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授業資料
動物生態学
第 12 回
社会生物学入門
担当
I
2007.6.26
松浦健二
http://www.agr.okayama-u.ac.jp/LIPM/
[はじめに]
今回と次回の講義では、動物の社会行動の進化について特に社会性昆虫に焦点を当てて紹介する。
この 2 回の講義では下に挙げる内容を理解し、説明できるようになることを目標とする。
1.昆虫の社会性とは何か、真社会性昆虫にはどのようなものがあるか、説明できるようになる。
2.自分では子供を作らず他個体の繁殖を助けるワーカー(働きアリ・働きバチ)が、なぜ進化
したのか、利他行動が進化する条件を「血縁選択理論」により説明できるようになる。
3.膜翅目(アリ、ハチ)では、なぜ杜会性が進化しやすいのか、性決定システムの特性に基づ
いて説明できるようになる。
4.膜翅目の社会構造と等翅目(シロアリ)の社会構造の違いを説明できるようになる。
5.社会性昆虫における性役割の進化を血縁選択説で説明でき、かつ、その理論の問題点と、代
替仮説について議論できる。
6.社会性昆虫学の最新トピックについて、自分ならどのようにアプローチするか考えてみる。
[ダーウィンの自然選択説]
進化とは、「生物の遺伝的性質が世代を通して変化していくこと」である。
自然選択による進化が起こるには、以下の3つの要素が必要である。
1.変異: 個体間で性質に違いがある。
2.選択: 性質が異なる個体の間では、次獣代に残せる子供の数が異なる。
3.遺伝: その性質が遺伝する。
適応度とは、
「繁殖可能な年齢まで成長した子供の数」である。
適応度=1個体あたりの子の数の平均×繁殖齢までの生存率
* 進化生態学で言うところの「有利な形質」とは、その性質を持った遺伝子型の適応度が、他の性質を持った
遺伝子型の適応度より高いということ。
[血縁選択理論と包括適応度]
ダーウィンの考えた自然選択のプロセスでは、
「より多く子供を残す個体の性質」が選択されやが
て進化するはずである。しかし、ハチやシロアリなどの社会性昆虫には、自分では子供を作らず
他個体の繁殖を助けるワーカー(働きアリ・働きバチ)が存在する。昆虫における、このような
「不妊性」あるいは「利他行動」がなぜ進化したのか?
W. D. Hamilton(1964)の血縁選択理論によりこの謎は理論的には解明された。血縁選択理論
とは、
「遺伝子を共有する血縁者の適応度も含めて選択がはたらくこと」である。このような血縁
者の適応度も含めた適応度を包括適応度(inclusive fitness)とよび、次式で表される。
IF = 1 − c + rb
ただし、利他行動をした個体がcだけ適応度を減らし(コスト)、それにより血縁度rの他個体が
b だけ適応度を上げるものとする。このとき、IF が1以上の値をとる、すなわち、
c /b <r
という条件を満たせば、その利他行動は進化しうる。これをハミルトン規則という。
[ハミルトンの 3/4 仮説]
膜翅目では、受精卵(2n)がメスに、未受精卵(n)がオスになる半倍数性(haplodiploidy)
の性決定システムであるため、働きバチの自分の子供に対する血縁度は 1/2、妹に対しては 3/4、
弟に対しては 1/4 である。この妹に対する血縁度が 3/4 と大きいため、娘バチ、娘アリ間に利他
行為が生じやすく、その極たる真社会性が何度も生じたのだという。
*血縁度とは、自分と相手が同じ遺伝子を共有する確率
[昆虫の社会性]
社会生物学の父と言われる E.O.Wi1son(1975)の定義によれば、社会とは、
「同種に属し共同
によって組織化された個体のグループ、その基準は単なる性行動以外の協同的性質のコミュニケ
ーションである。」ある種がどの程度社会化しているかを見る尺度には様々なものがあるが、
Michener(1969)は次の3つの特性を基準にして昆虫社会の進化系列を整理している。
(1)同種の複数個体が共同で子を育てる
(2)不妊カーストが存在する
(3)親世代と子世代が共存している
そして、昆虫の社会性の発達段階を次の6つに分類した。
(a)単独性(solitary)上記の3つの特性のどれも持っていない。
(b)亜社会性(subsocial)ある期間、白分の子を育てる。
(c)共同巣性(communal)同世代の個体が共同して創巣するが、育仔は共同して行わない。
(d)疑似社会性(quasisocia1)同世代の個体が同じ巣を用い、共同育仔を行う。
(e)半社会性(semisocia1)同世代の個体が共同育仔し、子を産まない個体つまり不妊カース
トが存在する。
(f)真社会性(eusocial)上記の3つの特性をすべて持つ。
ウィリアム
D. ハミルトン (1936-2000)
ダーウィン以来、最も偉大な進化生物学者と呼ばれる。
血縁選択理論、局所的配偶競争理論、老化の進化など。
1988 年ダーウィンメダル、1989 年リンネ協会科学メダ
ル、1993 年京都賞など受賞。アフリカでエイズの起源に
関する調査中に感染した悪性マラリアにより死亡。享年
63歳。
練習問題 昆虫の社会性に関する以下の3つの問いに答えよ。
(1)真社会性とはどのような生活様式のことか、その定義を簡潔に述べよ。
(2)膜翅目(アリ・ハチ)と等翅目(シロアリ)の社会構造の違いを、遺伝様式、変態様
式、および性比の 3 つの観点から簡潔に説明せよ。
(3)シロアリの社会には、コロニーの防衛のために形態的、行動的に特殊化した兵隊カー
ストが存在する。そして、兵アリは一般的に不妊である。このように、真社会性昆虫に
おいて、自分で子を産まない「不妊カースト」が進化した理由を血縁選択説に基づいて
説明せよ。
(4)ハキリアリの新女王が3個体の非血縁の雄と交尾し、コロニーを創設した。このコロ
ニーにおけるワーカー間の血縁度を計算せよ。
模範解答と参考図書はhttp://www.agr.okayama-u.ac.jp/LIPM/ にて掲載する。
練習問題 回答例
(1) 社会性のレベルは、共同育仔、不妊カースト、世代重複の3要素によって評価される。こ
れら3つの要素のすべてを有する生活様式を真社会性とよぶ。
(2) 膜翅目の遺伝様式が半倍数性であるのに対し、シロアリは両性二倍体。膜翅目が完全変態
昆虫であるのに対し、シロアリは不完全変態である。また、真社会性膜翅目のワーカーが
すべて雌であるのに対し、シロアリでは雌雄のワーカーや兵アリが存在する。
(3) 兵アリは自ら繁殖することはないが、自分の血縁者である生殖虫の繁殖を通じて、自分の
遺伝子を次世代に伝えることが出来る。このような血縁者の繁殖も含めた適応度を包括適
応度とよび、包括適応度に基づいた利他行動の進化の説明を血縁選択という。
社会性昆虫についてもっと深く知りたい学生のための推薦図書
1.社会性昆虫の進化生態学
2.シロアリの生態
松本忠夫・東正剛編
熱帯の生態学入門
安部琢哉著
海游社
ISBN4-905930-30-8
東京大学出版会
昆虫生態学研究室から貸し出しも可能です。希望者は松浦まで。
ISBN 4-13-063127-6
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