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第1部の講演録はこちら
第 2 回イノベーション・経営人材育成セミナー 「経営力を高める製造現場づくり」 第1部 「経営力向上をめざして経営と現場をつなぐために」 講師 学校法人産業能率大学経営管理研究所 マネジメント研究センター 主席研究員 総合研究所教授 曽小川 久英氏 企業経営の要諦は“曖昧さを切り拓く”ことにあり 現代は日本の社会・企業にとって、移行的な混乱期、あるいは正 念場の時期とよく言われます。高度成長の時代との最も大きな違い は、個人、企業、国の繁栄がうまくつながらなくなっていることに あると言えるでしょう。変化が激しく競争も激しい現代社会をいか に乗り越えるのか、今まで以上に企業の経営の力量が問われていま す。本日は、そうしたなかで経営力を醸成させるためにはどのよう なことが大切なのか、そのヒントとなるお話をしたいと思います。 経営力というのは人間力と同様に見えないもので、経営力という 能力領域があるわけではありません。経営力とは、継続的な成果を 生み出せる経営や組織の在り方を指しているのだろうと思います。 では、経営力の本質とは何か。それは“曖昧さを切り拓く”こと です。曖昧さというのは唐突な言葉に感じられるかもしれませんが、 ふくそう 不確実、不透明、複雑、多様、混沌とした事態、輻輳した状況、カ オスといった言葉に置き換えることができます。こうしたことに頻 繁に遭遇し、その曖昧な環境から逃れることができない昨今におい ては、曖昧さを解釈し、曖昧さに道筋をつけ、曖昧さを切り拓いて 成果を創出することこそが経営力の根幹であり、それを実践できる か否かが、経営力を左右するのではないかと考えています。 なぜ、曖昧な環境から逃れられないのか 我々が曖昧な環境から逃れられない理由はいくつか挙げることが できますが、1 つは、未来はいつも不確実なものであるということ です。ビジョンを描くことは大切ですが、確定的なことは言えませ ん。この時間軸的な曖さに加えて、方法論的な曖昧さもあります。 企業として取り組むべき課題に対して、魔法の杖のような、こうす れば必ずこうなるといった万能な方法論は存在しないのです。併せ て、これは曖昧さから逃れられないことの根本になりますが、人間 が曖昧なものだということ。そのときの気分、感情、意欲、体調な どによって、人の言動は変化します。そうした曖昧な人間によって 形成された集団もまた、曖昧なものと言えるでしょう。言動だけで はなく、考え方の曖昧さもあります。立場や役割が違えば、見解や 主張は異なります。そして、数学の問題のように唯一の正解がある わけではなく、それぞれの立場に立ってみれば、それぞれの見解や 主張はそれなりの正論です。たとえば品質向上を図るための提案は、 その担当者の立場から見れば正論ですが、コストアップを伴う場合、 コスト削減を担う人の「却下したほうがよい」という考えも、その 立場からすれば正論なのです。ただし、これらの正論は両立させる ことができない。この状況こそが、曖昧な状況と言えるでしょう。 このとき、どのようにバランスをとるのかということが経営判断で あり、経営の成否を握っていると言えるのではないでしょうか。 はっきりとはわからないなかで、目指すべき方向を導き出し、実 践すべき方法を編み出して、新たな価値を創りだす。つまり、曖昧 な環境に上手に対処し、曖昧さを切り拓くことが、経営力というも のの本質であり、企業経営の要諦なのです。 経営判断を支えるフォロワーシップの必要性 曖昧な環境に対処するうえで、あるいは曖昧さを切り拓くうえで 主眼となるのは、経営としての決断と実行です。どのような決断の もとビジョンを描くのか。どのような方法論を採択するのか。決め ない経営も、決めないマネジメントも存在しません。全ての経営活 動の主眼は、決断と実行にあります。異なり対立するさまざまな見 解がある、いくつもの妥当な主張がある、正しいことと正しいこと が衝突する曖昧な環境のなかで、いかに適切な決断・判断を下すか が問われるわけです。 しかし経営者というのは、全知全能の神でもなければ、完全無欠 の存在でもありません。自分なりの思い込み、勘違い、見方の偏り などがあるかもしれませんから、経営者一人では、曖昧さを切り拓 くための決断が危うくなります。そこで欠くことができないのが、 経営判断を支える、現場からのフォロワーシップです。 現場からのフォロワーシップとは、現場における改善や革新に関 する意見が、現場から出てくることを指します。知恵は現場にあり、 現場で発生する問題を最もよく把握しているのは、現場で実際に働 いている人たちです。現場の衆知を集めるためには、つまり、フォ ロワーシップを得るためには、主体的に活動する自立した現場を育 てる必要があります。経営者の方には、フォロワーシップを育んで いるかということに加えて、フォロワーシップを発揮しやすい環境 を整えているか、フォロワーシップを発揮したいと思わせる言動を 実践しているかということについても、自問していただきたいと思 います。 リーダーシップとフォロワーシップの相乗作用が成果を生む ウォレン・ベニスというリーダーシップの研究者は、著書のなか でこう言っています。「組織の成功に欠かせないものでありながら、 見落とされてきたものがあることに気づいた。それは、偉大なフォ ロワーシップである」。リーダーシップにはそれを支えるフォロワ ーシップが欠かせない、リーダーシップとフォロワーシップの相乗 作用から成果が生み出される、ということです。 リーダーシップを振り返る鍵は「振り向けばついてくるフォロワ ーがいるか」ですが、リーダーシップを発揮する過程で、リーダー はいくつもの隘路に遭遇します。特にフォロワーシップとの関係で 大きな論点となるのが、メンバーは喜んでついてきたが、リーダー の描いた絵が間違っていたり、誤った方向を目指したり、倫理的に 問題があったりした場合、どのように考えるかということです。 問題はリーダーにあるのか、それともフォロワーにあるのか。こ のことについて考えるときに大切なのが、先述の「偉大なフォロワ ーシップ」、つまり、経営の支えとなるフォロワーシップとはどう いうものかということです。肝要なのは、フォロワーがフォロワー なりに自立していること、自分なりの見識や倫理観に基づいて考え ていること、受動的ではなく能動的かつ自覚的にリーダーについて いくことを選択していること。リーダーが全ての答えを与えてくれ ると思っているフォロワーは、リーダーにとって何の助けにもなり ません。自らの立場を危うくするリスクを感じたときにも率直に懸 念を口にする勇気を有し、それを実践し、リーダーの足らざる点を 補佐補完することこそが、フォロワーシップなのだろうと思います。 経営力を育むためには、こうしたフォロワーシップを育まなけれ ばなりません。何かうまくいかないことがあると、リーダーシップ を育もう、リーダーシップを発揮できる人材が足りないといった話 になりがちですが、リーダーだけが頑張れば何とかなるのかという と、そうではないからです。多くの会社、そして社会に欠けている のは、フォロワーシップなのではないかと感じています。 フォロワーシップの醸成に向けて フォロワーシップを育むうえで、こうすればいいという答えがあ るわけではありません。ただ一つ言えることは、フォロワーシップ を発揮するためには、フォロワーの一人ひとりに、曖昧さに耐える “思考の忍耐”、良質な体験の積み重ね、信頼して任される経験が 必要なのだろうということです。このうち“思考の忍耐”は、曖昧 な環境で方法論などを導き出すためのものです。簡単に答えは出て きませんから、辛抱強く考えることが求められます。 考えてくださいというと、すぐにその時間がないという話になり がちですが、考えるというのは、時間をつくればできるというもの ではありません。考えるための“忍耐”というのは、考えるべきこ とを常に頭の片隅に置いておくということです。すぐに答えが出な くても、我慢強く頭のなかに置いておき、仕事をしながら度々そこ に立ち戻る。曖昧さに耐えながら、どうしたらいいかを編み出せる まで一生懸命考える。そうした姿勢を持つことが、フォロワーシッ プを発揮するための条件なのではないかと思います。 企業の方からは、現場の思考の忍耐が衰えてきているのではない かと危惧している、という話をよく聞きます。忙しいなどの理由で、 多くの人が知らず知らずのうちに、思考を中断したり節約したり省 略したり、ひどいときには思考停止に陥ったりする傾向が見られる ようになっているのです。思考の忍耐が衰えてしまうと、曖昧さを 切 り 拓 く こ と は 難 し くな り ま す 。 も し、「 ど うし た ら い い で す か?」という言葉が飛び交い、現場が安直に答えを求めてくる場合 は、思考の忍耐の衰えを疑ったほうがよいかもしれません。また当 事者意識の欠落も、思考の忍耐が衰えていることの兆候と言えます。 うまくいかないときに、会社や戦略、上司が悪いと考えるのではな く、自分は何をするのかを考える。そうした当事者意識があって初 めて、ここを改善すべきではないかという疑問も生まれるのではな いかと思います。 フォロワーシップを育むために大切なのは、経営と現場のコミュ ニケーションです。「どうすればよいと考えているのか」を問いか け、考える習慣をつける。並行して、良質な体験、信頼して任され る経験を積み重ねる機会を提供して責任感を培う。そうしたことを 継続的に行うことが、フォロワーシップの醸成につながるはずです。 経営者自身の「観」「想」「志」を鮮明に 曖昧さを切り拓く経営力の醸成に向けて、経営と現場をつなぐフ ォロワーシップを育むためには、単にコミュニケーションを図るだ けでは十分とは言えません。経営者が、経営のスタンスを根底で支 えているものを鮮明にし、それを日頃からいかに語るかが大切です。 経営のスタンスを根底で支えているものは、価値観、人生観、歴史 観、社会観、事業観、組織観、仕事観、人間観などの「観」、事業 やビジネスへの想い、会社や組織への想い、仕事への想いといった 「想」、自分が成し遂げたいこと、自分の存在価値、自分が果たす べき使命などの「志」です。この 3 つは、自分自身と社会やビジネ スとの関わりを根底で支える自分なりのものの見方と考え方であり、 意思決定や選択にあたっての判断基準や行動指針になるもの、また、 自己スタンス・立ち位置・基軸・視座となるものです。経営者のス タンスに多大な影響を与えると同時に、リーダーシップを発揮した 組織や事業のマネジメント展開の成否を握る鍵となるのが、経営者 自身の「観」「想」「志」なのです。つまり、経営者がどのようなも のの見方をし、どういう思いや志を持っているかを鮮明にして普段 から語ること、そして、それらに現場が共感し共鳴しているかどう かが、肝心なのではないかと思うのです。 なぜ語るべきなのか。その目的の一つは、経営者自身がたとえば 5 年後はどういう状況にあると見ていて、その状況を打破するため にどのような動きが必要だと考えているのかを浸透させることにあ ります。変革や挑戦が必要だと聞いたときに、切迫感を持つのか、 聞き流すのか。その違いは、それぞれの社員が 5 年後や 10 年後に どのような状況になると想定しているかによって生じるものだから です。そしてもう一つは、社員にとって実現可能性のある将来の姿 というものをイメージできるような形で提示すること。先を見通せ るようになれば頑張れるし、意欲も高まるはずです。リーダーシッ プの側面から言えば、共感度を高めることも目的の一つ。社員が経 営者に喜んでついてくるか否かは、経営者が抱いている思いや志に 共感し、一緒にやりたいと思っているどうかにかかっていると言え るでしょう。 語る際のポイントとしては、まず、言葉の意味をはっきりさせる こと。問題意識を持てと言うときには、具体的に「○○に目配りを することを問題意識と言っている」というような説明を入れること が必要です。また、効率化と手抜きの境、自主性と勝手気ままの境、 勇気ある挑戦と無謀な挑戦の境といったものは見えませんから、捕 足の説明を入れたほうがよいかもしれません。楽しく仕事をしたい という思いを語るときには、辛さを知っているからこそ楽しさを実 感できる、両面があるということを伝えたほうがよいかと思います。 あるリーダーダップの研究者は、「偉大なリーダーは、自分の夢 を、まるで皆の夢であるかのように言い換える」と言っています。 自分の言葉で、必要に応じて補足しながら繰り返し己を語り、経営 と現場をつなぐ鍵となる現場の共感・共鳴を得ることによって、曖 昧さを切り拓く経営力の醸成を実現していただければと思います。