Comments
Description
Transcript
生保リスクの証券化
生命保険論集第159号 生保リスクの証券化 一死亡率リスクの証券化- 石坂 元一 (京都学園大学専任講師) 1.はじめに 2.死亡率リスク証券化の意義 3.死亡率リスク証券化の実例 3.1.死亡率リンク債券 3.2.長寿債券 4.死亡率リンク証券の価格評価モデル 4.1.死亡率プロセスの定式化 4.2.確率測度の選択 5.証券化における問題点と今後の展望 1.はじめに 生命保険会社の抱えるリスク(生保リスク)を列挙すると、他企業 には存在しない特有のリスク、すなわち死亡率(Mortality)の予期せ ぬ変動に起因するリスクが挙げられる。このリスクを死亡率リスクと 呼び、またこのリスクは再保険会社や年金基金にとっても共通のリス -31 生保リスクの証券化 クといえよう。リスクマネジメントの視点からは、このリスク-の対 処法として、保有、再保険および保険契約の変更などの選択肢が考え られるが、加えて近年、証券市場-リスクを転嫁する証券化がアカデ ミック/実務分野から提案され、いくらかの実例が見られる。アカデ ミック分野の研究は、 BlakeandBurrows (2001)において提案された SurvivorBondに端を発する。また証券化の実例としては、 2003年に発 行されたSwiss Reによる死亡率リンク債券がはじめての死亡率リスク の証券化といえる。死亡率リスクと生命保険会社(あるいは、再保険 会社、年金基金)のコスト間における関係は、死亡率の上昇または低 下により2つに分類される。ひとつには、死亡率の上昇がコスト増加 を引き起こすものである。このリスクは短命リスク(Brevity Risk) と呼ばれ、大災害やテロ、昨今の鳥インフルエンザのような伝染病が その源泉となりうる。もうひとつは、医療技術の進歩等をその源泉と する、死亡率の低下がコスト増加を招くものである。こちらは、長寿 リスク(Longevity Risk)と呼ばれる。さらに、死亡率リスクは、保 険や年金契約が概して長期的であることにより、死亡率の急激な変動 のみならず、緩やかな変動であっても考慮すべきリスクであろう。 ところで、生保リスクの証券化としては、上記の死亡率リスクの証 券化の他に、エンべディッドバリュー(EV)の証券化、およびトリプ ルX (XXX)の証券化という計3種類が挙げられる1)。本論文では、死 亡率リスクの証券化に焦点を当て、現在までの証券化の実例、価格評 価モデルに関する既存研究を整理することにより、証券化の問題点や 今後の課題を提起する。というのも、他の2種の証券化においても、 死亡率リスクが内包されており、評価に際して不可欠な要素であると 考えられるためである。 本論文の構成は以下のとおりである。まず2節において、死亡率リ -32 生命保険論集第159号 スクの証券化の意義を述べる。証券化の必要性、証券化サイドと投資 家サイドにとっての利点を説明し、死亡率の確率的変動により大数の 法則がうまく働かないことをモデルにより確認する。次に3節では、 死亡率リスク証券化の実例として、主に、 Swiss Reによる死亡率リン ク債券とEIB&BNPパリバによる長寿債券を紹介する。そして4節では、 死亡率リスクの証券化-その証券を総称して死亡率リンク証券と呼ぶ -の価格評価モデルを考察する。まずは、そのペイオフが死亡率に依 存したスワップ・レートを例にとることにより価格評価における問題 点を探り、死亡率のプロセスと確率測度の変換に着目して、代表的な 2つの研究を紹介する。最後に、 5節で証券化の問題点と今後の課題 を提起する。 注1) 2005年のこれらの発行額は、死亡率リスクの証券化362百万ドル、 EVの証券 化615百万ドル、トリプルXの証券化2692百万ドルである(SIGMA、 2005年第7 号)0 2.死亡率リスク証券化の意義 特有の負債を有する生命保険会社(あるいは、再保険会社、年金基 金)が抱えるリスクには、主に投資リスク、金利リスク、死亡率リス クが挙げられる。これらリスクのうち、投資リスクと金利リスクはい わゆる市場リスクに属し、もし-ツジを行おうとするならばデリバテ ィブをはじめとする金融商品が-ツジ手段として存在している。しか しながら、死亡率リスクに関しては市場がリスクを吸収してくれる手 段が存在しないゆえ、リスクに対処するためには、前述のような保有、 再保険、契約の変更が既存の手段であった。加えて、死亡率の予測が -33 生保リスクの証券化 非常に困難であり、各契約が長期にわたるため、多額のコストを要す る。まずこれらの点が証券化の動機といえる。 さらに、契約者数が相当多くとも、死亡率が「確率的に」変動する ならば保険の原理ともいうべき大数の法則がうまく働かないことも挙 げられる。このことは直観的にも明らかかもしれないが、ここでは2 つのシンプルな設定のもと、平均標準偏差について比較することによ り大数の法則が働かないことを確認する2)。まず、時点Oと時点1か らなる一期間モデルを想定し、時点1において契約者が生存していれば 1を支払い、死亡していれば何も支払わないという契約を〃人と結ぶ とする(図1は各契約者-のペイオフを図示したもの)3) /。契約者iの時点1での支払いをxiとおき0=1,2,…,n)、生存確率はp (o≦p≦1)、各xiは独立同分布であると仮定すると、支払総額 Y-Xl+X2+--+Xnはパラメータ(n,p)の2項分布にしたがう。 -生存(確率p) X: -死亡(確率1-/0 図1 各契約者への支払い よって、期待値と分散はそれぞれ、 E[Y]-np、 V[Y]-np(l-p)となり、 それゆえ、平均標準偏差は以下の振る舞いとなる。 Iv[Y] -サO as n⇒の ・い n 次に、死亡率が確率的変動をもつ場合、すなわち確率pもまた図2 34- 生命保険論集第159号 で示される確率変数であると仮定する。 pl -生存(確率p.) p ^-----__^ p2 -死亡(確率トpl) 図2 死亡率の変動 ただし、 0≦p2≦pl≦1、 0≦pl≦1とする。この設定のもと、支払総額Yの期待値と分散は以下で計算される。 ElY'] - n(pIP'+p2(l - p')) vlY-] - nl(tfp'+pl(1 - p') - (plP'+P2(1 -P'))2) + n{plp'+p2(¥ - p') - rip'-pld - p')) よって、平均標準偏差について、 V也ユ→ n PIP'+P2 2(1-P')-(pIP'+P2(トp')Yas⇒(2) が示される4)。つまり、契約者数をどれだけ増やしていっても平均標 準偏差はゼロには収束せず、大数の法則がうまく働かないことが示さ ・i'蝣'- 一方、死亡率リンク証券の買い手は、自己のポートフォリオ-証券 を組み込むことの利点がなければ購入せず、したがって市場が成立し ない。利点のひとつとして、死亡率は株式や債券といった組み入れ金 融商品とは相関が低いことが挙げられる5)。また、死亡率リンク証券 -35- 生保リスクの証券化 のペイオフによっては生命(再)保険会社や年金基金が買い手側に回 ることも想定される。たとえば、次節で述べるEIBによる長寿債券は、 ある集団の死亡率が低ければ低いほど、つまり生存率が高ければ高い ほどクーポンが高くなり、生命(再)保険会社や年金基金には、保有 負債とのバランスを考慮すると買い手としての十分な動機が生まれる0 Survivor Bondを提唱したBlake and Burrows (2001)では、長寿化に より年金給付総額が増大していく実情を背景に、この種の証券は政府 が発行すべきと主張している。 注2) Milevsky (2006)等の一般化にあたる。 3)ここでは、生存していたならば1支払うという契約であるが、死亡してい たならば1支払うという契約に変更しても同様の結論が得られる0 4)ここで、 P¥-p2-P、あるいはp¥=p、 p2=0、 p'-lとおくと、先の結果 に帰着する。 5)ただし、大災害や伝染病、あるいは長期を念頭に置くと、マクロ要因との 相関が高く、結果として他の金融資産との相関もある程度高い可能性がある。 しかしながら、この場合でも金融資産同士の相関よりも低いと考えられる。 3.死亡率リスク証券化の実例 本節では、死亡率リンク証券の実例を紹介する。ひとつは、 SwissRe 発行の死亡率リンク債券と呼ばれるもので、死亡率の急上昇によるコ スト増加を発行体たるSwiss Reが-ツジする目的をもった債券である。 もうひとつは、投資銀行(E工B)が発行した長寿債券と呼ばれるもので、 長期にわたるクーポン支払額がある地方に住む対象集団の生存率に依 存した債券である。前者においては発行体が再保険会社であるが、後 者においては保険会社や年金基金がむしろ債券保有者(買い手)であ り、債券発行の意図が両者で大きく異なる。 -36- 生命保険論集第159号 3. 1 Swiss Reによる死亡率リンク債券 死亡率リンク証券の第一号は、 Swiss Reが発行した死亡率リンク債 券(Mortality Bond)である。 Swiss ReはVita Capitalという特別目 的子会社を設立し、死亡率の短期的な上昇リスクを-ツジする目的で、 2003年12月にVita lという名称にてこの債券を発行した。死亡率の短 期的な急上昇の原因として大災害も想定されており、その意味におい て、この債券はキャット・ボンドと同様の性格を持っているといえよ う。この債券の元本は400百万ドル、満期は2007年1月、毎期のクーポ ン・レートはLIBOR+1.35%であった6)。証券化の仕組みについては図 3を参照されたい。 図3 Swiss Reの死亡率リンク債券の仕組み この債券において特徴的な点は、元本償還額がswiss Reにより算出 される独自の死亡率インデックスに依存している点である。このイン デックスはアメリカにおける死亡率を主として5カ国の死亡率、およ び男女の加重平均から構成されている。具体的には、アメリカ70%、 -37- 生保リスクの証券化 イギリス15%、フランス7.5%、イタリア5%、スイス2.5%、そして 男性65%、女性35%の構成比である7)。元本償還額は期間中のインデ ックスに依存しており、死亡率が急上昇すると元本償還が減額される 契約である8)。インデックスが130%を超えない場合は、元本が100% 償還されるが、130%を超えるとそれに応じて償還額が減額され、150% を超えると償還額はゼロとなる(図4参照)0 インデックス 130% 150% 図4 死亡率インデックスと元本償還額 その後もこの種の死亡率リンク債券は2つ発行されている 2005年 にSwissReが発行したVitaH (元本362百万ドル、満期5年)も元本償 還額が死亡率インデックスに依存している。この債券は3つのトラン シェから成っており、たとえば、第1トランシェでは、満期までの5 年間のうち任意の2年間において基準値の110%を超えた場合、償還額 が減じられる。また、 2006年にはスコツティッシュ再保険会社から Tartan (元本155百万ドル、満期3年)が発行された。この債券では、 基準値の110%や115%が償還減額トリガーに設定されている。 as 生命保険論集第159号 3.2EIBによる長寿債券 2004年11月に、EIB(EuropeanInvestmentBank)はBNPパリバをス トラクチャーとして長寿債券(LongevityBond)を発行した。発行額 は540百万ポンド、満期は2030年と長期債券である。債券保有者-の毎 期の支払総額は生存率インデックスに50百万ポンドを乗じた額と設定 されている(図5参照)9) /。ここで、生存率インデックスは2003年に イングランドとウェールズに住む65歳男性の生存割合と定義され、ゆ えに、毎期の支払いはあたかも対象集団-の年金給付のようである。 ところで、本節冒頭で述べたように、このように長寿化を反映したペ イオフ構造から、債券保有者は生存率上昇(長寿化)によるコスト増 加の-ツジを目的とする小規模な年金基金が適当と考えられる。英国 の企業年金は終身年金であるので、SurvivorBondを提唱したBlakeand Burrows(2001)をはじめとしていくつかの文献にて、この種の債券は 政府が発行すべきとの主張が見られる。また、「英国国債管理庁は、投 資家としての年金基金のニーズを意識した発行債券の多様化を検討し ている。」(ニッセイ年金ストラテジー、No.115) キャッシュ(540百万ポンド) 債券 毎期、 [ インデックス×50百万ポンド 図5 EIBの長寿債券保有者への支払い -39 生保リスクの証券化 注6) 4節で述べるように、 1.35%というプレミアムはリスクに対して過大であ り、投資家にとってはこの債券価格が割安であったことを意味する。 7)各国の加重割合から、ほとんどアメリカ人の死亡率に依存していることが 分かる。ゆえに、死亡率リスクの-ツジを念頭に置くと、保有リスク・エク スポージャのうちアメリカ人の死亡率リスクの寄与度が大半を占めていたと 思われる。 8)インデックスの基準値は2002年度の値。 9)詳細には、仕組みは図5よりかなり複雑であり、 EIBはストラクチャーであ るBNPパリバと金利スワップを、 PartnerReと死亡率に関するスワップ契約を 結んでいる。 4.死亡率リンク証券の価格評価モデル 本節では死亡率リンク証券の理論価格評価モデルを考察する。まず、 シンプルな生存率スワップ(SurvivorSwap)におけるスワップ・レー トの評価について考察し、価格評価の問題点を明らかにした上で、債 券価格評価の数理モデルを整理する10)。 生存率スワップはスワップの一種であり、 Dowdetal. (2004)の定 義によると、そのペイオフのうち少なくとも一方がある集団の生存率 (死亡率)に依存した取引である11)例として、 2つの集団(yとZ) の生存率(死亡率)に依存したペイオフの交換を考える。時点Oでの対 象集団の人口をそれぞれNYとNZと記し、時点tでの生存率をそれぞ れStYとS,Zとする('-U,…,nォ スワップ・レートをC (正の定数) とおくと、毎期、 S N'⇔cS?Nzというキャッシュの交換が生じる。 契約締結時のスワップ・レートCは互いの現在価値が一致するように 決められるので、 rtを1期でのリスクフリー・レートとすると、 an 生命保険論集第159号 LE[S; ]-N' トc-E[Sf]-Nz を満たすようなCが決まる。すなわち、 b %.s?]-Nr c= (3) hE[Sf]-Nz となる。 (3)式から明らかなように、このスワップ・レートを具体的に計算す るためには、リスクフリー・レートr,のプロセス特定化はもちろんの こと、生存率S,Zのプロセスの特定化、および期待値のとり方(どう いった確率のもとで期待値をとるのか)が問題となってくる。以下で は、死亡率(生存率)プロセスの定式化と確率測度の選択という2つ の問題に着目して、死亡率リンク証券の価格評価モデルを整理する。 まず、対象集団の死亡率のプロセスや分布の特定については、人口 統計学等の分野にて研究の蓄積があろうが、ここでは-ザードレート を出発点とするCairnsetal. (2006)の研究を紹介する。次に、どう いった確率測度のもとで期待値をとるかという問題-の対処について、 LinandCox (2005)を中心に紹介する。実世界の確率のもとで期待値 を計算することもひとつの方法であると思われるが、無裁定の議論に 沿うと、証券価格が一意に決まるためには市場が完備であることが必 要である12)完備な市場とは、すべての証券の価値が他の証券を用い て複製可能である(-ツジ可能である)市場を指し、そして、市場が -41 生保リスクの証券化 完備であることとマルチンゲール測度Qの一意性とが同値である13) ところが、人間の生死は取引されていないため、死亡率リンク証券市 場は非完備な市場ということになる。そこで、確率測度を一意に決め るために何らかの工夫が必要であり、 Lin and Cox (2005)ではWang 変換と呼ばれる変換を利用している。 4. 1.死亡率プロセスの定式化 Cairns, Blake and Dowd (2006)では、死亡率リンク債券の価格評 価に際して、死亡率のプロセスとして、死力(force of mortality)、 すなわちハザードレートを出発点とするモデルを構築している。 -ザ ードレートは、ある時点まで生きていたという条件のもとで次の瞬間 死滅する確率と定義される14) x歳の人の時点tにおける観察可能なハザードレートをM(!,x)とし て、これを基に次の生存関数が表現される15) S(u,x)-exp - [ti(t,x+t)dt (4) S(u,x)ま時点Oでx歳の人がx+u歳以上生存する確率をあらわしてい る Cairnsetal. (2006)では、満期Tで生存率に依存したS(T,x)と いう支払いをもつ死亡率リンク債券が存在して、かつそれが取引可能 であると仮定して、この債券の時点t (<T)での価値V{t,T;x)が、 (5) V(t,T;x) -」e[expf- fysds ¥蝣S(T,x)│ -42 Ht 生命保険論集第159号 と導かれる。ここで、 rtはリスクフリーレート・プロセス、 EQ印まリ スク中立確率のもとでの期待値、巧はフィルトレーションである16)。 さらに、金利と死亡率(生存率)は独立であるとの仮定を置くと、 (5) 式は、 V(t,,T;x)-EeLxp(-^sds)¥Ft蝣EQ[S(T,x)¥Mt] =p(t,T)-Ee[S(T,x)¥Mt](6) と変形できる。ここで、 P{t,T)は満期Tのゼロクーポン債の時点tで の価値、 Ht-FtvMtである17) (6)式は、デフォルト(債務不履行) の強度を用いた信用リスクモデル、具体的には社債の価格評価モデル と非常によく似ている。そして、信用リスク評価の際に、簡単化のた めデフォルトと金利は独立と仮定することがあるが、これは現実的と は言えず、しばしばモデルの改善が試みられてきた。しかしながら、 この死亡率リンク債券を扱う場合には、金利と死亡率が独立であると の仮定がある程度支持されるものと思われる。そして、 (6)式の EQ[S(T,x)¥Mt]の評価には、少なくとも死力の期間構造、具体的に 〟(t,x)あるいは生存確率に関してのダイナミクスを与える必要がある。 ここでは、次のようなモデルを提案している。死力の瞬間的変化をあ らわしたショートレート・モデル、将来の死力の変化をあらわしたフ ォワードレート・モデル、および生存確率の瞬間的変化をあらわした スポットレート・モデル等である。いずれのモデルもそもそもは金利 に適用するために考案された確率金利モデルと呼ばれものであり、 様々な金融商品の価格評価に利用されているものである18) 2KB 生保リスクの証券化 4. 2.確率測度の選択 LinandCox (2005)も、生存率(死亡率)に依存した死亡率リンク 債券の価格評価モデルを構築している。額面をF、満期をT、時点tに おける債券保有者-のクーポンをC, U-l,2,…,T)と記し、クーポン を以下のように設定している。 c,-c bt-lx+t O lx+/ < at - al≦lx+t≦bt (7) 'x+t >b, ただし、 h+tは対象となる集団(現在x歳)のx+t歳での生存数、ま た、 at<btである。クーポンのパターンから明らかなように、この債 券の実質的な発行体は、年金を扱う保険会社、再保険会社および年金 基金を想定している。つまり、生存数が多ければ多いほど、発行体に 残るキャッシュが多く、発行体に部分的な-ツジを供している債券と いえる。前小節の議論同様に、リスクフリーレートをベースとしたゼ ロクーポン債(満期t)の時点Oでの価格をp(O,t)として、この死亡率 リンク債券の時点Oでの価格V(O,T)は、 T V(0,T) -F-P(0,T)+2^E'[C,]-P(0,t) (8) 1=1 とあらわされる19)。 (8)式においてE'UはWang変換を施した後の確率のもとで期待値を とることを意味している。 Wang変換は、システマテイツク・リスクを 反映したリスクの市場価格(market price of risk)分だけ分布を歪 EE 生命保険論集第159号 める変換である20)前述のように、死亡率リンク証券市場は非完備で あるため、リスク中立確率が一意に定まらない。そこで、市場から得 られるリスクの市場価格Aを利用することにより、リスク調整済の分 布を導出する。結果として、元の確率からリスク中立確率-変換して いることになる。具体的には、以下で定義される関数gによって変換 を行う。 (9) 8a(ォ) -◎(◎-1(u)-A) ここで、 〟 (0<〟<1)は累積確率、 ◎(・)は標準正規分布の分布関数で あるo そして、たとえば、分布関数Fを持つ確率変数xに関して、 (10) F (x) - g/l(F(x)) という変換を施すことによって、 Xに関するリスク調整済の分布を得 る。 このような変換を行った確率のもとで割引期待値を計算すると、公 平な価格が算出される。彼らは、 h+lに正規分布を仮定し、アメリカ の生命表、年金市場および国債市場のデータを用いて、リスクの市場 価格を推定し、債券価格に関する数値計算を行っている。また、この LinandCox (2005)では債券のペイオフはある特定の集団の死亡率だ けに依存しているが、さらに、 Cox, LinandWang (2006)では、その ペイオフが数カ国の死亡率から構成されるインデックスに依存してい るタイプの債券(例えば、3. 1で紹介したSwissReの死亡率リンク債券) についての価格評価モデルを提示している21)彼らの結果によると、 Swiss Reの死亡率リンク債券はリスク・プレミアムを過大に見積もっ -45 生保リスクの証券化 ていた。 注10)本論文で考察する手法以外に、極値理論(EVT、 Extreme Value Theory) を利用する手法も提言されている(Beelders and Colarossi (2004))。分布 のテール部分に着目するこの理論は死亡率の短期的な急上昇を反映した証券 等の評価に適しているといえる。 ll)具体例としては、前述のEIBの長寿債券発行において、 EIBが組んでいた 死亡率に依存したスワップが挙げられる。 12)オプション価格公式で有名なBlack and Sholes (1973)が仮定している世 界も完備であり、オプションは原資産と安全債券によって複製されることを 用いて、オプション価格式が導かれている。 13)しばしば、リスクフリーレートで割引いた価値がマルチンゲールになるよ うな確率が利用されており、これをリスク中立確率と呼ぶ。 14)ハザードレートを利用する例として、キャット・ボンドや社債の価格評価 が挙げられる。前者は大災害が起こる事象に、後者はデフォルト(債務不履 行)が起こる事象に適用されている。 15)ハザード関数と生存関数の関係は次のとおりである。 〟(∫):= lim P{t<X<t+At X>t} △1⇒O AJ 1 ,.limF(t+At)-F(t) P{X > t) A;->O At IM S(t) ここで、 F(-)と/(・)はそれぞれXの分布関数と輝度関数をあらわす。 が得られる。 S-(0--/(0であることとあわせると、 S(u)=exp 16)フィルトレーションは時点才までの情報をあ 藍JV)<* 17)つまり、時点tでの金利に関する情報はEt、死亡率に関する情報はMtで あり、その両方を含んだ全体の情報がHtである0 18)金利モデルとして代表的なものは、ショートレート・モデルではVasicek (1977)やCox, Ingersoll and Ross (1985)、フォワードレート・モデルで はHeath, Jarrow and Morton (1992)などが挙げられる。 19) P(O,T)やp(O,t)はそれぞれ割引に相当する項である0 20) Wang変換については、 Wang (2000)を参照されたい。 Wang変換により、保 険と金融両方のリスクを同時に評価できると提案されている。 21)さらに、死亡率にジャンプを含むようなモデルも提示し、そのもとで債券 価格式を導出している。 -46- 生命保険論集第159号 5.証券化における問題点と今後の展望 本節では、結びに代えて、前節までの価格評価モデルも踏まえなが ら死亡率リスクの証券化において考慮すべきいくつかの問題点と今後 の展望を述べておく。 本論文で扱った死亡率リンク証券に限らず、価格評価モデルには必 ず生じるモデル・リスクともいうべき2つのリスクが残る。ひとつは、 モデル構築の際に引き起こるプロセス・リスクと呼ばれるものである0 このリスクにより死亡率そのもの、そして価格評価の精度が著しく損 なわれる可能性がある。もうひとつは、パラメータ推定やキャリブレ ーションにおけるパラメータ・リスクである 4.2節で紹介したLinand Cox (2005)モデルを例にとると、リスクの市場価格の推定ミスがこれ に相当する。いずれのリスクも、価格評価やモデル上の議論に常に付 随していることに注意しなければならない。また、死亡率リンク証券 の必要論や価格評価モデルはここ数年蓄積されてきているが、画一的 なモデルはまだ認められず、そもそも実例としては本論文で紹介した 数例しか存在していない。モデルの精微化とともに、実証分析の観点 からは実際の証券化が待たれるところである。 死亡率(生存率)のモデル化においては、 Swiss Reの死亡率リンク 債券もEIB&BNBパリバの長寿債券も本質的に同一のものである。しかし ながら、目的として、前者は発行体が死亡率急上昇のリスクを-ツジ すること、後者は買い手が生存率上昇あるいは長寿化のリスクを-ツ ジすること、と全く異なる。ゆえに、理論モデル上、両者は同質の議 論がなされるが、結果としての市場のプレミアム評価はまったく異な ることに留意しなければならない。 死亡率リスクの-ツジという観点から証券化を見ると、ベーシス・ 47- 生保リスクの証券化 リスクが重要なポイントとなる。 Swiss Reの証券化のように発行体が 自己の抱えるリスクの-ツジを目的とする場合、当該証券が対象とし ている集団の特性(地域、年齢、性別など)および契約者数から成る エクスポージャと、 -ツジされるべき保有リスク・エクスポージャの 差がベーシス・リスクである。ベーシス・リスクを限りなく小さくし ようと試みると、コストが余計にかかり、その結果、投資家の需要低 下を招きかねない。逆にベーシス・リスクがあまりに大きくなってし まうと、今度は-ツジの意味をなさなくなってしまう。結局のところ、 ベーシス・リスクとコストや流動性がトレードオフ関係にあり、両者 のバランスを探る必要がある。もちろん、 EIB発行の長寿債券のように 証券の買い手が-ツジ主体であると考えられる場合も、自己のエクス ポージャと照らし合わせてベーシス・リスクがもっとも重要であるこ とはいうまでもない。また、相対取引においては、信用リスクも存在 する22)以上のような、ベーシス・リスク、信用リスク、流動性リス ク等が、長寿債券の政府発行論の大きな理由となっていると考えられ る。 これまで、リスク-ツジの観点から証券化を論じてきたが、証券化 には資本の効率性上昇の側面もある。生命保険や年金は一般に長期の 契約であり、負債が不確実であると同時にかなり多額に上る。そこで、 それらを証券化という手段を通じて負債から現金化し、結果として、 証券化は自己資本比率を高める効果をもつ。ゆえに、証券化はリスク -ツジと資本効率性上昇の二面性をもっているといえる。 国内においては、証券化の動向は全く見られていない。これは、証 券化に比較的消極的である傾向、リスクマネジメント手段としては保 有や再保険で足りうるとの認識に因るものであろう。しかしながら、 現時点でそのような実情を踏まえても、死亡率リスク(とくに長寿化) -48 生命保険論集第159号 が存在している限り、生命(再)保険会社や年金基金は死亡率リンク 証券市場の-参加者になりうると考えられる。 1節で指摘したように、生保リスク証券化という意味では死亡率リ スクの証券化だけではなく、トリプルXやェンベディッド・バリューの 証券化も含まれる。しかし、それらにも結局のところ死亡率リスクは 含まれており、いずれの証券化を考える上でも、死亡率リスクは認識・ 測定されるべきものである。ゆえに、本論文で整理考慮した死亡率リ スクの証券化は生保リスクの証券化、そして生命(再)保険会社の負 債評価、資産負債管理(ALM)に寄与するものと思われる。 注22)ただし、証券化の多くは、金融保証会社に保証料を支払い、保証を得て、 高格付けを取得している。 参考文献 Beelders, O. and D. Colarossi (2004), ''Modelling Mortality Risk with Extreme Value Theory," Grobal Association of Risk Professionals, 1 9, pp.26-30. Black, F. and M. Sholes (1973), ''The Pricing of Options and Corporate Liabilities," Journal ofPolitical Economy, 8 1 , pp.637-654. Blake, D. and W. Burrows (2001), ''Survivor Bonds: Helping to Mortality Risk," Journal ofRisk andInsurance, 68, pp.339-348. Cairns, A. J. G, Blake, D. and K. Dowd (2006), ''Pricing Death: Frameworks for Valuation and Securitization of Mortality Risk," ASTIN Bulletin, 36, pp.79- 120. -49- 生保リスクの証券化 Cairns, A. J. G, Blake, D. and K. Dowd (2006), ''A Two-Factor Model for Stochastic Mortality with Parameter Uncertainty: Theory and Calibration," Journal ofRisk andlnsurance, 73, pp.687-7 14. Cox, J., Ingersoll, J. and S. Ross (1985), '、A Theory of the Term-Structure of Interest Rates," Econometrica, 53, pp.385-407. Cox, S. H., Lin, Y. and S. Wang (2006), "Multivariate Exponential Tilting and Pricing Implications for Morality Securitization,H Journal of Risk andInsurance, 73(4), pp.7 19-736. Dowd, K. (2003), ''Survivor Bonds: A Comment on Blake and Bu汀ows,H Jounal of Risk and Insurance, 70, pp.339-348. Dowd, K., Blake, D., Caims, A. J. G and P. Dawson (2004), ''Survivor Swaps," CRIS Discussion Paper Series-2004.VII. Eric, S. (2006), "Demographic Issues in Longevity Risk Analysis," Journal ofRisk and Insurance, 73(4), pp.575-609. Heath, D., Jarrow, R. and A. Morton (1992), "Bond Pricing and the Term Structure of Interest Rates: A New Methodology for Contingent Claims Valuation," Econometrica, 60, pp.77-1 05. Lin, Y. and S. H. Cox (2005), ''Securitization of Mortality Risks in Life Annuities," Journal ofRisk andInsurance, 72, pp.227-252. MacMinn, R. and A. Richter (2004), 、'Hedging Brevity and Longevity Risk with Mortality-based Securities," 3 1 st EGRIE Session Paper 9. Milevsky, M. A., Promislow, S. D. and V. R. Young (2006), '、Killing the Law of Large Numbers: Mortality Risk Premiums and the Sharpe Ratio," Journal ofRisk and Insurance, 73(4), pp.673-686. Misani,N. (1999),丁野昇行訳, 『保険リスクの証券化と保険デリバティ ブ』 ,シグマベイズキャピタル. 50- 生命保険論集第159号 Vasicek, O. (1977), '' An Equilibrium Characterization of the Term Structure," Journal ofFinancial Economics, 5, pp. 1 77- 1 88. Wang, S. (2000), ''A Class of Distortion Operators for Pricing Financial and Insurance Risks, Journal of Risk and Insurance, 67(1), pp. 1 5-36. (本稿は生命保険文化センター平成18年度研究助成による研究成果の 一部である) 5 「一一