Comments
Description
Transcript
原子力産業への社会的規制とリスク・ガバナンスに関する研究 (PDF
原子力産業への社会的規制とリスク・ガバナンスに関する研究 (受託者) 学校法人早稲田大学 (研究代表者)松岡俊二 アジア太平洋研究科 (再委託先)国立大学法人東京工業大学 (研究期間)平成 24 年度~26 年度 1.研究の背景とねらい 福島原発事故を契機に原子力発電に対する社会的規制(安全規制)のあり方が大きな国家的・ 社会的課題となっている。今後の日本社会における原子力発電の位置づけがどのようになるのか にかかわらず、福島事故前には 54 基の商業用原子炉がすでに存在した以上、福島原発事故の教訓 を踏まえた原子力産業に対する社会的規制の抜本的改革が必要であることは論を待たない。 しかし、問題は、こうした原子力産業への社会的規制の抜本的改革において焦点となる「そも そも有効な社会的規制とは何か」ということが必ずしも明らかではないことであり、この点は「国 民の納得と信頼の得られる社会的規制制度とはどのようなものか」といった原子力発電とその規 制をめぐる社会的側面に関する研究が十分でないことに起因する。 本研究「原子力産業への社会的規制とリスク・ガバナンスに関する研究」は、社会・人文科学 と工学との学際的共同研究により、また欧米の事例などとの国際比較研究により、原子力発電に 対する社会的規制が有効に機能するための社会的条件を明確にすることを目的とした。 この研究目的を達成するため、本研究では、原子力発電への社会的規制の有効性を規定する基 本的な社会的要因として、規制をする側(規制機関)と規制を受ける側(被規制産業)のあり方、 さらにはこうした規制関係を監視・制御する市民社会が有効に機能できるような社会的規範やガ バナンスのあり方を考えた。規制機関、被規制産業、社会ガバナンスという三つの社会的要因に アプローチするために、本研究は以下の 4 つのサブテーマを設けて研究を遂行した(括弧内は研 究担当機関) 。 (1)規制機関の独立性と規制実施能力の関係分析(早稲田大学、パリ政治学院) (2)電力・エネルギー技術・政策と電力産業の研究(早稲田大学) (3)電源(原発)立地と地域社会の関係分析(早稲田大学) (4)原子力発電リスクの社会的規範とガバナンス研究(東京工業大学) 本研究は、これら 4 つのサブテーマについて、社会科学(政治学、経済学) 、人文科学(人類学) および工学(原子力工学、エネルギー工学)から学際的にアプローチし、国際共同研究の成果と して、日本の今後の原子力発電所や原子力産業に対する有効な社会的規制のあり方を明らかにし た。 2.これまでの研究成果 本研究は、 福島原発事故を契機として制度改革が行われた日本の原子力安全規制について、2012 年 9 月に発足した原子力規制委員会(NRA)に対する評価研究を行った。原子力規制委員会を独 立性基準から分析した結果、政治的独立性は合格、行政的独立性はほぼ合格であるが懸念材料が あり、人事的独立性は不合格と評価した。次に、原子力規制委員会を透明性基準で評価すると、 「①意思決定過程の情報開示」 、 「②国会への報告義務」、「③推進組織、事業者、政治家などとの 交渉記録の作成と公開」 、 「④委員の国会同意人事」という 4 項目の全てで基準を満たしており、 合格と評価した。社会的信頼回復という点では、いまだ問題が多く、特に規制委員会のリスク・ コミュニケーション能力の向上は今後の大きな課題である。このように、本研究は社会的信頼回 復やリスク・コミュニケーションといった点では課題が残るものの、独立性・透明性といった基 準では、原子力規制委員会の 2 年半の活動は、概ね高く評価できることを明らかにした。 しかし、規制委員会の所掌を超えたオフサイト対策については、今後のさらなる改革が必要だ と評価した。特に原子力防災計画については、誰が、どのような基準で避難計画の有効性や実効 性を評価し、計画が適切であると認めるのかといった点での課題が大きい。この点では、アメリ カの FEMA による地方政府の緊急時計画の審査・承認といった制度は、今後の日本の参考となる。 また、原発立地周辺の地域社会におけるリスク・コミュニケーションやリスク・ガバナンスの あり方も今後の大きな課題であり、地域社会との双方向コミュニケーションを図る制度的な好例 としてフランスの地域情報委員会(CLI: Commission Locale d' Information)があり、日本もこうし た制度設置の検討をすべきである。 図 1 フランス国内における地域情報委員会(CLI) (出所)ANCCLI のウェブサイトの資料を引用した上で、筆者修正。 3.今後の展望 日本の原子力安全規制制度は、福島原発事故を踏まえて大きな制度改革が行われたが、社会的 に有効な規制という点からは、単に規制機関(原子力規制委員会;NRA)の社会的能力だけでなく、 事業者や市民社会のあり方も含めた、原子力リスク・ガバナンスの構築を考える必要がある。 こうしたリスク・ガバナンスの視点からは、アメリカの INPO(原子力発電事業者協会)のよ うな事業者組織による自主的な安全文化向上への取り組みが不可欠であり、こうした産業人の職 業的専門家としての取り組みを可能とする電力自由化などの制度設計も重要である。また、中国 や韓国における原子力発電所の拡大傾向を考えると、日本だけの「一国主義的な」原子力安全へ の取り組みだけでは不十分であり、東アジア地域における原子力安全協力という地域ガバナンス の構築も大切な点である。 図2 アメリカの原子力産業界における安全性向上の仕組み (出所)資源エネルギー庁・総合資源エネルギー調査会・原子力の自主的安全性向上に関するワーキンググルー プ第 7 回会合資料 2『諸外国(米国、仏国、国際)における原子力の安全性向上のための仕組み』より引用。 これらの点に鑑み、科学研究費による研究(「原子力災害被災地におけるコミュニティレジリエ ンスの創造」 、挑戦的萌芽研究、平成 27—29 年度、研究代表者・松岡俊二)を通して、今後も引き 続き「原子力と社会」に関する研究を遂行し、社会的に有効な原子力安全規制とリスク・ガバナ ンスのあり方を研究し、原子力に関する新しい社会モデルを世に問うていきたいと考えている。 4.参考文献 (1) 飯田哲也(2011a) 「 『原子力ムラ』という虚構」 、飯田哲也・佐藤栄佐久・河野太郎『 「原子力 村」を超えて―ポスト福島のエネルギー政策―』NTT 出版、pp.17-40 (2) 橘川武郎(2012) 『電力改革―エネルギー政策の歴史的大転換―』講談社 (3) 菅原慎悦(2013) 「我が国における原子力防災制度改革の同行と課題―フランスの原子力防災 体制におけるステークホルダー関与の実態と我が国への教訓―」電力中央研究所 http://www.denken.or.jp/jp/kenkikaku/report/detail/Y12013.html(2015 年 3 月 27 日閲覧) (4) 菅原慎悦,城山英明(2010) 「フランス地域情報委員会の原子力規制ガバナンス上の役割」日本 原子力学会和文論文誌,Vol.9, No.4, p.368-383 (5) 鈴木達治郎・城山英明・武井摂夫(2006)『安全規制における「独立性」社会的信頼‐米国原 子力規制委員会を素材として』 、社会技術研究論文集 Vol.4、pp.161-168 (6) 中村隆夫、中田節也、岩田吉左、小野勤、濱崎史生(2014) 「火山現象に対する原子力発電所 の安全確保について:JEAG4625 改訂版の背景とその技術的根拠」日本原子力学会和文論文誌, Vol.13, No.3, pp.75-86 (7) 日本原子力学会(2014) 『福島第一原子力発電所事故 その全貌と明日に向けた提言―学会事 故調 最終報告書―』丸善出版 (8) 山下祐介(2013) 『東北発の震災論―周辺から広域システムを考える―』ちくま新書 (9) Bier, V. M., Joosten, J. K., Glyer, J. D., & Tracey, J. (2001). Effects of deregulation on safety: Implications drawn from the aviation, rail, and United Kingdom nuclear power industries. (10) Cvetkovich, G., K. Nakayachi (2007), “Trust in a High-concern Risk Controversy: A Comparison of Three Concepts”, Journal of Risk Research, 10(2), pp.223-237, (11) Federal Emergency Management Agency, NUREG-0654 FEMA-REP-1 Rev.1, “Criteria for Preparation and Evaluation of Radiological Emergency Response Plans and Preparedness in Support of Nuclear Power Plants” http://www.nrc.gov/reading-rm/doc-collections/nuregs/staff/sr0654/r1(2015 年 3 月 25 日閲覧) (12) Slovic, P. (1993), “Perceived risk, trust, and democracy”, Risk Analysis, 13, pp.675-682