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適合性原則に関する金融機関の対応

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適合性原則に関する金融機関の対応
プライベートバンカーのための職業倫理
(第 1 回)適合性原則に関する金融機関の対応
高橋 法彦 氏
弁護士
高橋法律事務所
1 適合性原則の意味
(1)金融商品取引は、基本的には投資家の自己責任によって行われるべきものです。し
かし、一般投資家と金融機関との間には、金融商品取引についての知識、経験、情報
の収集能力及び分析能力等において、格段の質的・量的な格差があり、一般の投資家
は、専門家である金融機関の提供する情報や助言等に依存して投資を行わねばならず、
他方、金融機関は、一般投資家を取引に勧誘して利益を得ています。したがって、金
融機関が顧客に投資勧誘をする場合には、顧客に知識、経験及び財産の状況に照らし
て不適当と認められる勧誘を行ってはならず、金融機関の担当者が、顧客の意向と実
情に反して、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど、適合性の原則
から著しく逸脱した金融商品取引の勧誘をしてこれを行わせたときは、当該行為は不
法行為となると解されます。
(2)適合性原則につき、金融商品取引法は、金融商品取引業者等が「金融商品取引行為
について、顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照
らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなっており、又
は欠けることとなるおそれがあること」(同法40条1号)のないように業務を行わ
なければならないと定めています。
また、最高裁判所平成17年7月14日判決は、
「証券会社の担当者によるオプショ
ンの売り取引の勧誘が適合性の原則から著しく逸脱していることを理由とする不法
行為の成否に関し、顧客の適合性を判断するに当たっては、
(中略)具体的な商品特性
を踏まえて、これとの相関関係において、顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意
向、財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要がある」との判断を示しています。
(3)ただ、
「顧客の投資経験、証券取引の知識、投資意向、財産状態等の諸要素を総合的
に考慮する」との判断基準を示されても抽象的で分かりにくいと思います。そこで、
具体的に理解していただくため、1つの裁判例を紹介します。
1
2 裁判例
(1)ここで紹介するのは高松地方裁判所平成23年3月30日判決です。これは、取引
開始当時68歳の投資経験のほとんどない原告(女性)がリスクの高い金融商品の取
引をしたという事案です。被告は証券会社ですが、裁判所によって適合性原則違反が
認められ、被告は敗訴しました。以下、詳細を述べます。
(2)取引商品
ア
現物株取引
裁判所は、
「原告が取引をしたDeNA株等新興企業銘柄は、いずれも株式とし
て相応の株価変動リスクを有するのはもちろん、それを超えた大きなリスクを伴
うものである。
」と判示しました。他方、それ以外については特別大きなリスクを
伴うものではないとしました。
イ
投資信託
裁判所は、原告が取引した投資信託は「いずれもハイリスク商品と分類されるた
め、投資家としては、各商品の特性やリスクをよく知った上で、リスクをとっても
相当な利益を得ることを狙う商品である。」と判示しました。
ウ
信用取引
裁判所は、
「信用取引は、投資額に比べて大きな利益を期待できる半面、予想と違
った場合には損失も大きくなる危険性のあるハイリスク商品であるといえ、被告
における『信用取引等に関する内規』でも定めるとおり、株式投資について相当の
知識と経験があり、取引の仕組み等を十分理解している必要があるというべきで
ある」と判示しました。
(3)原告側の事情
ア
原告の投資経験
裁判所は、原告は変額年金保険等の投資経験があるに過ぎなかったと判示しまし
た。
イ
原告の知識
裁判所は、
「原告は、昭和11年生まれで、本件取引開始時には68歳、信用取引
開始時には69歳であり、長年、専業主婦として過ごしてきており、株式取引につ
いて、株式取引である以上損をすることは当然にあるという認識は有していたも
のの、
(中略)被告坂出支店で口座を開設する際、ジャスダック、マザーズ、ヘラ
クレスについて、Aに質問するほどであって、証券取引について十分な知識を有し
ていたとは窺われない。
」と判示しました。なお、Aは、被告の坂出支店の従業員
です。また、
「被告坂出支店で口座を開設する際、ジャスダック、マザーズ、ヘラ
クレスについて、Aに質問するほどであって」とは、具体的には、口座開設の際に
原告がAに対し、ジャスダックの略称である「JAQ」をジャックと読むのか、ジ
2
ャスダック、マザーズ、ヘラクレスとは何かと質問したことを指します。
ウ
原告の投資意向
裁判所は、
「原告は、Aに対し、本件取引開始のころ、銀行預金を上回る程度の利
益を得たい、貯蓄感覚でできる商品を購入したい旨申し出て、堅実な運用を希望し
ており、積極的な投資志向を有していたものではなかった。
」と判示しました。
エ
原告と夫の財産状況
裁判所は、
「本件取引開始当時、原告は無職で、収入としては、Fの分を合わせて
も、年額約140万円程度の年金のみであり、今後も、年金収入以外に収入を得る
手段はなかった。そして、金融資産は、F名義のものと併せ、約1億3500万円
程度で、内訳は預金約4800万円、国債2000万円、現金500万円、保険等
1500万円、ビッグ等約4700万円であったが、原告は、ソニー、ツムラ、大
日本住友製薬株を除き、本件取引に9862万1962円も投じた。その他は不動
産がF名義のものと併せ2600万円程度であった。」と判示しました。なお、F
とは原告の夫です。
(4)裁判所の出した結論
裁判所は、
「以上の認定事実を総合的に考慮すると、本件取引のうち、DeNA株等
新興企業銘柄の現物株取引、投資信託取引及び信用取引については、大きなリスクを
伴うものであるし、その投資金額の大きさに照らしても、これまで格別の投資経験も、
投資についての知識もなく、貯蓄感覚の商品の購入による堅実な運用を希望し、積極
的な投資志向もない原告の意向と実情に反し、明らかに過大な危険を伴う商品の取引
に、A及びC支店長は積極的に勧誘したものであり、適合性の原則から著しく逸脱し
た証券取引勧誘に該当するというべきである。」と判示しました。なお、C支店長は、
被告の坂出支店の支店長です。
3 金融機関で実施した方が良いと考えられること
(1)一般に、裁判において適合性原則に違反しているか否かは、顧客の知識、経験、投
資意向、財産状況等を総合的に考慮して判断されます。そのため、金融機関としては、
上記のような顧客情報を十分に把握しておく必要があります。また、金融機関がそれ
を把握して記録に残したとしても、いざ顧客が損害を被り、当該金融機関に対して損
害賠償請求を行った場合、当該顧客がその「記録」は自らが申告したものではないと
否認する可能性もあります。そのような事態に備え、金融機関としては、顧客自身に、
知識、経験、投資意向、財産状況等を書面に記入してもらうべきでしょう。仮に金融
機関が顧客から聴取した上記事項を書面に記録するとしても、それを顧客に確認して
いただき、署名・捺印をいただく必要があると思います。
(2)この点、金融庁が出した「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」
(平成27
年9月)のⅢ-2-3-1(1)①イでは、
「顧客の投資意向、投資経験等の顧客属性
3
等を適時適切に把握するため、顧客カード等については、顧客の投資目的・意向を十
分確認して作成し、顧客カード等に登録された顧客の投資目的・意向を金融商品取引
業者と顧客の双方で共有しているか。また、顧客の申出に基づき、顧客の投資目的・
意向が変化したことを把握した場合には、顧客カード等の登録内容の変更を行い、変
更後の登録内容を金融商品取引業者と顧客の双方で共有するなど、投資勧誘に当たっ
ては、当該顧客属性等に即した適切な勧誘に努めるよう役職員に徹底しているか。」
との検証ポイントが掲げられております。上記監督指針には、この点以外にも参考に
なることが記載されておりますので、是非ご覧ください。
以上
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