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アカデミック・ジャパニーズの養成を目指した授業実践

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アカデミック・ジャパニーズの養成を目指した授業実践
アカデミック・ジャパニーズの養成を目指した授業実践
―総合政策学部「日本語Ⅱ(総合)」―
山口 和代
要 旨
総合政策学部の日本語科目は「課題達成のための日本語能力」である「アカデミッ
ク・ジャパニーズ」の養成を目的とした科目である。シラバス・デザインに際して
は、内容重視型言語教育の方法論を採用しているが、内容重視では、まず「内容」
を優先し、その内容を実現するための手段として言語が学ばれる。
本学部の日本語科目では、初級を終えた段階である日本語Ⅱレベルからほとんど
の科目が内容重視を念頭にデザインされている。日本語Ⅱの各科目は対応する日本
語Ⅲの科目につながるよう、シラバスを考え、授業計画を行うが、各科目で提供さ
れるスキルやコンテンツは最終的には日本語Ⅲ「総合」での発表とレポート作成に
集約されることを目標としている。
内容重視型言語教育は学生の知的興味を維持し、主体的な学習態度を作り出すよ
うな仕組みを授業に取り入れることを可能にするが、本稿では、日本語Ⅱ「総合」
での授業実践と、履修者の変化に伴いどのような工夫が必要になったかについて述
べる。
キーワード:アカデミック・ジャパニーズ、シラバス・デザイン、スキル、コンテ
ンツ、内容重視
1 はじめに
日本で留学生が生活する場合、基本的な日本語能力と社会適応能力が必要となる。これ
らは生活スキルといわれ、様々な手続きを処理する能力も含まれる。森(2005)が「アカ
デミック・ジャパニーズ」1) と区別して「キャンパス・ジャパニーズ」とよぶ大学で必要
な諸手続きを行う事務処理能力も同様のものであるが、これは教職員や友人とコミュニ
ケーションをとるための日本語能力と同レベルに位置づけられ、本学部の日本語科目では
初級レベルである日本語Ⅰの科目で主に扱うものである。
大学生活を円滑に進めるために必要な「キャンパス・ジャパニーズ」とは異なり、
「ア
カデミック・ジャパニーズ」は授業を履修する際に必要とされる学習スキルに限定された
日本語能力であり、具体的なスキルとしては、講義を聴く、ノートを取る、教科書やプリ
ントを読む、資料・文献を調べる、レジュメを作成する、口頭発表をする、レポートを書
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国際教育センター紀要 第 14 号
くといったものがある。日本語Ⅰの後半から、
コンテンツとして身近なトピックを題材に、
簡単な形式での意見述べや発表を行い、これらの学習スキルを扱うことも可能であるが、
いわゆる「アカデミック・ジャパニーズ」と考えられている学習スキルは、初級を終えた
段階である日本語Ⅱから学習項目としてシラバスに組み込まれる。だたし、スキルは単に
技能そのものだけを習得しようとしてもできるものではなく、それにふさわしい内容(コ
ンテンツ)がなくては、つまり、適切な文脈の中になければ、その技能は正しく身につか
ず、適切な形で使用されることも難しくなる。そのため、シラバス・デザインに際しては
スキルと適切なコンテンツの選択が重要と考え、内容重視型言語教育2) の方法論を採用し
ている。
本稿では、まず、本学部の日本語科目での日本語Ⅱ「総合」の位置づけを明らかにし、
シラバス・デザインの際に学習スキルとコンテンツをどのように組み込み、学習目標を達
成するためにどのような工夫と改善を行ったかを授業実践を通して述べる。
2 日本語Ⅱ「総合」の位置づけとシラバス・デザイン
本学部の日本語科目は日本語Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの 3 つのレベルに分かれており、日本語未習者
は、日本語Ⅰから順に日本語Ⅲまで履修することになる。
本学部留学生の場合、その 70%以上が日本語未習者であるため、日本語Ⅰの科目では、
基礎となる文構造を学習することを重視しているが、文構造の習得と運用だけを到達目標
とする授業構成ではなく、この段階から内容重視型言語教育の方法論を意識し、シラバ
ス・デザインを行っている。日本語Ⅱとその上の日本語Ⅲは文構造を意識した言語知識よ
りも、コンテンツと学習スキルに比重をおいたシラバスになっている。
この章では、日本語Ⅱ「総合」の位置づけ、シラバス・デザイン、および授業の概要に
ついて述べる。
2.1.日本語Ⅱ「総合」の位置づけ
日本語Ⅱと日本語Ⅲには、専門科目履修に必要とされる文献読解力の実践的な技術の養
成を目指す「読解」
、ディスカッション等様々な口頭表現の養成を目指す「表現技術 A(口
頭表現)
」、論理の組み立て方や、自分の意見を的確に伝えられるような文章表現力および
構成力の養成を目指す「表現技術 B(文章表現)
」、資料・文献収集、口頭発表、レポート
作成の過程を通し、
アカデミック・ジャパニーズの総合的な運用力の養成を目指す「総合」
3)
の 4 種類の科目がある。日本語ⅡとⅢの科目にはトピック(社会的な問題から選定)
、ス
キルともに重複する項目もあるが、繰り返し取り扱うことによってらせん状に学習が進む
ことを期待し、同じトピックでも概要理解からより深い理解へ、また、教室で得た情報の
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アカデミック・ジャパニーズの養成を目指した授業実践
理解のみに留まらず、自ら情報源にアクセスして調べる、発表する、意見を述べる、討論
する、とスキルについても複合・拡大させていくことを意図したシラバス・デザインを行っ
ている。
科目担当者はシラバス作成に際し、それぞれの学習目標を念頭にトピックやスキルを選
択するが、最終的には各レベルの「総合」へと集約されることを目標とする(図 1)。また、
日本語Ⅱの各科目は日本語Ⅲの対応する科目の橋渡し的役割も担うことになり、日本語Ⅱ
「総合」は日本語Ⅲ「総合」で行われる活動の基礎作りを行うため、それをにらんだトピッ
クやスキルの選択と提供も不可欠となる。
図 1 日本語Ⅱ・Ⅲの各科目の関係
2.2.シラバス・デザイン
大学で授業を履修する際に必要とされる具体的なスキルは前述のように、講義を聴く、
ノートを取る、教科書やプリントを読む、資料・文献を調べる、レジュメを作成する、口
頭発表をする、レポートを書くといったものがある。現在多くの大学で学部入学後の 1 年
生全員を対象に「アカデミック・スキル科目」といわれるものが必修とされていることを
考えると、日本人学生の多くが、まず、大学で授業を履修するための学習スキルを学ぶ必
要があると判断されていることがわかる。同様に考えると、留学生が履修する日本語科目
でも、学習スキルの養成を念頭にシラバス・デザインを行い、
「アカデミック・スキル科目」
の履修に備えることが重要になる。
またコンテンツに関しては、大学入学後に学生に提供される講義等を念頭にトピックを
選定し、日本語科目のシラバス・デザインを行う必要がある。大学の講義等は、中学校ま
での義務教育と高等学校で教科として学んだ知識のほか、社会問題などの時事に関する一
般的な知識を前提として展開される。したがって、日本の大学で学ぶことを希望する留学
生にも同様の知識を日本語で理解すること、すなわち日本語での基礎学力を有しているこ
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国際教育センター紀要 第 14 号
とが求められる。
だが、留学生は出身国や文化が留学生同士でも大きく異なり、学校教育で扱われる項目
も内容も異なる。そのため、日本人であれば一般的と思われる知識や情報に教育現場や社
会の中で触れる機会がない場合もあり、彼らのレディネスは一様ではない。日本社会・文
化に関する一般的知識はステレオタイプ的なものか、むしろ芸能、アニメや漫画といった
ポップカルチャーやサブカルチャーに特化している場合もあり、特に現代日本社会の課
題・問題に関するトピックに対してはレディネスがほとんどないと考えたほうがいいだろ
う。
ではここで、本学部ホームページを参考に、大学で学ぶために、学生にどのようなレ
ディネスが必要かを考えてみる。本学部の「アドミッション・ポリシー」を見ると、入学
する学生は「高等学校で学ぶ教科についての基礎的な学力」を有することはもちろん、
「国
際関係、政治や経済、環境問題などの現代社会の諸問題に興味や関心」を有することが望
まれている。そして、大学での講義等では、学生に「現代社会における諸問題を自らが発
見」する力をつけさせるために、基礎知識を前提とした専門的内容が提供される。では、
留学生は十分な基礎知識を備えているだろうか。留学生は現代日本社会の課題・問題に関
する知識へのレディネスがほとんどなく、世界のそれに関してもレディネスが一様ではな
いと思われる。だが、これこそが本学部で学ぶために不可欠な基礎知識として求められて
いるものである。したがって、日本語科目のシラバス・デザインでは、日本語Ⅱレベルか
ら地球温暖化、少子高齢化、生殖医療、国連、NGO、ジェンダー、政治制度など各国に
共通する社会問題と日本の社会問題を中心にトピックを選定することにした。
2.3.授業の概要
日本語Ⅱ「総合」では、授業で習得するスキルの目標を発表に必要なスキル(発表手順
や資料提示も含む)とレポート作成に必要なスキル(特にレポート形式とルールなどを含
む)におき、授業で提供するトピックは、前述したように本学部で扱われる社会問題から
選定した。履修対象となる留学生は、初級文法を学習し終えた日本語Ⅰレベル終了者であ
り、授業開始時の日本語力は、社会問題を読み取る力を十分に備えたレベルとはいえな
い。しかし、社会問題に関するトピックであれば、程度の差はあれ、学校教育で提供され
る知識や日常生活においてメディアからもたらされる情報等、母国語で何らかの知識を
持っていたり、聞きかじっていたりすることもあるため、全く馴染みのない未知の事柄ば
かりではないと思われる。そこで、読解力に頼らず、トピックを提示するため、視聴覚教
材の使用により関連語彙の導入と理解を進めることにした。視聴覚教材の使用は、視覚か
ら入ることで映像が内容の理解を助けることになり、読み教材よりも複雑で高度な内容を
扱うことを可能にする。したがって、内容の理解が映像の助けで進み、そこに語彙を導入
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アカデミック・ジャパニーズの養成を目指した授業実践
することで、日本語による内容の理解が行われ、日本語での知識を獲得することが可能に
なる。なお、授業中の視聴だけではトピックや語彙の理解が十分ではない履修者や、自主
的に復習を行いたいという履修者のため、決められた自習室で学習したトピックの映像を
視聴できるようにしている。ここまではインプット型の学習が中心になるが、この際に聞
き取れた語彙や内容をメモするよう指示を与えることで、日本語Ⅲレベルで重点的に行う
講義の聞き取りやノート取りといったスキルのための簡単な練習を行うことにもなる。
そして、履修者にいくつかのトピックに関する語彙や基礎的知識が入ったところで、ア
ウトプット型の活動として発表課題を与える。課題は、学習したトピックや周辺の問題に
関してインターネットや文献等から情報を収集し、新しい情報や問題点を探ってそれをま
とめてレポートを書き、発表する(資料提示にパワーポイントを使用)というものであ
り4)、現在は学期中に 3 回行っている。
このアウトプット型の活動の準備にも、自習室での映像の視聴が役立つよう配慮してい
る。自習室では授業後に関連トピックやその他の重要なトピックに自主的にアクセスでき
るようにしてあり、知識を広げ、深めることができるような機会を提供しているが、ここ
から発表のテーマを決める際にヒントを得ることも可能である。
この授業で特に重点をおくのは、最終的な成果(product)より成果の獲得に至る過程
(process)で、そこでいかに学習を惹き起こしていくかは、学習者の反応から理解度を推
し量り、できるだけ時間をかけてフィードバックを行うといった対応によるところが大き
い。そのため、ここ数年は、発表やレポートに対するフィードバックにかける時間が十分
取れるよう授業スケジュールを立てている。また、履修者には得手不得手や力量にも差が
あるので、授業時間外に個別に発表のテーマについての相談に乗るなど、授業外での対応
も必要になる。
3 授業実践と改善点
授業の進め方に関しては、2006 年度に変更を加え(山口他 2008)、その後大きな変更点
はないが、教材、授業の周辺的な事柄、あるいは授業に付属する事柄において対応を工夫
する必要は生じている。ここでは、山口(2012)でまとめた授業アンケート結果から関連
する項目を参照しつつ5)、教材の変更を含め、現在の授業形態と必要な対応について述べ
る。アンケートは 2000 年度秋学期から授業最終週に行ったもので、授業改善に役立てる
ことを目的に、無記名での自由記述式としたものである。
3.1.授業形態と変更点
授業の進め方については大きな変更はないが、発表準備のための授業内での作業や発表
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国際教育センター紀要 第 14 号
回数、フィードバックの仕方に関しては、2005 年度までは試行錯誤が続いた。学期末に
行った授業アンケートでは、提案や感想として、
「授業時間を増やしてほしい」
、「発表回
数を増やしてほしい」
、「一人ずつ発表する機会がほしい」、「発表についてのコメントを個
別に詳しく相談する時間がもっとほしい」といったコメントがあった。これらのコメント
から授業内容や課題に適切な時間配分を行う必要性が見え、学習効果を高めるためには十
分なフィードバックの実施が不可欠であることからも、2005 年度のカリキュラム改正の
際に検討を加える必要があると考えた。
2005 年度にカリキュラム改正が実施され、これ以降、「総合」は週 1 コマから週 2 コマ
の授業となった。また、授業が 2005 年度に 13 週、2006 年度からは 14 週で実施されること
になり、授業の中にワードとパワーポイントの基本的な練習を組み込み、発表も 3 回実施
することが可能になった。そのため、一人ひとりの発表に対して詳細なフィードバックを
行うことができ、履修者も 1 回目と 2 回目の発表へのフィードバックで得られた事項を 3
回目の最終発表課題に生かすことができるようになった。さらに、2011 年度からは授業
が 15 週で実施されるようになったため、発表と同時に提出するレポート課題に関しても、
発表課題の前に行う書き方の説明とレポート返却後のフィードバックに十分な時間を割く
ことが可能になった。
3.2.授業で扱うテーマと教材
教材は、2012 年度までは NHK で放送された「週刊こどもニュース」の一部を録画した
ビデオを使い、分野を主に環境、科学・生命技術、福祉・法律、国際関係に絞り、トピッ
クを選定した。
「週刊こどもニュース」はキーワードや重要語彙が振り仮名付きのテロッ
プで表示され、社会問題や時事問題の基本的な概念や仕組みが簡単な模型を使って説明さ
れるなど、内容理解を促進する工夫がなされ、履修者にとってもわかりやすいものとなっ
ている。
授業アンケートの質問項目の中の「授業で一番印象に残ったこと」、「授業に興味を持て
た理由」
、「できるようになったこと」で数多く言及された事柄は、やはりトピックへの興
味を示すもので、ほとんどの年度で 70%以上が特に興味を持ったトピックをあげ、「おも
しろかった」
、
「知識が増えてうれしい」といったコメントと共に記入していたが、これは
教材に負うところが大きいと思われる。反面、これがウイークポイントともなり、適切な
生教材を確保するのは非常に難しく、簡単に差し替えができないというデメリットもある。
扱うトピックに関しては、主要なものは変わらないが、授業週の増加に伴い、数が多少
増えている。この授業で提示するトピックと内容は社会問題や時事問題の基本的な知識で
あり、この提供を生教材の使用により行っていることから、前述したように、情報の追加
や内容の更新を行うことは容易ではなく、運よく新しく放送された番組を録画して使用で
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アカデミック・ジャパニーズの養成を目指した授業実践
きればいいのだが 6)、それができない場合には、プリント教材で情報を補うといった方法
を採ることになる。プリント教材の使用は、
文献資料を読むという作業にもつながるので、
必要な作業でもあり、基本的な語彙や知識が導入されてから行う場合、中級レベルの履修
者にとって多少難度の高いものでも抵抗なく取り組めるという効果をもたらすが、むろん
主要教材は適宜更新していくことが望ましい。必要なトピックや基本的な情報が提供でき
ている場合でも、授業アンケートでは、
「新しい番組もあるといい」
、「新しいトピックも
見たい」という要望もあり、日本語Ⅱレベルに適切な生教材をどのように確保していくか
が課題となった。
2011 年 6 月に NHK 教育テレビから名称変更された「E テレ」で番組改編が行われたこ
とに伴い、
「NHK for School」の番組から徐々に教材の補充を行うことができるようになっ
た。
「NHK for School」は学校で教材として使用されることを念頭に、小学生から高校生
までの学年を対象とした様々な番組が作成されている。今年度春学期の授業から教材の一
「週刊こどもニュース」とは異なり、使用される語彙
部を試行的に入れ替えているが 7)、
等の難度やトピックの提示方法も異なっていることから、授業計画を行う際にトピックの
提示順を再考する必要が生じた。また、番組はストリーミング形式で配信されており、今
年度から、前年度までに作成され放送されたものはいつでも PC で視聴することが可能と
なったため、履修者がいつでもどこでも再視聴できるというメリットがある。反面、注意
も必要で、まず授業で初めて視聴させ、講義で提供される未知の知識や情報に対応する練
習を行うには、不都合が生じる場合もある。さらに、全ての教材が更新できるわけではな
く、トピックによっては従来通り自習室での復習が必要となるため、復習方法に関しては
二通りのやり方を提示する必要があり、履修者によっては混乱する者も出てくると考えら
れ、指示を行う際には注意が必要となった。
視聴覚映像の効果に関して、昨年度秋学期と今年度春学期のアンケート結果を比較した
ところ、内容理解はどちらも 80%を超え、聞き取りは前者が 60%で後者が 90%となって
いる。また、今学期に関して、トピックや教材に関しての要望は見られなかった。これら
のデータだけで、教材の変更がどのような影響を与えたかを推測することは困難だが、授
業中も履修者に新しい教材に対する抵抗や戸惑いは見られなかったことから、大きな問題
は生じなかったと思われる。今後も履修者の反応や様子から、教材の適切性や提示方法を
検討していきたい。
3.3.履修者への対応と工夫
近年、大学で学ぶ日本人学生だけではなく、留学生も資質がかなり変化してきたと思わ
れる。高校と大学の間にギャップがあっても、それを自ら埋めていく作業をするのが当然
のこととされていた時代とは違い、現在、大学側も積極的にその作業に手を貸し対応する
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国際教育センター紀要 第 14 号
よう求められている。そのため、授業での履修者への対応にもこれまでとは異なる工夫が
必要になっている。
授業回数が増えたことは前述したが、これにより履修者への対応が授業時間内で収まる
かというと、実際はより大変になっている。授業内の指示だけで発表課題の準備を進めら
れる、あるいは見よう見まねで形にしていくことができるという履修者ばかりではなく、
近年履修者のレベルが二極化する傾向にあり、
周囲から学び取る力が弱い履修者も見られ、
一人に対する相談回数が増加し、個別的な対応に時間がかかるようになっている。ヒント
を与え、助言することでポイントをつかみ取り、やるべきことが明確になり、より高い到
達目標に向かって準備が進められる者もいる一方で、時間を割いて我慢強く何度も個別ケ
アを行わないと、一定レベルに到達できない者も出てきている。
アンケートには、
「発表やレポートを準備する過程で、さらに知識が得られる」
、「ほか
の人の発表からいろいろ学ぶことができ、次の発表を修正できる」、「先生やほかの学生か
らのコメントが次の発表やレポートをよくするのに役に立つ」といった自身の能力の向上
に役立つものを積極的に取り入れようという姿勢が窺われる回答もあり、自律的学習がで
きていると思われる履修者もいる。だが、以前と異なり、2012 年度春学期に顕著だった
のは、1 回の発表に対し、履修者が求める相談回数の多さである。これまでは発表のテー
マ8) が決められずに切羽詰って発表直前の週に相談に来るケースが多かったのだが、この
学期はずいぶん早くから複数回相談に来る履修者が多かった。もちろんなかなか発表テー
マが決まらないという理由も多かったのだが、早々とテーマを決めた場合でも、データが
使えるかどうかを確認に来る、構成を相談に来るというように、作業段階ごとに相談を求
めるケースも多かった。
学習意欲に関しても、
「もっといろいろ調べたくなった」、
「まだまだ足りないので、もっ
と頑張ろうと思う」
、
「課題の準備は大変だが、できるとうれしい」、「先生やほかの学生か
らのコメントをもらってうれしい」など、前向きな姿勢ややる気を示す回答もみられたこ
とから、学習に対し意欲を持つようになる履修者は少なくない。だが、日本語Ⅰ科目をな
んとか合格したというレベルの者にとっては、内容を伴った発表を要求されることは確か
に大きな課題であり、まずテーマを決める段階で躓くことが多い。そのような履修者をど
のようにケアしていくかは常に課題である。
また、アンケートから履修者がどのようなことに困難を感じていたかを見ると、
「発表」
のほかに「視聴覚教材の聞き取り」や「語彙」などがあったが、
目立ったのは「レポート」
である。
「発表」に関しては実施直前までは非常にプレッシャーを感じる者も多いが、どのよう
な結果に終わろうとも、ある種達成感を感じられるものであり、直接コメントがもらえる
ことで充実感も得られる。それに対して、レポート作成は時間もかかり、ごまかしがきか
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アカデミック・ジャパニーズの養成を目指した授業実践
ない。そして、手元に返却される時には真っ赤に添削されていることが多い。「レポート」
は「発表」よりもやはり高度な課題なのであろう。
一方、授業を終えた時に履修者の多くは自身の変化や成長も感じているようで、言語学
習で目標とされる 4 技能の向上以外に、「レポート、発表、資料収集(アカデミック・ス
キル)ができるようになった」
、あるいは「自分が成長した」
、「自信がついた」など、自
身の能力が向上したことへの言及が、すべての学期で半数を超えた。ここでもアウトプッ
ト課題への言及があり、多くが「できてうれしかった」、「できてよかった」といったコメ
ントと共に書かれていたことから、課題のレベルは高いという認識があるが、必要なこと
だという自覚もあると思われる。今後もアウトプット課題が苦手な履修者にどのように対
応してくか、工夫が必要である。
4 おわりに
最後に、アンケートの「授業への要望・提案」では、授業運営に関する課題も見られた
ので、ここで触れる。
近年、周囲から学び取る力が弱い履修者が増えたことについては前述したが、このため
か、アウトプット型活動に対しては、履修者から成功例、モデルとなる例を見たいという
要望が増えた。発表課題に関しては 5 年ほど前に参考になる先輩の発表を記録映像から選
択して見せたが、個人情報でもあり、また実際に見ることも重要と考え、最近は、1 回目
の発表前に、
まず教師がシンプルな発表を実践して見せている。レポート課題に関しては、
形式説明の際に、どのようにレポートを作成するかについて触れているのだが、実際にい
い評価だった履修者のものを見たいという要望が多い。これもやはり個人の承諾を得る必
要があるので、今学期は簡単なサンプルを教師が作って提示した。発表モデルやレポート
モデルの提示はやり方によっては、履修者のアイデアや創意工夫を規定する恐れがあり、
自律的学習を阻害しないよう十分な配慮を行うことが重要である。しかし、具体的なモデ
ルの提示なしには、どのような作業を行えばいいのか想像できず、不安を感じ困惑したま
まで、なかなか準備に入れない履修者も増えている。どのようなサポートが望ましいか、
どこまで教員が手助けするべきか、判断が難しい問題であるが、今後も事前の課題提示や
事後のフィードバックにはさらなる工夫が必要になると思われる。
(注)
1)「アカデミック・ジャパニーズ」については、門倉(2003)、堀井(2003)、三宅(2003)、門
倉他(2006)等で議論されている。
2) 内容重視(content based)については、岡崎(1994)が詳しい。従来から行われている言語
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国際教育センター紀要 第 14 号
教育の方法では、まず学ぶべき言語形式が決められ、
「文脈」としての「内容」は、その理
解や定着を図るために考えられるものでしかなかったが、内容重視では、言語は内容を理解
するための単なる媒介物として位置づけられているに過ぎず、まず「内容」を優先し、その
内容を実現するための手段として言語が学ばれる。
3)「コンテンツ」は「文脈」としての「内容」を意味する。そこで、授業で扱う具体的な社会
問題の種類を指す場合は「トピック」とし、
「コンテンツ」と区別する。
4) 発表の仕方やパワーポイントの使い方、ワードの使い方やレポートの形式・ルールについて
は必要な時期に授業で取り上げている。
5) 詳しくは山口(2012)を参照されたい。
6)「NHK 週刊こどもニュース」は 2010 年 12 月 19 日の放送を持って番組を終了した。
7) 教材用に録画を行っている番組は、デジタル教材として提供されている「NHK for School」
の「げんばるマン」、
「10min. ボックス 公民」といった番組である。
8) ここでいう「テーマ」とは、履修者が発表で伝えようとする問題そのものを指す。発表課題
では、複数の履修者が同じトピックを選ぶこともあるが、同じトピックであっても様々な問
題点や視点があり、扱い方は異なったものとなるので、発表のテーマが同じものになるとは
限らない。
参考文献
岡崎眸(1994)「内容重視の日本語教育―大学の場合―」『東京外国語大学論集』第 49 号 pp.
227―244
門倉正美(2003)
「アカデミック・ジャパニーズとは何か」門倉正巳代表『日本留学試験とアカ
デミック・ジャパニーズ』平成 14 ∼ 16 年度科学研究費補助金(基盤研究 (A)(1) 一般)研究
成果報告書
門脇正美・筒井洋一・三宅和子(2006)
「
〈学びとコミュニケーション〉の日本語力―アカデミッ
ク・ジャパニーズからの発信」
『アカデミック・ジャパニーズの挑戦』pp. 3―20 ひつじ書房
南山大学総合政策学部ホームページ http://www.nanzan-u.ac.jp/Dept/fop.html
日本学生支援機構(JASSO)『日本留学試験(EJU)
』http://www.jasso.go.jp/eju/index.html
「日本留学のための新たな試験」調査協力者会議(2000)
「日本留学のための新たな試験につい
て―渡日前入学許可実現に向けて―」http://www.jasso.go.jp/examination/efjaufis_report.html
(2005 年 11 月更新)
堀井恵子(2003)
「留学生が大学入学時に必要な日本語力とは何か―「アカデミック・ジャパニー
ズ」と「日本留学試験」の「日本語試験」を整理する」門倉正巳代表『日本留学試験とアカ
デミック・ジャパニーズ』平成 14∼16 年度科学研究費補助金(基盤研究 (A)(1) 一般)研究成
果報告書
三宅和子(2003)「留学生・日本人学生のアカデミック・ジャパニーズとは」門倉正巳代表『日
本留学試験とアカデミック・ジャパニーズ』平成 14∼16 年度科学研究費補助金(基盤研究 (A)
(1) 一般)研究成果報告書
森朋子(2005)「大学教育における「アカデミック・ジャパニーズ」を考える」
『東京家政学院大
学紀要』45 号 pp. 1―122
山口和代、他(2008)
「総合政策学部における日本語プログラム(2008 年度)
」
『南山大学国際セ
ンター紀要』第 9 号 pp. 86―102
山口和代(2012)
「内容重視型言語教育による学部留学生へのアカデミック・ジャパニーズの指
62
アカデミック・ジャパニーズの養成を目指した授業実践
導―総合政策学部の日本語科目を例として―」『南山大学国際センター紀要』第 13 号 pp.
17―35
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国際教育センター紀要 第 14 号
A Report on the Japanese Class to
Cultivating Academic Japanese
―Japanese II“Presentation”in Faculty of Policy Studies―
Kazuyo YAMAGUCHI
Abstract
The Japanese Language course at the Faculty of Policy Studies is presently carried
out with the aim of cultivating academic Japanese proficiency necessary for core-content
faculty study. The faculty’s Japanese language course design incorporates a contentbased language education approach. In the context of this study, Content-based refers to
giving priority first to the content and using the study of language as a tool to
comprehend and to use the content knowledge gained.
Most of the Japanese II classes after Japanese I (the elementary level) incorporate a
content-based language instruction approach. Each of Japanese II subjects leads to the
one of Japanese III subjects. The Japanese Language III focuses primarily on providing a
chance for students to hone their presentation and report writing skills through the
content.
A content-based language education framework maintains student intellectual
interest and stimulates subjective learning attitudes among the international students.
This paper reports on the syllabus design and the practice of Japanese II “Presentation”,
and sheds light on factors important to improve the class according to the change of the
international students’ needs.
Key Words: Academic Japanese, syllabus design, skills, content, content-based
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