...

分権化で問われる 総合型企業の本社機能

by user

on
Category: Documents
15

views

Report

Comments

Transcript

分権化で問われる 総合型企業の本社機能
NAVIGATION & SOLUTION
3
分権化で問われる
総合型企業の本社機能
渡辺 茂
最近、カンパニー制や純粋持株会社についての議論が盛んである。
組織論としてみると、カンパニー制や純粋持株会社制の内容は、
本来の事業部制そのものである。これらが注目を集めるのは、これまでの日本企業の
事業部制が中途半端に細分化され、明確な責任を問うだけの自己完結性が
与えられていなかったことに対応している。
純粋持株会社は、日本では「本当に徹底した」事業部制を実施するという
メッセージである。これらの分権化が進展すれば、とりわけ事業分野が拡散した
総合型企業の本社は、本社機能の付加価値が改めて問われることになる。
事業を入れ替えるポートフォリオ戦略と幹部人事などのガバナンス(統治)機能とで
複数事業を束ねるだけのコングロマリット型の本社には、投資家が付加価値を
認めないからである。コングロマリット型本社を超える付加価値を傘下の事業に
付与する能力がなければ、純粋持株会社本社が不採算本社として
消滅の対象となるだろう。
44
知的資産創造/ 1999 年 4 月号
Ⅰ 分権化される企業の内部組織
図1 企業の内部組織
1 日本企業に多い
不完全事業部制
企業の内部組織は、大きく機能別組織と
事業部制組織とに分けられる(図1)。
機能別組織(functional organization)の
企業は、製品の開発、生産、販売などの機
完全事業部制
イ
ン
セ
ン
テ
ィ
ブ
不完全事業部制
機能別組織
能を担う部門に区分され、それぞれの活動
は経営者によって統合される。
事業部制組織(divisional organization)
は、企業内に、開発、生産、販売などの機
規模の利益
出所)野村総合研究所
能を備えた複数の独立した事業部をつくっ
て、権限を委譲するとともに、利益責任を
し、「これには時間が必要だった。それま
持たせる制度である。権限委譲による責任
で事業の発展に応じて、どの工場でも空い
の明確化と、市場や顧客ニーズへの迅速な
ているスペースに次々と新しい生産ライン
対応を図ることがねらいである。
を組み込んでいったため、カメラ、事務
ボトムラインの責任を問う事業部制は、
機、光学機器が雑居状態で生産されてい
本来、結果の責任を負えるだけの権限を事
た。そこで新たに専門工場を設けるなどし
業部長が持っていることが前提である。た
て、工場ごとに製品を分け、そのうえでカ
とえば、他部門で生産された部品が高けれ
メラ、事務機、光学機器の製品別事業部体
ば社外から購入する権限が、よく例に引か
制を作りあげていったのである」(賀来龍
れる。
三郎「私の履歴書」『日本経済新聞』1993
ところが、日本企業を観察すると、おも
しろいことに、開発や生産の機能を持たな
年3月21日)。
事業部制は、こうしたコストをかけて、
い販売事業部、販売機能を持たない生産事
さらに生産などの規模の利益を犠牲にして
業部が多く見られる。これらの事業部は、
も、責任の明確化によるインセンティブ効
自己完結的でなく、業績が自らの権限の及
果のメリットがそれらを上回るという考え
ばない他の事業部の意思決定や活動に大き
方である。しかし、多くの企業は必ずしも
く依存するので、完全な事業部とはいいが
ここまで徹底していないので、複数事業部
たい。不完全事業部あるいは職能別事業部
の製品が同一工場で作られ、製品コストは
という範疇になる。
工場の共通経費の配賦方法に影響され、事
権限の付与と組織割りにとどまらず、事
業部ごとの成果測定は不完全となる。
業部の成果測定の徹底にもコストがかかる。
1975 年に上場以来初の赤字決算となった
キヤノンは、優良企業構想を掲げ、そのな
かで事業部制についても手をつけた。しか
2 カンパニー制は
本格的事業部制の試み
1994 年にソニーが導入したカンパニー制
分権化で問われる総合型企業の本社機能
45
は、組織論では普通の事業部制そのもので
トップによる調整は微妙な問題を含んで
ある。これが企業関係者の関心を引いたの
いる。トップの指示で妥協することが定例
は、日本企業の多くの事業部制が、実は不
化し、そうすることに対して全面的な補償
完全事業部制にとどまっていたためであ
が与えられるなら、事業部長は官僚化して
る。
責任の明確化という事業部制の目的そのも
カンパニー制がより完全な事業部制への
のが成り立たなくなる。このため、何が会
試みであることは、導入から1年後のソニ
社全体の利益かについての健全な判断基準
ー幹部の、事業部間取引の振り替え価格に
が、社内の異なる部門の人たちの間で共有
ついての発言からうかがえる。振り替え価
されることが望ましい。しかし、これも事
格は「市場価格を前提にしよう、というと
業範囲が広がるとむずかしくなる。
ころに落ち着いてきている。以前なら、重
要な商品ならコストを無視しても他部門に
販売部門の一体運用など機能別組織の規模
売るなど、あいまいな点があった」(伊庭
の利益を活かすことができ、細分化された
保副社長『日経産業新聞』1995 年7月 17
事業部間の競争も期待できるが、事業範囲、
日)。
企業規模が大きくなれば、調整コストが大
各カンパニーに資産と資本を振り分け、
きくなる。したがって、完全事業部制にす
各カンパニーの貸借対照表を作成すること
る必要性が高まる。ソニーが事業部制の完
にしたことも注目された。本来の事業部制
全化を企図した背景には事業規模、範囲の
の分類に従えば、事業部制は、利益責任を
拡大がある。
負う点で、すべてプロフィット(利益)セ
カンパニー制が一般の関心を集めた、た
ンターである。プロフィットセンターのう
ぶん最も大きな理由は、カンパニーという
ち、貸借対照表を備え、最終的に資本効率
ネーミングに事業ごとの独立採算を厳しく
まで測定・評価できる事業部制は、インベ
求める響きがあることである。カンパニー
ストメント(投資)センターと呼ばれる。
制を発表したときのソニーは、収益の回復
米国の事業部制はほとんど貸借対照表を
が課題だった。
備え、資本効率まで測定できるインベスト
事業部ごとの独立採算の強化は、戦後の
メントセンターである。これに対し日本企
東芝の大争議をはじめ、リストラを図る際
業の事業部制では、インベストメントセン
の常套句として知られている。また、事業
ターは少数派で、この意味でも不完全事業
部によって人事体系、給与水準、採用など
部となっている。
が異なることになるのではないかという連
社内での交渉力があれば他部門の負担で
想も与えた。不況下では、これは大半の従
利益をかさ上げできる不完全事業部の集合
業員にとっては給与減少につながりやす
体が機能するためには、事業部間の最終的
い。
な調整に当たるトップが、事業のオペレー
46
不完全事業部制は、円滑に機能すれば、
実際には、ソニーはカンパニーに統合し
ションを理解していることが必要である。
たマーケティング機能・販売部門を 1996 年
しかし、会社の事業範囲が広がるとこれは
4月に再び分離して、営業本部を設立し
むずかしくなる。
た。事業部制度としては完全度を薄めてい
知的資産創造/ 1999 年 4 月号
る。さらに、1年後には国内営業本部を分
る無駄よりも、独立採算の徹底によって生
社している。トップの発言もカンパニーの
まれる小企業的な活力を重視して、洗濯機
独立性の徹底という方向を緩和している。
事業部、掃除機事業部など事業部を細分化
同じソニーに入ったのだからという意識の
している松下の場合は、定期的な事業部間
共有は、不完全事業部制のもとでの部門間
の調整強化を必要としてきたように思われ
の健全な協力のためには重要であろう。
る。
代表的な総合型企業として、この4月に
3 松下と東芝の再編史
純粋持株会社への移行も視野に入れてカン
分権化と統合をめぐる企業の組織再編
パニー制を導入した東芝も、1969 年に当時
は、めずらしいことではない。松下と東芝
の土光敏夫社長のもとで、事業部内閣制度
の例を見てみよう。
の名称で事業部制の徹底を図っている。各
松下電器産業の事業部制は、戦前からの
事業部をそれぞれ独立企業形態にレベルア
長い歴史を持ち、資料や研究も最も豊富で
ップし、東芝を事業部会社からなる複合企
ある。その歴史は、組織改編の歴史である
業的運営とするために、担当事業分野の運
(表1)。
同社の組織再編は、時代の流れとともに
営につき、一切の責任権限を事業部長に委
譲した。
かつての花形だったラジオ事業部の名前が
事業部内閣制度と名付けられたのは、事
消えて、パーソナルコンピュータ事業部が
業部経営の強化のため、事業部内に幹部6、
できるといった、製品構成の変化に伴うも
7人で事業部内閣を編成したためである。
のだけではない。本社機構との関係で、事
事業部の貸借対照表も資本金・資産を見直
業部の独立性が強化されたり、反対に事業
し、投融資勘定を事業部に移管、土地の再
部間の協力、本社による統合機能が強化さ
れたりしてきている。後者の統合機能強化
表 1 松下電器産業の組織改編
の代表的な組織改革としては、いくつかの
時期
事業部を束ねた事業本部制の導入があげら
1918 年
れる。
事業本部長およびそのスタッフは、本部
内の事業部の協力推進のための調整機能を
果たす組織である。この場合、利益責任は
あくまで事業部が負っているが、事業本部
の助言、調整は、実際上は指示に転化しや
すく、事業部長の権限と責任は侵食されて
しまう。事業部制度に期待される企業家的
な迅速な意思決定は薄まってしまう。
経済環境と市場、技術進歩による製品の
変化は、分権と統合の振り子の位置を決め
る一要素である。これに加えて、重複によ
組織改編
方向
松下電気器具製作所開業
27 年
電熱部新設
分権
33 年
事業部制採用
分権
35 年
事業部を分社化
分権
44 年
分社を吸収し製造所制へ移行
統合
49 年
工場制へ移行
統合
50 年
事業部制へ復帰
分権
54 年
事業本部、営業本部など4本部制
統合
65 年
事業部と販社の直接取引
分権
72 年
製品グループ別担当制
分権
75 年
総括事業本部制
統合
78 年
事業部制へ復帰
分権
76 ∼ 79 年
4事業部を分社
分権
84 年
本部制(社内分社制)導入
統合
91 年
部門制(セクター制)導入
統合
94 年
事業部制へ復帰
分権
97 年
社内分社制導入
統合
注)事業部の権限強化を分権としている
出所)『松下電器 50 年の略史』その他より野村総合研究所作成
分権化で問われる総合型企業の本社機能
47
評価も実施した。役員については、特定部
府によって規制された銀行を中心とする金
門の利益を代表し、部門の経営責任を感じ
融機関の多角化、企業合同のニーズであ
ながら全社の経営方策を論じるという、二
る。また、米国の純粋持株会社のほとんど
重の性格を有する「担当役員制」を廃止し、
は、銀行および電力会社などの規制業種で
役員は文字どおりの社長の分身として性格
ある。
づけられた。事業部内閣制度は、今日の用
監督する立場からすれば、これらの企業
語でいえば、カンパニー制であり、執行役
は規制対象外の事業と法的に分離されてい
員制である。
ることが望ましいのは明らかである。別会
松下や東芝の例からわかるように、個々
社化されている場合も、出資分が銀行や電
の大企業の内部組織は分権化と統合化を繰
力会社の貸借対照表に載っていれば、この
り返してきた。個々の組織再編の評価は別
別会社についても本来は監督対象とせざる
にして、組織図の書き換えだけでは望まし
をえない。このため、持株会社を設立し、
い効果はあげられないと考えてよいだろ
規制対象の銀行などとそれ以外の企業とを
う。
持株会社のもとに並べる方式が一般化して
いる(図2)。
Ⅱ 純粋持株会社のタイプ
なお、純粋持株会社の主な収入は子会社
の配当しかないので、米国の銀行持株会社
1 規制産業の純粋持株会社
本社機能に特化し自らは事業を行わない
や電力の持株会社の債券は、子会社の銀行
や電力会社よりも低く格付けされている。
純粋持株会社の設立も、カンパニー制と併
せて、事業部門ごとの責任の明確化と独立
採算性の強化の方法として議論されてい
る。
2 純粋持株会社の3類型
ハーバード大学の著名な経営史学者、チ
ャンドラー教授は、一般の事業会社の企業
規制産業の場合は、純粋持株会社形態の
組織の歴史を総括して、「欧米では非関連
意義は理解しやすい。日本の場合も、純粋
事業に多角化するコングロマリットのブー
持株会社の解禁の原動力となったのは、政
ムが 1970 年代に終わると、経営組織として
純粋持株会社形態にメリットを認める考え
方は過去のものになり、米国で発展した本
図2 純粋持株会社の組織
社組織によって統合される近代的大企業組
織が、いずれの国でもノーマルな企業形態
純粋持株会社
と見なされるようになった」と結論してい
る。
米国の場合は、19 世紀から今世紀初頭に
かけて、企業の合同が進む過程で純粋持株
規制を受ける事業
(銀行など)
多角化事業
会社が登場した。これらの企業の連合体は、
一方では近代的な一元的経営システムを持
出所)野村総合研究所
48
知的資産創造/ 1999 年 4 月号
つ1つの企業として合併・統合された。他
方、純粋持株会社のもとでの緩やかな連合
の純粋持株会社である。傘下の直系企業の
体としてとどまった企業の多くは、一元的
事業分野はコングロマリット的で、多方面
な経営システムを完成した企業との競争に
に広がっており、事業面のシナジー(相乗
敗れて消滅していった。純粋持株会社は、
効果)は薄かった。事業の拡大も、純粋持
企業の合同過程の暫定的な組織形態だった
株会社化した後は、直系の企業が事業持株
ということができる。
会社として自らの子会社群を増殖していっ
米国ほど市場と企業規模の拡大が急テン
ポでなかった英国では、創業者およびその
た。純粋持株会社の下に、新たな企業が生
まれたわけではない。
家族による経営が長く続いた。創業者の家
戦後の財閥解体の影響も、事業経営の面
族がしだいに事業経営から離れるにつれ
から見れば、財閥本社が解体されたことよ
て、事業の実際の経営は専門の俸給経営者
りも、三菱重工業や三井物産のような各事
にまかされ、家族の持ち分は資産管理会社
業会社が分割されたことの方が大きいと考
としての純粋持株会社に集約・分離されて
えられる。
いった。
大蔵大臣や日本銀行総裁を務めた池田成
この2国に比べて近代的大企業の登場が
彬も、三井合名の筆頭常務理事時代は、株
遅かったフランスの場合は、企業連合の要
主である三井 11 家の人たちからは呼び捨て
としての持株会社が比較的長く存続してき
にされ、「自分の三井合名生活の中で過半
た。またドイツの場合は、間接金融とカル
のエネルギーは三井家対策のため費やし
テルによる企業連合が機能していた。
た」。これも、資産管理会社としての財閥
チャンドラー教授によれば、これら各国
でも第二次大戦後は、米国流の分権と集権
を組織化した経営システムにしだいに移行
していったとされる。
この見方からすると、純粋持株会社の主
なタイプは、①コングロマリット企業、
本社の性格を反映しているといえるだろ
う。
今日でも、創業家の影響力が残る企業で
は、創業家と経営の分離、創業家の財産保
全の観点からの純粋持株会社設立が考えら
れている。
②企業が合併(あるいは分割)する過程の
暫定的な組織、③創業者の持ち分などを起
3 コングロマリット・
源とする資産管理会社──の3つというこ
ディスカウント
とになる。
もちろん、純粋持株会社の類型をさらに
ベルギー最大の純粋持株会社 SGB(ソシ
エテ・ジェネラル・ド・ベルジック)は、
探れば、税制上の優遇措置のある国・地域
傘下の子会社とともに自らも公開企業であ
に本社を置いたり、本国市場が不釣り合い
った。公益、金融、非鉄、エレクトロニク
に小さい多国籍企業の本社組織などのケー
スなどの子会社を有するコングロマリット
スもあるが、以下では扱わない。
である(次ページの図3)。
資産管理会社としての純粋持株会社の典
創価大学の村松司叙教授の論文「欧州純
型は、社長の座に財閥一族が座った戦前の
粋持株会社の財務戦略」(『企業会計』1998
日本の三菱や三井など、財閥の本社として
年4月号)によると、SGB の時価総額は、
分権化で問われる総合型企業の本社機能
49
と尋ねたと村松教授は記している。
図 3 SGB グループの概要
なお、SGBは1998年に大株主によって買
SGB(持株会社)
収され、非公開化された。
トラックテベル(電力・ガスなど)
50 %
ジェネラル・バンク(銀行)
30 %
フォーティス AG(金融・保険)
19 %
ユニオン・ミニエール(非鉄金属)
25 %
レクティセル(ポリウレタン)
70 %
サゲム(エレクトロニクス)
20 %
その他
注 1)カッコ内は主要事業、数字は SGB の持ち分比率(1997 年 9 月)
2)SGB :ソシエテ・ジェネラル・ド・ベルジック
出所)村松司叙「欧州純粋持株会社の財務戦略」
『企業会計』1998 年 4 月号より
野村総合研究所作成
Ⅲ 総合型企業の本社機能
1 コングロマリット企業の
本社機能
互いに関連のない複数事業部の本社部
門、また非関連の複数事業子会社を持つ持
株会社の業務は、次の3つからなる。
①子会社の事業ポートフォリオの選択
(いわゆる戦略機能)
②インセンティブシステムの構築と幹部
人事などのガバナンス(統治)
保有ポートフォリオの市場価格を恒常的に
③会計報告の作成、経理・給与計算、広 下回り、1996 年は 27.7 %、97 年7月には
報、情報システムといったサービス業
17.9 %下回った。いわば純粋持株会社 SGB
務
は、コストを浪費する本社組織にすぎず、
戦略立案などの機能は市場で評価されてい
効率的に行うという考え方が、小さな本社
ないことになる。
という議論である。
これは、コングロマリット型純粋持株会
ポートフォリオ戦略は、純粋持株会社の
社に共通の問題で、保有株式の時価総額か
能力が株式市場のファンドマネジャーを超
らの割引率をできるだけ小さくすること
えなければ、ただの複数株式の抱き合わせ
が、純粋持株会社のポートフォリオ管理担
販売となり、SGB のようなコングロマリッ
当者の目標となる。SGB の目標値は 10 ∼
ト・ディスカウントを受ける。
15 %といわれる。どんなに効率良くポート
ガバナンスは、本来的には株主総会と取
フォリオを管理しても、10 %程度の割引率
締役会の機能であるが、市場の個々のファ
(コングロマリット・ディスカウント)は
ンドマネジャーでは果たしにくい機能であ
残るとされている。
持株会社の存在が正当化される理由は、
50
これらの3つを本社業務とし、これらを
る。大株主としての純粋持株会社が、ガバ
ナンス機能を十分に果たすこともあるだろ
ベルギーやオランダでは、子会社株式の売
うし、甘い庇護者や理不尽な介入者になる
却益は非課税、配当収入への税率もゼロか
場合もあるだろう。
低率であることである。SGB の役員は、日
サービス業務は、今日では盛んにアウト
本では「今更何故こんな時代遅れの純粋持
ソーシングされている分野である。先の2
株会社制度を創るのか」「創設を正当化で
つと反対に、子会社が対価を払う顧客なの
きるようなメリットが企業側にあるのか」
で、グループ外からのサービス購入を許さ
知的資産創造/ 1999 年 4 月号
ない場合、持株会社のサービスの効率性が
表 2 NTT 持株会社のグループへの主なサービス
問われることになる。
持株会社のサービスについては、この7
月に持株会社となる NTT が昨年末、表2
①グループ経営や情報流通産業に関する情報提供と助言(国際分野を含む)
② 新事業領域開拓のための調査・分析
③ 資本戦略に関する助言、経営不振などに陥った場合の支援
のようなサービスに対して NTT データな
④ グループ情報システムの提供
どの子会社群に約 10 億円といった対価を提
⑤ グループとしての防災対策統括機能の提供
示したところ、自らも上場している子会社
⑥ 研究開発に関する助言
側が、価格の合理性に反発したと報じられ
⑦ 経理・税務・法務に関する助言、情報提供
⑧ ロゴマークと NTT ブランドの使用許諾
た(『日本経済新聞』1998年12月31日)。
⑨ グループ広報の企画・立案・実施
配当などに収入が限られる純粋持株会社
⑩ マネジメント層の研修、人材あっせん
の場合、同じような問題が他企業でも起こ
⑪ グループ代表としての対外対応の実施
りうる。サービスの本社以外からの購入も
認められれば本社サービス効率化の機会に
注)東西会社、長距離会社のみ対象としたものは除く
出所)『日本経済新聞』1998 年 12 月 31 日
なろう。
タッフの1人が「電球も疲れたようです」
2 ジニーンの徹底管理型本社
コングロマリットは、以上の3つの要素
と言ったのに対して、「怠け者の電球だけ
が眠りにつく」と言って意に介さなかった
だけで統合されている。コングロマリット
という。しかし、超人ジニーンが去ると、
が輝いていた時代に、ITT(インターナシ
広大な帝国を経営できる人はおらず、ITT
ョナル・テレフォン・アンド・テレグラ
は長期的な低迷に陥った。
フ)社の CEO(最高経営責任者)として経
済界で名声をほしいままにしたハロルド・
3 GE の教育型本社
ジニーンは、会計士のバックグラウンドを
今日の米国の代表的な高収益企業、ジャ
持ち、ポートフォリオ戦略とガバナンスの
ック・ウェルチ会長の GE(ゼネラル・エ
徹底で、通信からレンタカー、製紙業など
レクトリック)社は、原子力発電、放送
多種多様かつ多国籍の事業を経営し、増収
局、電球、ノンバンクなど異業種の集合体
増益を続けた。
である(次ページの図4)。ノンバンクの
ジニーンの手法は、一定以上の市場の成
GE キャピタルが融資対象の産業について
長率と利益率が見込まれる産業を事業領域
の情報を得られることはあるにしても、原
として、買収と売却でポートフォリオを組
子力発電と放送局の事業にシナジーはな
み立てるとともに、傘下の企業に一定の業
い。事業構成からは、関連のない事業から
績達成を指示して、彼自ら徹底的に個々の
なるコングロマリットである。
企業、経営陣の評価に当たるというもので
ある。
GE の事業のラインアップは、業界1位
か2位になる事業以外は撤退するという有
彼は、業績目標に届かない企業を建て直
名な基準からなっている。エジソンの電球
すために、出張先の欧州で深夜を過ぎて会
以来、技術の発展とともに拡大・拡散して
議を続けていた際に、電球が切れたのでス
きた事業を整理する基準として、最初に宣
分権化で問われる総合型企業の本社機能
51
言されたものである。しかし、GE のシナ
である。それを発見すること、謙虚に ジーが感じられない事業メニューをながめ
学び続けること。
ていると、業界1、2位の優良事業である
②ベンチマーク──何らかの分野で自分 から、個々の企業に分解してしまっても同
たちより優れた成果をあげている企業 じではないかという気がしてくる。
があれば、目標に設定し追いつく努力 GE の本社が加えているユニークな付加
価値は、教育的なものである。業界1位、
をすること。
③ワークアウト──環境の変化、悪い情 2位の現在の優等生企業を集めてきて、優
報から目を背けない、率直な議論のた 等生がチャレンジできる高い目標と、いっ
めの職場の人間関係の改革。
そう高度な経営を求める。同時に、次のよ
うな観点から、優等生企業が陥りがちな慢
心、官僚化を倦むことなくチェックするこ
とを求める。
④シックスシグマ──現状に満足しない
徹底的な品質管理。
⑤アジル──小企業に負けない俊敏な意
思決定の強調。
①ベストプラクティス──会社の大小を ウェルチには、企業のトップとしての企
問わず、何かの分野で自分たちより優 業買収などの交渉、財務的目標の設定など
れたやり方をしている企業があるはず
の仕事ももちろんあるが、これらは各企業
がバラバラになっても個別企業で行われる
図 4 GE グループの主な事業
ものである。GE がおもしろいのは、こう
した優良企業のための教育活動に際して、
GE エアクラフト・エンジン(航空機・エンジン)
GE アプライアンス(家電)
ウェルチ自らが講師となって繰り返しセミ
ナーを実施し、さらに職場を訪れて議論し
ていることである。
GE キャピタル・サービシス(金融サービス)
GE インダストリアル・システムズ(産業システム)
優良企業の教育は教師の技量によるとこ
ろが大きいと思われる。ウェルチ後の GE
が、普通のコングロマリットとなる可能性
GE インフォメーション・サービシス(情報サービス)
もなしとはしない。
GE ライティング(照明)
GE メディカル・システムズ(医療システム)
GE の本社の教育的付加価値は、優等生
を対象にしたものである。異なるレベルの
生徒を一緒に教育することは効率を損なう
GE プラスティックス(プラスチック)
GE パワー・システムズ(電力システム)
だろう。パフォーマンスの悪い企業では、
もっと別の科目が必要だろう。ウェルチが
その場合も最も良い教師であるかどうかは
GE サプライ(物流)
わからない。
GE トランスポーテーション・システムズ(交通システム)
NBC(放送局)
出所)GE 社のホームページ( http:// www. ge. com/ )より野村総合研究所作成
52
知的資産創造/ 1999 年 4 月号
4 LBO ファンドの病院型
本社機能
優良企業ではなく、同じような症状を示
す問題企業を集めて経営の再構築を進めて
もないハイリスク、ハイリターンという企
いるのが、LBO(買収先企業の資産やキャ
業成長のステージに特有の問題に対する経
ッシュフローを担保にした借金による買
営関与能力に特化している。
収)の専門業者である。
こうした専門業者は、問題企業を交渉に
5 持株会社化の
チャプターイレブン的要素
よって買収・非公開化し、経営者の選択、
インセンティブシステムなどガバナンスメ
純粋持株会社組織は、法的に別会社とな
カニズムの再構築を行う。LBO ファンド自
るので、賃金体系、雇用形態などで異なっ
体は株式会社ではないが、投資先企業を再
た制度をとりやすいといわれる。こうした
生後に再公開してキャピタルゲインを得る
目的を達成するために、日本企業は機能単
ことを予定しているので、期間を限定した
位の子会社を日常的に設立してきた。地方
病院型本社ということができよう。
の工場や販売部門を本社と切り離している
病院型本社は、すべての問題企業を対象
企業はめずらしくない。したがって、業務
にする再建屋とは異なる。ブランドが確立
に対応した処遇の実現が目的なら、これま
している食品メーカーやスーパーなど、キ
でと同様、一部の事業を別会社化すれば、
ャッシュフローが豊富だが資本効率は十分
異なる雇用賃金体系を導入できるわけであ
高くないという共通性を持つ企業の経営を
る。
改革する能力が、彼らの付加価値である。
純粋持株会社の場合には、あえていえば
LBO の専門業者は、最初から企業再生後
現在の会社がいったん消滅するので、賃金
の売却を目的としている。一方、英国の公
体系、雇用形態、年金制度全体を見直すき
開企業で純粋持株会社のハンソンは、同様
っかけとすることができるようである。
のコンセプトで低迷企業の買収、再生を業
米国の企業法制度では、経営に行き詰ま
として成長した。しかし、企業を再生させ
った企業は、破産法第 11 条(チャプターイ
る能力は必ずしも企業を継続的に発展させ
レブン)を申請することによって、比較的
る能力と同一ではない。傘下企業の業種が
簡単に破産、更正が認められ、現在の労働
拡散し、コングロマリット化が進んだハン
協約を無効にできる。賃金水準や年金など
ソンは業績が低迷し、1996 年以降のリスト
で問題を抱えた企業にとって、純粋持株会
ラで、産業別の4つの企業に分割された。
社への組織変更は、チャプターイレブン申
そのうちエネルギー分野の1社は、米国の
請によるリストラに似た効果を持ってい
電力会社に買収された。
る。
同様の視点から見ると、新規事業に投資
不完全事業部の現状から考えると、カン
するベンチャーファンドも本社機能の一部
パニー制は、「徹底した」事業部制を実施
を取り出したものに他ならない。ベンチャ
するというメッセージであり、純粋持株会
ーファンドは、事業の評価、ガバナンスメ
社化は、「本当に徹底した」事業部制を実
カニズムの構築、経営支援のサービスなど
施するというメッセージとして意味がある
の機能を持っている。また、ハイテク、バ
だろう。また、貸借対照表は必然的に分け
イオなど業種による特化に加えて、設立間
られるので、インベストメントセンター化
分権化で問われる総合型企業の本社機能
53
はしやすくなる。
という組織の問題を解決するわけではな
純粋持株会社が子会社を事業部制と同じ
い。
ように扱うなら、経営システムの観点から
見ると、両者の違いはない。本社スタッフ
Ⅳ 本社の付加価値が問われる
と事業部、および事業部相互の関係という
事業部制に伴う経営上の問題は、純粋持株
事業部制組織の企業は本来、微妙なバラ
会社の本社と子会社の間にも同様に生じ
ンスの上に乗っており、自己完結的に各事
る。
業部の事業を進められる程度に事業が独立
経営の観点から見ると、持株会社化で達
している一方、同一の中央意思決定機関の
成されて、事業部制で不可能な重要事項は
もとにあることがプラスに働くと評価され
ない。反対に、純粋持株会社のもとに企業
る必要がある。それは、事業部相互に関連
グループが再編されても、各企業の経営が
があり、それぞれの事業を遂行する上で利
持株会社の指示下にあって独立性が保たれ
害の衝突があり、実現すれば有益な協力の
ないなら、事業部制的な責任の明確化は実
余地があるということに他ならない。
現されない。事業部制が広く普及している
このような条件に乏しい事業部門が集積
米国で、本社を純粋持株会社化している一
している場合、すでに見たように、単純な
般企業がほとんどない理由である。
コングロマリット的なポートフォリオ管理
したがって、チャプターイレブン的な暫
では、本社は付加価値を与えない。技術開
定的な効果が触媒の機能を果たすほかは、
発、顧客情報の移転、経営スキルなど、傘
純粋持株会社組織への再編が、分権と統合
下の企業が共通に利益を受ける何らかの資
源を保有、開発する能力が必要である。そ
表 3 ソニー、松下電器産業、日立製作所の事業分野
事業内容
ソニー
冷蔵庫
エアコン
洗濯機
調理器
家 電
の具体的内容は、事業分野が広くなればな
松下
日立
○
○
○
○
○
○
○
○
ソニーの社長の守備範囲に比べると、松
下電器産業の社長の守備範囲はエアコンや
テレビ
ビデオ
オーディオ
○
○
○
○
○
○
○
○
○
冷蔵庫などの家電製品があるだけ広くな
パソコン
電話機、カーナビ
放送・通信機器
○
○
○
○
○
○
○
○
○
子力発電機や大型コンピュータ、鉄道車両
電子デバイス
半導体
電子部品、液晶
○
○
○
○
○
○
将来について、ソニーの社長と同じ理解を
大型コンピュータ
大型コンピュータ
○
持つことは不可能に思われる。日立製作所
機 械
FA 機器
○
の社長の仕事は、ソニーの社長の仕事とは
重機械
鉄道車両
エレベーター
汎用機、冷熱機器
○
○
○
プラント
プラント
○
重 電
送電・受変電機器
発電機
○
AV 機器
情報・通信機器
○
○
注)AV :オーディオ・ビデオ、FA :ファクトリー・オートメーション
出所)各社の有価証券報告書より野村総合研究所作成
54
るほどむずかしくなる。
知的資産創造/ 1999 年 4 月号
る。日立製作所の社長の場合は、さらに原
が加わる。オーディオやビジュアル製品の
質が異なるのである(表3)。
事業分野だけを見れば、東芝や日立製作
所のそれは、ソニーと三菱重工業を合わせ
たようなポートフォリオである。多角化し
た総合型企業には、内部労働市場を形成し
て雇用リスクを軽減する効果や、事業ごと
つの本社のもとにゆだねるメリットを明確
の収益の変動をならして資金調達力を高め
にすることが求められている。それは、多
る効果がある。大きな資金を要する、リス
様な事業を傘下に持って、本社は何の付加
クの高い事業を手がけるのには有利であろ
価値をつけているのかということである。
う。
事業が多様なため社長が十分に理解できな
しかし、今日、この観点からソニーと三
い部分を支援しているスタッフは、事業分
菱重工業の合併にメリットを見出す人がい
野が広すぎるために必要になっただけで、
るだろうか。この仮想の合併により登場す
付加価値はつけていない。経営と執行を分
る本社によって、両社の既存事業は良くな
離すれば、それだけで戦略本社ができあが
るだろうか。財務や幹部人事の機構が、既
るというのは、コングロマリット企業の例
存の2社の上にできることによって、両社
を見れば幻想に思える。
のガバナンスが向上するだろうか。そして
こうした点に答えがないなら、純粋持株
合併企業の社長と本社スタッフの仕事は、
会社化した場合に再編・消滅の対象となる
何の付加価値をつけるのだろうか。
のは、傘下の不採算事業だけではなく、投
本社は、資金配分、予算、人事、報告徴
集などの権限を持っている。これは、国に
資家にとって不要な不採算本社、純粋持株
会社かもしれない。
置き換えれば、補助金交付や許認可の権限
に等しい。傘下の事業のエネルギーが、こ
れら本社資源の獲得に消費されることもあ
りそうである。
近年の総合型企業の状況から見ると、伝
著者──────────────────────
渡辺 茂(わたなべしげる)
資本市場研究部企業経営研究室長
1976 年東京大学教育学部卒業、1986 年ハーバード
大学ビジネススクール卒業
統的な雇用や財務面の規模の利益を超え
専門は企業金融、コーポレートガバナンス
て、改めて、多様な事業を1人の社長、1
電子メール [email protected]
分権化で問われる総合型企業の本社機能
55
Fly UP