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電子マネー事業の成立に向けて

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電子マネー事業の成立に向けて
NAVIGATION & SOLUTION
2
電子マネー事業の成立に向けて
大塚 玲/守岡太郎
現金貨幣の魅力の第一は、だれでも受け取るという通用力にある。汎用的な決済
インフラを目指す電子マネーの事業化を考える際には、通用力の確保を第一とす
る施策を考えることが肝要である。
電子マネーは強いネットワーク外部経済性(当該ネットワークの利用者数が多
くなればなるほど、利用者の経済的効用が増すこと)を有するため、利用者数が
一度クリティカルマス(臨界量)を超えれば、後は指数関数的に利用者が増加す
る。発行体における電子マネーの製造コストはきわめて小さいため、その収益性
は利用者数に応じて急速に好転することが見込まれる。これらの特性を踏まえ、
電子マネー事業者は初期の事業戦略を再考してはどうだろうか。
Ⅰ 電子マネーブームの終焉
るから、電子マネーにも当然これを期待す
る。決済の完了性、交換価値の安定、高い
ニューヨークの「VISA キャッシュ」と
信用などが電子マネーでも通用力確保の基
「モンデックス」の共同実験の終了を機に、
本的な条件となろう。これらが満たされれ
いわゆる「電子マネーブーム」は終わった。
ば、通信ネットワークを使って価値を移転
特定地域に限定した小規模な実験では十分
できる電子マネー固有の機能が活きてくる
な通用力を確保できず、電子マネーの魅力
はずである。
を十分に引き出せなかったのであろう。物
珍しさから参加する人はいても、便利さを
さらにはクレジットカードや預金決済など
実感した人は少ないだろう。
と競争しながら、いかに広範な通用力を電
現金貨幣の魅力の第一はだれでも受け取
るということ、すなわち広範な通用力であ
78
問題は、広く普及している紙幣や硬貨、
知的資産創造/ 1999 年 7 月号
子マネーにいかに獲得させるかである。
VISA キャッシュとモンデックスのアプ
ローチは、クレジットカード会社が電子マ
験を開始したことに伴い、デジキャッシュ
ネー普及の推進母体となり、クレジットカ
社内で製品ラインの大幅な変更と品質向上
ードを現在の磁気ストライプのタイプから
のために相当規模の先行投資を行ったこと
IC カードのタイプへ更新する際に、クレジ
が、資金繰り悪化の直接の原因であった。
ットカードに電子マネー機能を組み込むこ
それはともかく、問題はネットワーク型電
とで、一気に全世界で数億人の会員と数千
子マネーも市場に受け入れられなかったと
万の加盟店を電子マネーユーザーに変身さ
みるか否かである。
せようというものだった。
クレジットカードをICカードタイプへ変
Ⅱ 電子マネーと電子決済の競争
更することにより、VISA だけでも年間6
億4500万ドル(1994年、財団法人全国防犯
協会連合会)ともいわれるクレジット詐欺
を大幅に減らせるというメリットがある。
1 電子マネー・電子決済
プロジェクトの現状
まずは、電子マネーを含めた電子決済の
ニューヨークでの実験は、この仮説を検
現状を分析してみたい。1994年から95年に
証することが目的だったと推測される。し
かけて、インターネットやICカードを利用
かし、一連の結果は、この仮説を否定する
してさまざまな形に工夫を凝らした新しい
ものだった。すなわち、利用者はコスト負
電子決済方式が次々と現れてきた。筆者ら
担に応じるほどのメリットを感じていな
は本誌 1997 年春号において電子マネーの初
い、むしろ無料でも利用しないとみた方が
期の類型を示したが、その後の市場による
よいだろう。広範な通用力を持たない貨幣
選別の結果、細分類を必要とする特定の集
は、それが電子マネーであろうと紙幣であ
団が浮かび上がってきた。これを加味した
ろうと、積極的に利用するほどメリットは
新たな類型を次ページの表1に示す。
ないからである。
1998年11月、もう1つの有力な電子マネ
ーとして期待されていた「eキャッシュ」
(1)小切手方式
小切手方式の電子決済は主に米国で発達
の製造元である米国デジキャッシュが、会
しており、紙の小切手の発行をネットワー
社更生法に基づく申請を行った。eキャッ
クを使って代行するベンチャー的な事業者
シュはインターネットだけで通用する電子
から、小切手自体を電子化する組織的な活
マネーで、米国マーク・トウェイン銀行、
動までさまざまである。
オーストラリアのセント・ジョージ銀行
特に注目すべきなのは金融機関を中心と
(合併前はアドバンス銀行)などでサービ
したコンソーシアムである FSTC(Finan-
スが提供されていた。
cial Services Technology Consortium)が
デジキャッシュの破産は、マーク・トウ
推進している「E チェック」で、企業間取
ェイン銀行によるサービスの中止が直接の
引での決済を対象に実験が進められてい
原因だったと報道されている。しかし実際
る。小切手の郵送コストや利用者、金融機
には、ドイツ銀行やクレディ・スイスとい
関での処理コストの大幅な削減が見込まれ
った世界的な大手銀行が商用化に向けた実
ている。ただし、日本では小切手の利用が
電子マネー事業の成立に向けて
79
少ないため、あまり注目されていない。
番号だけで行われるが、決済の部分をモー
ル事業者が個別の店舗に代わって行う方式
(2)クレジット方式
である。カード加盟資格を持たない店舗も
インターネット取引におけるクレジット
参加できるメリットがある。
方式の決済は、きわめて競争の激しい分野
③金融機関による電子クレジット決済
であり、さまざまな企業が多様な決済サー
決済の安全性に関して金融機関が責任を
ビスを提供している。なかでも、次の3つ
持つため、決済リスクを店舗が負わなくて
が特筆すべきグループを形成している。
もよく、かつ手数料を安くできるという大
①店舗型(SSL)
きなメリットがある。
店舗が、会員からクレジットカード番号
図1に 1998 年4月時点でのインターネッ
を暗号通信(SSL :セキュア・ソケット・
ト取引における決済手段別の取引高の比率
レイヤー)を使って取得し、カード番号だ
を示す。それによると、8割はいまだにオ
けでクレジット決済をする方式である。手
フライン決済で、残りの2割が電子決済で
軽に決済できるため、勢いよく普及しつつ
ある(その他7%のほとんどはコンビニエ
ある。クレジットカード番号だけで決済す
ン ス ス ト ア で の 決 済 )。 ク レ ジ ッ ト 方 式
るためセキュリティ面に問題があるほか、
は、オンライン決済部分のほとんどを占め
リスクを反映して手数料が高くなるという
ている。さらに、そのほとんどは店舗型
問題がある。
(SSL)とモール事業者等による決済代行で
②モール事業者等による決済代行
2分されており、金融機関による電子クレ
決済方法は①と同じくクレジットカード
ジットの利用はまだ少ない。
表 1 電子決済と電子マネーの類型
代表的なプロジェクト
方式の概要
FSTC の E チェック
小切手を電子化し、小切手の郵送費などの削減を目指す
店舗型(SSL)
全日空など
店舗が消費者からカード番号を聞き、クレジットで決済を行う
モール事業者等に
スマッシュなど
モール事業者などが消費者にカード番号を事前に登録させ、顧
小切手方式
クレジット方式
客 ID とパスワードでクレジット決済する
よる決済代行
電子決済
金融機関による電子
SET、アコシスなど
金融機関が正式に採用したプロトコルを使ってクレジット決済
を行う
クレジット
デビット方式
マイクロペイメント
VISA キャッシュなど
資金を前払いで特別な口座(利子はゼロ)に預かり、口座間の
方式
ビットキャッシュ、ウェブマネー
資金移動を小口専門に扱う
口座振替型
インターネットバンキング、SECE
銀行口座間の資金移動をリアルタイムに行って決済を行う
IC カード型
モンデックス
IC カードに残高を保持し、IC カード間で残高を付け替えること
ネットワーク型
e キャッシュ
により価値を移転する
電子マネー
デジタル署名されたデータを貨幣とみなし、データの転送によ
り価値を移転する
注)FSTC : Financial Services Technology Consortium、SECE :セキュア・エレクトロニック・コマース・エンバイロメント、SET :セキュア・エレクトロ ニック・トランザクション、SSL :セキュア・ソケット・レイヤー
80
知的資産創造/ 1999 年 7 月号
(3)デビット方式
デビット方式は前金を必要とする決済方
式で、決済リスクがないことに特徴がある。
この方式には少額の支払いを目的にしたマ
イクロペイメント型(あるいはプリペイド
型)と、銀行預金を用いた口座振替型が存
図1 日本のサイバービジネスにおける決済手段別取引高の比率(1998年 4月)
現金書留 1.1%
マイクロペイメント型 0.0%
その他
7.0%
金融機関による
電子クレジット 0.4%
郵便振替
15.4%
モール事業者等
による代行
9.3%
店舗型
(SSL)8.2%
在する。
銀行振込
マイクロペイメント型は電子マネーと酷
代金引換
25.0%
33.6%
似しているが、一般には換金性がなく、個
人間での価値移転ができず、匿名性がない
などの点で、いわゆる現金性はないとして
区別される。マイクロペイメント型のイン
ターネット上での実際の利用高は、現在の
ところまだわずかである。
2 電子マネーの競争力
他の電子決済方式と比較した際の電子マ
他方、銀行が提供する口座振替型のデビ
ネーの圧倒的な優位性は、手数料に代表さ
ット決済は、インターネットバンキングな
れるコスト競争力と、個人間の資金移動に
どを用いて任意の口座への振り込みができ
も使えるといった汎用性にある。ここでは
るものである。インターネット取引全体の
NRI野村総合研究所が1997年7月21日から
35 %はオフラインの銀行振込で取引されて
98年12月21日までの1年半にわたって実施
おり、これらは近い将来オンラインに移行
した、ネットワーク型電子マネー「eキャ
する可能性がある。
ッシュ」を用いた実験の成果を紹介しなが
ら、電子マネーの競争力を考察する。
(4)電子マネー
電子マネーは、個人間で流通可能な貨幣
(1)桁違いに安いコスト
を民間の事業体が発行し、その貨幣を使っ
理想的な電子マネーでは、電子マネー発
て当事者間で決済する方式である。現在は
行体が発行した貨幣データを、取引当事者
貨幣の発行は中央銀行の特権であり、一般
だけで相対で交換することによって決済が
の事業者が貨幣を発行することは禁じられ
完了する。このため、つねに銀行が仲介し
ている。ところが、電子マネーは近年の技
なければならない従来の決済方式に比べ
術革新の成果として登場してきたため、次
て、桁違いに安いコストで決済サービスを
章で述べるように各国政府当局も民間事業
提供できる。
体による電子マネーの発行を擁護する立場
しかし、現実には取引当事者の双方に電
をとっており、法整備を急いでいる段階に
子マネーを扱うためのインフラの整備が不
ある。
可欠であり、このコストまで含めて最終的
このような背景から、電子マネーについ
ては海外では商用サービスも始まっている
が、日本ではまだ取引実績はない。
な決済コストで議論する必要があろう。
IC カード型電子マネーは、IC カードを
全利用者に配布し、IC カードを保有する当
電子マネー事業の成立に向けて
81
事者間で決済を行うため、取引に銀行が仲
ことが重要な戦略となる。
介せず、理想的な電子マネーに近い。しか
やがて電子マネーが広範に普及し、取引
し、インフラの構築に莫大なコストが必要
数が膨大になれば、より決済コストの安い
である。
方式への転換を迫られるかもしれないが、
ネットワーク型電子マネーは、利用者に
そのときは規模の経済のメリットを享受で
ソフトウェアを配布し、利用者のパソコン
きる可能性があるし、技術革新がコスト構
とインターネットという既存のインフラを
造を変えてしまう可能性もないわけではな
最大限に活用して決済を行う。このため、
い。少なくとも商用サービス開始からクリ
新たなインフラ整備は不要だが、技術的な
ティカルマス(臨界量)に至るまでは、普
制約により、取引ごとに交換された貨幣デ
及の度合いに応じてインフラ投資を制御で
ータを発行体の側で検査する必要がある。
きるネットワーク型電子マネーの方が、理
このコストは従来の口座振替処理に比べれ
想的な電子マネーに近い、より安価なサー
ばはるかに小さいものの、取引量に応じた
ビスを提供できると考えられる。
設備投資が必要となる。
野村総合研究所の実験によると、1人当
(2)個人間の少額の清算にも利用
たりの電子マネー取引数は年間 13.8 回であ
電子マネーのもう1つの特徴として汎用
る。この結果は他の電子マネー実験に比べ
性があげられる。図 2 は、実験期間中の個
て多いものの、初期の利用頻度はこの程度
人間取引と店舗取引(個人と店舗の取引)
である。商用サービス時でも利用頻度は大
の累積金額・取引数を表したものである。
きく変わらないすると、事業面では利用者
それによると、店舗取引に匹敵するほどの
1人当たりのインフラ整備コストを抑える
金額が個人間で取引されていることがわか
図2 e キャッシュの実験における個人間取引と店舗取引の比較
350
1000
個人間取引累計件数
900
店舗取引累計件数
300
個人間取引累計金額
800
店舗取引累計金額
250
700
取
引
額 200
︵
万
円
︶ 150
取
600 引
数
︵
500 件
︶
400
300
100
200
50
100
0
7月
1997年
0
9月
11月
1月
1998年
3月
注)1997年7月21日から98年12月21日までの1年半の数値
82
知的資産創造/ 1999 年 7 月号
5月
7月
9月
11月
図3 eキャッシュの実験における取引金額の分布
500
437
450
250
206
取
引 200
件
数 150
︵
件 100
︶
104
97
56
50
0
0
100円
未満
18
500円 1000円 3000円 5000円 1万円
未満
未満
未満
未満
未満
3万円
2
5万円
未満
未満
4
2
1
0
10万円 30万円 50万円 50万円
未満
未満
未満
以上
出所)1997年7月21日から98年12月21日までの1年半の数値
る。本実験では個人による出店は認めなか
に対して何らかの規制を行う必要があると
ったため、個人間取引の大半は飲食代の清
いう点でも一致している。
算などである。
各国とも電子マネーの発展に向けた環境
一方、図 3 は店舗取引における取引金額
づくりを急いでいる。特徴的なのは、欧州
の分布を示したものである。100 円から 50
では電子マネー発行体の金融機関としての
万円までに広く分布していることがわか
性格に注目し、財務的な健全性の確保に力
る。個人間取引も含めると、実際に1円の
点を置いた規制案を多く議論しているのに
取引も多数存在した。このように電子マネ
対して、米国では主に取引トラブルなどに
ーを使った取引は、個人間での支払いやマ
対処するための消費者保護対策を重視して
イクロペイメントだけでなく、金額の大き
いることである。日本は中間的であり、両
な決済にも利用される。
者を同時に議論しているとみるのがよいと
思う。
Ⅲ 電子マネーに関連する法令の これら各国における議論の状況をみる
動向
と、おおむね共通して次のような方針がみ
られる。
1 日米欧の法令化に向けた議論
①電子マネーは低コストかつ支払い完了
貨幣発行は中央銀行の特権だが、各国の
性の高い決済サービスを目指すもので
政府当局はいずれも、技術革新の成果とし
あり、政府当局はこのようなサービス
て誕生した電子マネーについては、民間の
の登場を歓迎し、環境整備に向けて法
事業体による発行を例外的に認めるという
令などを検討している。
立場をとっている。これは、電子マネーの
②電子マネー発行体の財務状態について
技術開発はいまだ黎明期にあるため、政府
は、監督当局による検査を実施すると
による過度な介入が健全な市場競争による
ともに、特に非銀行が発行主体になる
技術開発を阻害するかもしれない、という
際には、発行見合い資金(電子マネー
危惧に起因している。ただし、少なくとも
の換金に応じるための資金)の運用先
将来は、中央銀行および監督官庁が発行体
についても安定かつ流動性が高い金融
電子マネー事業の成立に向けて
83
資産に限定する方針である(米国、欧
極的な市場参加を促し、競争によってより
州)。
よいサービスが提供されることを望んでい
③電子マネーは低コストかつ広範に普及
る。ただし、非銀行が発行体になる場合に
すべきものであり、銀行決済並みに厳
は、発行体の破綻などのリスクを避けるた
しい消費者保護規制を義務づけると、
めに、財務的な健全性確保や当局による監
発行体のコスト負担が増大することが
督などが義務づけられる。
懸念される。また、電子マネーの方式
前述の EU から提案された指令では、非
によっては規制に適合できないものも
銀行による電子マネーの発行を免許制と
存在し、それらを市場から排除してし
し、参入資格として最低資本金 50 万 ECU
まう恐れがある。したがって、規制は
(銀行は 500 万 ECU である)、電子マネー発
最低限にとどめ、利用者に一定の自己
行残高の2%の自己資本を有することなど
責任を求めるべきである(日本、米
が記されている(ECU : 欧州通貨単位)。
国)。
発行見合い資金の運用先についても、公債
④特にネットワークで流通する電子マネ
ーの場合は、各国法令の間で齟齬が生
じる恐れがあり、法令化に際しては国
際的な協調が必要である。
すでに EU(欧州連合)では、1998 年9
月に「電子マネー機関の業務開始、業務遂
や優良社債などの安定的で流動性の高い金
融資産に制限される。
この指令は 1999 年 12 月までに EU 各国で
法令化され、免許を受けた電子マネー発行
体には、EU 域内での支店活動とサービス
提供の自由が与えられる。
行及び監督に関する指令」が提出され、電
日本では、1998 年6月に発表された前述
子マネーに関連する法制の第一弾が発効し
の大蔵省の報告書で、電子マネー発行体の
た。また日本では、1998 年6月に大蔵省か
参入資格、発行見合い資金の運用方法など
ら「電子マネー及び電子決済の環境整備に
に対する政府当局の考え方が明らかにされ
向けた懇談会」の報告書が提出され、これ
た。この報告書では、銀行が電子マネーを
をもとに法案が検討されている。
発行する場合も非銀行と同じく、発行見合
一方、米国は電子マネー規制に対しては
い資金を分別管理し、厳しい運用規制に従
慎重な姿勢をみせており、むしろ消費者に
うべきであるとの考えが示されている点が
ある程度の自己責任を求めることにより安
国際的にみても特徴的である。この点が法
価なサービスが提供できるよう、現在の規
案にどのように反映されるかが注目すべき
制を緩和する方向で議論がなされている。
ポイントである。
以上、欧米の関連法案の動向を分析する
2 発行体の健全性確保
84
と、より活発な電子マネー発行の市場競争
現在のところ、各国政府当局は電子マネ
を促すために、現在は非銀行が電子マネー
ーの発行体が銀行の場合と非銀行の場合と
を発行する際のルールを法令化している段
に分けて議論しており、銀行の場合には当
階である。銀行による電子マネーの発行は、
面、特に新たな規制は必要ないと考えてい
当面、銀行法の範囲で対処されると思われ
る。各国政府ともむしろ、非銀行による積
る。
知的資産創造/ 1999 年 7 月号
3 情報の開示義務と
取引時の消費者保護
になる。一方的に消費者に負担を押しつけ
る電子マネーが普及するとも思えず、安心
クレジットカードやデビットカードの利
できるサービスをいかに安く実現できるか
用が進んでいる米国では、消費者が取引ト
どうかが事業成功の鍵となってくることに
ラブルに巻き込まれた際の救済措置が充実
は変わりない。
しており、消費者がカードの紛失や誤取引
を認知してから2日以内に届け出た場合に
Ⅳ 電子マネー事業の成立条件
は、消費者の責任の上限を50 ドルに限定す
ることなどが定められている。また金融機
1 可能性の高いアプローチ
関は、消費者の通報から 10 営業日内に誤取
IC カード型電子マネーは、オフラインで
引などの紛争を解決するか、これを延長す
の転々流通性があるため、決済手数料を限
る場合にはまず利用者の損害を補償しなけ
りなくゼロに近くできるという大きな特徴
ればならない。
がある。しかし、物理的に広範な地域にわ
少額かつ完了性の高い決済を目指す電子
たってICカードを普及させるためには、相
マネーについては、こうした手厚い消費者
当な資本力が必要であり、ニューヨーク、
保護規制を課す必要はないのではないかと
英国スウィンドン、東京・渋谷などで行わ
いう議論がある。たとえば、表2は古いデ
れた程度の実験規模では、利用者にメリッ
ータであるが、米国の電子決済に関する法
トを感じさせるだけの十分な通用力を確保
令(Regulation E)に銀行が適合するため
できなかった。このアプローチでクリティ
のコストをまとめた調査報告の抜粋であ
カルマスに至るには、莫大な初期投資が必
る。銀行の規模により多少のばらつきはあ
要である。
るが、全体平均で1取引当たり11 セントの
一方、ネットワーク型電子マネーを使用
コストがかかっており、とても少額決済サ
したマーク・トウェイン銀行やアドバンス
ービスを提供できるレベルではない。
銀行のインターネット市場での実験では、
このような背景から、電子マネーについ
決済手数料を高く設定しすぎたため(2%
ては従来の法令は適用せず、消費者および
程度)、クレジットカードなどの決済サー
金融機関の責任の明確化や問い合わせ先の
ビスに対する比較優位性を訴求できず、爆
明示など最低限必要な情報の開示にとど
発的に利用が伸びるまでには至らなかっ
め、消費者に対する損害補償や取引明細の
送付義務などは義務づけるべきではない、
という議論が米国で高まっている。日本で
表 2 電子決済における消費者保護に関する米国法令(Regulation E)
に適合するための銀行のコスト
(単位:セント)
も同様の議論があり、電子マネーについて
預金量による銀行の規模
5 億ドル未満
5 億ドル以上
30 億ドル未満
30 億ドル以上
全銀行
初期コスト
11
12
6
10
運営コスト
17
8
4
11
は、消費者にもある程度の自己責任を求め
ることになりそうである。
消費者保護を充実すると必然的に決済コ
ストも高まるため、消費者は安いサービス
か安心なサービスかの選択が迫られること
出所)Federal Reserve System(1985 年)
電子マネー事業の成立に向けて
85
た。
④当初は銀行の一部門としてスタートす
本来、電子マネーは強いネットワーク外
るか、または優良企業の債務保証を受
部経済性(当該ネットワークの利用者数が
けて信頼性を確保したうえで、発行体
多くなればなるほど、利用者の経済的効用
としての主な収入源は、発行見合い資
が増すこと)を有しており、すでに多くの
金の運用益と電子マネーの貸し付け利
利用者が利用している場面では、新たに加
息、外貨交換手数料、協力金融機関や
入する利用者にとっての期待便益は高くな
有力店舗からの加盟料などに求める。
るが、利用者が少ない場面では、逆に新た
な加入者の期待便益は小さくなるという特
性がある。このため、一度クリティカルマ
ただし、上記のアプローチで実際に事業
スを超えれば、利用者は指数関数的に増加
を立ち上げる際には、外部環境に以下の条
するが、逆の場合には利用者は急速に減少
件が成立していることが前提となる。
する。
一方、発行体のコスト構造には、利用者
①インターネット市場の拡大
電子商取引市場の規模は 1997 年度の 818
の増加や発行額の増大による変動コストは
億円から 98 年度は 1665 億円(『通信白書』
比較的小さいという特性がある。電子マネ
98年版)へと約2倍になるなど、市場規模、
ー発行体の収入は発行額にほぼ比例するた
利用者数ともに急速に拡大している。しか
め、利用者の増加につれて財務内容は著し
し、電子マネー事業を立ち上げるにはまだ
く好転する。
絶対額が小さすぎる。参入に適正な市場規
以上の視点に立ち、筆者らは次のような
アプローチに可能性があると考える。
①まず、インターネット市場にネットワ
模を見極め、インターネット市場の拡大と
電子マネーの普及スピードを的確に予測し
て参入することが必要である。
ーク型電子マネーで参入し、しかるべ
②電子マネー法の成立
き条件が整った後に、インターネット
電子マネーに対する信認を広く国民から
市場での利便性を背景に、ICカード型
獲得するためにも、電子マネー法の成立が
電子マネーでネットワーク以外のリア
待たれる。電子マネー法の成立前、または
ル市場にも参入する。
電子マネー法が不明確な内容を含んでいる
②他の決済サービスとのコスト競争力の
状態では、将来の新しい規制に適合するた
差を際立たせるために、決済手数料を
めのコストが発生する恐れがあり、場合に
ゼロとし、同時にクリティカルマスへ
よっては事業計画の大幅な見直しが必要に
の到達の障害となる利用者の加入コス
なるかもしれない。
ト(加入手続きも含む)を限りなくゼ
ロに近づける。
86
2 5つの前提条件
③オンライン契約にかかわる法制度の整
備
③すでに広く普及している預貯金に電子
1997 年5月に閣議決定された「経済構造
マネーでの入出金・振込機能を付加し
の変革と創造のための行動計画」を達成す
て、相互間の自由なクロスオーバーを
るための施策として、2001 年までに電子認
実現する。
証、電子署名について必要な法整備を行う
知的資産創造/ 1999 年 7 月号
ことが決定されており、近年中には法整備
供し、インターネット市場で十分な期待便
がなされる見込みである。
益を先に確保することで、インターネット
電子マネーサービスを提供する際には、
電子マネーの利用契約に加えて、付帯サー
利用を目的としたICカードの配布または販
売に踏み切るべきである。
ビスとして利用者の預金口座から残高を電
子マネーとして引き出すための新たな契約
Ⅴ 今後の事業開発に向けて
が必要である。現状では、署名・捺印が必
要なため加入時のコストが大きくなり、結
電子マネー関連の一連のプロジェクトは
果として利用者を増やす際のネックになっ
一様に厳しい状況を迎えている。貨幣のマ
ている。電子認証、電子署名に関して法整
ーケティングというあまり例をみないプロ
備がなされるとともに、金融取引の契約が
ダクトの市場開拓という難題に対し、世間
オンラインで可能になるための各種の環境
一般の期待が膨らんだこともあって種々の
整備が必要である。
アプローチが試されたが、この問題が簡単
④金利の上昇
ではないことを改めて裏づける結果になっ
電子マネー発行事業の魅力は、資金調達
たといってよいだろう。
コストがゼロになることによる通貨発行益
本稿では、筆者らの現在までの研究結果
にある。しかし、現在のような超低金利政
を総合して、電子マネーに関する新しい事
策のもとでは、銀行と超優良企業の資金調
業アプローチを提案し、事業成立の前提と
達コストはきわめて小さく、電子マネー発
なる5つの条件を示した。同時に、電子マ
行事業の魅力はほとんどないに等しい。金
ネーと競合する他の電子決済プロジェクト
利の上昇も、電子マネー事業への参入時期
の現状と、電子マネー関連法令に関する各
の見極めに重要である。
国の状況を示した。ここで示した提案や状
また、IC カード型電子マネーを使用して
リアル市場に参入するためには、次の条件
況報告が、今後の電子マネー事業開発の一
助となれば幸いである。
が必要である。
⑤インターネット市場で電子マネーを使
用する際の利用者にとっての期待便益
が、ICカードのコスト負担に勝る、す
なわち、有償でICカードを販売できる
著者─────────────────────
大塚 玲(おおつかあきら)
情報技術調査室主任研究員
1991年大阪大学大学院工学研究科修士課程修了
専門は暗号理論と社会システム論
だけの魅力がすでにインターネット市
場にあること
リアル市場だけで電子マネーの普及を図
る試みは、多くの実験によって困難なこと
守岡太郎(もりおかたろう)
ECソリューション開発部副主任システムエンジニ
ア
1996 年京都大学大学院人間環境学研究科修士課程
が実証された。したがって、取引量が少な
修了
い間はネットワーク型電子マネーだけを提
専門は情報セキュリティと社会システム論
電子マネー事業の成立に向けて
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