の 運 用 方 法 が ,実 構 造 物 に お け る 5 年 間 の 実
績から妥当であることを示した.
第9章の「結論」では,以上の結果を総括して結論としてまとめている.
以上が本論文の要旨であるが,これを要するに,電気防食を適用したコンクリ
ート構造物中の鋼材の腐食や防食のメカニズムを明らかにして,湿分環境では新
た な 防 食 基 準「 ‐ 8 50m v 」を 提 案 し て い る .こ れ ら の 実 験 成 果 な ど を 基 に ,環 境 や
通電時間に応じて他の電気防食基準も組み合わせ新たな運用方法を提案している.
よって,本論文はコンクリート工学およびメンテナンス工学に対して重要な貢
献をなすものであり,博士(工学)の学位論文として価値あるものと認める.
2012年2月
審査員
主査
早稲田大学
教授
工学博士(東京大学)
関
博
早稲田大学
教授
工学博士(東京工業大学)
清宮
理
早稲田大学
教授
工学博士(名古屋大学)
榊原
豊
早稲田大学
教授
工学博士(東北大学)
秋山 充良
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