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グローバル経済化と 日本型企業システム
NAVIGATION & SOLUTION 1 グローバル経済化と 日本型企業システム 舛山誠一 C O N T E N T S I グローバル経済化を推進する情報技 術革新と経済自由化 Ⅳ 企業モデルへの影響 Ⅴ 日本型企業システムの機能低下と改 革への胎動 Ⅱ 進展するグローバル経済化 Ⅲ グローバル経済化への対応を迫られ VI グローバル経済化と日本企業の経営 る企業経営 課題 要 約 1 情報技術革新と経済自由化のトレンドが相乗的に働いて、グローバル経済化を推 進している。したがって、グローバル経済化は情報化と不可分であり、そのパタ ーンは情報技術革新の影響を強く帯びる。 2 この結果、企業による組織化が国境を超越して促進されている。直接投資がこの 主要な推進者であった。そして、1990 年代に入って、資本市場のグローバル化に よる短期資本の移動が大きな役割を果たすようになっている。 3 このため、企業間の競争が激化し、製品・サービスのコモディティ化(陳腐化) が速まり、企業のリスク・リターン構造が変化している。 4 これに対して企業は、①世界単位の規模の経済と経営資源の組織化、②効率性・ 迅速性の競争、③継続的イノベーション等による差別化、④インセンティブシス テム(報酬等による従業員の動機付けの仕組み)の改革──などを迫られる。 5 その結果、企業は、①トランスナショナル(超国家)化、②コアコンピタンスへ の集約、③知識創造型組織──などの、グローバル経済化に対応した企業モデル を創造しなければならない。 6 このようなグローバル経済化への適応において、従来の日本型企業システムは機 能を低下させている。改善への動きは見られるが、なお多くの課題を抱えている。 ①差別化戦略の徹底、②システマチックアプローチの強化、③新しいコーポレー トガバナンス構造の確立、④新しい企業モデルの創造、⑤知的基盤の強化──が 望まれる。 36 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 Ⅰ グローバル経済化を推進する ことを反映している。したがって、現在の グローバル経済化のプロセスは、ボーダー 情報技術革新と経済自由化 レス化、脱距離化という地理的な経済統合 1 高まる「知識」の移動 に加えて、変化の加速、収穫逓増型産業の 21 世紀を目前にして、国境を超越した経 ウエート増大、知識集約化といった情報化 済的統合のプロセスが全世界的に進展して のインパクトの要素を強く伴いながら起こ いる。いわゆる「グローバル経済化」であ っている。 る。このグローバル経済化を相乗的に推進 さらに、今回のグローバル経済化のもう しているのは、情報技術革新と経済自由化 1つの大きな特徴として、資本市場のグロ の2つの強力なトレンドである。 ーバル化が、突出して大きな影響を及ぼし その結果、経済活動に対する国境障壁が ていることがあげられる。 大幅に低下し、距離の制約が著しく減少し て、国際的な企業活動がグローバルなスケ ールで展開されている。そこでは、各国間 2 世界的な規制緩和・自由化の 潮流 の生産要素における比較優位格差に着目し 世界的な経済自由化の潮流を本格的なも た、多国籍企業の直接投資による組織化が のとするうえでの大きな変化は、1970 年代 中心的な役割を担い、また、国際的な金融 後半以降、先進国において、戦後の福祉国 機関による、各国間の期待投資収益率格差 家の肥大化・非効率化の修正の動きが強ま を埋めるための資本移動が起こっている。 ったことである。 このようなグローバル経済化のプロセス 米国では、カーター政権下で、1970 年代 は、これまでの貿易活動を中心とした国民 のスタグフレーションの克服策として、航 経済同士の依存関係の上昇であった、マク 空、陸上輸送、通信、金融などの分野にお ロ経済的な「国際経済化」のプロセスとは ける規制緩和策が打ち出された。その後、 異なり、ミクロ経済的なプロセスであると レーガン、サッチャー革命により、アング いえる。つまり、国民経済という独立的な ロサクソン諸国を中心にこれが補強され、 システム間の取引の増加ではなく、個々の 欧州大陸と日本にも波及した。途上国でも、 システムの独立性を低下させて、広域的な 貿易・投資の自由化が進展し、これが直接 システムに再統合するプロセスである。 投資の流入の拡大に寄与して、経済成長の 19 世紀末から第一次世界大戦までのグロ 推進力となっている。このような成功体験 ーバル経済化は、新大陸などへの資本・労 が、ベストプラクティス(最善の方策)と 働の移動によって推進された。これに対し、 しての自発的な貿易投資の自由化をいっそ 今回のグローバル経済化は、情報技術革新 う促す力として働いている。 の進展を反映して、資本、情報・技術の移 さらに、ベルリンの壁の崩壊に象徴され 動が活発化することによって起こっている る冷戦の終焉が、自由経済圏の大幅な領土 のが、大きな特徴である。 的・経済規模的拡大をもたらし、ほぼ全世 これは、情報通信技術の発達により、 「知識」の移動の重要性が格段に高まった 界を覆うことになって、文字どおりの「グ ローバル経済化」に大きく寄与した。 グローバル経済化と日本型企業システム 37 1980 年頃からの先進国に始まる規制緩 和・撤廃の動きは、従来、規制による保護 く傾向が強まり、世界単位で独り勝ち の傾向が働く可能性が強まる。 下で国内産業と見なされていたサービス産 このような構造変化に迅速に適応した企 業の国際的競争への開放に大きな役割を果 業が、グローバル経済化のもとでの競争に たした。また、国際通商交渉の場でも、従 おいて有利になり、また、このような適応 来のモノの貿易自由化から、サービス産業 企業を多く抱える国の競争力が高まる。 の自由化、国内規制の撤廃へと重点が移っ てきている。これにより、これまで製造業 に比べて遅れていたサービス産業の国際的 な展開が加速しつつある。 (2)知識集約的産業構造への転換と形式 知の重要性の強まり 情報技術革新は、経済価値の創造におけ 一連の経済自由化は、資源配分の効率性 る知識の寄与度を飛躍的に高め、労働や資 向上、技術革新に寄与する面が大きく、国 本の重要性を相対的に低下させる。このよ の競争力を強化するための規制緩和競争を うな増大する知識の活用は、既存知識の再 現出している。このような経済自由化のな 構成という側面を強める。 かで、先進国における国内規制撤廃の面で、 知識の再構成活動は、「暗黙知」(経験的 米英を中心とするアングロサクソン諸国が 知識)よりは「形式知」(概念的知識)の 先行し、欧州大陸諸国、日本の遅れが目立 重要性が高まることを意味し、企業との関 つ。この差はサービス産業などの従来の内 係でいえば、「企業固有の知識」よりは、 需型産業の効率格差の原因となり、トータ 「普遍的知識」の重要性が高まることを意 ルな国際競争力に影響を及ぼしている。 味する。情報技術革新は、このような「形 式知」「普遍的知識」の分解、再構成をき 3 情報技術革新が広範な影響 (1)グローバル経済化のパターンに影響 わめて容易にする。 FRB(米連邦準備理事会)のグリーンス 上記のような経済自由化のトレンドに加 パン議長は、「産出に占める概念的構成部 えて、急速な情報技術革新のトレンドが、 分の増加は、単なる技術的ノウハウだけで グローバル経済化を推進する、より大きな なく、情報を創造し、分析し、転換し、ま 要因として相乗的に働いている。情報技術 た他の人と効果的に協動する能力を持った 革新は、グローバル経済化を推進すると同 ワーカーへの需要を増大させる」 注 1 と言っ 時に、そのあり方に次のような大きな影響 ている。情報化社会において需要が高まる を及ぼしている。 このような普遍的知識の体現者が、米国の ①距離の制約、国境障壁を軽減・解消し 前労働長官で労働経済学者のライシュのい て、国境を超えた企業・消費者のグロ う「シンボリックアナリスト」であると考 ーバルな活動を促進する。 えられる。 ②知識、特に形式知の経済価値創造に寄 与する度合いを大きく上昇させる。 ③ネットワーク経済効果が強く働く。 ④情報技術分野では収穫逓増の法則が働 38 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 (3)ネットワーク組織化の促進 グローバル経済化の最大の推進力である 情報技術革新はまた、企業内部、企業間の 組織形態の根本的な変化を迫る。情報技術 表 1 経済価値創造要素の移動可能性の程度 革新は、従来の人的関係に依存する取引関 移動可能性 富の形成要素 係をネットワーク取引関係へと転換させる きわめて容易 情報、証券投資 傾向があり、また市場取引をネットワーク 容易 融資、不動産投資、投資技術 比較的容易 直接投資(工業)、経営能力、法制度、労働 取引で代替する傾向もある。さらに、距離 困難 組織形成能力、企業家精神 きわめて困難 インフラストラクチャー、社会的慣習、主権 の制約が低下するので、この取引はグロー バルに行われることになる。 情報技術革新によって企業固有の知識の 資料)The University of Texas, "Change and Continuity in the International Globalization Process"(http://lanic.utexas.edu/project/sela/eng_docs/spcl22di4.htm)を参 考に作成 ウエートが低下し、普遍的知識の重要性が 高まっていることは、普遍的知識に関連し 資本に関しては、その構成要素によって た業務のアウトソーシングを促して、企業 移動可能性はかなり異なる。表に見るよう 組織の形態に大きな影響を及ぼすことにな に、証券投資の移動可能性がきわめて高く、 る。なぜなら、企業固有の知識形成・活用 融資、不動産投資の移動可能性も高いのに 機能のアウトソーシングはできないが、普 対し、工業分野における直接投資の移動可 遍的知識の形成・活用機能のアウトソーシ 能性はかなり低い。 ングは容易だからである。情報技術の発達 金融サービスは、生産要素のなかでも移 によって、プロダクト、プロセスの標準化 動可能性に富む資本と情報を結合して提供 がされてさえいれば、社外のスタッフとも され、情報技術革新の恩恵を直接的に受け 協働が十分可能になってきている。 る。そのなかでも証券投資は、銀行取引の このため、従来、1つの企業組織または ような相対的な取引関係に縛られないの 企業グループ内に垂直的あるいは水平的に で、最も移動可能性に富む。近年の国際資 統合されて内部取引の対象となっていた機 本移動に関する制度障壁の低下は、情報技 能を、ネットワークによって連結された、 術革新と相まって、国際資本移動を活発化 より細分化された組織に任せる方が効率的 させた。 な場合が増えている。このようなアウトソ これに対して直接投資は、投資計画、交 ーシングが国境を超えて距離の制約なしに 渉、工場建設などに時間がかかるし、いっ 可能となり、企業の国境を超えた組織化を たん投資を行った後にこれを引き揚げるの 促進する強力な要因となっている。 は困難である。しかし、この直接投資も、 経済自由化、情報技術革新によって移動が Ⅱ 進展するグローバル経済化 格段に容易になっている。また、工業技術 が成熟段階に入っていることが、直接投資 1 国境を超えた企業の組織化の 進展 (1)高まる知識・資本の移動性 による技術移転を容易にしている。 労働移動については、資金・情報と比較 して、移動コストなどの制約によって国際 表1に示すように、経済価値創造の要素 的移動が起こりにくい。輸送・情報技術の のうち、情報は最も移動が容易なものの1 革新と貿易投資の自由化により、人の移動 つである。 を伴わなくても、資本、情報、原材料・部 グローバル経済化と日本型企業システム 39 品を迅速に安価に移動することで、直接投 ティ)がきわめて高い証券取引が急速に拡 資などによって生産ネットワークを形成 大したことである。また、直接投資のなか し、世界の他の地域における労働資源を利 でも、より移動性の強い国際間 M&A(企 用することがはるかに容易になった。 業の買収・合併)の比率が上昇している。 世界の国際間 M&A は、1986 ∼ 90 年にドル (2)直接投資がグローバル経済化を推進 このように、グローバル経済化を推進す る企業活動の形態の典型が直接投資であ 建てで年率 21.0 %、91 ∼ 95 年に同 30.2 %増 加した後、96 ∼ 98 年には同42.9 %と加速的 に拡大している注 3。 る。直接投資は、単なる資本の移動ではな く、技術、マネジメント、ノウハウの移転 (3)競争の激化と変化の加速 を伴うので、受け入れ国の経済成長に貢献 このような直接投資を中心とした企業に して、好循環をもたらし、グローバル経済 よる国境を超えたグローバルな生産要素の 化を推進している。世界全体で対外直接投 組織化は、先進国と途上国の間の産業の再 資は、1986∼96年にドル建てで年率24.3%、 編成、先進国間、途上国間の産業の再編成 91∼95年に同19.6%、96∼98年に同25.1% を促す。この過程で国家間、企業間の競争 と著しく高い伸びを示している注 2。 が激化し、いわゆる「大競争時代」を現出 直接投資は、先制攻撃、外国市場の学習、 している。 上流部門の規模の経済効果を達成するため また、グローバル経済化と急速な技術革 に、下流の販売部門に投資するなど、多国 新によって、企業を取り巻く環境の変化が 籍企業の戦略に基づいて種々の目的で行わ 加速している。変化の加速を推進している れる。こうした戦略的に行動する比較的限 のは、①情報技術、②グローバル化による 定された数の多国籍企業が、世界貿易に大 24 時間開発体制の活用による商品開発期間 きなシェアを占め、それらが納入企業など の短縮、③在庫管理効率の向上による滞留 を含めた企業間の関係を形成している。 期間の短縮、④技術移転の容易化、⑤資本 このため、これら企業間の取引関係は、 市場のグローバル化による資金供給力の増 必ずしも単に安いところから買って高く売 大、⑥開発途上国の製品・サービス貿易へ るといった純粋の市場取引ではなく、より の参入による国家間の競争範囲の拡大── 戦略を持ったネットワーク内の取引であ などである。 る。企業内貿易は、市場ベースの取引を非 市場取引によって代替するものだともいえ (4)デファクトスタンダード確立の重要性 る。したがって、このようなネットワーク グローバル経済化が、ネットワークの外 取引の環の中に入っていけるかどうかが、 部経済効果を伴う情報技術革新の急速な進 企業の競争力に大きな影響を及ぼす。 展のもとで起こっているため、この外部経 これに対して、1990 年代に入っての顕著 40 済効果の地理的範囲が世界大に拡大する。 な傾向は、資本市場のグローバル化の進展 したがって、外部経済効果が大きい産業で のもとで拡大する資本移動のなかで、直接 は、この世界大の外部効果を享受すること 投資に比べて短期的な変動性(ボラティリ が決定的に重要になる。 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 情報技術産業では、デファクトスタンダ グローバル化が先駆的に起こって、実物セ ード(事実上の標準)を確立した企業が、 クターに多大な影響を及ぼし、全体的なグ グローバル経済化によって規模の経済が働 ローバル経済化を牽引している。 く範囲が地球規模に拡大しているため、世 この資本市場のグローバル化の強力な推 界的に独り勝ちする傾向が生じており、膨 進力として働いているのは、モノやその他 大な収益を得るようになっている。また、 のサービス分野におけるグローバル化と同 ハイテク産業ほどではないが、サービス産 じく、規制の撤廃・緩和と情報技術革新の 注4 業の多くにこの特徴が見られる 。 このようなデファクトスタンダードは、 進展である。とりわけ、情報技術革新の影 響が大きい。また、資本市場のグローバル マイクロソフト社のように特定の少数の企 化のもう1つの大きな要因は先進国におけ 業が主導して形成される場合と、通信分野、 る高齢化の進展による年金基金の増大と、 電子現金などのように多数のパーティー間 その国際分散投資の拡大である。 の交渉によって形成される場合とがある。 グローバル経済化、特に資本市場のグロ 前者では、急速な技術革新分野が中心で、 ーバル化は、コーポレートガバナンス(企 技術力、起業力に秀でた米国企業に比較優 業統治)の経路を通じて、企業経営環境に 位がある。一方、後者では、交渉の積み重 大きな影響を及ぼす。また、そのもう1つ ねによる社会的スタンダードの形成という の側面は、グローバル資本市場が国内金融 側面が強く、欧州に比較優位がある。 市場と違って政府の監督下にないことから このようなデファクトスタンダードの一 種として、言語のスタンダードがあり、情 もたらされる、金融システムの不安定化の 増幅である。 報化が進展するなかで重要性を増してい る。ソフトウェア、コンテンツなどにおい て言語と不可分なものが多い。 現状では、英語が圧倒的な重要性を持っ (2)資本市場によるガバナンスの強化 広義のコーポレートガバナンスは、顧客、 取引先、従業員、地域コミュニティ、政府、 ている。映像、音楽などでは、英語市場が 銀行、株主などの企業のステークホールダ 規模の経済の点で圧倒的に有利である。将 ー(利害関係者)が行使する企業経営への 来的には、中国語圏が重要性を増すと見ら 規律をいう。狭義のコーポレートガバナン れ、このことが多くの企業が中国市場に参 スは、企業の法的な所有者である「株主」 入する誘因となっている。 が企業に対して行使する規律をいう。 わが国では、従来、広義のコーポレート 2 資本市場のグローバル化が 強く影響 (1)ネガティブな面も含めて大きな影響 現在のグローバル経済化の際立った特徴 は、資本市場のグローバル化が、その撹乱 ガバナンスの考え方が支配的であり、メー ンバンク制のもとで銀行による財務規律の 行使が、また長期雇用制、系列システムの もとで従業員、取引先による規律の行使な どが強く意識されてきた。 的な面も含めて、きわめて大きなインパク 一方、米国では、以前から広義あるいは トを及ぼしていることである。資本市場の 狭義のどちらのコーポレートガバナンスを グローバル経済化と日本型企業システム 41 優先するべきかについての論争が展開され てきた。近年では、1970 年代、80 年代の企 業パフォーマンスの悪化への反省と資本市 場の拡大により、狭義の株主による規律を 最優先させるべきだとの意見が優勢になっ ている。 グローバル経済化のもとで進行する資本 市場のグローバル化は、企業のステークホ ている。 ①これまでの国・地域単位の産業構造か ら世界単位の産業構造への転換 ②生産要素において比較優位を持つ国・ 地域への産業立地 ③インフラ、産業集中、市場規模、税制 などの外部経済性の強い国・地域への 産業立地 ールダーのうち、投資家の力を著しく強大 ④世界的な競争優位を持つ企業への集約 化させ、企業への狭義のガバナンスを強化 ⑤異業種間の参入の活発化 するように働く。情報の開示とともに、企 これらのうち③は、国・地域の主に競争 業に対する株主価値の極大化、端的には収 優位を意味するので、①∼④をまとめると、 益向上への圧力が格段に強まっている。今 国・地域の比較優位・競争優位、企業の競 や、政府・企業が情報の開示を怠り、健全 争優位が、世界的な産業再編の軸となって な財務内容を維持していないと、資本市場 いるといえる。 からの評価が低下し、資金調達はきわめて むずかしくなる。 昔から資本市場が発達し、情報開示が進 (2)国の「比較優位・競争優位」と企業 の「競争優位」 んでいた米英を中心とするアングロサクソ 「比較優位」「競争優位」という2つの概 ン諸国に比べて、現状では、間接金融中心 念を明確に分けることは困難であるが、比 であった欧州大陸と日本の企業の情報開示 較優位は自然に、あるいは長期間の蓄積に は、一般的にきわめて不十分である。この よって備わった優位性であるのに対して、 ため、資本市場のグローバル化に伴う間接 競争優位は経営資源を戦略的に組織化する 金融から直接金融への変化とともに、米国 ことによって獲得した競争上の優位性であ 的なガバナンス構造のグローバル化が進展 るといえよう。 している。 グローバル経済化の環境のもとで、企業 は、国・地域が比較優位を持つ労働・天然 3 国際的な産業・企業再編の 加速 (1)再編の原則 42 資源などを最適に組み合わせて組織化する ことによって、他の競合企業に対して自ら の競争優位を確立しようとする。たとえば、 グローバル経済化の進展は、世界的な産 日本企業であるソニーが競争優位の確立を 業再編を促している。グローバル経済化は、 目指して、米国の創造的人材における比較 ほとんどの製造業、商業、および輸送・通 優位、マレーシアの労働力における比較優 信、ビジネスサービス、パーソナルサービ 位を活用し、米国で研究開発、マレーシア スなどのますます多くのサービス産業に直 で組み立てを行うといった行動である。 接的、間接的に影響を及ぼしている。この したがって、グローバル経済化に対応し 変化は、次のようないくつかの原則に従っ た産業構造の世界的再編は、基本的には、 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 各国の比較優位をより鮮明に反映したもの となる。多国籍企業が中心になって組織化 Ⅲ グローバル経済化への対応を 迫られる企業経営 することにより、先進的な国・地域が知識 集約的な産業・工程を分担し、途上国が労 グローバル経済化によるこのような企業 働集約的な産業・工程を分担するというパ 経営環境の変化に対して、企業は競争優位 ターンが典型的である。新しい産業の生成 を維持・強化するために経営の大きな変革 によって、労働集約的産業の途上国への移 を迫られる。この企業経営の変化の方向と 転の穴を埋められるかどうかが、先進国経 しては、①規模の経済の世界単位化への対 済の盛衰の鍵を握る。このような産業の立 応、②世界単位での経営資源の組織化によ 地を促進するためのインフラ、規制、税制 る効率化・迅速化の推進、③急速なコモデ などの外部経済効果を高めて、国の競争優 ィティ化に対応するための製品・サービス 位を確立できるかどうかが問われる。 の差別化──がある。 国際的な産業構造再編に関する1つの重 要な視点は、情報・流通ネットワークにお けるこのような外部経済効果(集積効果) 1 世界単位の規模の経済と 経営資源の組織化の追求 の要因から、産業構造がセンターと周縁か グローバル経済化による国境・距離の制 ら構成されるというパターンを描きがち 約が大きく低下することに対応して、世界 で、また、そのなかでセンターに利益が集 単位で規模の経済と経営資源の組織化を行 中しがちだということである。さらに、周 うことが必要になる。規模の経済が強く働 縁部のなかでは、センターとのネットワー くなかでは、従来の国単位の規模では、た クの緊密なところほどメリットが大きいこ とえ国内でも生き残ることがむずかしくな とがあげられる。 る。このような産業では、国内市場に基盤 端的には、金融サービスセクターにおい ては、ニューヨーク、ロンドンがセンター をおいて座して死を待つか、広域単位の組 織化を推進するかの選択を迫られる。 であり、アジア地域では東京、シンガポー ル、香港が周縁部でのサブセンターであろ 2 効率性・迅速性の競争 う。情報技術産業においては、シリコンバ グローバル経済化に伴う環境変化は、企 レーなどがセンターであり、これとの人的 業に効率性、迅速性を同時に達成すること ネットワークの強い台湾、バンガロール、 を要求している。効率性の向上の目的から、 イスラエルなどが周縁部に所在するサブセ 事業ポートフォリオをコアコンピタンスに ンターであろう。 集中する動きが世界的に強まっている。 このことは、企業の国籍ないしは本拠地 このコアコンピタンスへの集中は、資本 が、グローバル経済化が進展するなかでも 市場からの要請に直接的にこたえて資本効 依然として重要なことを意味する。ここが 率の高い事業に集中するという側面と、ネ 情報の結節点として機能して、ここに本拠 ットワーク経済効果を享受するために全体 を置く企業に有利に作用し、付加価値が集 のバリューチェーン(価値連鎖)注 5 のなか 中する傾向があるからである。 で自らが競争優位を持つ事業分野に特化す グローバル経済化と日本型企業システム 43 るという側面とがある。現実には、この2 食品メーカー、ユニリーバ社では、役員会 つの側面が別々に独立して、あるいは相互 の構造の複雑さが迅速な意思決定の障害に に関連して追求されている。 なっていたとして、7人のメンバーからな まず、グローバル資本市場は、グローバ るエグゼクティブコミッティ(最高経営会 ル経済化による競争と相まって、企業の資 議)が戦略を決定することとし、14 の事業 本効率向上への圧力を強める。収益率の低 部門の長(プレジデント)がこのコミッテ い事業を整理・縮小して収益性の高い事業 ィに通常業務の権限を委譲した注 6。 に集中することを求める。1980 年代の米国 このような状況変化に対して、刻々と軌 において、企業のコアコンピタンスへの集 道修正できるような企業モデルが求められ 中とそれ以外の業務のアウトソーシングを ている。このなかで、現在有効な暫定的な 促すきっかけになったのは、資本市場から 事業モデルによって事業を行いつつ、つね のこのような圧力であった。 にその有効性をモニターして事業モデルを そして、グローバル経済化が情報技術革 環境変化に対して修正していく必要があ 新を最大の推進力として起こっているた る。この意味で、従来に比べて事業のモニ め、効率性の向上は同時にアウトソーシン ターシステムがはるかに重要になってきて グなどネットワーク経済効果の追求によっ いる。国際的なレベルにある会計システム て達成される。このような情報技術を活用 は、何もグローバル資本市場の投資家を満 した効率化戦略は、同時に迅速性(スピー 足させるために必要なだけでなく、このよ ド)の加速をもたらすから、迅速性の競争 うなモニター機能を強化するためにきわめ も同時に発生する。このような迅速性は、 て重要な役割を担う。 企業がグローバル経済化による事業環境の 不確実な環境に対しては、「計画」より 変化の加速に対応していくうえからも、絶 も「ビジョン」や概念構成が重要になろう。 対に必要である。 トップの知的リーダーシップがいっそう重 一方、情報技術分野では、収穫逓増の法 要になる。 則が働く傾向があるものが多く、またネッ トワーク経済効果から顧客ベースの規模の 重要性が高いので、支配的なシェアを先行 して握る先行者利益が強く働く傾向があ (1)差別化の必要性の高まり グローバル経済化によって、従来の保護 る。このため、迅速な事業の立ち上げと、 障壁、系列関係取引などの囲い込みによる 規模の急速な拡大が重要になる。このよう 利潤確保が困難になり、製品・サービスの な戦略のためには、米国におけるような、 コモディティ化が加速されるので、企業が リスク資金を潤沢に供給する効率的な資本 利益を上げていくうえで製品・サービスの 市場の存在と、その活用が決定的に重要に 差別化による利潤追求が重要性を増す。こ になっている。 のため、顧客志向の差別化、ローカル市場 企業行動の迅速化をもたらすうえで、経 44 3 動態的差別化の必要性 志向による差別化などの戦略がとられてい 営陣のスリム化とトップマネジメントのリ るが、イノベーション(技術・経営革新) ーダーシップの重要性が強まる。英蘭系の による差別化がその中心になる。 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 ただ、情報技術革新や工業技術の成熟・ の激化とも無縁である。高齢化の影響も加 安定化によって技術やノウハウの移転が容 わった先進国経済のサービス化のなかで、 易になるので、1つの技術革新から長期に 途上国に流出した非熟練労働力への需要の わたって利益を享受することは困難にな 回復にもつながる。 る。その結果、継続的に技術革新を行うシ 一方、多国籍企業の観点からは、グロー ステム(イノベーションシステム)を確立 バルベースの組織化のなかで、各市場ごと して、動態的格差を維持することが不可欠 にカスタム化した製品を開発・投入して差 になる。 別化することが重要になる。このため、各 成熟した工業技術分野における差別化は 特にむずかしく、イノベーションによる差 市場対応型のグローバルな研究開発体制の 構築が課題となる。 別化は、情報技術分野を中心に行われる。 (3)イノベーションによる差別化 (2)顧客・ローカル市場志向の差別化 企業における創造性の発揮のためには、 情報技術革新の進展、工業技術の成熟・ 第1に、企業内で、あるいは外部とのネッ 安定化によるコモディティ化の進展と、グ トワーク化によって、いかに優秀な人材を ローバル経済化による供給力の拡大とによ 確保し、このような人材に創造性発揮のた って、製品販売による差別化利益を獲得す めに十分なインセンティブを与え、このよ ることが困難になるなかで、アフターサー うな人材をいかに組織化するかが鍵を握 ビスなどの顧客サービスによる顧客情報の る。国内のみの調達には限界があり、グロ 差別化に利益源を求める企業行動が増えて ーバルな知的人材の調達が重要性を増す。 いる。 第2に、イノベーションのためには、知 米国の IBM 社、GE(ゼネラル・エレク 的創造能力と企業家精神を持ったマネジメ トリック)社、ゼロックス社といった大手 ント能力との結合が重要である。事業にお 企業は、サービス収入のウエートを上げて、 いては、創造性だけでは不十分であり、こ 顧客関係をベースとした差別化利益を上げ れを実際の企業行動によって商品化、事業 ることを志向している。 化する必要がある。研究開発などにおける また、グローバル経済化によっても外国 企業との競争が比較的起こりにくいローカ ル市場に特化して利益を得るアプローチ も、もう1つの方向である。 創造性と企業家精神、ビジネスリテラシー (企業経営知識)との結合が必要である。 第3に、イノベーションのコアを形成す るローカルネットワークとのリンクが重要 米国では、旅行等のレジャー、特別ヘル になっている。知識創造型の産業では、異 スケア、介護、会計、住宅修理、その他専 質の知識や情報との結合によって付加価値 門サービスなどの需要が、ローカル市場に が高まっていくという、ネットワーク外部 向かうと見られる 注 7 。このような産業は、 経済性が強く働く。したがって、企業外の ローカルな需要に対するものであり、あま イノベーションシステムへのリンクが重要 り高度な労働者の技能を要求しないものが である。この点で、イノベーションのコア 多い。また、グローバル経済化による競争 を形成しているシリコンバレーなどのロー グローバル経済化と日本型企業システム 45 カルネットワークへのアクセスが特に重要 で、この体現者は知識の習得に投資リスク である。 を負う。したがって、企業はその体現者に 第4に、企業における創造性は、研究開 対して特別に報いるべきであり、その方法 発部門のような狭い分野でとらえるべきで は企業のパフォーマンスにリンクしたもの はなく、営業部門、事務部門も含めた広い にするべきだとされる。グローバル資本市 分野でとらえるべきである。横断的でシス 場のもとで強化される狭義のコーポレート テマチックなアプローチが重要になる。 ガバナンスの要請により、このパフォーマ ンスは、株主価値で測るべきだということ 4 インセンティブシステムの 改革 になる。 このような観点から、米国では、コンサ グローバル経済化に伴う環境変化に対し ルタントはコアコンピタンスの体現者にス て企業が競争力を維持するためには、イン トックオプション(自社株購入権)を提供 センティブシステム(報酬などによる従業 することを勧めている。経営者や製品開発 員の動機付けの仕組み)における適切な対 担当の高級エンジニアなどがこの対象とな 応を必要とする。グローバル経済化のもと ろう。 でのイノベーション活動、迅速な企業行動 の重要性の高まりは、知的労働者の効率性 Ⅳ 企業モデルへの影響 への需要を高め、それを実現するためのイ ンセンティブシステムの重要性を高める。 資本市場の要請にこたえて起こるアウトソ グローバル経済化は、企業の組織構造に ーシングも、従業員のインセンティブシス さまざまな側面で影響を及ぼし、その結果 テムの変化を迫り、企業における報酬体系 として形成される企業モデルは、企業の生 に影響を及ぼしている。 産性に大きな影響を及ぼす。文化的背景に インセンティブシステムの変化を迫る要 も影響されるこのような企業組織のあり方 因として、情報化の進展を反映して前述の は、資本集約度、利用可能な技術といった ように企業固有の知識の重要性が低下し、 要因よりも、生産性の国際的な違いに影響 普遍的知識の重要性が高まっていることが を及ぼすとされる注 8。グローバル経済化と 大きいと考えられる。企業固有の知識に基 の関連からは、次のような企業モデルの方 づかない普遍的知識に基づく業務はアウト 向性が考えられる。 ソーシングの対象となり、このような普遍 ①市場、生産構造のグローバル化に対応 的知識の体現者には流動的な労働市場が存 して、組織のグローバル化(トランス 在し、したがって企業は市場価値を支払う ナショナル化)が進展する。 べきであると考えられる。 一方、企業固有の知識に基づく業務は、 ②グローバル資本市場の効率化の要請か ら、企業は、自己のコアコンピタンス コアコンピタンスとして企業内に保持され に集中して、ダウンサイジング、アウ るが、このような企業固有の知識に対して トソーシングを推進する。 の市場価値は低いかもしくは一定しないの 46 1 企業モデルの方向性 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 ③情報技術革新に対応して、ネットワー ク化に適した組織、また変化の加速に 本社部門による統合機能の両面が重要にな 対応した俊敏な経営に適した組織への る。このようなトランスナショナル企業の 変化を推進する。 代表的なものとしては、スイスに本社を置 ④グローバルな競争の激化による独占的 くABB(アセア・ブラウン・ボベリ)社が 利益の享受機会の減少に対応して、事 あり、事業、国の2つの軸からなるマトリ 業の差別化の必要が強まる。事業の差 ックスマネジメントなどのモデルを提供し 別化の本筋が継続的なイノベーション ている。 なので、このための知識創造機能を強 化するように要請される。 トランスナショナル企業のメリットは、 規模の経済効果が享受できる点と、組織内 ②と③は、相互に絡み合いながら形成さ の情報の伝達が迅速にできる点、また、組 れているので、以下にはコアコンピタンス 織内の重複を避けられる点、グローバルに 集約型組織としてまとめた。実際の企業は、 多様な創造的人材の登用ができる点などで このようなさまざまな企業モデルの側面を ある。多国籍企業と違って多くの重複する 併せ持った企業組織を形成しようとするだ ローカル組織を持つ必要がないため、重複 ろう。以下の議論で明らかなように、これ によるロスを排除してコストダウンを実現 らのモデルはいずれも、ネットワーク型組 しうる。このような統合による重複の排除 織、知識創造・企業家活動のための権限の は、コンピュータ技術のメインフレーム環 委譲などの共通点を有している。 境からパソコンなどのネットワーク環境へ の変化によって可能になった。 2 トランスナショナル化 市場、生産構造のグローバル化を反映し 3 コアコンピタンス集約型組織 て、特にグローバル大企業を中心に、情報 上述のように、グローバル経済化の進展 技術革新の進展による情報通信手段の発達 によって、①資本市場によるガバナンスか を活用して、従来の国・地域単位の組織構 らの圧力と、②情報技術革新や規制緩和に 造から、世界単位の機能ベースの組織構造 よるバリューチェーンのネットワーク型再 へと転換する動きが見られる。このような 編の圧力──という2つの推進要因が単 組織は、トランスナショナル組織と呼ばれ 独で、あるいは相乗的に作用して、コアコ る。現実には、世界は一体化にはほど遠い ンピタンスに特化した組織のスリム化を迫 ので、グローバル単位の組織と国などのロ っている。 ーカル単位の組織との折衷的な企業組織 が、モデルを提供している。 このスリム化に際しては、前述のように ①水平的な業種別事業ポートフォリオの集 トランスナショナル組織では、本社と海 約化という側面、②垂直的なバリューチェ 外拠点間に経営資源を分散させて、ローカ ーンのなかでの機能特化という側面──の ル市場への適応を図りながら相互に依存・ 2つの方向性があり、現実の組織はこの両 調整しあう「統合ネットワーク型組織」と 面を併せ持っている。 注9 して機能する 。ローカル・現場レベルへ たとえば、①のモデル企業である GE 社 の権限の委譲と、グローバルな少数精鋭の は、これまでに証券部門、航空機部門、テ グローバル経済化と日本型企業システム 47 レビ部門など大々的な売却を行っている。 ンピュータ社があげられる。 これらの事業が、資本コストを賄えるリタ ーンを産むという基準、また所属する事業 部門で1位か2位になれるという基準を満 前述のように、グローバル経済化のもと たさなかったことを理由としている。同時 では、継続的なイノベーションを行って動 に、航空機エンジン、GE キャピタル社な 態的な差別化を図っていくことが、利益確 どのコア部門に集中して投資・買収を拡大 保、企業成長の基本的な方向になる。この している。このような選択の基準は、基本 ために知識創造型企業が有力な企業モデル 的には収益性であり、事業相互間の関連性、 としてあげられる。 相乗効果との関係は薄い。 創造的活動の企業家精神との結合にふさ また、食品メーカーのユニリーバ社とネ わしい企業形態として、ベンチャー企業の スレ社(スイス)も、事業分野を絞り込み、 役割がここでも大きい。一般的にいって、 各部門への権限委譲を進め、製品開発、マ イノベーションには小規模でフラットでイ ーケティングにおける革新とコア製品群へ ンフォーマルな組織が向いており、大企業 の資源集中を志向している。 よりも小企業が向いているからである。ま 一方、②については、前述のように電子 た、ベンチャー企業経営者にキャピタルゲ 産業では、バリューチェーンのなかの個々 イン確保の機会を与えるハイリスク・ハイ の段階においてデファクトスタンダードを リターン型の資本市場、企業市場(M&A) 握る企業に収益が集中するので、この部分 の存在が重要な役割を担う。これらの点で、 に特化してそれ以外をアウトソーシングす 米国のイノベーションシステムが優位にあ る傾向が見られる。たとえば、米国テキサ る。 ス・インスツルメンツ社は、DRAM(随時 そして、大企業も含めて、変化が加速し 書き込み読み出しメモリー)事業をすべて 不確実性を増すグローバル経済化の環境に マイクロン・テクノロジー社に売却し、モ 対応し、また継続的な知識創造活動を展開 トローラ社も DRAM 事業から撤退してい していくために、企業を継続学習システム る。日本でも、総合電機企業などにおいて として位置づける必要がある。 これに対応した組織の再編が進展しつつあ る。 また、②のような全く新しい組織形態は、 48 4 知識創造型の組織構造 グローバル経済化のもとで、情報技術革 新の進展によって次々と新しいビジネスモ デルが現れるなかで、企業は自ら新しいビ 既存の企業を改革して形成するよりも、新 ジネスモデルを展開し、それを試してみる 興企業として組織する方がはるかに容易で 必要がある。そのモデルが機能するかどう ある。このため、巨大企業よりも機動性を か、また一時期機能したとしても、それが 持つベンチャー企業が主導権を握る傾向が 機能しなくなりかけていないかを、早い段 顕著になっている。このような情報技術革 階で認識して、修正を加えていく必要があ 新の本質であるネットワーク組織を企業モ る。継続的な学習によって、変化につねに デルに取り込んで成功した代表的な企業と 創造的に対応していく柔軟な企業システム して、米国のパソコンメーカー、デル・コ が要求される。 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 ロンドン・ビジネススクールのゴシャル らは、多角的で暫定的な構造、ダイナミッ Ⅴ 日本型企業システムの 機能低下と改革への胎動 クなプロセス、変化に対応する態度によっ てこのような柔軟性が発揮されると考え、 情報技術革新を核としたグローバル経済 新しい知識創造型の企業モデルとして、個 化の進展による富の形成の態様の変化によ 人の自発的な創造的活動を引き出す「個人 って、従来米国企業に不利に働くとされて 化企業(Individualized Corporation)」を いた点がかえって有利に働くように変わ 提唱している 注 10 。 彼によると、この改革は近年、GE 社の ジャック・ウェルチや ABB 社のパーシ り、逆に従来日本企業とシステムに有利と されてきた点がかえって不利に働くように なってきている。 ー・バーネヴィクによって始められたもの これまでの議論で見たように、グローバ で、テーラー主義の原則のもとに 1911 年頃 ル経済化に企業が適応するに当たって重要 に GM(ゼネラル・モーターズ)社のアル な能力としては、効率性、迅速性、柔軟性、 フレッド・スローンやデュポン社のピエー 知識創造能力、ネットワーク化能力があげ ル・デュポンが行った企業改革以来の重要 られる。このような能力に関しては、現状 な改革だという。 では日本企業は、米国企業などに比べて相 このモデルは、従業員は企業付加価値創 造の主要な推進者であるとして、彼らの企 当劣った状況にあると考えられる。この背 景として、以下のような点があげられる。 業家精神を最大限に引き出そうとするもの である。このためには、権限委譲による従 1 縦割り型企業組織の不備 業員の当事者意識に基づく企業家活動を促 日本の縦型社会を反映しているのであろ す必要がある。また、このような分散した う、縦割り型企業組織が企業あるいはネッ 企業家活動が混乱に陥らないように、①自 トワーク組織全体としての効率の向上を阻 己規律、②明確な規範、③情報への自由な んでいる。 アクセス、④メンバー間の比較と競争── これまでの単独会計制度、親会社中心の という環境が提供されなければならないと 企業経営などが、企業全体、あるいは他社 認識されている。 も含めたバリューチェーン全体のシステム 個人企業モデルでは、このように分散と としての効率性への取り組みを阻害してき 集中のバランスが問われる。これを組織全 た。また、このような系列組織などのマネ 体で推進していくうえで、従業員の情報へ ジメントが人的関係に依存してきたこと のアクセスが必要であり、水平的な情報の も、情報技術革新の成果を取り入れること 流れを実現するように、コミュニケーショ を困難にしている。情報社会に適したネッ ンチャネル、人的関係、情報システムなど トワーク型組織に必要な開放性、人間関係 を整備する必要がある。また、上下間の知 によらずに、標準プロトコル(規約)を通 識の共有による信頼関係の醸成に努め、透 じた協働能力、迅速性などを欠く結果とな 明性と開放性、公正と公平、価値の共有を っている。 つねに強調する必要があるとされる注 11。 情報技術革新により、バリューチェーン グローバル経済化と日本型企業システム 49 全体を自社グループに取り込んだ、これま 大きな役割を担うベンチャー企業と、 での日本企業のような総合型組織は有効性 その資金調達力が弱い。 を低下させる一方、コアコンピタンスに特 ③ベンチャーのみならず大企業でも、ビ 化して、それ以外の機能を資本関係ではな ジネスリテラシーの向上が必要であ く契約関係のもとでアウトソーシングして る。この点で、米国のビジネススクー 外部組織から調達する、いわゆるバーチャ ルの果たす役割が大きいと考えられる ル企業型の組織の有効性が強まる。 が、わが国ではビジネススクール、商 日本人の現場主義、暗黙知重視、形式知 軽視の傾向も、このような効率化へのシス しかし、このような問題に対応した改革 テマチックな取り組みの障害になっている の動きも出始めている。大学との協力関係 と思われる。また、縦割り型組織を束ねる に関しては、工業系私立大学が、学校法人 本社機構、経営トップなどの上層マネジメ 自らの出資でベンチャー企業の設立・育成 ントの弱さも、企業の効率性、迅速性の障 に動きだしているし、1998 年に制定され 害となっていると考えられる。 た技術移転促進法に基づく技術移転機関 しかし、このような問題点に対しては、 (TLO)が、6つの大学で発足している。 解決への動きが高まっている。持株会社 また、最近になって社会人を対象としたビ 化・分社化、連結会計制度の導入、株式の ジネススクールを新設・拡充する大学が増 持ち合いの縮小による系列の弱まりなどが 加している。さらに、ベンチャー企業に対 あげられる。さらに、経営の迅速化を目的 しても種々の助成策が打ち出されている。 として、執行役員制や年俸制の導入による 一方、ナスダック・ジャパン計画に見ら フラットな組織構造の実現などの対策を打 れるように、新興企業を対象とする資本市 ち出している。 場においても競争原理が働き始めている。 2 イノベーション志向の不足 3 インセンティブシステムの グローバル経済化のもとでの製品・サー ビスの急速なコモディティ化に対応して、 50 学部の数が少なく、地位も低い。 機能低下 グローバル経済化に対応する従業員への その差別化を行うための王道がイノベーシ インセンティブシステムにおいても、日米 ョンであるが、わが国の企業システムには 逆転現象が起こっている。 その志向が弱いと考えられる。情報技術革 1970 年代頃までは、日本の従業員参加型 新の進展によって重要性が高まる普遍的知 の経営の方が、米国のトップダウン型経営 識の発信源である大学のレベルが低いこと に比べて、特に製造業を中心にワーカーク も問題だが、それ以上に知識の産業化の面、 ラスの従業員のモチベーションの点で有利 すなわち知識創造能力と企業家精神との結 に展開してきたと考えられる。しかし、 合において、日本の企業システムに問題が 1980 年代央以降の米国企業における従業員 あると思われる。 持株の増加などの経営改革によって、この ①大学との協力関係が弱い。 分野でも米国の巻き返しが起こっている。 ②情報化社会におけるイノベーションで 特に、情報化社会で重要性を著しく増した 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 知識労働者に対して、ストックオプション 規律が強まっている。この背景には、外国 の提供などによるインセンティブを強化し 人投資家の影響力が強まっていることがあ ている。これに対し、わが国におけるグロ る。また、企業自体が、グローバル資本市 ーバル経済化、情報社会化に対応したイン 場における資金調達力を強化するという目 センティブシステムの本格的な改革は遅れ 的に加えて、自らを発達したコーポレート てきた。 ガバナンスに従属させる必要性を求めて行 しかし、このような改革の遅れに伴うイ 動を起こし始めている。 ンセンティブシステムの機能低下が、企業 トヨタ自動車、オリックスなどの多国籍 のパフォーマンスの低下と企業リスクの増 企業自身が、グローバルな競争に適応する 大に結びついているとの認識が強まってき ために、より厳格な国際基準のガバナンス ており、改革への動きが出始めている。年 を求めて、ニューヨーク証券取引所に上場 俸制の導入が多くの企業で行われており、 する例が目立ち始めている。また、富士ゼ パフォーマンスに応じた報酬システムへ転 ロックス、ソニー、NTT、ソフトバンク、 換する動きが起こっている。 三和銀行など、社外取締役を導入する企業 また、わが国でも、ストックオプション が増加している。 の導入に向けた動きが広まっている。 5 国際ネットワーク機能の 4 コーポレートガバナンス機能 の相対的低下 株式持合制などにより株主の権利を制限 脆弱性 グローバル経済化のなかで、情報技術産 業を中心に外部経済性の重要性が増大し、 し、従業員の権利に主に配慮した日本型の これを世界的規模で享受する必要が強まっ コーポレートガバナンス・システムは、従 ている。すなわち、オープンな経済システ 来、一般社員のモチベーションを高めて、 ムを持ち、国際的なネットワークを強化す 自動車、電機などの大規模組み立て産業で る方が、企業にとって有利に働く。これに は優位性を発揮してきた。一方では、資本 対して、従来のわが国のフルセット型産業 市場を通じた資本効率向上へのガバナンス 構造志向、系列志向の産業・企業システム が働かず、組織の膨張を招き、過剰人員、 は、適合性を欠くようになってきている。 過剰投資体質に陥りやすい欠点も内包して いた。 このような構造は、1970 年代における日 国際ネットワーク機能の観点からは、わ が国への対内直接投資が極端な低水準にあ ることが、日本の産業構造をきわめて脆弱 本経済の成長率の屈折によって転換を迫ら なものにしている。IMF(国際通貨基金) れる局面にあった。しかし、1980 年代のバ の統計によると、1996 年の対内直接投資残 ブル経済によって問題が隠蔽され、より深 高の対GDP(国内総生産)比は、米国16.0 刻化し、バブル崩壊後の 90 年代に一気に表 %、ドイツ 3.8 %、英国 21.6 %、フランス 面化した。 26.6 %に対し、日本は 0.7 %にすぎない注 12。 ここにきて、資本市場のグローバル化に 閉鎖的な経済システムをとってきた日本 より、わが国でも資本市場による企業への は、対内直接投資の環境が最悪だと投資家 グローバル経済化と日本型企業システム 51 から認識されている。 かし、これに成功したとしても、競争相手 しかし、近年の日本経済の大きな構造変 も同じことを行っているのだから差をつけ 化のもとで、状況はいくぶん改善されつつ ることがむずかしく、何らかの差別化を行 ある。土地、株式価格の下落による割高感 わなければ、これらの戦略は利益の源泉と が低下したこともあるが、上記の系列関係 なるわけではない。 の弱まりなど、わが国企業システムの開放 とはいえ、この効率化・迅速化への対応 性が高まったことが大きい。このような背 を行わなければ、コスト、納期などで差を 景から、わが国の対内直接投資は近年急速 つけられて、グローバルな競争からの落伍 に増加し、特に金融などのサービス産業を を余儀なくされよう(先行してこれを行い、 中心にM&Aによるものが増えている。 支配的なシェアを獲得してブランドを確立 するなどして競争優位を構築できれば、こ Ⅵ グローバル経済化と 日本企業の経営課題 れは攻撃的戦略となりうる)。 このような防御的戦略、攻撃的戦略を併 せて行うような企業モデルの創造が、日本 前述のようなグローバル経済化への不適 企業にとっての大きな課題となろう。そし 合から、日本の企業システムは変貌を迫ら て、企業戦略の遂行に当たっては、システ れている。現在議論されている多くの改革 マチックなアプローチを強化することが必 案は、先進国のなかでグローバル経済化に 要であろう。このような背景としての、知 最も円滑に適応している、米国のシステム 的基盤の強化が重要であり、日本的なコー を取り入れようというものである。前章で ポレートガバナンス構造の確立が不可欠で 見たように、すでにこのような構造変化が あろう。 進み始めている。しかし、米国は米国特有 の資源的・歴史的状況を背景にこの環境変 2 差別化戦略の徹底 化に適応しているのであり、わが国はわが グローバル経済化による製品・サービス 国の特質とその置かれた状況を反映した独 の急速なコモディティ化に対応するため 自の適応を必要とする。 に、差別化志向の強化が必要である。これ は、その志向が弱い日本企業にとって特に 1 グローバル経済化に適応する ための企業経営の課題 このような観点からグローバル経済化へ が王道であるが、さらにサービス事業、ロ ーカル化による差別化が重要であろう。 の日本企業の対応を考えるとき、防御的戦 モノ作りにこだわりを持ってきた日本企 略と攻撃的戦略に分けて考える必要がある 業は、サービス事業への取り組みが遅れて ように思われる。 きた。サービス事業の強化は、サービス経 グローバル経済化による競争の激化、資 52 重要性が高い。イノベーション能力の強化 済化が進展するなかでの成長分野への取り 本市場のグローバル化が迫る効率化、スピ 組みという側面もあるが、もう1つには、 ード経営競争への対応は、日本企業が生き グローバル経済化によって製品分野のコモ 残るためには避けて通れない道である。し ディティ化が著しく進展するなかで、サー 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 ビス分野は顧客との継続的関係の構築によ 連結経営、バリューチェーン・マネジメ る差別化によって利益を上げやすい分野だ ント、グローバル経営などは、いずれも全 という面がある。また、このような顧客と 体の効率を最適にするように、システマチ の継続的関係から得られるデータは、製品 ックなアプローチを必要とする。また、全 開発のイノベーションにも効果を発揮する 体のシステマチックなマネジメントのもと と考えられる。 では、リスクマネジメントがきわめて重要 GE 社が航空機エンジンや発電機の販売 な役割を果たす。特に、グローバル経済化 よりも、そのメンテナンス、アフターサー がもたらす環境の不安定化のもとで重要性 ビスなどの関連サービス分野で高い収益性 が高まっている。 を実現していることが知られている。これ このようなシステマチックアプローチに までのモノ作り中心の日本の製造業は、グ 関連する多くの分野で、財務戦略がきわめ ローバル経済化のなかで競争力を維持して て大きな役割を担うことになる。 いくために、その体質を転換していく必要 がある。 また、グローバル競争から比較的隔離さ れていて、特に顧客志向の差別化が可能な 分野として、今後、ローカル事業が重要性 ①バリューチェーン・マネジメントのな かで財務部門のマネジメントがきわめ て重要な役割を果たす。 ②リスクマネジメントでも財務戦略が大 きな役割を果たす。 を増してくると思われる。たとえば、高齢 ③資本市場のグローバル化により、資金 化と規制緩和で成長が期待される介護関連 調達面で高株価経営がきわめて重要に ビジネスはその一例であろう。 なってきており、この目的のために企 企業の国際展開においても、ローカル市 場の特殊性に対応した、現地での製品開発 業グループ全体を統合していくうえで も、財務戦略の強化が要請される。 強化の重要性が増している。日本企業のな かでも、海外子会社に研究開発部門を置い たり、海外研究所をつくったりする例が増 4 新しいコーポレート ガバナンス構造の確立 えている。特に、中国を中心に、アジア地 従来の日本の企業システムに見られたよ 域において現地市場に合った製品を開発し うな、株主の権利の軽視による資本効率の ていく必要がある。 低下は、是正される必要がある。 日本型のコーポレートガバナンスは、従 3 システマチックアプローチの 強化 業員の利害にあまりに傾斜し、このためそ の代表である経営者に対する規律が低下 暗黙知を重視し、部分的改良志向の強い し、結果的に株主の利害をあまりに軽視し 日本人の性質から、システマチックな取り てバランスを欠き、資本効率の低下を招く 組みはあまり得意でないと思われる。しか に至った。今後、このバランスを修正して し、日本企業がグローバル経済化のもとで いく必要があると思われる。このために、 競争していくためには、このアプローチを 資本市場への配慮を強める必要がある。ま 強化していく必要があると考えられる。 た、これに伴う情報開示の強化は、企業規 グローバル経済化と日本型企業システム 53 律を高めて企業の競争力を高めるうえでも 系列システム、終身雇用・年功序列制など 必要だと考えられる。 の日本型の企業モデルから、このような方 しかし、米国のように株主の権利一辺倒 向に向けて改革を行い、かつ日本社会の特 がよいかどうかは疑問である。米国型の企 質に根ざしたモデルを創造していく必要が 業・株主間の対立的な関係は、わが国の相 ある。これまでの日本型企業モデルは、情 互委任的な風土になじまず、モニタリン 報社会以前の段階で重要性の高かった企業 グ・訴訟コストなどをいたずらに大きくす 固有の知識を、日本的な縦社会的組織に暗 るリスクが存在する。 黙知として内部化するように仕組まれてい また、人々の価値観の変化、NGO(非政 たといえよう。最近、日本企業が相次いで 府機関)の発達などによって、環境、倫理 採用している分社化、持株会社化は、この などの視点からより広い視野で経営する必 ような日本的な土壌から上記のような方向 要性も高まってきている。約 10 年前に、米 に向かう移行期の組織再編として位置づけ 国型の短期的な資本効率の極大化に向けて られよう。 経営スタイルを転換した英蘭国際石油企業 日本企業の新しいモデルの形成に当たっ のシェル社が、ナイジェリアでの液化天然 ては、情報技術革新の効果を発揮する企業 ガス計画の発表や、北海油田の老朽設備の 組織の形成がとりわけ重要であろう。各内 海中投棄計画によって、環境保護団体によ 部組織の自律性を高め、かつ、ネットワー る不買運動で経営的に大きな打撃を被った ク組織全体を統合してトータルな効率を高 例がある 注 13 。 めていく必要がある。自らの事業分野はで グローバル資本市場の影響力が高まって きるだけコアコンピタンス分野に絞り込ん いる状況では、広い視野を持ちながら狭義 で特化して内部組織化するとともに、ネッ のコーポレートガバナンスへの配慮を強め トワーク組織間の関係をより独立的なもの ていく必要があろう。 にしていく必要がある。 日本の縦社会的土壌にフィットして成立 5 新しい企業モデルの創造 した企業間関係を、このような方向にどう 日本企業にとって、グローバル経済化が して変えていくのか、あるいはどう変わっ 要請する効率性・迅速性の競争、知識創造 ていくのかは大きな課題であり、また未知 を中心とする差別化などに対応する、新し 数の面が強い。 い企業モデルを創造していく必要が強まっ ている。第Ⅳ章で見たように、①トランス ナショナル化、②コアコンピタンス集約型 グローバル経済化の結果、日本企業は、 組織、③知識集約型の組織構造──という 戦後初めてともいえる企業システムの根本 グローバル経済化に適応する企業モデルの 的革新を迫られている。前述のように日本 3つの方向に向けて、新しい企業モデルの 企業はこのための行動を起こし始めてい 創造を試みていく必要があると考えられ る。これは、時価会計の導入であったり、 る。 年俸制、ストックオプションの導入であっ 日本企業は、これまでの親会社中心主義、 54 6 知的基盤の強化を 知的資産創造/ 1999 年 12 月号 たり、ベンチャー企業に対応した資本市場 の整備であったりする。 ただ、このような日本企業の取り組みは、 いかにも「形」から入る、暗黙知重視、形 式知軽視の日本的なアプローチのように見 注────────────────────── 1 1997年10月14日、アラン・グリーンスパン議 長のコネチカット大学での講演。 2 国連「世界投資報告1999」 3 同上 え、その限界も感じられる。企業システム 4 Arthur, p.107 には、制度補完性があり、部分部分を取り 5 購買、開発、生産、営業などの機能のつなが 入れたとしても、全体として有効に機能す るかどうかはわからない。たとえば、連結 会計制度は、株主重視のコーポレートガバ ナンスやシステマチックな思考などと分か ちがたく結びついている。 これまでのグローバル経済化以前の各国 企業システムが独立的で、工業技術を基盤 としていたときには、日本的なアプローチ が有効であった。しかし、今回のグローバ り。 6 Financial Times, September 11, 1996 7 Judy and D'Amico, p.6 8 川本明、48、49ページ 9 横野・歌代、5、6ページ 10 Ghoshal, pp.18−21 11 Ghoshal, p.19 12 対日投資会議専門部会「対日投資会議専門部 会報告──対日投資促進のための7つの提言」 1999年4月23日 13 『日本経済新聞』1999年2月18日 ル経済化は、個別システムの内部に入り込 んだより根元的な統合を要求している。ち 参考文献─────────────────── ょうど、1980 年代にトヨタ自動車の看板方 1 W. Brian Arthur, "Increasing Returns and 式などの日本的生産システムの挑戦を受け た米国が、官界・学会も含めてこれを徹底 的に分析して、これをよりシステマチック the New World of Business," Harvard Busi- ness Review, July−August 1996, pp101−109 2 Richard W. Judy and Carol D'Amico, Work- force 2020, Hudson Institute, 1997 にとらえ、情報技術を応用したサプライチ 3 Sumantra Ghoshal, "New Corporate Model ェーン・マネジメントのような革新を行っ Takes a Bow," Alumni News, Spring 1998, た例にならう必要がある。 このような取り組みを行うためには、わ が国の企業を取り巻く知的基盤は脆弱であ London Business School, pp.18−21(Sumantra Ghoshal and Christopher Bartlett, The Individualized Corporation, Harper Collins, 1997の内容の紹介) り、この抜本的な強化が必要である。この 4 川本明『規制改革』中公新書、1998年 脆弱性は、形式知を軽視し、知識を行政に 5 横野洋子・歌代豊「トランスナショナル企業 依存してきた日本企業の傾向を反映してい と異文化マネジメント」『IE レビュー』1996 年10月号、4∼11ページ る面がある。企業としては、形式知をより 重視して、バランスを是正するとともに、 著者───────────────────── 大学との協力関係、ビジネススクール、独 舛山誠一(ますやませいいち) 立的シンクタンクの拡充へのイニシアチブ 研究創発センター主席研究員 をとるべきである。また、情報の集積場所 としての資本市場の発達が知的基盤として 1969 年京都大学法学部卒業、1973 年カリフォルニ ア大学バークレー校経営学修士 専門はアジア産業発展論 重要な役割を果たす。金融ビッグバンを契 機とした資本市場の発達が望まれる。 グローバル経済化と日本型企業システム 55