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「免疫とタンパク質分子のはたらき―生命現象を化学の言葉で理解する
「免疫とタンパク質分子のはたらき―生命現象を化学の言葉で理解する」 大阪大学名誉教授 畑田耕一、兵庫県立豊岡高等学校教諭 渋谷亘 本稿は畑田家住宅活用保存会主催の医学フォーラム(2012 年 5 月 13 日)での大阪大学名誉教授 岸本忠三氏の講演「いのちの不思議」に触発されて畑田耕一と渋谷亘が記述したものでありま す。本文を草するに当たっては岸本教授の講演の録音記録ならびに同氏の著書「いのちの不思 議」(大阪大学出版会)(文献 1)と「免疫難病の克服をめざして」(中山書店)(文献 2)、な らびに Bruce Alberts 等の著書「Essential Cell Biology」(原書第 3 版)の訳書「Essential 細胞生物 学」(中村桂子・松原謙一監訳 南江堂)(文献 3)を参考にさせていただきました。 生命現象の殆どは化学反応によっていることが分かってきました。言い換えれば、生命現象は 化学の言葉で記述し、化学のものの考え方で理解することが出来るのです。この文章は免疫のお 話から始まります。免疫作用の本質は抗原抗体反応であり、これは化学的にはアミノ酸のポリ マーであるタンパク質分子が関わる高度に選択的な分子認識反応です。DNA の機能発現にも自ら の構造制御も含めて驚くほど精緻な分子認識反応が関わっています。また、ウイルスの感染・増 殖も分子認識の過程として理解され、治療薬の開発が化学的な根拠に基づいても行えるようにな りました。この文章はこのような観点に立って、一般の方でも、高校程度の化学の基礎的な知識 があれば何とか理解出来るように記述したつもりです。また、生物学も化学も学習したことの無 い方は、分からないところはどんどん飛ばして、分かるところのみを読んでいただくだけでも、 いのちの本質についてかなりの理解を深めていただけるものと思います。ご精読いただければ幸 いです。 目 次 1. はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 2. 免疫の仕組みの発見・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 3. 免疫と抗体・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 4. ウイルスのヒトへの感染・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 5. ウイルスによる癌の発生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 6. 細胞表面マーカーとリンパ球・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 7. DNA が遺伝子の本体であることの発見とその構造の解明・・・・・・・・・・・ 10 8. 染色体と受精・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 9. 細胞操作と遺伝子操作・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 10.タンパク質の合成・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15 11.プリオン病と異常タンパク ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 12.遺伝性の病気とゲノム創薬 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 13.がんと遺伝子 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19 14.いのちの化学の分子生物学への展開 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21 1 1. はじめに 古代エジプト第 18 王朝(BC1403 ~ 1365 年)の石碑に、片足が尖足といわれる麻痺から回復し て萎縮し、杖を突いた状態の人物が描かれています。これは症状から見ておそらくポリオだろう と言われています。また、日本では北海道洞爺湖町の入江貝塚から発掘(1966, 1967 年)され た、約 4,000 年前の縄文時代後期の女性の人骨にみられる特徴がポリオの可能性を示していると 考えられています(文献 2 の 1 頁)。これほど昔から恐れられていた小児マヒもそのウイルスに 対するワクチンのお陰で地球上の殆どの国から姿を消しました。20 世紀の 100 年、医学の進歩は 我々の平均寿命を 40 才台から 80 才台にまで伸ばしました。今や高血圧、糖尿病、高コレステ ロール血症等の生活習慣病もほぼ完全にコントロール出来るようになりました。ウイルスや細菌 による病気を予防するワクチンと細菌による病気の治療に使われる抗生物質は感染症をほぼ完全 に制御し、乳幼児死亡や高齢者の肺炎を激減させたのです。 この文章では、人間がウイルスや細菌などの外部からの異物による攻撃にどのようなメカニズ ムで対処しているかを、免疫反応を中心に述べた後、そのメカニズムの根本をつかさどっている DNA(Deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)の構造と機能について解説しました。これらは 全て化学反応の精緻な組み合わせで構成されていることを考慮して、出来るだけ化学の目でもの を見て、分かり易い化学の言葉で語る努力をしたつもりです。ご一読いただいて、いのちに関わ るいろいろな現象を化学の目で、あるいは科学の目で考えることの楽しさを少しでも味わってい ただければ有り難いと思います。 2. 免疫の仕組みの発見 ワクチンの始まりである種痘は、乳搾りの女性が牛の天然痘である牛痘に軽く感染しているた めに天然痘にかからないことの発見が切っ掛けとなって生まれました。ジェンナー(Edward Jenner)が牛の天然痘ウイルスをヒトに接種することで天然痘にかからないようにする方法すなわ ち種痘を考え出したのです。ワクチンという名称は牛痘ウイルスのワクチニアウイルスに因んだ もので、パスツールがジェンナーの種痘の確立に敬意を表して付けたと言われています(文献 2 の 1 頁)。牛痘ウイルスから作ったワクチンがヒトの天然痘に効いたのは、同じウイルスが牛と ヒトに感染し、少しずつ変化して牛痘と天然痘のウイルスになったためと考えられています。種 痘によって天然痘に罹らなくなるように、生体が感染症に対して抵抗力をつける現象が免疫と名 付けられました。免疫の機構の解明はドイツのベーリング(Emil Adolf von Behring)と日本の北 里柴三郎によって、それぞれジフテリアと破傷風の毒素を用いて行われました(文献 2 の 59 頁)。これらの毒素を少しずつ馬に注射して置くと、その後で大量投与をしても、馬は発症しな いこと、また、それは抗毒素と名付けられた毒素に特異的に結合する蛋白が血清中に生成しそれ が毒素を中和するためであることが明らかにされたのです。抗毒素は、現在は抗体と呼ばれ、抗 原と呼ばれる毒素と特異的に結合して複合体を作り、これが白血球あるいはマクロファージに貪 食(異物と認識して捕食すること)されて体内から排出され、宿主の病気発症が防止されるのが 免疫の働きです。破傷風毒素を注射して免疫した血清は破傷風毒素を中和するが、ジフテリアに は効きません。一方、ジフテリア毒素を注射して免疫した血清はジフテリア毒素を中和するが、 破傷風には効きませんでした。すなわち、免疫作用には高い特異性があることが分かったので す。これらの発見によって、破傷風は勿論のこと、当時のヨーロッパで子供の死亡原因中最多で あったジフテリアによる感染死を防ぐことが出来ました(図 1 参照)。 3. 免疫と抗体 このようにして、免疫作用の本質が体外から侵入した細菌や毒素などの抗原と抗体タンパクと の結合反応であることが分かって来ると、次の問題は抗体タンパクの構造でした。血清中からの 抗体の分離はティセリウスの電気泳動法とスヴェドベルグの超遠心法によって行われ、その構造 は、エデルマンとポーターによって解析されました。その結果、抗体はタンパク質で出来た Y 字 型の分子で、末端に抗原と結合する部位を持つ同一の軽鎖(L 鎖)2 本と同一の重鎖(H 鎖)2 本 から成る 4 本鎖構造で、それぞれがジスルフィド結合( - S - S - )で連結されている図 1 に示した ような構造であることが分かりました。抗体の中、Y 字の両手にあたる部分は Fab (Fragment, antigen binding portion)、また Y 字の胴体に当たる部分は Fc (Fragment, crystallizable portion)と名付 2 けられていて、前者は抗原の認識に関わる部 分、後者は抗体の特性、すなわち次に述べる IgG か IgE かなどを決めている部分です。また 重鎖と軽鎖の先端にある抗原結合部位が抗原を 特異的に捕捉し、そのあとで白血球やマクロ ファージと結合して体外に排出されます。白血 球やマクロファージによる貪食という語はこの 段階を意味しています。 抗体を機能ではなく物質としてとらえる場合 は、免疫グロブリンあるいはイムノグロブリン (Immunoglobulin, Ig)と呼びます。ヒトの免疫 グロブリンには、IgG、IgA、IgM、IgE、IgD が あります。その中で、全体の 70 ~ 75%を占め る免疫グロブリン G(IgG)が通常の免疫に関わ るもので、その分子量は約 15 万(軽鎖が 2 万、 図 1 抗体分子の模式図* 重鎖が 5.5 万)です。他に、腸管、唾液、母乳 (文献 3 の図 4 - 29 を許可を得て改変の上掲載) などの分泌液の中にある IgA、IgG とよく似た 構造の分子量 18 万の免疫グロブリンが 5 つジス ルフィド結合でつながった分子量 90 万の IgM があります。IgE は僅か 0.001%しか存在しません が、後述のアレルギーやアナフィラキシーショックを引き起こします(文献 2 の 15 頁参照)。他 に、IgD という抗体がありますが、その役割は未だ明らかではありません。(文献 2 の 11 頁およ び文献 3 の 142 頁参照) ここで、免疫反応について少し詳しくお話しします。外部からヒトの体内に侵入した細菌やウ イルスなどの異物は先ず白血球の一種である好中球、マクロファージ(貪食細胞)、ナチュラル キラー細胞(NK 細胞)および樹状細胞に発見され攻撃(貪食)されて取り除かれます。この段 階を自然免疫といいます。 それでも異物が除去できないときは獲得免疫といわれる免疫反応が働きます。この免疫反応を 起こす切っ掛けになるのは、自分が取り込んだ抗原の情報を他の免疫系の細胞に伝える樹状細胞 の抗原提示と呼ばれる機能です。すなわち、樹状細胞は取り込んだ抗原を細胞内で酵素分解し、 生成したペプチド鎖の断片を細胞表面に出します。すると表面に存在する HLA(Human leucocyte antigen)という白血球の血液型を規定している分 子がこれを捕捉するのです。このように細胞表面 の HLA にペプチド鎖の断片が結合した状態の樹 状細胞がリンパ節に流れて行くと、そこで待ち構 えていたリンパ球の 1 種である T 細胞が HLA に よるペプチド鎖断片の捕捉状態を調べて元の抗原 が自己か非自己かを認識します。そして外部から 侵入した抗原が非自己であることが確認できれ ば、信号伝達物質であるサイトカインが T 細胞か ら放出されて、別の種類のリンパ球である B 細胞 が増殖し活性化されて抗体が多量に産生され、細 菌やウイルスを攻撃するのです。ここで B 細胞を 活性化するサイトカインを放出するのは T 細胞の 中のヘルパー T 細胞の 1 種である Th1 や Th2 細胞 です。重ねて言えば、HLA 分子は細胞表面で、進 入してきた抗原が細胞内で分解されて出来たペプ チド鎖断片と結合して、T 細胞に抗原の侵入を知 図 2 抗原提示の模式図 * Copyright ©2010 From“Essential Cell Biology, third edition” by Bruce Alberts, et al. Reproduced by permission of Taylor and Francis Group, LLC, a division of Informa plc. 3 らせているのです。この働きが抗原提示です(図 2 参照)。 なお、抗原の主成分であるタンパク質は、10 節で詳しく述べているように、いろいろな種類の アミノ酸が脱水反応で多数つながって出来た、大きくて引き延ばすと長い糸のようになる巨大分 子です。上述のペプチド鎖の断片というのは、酵素の働きでタンパク質分子内のアミノ酸間の結 合が加水分解反応で切れて出来た分子量のかなり小さなタンパク質のことです。 Th1 細胞はキラー T 細胞を活性化して直接抗原を死滅させます。ただ、この機構では間違いも 起こります。糖尿病やリウマチなどの自己免疫疾患と呼ばれる病気は、HLA が自己を非自己と誤 認し、キラー細胞や抗体が自己を攻撃して発症することが分かっています(文献 4 および 5)。 外来抗原の侵入が初めてではなく、前回の抗原侵入時に抗体産生に関与した B 細胞がまだ残っ ている場合は、B 細胞が抗原を認識して抗原提示を行い、樹状細胞と同様な方法で T 細胞を経由 して抗体が産生されます。前回の抗原侵入を記憶している B 細胞が消滅していた場合は初感染の 時と同様な機構で免疫反応が進行します。 ここで免疫の機構が B 細胞だけでは機能せず、T 細胞を介して作用するようになっているの は、ダブルチェック機能により免疫作用の確実性を高めて、自己を非自己と誤認して大事に至る ようなことを防ぐためであると考えられます。 なお、最近、自然免疫の段階で、最初昆虫で発見された Toll という受容体によく似た TLR (Toll-like receptor: Toll 様受容体)が細菌やウイルスの識別とマクロファージや樹状細胞の活性化 に深く関わっていることが明らかになりました。これについては、文献 5 および文献 2 の 35 - 51 頁をご参照ください。 免疫反応が人間に害を及ぼすこともあります。免疫反応が病的あるいは傷害的に作用する現象 をアレルギーといいます。フランスのリシェ(Charles Robert Richet)はクラゲの毒素を研究し、 少量のクラゲの毒を犬に注射し、約1カ月後に大量の毒素を注射すると免疫反応から予想される 結果とは異なり、全ての犬がショックを起こして死亡することを見つけました。彼はこの現象を 予防(Prophylaxis)の逆の意味でアナフィラキシー(Anaphylaxis)ショックと名付けました。 anaphylaxis の ana は反抗する、phlaxis は防御という意味です。これは、次に述べるように、通常 の免疫機構で働く抗体とは異なる種類の抗体ができるためであることが後に明らかになりまし た。 1966 年ジョンズホプキンス大学の石坂公成によって都会地に近い荒地に群生するブタクサに対 してアレルギーをもつ患者の血清から分子量約 19 万の新しい抗体 IgE が発見されました。IgE は、上述の IgG とは異なり、抗原の侵入を切っ掛けとして B 細胞によって産生されたあと、白血 球やマクロファージとは結合せず、肥満細胞(マスト細胞)表面の IgE 受容体と結合します。そ して次に抗原が侵入してきて、肥満細胞表面上に複数個存在する IgE に結合したときに、一つの 抗原が同時に二つの IgE に結合して IgE 同士を互いに橋掛けする反応が起こって、IgE 受容体が肥 満細胞表面上で凝集し、それが引き金となって肥満細胞中に蓄えられていたヒスタミンが放出 (脱顆粒)され、アレルギーを引き起こすのです。ヒスタミンは必須アミノ酸であるヒスチジン から生成するアミン化合物で、気管支平滑筋収縮作用、粘液分泌作用などを有し、アレルギー反 応を引き起こします。このような反応が鼻の粘膜で起こると鼻水やくしゃみがとめどもなく出る ことになりますし、目で起こると目が真っ赤になります。これが花粉症などのアレルギーの症状 です。皮膚で起こると蕁麻疹やアトピーになり、気管では喘息に、腸管では下痢になります。全 身で起こって血管の透過性が変わり、体液が細胞外に出て血圧が一気に低下し、ショック状態と なるのがアナフィラキシーショックです。(図 3) 抗体あるいは抗原と結合した抗体が白血球やマ クロファージと結合するか、肥満細胞と結合する かは、抗体の Fc 部分(Y 字の胴体にあたる部 分)の構造で決まります。すなわち Fc の構造が 抗体受容部の構造に特異的に出来ていて、IgG が 肥満細胞に結合するようなことは起こらないので す。(文献 2 の 15 頁および文献 6) なお、肥満細胞というのは哺乳類の粘膜下組織 や結合組織などに存在する造血幹細胞由来の細胞 図 3 アナフィラキシー反応のメカニズム 4 で、炎症や免疫反応などの生体防御機構に重要な役割を持つ細胞です。肥満という名前はその膨 れた様子が肥満を想起させることから付いた名前で、体の肥満とは関係がありません。念のため 申し添えます。 最近、抗原抗体反応を活用した医薬が多く作られるようになりました。抗体医薬といわれま す。大阪大学の岸本忠三教授が開発したリウマチの薬も抗体医薬の一つです。これは炎症性サイ トカインと呼ばれる炎症に関わる細胞間の信号物質の一つであるインターロイキン- 6(IL-6)と いうサイトカインの働きの抑制を目的として作られた医薬で、これが細胞表面の IL-6 受容体なら びに血液中や関節液中にある可溶性 IL-6 受容体に抗体として結合することで、体内に存在する IL -6 がその受容体に結合するのを防止して、リウマチの関節破壊、炎症反応、発熱、倦怠感、貧血 などのいろいろな症状を引き起こす IL-6 の機能発現を抑えるのです。この抗体医薬は、先ずヒト の IL-6 受容体を抗原として認識する抗体をマウスで作り、その抗原結合部以外を遺伝子工学の技 術でヒト化して、ヒトの体内で異物と認識されないようにしてあります。IL-6 は、上に述べた T 細胞や B 細胞を活性化するサイトカインの一つなのですが、過剰に産生されると発熱や関節痛な どの炎症症状を引き起こすのです。関節リウマチの患者では、関節の滑膜から大量の IL-6 が放出 されており、これが上記のリウマチ特有の症状を引き起こしています。なお、風邪、肺炎、火 傷、がん、などで炎症が起こると IL-6 が放出され、これが肝臓の細胞に作用してアルブミンを産 生する遺伝子の働きを止め、代わりに急性期タンパク CRP(C-reactive protein)を作るようになり ます。リウマチ患者で CRP が上がるのは炎症部から多量の IL-6 が放出されるためです。岸本教授 は「インターロイキンの分離とそれらの性質の同定による炎症性疾患解明」で現大阪大学総長平 野俊夫博士、コロラド大学の Charles Dinarello 教授とともにスウェーデン王立科学アカデミーより クラフォード賞を受賞しておられます(文献 2 の 54 - 94 頁参照)。 癌細胞も細菌やウイルスと同様に体にとっては異物なので、免疫の機構を利用して予防あるい は治療出来てもおかしくないのですが、正常細胞との差が小さいこともあって、抗原抗体反応を 活用した治療の成功例は多くはありません。放射線や抗がん剤による治療は活発に分裂している 癌細胞だけを殺すのではなくて、正常細胞、特に、体の中で一番よく分裂を続けているリンパ球 も殺してしまい、癌細胞だけを排除することは出来ないのです。最近、癌細胞だけを標的として 殺すことの出来る抗がん剤が少しずつ出現して参りました。 乳がんは通常その進行がかなり遅いのですが、中には細胞の増殖が非常に早いものがありま す。そのような乳がん細胞は細胞表面に HER2(Human Epidermal Growth Factor Receptor Type2) と名付けられている膜タンパクを持っていることが分かりました。乳がんの治療薬ハーセプチン はこの HER2 タンパクに抗体として結合してその機能であるがん細胞の増殖を抑制するもので す。上記の関節リウマチの場合と同様の方法で作られた代表的なヒト化抗体医薬の一つです(文 献 7)。この抗体医薬の場合はキラー T 細胞やマクロファージが、がん細胞を覆っている抗体の Fc 部に結合して細胞を傷害する ADCC(Antibody-Dependent-Cellular-Cytotoxicity : 抗体依存性細 胞傷害)活性が増強されることも明らかになっています(文献 8)。 抗生物質の多くは細菌の生存に必要な酵素タンパクの合成(第 10 節参照)を阻害して細菌を死 滅させる医薬です。たとえば、ペニシリンは細菌の細胞壁の主要成分であるペプチドグリカンを 合成するのに必要な酵素タンパクの働きを止めて細菌を殺してしまうのです。ヒトの細胞壁には ペプチドグリカンは存在しないので影響はありません。細菌は 20 分に 1 回ぐらいの速さで分裂し ます。DNA の変化(異常の発生)は細胞分裂の際に発生するので、分裂が早ければ早いほど、 DNA の変化の機会は多くなります。多数の細菌集団の中では DNA が変化した細菌が出現する可 能性が高くなり、抗生物質を使用すればするほどそれに対する耐性のある細菌が選択的に生き 残って来ることになるのです。MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)はどのような抗生物質 も効かない抗生物質耐性菌の代表例です。 細菌に対する抗体を、牛を使って大量に作ろうとする研究が始められています。それはヒトの 抗体の遺伝子を含む染色体全部を牛の受精卵の中に入れて、ヒトの抗体遺伝子を全部持った牛を 作る方法です。この牛の乳からヒトの多種多様な抗体を大量に採ることが出来ます。また、この 牛に抗生物質耐性菌を与えて抗体を作ることも可能でしょう。免疫の原点にかえる薬の作り方と もいえるもので、今後の発展が期待されます(文献 9)。 最近は抗体を生体外でも活用するようになりました。それは、抗原抗体反応が化学的にはタン 5 パク質分子が係る高度に選択的な分子認識反応であることが明らかになってきたからです。1975 年、抗体産生細胞である B 細胞(B リンパ球)と骨髄腫細胞(ガン細胞の一種)をポリエチレン グリコール中で細胞融合させると、非常に寿命の長い抗体産生細胞となることが発見されました (文献 10)。この融合細胞も B 細胞と同様にそれぞれの細胞は唯一種の抗体を作りだすので、細 胞を一つずつ取り出して培養すれば化学的に均一な抗体の製造装置となります。化学的にただ一 種類の均一な抗体をモノクローナル抗体※といいます。B 細胞は生体外に取り出すと比較的短い時 間で死滅してしまうのでモノクローナル抗体の製造には使えません。この細胞融合の技術の確立 によって、抗体は生体外の様々な場面でも利用されるようになりました。ウイルスが私たちの呼 吸器系に入り込まないように抗体を固定したマスクの製造や上に述べた乳がん治療薬ハーセプチ ンのようながん細胞表面をピンポイントでねらい撃ちする効果的かつ副作用の少ないがん治療の ための抗体医薬品の研究・開発などは身近な例です。 1980 年代半ばに、特定の反応を加速させる機能をもった抗体、すなわち触媒抗体(catalytic antibody)を作る技術が開発されました。これは、望みの抗体の抗原となるような化合物をマウス に注射して、その抗体を産生する B 細胞の数を増やしたうえで骨髄腫細胞との融合細胞を作るこ とによって実現しました。これによって抗体は生物や医学のみならず、化学の分野においても利 用されるようになりました。この種の抗体を触媒に用いると、たとえば、特定の化合物が水と反 応してより小さな分子に分解する加水分解反応を生体内と同じような温和な条件で行うことが出 来ます(文献 11 および 12)。加水分解反応は、生体内では、食餌中の高分子量物質の単糖,ア ミノ酸,脂肪酸など吸収可能な低分子量化合物への分解、外来性の異物の分解、細胞内で不要に なったタンパク質や核酸などのアミノ酸やヌクレオチドへの分解・回収などに活用されていま す。 さらに近年、生体内には存在しない金属錯体に結合する抗体を作製し、抗体の結合部位を特異 な反応制御場として活用した高機能触媒が作られました。例えば、特殊なロジウム錯体を特異的 に認識するモノクローナル抗体を作製して、アラニンというアミノ酸を合成すると生体内に存在 するアラニンと全く同じ立体構造のものを作ることが出来ます。生体関連のアミノ酸には立体構 造が右手型と左手型のものが存在し、生体内に存在するものは全て左手型なのですが、これを生 体外で合成すると、いろいろな工夫をしても大抵の場合若干の右手型の混入を防ぐのは困難で す。この抗体を利用する方法では完全に 100%左手型が出来るのです(文献 13 および 14)。 2B6 というモノクローナル抗体に亜鉛ポルフィリンを組み合わせた触媒の存在下で、水に太陽 光を照射すると、水から水素を発生させることができます(文献 15)。未だ収率は低いですが、 炭酸ガスを出さないクリーンな燃料を水と太陽光から生産する方法の一つとして、活用される日 も近いと思われます。 このように生体内での抗原抗体反応の研究で明らかになった抗体の機能は医学・医療の分野の みならず、化学や生物学の分野でも成果を上げつつあります。巨大分子であるタンパク質による 分子認識の化学と技術の研究として今後の大いなる発展が楽しみです。 4. ウイルスのヒトへの感染 最初にお話しした小児マヒも天然痘もウイルスによる病気です。ウイルスはそれだけでは増殖 できません。細菌培養のような方法では増殖しないのです。必ず生体の細胞の中で増殖し、また 変異します。そして細胞膜を破って生体内に流出します。それでも自然の宿主を殺すようなこと はしません。自らの保身のためです。たとえば、鳥インフルエンザウイルスは自然宿主の渡り鳥 には感染しても発症させませんが、ニワトリや七面鳥には高い病原性を示します。アヒルのイン フルエンザウイルスがニワトリにうつり、そこで突然変異して強力な病原性を示すこともありま す。また、アヒルとヒトのインフルエンザウイルスはヒトとアヒルの間では互いには感染しませ んが、豚の体内に一緒に入って遺伝子が混じり合うと、ヒトにも感染する病原性の高いウイルス になることもあります。ヒトのインフルエンザに感染した人が、ニワトリのインフルエンザに感 染すると同様なことが起こる可能性があります。 ※抗体は通常いろいろな種類のB細胞から作り出される化学的混合物です。モノクローナル抗体 は同種のB細胞群から作り出された化学的に均一な抗体の集まりです。 6 O ウイルスと細胞との関わり合いについてもう少し詳し いお話しをする前に、細胞、特に細胞膜の構造について CH2 O C R1 お話しをします。細胞の容器にあたる細胞膜は、図 4 に R1およびR2は長い炭化水素 O 示したように、水に不溶の脂質分子の 2 重層で形作られ CH O C R2 た厚さ 5 ナノメーター程度の薄膜で、この膜を通して細 O O 胞の栄養分が入るとともに老廃物が排出されるなど、い + ろいろのものの出入りに使われると同時に、細胞内の必 CH2 O C O P O CH2CH2N (CH3)3 要な成分が細胞外に流出するのを防ぐ役割も果たしてい O ます。脂質分子は、コリン、レシチンなどの親水性(水 化学式 1 フォスファチジルコリン との親和性が高く、水と混ざり易い)頭部と疎水性(水 との親和性が低くく、水と混ざり難い)炭化水 素鎖 1 ~ 2 本を持つ細長い分子です。最も大量 に存在する脂質分子は親水部と疎水部がリン酸 基を介してつながったリン脂質で、その代表的 なものはホスファチジルコリン(化学式 1)で す(第 14 節参照)。疎水部同士が寄りあって親 水部を外に向けた形で多数の脂質分子が並んで 2 重層の膜になったのが細胞膜です(図 4)。実 際の細胞膜はいろいろな種類の脂質分子で形成 図 4 細胞膜の模式図 されています。そして、これらの脂質分子は動 き易く、細胞膜の内側あるいは外側の層の中ではかなりの速さで位置の交換をしています。この 脂質分子の位置交換が膜の流動性を高めているのです。この膜の流動性は細胞膜の融合や次に述 べる細胞膜に埋め込まれた膜タンパクの機能の発揮などで重要な働きをしています。なお、脂質 分子の詳細については第 14 節を参照して下さい。 細胞膜にはいろいろな種類のタンパク質分子が埋め込まれていて、栄養物や代謝産物、イオン などの輸送をつかさどるほか、細胞周辺のシグナル分子の受容体や酵素として機能しています。 これらのタンパク質の大半にはグルコース、ガラクトース、マンノースなどの糖が複数個つな がった糖鎖が結合していて、糖タンパクと呼ばれます。これらのタンパク質に結合した糖鎖は水 を吸収するので細胞の保護や潤滑材の役目を持っています。また、多細胞生物の細胞は個々に独 立して存在するものではなく、細胞同士あるいは細胞外の構造物に付着(接着)して存在するの が普通です。この際の細胞同士の互いの識別や接着にも糖タンパクの糖鎖は重要な役割を果たし ています。たとえば、精子による卵細胞の識別には、卵細胞表面の特定の糖鎖が関わっているの です。また、皮膚や消化管の内面を覆っている上皮細胞の細胞同士の密着結合にはクローディン というタンパク質の会合が細胞接着の働きをしています(文献 3 の 221 - 228 頁)。このように、 細胞膜は互いに仲の良い分子同士が相手を認識した上で会合して、分子一つにはない機能を発揮 している分子集合体ということが出来ます。生体内での分子の会合は、後で述べるウイルスの外 皮におけるタンパク質分子の会合や DNA 分子の会合も含めて、生命現象を司る上で重要な働き をしていることが多いのです。 ウイルスはいくつかのタンパク質分子が会合して出来た小さな外被に包まれた遺伝子といえる ものです。ウイルスによっては、このタンパク質の外被がさらに上に述べた脂質 2 重層の膜に覆 われています(図 5)。その代表的なウイルスがインフルエンザウイルスです。インフルエンザ ウイルスが宿主となる細胞内に入る時には、このウイルスの脂質 2 重層が宿主細胞膜の脂質 2 重 層と融合するのです。そして、ウイルスの遺伝子が宿主細胞の内部に放出されるのです。ここで は、上に述べた細胞膜の流動性がウイルスの細胞への侵入に大いに役立っています。ウイルスの 外被は小さいのでその中に入る DNA や RNA の量には限りがあり、その複製すなわち自己の再生 産をするのに充分な遺伝子情報を持たず、宿主細胞の中の生化学装置を使って増殖をするので す。ウイルスが持つ情報は、自らの外被を構成するタンパク質と自己の遺伝子の複製に必要な酵 素を宿主細胞の中から引き寄せるタンパク質に関する情報のみであります(このウイルスの増殖 に関する記述は 7、10、13 節を読んで頂くと分かり易くなります)。 ウイルスを囲む脂質 2 重層にはそのウイルス特有のタンパク質あるいは糖タンパクの突起(ス 7 パイク)が埋め込まれています。たとえば、 上記のインフルエンザウイルスの表面にはヘ マグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA) という 2 種の糖タンパク質の突起が存在しま す。HA はさらに 15 種類に、NA は 10 種類に 分かれていて、その組み合わせによってウイ ルスの型分けが出来ます。たとえば、スペイ ン風邪のウイルスは H1N1、ニワトリのイン フルエンザウイルスは H5N1 です。違った型 のウイルスに対するワクチンは効かないの で、インフルエンザワクチンは多くの種類の ものを用意しなければならず、またその年に 流行するインフルエンザのワクチンが何時も 用意されているわけではありません。 ところで、インフルエンザウイルスの HA スパイクはウイルスが標的とする宿主細胞表 面のシアル酸(sialic acid)を含む糖鎖に結合 して細胞内に侵入し、増殖します。増殖した ウイルスは他の未感染の細胞に感染するため に細胞の外に出ようとするのですが、その 際、直接外に出るのではなくて、ウイルスの 図 5 インフルエンザウィルスの構造模式図 (文献 1 の 57 頁) HA 突起が一旦細胞表面のシアル酸を含む糖 鎖に結合します。この結合を切断して増殖し OH たウイルスを外に出す役目を果たすのが NA 突起なのです。 HO O 抗インフルエンザウイルス薬のタミフルは NA の機能を阻害 C OH O し、宿主細胞内で増殖したウイルスが、宿主細胞の外へ遊離 NH2 OH するのを抑制し、インフルエンザウイルスの増殖を抑制する 薬なのです。どのような型のインフルエンザウイルスに対し OH ても効果のある抗インフルエンザウイルス薬です(文献 OH 16)。ウイルスの感染・増殖のメカニズムも分子認識の過程 化学式 2 シアル酸の一つ として化学的に理解されるようになり、ウイルスによって引 ノイラミン酸 き起こされる病気の治療薬の開発が経験的だけではなく化学 的な根拠に基づいても行えるようになったのは注目すべきこ とと考えます。 1980 年免疫反応で重要な役割を担う T 細胞(T リンパ球)が著しく減少して、健康人なら肺炎 などになる筈のないどこにでも存在するカビが原因の肺炎患者が見つかりました。いわゆる後天 性免疫不全症候群(AIDS : Acquired Immune Deficiency Syndrome)の始まりです。2 年後にヒト 免疫不全ウイルス(HIV : Human Immunodeficiency Virus)というアフリカのサル由来の新しいウ イルスによる病気で、精子や血液細胞の中に入ったウイルスによって感染することが明らかにな りました。性交渉だけでなく血液製剤からも感染が広がりました。ウイルスに感染すると血液中 に抗体が出来ますが、これには感染後数週間が必要です。この間に採血した血液を使うと感染が 起こる可能性があるのです。それで現在は、献血の際のチェックに、抗体の検査ではなくウイル スの遺伝子そのものを増幅して検出する方法が採用されています。これは核酸増幅検査(NAT : Nucleic acid Amplification Test)と呼ばれ、遺伝子の一部を取り出し、その複製を繰り返して、も との数万倍以上に増幅して検出する感度の高い検査法です。なお、エイズは生殖年齢にあたる若 い人達にも感染し、母親から子供にも感染するので最終的には人類の滅亡につながりかねないと いう意見もあるくらいです。 5. ウイルスによる癌の発生 ウイルスが癌を発生させることがあります。1911 年アメリカ NIH(アメリカ国立衛生研究所) 8 のラウス博士(Francis Peyton Rous)はニワトリの癌である肉腫がウイルスによって起こることを 見出しました。京都大学の藤浪鑑教授も 1913 年同じ事実を発見しました。彼らはニワトリの肉腫 をすり潰して、素焼きの濾過器を通して細菌をすべて取り除いた液を他のニワトリに注射すると 肉腫が発生することを見出したのです。当時はウイルスという概念は存在せず、濾過性病原体と 呼ばれていましたが、後にこれがウイルスによって起こる癌の最初の発見であることが明らかに なりました。(文献 17) 高月清博士によって発見された成人 T リンパ球白血病はウイルスによって引き起こされるヒト のがんです。この患者の多くに出身地の地域性が認められることからウイルスの関与が疑われ、 ウイルスによるものであることが日沼頼夫博士らにより明らかにされました。同じころアメリカ 国立癌研究所のガロ博士(Robert Gallo)がカリブ海地域に多発する血液細胞の癌から発見したウ イルス HTLV-1(Human T-lymphotropic Virus -1)が成人 T リンパ球白血病のものと同じであるこ とが明らかになりました。このウイルスは CD4 という細胞表面マーカー(第 6 節参照)を持つ T リンパ球に感染し、これを癌化させます。エイズウイルスも CD4 マーカーを持つ T リンパ球に感 染しますが、この場合は T リンパ球を殺してしまうのです(文献 1 の 14 頁)。 子宮頸部の上皮に生じる子宮頸癌もウイルスが関与することが明らかになっているがんです。 この癌は既婚女性に多いことから性交との関連を想像して研究がすすめられ、ヒトパピローマウ イルスのある種の亜型が性交によって感染し、感染細胞が無制限に増殖する結果であることが明 らかになりました。現在は、ワクチンによる予防が可能になっています(文献 3 の 719 頁)。 6. 細胞表面マーカーとリンパ球 ここで、前節で説明なしに使用した CD4 細胞表面マーカーについて少し説明して置きます。ヒ トの白血球を主とするさまざまな細胞表面には糖タンパクなどで出来ていて特定のモノクローナ ル抗体(均一な抗体)と特異的に結合する能力を待つ抗原分子が存在し、細胞表面マーカーと呼 ばれています。特定の細胞表面マーカーは唯一種の特定の抗体とのみ結合するわけです。細胞表 面マーカーと結合する抗体は多種多様なので CD 番号と呼ばれる国際分類番号が付されていま す。CD 分類は 1982 年にパリで開かれた第 1 回ヒト白血球分化抗原に関する国際ワークショップ 以来続けられていて、2007 年1月現在までに 9 回のワークショップを通じて CD350 までが決定さ れています。CD という記号は、cluster of differentiation の頭文字をとったもので、白血球上の種々 の抗原分子に結合する抗体をクラスタ解析(群解析)で分類したことから名付けられたもので す。CD 番号はこのように白血球やその他の細胞の細胞表面マーカーを抗原とする抗体の分類番号 ですが、この抗体に対応する細胞表面の抗原を表すのにも利用されます。たとえば、「CD4 マー カーを持つ T リンパ球」という表現がそれです。CD4 マーカーを持つ T リンパ球は他の T リンパ 球の機能発現を誘導したり、B リンパ球の分化成熟、抗体産生を誘導したりする機能を持ってお り、第 3 節で述べたヘルパー T 細胞(下記参照)とも呼ばれています。CD 番号は T 細胞(T リン パ球)の機能を表すのにも使われているのです(文献 18)。 ヒトのリンパ球(Lymphocyte)は白血球細胞の 20 ~ 40%を占める細胞で、第 3 節でも述べたよ うに、抗体などを使って異物、特にウイルスや腫瘍細胞を攻撃し、免疫機構の中で重要な役割を 果たしています。先にも述べましたが、リンパ球には、T リンパ球(T 細胞ともいう、ヘルパー T リンパ球とキラー T リンパ球がある)、B リンパ球(B 細胞ともいう)、ナチュラルキラー細 胞(NK 細胞)などの種類があります。先にも述べたように、B リンパ球は抗体産生に携わり、ヘ ルパー T リンパ球は B リンパ球の増殖ならびに分化因子であるサイトカインを放出して、それを サポートします。細胞内に入り込んでしまったウイルスに対して抗体は無力なのですが、ウイル ス由来のタンパク質の性質が何らかの形で細胞表面に現れるので、キラー T リンパ球がこれを認 識して細胞を殺します。 NK 細胞は抗原を認識する過程を経ないで、ウイルス感染細胞、悪性腫瘍細胞などヒトにとっ て異物となる細胞を殺します。生まれつき細胞殺傷能力を持っているという意味でナチュラルキ ラーと名付けられたわけです。NK 細胞は感染に対する免疫が成り立つまでの間、ウイルス感染 を制御するのに役立つのですが、一つ間違えば正常細胞を攻撃する可能性もあるので、その活動 は、ウイルス感染細胞や腫瘍細胞の発するサイトカイン(第 3 節参照)のような活性化因子を活 用した制御機構の中に組み込まれていて、厳密に制御されています。このように、ヒトの体はい 9 ろいろな機構で外敵から守られているのです。ただ、肝炎ウイルスが感染した肝臓の細胞がキ ラー T リンパ球に攻撃されて破壊され、肝炎が拡大するようなことも起こります(C 型肝炎)。 第 3 節に述べたアレルギーやアナフィラキシーショックなどとともに免疫機構がマイナスに作用 する典型例の一つです。 T 細胞は骨髄で未熟な状態で産出された後、胸腔に存在する胸腺(Thymus)で成熟します。B 細胞は主として骨髄で成熟し、さらにリンパ節に移動し、そこでも増殖・成熟が行われます。T リンパ球の名前は胸腺(Thymus)に由来しているのですが、B リンパ球の名前の由来は骨髄 (Bone marrow)ではなく、抗体をつくるリンパ球はニワトリでは肛門の出口にあるファブリキウ ス嚢(Bursa of Fabricius)であるという発見に由来しています。(文献 2 の第 2 章参照) 7. DNA が遺伝子の本体であることの発見とその構造の解明 ここまでに、遺伝子という言葉を何度か使って参りました。この語は、遺伝する因子という意 味ですが、その発端はメンデルの法則の発見(1865)です。遺伝子の実体は遺伝情報を担う物質 であり、それは、かなり長い間、細胞内のタンパク質であると言われてきました。 O 1869 年から 1929 年にかけて、細胞内にはデオキシリボ核酸(Deoxyribonucleic acid : DNA)と呼ばれる塩基が結合したデオキシリボースという多価アルコール HO P OH と 3 塩基酸のリン酸で構成される巨大分子(ポリマー)が存在することが明らかに HO されました。そして、ウイルスや細菌、あるいはヒトなどの生体の遺伝情報の実体 化学式 4 は、従来言われていた細胞のタンパク質ではなく、DNA であることがロックフェ ラー大学のアベリー(Oswald Theodore Avery)によって非病原性(R 型)と病原性 リン酸 (S 型)の 2 種類の肺炎連鎖球菌を用いる実験で見事に解明され ました。 塩基 まず S 型菌の細胞構造を破壊した後、タンパク質分解酵素で処 理してタンパク質を取り除いてから R 型菌に与えると、その R 型 1' H 菌は形質転換を起こして S 型に変わりました。そしてその変化は H H 2' 恒久的で、それ以降の世代に受け継がれました。ところが、DNA O 分解酵素で処理したものは R 型菌に与えても、R 型菌は形質転換 3' H 5' O を起こさなかったのです。これはタンパク質が遺伝子の本体では CH2 O H 4' なく、DNA が遺伝子の本体であることを明確に証明するものでし O P O た。丁度日本がアメリカと戦争していたころのことですが、この O 研究成果はジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによる n DNA の二重らせん構造の発見へと繋がり、現代遺伝学や分子生物 学の発展の大きなきっかけとなりました。 化学式 5 DNA ポリマー DNA は、上にも述べたように、塩基が結合したデオキ NH O シリボース(リボースの 2 位の OH 基が H に置換した五 C C 炭糖)とリン酸(化学式 3 と化学式 4)で構成される核 N N C N C NH 酸と呼ばれる巨大分子(ポリマー)です。リン酸がデオ HC HC C CH C C キシリボースの 5' と 3' の位置で 2 つの糖を結び付けるこ N N N N NH H H とによって DNA の長い鎖が出来ています。その長さは 引き延ばすと 1 分子で数センチメートルになります(化 アデニン(A) グアニン(G) 学式 5)。塩基はデオキシリボースの 1' の位置に結合し NH O ており、その種類はアデニン、グアニン、シトシン、チ 2 2 2 C HO CH2 C H H OH O H C C C OH OH H HO HC 5' CH2 4' C H 3' H C OH OH O H C C 2' H 1' 10 HC シトシン(C) C C C N H H 化学式 3 リボース(左)とデオキシリボース(右) H3C N NH HC O C N H O チミン(T) 矢印が結合部位 化学式 6 DNA を構成する4つの塩基 図6 DNA * 図7 (文献 3 の図 5 - 6 より許可を得て掲載) DNA の二重らせん構造* (文献 3 図 5 - 2 より許可を得て掲載) ミンの四種類(化学式 6)で、それぞれ A, G, C, T という記号で表記さ れます。DNA の二重らせん構造は A と T および G と C の間に水素結 合(後述)で生成する橋掛けによって構築されていることが X 線結晶 構造解析などから明らかにされました。これにより、遺伝が DNA の複 製によって起こることや DNA 鎖上の塩基の配列が遺伝情報であること が説明できるようになりました。(図 6)(五炭糖の炭素の位置番号に プライム ' が付いているのは、塩基の位置番号にプライム ' の無い通 常の数字が使用されるためです。) 図8 DNA の複製起点* 水素結合というのは、酸素や窒素などの電気陰性度すなわち電子を 引き付ける力の大きな原子に結合した水素原子が同じ分子内あるいは (文献 3 の図 6 - 5 より 別の分子の酸素や窒素などの電気陰性度の大きな原子との間に作る弱 許可を得て掲載) い結合をいいます。水素よりも電気陰性度の大きな原子に結合した水 素は若干正電荷を帯び、若干負電荷を帯びた他の電気陰性度の大きな原子との間に弱い電気的引 力が働くのです。一つの水素結合の強さは共有結合に比べてはるかに弱く、分子の熱運動で簡単 に切れてしまう程度の強さですが、多数集まればその効果を無視できなくなります。水が、その 分子量が沸点- 162℃のメタンとあまり違わないにもかかわらず、沸点 100℃の液体であることや 高分子である DNA が強固な 2 重らせんを作るのはそのためです(図 7)。DNA の二重らせんの 2 本鎖の塩基配列は相手の鎖の塩基配列と正確に相補的になっています。そのために、お互いに 新たな相補鎖を正確に合成するための鋳型に使えるのです。DNA はこの相補的な塩基間の水素結 合で 100℃近くでないと離れないほどしっかりと結びついています。それで、DNA の複製は、先 ず DNA に複製の開始剤となるタンパク質が結合して 2 本鎖を分離させるところから始まります。 この 2 本鎖が開き始める複製起点には開始タンパクと強く結合する塩基配列があるだけでなく、 G - C 配列よりは水素結合の数の少ない A - T 配列の数が多いのです(図 8)。複製起点に開始タ ンパクが結合して二重らせんの一部が解離すると、DNA ポリメラーゼの働きで元の DNA(親 鎖)の塩基と相補的な塩基を持つデオキシリボヌクレオチド(DNA の最小構成単位)を持つ Copyright ©2010 From“Essential Cell Biology, third edition” by Bruce Alberts, et al. Reproduced by permission of Taylor and Francis Group, LLC, a division of Informa plc. * 11 NH2 N O 図9 複数の複製起点 * - O O P O O- (文献 3 の図 6 - 9 より許可を得て引用) N O P O O- P O CH2 O- N N O H H H H OH OH DNA 鎖(娘鎖)が親鎖を鋳型(テンプレート、 template)として順次合成されて成長し、最終的 化学式 7 リボヌクレオシド 3 リン酸の には、親鎖と完全に相補的な娘鎖がそれぞれ 1 例(アデノシン 3 リン酸) 本ずつできて複製が完了します。ヒトの DNA1 NH 分子には複製起点がほぼ 1 万個あり、同時に複 N 製が開始されるので複製時間が大幅に短縮され 塩基 O O O ているのです。(図 9)ここで、ヌクレオチド O P O P O P O CH N O O O O O (Nucleotide)とは、窒素を含む環状化合物の塩 H 糖 H (RN1) 基がリボースあるいはデオキシリボースに結合 H H OH OH したヌクレオシド(Nucleoside)という化合物の NH 糖の部分に 1 個以上のリン酸が結合したものを + N C いいます。化学式 7 に示したヌクレオシド 3 リ リン酸 C N HC 塩基 O O O ン酸はリボースの 5' の位置にリン酸の 3 量体が (RN2) C CH N O P O P O P O CH N O 結合したヌクレオチドの一例です。 O O O H 糖 H それでは、この DNA の複製の過程を少し詳 H H しく説明します。複製起点は DNA の2本鎖が OH OH ほどけて Y 字型になった 2 か所で、ここを複製 フォークと言います(図 9)。複製はこの複製 NH フォークが DNA をほどきながら両側へ移動し N ていく両方向性の方式で行われます。DNA の複 塩基 O O O 5' 製は DNA 上の塩基と相補的な塩基を持つヌク N O O P O P P O CH O レオシド 3 リン酸が、DNA ポリメラーゼの働き O O O H 糖 H NH で、DNA を鋳型として連結していく化学反応 H H 3' O OH C N (重合反応)です。ただ、複製起点から 10 塩基 C N O P O HC 分ぐらいは DNA 鎖ではなく RNA 鎖(16 頁後段 塩基 O 5' C CH N CH 参照)が作られます。先ず、起点の塩基と相補 N O H 糖 H 的な塩基を持つリボヌクレオシド 3 リン酸(RN1) H H 3' が塩基同士の相互作用で起点に結合し、さらに OH OH 次のリボヌクレオシド 3 リン酸(RN2)が結合する と、DNA を鋳型として RNA を合成する酵素 + O O RNA ポリメラーゼの一つであるプライマーゼ P P HO O OH (DNA 複製鎖の導入部の合成に関わる酵素)が HO OH 作用してヌクレオシド 3 リン酸 RN2 からピロリ ピロリン酸 ※ただちに加水分解されることで、逆反応(分解)が起こらない ン酸(リン酸の 2 量体)が脱離してヌクレオシ ようになっている。 ド RN1 の 5 炭糖の 3' 位と RN2 に残ったリン酸 化学反応式 8 ヌクレオチドの生成 がつながり RNA の 2 量体が生成します(化学反 応式 8)。DNA 鋳型上でヌクレオシドの 5 炭糖の 3' 位とそれに続くヌクレオシドの 5 炭糖の 5' 位 がリン酸を介してつながったわけです。ここで、ヌクレオシド 3 リン酸からピロリン酸が脱離す る反応は発熱反応で、このエネルギーが 1 番目と 2 番目のヌクレオシドを連結させるエネルギー に使われるのです。生体内の酵素を触媒とする上手な反応例の一つです。(化学反応式 8) 2 - 2 - - - 2 - 2 - - - 2 - 2 - - - 2 - 2 Copyright ©2010 From“Essential Cell Biology, third edition” by Bruce Alberts, et al. Reproduced by permission of Taylor and Francis Group, LLC, a division of Informa plc. * 12 NH 2 同様にしてヌクレオシド 3 リン酸の付加が続いて N O O O RNA の 10 量体ぐらいが出来たところで DNA 上の塩基 O P O P O P O と相補的な塩基を持つデオキシリボヌクレオシド 3 リ N O O O O CH 2 ン酸(化学式 9)が DNA 鋳型上に呼び込まれ、DNA O ポリメラーゼの作用で RNA プライマー(導入部)の場 H H 合と同様の形式の反応で DNA 複製鎖が作られていきま H H OH H す(図 10)。DNA ポリメラーゼはヌクレオシドをつな OHがHとなり、 Oが抜けている ぐ作用だけでなく校正機能も持っていて、新しいヌク レオシドを付加するときにその直前のヌクレオシド単 化学式 9 位の塩基が間違っている場合にはそのヌクレオシドを デオキシリボヌクレオシド 3 リン酸の例 外して正しいものと付け替える機能も有する 優れた触媒です。この酵素触媒はヌクレオシ ドが付加するたびに DNA に沿って動き、次 の複製起点のところまで重合反応を繰り返し ていくのです。 DNA と RNA の主な違いは糖の単位がデオ キシリボースか、リボースかですが、もう一 つ塩基として RNA では DNA のチミン(T) の代わりにウラシル(U)(化学式 10)を含 む点が違っています。しかし U は T と同様に A と塩基対を形成するので、上記のプライ マー RNA の合成と DNA の合成とは、DNA 鎖上での相補的な塩基対形成により全く同じ ように行われるのです。RNA プライマーは最 終的には DNA 鎖中の異物と認識されて取り 除かれ、DNA 修復ポリメラーゼの作用で DNA 鎖に置き換えられます。また、このよ うにして部分的に複製された DNA 鎖は DNA リガーゼの働きで正しく接続されて全体の複 製が終わります。 なお、ここで説明した DNA の複製は 2 重 らせんから 2 本鎖に分かれた DNA 鎖の中、 ヌクレオシドの 5 炭糖の 3’位とそれに続くヌ クレオシドの 5 炭糖の 5’位がリン酸を介して つながる場合です。DNA ポリメラーゼはこ 図 10 DNA の合成* の方向の反応を触媒する酵素です。この反対 (文献 3 の図 6 - 10 より許可を得て掲載) 鎖では複製はヌクレオシドの 5 炭糖の 5’位と それに続くヌクレオシドの 5 炭糖の 3’位がリ ン酸を介してつながる反応で複製が行われます。この場合の DNA の複製の機構は かなり複雑なのでここでは説明を省略させていただきます。(文献 3 の第 5 章お よび第 6 章) いずれにしても、ヌクレオチドのヌクレオシドに対する、校正機能まで備えた 驚くほど正確・精緻な分子認識が DNA の複製反応の根底に存在することを認識し ておいて欲しいと思います。 ヌクレオチドの分子認識機能を上手に活用して検体の DNA 配列を調べるのが 化学式 10 DNA マイクロアレイまたは DNA チップと呼ばれる分析器具です。これは塩基配 ウラシル 列の分かっている 1 本鎖の DNA を多種類、ガラスやプラスチックの基板上に配置 矢印が結合部位 Copyright ©2010 From“Essential Cell Biology, third edition” by Bruce Alberts, et al. Reproduced by permission of Taylor and Francis Group, LLC, a division of Informa plc. * 13 したもので、検体を反応させると、検体の DNA 配列と相補的な塩基配列の部分にのみ検体の DNA 鎖が結合するので、結合位置を蛍光や電流によって検出すれば、検体に含まれる DNA 配列 を知る事が出来ます。 8. 染色体と受精 染色体というのは、真核生物、すなわち体を構成する細胞の中に細胞核を有する生物の核内に 存在する DNA 分子が、ヒストンと呼ばれる一群のタンパク質に巻き付きながら折り畳まれた X 型の構造体で、人の染色体は 22 対 44 本の常染色体と 2 本の性染色体、合計 46 本で構成されてい ます。通常は全体がひと塊になっていて、染色体の一つ一つを認識することはできませんが、細 胞の分裂期にはそれぞれが離れてくるので一つずつが顕微鏡的に見えるようになります。 性染色体には X と Y があり(この X は上記の X 型の構造体とは無関係の記号です)、女は XX、男は XY という組み合わせで一対の性染色体を持っています。卵子は X 染色体を持ち、精子 には X 染色体を持つものと Y 染色体を持つものの 2 種類があります。受精の際に卵に X 染色体を 持つ精子が入ると女になり、Y 染色体を持つ精子が入ると男になります。Y 染色体は男だけにあ るので、若しこれに重要な遺伝子があると女はその重要な遺伝子を持たないことになり不都合が 生じます。それで Y 染色体には男にするということ以外に重要な働きをする遺伝子は存在しませ ん。受精の時は男と女が 1.05 対 1.00 の比率で出来ますが、重要な遺伝子が沢山ある X 染色体を 2 本持つ女の方が生命力は強いようで、最終的には男女の比率は 1 対 1 になります。 最近は精子と卵子を試験管の中で体外受精させ、そこから取り出した一つの細胞を子宮に着床 させて子供をつくることが可能になりました。1%を越える子供がこのような方法で生まれている そうです。この場合は取り出した細胞の遺伝子を調べて、男女を産み分けることが出来ます。こ のような選択を繰り返していると、いずれは男女比が極端に偏って人類が滅びることになりかね ません。いくら科学・技術が進んでも絶対に行ってはならないことの一つであると考えます。 試験管の中で受精卵を分裂させると、2、4、8、16、32、64 と細胞の数が増えていきます。卵 子に精子が入って出来る受精卵も含めて、遺伝情報を次世代に伝えて個体となる能力を 持ったこれらの細胞は胚と呼ばれます。これらの胚は卵膜に囲まれた環境の中で増えて いくのですが、その数が 32 または 64 ぐらいになると卵膜に囲まれた空間の中で桑の実 型に集まるので桑実胚と呼ばれます。(図 11)この桑実胚の中から1個の胚すなわち 細胞を取り出して、別の試験管中で培養すると、骨、血液、筋肉、心臓、肝臓、あるい は神経などいろいろな組織や臓器になる可能性あるいは潜在能力を持ったままで、何時 図 11 までも増え続ける細胞を作ることが出来ます。これを ES 細胞(Embryonic stem cell 胚性 桑実胚 幹細胞)といいます。この ES 細胞に特定の物質を加えるなど何らかの刺激を与えて生体の一部 に分化させることが可能になりつつあります。たとえば、脊髄損傷で下半身不随になった人にこ のような方法で神経細胞に分化させた細胞を入れて下半身不随を治療することや糖尿病の治療な どが近い将来可能になるかもしれません。いわゆる再生医療への期待が高まるこの頃です(文献 1 の 17 - 19 頁および文献 3 の第 5 章)。 一方、iPS 細胞(induced pluripotent stem cell)は既に体の一部として分化した細胞を取り出し て、そこに数個の遺伝子を人工的に組み込むことで、ES 細胞と同じように、体のどのような組織 や臓器にもなる能力を再び持たせたものです。この細胞から作った組織や臓器は ES 細胞と違っ て拒絶反応の心配が無いのが特徴です。今後の研究の発展が期待されています。 9. 細胞操作と遺伝子操作―クローン動物の誕生 核を取り去った卵子に自分の細胞核を入れた胚から ES 細胞を作製すれば、自分の遺伝情報を 持った ES 細胞になります。これから作った組織や臓器は自分自身に由来するものですから移植 に伴う拒絶反応を起こさない筈です。ここで使われる胚は自分と同じ遺伝情報を持つ、いわば自 分の胚の複製品なのでクローン胚(embryo clone)と呼ばれます。 1997 年クローン羊ドリーが誕生しました。この羊は、乳腺の細胞由来の核を、あらかじめ核を 取り去ってある卵子に入れて培養して出来た初期胚を代理母の子宮に入れることによって生まれ たものです。その後、いろいろなクローン動物が次々と作られています。先に述べたクローン胚 からの再生医療はともかく、クローン動物の作成を無制限に行ってもよいものかどうかは真剣に 14 議論されるべきでしょう。勿論クローン人間を生み出すことは、日本でも「ヒトに関するクロー ン技術等の規制に関する法律」で禁止されています。 ところで、遺伝子という言葉は遺伝の問題を取り扱うときによく使われますが、遺伝情報を担 う遺伝子の実体が DNA 上にあることは 7 節の冒頭で述べ通りです。ここで、DNA との混乱が起 こらないように、遺伝子という語について少し詳しく説明しておきたいと思います。遺伝子とは 親から子へ、あるいは細胞から細胞へと伝えられる個体の性質を決める因子のことで、DNA 二重 らせん上の塩基の配列の仕方です。 DNA 上には、生物の体の構築や生命活動に必要なタンパク質を作るための設計図にあたる塩基 配列が多数並んでいます。その数は 20,000 ~ 25,000 といわれ、その一つ一つが特定のタンパク質 の設計図なのです。DNA 上のこれらの部分のことを遺伝子といいます。そしてこれらの遺伝子の 総体すなわちある生物が持つ遺伝情報の全体をゲノム(Genome)といいます。Genome は遺伝子 (Gene)とラテン語で全体を意味する ome を合成して作られた言葉です。 このように、動物や植物の性質は遺伝子によって決まります。たとえば、われわれの食料とな る植物も、味が良いか、実が多くなるか、害虫に強いかなどの性質は全て遺伝子に書き込まれて います。このような性質をすべて備えたものは、自然にはなかなか見つかりませんので、従来は 異なる品種のかけあわせを繰り返して、出来たものの中から人間の気に入るものを選ぶという方 法がとられていました。この方法は偶然に左右され、時間もかかります。現在はいろいろな性質 に対応する遺伝子を調べて、遺伝子組み換えの技術によって、品種の改良が比較的短い期間に確 実に行えるようになりました。ある特定の除草剤に強い耐性を示す大豆や害虫に強いトウモロコ シなどがその例です。北極の海で生息するヒラメの遺伝子をジャガイモに組み込むことにより、 シベリヤでも栽培できるジャガイモが作られています。遺伝子を人工的に操作する技術を遺伝子 工学といいます。このような遺伝子操作を無制限に行ってもよいかどうかは、科学だけでなく他 のいろいろな観点から慎重に考えるべき問題です。人間は遺伝子操作の結果の未来予測を持って いるかどうかを常に自問自答する必要があります。自然に対する畏敬の念と科学倫理の問題で す。 10. タンパク質の合成 タンパク質は細胞を構成する素材であり、その乾燥重量の大部分を占めています。細胞の構造 材であるばかりではなく、細胞内での化学反応の触媒作用をはじめとして、細胞が持つ機能のほ とんどを担う重要な物質です。ここではヒトの体内でのタンパク質合成について説明します。タ ンパク質というのはいろいろな種類のアミノ酸が多数つながって出来た巨大分子です。アミノ酸 は 1 分子中にアミノ基( - NH2)とカルボキシ基( - COOH)を併せ持っていて、一つのアミノ酸 のカルボキシ基と他のアミノ酸のアミノ基との間で起こる縮合反応(脱水反応)が繰り返されて タンパク質という巨大分子になります。この脱水反応で出来る結合( - CONH - )をペプチド結合 といいます。 - CONH - 結合は一般にはアミド結合といいますが、その中でアミノ酸同士の反応で 出来たアミド結合がペプチド結合と呼ばれているのです。(化学反応式 11) 複数個のアミノ酸が脱水反応でつながった分子はペプチドと呼ばれています。アミノ酸 2 分子 から出来たペプチドはヂペプチド、3 分子から出来たペプチドはトリペプチドです。多くのアミ ノ酸の縮合反応で出来たアミノ酸のポリマーであるタンパク質はポリペプチドです。アミノ酸の 縮合反応で出来たタンパク質分子の端に反応相手の無かったアミノ基とカルボキシ基が一つずつ 残ります。アミノ基が存在する方を N 末端、カルボキシ基が存在する方を C 末端と呼んでいま す。(化学式 12) タンパク質合成の過程では、DNA 上の遺伝子情報は先ず RNA に転写され、この RNA の遺伝子 O H2N CH C OH + R1 O O H H N CH C OH R2 H2N CH C R1 H O N CH C OH R2 ペプチド結合 化学反応式 11 ペプチド結合生成の例 15 O H O H O H 情報を基にタンパク質が合成されるので す。タンパク質の合成に使われるアミノ酸 H2N CH C N C N C N CH COOH は 20 種類あるのに、RNA の塩基はアデニ R1 R2 ン(A)、グアニン(G)、シトシン N末端 C末端 (C)、ウラシル(U)の 4 種類しかない ので、遺伝子上では 1 つのアミノ酸が 3 つ 化学式 12 タンパク質の N 末端と C 末端 の連続する塩基配列で表されています。そ うでないと 20 種類のアミノ酸に対応できないからです。この塩基配列の情報をコドン(codon) といいます。遺伝子は必ず AUG という塩基配列で始まっています。これはアミノ酸メチオニン のコドンであると同時にタンパク質合成の開始コドンでもあるのです。したがって、遺伝子情報 に従って合成中のタンパク質の N 末端は必ずメチオニンになっていますが、このメチオニンは合 成後に特異な酵素で取り除かれます。遺伝子の最終末端を示す塩基配列は UAA、UAG、あるいは UGA で終止コドンと呼ばれています。ヒトの遺伝子の塩基配列は AUG で始まり、UAA、UAG、 あるいは UGA で終わっているのです。なお、20 種類のアミノ酸の構造式は文末の表を参照して ください。 ここで、DNA 上のタンパク質の設計図からどのようにしてタンパク質がつくりだされるのか を、簡単にお話しします。先ず、特定のタンパク質の設計図に当たる DNA 上の遺伝子と同じ塩 基配列を持ったメッセンジャー RNA(mRNA、Messenger Ribonucleic Acid)が作られます(RNA と DNA の違いは第 7 節の遺伝子の複製の項を参照して下さい)。この mRNA は、リボソーム (Ribosome)と呼ばれる大型の分子装置と共同して目的とするタンパク質の合成に当たります。 リボソームは 50 種類以上のタンパク質(リボソームタンパク)と数種のリボソーム RNA(rRNA)と からなる複合体で、大サブユニット 1 個と小サブユニット 1 個が組み合わさって出来ています。 これら二つのサブユニットが mRNA 分子をはさんで会合してタンパク合成を行うのです。(図 12) mRNA には目的とするタンパク質の分子の中でアミノ酸単位の繋がる順番がコドンで書き込ま れているのですが、mRNA 分子のコドンが直接アミノ酸を識別するのではなく、tRNA (transferRNA ; 運搬 RNA)という特別な RNA が、mRNA が要求しているアミノ酸をリボソーム上に 運ぶのです。細胞内には 20 種類のアミノ酸に相当する tRNA があり、それぞれがアンチコドンと いう mRNA 上のコドンを相補的に識別する部位と相当するアミノ酸をエステル結合させるヌクレ オチドの部位を持っています。これらの tRNA がアミノアシル tRNA 合成酵素と呼ばれる酵素触 媒の助けを借りて、正しいアミノ酸と結合してリボソーム上に運ぶのです。リボソーム上には A、P、E と呼ばれる 3 つの tRNA 結合部位があります。それぞれアミノアシル tRNA、ペプチジル tRNA、および、出口 Exit を意味しています(図 12)。 タンパク質の合成は、メチオニンと結合していて且つ合 成開始因子を持っている tRNA がリボソームの小サブユ ニットに結合するところから始まります。この時は未だリ ボソームの小サブユニットと大サブユニットは結合してい ません。開始 tRNA は翻訳開始因子(translation initiation factor)となるタンパク質と一緒に小サブユニットに結合する のです。アミノ酸と結合した tRNA の中で、小サブユニッ トに固く結合できるのはメチオニンと結合していて且つ開 始因子を持った開始 tRNA だけなのです(開始因子を持つ tRNA は通常のメチオニンを運ぶ tRNA とは別のもので す)。この tRNA と結合した小サブユニットが mRNA に 沿って移動して開始コドン AUG を探します。AUG に出会うと翻訳開始因子の一部が小サブユニットか 図 12 リボソームの 2 つのサブユニット* ら離れ、空いた場所に大サブユニットが結合してリ (文献 3 の図 7 - 32 より許可を得て掲載) ボソーム複合体が出来上がります。これがタンパク Copyright ©2010 From“Essential Cell Biology, third edition” by Bruce Alberts, et al. Reproduced by permission of Taylor and Francis Group, LLC, a division of Informa plc. * 16 質合成の開始反応です。この時、開始 tRNA は 3 つの結合部位のうち P 部位に結合していま す。次いで、mRNA が要求している 2 番目の アミノ酸を結合した tRNA 分子が空いている A 部位に来て、そこにある mRNA のコドンと 相補的塩基対を形成して結合するところから 成長反応が始まります。(図 13)この様にし てタンパク質合成の成長反応が起こり、ポリ ペプチド鎖が伸びていくのです。化学反応式 13 は 2 番目のアミノ酸(a)がセリンの場合で す。この tRNA に結合している 2 番目のアミノ 酸のアミノ基に隣の P 部位にある tRNA に結合 しているメチオニンのカルボキシ末端が連結 されます。これで、ヂペプチドが出来たこと になります。このタンパク質合成反応の触媒 になるのは大サブユニットにあるリボソーム のペプチジル基転移酵素です。こうして新し いペプチド結合が形成されると、大サブユ ニットが動いて小サブユニットに対して位置 がずれ、最初 P 部位と A 部位にあった 2 個の tRNA がそれぞれ E 部位と P 部位に入り A 部位 が空になります。最後に、小サブユニットが mRNA 分子上を正確に 3 ヌクレオチド分移動 して、最初の状態に返り、次のペプチド結合 作りが始まるのです。空になった A 部位に次 のアミノ酸と結合した tRNA が入ると、E 部位 にあったアミノ酸をペプチド鎖に供給した tRNA は外部に放出されます(開始反応で導入 されたメチオニンが 2 番目のアミノ酸に結合す る成長反応の時は、この tRNA の放出は起こり ません)。このようにして、ポリペプチド鎖 にアミノ酸が 1 個ずつ付加し、mRNA 上に終 止コドンが出現するまで、ポリペプチド鎖は アミノ末端からカルボキシ末端へと伸び続け るのです。ポリペプチド鎖すなわちタンパク 質は N 末端が最初につくられ、1 回のサイクル ごとにポリペプチド鎖の C 末端にアミノ酸が 1 個ずつ加わっていくのです。 リボソームの A 部位に終止コドンが来ると tRNA の代わりに終結因子とよばれるタンパク 質が結合し、その結果大サブユニットのペプ チジル基転移酵素の活性が変化し、P 部位のペ プチジル tRNA にアミノ酸の代わりに水分子が 付加してポリペプチド鎖末端がカルボキシ基 図 13 タンパク質の合成* となって tRNA から遊離します。この段階がタ ンパク質合成の停止反応です。ここでリボ (文献 3 の図 7 - 33 および 7 - 34 より許可を得て ソームは mRNA も放出して 2 つのサブユニッ 一部変更の上掲載) Copyright ©2010 From“Essential Cell Biology, third edition” by Bruce Alberts, et al. Reproduced by permission of Taylor and Francis Group, LLC, a division of Informa plc. * 17 トに解離して、別の mRNA 分子と新たなタンパク合成を始めることになります。 反応のエネルギーに言及すれば、成長段階では、P 部位にあるぺプチジル tRNA のリボースの 水酸基( - OH)とペプチド鎖のカルボキシル基( - COOH)とからできていたエステル結合が加 水分解反応で切れてペプチド鎖がリボソームから脱離し、その際に生成するエネルギーでペプチ ド鎖のカルボキシル基と A 部位の tRNA が運んできたアミノ酸のアミノ基( - NH2)の間に脱水 反応が起こってアミノ酸が一つ付加して新たなペプチド鎖が生成するのです。 タンパク質合成の成長反応の速度は非常に大きく、真核生物すなわち身体を構成する細胞の中 に細胞核を持っている生物の細胞では、1 秒間に 2 個のアミノ酸がペプチド鎖に付加され、細菌 ではさらに高速で 1 秒間に 20 個のアミノ酸が付加するということです。(文献 3 の第 7 章 246 266 参照) O H2N O CH C OH + H2N CH C O (tRNA) CH2 CH2 CH2 OH S CH3 メチオニン(Met) O O H H2O H2N CH C N CH C O (tRNA) CH2 CH2 CH2 OH S CH3 tRNAに結合した セリン(Ser) 化学反応式 13 タンパク質の合成 11. プリオン病と異常タンパク 生体内のタンパク質が時には重大な病気の原因になることがあります。クロイツフェルトヤコ ブ病、狂牛病などヒトの神経変性疾患やウシの海綿状脳症(BSE: Bovine Spongiform Encephalopathy)はプリオンタンパク質という多くの動物が持っているタンパク質の変性によって 起こります。タンパク質は第 10 節で述べたように、沢山のアミノ酸分子がつながって出来た巨大 分子ですが、そのコンフォメーション(立体構造、あるいは三次元構造)はエネルギー的に一番 安定なものになるのが普通です。通常はラセンを基本とする折りたたみ構造をとっています。プ リオンタンパク質の場合も安定な構造はラセンが折りたたまれた、外観は球のような構造です。 ところが、稀に折りたたみ方が変わってシート状の異常な構造になることがあるのです。この シート状のタンパク質は正常な球型のタンパク質と 2 量体をつくって球型の構造をシート構造に 変えてしまう機能を持っていて、一度シート型が出来ると正常な球型が次々とシート型に変わり ます。その量が多くなるとシートが積み重なって所謂プリオンタンパク凝集体が出来ます。この ようなタンパク質の立体構造の変化は脳内で起こり、生成したシート状のプリオンタンパク質の 凝集体が脳に沈着することにより、正常な脳細胞が次第に消滅して病気が引き起こされるので す。 ウシの海綿状脳症の問題は草食動物であるウシに出来るだけ多くの乳を出させようとして乳牛 に肉骨粉を与えたことで起こりました。肉骨粉にウシ由来の変性プリオンタンパク質、すなわち シート状のプリオンタンパク質が混入していて、これが正常なプリオンタンパク質を異常なもの に変化させたのです。これは DNA を持っていない病気の感染体の最初の例であります。全身の 不随意運動(意思とは無関係に起こる運動)と急速に進行する認知症が主な症状のクロイツフェ ルトヤコブ病も変性プリオンタンパク質が原因で起こる病気です。この患者の脳を手術した器具 は、滅菌処理をしても、別の患者に使うと同じ病気を発症させるという報告があります。パプア ニューギニアで女性にこの病気が多発していた原因は、女性が死者の脳を食べるという宗教的儀 式に由来していたとのことです。この病気も体内で生成あるいは外部から侵入した変性プリオン タンパク質が原因です(文献 1 の 22 頁)。 12. 遺伝性の病気とゲノム創薬 生物の性質と機能はその遺伝子の持つ情報によるところが大きいことは既に述べた通りです。 18 ヒトとチンパンジーの性質や機能は相当違うと思いますが、それでも遺伝子は 1%しか違いませ ん。ヒトの遺伝子は 99.9%が同じであり、個人による相違は遺伝子の僅か 0.1%の違いによるもの です。その、人同士の遺伝子の違いの中に遺伝性の病気の情報が含まれています。鎌状赤血球症 はその典型的なものの一つです。これは遺伝性の貧血病で、赤血球の形状が鎌状になり酸素運搬 機能が低下して起こる貧血症です。主としてアフリカ、地中海沿岸、中近東、インド北部に見ら れます。この遺伝子を持つ人はマラリアに強いことから、アフリカでマラリアが大発生した時に この遺伝子を持つ人が多く生き残り、その後の移住で上記の地域に広がったのではないかと言わ れています。(文献 1 の 33 頁) ヒトの遺伝情報 30 億個の DNA の配列は全て読み解かれました。そうすると、アレルギー、高 血圧、糖尿病のような生活習慣病や体質でも、そうなり易い人とそうでない人の遺伝子を比べる と、これらの病気や体質に特有の塩基配列すなわち遺伝子が分かるので、その遺伝子が作るタン パク質などを標的にして薬を作ることが出来ます。例えば、高血圧の薬ベータブロッカーはアド レナリンという血管収縮に関わるホルモンの働きを抑える化合物を膨大な物質からのスクリーニ ングによって見つけたものですが、その後の研究により、この薬品は細胞膜上にあってアドレナ リンの作用により活性化して血管を収縮させるβアドレナリン受容体に結合して蓋をするかたちで アドレナリンが近づけないようにしていることが分かってきたのです。従ってβアドレナリン受容 体の遺伝子情報、すなわちその設計図が先に分かっていれば、高血圧の薬のベータブロッカーは もっと容易に発見できた筈です。 太りやすいか太りにくいか、風邪をひきやすいかひきにくいか、薬の効き目は強いか弱いか、 副作用はどうかなどは全てその人の遺伝子によるところが多いのです。ヒト一人一人の遺伝子の DNA の塩基配列の微妙な違いを読み取り、病気や体質との関連を詳細に解析して医薬品の創製に 繋ぐのがゲノム創薬です。遺伝子検査で投薬前に効果が予測できれば、効く患者にだけ薬を使う ことができるので、医療費の節約にもなります。(文献 1 の 25 頁) 13. がんと遺伝子 大抵の生体組織の中で細胞は絶えず死んでは入れ替わっています。細胞の入れ替わる速さは組 織の種類によって違います。神経組織は一生殆ど作り変わりません。一方、小腸内壁の細胞は数 日で殆ど入れ替わってしまいます。ヒトの骨は約 10 年かけて入れ替わり、皮膚では最外層の表皮 がはがれ落ちて下層の細胞と入れ替わり 2 ヶ月もするとすっかり入れ替わります。健常な生体で は細胞の生産と消滅の均衡を保つ仕組みが機能しています。がんはこの制御の仕組みを壊して生 じ、自身を作りかえる組織の細胞を過剰増殖させるものです。 体内の組織が増殖と入れ替えを行いながら秩序を保っていくには、細胞それぞれが細胞全体の 要求に沿った振る舞いをしなければなりません。必要な時には分裂し、不要な時には分裂しては ならないのです。生きねばならない限り生き続け、死ぬべき時に死ぬ必要があります。適正な特 性を保ち、適切な場所にあらねばならず、違う場所に迷い込んではなりません。大きな生物で 1 個の細胞が誤った行動をしても問題はありませんが、その細胞が生きるべきでない時に生き延び て分裂・増殖し、他の細胞がある筈のところに浸潤して定着出来る性質を獲得すれば、それはが ん細胞です。がん細胞は血流やリンパ管に入って体内の新たな場所に二次腫瘍を作ります。がん の転移です。 移民による研究から、がんになる危険を支配するのは、生まれた場所ではなく住んでいる場所 であることが分かっています。喫煙は肺がんのほぼ全症例の原因であるのみならず、膀胱がんな ど他の癌の原因にもなります。禁煙によりがん死全体の 30%が防げると見積もられています。肥 満もがんの原因になると言われています。 がんは遺伝子の病気ともいえるもので DNA の担う情報が病的に変化したために起こるもので す。その原因となる遺伝子の変化は主として体を構成する体細胞の変異であり、生殖細胞に伝え られる変異ではありません。放射線やたばこの煙などの発がん性物質などの変異原は DNA の塩 基配列の変化を引き起こすものでありますが、これらの外的要因をすべて排除することが出来て も、がんは発生します。それは、DNA の複製と修復の過程の精度の根本的限界に関わるもので す。 DNA の複製と複製の際に起こる誤りを修復する機構は非常に正確で、塩基対複製段階では 10 19 億回から 100 億回に1回しか間違いが起こりません。一つの遺伝子には平均 1000 個の塩基対が存 在しますので、細胞分裂の 100 万回(106)から 1000 万(107)回あたり 1 回しか間違いが起こら ないことになります。それでも、ヒトの一生ではおよそ 1016 回の細胞分裂が起きるので、1016 を 107 で割ると 10 億(109)個以上、異常な遺伝子を持った細胞が出来ることになります。ヒトの細 胞の総数は約 60 兆(6 × 1013)個なので異常な遺伝子を持った細胞が出来る比率はごく僅かでは ありますが、加齢に伴ってがんの発生に繋がる異常な遺伝子を持った細胞が増加することは間違 いありません。DNA 複製の誤りの修正や損傷した DNA の修復に関わるタンパク質の一部が欠け ると発がん率は高まります。たとえば、DNA 複製の誤りの 99%を修正するという誤対合修復遺 伝子の一対の遺伝子のうちの一つの変異を親から受け継いだ個体はがんになり易いことが分かっ ています。それは、もう一つの遺伝子に変異が起こるだけで、すなわち一回の変異が起こるだけ で誤対合修復遺伝子がその機能を失ってしまうからです。 DNA の変異は複製とは無関係な化学反応によっても起こります。塩基のアデニン(A)やグアニ ン(G)が DNA 鎖から脱離したり、DNA の塩基シトシン(C)からアミノ基が失われてウラシル (U)に変わったり、あるいは、太陽光中の紫外線の働きで、隣り合ったチミン(T)塩基間に炭 素2重結合が開裂して共有結合が出来るなどいろいろな化学反応による変異が生じます。しか し、その大部分は DNA 修復機構によって修復されています。 器官や体の大きさは成長、分裂、死の細胞の三つの基本過程で決まります。この過程は個々の 細胞に備わるプログラムと他の細胞からのシグナルによって制御されており、多細胞生物の細胞 数は分裂と死の速度の制御によって適切に保たれています。不要になった細胞はプログラム細胞 死と呼ばれるプログラムを活性化して自殺します。その最も代表的なプログラムがアポトーシス (apoptosis)です。ヒトの手足が最初はトランプのスペード型であったものが、指の間の細胞が 死んで指が一本ずつに分かれてくるのも、オタマジャクシの尾が外れて蛙に変わるのも、アポ トーシスによるものです。 細胞の生存、成長、分裂、すなわち増殖速度は環境からの栄養だけでなく、その細胞の周りの 細胞が発するシグナルとしてのタンパク質に大きく依存します。シグナルタンパク質が伝える生 存因子によって細胞は必要な時に必要な場所で生存を続けることが出来るのです。若し、生存因 子が伝えられなければ、その細胞は内在する自殺プログラムを活性化させてアポトーシスによっ て自殺します。たとえば、神経細胞は発生途上の神経系で過剰に生産されますが、それらが接触 する標的細胞が分泌する限られた量の生存因子によってその細胞への結合数は調節され、他の神 経細胞はアポトーシスを起こして死んでしまいます。不要な場所に神経細胞が大量に生存し続け るようなことは起こらないのです。 細胞分裂も、分裂促進に関わるシグナルタンパクが細胞表面の受容体に結合することによって 開始されます。細胞分裂シグナルの伝達経路の詳細は子供の目に発生する網膜芽細胞腫 (Retinoblastoma)というがんの研究が切っ掛けとなって明らかにされました。一般にがん細胞は 正常細胞に比べて他の細胞からのシグナル依存度が低く、隣り合う正常細胞よりも過剰に生存、 成長、分裂して腫瘍を作り個体の死を招きます。がん細胞は周囲の細胞には殆どお構いなしに、 生存し増殖を繰り返す生存競争に有利な細胞ということも出来ます。がん細胞の特徴を正常細胞 と比較して列挙すると次のようになります。すなわち、他の細胞から送られるシグナルにはあま り依存せずに増殖し、アポトーシスによる自殺を起こしにくいうえ、細胞を適切な場所に存在さ せる働きをする細胞接着分子が無いために浸潤性が高く、本来の場所とは違う場所に入っても正 常細胞の様に死なずに増殖し、がんの転移を招きます。これらのがん細胞の性質は殆ど全て遺伝 子の変異によるものです。 正常細胞の一対の染色体上の遺伝子のどちらか一方の遺伝子に変異が起こるとその細胞はがん 化する可能性を持ちます。このような遺伝子をがん遺伝子といいます。ただ、実際は一つの細胞 に 1 個の変異が起こるだけではその細胞ががん化することは無く、細胞のがん化には少なくとも 2、3 回以上の変異が必要と考えられています。遺伝子には正常細胞の分裂・増殖を制御しその癌 化を防ぐ機能を持った遺伝子があり、がん抑制遺伝子と呼ばれています。正常細胞のがん化を防 ぐ遺伝子です。たとえば、Rb 遺伝子は上記の網膜芽細胞腫の発生を抑制する遺伝子であり、p53 遺伝子は大腸がんや乳がんを含むヒトのがんの半分近くに関わるがん抑制遺伝子といわれていま す。大腸腺腫症(APC: Adenomatous polyposis coil)遺伝子は大腸内壁上皮の過剰増殖に関わるが 20 んの抑制遺伝子で、大腸がん患者の半数以上が APC 遺伝子を失っていることが分かっています。 がん抑制遺伝子は一方の遺伝子に変異が起こっても他方が正常である限りそのがん抑制機能は 失われません。両方の遺伝子に変異が起こるとがん抑制機能が失われ、その細胞は初めてがん化 の危険にさらされます。したがって、たとえ老年になっても、そんなに簡単にがんになるもので はありませんが、がん抑制遺伝子の1個の変異を親から引き継いでいる場合には、先にも述べた ように、1 回の変異が起こるだけでそのがん抑制機能が失われるので、このような個体はがんに なり易く若年でも発症します。 がんの治療法としてはがん組織を外科的に取り除く手術が一般的ですが、手術の出来ない場合 には、がん細胞の発生・増殖・転移のメカニズムとがん細胞の特性を活用した治療法を施すこと が出来ます。たとえば、正常細胞は DNA の損傷があればそれが修復されるまで増殖を止めます が、がん細胞は DNA 損傷があっても増殖するのですが、その壊れた DNA を受け継いだ娘細胞は 増殖できずに死んでしまう可能性が高いのです。この点を上手に利用して放射線や DNA 損傷化 学物質でがん細胞を殺す治療法の開発が活発に行われています。(文献 3 の 638 - 648 および 709 730 頁参照) 14. いのちの化学の分子生物学への展開 いろいろな生命現象はどのようにし HO HO て起こっているのか、いのちの根本は CH2 CH2 何か、は昔から多くの科学者の興味の C O H C O H 対象となりましたが、遺伝の様式が染 H OH H C C H 色体の性質や挙動によって説明するこ HO H C C H HO C C とができ、遺伝情報が染色体上にある OH C C H HO HO ことが示唆されるようになっても、遺 OH H OH H 伝の本質を科学的に説明することはで 化学式 14 きませんでした。1938 年アメリカの科 α-グルコース(左)とβ-グルコース(右) 学者ウォーレン・ウィーバー(Warren Weaver)により提唱されたといわれる 分子生物学という言葉は、量子力学の確立や X 線回折の利用などによって物質の分子構造が明ら かになりつつあった当時においてさえ、未だ謎に満ちていた生命現象を分子の言葉で記述したい という希望の表明であったとも考えられます。その後、遺伝を中心とする生命現象の研究が精力 的に行われ、遺伝子の本体はタンパク質ではなく、DNA であることを明確に証明したアベリーの 研究がジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによる DNA の二重らせん構造の発見へと 繋がり、分子生物学としての生命現象の研究は著しく発展・深化しました(第 7 節参照)。 現在は、生命現象の殆どが化学と物理学の法則に従って水中で起こる有機化学反応で組み立て られた複雑ではあるが精緻なシステムであることが分かっています。細胞内の水以外の分子の主 なものは、糖、アミノ酸、ヌクレオチド、脂肪酸の 4 種類とこれらが重合して出来た巨大分子で ある多糖、蛋白質、核酸(DNA と RNA)です。そして、生命現象に関わる反応を制御している のがタンパク質や DNA、RNA などの巨大分子(ポリマー)なのです。 グルコース(ブドウ糖)(化学式 14)は細胞のエネルギー源の中心で、細胞はグルコースが小 さい分子に分解するときに放出されるエネルギーで仕事をしています。下記の熱化学方程式(化 学反応式 15)を参照して下さい。 CH2OH CH2OH CH2OH O O O OH O OH O OH O OH O O OH OH 化学式 16 CH2OH O OH OH O CH2OH OH デンプン(アミロース) 21 O OH CH2OH CH2OH CH2OH O O O OH OH OH O O O O OH CH2 O OH CH2OH O CH2OH O O OH O OH OH O CH2OH O OH O OH OH O CH2 OH CH2OH O O OH OH O O O OH 化学式 17 CH2OH O CH2OH O O 化学式 18 O OH O OH OH OH CH2OH O O OH OH OH グリコゲン O O OH OH CH2OH CH2OH O O O O OH OH セルロース O C CH2 CH2 HO CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 化学式 19 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH3 ステアリン酸 O C HO CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 化学式 20 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH3 パルミチン酸 C6H12O6 + 6O2 → 6CO2 + 6H2O + 2802.7 kJ (化学反応式 15) グルコースは重合してデンプン(化学式 16)(植物中に存在するα - グルコース(化学式 13) の直鎖状重合体)あるいはグリコゲン(化学式 17)(動物中に存在するα - グルコースの重合体 で分岐の多いもの)と呼ばれるポリマー(多糖)となり、細胞内でエネルギーの長期保存の役割 も果たします。グルコースはエネルギーの生産と貯蔵に関わるだけではなく、重合してセルロー ス(β - グルコース(化学式 14)の直鎖状重合体)(化学式 18)となり生物の構造を機械的に支 える役目も果たしています。 重合度の低い多糖であるオリゴ糖はタンパク質と結合すれば糖タンパクになり、脂質と結合す れば糖脂質になります。いずれも細胞膜の表面にあって細胞表面マーカー(第 6 節参照)の様に 他の細胞による選択的識別に使われています。 脂肪酸は脂肪、脂質、膜などを形成する材料として重要です。ステアリン酸(化学式 19)、パ ルミチン酸(化学式 20)などの脂肪酸は分解するとグルコースの約 6 倍のエネルギーを発生する ので細胞にとっては密度の高い保存食です。細胞内には脂肪酸のグリセロールエステルを主成分 とする脂肪として蓄えられます。たとえば、パルミチン酸の場合はトリパルミチルグリセロール として蓄えられるのです(化学反応式 21)(文献 3 の 448 - 451 頁)。 細胞内での脂肪酸のもう一つの重要な機能は様々な膜を作ることです。脂肪酸の膜はジアシル グリセロールの残り一つの水酸基にリン酸基を介してコリンなどの親水性の分子が結合したホス ファチジルコリン(図 14)のようなリン脂質分子で作られています(第 4 節の 7 頁参照)。リン 22 化学反応式21 トリパルミチルグリセロールの生成 + CH2 CH2 N (CH3)3 O 親水性の頭部 O P O O CH2 疎水性の尾部 CH2 CH O O C O C CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH2 CH3 CH3 空気 O 水 図15 親水性の頭部と疎水性の尾部 図16 図14 フォスファチジルコリン リン脂質二重層膜 脂質が水面に広がって単分子膜を作るときには、疎水性の尾部は空気の方を向き親水性の頭部は 水に接した状態になっています(図 15)。水中ではこのような分子層が 2 枚、疎水性の尾部同士 が合わさり、親水性の頭部が膜の両表面に並んだリン脂質のサンドイッチが出来ています(図 16)。このようにリン脂質の作る膜は疎水部は疎水部同士で、親水部は親水部同士で会合するこ とによって出来ているのです。細胞内の膜は全て脂質二重層構造を基礎としています。(第 4 節 ならびに文献 3 第 11 章参照) アミノ酸のポリマーであるタンパク質の多様で繊細な機能はアミノ酸の配列の仕方によって生 み出されています。タンパク質の殆どは細胞内の反応を触媒する酵素として、食物分子からエネ ルギーを取り出したり、細胞が必要とする多種多様な分子の合成反応に関わったりしています。 たとえば、植物の葉緑体ではリブロースビスリン酸カルボキシラーゼが炭酸ガスと水を糖に変え ます(化学反応式 22)。この酵素は植物に大量に含まれるため地球上で最も多いタンパク質とも 言われています(文献 3 の 484 - 485 頁)。 葉緑体での光合成 6 CO2 + 6 H2O 6 C6H12O6 + 6 O2 化学反応式 22 葉緑体での光合成 23 生体内の構造成分となるタンパク質は沢山あります。たとえばチューブリンは細胞内で自己集 合して細胞の運動、形の形成、細胞内の物質輸送に関係する微小管をつくります(文献 3 の 578 583 頁)。ヒストンタンパクが染色体形成に関わっていることは既に述べました(第 8 節参 照)。また、ミオシンの様に筋肉内で分子モーターとなって力を出したり運動を起こしたりする タンパク質もあります(文献 3 の 583 - 606 頁)。 リボヌクレオチドとデオキシリボヌクレオチドはそれぞれ RNA と DNA の合成原料(単量体) として重要な存在でありますが、それ自身でも、生体内の反応でのエネルギーの受け渡しに関わ る分子としての役目を果たしています。たとえば、アデノシン 3 リン酸(ATP、アデニンを塩基 とするリボヌクレオチド)(第 7 節化学式 7 参照)は食物の酸化的分解で放出されるエネルギー によってアデノシン 2 リン酸から合成され、加水分解してアデノシン 2 リン酸(ADP)に戻ると きにエネルギーを発生してエネルギーを必要とする生合性反応を進めます(熱化学方程式 23) (文献 3 の 105 ‐ 107 頁)。 NH2 N O O O O P O P O P O CH2 O O O O H H OH N H H OH N N NH2 N O O O P O P O CH2 O O O H + H2O = H OH N H H OH N N + O HO P OH O + 30.5kJ 熱化学方程式 23 核酸分子である DNA と RNA の分子中でのヌクレオチドの配列(塩基配列)は、第 7、8,9 節 で詳しく述べたように、遺伝情報に関わっています。その本質は分子認識反応です。DNA は水素 結合による安定な 2 重らせん構造を持ち遺伝情報の長期保存をしていますが、RNA は分子レベル の指示を一時的に運ぶのが主な役目です。核酸分子中のヌクレオチド単位に結合する塩基のうち G は C と、A は T または U と水素結合で結合して塩基対を形成します。この塩基対形成が遺伝と 進化の基礎となっているのです。 この文章は免疫のお話から始まりました。免疫作用の本質は抗原-抗体反応であり、これは化 学的にはアミノ酸が脱水反応で縮合重合してできた巨大分子であるタンパク質分子が関わる高度 に選択的な分子認識反応です。タンパク質の合成には遺伝情報を担う DNA の存在が不可欠です が、DNA の機能発現には自らの構造制御も含めて驚くほど精緻な分子認識反応が関わっていま す。また、生体内での分子の会合は、細胞膜の構成や DNA 分子の会合も含めて、生命現象を司 る上で重要な働きをしています。これもその根本は分子認識です。一方、ウイルスの感染・増殖 のメカニズムも分子認識の過程として化学的に理解されるようになり、ウイルスによって引き起 こされる病気の治療薬の開発が経験的だけではなく化学的な根拠にも基づいて行えるようになり ました。タンパク質や DNA などの巨大分子による分子認識の化学と技術の研究の今後の大いな る発展が楽しみです。このように、生命現象の殆どは化学反応あるいはその組み合わせで起こっ ていることが分かっていただけたと思います。生命現象は化学の言葉で記述し、化学のものの考 え方で理解することが出来るのです。この文章はこのような観点に立って、専門知識の無い一般 の方でも、高校程度の化学の基礎的な知識があれば理解出来るように記述したつもりです。高校 の化学の教科書を復習していただくと、この文章が読みやすくなるかもしれません。また、生物 学も化学も学習したことの無い方は、分かるところのみを読んでいただくだけでも、いのちの本 質についてかなりの理解を深めていただけるものと思います。著者らの努力が少しでも一般の 方々のお役にたてることを願って筆を擱きます。 参考文献 (1)岸本忠三、「いのちの不思議」(大阪大学出版会) (2)岸本忠三、「免疫難病の克服をめざして」(中山書店) (3)Bruce Alberts 等の著書「Essential Cell Biology」(原書第3版)の訳書「Essential 細胞生物 学」(中村桂子・松原謙一監訳 南江堂) 24 (4)審良静男、「免疫の話し」 http://www.nibio.go.jp/SuperTokku/vaccine/forum/2010/pdf2010/akira_ppt.pdf (5)植松智、審良静男、「TLR ファミリーとウイルス感染」ウイルス 第 54 巻 第2号, pp.145 - 152,2004 http://jsv.umin.jp/journal/v54-2pdf/virus54-2_145-152.pdf (6)椎葉大輔、加藤保子、矢野博巳、総説 アナフィラキシー発症とそのメカニズム~ マウスアナフィラキシーモデルを用いた検討川崎医療福祉学会誌 17 巻、第 1 号、 71-79 頁(2007) (7)仁平新一、ヒト化抗 HER2 モノクローナル抗体ハーセプチンの創薬の経験、日薬理誌 (FoliaPharmacol.Jpn.)、122 巻、504 - 514 (2003) https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/122/6/122_6_504/_pdf (8)長島弘明、増保安彦、タンデム Fc 化による抗体依存性細胞傷害活性の増強、 YAKUGAKU ZASSI、130 巻、49 - 54(2010) http://yakushi.pharm.or.jp/FULL_TEXT/130_1/pdf/049.pdf (9) Yoshimi Kuroiwa et al., “Cloned transchromosomic calves producing human immunoglobulin” Nature Biotechnology, Vol. 20, SEPTEMBER 2002 ,pp.889-894 (10) G. 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