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患者の自己決定権侵害が問題とされた事例
患者の自己決定権侵害が問題とされた事例 【質問】 患者の自己決定権侵害を理由に医療機関に慰謝料の支払いが命じられることがあ ると聞きましたが、具体的にはどのような場合があるのでしょうか。 【回答】 患者の自己決定権とは、医療行為を受けるか否か、どのような医療行為を受けるか などについて、患者自身が主体的にこれを決定する権利をいうものです。 医療のあり方をめぐる基本的な考え方は、医師本位から患者参加型へ移行し、医療 従事者・患者協働型へと変化してきました。近時はさらに患者を中心とする「患者本 位」の考え方も主張されています。このような変化により、従来よりも患者の自己決 定権を尊重する考え方が従来よりも強くなっているといえます。 患者が自己決定権を適切に行使するには、その判断材料として十分な情報が与えら れなければなりません。医師、看護師等医療の担い手は医療を提供するに当たり、適 切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならないとされてお り(医療法1条の4第2項)、医療機関は診療契約上の債務として患者に対する説明 義務を負っています。具体的には、医療機関は、①現在の病状および今後の予測に関 する情報②提供する医療行為の態様に関する情報③選択された医療行為の効果(利益) と危険性(リスク)に関する情報などを患者に提供しなければなりません。 医療機関において、医師の説明が不適切ないし不十分であったために、患者が自己 決定権を行使する機会を逸失したような場合、自己決定権侵害に基づく損害賠償が認 められることになります。 患者の自己決定権侵害が問題とされた近時の裁判事例として以下のものが挙げら れます。 東京地裁平成20年5月9日判決は、病院(被告)において硬膜外麻酔を受けた患 者(原告)に、下肢の疼痛、痺れ等の症状が生じたため、原告が手技上の注意義務違 反及び術前の説明義務違反を理由に被告に対し損害賠償としておよそ1億円の支払 いを請求した事案です。 裁判所は、手技上の注意義務違反という原告の主張は退けましたが、原告が術前に 麻酔の薬剤に対する不安を繰り返し述べていたことに加え、手術前日に麻酔医が診察 をして麻酔方法を決定するとの説明文書が原告に交付されていたにも関わらず麻酔 医による原告の診察がされなかったという事情の下では、麻酔医に説明義務違反があ るとしました。もっとも、他の麻酔方法に関する医学的知見や、本人尋問における原 告の供述に依拠して、適切な説明を受けたとしても、患者は本件で行われた麻酔方法 を選択したとして、麻酔医の説明義務違反と被告の症状との因果関係を否定し、自己 決定権侵害の限度で被告病院の責任を認め、損害として慰謝料200万円を認めまし た。 大阪地裁平成21年2月9日判決は、被告が開設する病院で近視矯正のためにレー シック手術を受けた後、術後遠視が生じた原告が、担当医師らに説明義務違反がある などとして、被告に対し債務不履行または不法行為に基づき損害賠償として1000 万円の支払いを請求した事案です。 担当医師らは、初診時、原告に対して病院が独自に作成したパンフレットを交付し て示しながら、レーシック手術の手順、合併症、手術の成功率は100%ではないの で希望する見え方にならない可能性があり、その場合は再手術が必要になることなど を説明しましたが、術後に遠視化が生じる可能性があることについて説明せず、パン フレットにもその旨の記載はありませんでした。 裁判所は、日本眼科学会のガイドラインや、術後遠視が生じる可能性があることを 患者に十分に説明する必要があると文献上指摘されていることなどを理由に、担当医 師が説明義務を尽くしていたということはできないと判断しました。そのうえで、レ ーシック手術につき原告の強い意向があったこと、手術当時30歳と若く過矯正は生 じにくく、多少の遠視化は問題とならない場合が多く、再手術による回復・改善可能 性があることなどを理由に、被告の説明義務違反と原告の自己決定権侵害についての み因果関係として、自己決定権侵害の損害として慰謝料50万円を認めました。 東京地裁平成24年9月20日判決は、脂肪吸引手術を受けた患者(原告)が手術 翌日に心肺停止状態となり、救命措置により蘇生するも身体障害等級1級の後遺障害 が残ったため、手技上の注意義務違反及び術前の説明義務違反を理由に医師(被告) に対し損害賠償としておよそ1億円の支払いを請求した事案です。 裁判所は、手技上の注意義務違反という原告の主張は退けましたが、死亡や重度後 遺障害を含む危険性があることを説明していないことは争いがないとして、被告の説 明義務違反を認めました。そして、本件手術に際して被告が原告に説明すべき内容は 「極めて稀に、死亡ないしは重度後遺障害が生じる場合がある」という程度のものに とどまるところ、死亡吸引手術を受けることを希望して来院した患者にとって、この ような手術の危険性の認識が、本件手術を受けることの重大な障害となると一般的に 認めることはできないし、特に原告は本件手術以前に他院において2度にわたり脂肪 吸引手術を受けたことがあり、これらの手術で不十分と感じ部位の修正を希望して本 件医院を訪れていることからすれば、原告が、本件手術の危険性について適切な説明 を受けたとしても、原告が本件手術を受けなかった高度の蓋然性が認められないとし て、本件障害との因果関係を否定して、自己決定権侵害の範囲で慰謝料200万円の 損害を認めました。