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ファミリー・バイオレンスへの視座への一考察: 近年のDV被害者支援の

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ファミリー・バイオレンスへの視座への一考察: 近年のDV被害者支援の
Nara Women's University Digital Information Repository
Title
ファミリー・バイオレンスへの視座への一考察: 近年のDV被害者
支援の動向から
Author(s)
岩瀬, 久子
Citation
岩瀬久子: 奈良女子大学社会学論集, 第23号, pp.76-94
Issue Date
2016-03-01
Description
URL
http://hdl.handle.net/10935/4170
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publisher
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奈良女子大学社会学論集第23号
〈査読付論文〉
ファミリー・バイオレンスへの視座への一考察
――近年の DV 被害者支援の動向から――
岩瀬
久子
はじめに
児童虐待防止法(2000)
,配偶者からの暴力防止及び被害者の保護に関する法律(2001,
DV 防止法と略す)
,高齢者虐待防止法(2005)のいわゆる虐待防止三法が制定され十数年
が過ぎた.さらに 2012 年には障害者虐待防止法が成立し,その施策が展開され現在に至っ
ている.法制度や施策の進展は内在していた家庭内における虐待や暴力が表面化するに至
り,社会的認識が広がったことでこれらの被害件数は増加傾向にあるのが実情である.
家庭内暴力(Family Violence 以下 FV と略す)は,配偶者間,親子,きょうだいなど親
族の間で起こる暴力や虐待である.FV はアメリカの社会学者ストロースらによって発見さ
れたものであるが,家族間の関係性だけでなく,社会的・文化的要因にも起因し,私たち
の日常生活に蔓延している出来事である(M.ストロース 1981=1980 など)
.最も安心・安
全な安らぎの場であると考えられていた家庭が,実は,安全でない暴力的な場所であるこ
とが指摘されており(M.ストロース 1981,後藤 2011:391-392, 2013:67 など)
,内閣
府の『犯罪被害者白書』でも明らかになっている.家庭は犯罪の実行場所として無視でき
ないものであり,特に殺人については,殺人総件数の半数以上が家族間で行われているの
が実態である(岩井 2008:47,岩井 2009:2)
.
しかしながら,わが国の現在の法律や制度では,FV に対応するのは困難である.たとえ
ば,児童虐待に含まれない 18 歳以上の子どもへの暴力・虐待や高齢者虐待に含まれない成
人子から親への暴力注1),きょうだい間の暴力・虐待などの被害者は,現行の法律や制度か
ら排除され,相談窓口は明確に規定されていない. FV は,虐待防止三法だけでは対応で
きるものではなく,複雑で解決困難な問題であるため,FV に対応するための包括的な取り
組みが求められている(熊谷 2005,岩井 2009 など).岩井宜子は,トータルな形での法
制度構築にはいまだいたっておらず,家庭内で抱える種々の暴力の問題解決のため,社会
内の援助システムの構築を図っていくことが緊急の課題であると論じる(岩井 2009:2)
.
こうした社会状況のなか,近年,
『現代の社会病理』第 23 号(2008)が親族間殺人の特
集を組んだほか,法学雑誌『ジュリスト』も「ファミリー・バイオレンス」をテーマに4
回にわたり特集を組んでいる(2010.9.15~12.15)
.医療関係では『精神科』第 17 号(2010)
が「特集 家族と暴力」を組み,福祉関係では『社会福祉研究』第 111 号(2011)が「特
集
家族内の暴力・虐待と社会福祉」を,『刑法雑誌』(2011.3)が「特集ファミリー・バ
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イオレンス」を組んでいる.警察関係では,警察政策研究センターが,先進的な FV 対策の
取組を行っているアメリカのファミリー・ジャスティス・センター(Family Justice Centre
以下 FJC と略)の一つであるワイオミング州スウィートウォーター郡公選検事ブリット.L.
ジョンソン氏(Brett L. Johnson)を招き「警察政策フォーラム」を開催し,その報告とし
て『警察学論集』
(2013)で特集を組んでいる.このように,法学関係者や警察関係者,精
神科医療者や福祉関係者にも FV 対策が必要であるという認識が広がっている.僅かずつで
はあるが,DV 対策から FV 対策へと視点は移りつつあり,FV 対策への取り組みを模索し
ているのである.この視点への移行は,わが国の DV 被害者支援策の限界と DV 対策から
排除される人々の存在などの問題が生じていることが明白になった結果だと思われる.
そこで,本稿は DV や児童虐待,高齢者虐待といった個別的な対応ではなく,FV(被害
者・加害者)支援策への転換の可能性を近年の DV 被害者支援策の動向から検討すること
「女性に対する暴力」の種類とその保護の対象を国連の定義か
を目的とする.まず初めに,
ら確認し,FV 政策を行っているいくつかの国の FV 概念の定義を概観することで,わが国
の DV 施策の課題を提示する.次いで,FV 概念の導入の意義を検討するために,FV の構
造と発生要因,そして FV 概念の実践的意義について検討する.さらに,日本の FV 行為の
実態を提示し,FV 行為への対策をめぐる議論について考察する.最後に,わが国への FV
施策への示唆となるアメリカのワンストップ・サービスの事例を紹介することで,今後の
FV 施策への転換の可能性について考察する.
1「女性に対する暴力」の定義と保護の対象
1.1 国連による「女性に対する暴力」の定義と保護の対象
国連人権委員会特別報告者クマラスワミは,北京世界女性会議「行動要領」に則した形
で,DV 概念により広い意味あいを持たせている.すなわち,「女性に対する暴力」の定義
の拡張を主張するのである.なぜなら,暴力は夫や恋人の暴力に加えて,家庭内での子ど
もへの性的虐待,女の子に対する暴力,親が娘を売る強制売春,家事労働者の女性に対す
る暴力,性別選択のための中絶および女児殺害,性的切除やダウリーなどの伝統的な慣行
など,生涯を通じてドメスティックな関係で女性を苦しめる暴力は多様な形態を取ってい
るからである(クマラスワミ 1996:15).クマラスワミは,
「女性に対する暴力」を子ども
への性的虐待や暴力,伝統文化に潜む女性差別,女性の人権侵害となる慣習や慣行,不平
等な法制度などに根差した暴力であるとする.その上で,家族のみならず家事労働者まで
含むとし,親族間での暴力のみならず,家庭内で起きる女性に対する暴力であると幅広い
視点から捉え,さまざまな暴力がライフ・コースにおいて起きる可能性があることに言及
している.
国連事務局の経済社会局内の女性の地位向上部は,
「女性に対する暴力」の法的枠組みの
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モデルを示した勧告において,法により保護される人の範囲を次のように規定している.
それは,
「少なくとも次の範囲の者に適応されるべきである.婚姻関係にあるカップル,事
実婚関係にあるカップル,同性カップル,同居していないカップルを含む,親密な関係に
あるか,そのような関係にあった個人,互いに家族関係にある個人,同一世帯に属してい
る構成員」である(女性に対する暴力に関する立法ハンドブック 2011:36)
.この規定は,
男女のカップル関係だけでなく,同性カップルや家族関係にある個人,同一世帯に属して
いる構成員も含まれるとし,保護の対象範囲を広く捉えていて,事実上 FV に言及している
といえる.
1.2
諸外国の FV の定義
早い時期から FV 施策に取り組んできたカナダは,FV の定義を,
「家族のメンバーや親
密な関係にある人に対してコントロールあるいは傷つけるために虐待的な行為を行使する
ことである」とする.FV の様々な形態には,親密なパートナー間の暴力,児童虐待とネグ
レクト,高齢者虐待,名誉殺人,強制結婚,女性性器切除などがある.対象は家族のメン
バーや親密な関係にある人とされ,広義の家族が対象とされる(Government of Canada)
.
ドイツでは,FV は居住空間をともにする人的関係において引き起こされるすべての児童に
対する暴力,および子どもによる両親への暴力,きょうだい間暴力,高齢者への暴力を含
むと定義される.また狭義には,これらの中で,継続中もしくは解消された家族・婚姻関
係またはこれに準ずる関係において引き起こされた身体的,心理的,性的暴力とされてい
る(安部 2008:252)
.韓国や台湾では,わが国よりも早くに FV に関する法律が施行され
ており(韓国 1998,台湾 1999),児童虐待,親に対する子どもの暴力,高齢者虐待と,広
く家庭内で起こる暴力全般を対象としている(戒能ら 2006,2007,宮園 2008:194)
.他
に FV 施策として取り組んでいる国には,オーストラリア,ニュージーランド,アメリカ,
スイス,シンガポールなどがある.DV を「配偶者からの暴力」と限定して DV 防止法で対
処し,児童虐待防止法や高齢者虐待防止法など個々の防止法を策定し施策を行っているの
は,日本の特徴であろう.
1.3 先行研究にみる FV の定義
FV 概念を早くから唱えてきた井上眞理子は,そこで想定する家族を定義することは困難
だと断りながらも,Levesque の定義を引用しつつ,FV について「FV とは家族のメンバー
の不作為および作為の行為で,個人の健全な発達を阻害する身体的虐待,性的虐待,情緒
的虐待,ネグレクト,その他の形態の不適切な取り扱い(maltreatment)を含む」と論じ
る(井上 2011:17).井上のこの定義は,児童虐待や高齢者虐待をも視野に入れたもので
ある.
『ジュリスト』
(2010.9~2010.12)に4回にわたって特集された「新シリーズ
ファミ
リー・バイオレンス」では,FV を児童虐待・配偶者間暴力・高齢者虐待の3類型にわけ,
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現場,法律学,心理学(または社会福祉学)のそれぞれの視点からの論考を掲載している.
これらの議論は概ね虐待防止三法の範囲でなされているが,適用範囲の拡張が図られてい
る.たとえば後藤弘子は,定義する.すなわち,DV 防止法では男性と女性,ヘテロセクシ
ュアルの関係で,婚姻関係にある当事者が対象となっているが,その関係が法的承認を受
けているかどうかは問わず,同性カップルもファミリーとして含むことも可能であると論
じる(後藤 2013: 92‐97)
.
以上の動向を勘案すれば,広義の家族において生ずる暴力に対処するために,FV 概念を
採用すべきである.FV とは,人権を侵害するような多様な形態の虐待・暴力であって,家
族のメンバーあるいは同性も含む親密な関係である私的領域で行われる暴力・虐待である
と定義することができる.以上の検討を踏まえ,続く2章および3章では,日本の現行法
の課題を探ることで,なぜ FV への視点が必要なのか検討したい.
2
FV アプローチに対する日本の虐待防止三法の限界
わが国では児童虐待,DV,高齢者虐待と個々に対応した支援策が講じられているが,こ
れら虐待防止三法では被害者となる対象が制限されており,支援策も法律の対象範囲に限
られた人々に対してであり,その限界がある.つまり,虐待防止三法の限界は,保護され
る人の年齢や性別での制限や性的少数者に対応できず,排除される人々の存在が考慮され
ていないのである.表1はそれらをまとめたものである.さらに,それらの規定する罰則
等にも不十分な点がある,すなわち,児童虐待防止法では,
「接近禁止命令」違反に対する
刑事罰(1年以下の懲役また 100 万円以下の罰金)
,DV 防止法では,
「保護命令」(接近禁
止命令,退去命令など)違反に対して刑事罰(1年以下の懲役また 100 万円以下の罰金)
,
高齢者虐待防止法では児童虐待防止法と同様にいわゆる「立入拒否罪」などに対して罰金
刑(罰金 30 万円)が規定されているにすぎない(朴元 2011:434).したがって,虐待防
止三法では暴力や虐待は犯罪とはならず,接近禁止命令などの違反に対する処罰のみであ
り,被害者の告訴がない限り私的領域での刑罰化は行われていない.
表1は,虐待防止法の保護の対象や支援機関などの概要を示したものであるが,児童虐
待防止法や高齢者虐待防止法は,その名称からも分かるように児童・高齢者と福祉法に則
って年齢で区別されるが,性別では区別されていない.対応機関は明記されており組織体
系は構築されている.また,両虐待防止法には加害者である養護者への支援策も盛り込ま
れている.同様に障害者虐待防止法も対応機関は明確で,養護者支援策が盛り込まれてい
る.DV については,近年の「第4次男女共同参画基本法」
(2015.12.25)にも男性被害者
への対応を促しているが,対応機関が婦人相談所や配偶者暴力相談支援センターであるた
めに,男性のための相談には十分に対応しきれておらず,男性のための相談機関はほんの
わずかであり,ましてや保護施設はほとんどない状態である.こうした問題を踏まえ,次
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章では DV 政策の課題について見ていきたい.
表 1 DV 防止法と虐待防止法の保護の対象・支援機関・虐待の定義
法律
成立年 保護の対象者
対象年齢 虐待者
対応機関
父・母・祖父母、継父・継母
児童虐待防止法
2000年 児童
0~18歳
児童相談所、福祉事務所
など養育者
婚姻者、
配偶者、パートナー、元配 配偶者暴力相談支援 セン
DV防止法
2001年 配偶者、パートナー,元パートナー 元婚姻者
偶者、元パートナーなど
ター、婦人相談所
等
配偶者、息子、娘などケア 市町村、地域包括支援 セン
高齢者虐待防止法 2005年 高齢者
65歳以上
ラー、介護職員
ター
障害者虐待防止法 2011年
3
虐待・暴力の定義
身体的虐待、心理的虐待、ネグレクト、性的虐
待
身体的暴力、精神的暴力、経済的暴力、性的
暴力、
身体的暴力、精神的暴力、経済的暴力、性的
暴力、ネグレクト
18歳未満
市町村障害者虐待防止 セ
身体・知的・精神障害などの障害 は児童虐 養護者、福祉施設従事者 、
身体的虐待、ネグレクト、心理的虐待、性的虐
ンター、都道府県障害者権
がある者
待防止法 使用者
待、経済的虐待
利擁護センター
が対象
DV 政策の課題
わが国で DV 防止法が施行されて 15 年になろうとし,この間 DV 施策は継続的に展開さ
れてきた.この法律の正式名称は,
「配偶者からの暴力防止および被害者の保護等に関する
法律」であり,一見女性に対する暴力に限定されていない.しかし,保護の対象は女性で
あり実質的には「女性に対する暴力」として取り組まれている.同法はフェミニスト・ア
プローチを取り入れており,男性=加害者,女性=被害者という二項対立という構図で支
援策が行われてきたために,焦点が当たってこなかった問題が存在する.その主なものと
して,①子どもへの視点の欠如,②男性被害者への取り組み,③加害者更生プログラムの
未実施,④同性カップルの排除などが挙げられる.DV 施策を被害女性の保護だけでなく包
括的な被害者支援策として,子どもや男性をも含む取り組みが求められている.この章で
は,こうした広い被害者支援策の観点から課題を検討する.
3.1 子どもへの視点の欠如
DV 家庭に育った子どもについては,改正児童虐待防止法(2004)で DV にさらされるこ
とは児童虐待であるとされ,
「面前 DV」として問題にされるようになった.しかし,両親
間の暴力が子どもに与える影響が大きいことは早くから指摘されているにもかかわらず,
支援の現場では DV 被害者は婦人相談所が対応し,DV 被害女性の支援が中心に行われ,子
どもへの支援は限定的で不十分である.母親への援助システムと子どもへの支援システム
が,それぞれに独立して業務を担当しているため,子どもの支援と母親への支援が分断さ
れる現実に,支援を必要としている母親と子どもが翻弄されているのである(春原 2011)
.
たとえば,男児の場合は,
「就学前」
「小学校低学年」「中学生まで」など,発達の度合いに
よって利用制限がみられる(堀 2013:111)
.婦人相談所に入所できない男児は,児童相談
所や児童養護施設等の入所となり,母子分離となる.こうしたケースに見られるように DV
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奈良女子大学社会学論集第23号
被害女性と子どもとの関係が一時的にも分断されることは,子どもにとって大きなストレ
スとなり情緒不安定に陥らせる.婦人相談所退所後の母子関係において母親からの虐待や
その逆の子どもから母親への暴力の表出もあり,早い時期の子どもへの心理的ケアは安定
した母子関係を構築するためにも不可欠である.暴力により引き起こされた母子関係の混
乱を改善することが,双方の暴力被害からの回復に役立つのである(柳田 2007:80,春原
2011)
.このように DV 問題については,母子関係をも含めた視点で早い時期からの支援が
必要とされるのである.したがって,母子を個々に支援するのではなく,FV という視点で
母子双方に対して長期的な支援を行っていくことが求められているのである.
3.2 男性被害者への取り組み
DV 防止法の枠組みのもとで,DV 被害者は主として女性であるとされてきた結果,男性
被害者にかかわる対策が取り残されてきたのが実情である.内閣府の統計(2013)では,
配偶者間(内縁を含む)における殺人件数の男性被害者は 49 人(31.6%)と約3割である.
2014 年度の統計では,配偶者間の殺人件数 157 件の 41.4%(65 件)が男性被害者注2)と
前年度より 10%の増加である.傷害では,2,015 人のうち 139 人(6.5%)
,暴行では 1,999
件のうちの 136 人(6.4%)で,2014 年度の統計と比較して大きな変化はみられない(内
閣府男女共同参画局 2014,2015)
.最新の新聞記事では,
「妻の暴力一人で抱えこむ夫
被害者の1割は男性」と報道され(朝日新聞 2015.9.23)
DV
注3)
,今まで取り上げられること
もなかった男性被害者の存在に視点が当てられるようになってきた.
近年,男性被害者施策として内閣府男女共同参画局が,地方自治体向けの男性相談窓口
整備マニュアル(2013)を作成し,その施策を都道府県に委ね展開を始めた.大阪府では,
国より一足先に 2012 年3月に『男性相談の実施に当たって―DV 等に関する男性相談マニ
ュアル及び男性相談員育成プログラム作成事業―』を作成し,男性相談員研修を行ってい
る.
大阪府の男性相談は,DV の男性被害者と加害者とされた男性の悩みを受け止める役割を
担うことが目的とされる.
「男性相談実施に当たって」の男性被害者への対応では,傾聴,
男らしさの縛りを解きほぐす,自身の傷つき(被害者性)の認識,対処策,コミュニケー
ションの振り返り,距離を取る,孤立しない,警察への連絡(妻の暴力が激しく,緊急対
応を迫られるとき)がある.DV 加害者からの相談では相談を受ける基本姿勢として,DV
は犯罪行為も含む重大な人権侵害であることを基本に暴力を容認しない態度で接し,相談
者の人格を尊重し,相談してきたことを評価する.相談員は,相談者の不安,苛立ち,怒
り,悲しみ等の感情を DV 加害者の「傷」として受け止める.加害者の「傷」には,悪者
にされることの「傷」
,加害してしまったことによる「傷」,加害者を暴力へと追い込む「傷」,
男らしさによる「傷」,トラウマとしての「傷」が示されている.その対応方法は,傾聴,
感情の言語化,非暴力に向けたメッセージ,対処策などである(大阪府 HP:21-29)
.
男性相談窓口は,男女共同参画センターや男性問題にかかわってきた民間団体等が担っ
81
奈良女子大学社会学論集第23号
ており,全国に約 40 カ所あると推定される注4).男性相談は,男性が抱えている悩みを聴
き,男性自身が捉われてきたジェンダーに向き合うことを目的に行われている.DV に対し
ては,被害女性の保護だけでは問題は解決できない.加害男性も含めた男性への支援を行
わなければ,社会や家庭の中におけるジェンダー問題の解決には至らないのである.こう
したなか,男性被害者のための公的シェルターが北海道に1カ所,県が社会福祉法人に委
託して 2014 年6月に開設された(北海道新聞 2014.3.25)
.
3.3 加害者更生プログラムの成立と国内への導入
最近は男性被害者にも焦点が当たってきたが,依然として圧倒的に加害者は男性が多い.
そうしたなか,わが国でも加害者更生プログラム導入の必要性が問われるようになってき
た.
アメリカで開発された加害者更生プログラムの基本的特徴は,被害者の立場に立つこと
を堅持するフェミニスト・アプローチが基底となっている.被害女性を援助するフェミニ
ストたちの要請により 1977 年に民間団体「エマージ」
(Emerge)が初めて加害男性プログ
ラムに取り組んだ.設立の契機はシェルターなどを運営する被害女性支援のためのホット
ラインに加害男性から掛かってくる電話の増加に悩まされるという事態からであった(波
田 2004:30)
.1981 年には,ミネソタ州ドゥルース市が「パワーとコントロール理論」で
有名な「ドゥルース・モデル」注5)を開発した.このモデルは,公のさまざまな機関を巻き
込んで地域全体で DV 問題に介入しようとするもので,「連携地域対応」(Coordinated
Community Response)が柱となる.連携地域対応システムの中に加害者更生プログラム
を実施している組織に教育を委託するものである(山口 2010:36-40)
.
「ドゥルース・モ
デル」は,世界中で実施されている DV 加害者更生プログラムのモデルとなっている.
わが国では,内閣府男女共同参画局が 2002 年に欧米,韓国,台湾の加害者更生制度につ
いて調査を実施し,2003 年には,カナダ,アメリカの加害者更生プログラムの調査を行い,
「加害者の更生のための指導の方法等についての調査研究」としてまとめている.また,
2004 年には,
『配偶者からの暴力に関する加害者向けプログラムの満たすべき基準及び実施
に際しての留意事項』を発表したが,未だに公的機関においては実施に至っていない.民
間機関のアウェアや大阪のメンズサポートルーム,内閣府の調査研究に参加した NPO 法人
RRP(Respectful Relationship Program)研究会などいくつかの民間団体が加害者更生プ
ログラムを行っているに過ぎず,その進展はみられない.国の調査研究に参加した妹尾栄
一は,加害者更生プログラムの重要性を説き,未だ実践されていないわが国の状況を批判
する.すなわち,被害者の安全を向上させる一環で加害者更生のプログラムを実施する責
任は,地方自治体に課せられた重要かつ不可欠の課題であるが,それが実施されないのは,
被害母子の人権の無視だと主張するのである(妹尾 2009:22)
.
こうした批判から,国は民間団体に加害者更生プログラムの取り組みや有効性等につい
てヒアリングを行い,国の政策として加害者更生プログラムの導入を検討課題としている.
82
奈良女子大学社会学論集第23号
そのうえで被害者支援の一環として,関係各機関や被害者支援団体が連携して包括的な仕
組みを構築することが望ましいという見解を示している(内閣府男女共同参画局 2014)
.第
74 回「女性に対する暴力に関する専門調査会」
(2014.2.17)では,NPO 法人 RRP 研究会
メンバーの森田展彰が委員会メンバーとして,
「被害者援助のための DV 加害者更生プログ
ラム―その実施経験から見た有効性と公的な枠組みの必要性―」について説明している.
森田によると,加害者プログラムの目的は,①加害責任の自覚,②加害者の認知・行動の
変容,③被害者の安全である.DV 教育プログラムは,被害者支援の一環であり,暴力を用
いず敬意をもってパートナーと接することを目指すために,よいコミュニケーションを行
う方法や技術を身につけるためのものである.有効性として,怒りの表出の低下,相手の
言うことを聞いたり尊重する態度が増えたなどが報告されている.今後の課題として,被
害者援助と司法機関との強い連携体制の工夫が必要であると論じる(内閣府男女共同参画
.
局 2014)
3.4 DV 防止法における同性カップルの排除と残された課題
DV 防止法は,配偶者からの暴力防止及び被害者の保護等を目的とした法律であるため保
護の対象者は配偶者や事実婚の当事者,および元配偶者である.2013 年の改正で生活の本
拠を共にする交際相手も対象となった.しかし,異性間のカップルを前提とし,同性カッ
プルは含まれていない.性的少数者である LGBT(lesbian,gay,bisexual,transgender
の略)の人たちの存在は考慮されず,支援策は皆無と言える.但し,レズビアンなど被害
者が女性である場合は,婦人相談所が対応している.近年欧米では同性カップルを法的に
認める国が増えてきており,そうした国々の FV に関する法律には同性カップルも含まれて
いる.性の多様性の社会的認識が広まりつつある状況を考えると今後の課題であり,支援
策も必要となってくる.ようやく LGBT が社会的に認知されつつあるが,そうした人々の
なかで起きている DV 問題についてはまだ社会的な取り組みは始まっていない.
そもそも,
DV 防止法の女性を被害者とする枠組みでは,取り扱えない事例だともいえる.したがって,
FV は親密な関係の間に起こる問題であると捉え,性的少数者への支援策も考慮した取り組
みが必要となってくるだろう.
4
FV 概念の導入の意義
4.1 FV の構造と発生要因
DV,児童虐待,高齢者虐待,親子間暴力,きょうだい間の暴力などの FV は,普遍的で
あり,どの家族にも起こりうる問題である.熊谷文枝は次のようにフィンケローア博士の
言葉を参考に次のようにいう.
「家庭内における暴力行為というものは,単に攻撃,あるい
は危害を相手に加えるのみではなく,自己の権力表現なのである.人間関係において,自
83
奈良女子大学社会学論集第23号
分の権力を主張する必要性というものが暴力となって表れる,というのがすべての家庭内
暴力に関する共通点と言える」
(熊谷 1985:9). 坂本佳鶴恵は,家庭内で起こる暴力の
発生要因について次の3点を挙げている.①経済的・社会的・福祉的依存,②心理的依存
関係,③家族の自律性・閉鎖性である.そして,FV が抱える困難の特徴は,①告発の困難,
②暴力の不可視性,③加害者・被害者による隠蔽,④加害者からの分離の困難であると指
摘する(坂本 2011)
.こうした現象は家族ゆえの問題であるが,社会の FV に対する寛容
性と虐待の定義の曖昧さも反映していると思われる.たとえば,プライバシーに関するこ
とだからと不介入の姿勢や,しつけと虐待の線引きの曖昧なことがより発見を困難にして
いるのではないだろうか.
親密圏内の暴力・虐待には,虐待者と被虐待者の間の特別な関係(家族関係や扶養義務
関係)に注目することが必要である.親密圏の暴力・虐待では,加害者―被害者の関係は
継続し固定化されており,常に特定の者が加害者であり,特定の者が被害者である.家庭
内虐待は,扶養義務関係あるいは一定の依存・従属関係の下で発生している.親密圏の暴
力・虐待行為は,加害者と被害者の共依存関係や「暴力の循環サイクル」が示すように,
被害者が暴力から逃れられない循環が生じている(山田 2011:28-34).こうした状況に
置かれた被害者の支援のためにも FV 概念が必要となる.
4.2 FV 概念の実践的意義
DV は社会構造的に埋め込まれてきた「女性に対する暴力」であり,
「ジェンダーに基づ
く暴力」として男性から女性への暴力であると捉えられ,その力関係は非対称であるとさ
れる.DV 被害者のほとんどが女性であることは明白な事実であり,被害女性への支援策の
拡充は不可欠であることは疑いもない.しかし,ジェンダーの非対称性だけで論じられな
い問題も存在する.ジェンダーはヘテロセクシャルの問題を女性の視点から論じているが,
性には前述した性の多様性の問題がある.北仲千里は,DV は親密圏で起こるものをさす概
念であるとし,性の多様性を考慮し,性別中立的に論じることを提案する.さらに,DV の
図式を相対化することは,
「女性に対する暴力」を生み出す構造を変えていく鍵になる可能
性があると述べる.したがって,
「女性に対する暴力」の論じ方だけでは,被害者の位置に
女性を,加害者の位置に男性を配置する図式の再生産にむしろ寄与してしまう危険性があ
ると指摘する(北仲 2010:95‐96)
.つまり,DV は「女性に対する暴力」であるという
論じ方では性の多様性に対応することは困難であるとともに,二項対立の構造を生み出す.
なぜ加害者を男性と断定するのか,なぜ男性の被害性や女性の加害性は問われないのか,
暴力や虐待を問題とすべきではないのか,という問いに二項対立の図式では答えられない
のである.したがって,児童虐待の加害者の多くは母親であるという事実が不問にされる
構造が, DV 施策には内在することになる.
FV 概念では,女性に対する暴力だけでなく,家庭内における強者の弱者に対する暴力・
虐待であると捉える.ジェンダーに基づく暴力であるとともに家庭内での力関係による暴
84
奈良女子大学社会学論集第23号
力であり,非対称的な相互関係であるがゆえに「パワーとコントロール」関係が発生する
のである.信田さよ子は,親子・夫婦間の立場の相反性は力の強弱によってうまれており,
非対称的な関係性を形成している.個人の内的要因や努力によって乗り越え不可避な非対
称的関係は,権力関係そのものであると論じる(信田 2008:33-35)
.次節では,わが国
の FV の実態をみていくことにしよう.
4.3 FV 概念からみた日本の家庭内暴力
前章でみたように,FV は普遍的であり,実際家庭内の親族による親族への傷害行為は極
めて多い.本節では,日本での FV の実態を把握するために,内閣府の『犯罪被害者白書』
から,親族間で行われた殺人,暴力・傷害の「被疑者と被害者の関係別」件数の推移をみ
ていく.但し,この統計資料では被害者とその件数は提示されているが,被疑者は提示さ
れていないため,相互関係はわからない.同白書の「被疑者と被害者との関係別」の親族
間の殺人件数の過去 10 年間の推移は,表2のとおりである.
表 2 親族間の殺人件数と全殺人件数に対する割合(%)の推移
年
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
件数
557
541
467
506
558
467
494
489
473
459
割合
45.5
44.2
46.9
48.1
49.8
48.1
52.3
52.0
53.5
53.5
(内閣府『犯罪被害者白書』より)
2013 年では,実に殺人総数の 53.5%が親族間の殺人である.その内訳は,被害者が実父
母であるのは 139 件(30%)
,養父母2件(0.4%),継父母3件(0.7%),配偶者 155 件(34%)
そのうち女性被害者が 106 件(22%)を占める.実子が 93 件(20%),きょうだい 36 件
(7.8%)
,その他の親族 26 件(6%),養子3件(0.7%)
,継子2件(0.4%),となってい
る.実に親族間殺人の 304 件(66%)が,親子間,きょうだい間などで行われており,配
偶者間の殺人件数 155 件(34%)よりも多いのである.
暴行・傷害では配偶者間は 60%と高い割合である.そのうち 94%が女性の被害者である
.次いで実父母 1060 件(15%),きょうだい 570 件(8%),実
(4,289 件のうち 4014 件)
子 508 件(7%)
,その他の親族 495 件(7%)と続く.暴行・虐待の件数をみると配偶者
間では 60%であるのに対して親族間は 40%であり,配偶者間暴力が多い.配偶者間の殺人
では女性の加害者が 49 件(32%)と約三分の一を占めるが,暴行・虐待の加害女性は7%
である.このことから暴力的な女性は少なく,長年 DV に苦しんできた結果殺人に至った
事例や過剰防衛等で夫を殺害してしまった事例などがあると推測できる.また,子殺しは
児童虐待のなかで最も重篤な問題であるといえるが,実子,継子,養子を合わせると 98 件
あり,ほぼ4日に1人が殺害されている.児童虐待の加害者は母親が最も多く,38,224 件
(57.3%)
(厚生労働省 2012)であるが,重大な事態に陥るという虐待は母親よりも父親が
85
奈良女子大学社会学論集第23号
2倍と多く,
継父などを合わせると 74%となるという報告もある(日本経済新聞 2015.3.26)
.殺人の被害者が実父母であるのは 139 件(30%)と多い.厚生労働省の平成 25 年度
注6)
の報告によると介護殺人は 21 件(厚生労働省 2014)であることから,高齢者虐待による
殺人以外の親子関係が存在する.実父母への殺人件数の多さは,DV 殺人と同様に大きな社
会問題であるが,この問題への取り組みは十分に行われているとは言えない.
4.4 FV 行為への対策をめぐる議論
本節では,こうした問題への取り組みをいくつか紹介しよう.山田晋は,親密圏を虐待
の継続的発生の原因となる親密な人間関係であるので,必ずしも親族関係に限定されない
と定義し,親密圏における暴力・虐待への対応には,3つのアプローチがあるとする.①
制裁的アプローチは,刑法による対応を中心とする.②福祉的アプローチは,虐待・加害
行為が生じた家庭の病理に注目し,その改善・再生に主眼を置くもので,児童福祉法など
福祉各法が意図するものである.③人権論的アプローチは,被害者の保護・救済を主眼と
するもので,このアプローチでは親密圏の解体を容易にし,被害者の保護・救済を図るこ
とに主眼が置かれる.したがって,親密圏の暴力・虐待の根本的解決は人権論的アプロー
チであると論じる(山田 2011:29‐30)
.①の制裁的アプローチにはダイバージョン(刑
罰代替策)としての加害者更生プログラムが考えられるが,被害者の安全を向上させるた
めにも行政の責任で実施すべき重要で不可欠な課題であり(妹尾 2009:22),わが国の今
後の FV 施策の重要なテーマとなるアプローチである.
小島妙子は,親密圏における暴力・虐待に国家が介入する場合には2つのアプローチが
あると論じる.山田が述べる福祉的アプローチと人権論的アプローチである.福祉的アプ
ローチは,親密圏において他者に依存しなければ生きていけない者に対し,社会保障の給
付を通じて,暴力的・虐待的な関係からの離脱の自由を実質的に保証するアプローチであ
る.人権的アプローチは,裁判所等に対し,親密圏においても市民社会における自由を貫
徹させるアプローチである(小島 2007:364-395).福祉的アプローチは福祉制度の限界
があり,現状では FV 被害者に対応できる支援とはならず,福祉政策の拡大が必要であろう.
したがって,FV には人権的アプローチとして取り組む必要がある.山田は,行政の改革で
は,親密圏の暴力・虐待に十分対応できない部分も多いと指摘し,人権的アプローチに則
った,
「親密圏虐待保護センター」のような,親密圏の暴力・虐待に対応すべき特別の行政
機関の設置の必要性を説く.親密圏の暴力・虐待の発見,救済,被害者の保護等に一義的
に責任を負える機関である.例えば,警察署内部に「ファミリー・バイオレンス保護・救
済センター」を設置するなどの「実効的」対応を提案する(山田 2011:33)
.
信田は,虐待と DV,被害者と加害者を分断することなく包括的に引き受けることではじ
めて効果的な介入が可能となると論じ,行政の取り組みが実効性を示すためにも,民間活
動と緊密な連携と活動の助成が緊急に望まれると論じる(信田 2010:17:18)
.森田は,
包括的な対応として,DV 被害者援助団体,DV 加害者プログラム提供団体,児童虐待介入
86
奈良女子大学社会学論集第23号
機関などによって共同で運営され,さらに行政,警察,保護観察機関,家庭裁判所,精神
保健機関などが加わったコミュニティ全体で,DV や児童虐待などの再発を監視するととも
に 暴 力 は NO で あ るとい う 統 一 し た メ ッ セ ージ を 示 す 連 携 地 域 対 応( Coordinated
Community Response:CCR)の確立の必要性を論じる(森田 2010:335).つまり,FV
に対応するためには,人権的アプローチの視点に立ち,法的罰則も踏まえた家庭内で行わ
れるあらゆる暴力の被害者のための包括的な連携地域対応システムの構築が求められるの
である.
5 FV 施策の構築に向けて
山田や森田らが提案する支援策は,さまざまな公的機関と民間団体が連携し多様な問題
を抱える FV 被害者のための包括的な FV 被害者支援センターの構築である.そのような支
援センターとしてアメリカではファミリー・ジャスティス・センター(FJC)がある.本章
ではその概要をみることで,日本における展開の可能性を考えてみたい.
5.1 FV の取り組み―アメリカの取り組みから
『警察政策研究』
(2013)で報告されているアメリカの FJC とは,DV の被害者やその子
ども,高齢者虐待など FV の被害者に対して被害者が相談機関でたらい回しにならないよう
に一カ所で被害者のニーズに合った支援が受けられることを目的に,2002 年にサンディエ
ゴ市ではじめて設立された.2003 年にはジョージ W.ブッシュ大統領の FJC イニシアティ
ブが創設され,財政的援助を受け「ワンストップショップ」として全米に広がって行った.
ワンストップショップは,FV の被害者が同一建物内で様々なサービが受けられるシステム
である.2005 年 FJC は,Violence Against Women Act に規定され,FV 対策の重要な施策
の一環として展開された.現在米国内に 80 カ所以上,米国以外の 14 ヶ国に 100 カ所程あ
る(Family Justice Center Alliance).
ニューヨーク市の FJC を紹介すると,被害者が一か所で必要な支援を全て受けられるよ
うに,センターには様々な公的・民間支援団体の職員が常駐している.サービスは一切無
料で,誰もが利用でき,被害者の第一言語で支援を提供している.安全かつ被害者の気持
ちに配慮した環境で,スタッフから直接援助や支援を受けることができる.始めて利用す
る場合は,まずクライアント・スペシャリストと呼ばれる職員と面接を行う.必要とされ
る支援内容を見極め,その後,実際に支援を提供するケース・マネージャーとの面接を設
定する.
FJC で受けられる支援は,ケース・マネジメント,カウンセリング,法律情報,警察調
書作成の手伝いなどである.さらに,地区検察局の検察官のオフィスがあり,検察官は刑
事司法制度について説明を行う.高齢者虐待に関するサービス:ケース・マネージャー,
弁護士,検察官が支援の手を差し伸べる.さらに,自立支援サービス:公的扶助,予算管
87
奈良女子大学社会学論集第23号
理,育児,経済基盤の構築に関する支援.職業訓練や教育プログラム等への紹介などがあ
る.連絡は特定の電話番号があり,311 を掛けると近くの FJC につながる仕組みになって
いる(ニューヨーク市の FJC パンフレットより)
.
5.2 FJC の特色―ワイオミング州の事例から
ブリット.L. ジョンソン氏によれば FJC とは,被害者が相談窓口をたらい回しされるこ
とを避けるために窓口が一本化されたワンストップ・サービスである.ニューヨークと同
様のシステムで,その特色は「各方面の専門家が一堂に会し,被害者のニーズに沿った形
で熱心に支援を提供するところ」である.この定義には,次の三要素が含まれている.①
熱心なプロフェショナルがいること.②熱意を持った人を見つけて,1ケ所に集める.③
被害者が希望する形でニーズを満たすことである.FJC 運営は,少ない資金で行うことが
できる.人件費(給与,保険,手当等)が必要なのは,センター長,あるいはもう一人分
のみで,他の人材は関係機関からの配置転換で対応する.つまり,警察官,検察官,アド
ボケート,医師等を派遣させて FJC に配属するために給与などは所属機関が支払うことに
なる.財源の多くは,企業や一般市民,慈善事業からの寄付である.被害者がアドボケー
トに提供した情報は,被害者の同意がない限り,警察や検察官に提供することはできない.
全ての相談者は,どのレベルの危険性があるかにより異なるが,翌日または翌週に,フォ
ローアップの電話を受けるなどきめ細かなサービスがある.同氏は FJC の課題にも言及し
ている.①組織内におけるパワーとコントロール(権力と支配)の問題が生じる可能性,
②資金・人的資源の問題,③協働関係の確立における問題点,つまり組織相互間での支援
のあり方に関する見解の相違.責任感やお互いを尊重する精神の欠如,コミュニケーショ
ン不足,支援の一貫性に欠ける可能性があること.支援の在り方の議論に被害者を巻き込
まなければいけないことや被害者の意見にいつも耳を傾けなければならないなど,組織上
の運営の困難さがある.組織は,DV シェルターや当該地域の行政機関によりコーディネー
トされている.米国の FJC の3分の2は,郡の検察や警察によってコーディネートされ,
残りの3分の1は DV シェルターなどがコーディネートしている.
全米でだけでなく,諸外国にも広がりつつある FV 被害者支援システムではあるが,アメ
リカでインタビュー調査を行った山口佐和子は,FJC に関する否定的な意見も見られたと
して,①政府と密着した性質,②被害者軽視,③地域の民間機関軽視という傾向があり,
FJC に加盟せず独自で同様な支援活動を行っている組織もあるという報告をしている(山
口 2010:119-121)
.わが国が FJC の導入を検討する場合,FJC についての調査研究が必
要であると共に,こうした課題も十分に考慮し,地域に合ったシステムづくりをしていか
なければならない.特に縦割り行政だと指摘されるわが国では,法制度や行政の権限を越
えた連携と地域の民間団体との対等な立場での連携によるセーフティ・ネットとしてのシ
ステムづくりが不可欠である.多様な問題を抱えている FV 被害者のためにもさまざまな公
的機関や民間団体などの組織が横断的に連携し,被害者がワンストップでサービスが受け
88
奈良女子大学社会学論集第23号
られるシステムの構築は,早急に取り組まなければならない課題であろう.
おわりに
本論では,DV 施策から FV 施策への転換が必要ではないかという観点から,現行の DV
施策の課題について検討した.DV が「女性に対する暴力」として,わが国の DV 政策は始
まった.その意義はとても大きく,被害者の多くは女性であることから継続して「女性に
対する暴力」に取り組んでいかなくてはならない.しかし,DV 防止法では女性の保護を主
眼に置いて支援策が図られているため3章で示した課題が存在する.また,虐待防止三法
では,保護対象が年齢別,性別(性的少数者も含む)で制限され,保護の対象から漏れる
多くの人々の存在がある.既述したように,児童虐待の被害者にあたらない 18 歳から 20
歳までの年齢の虐待被害者,成人子から暴力を振るわれている親,きょうだい間暴力の被
害者などさまざまな親族関係のなかで振るわれる暴力や虐待の被害者たちである.FV 概念
を導入する意義は,家庭内のさまざまな人間関係のなかで行われるあらゆる暴力の被害者
に対応することを可能にし,虐待防止三法をも包括した取り組みが行えることである.そ
のための支援策として,アメリカの FJC のような FV 相談窓口としてのワンストップセン
ターの設置が必要ではないだろうか.そして,警察や司法関係,保護施設,福祉や医療関
係などの公的機関,民間シェルターや加害者更生プログラム実施団体やカウンセリング機
関などの民間機関との横断的な連携システムを構築することである.さらに,被害者のニ
ーズに合った支援策を連携機関がラウンドテーブルで話し合い,異なった視点から問題を
見ることで被害者の立場にたった支援を時には見守りを含めて行うことである.森田が論
じるように DV 被害者援助団体,DV 加害者プログラム提供団体,児童虐待介入機関などに
よって共同で運営され,さらに行政,警察,保護観察機関,家庭裁判所,精神保健機関な
どが加わったコミュニティ全体で,FV の再発を監視する連携地域対応システムの構築が求
められているのである.
こうした地域連携システムの一例として,加害者への取り組みも支援の枠組みに入れた
施策として,児童虐待再発防止にかかわる高松式が参考になると思われる.高松市では,
加害者処分について,高松地検が,児童相談所や学校,市町村の担当職員,医師ら事件の
関係者などと協議して執行猶予や求刑について検討し,暴力防止プログラムの受講などを
求めたりする取組を始めている(朝日新聞 2015.6.4,2015.9.24)注7).司法介入でダイバ
ージョンの導入が検討され始められているのである.後藤弘子は,そこに犯罪があるのに,
有効な施策を実施できず,いたずらに犠牲者を出し続けることは,「刑事政策の敗北」だと
厳しく批判し(後藤 2011:393)
,司法制度の課題を指摘する.高松式は高松地検が主導で
児童虐待の再発防止のために行っている画期的で先駆的な事例として注目されており,児
童虐待だけでなく,FV 対策として取り組むための試金石となることを期待し,今後の動き
89
奈良女子大学社会学論集第23号
に注目していきたい.
[注]
1)長年にわたり成人子の暴力に苦しんだ親が娘・息子を殺害した事例については,朝
日新聞(2015.11.25)の記事や押川剛の『「子どもを殺してください」という親たち』
(2015 新潮文庫)を参照.
2)全てが配偶者からの暴力を直接の原因とするものではなく,嘱託殺人,保険金目的殺
人等,多様なものが含まれている.
3)警察庁の調査によると DV 被害は年々増え続け,14 年には過去最多の 59,072 件に上が
った.そのうち男性被害者は 10.1%で,10 年の 2.4%から4倍に増えた.最高裁のま
とめでは,
「相手からの暴力」で離婚を申し立てた夫は 2000 年度 882 件から 2014 年
度の 1475 件へと増加.一方,妻は 13,002 件から 11,032 件へと減っている(朝日新聞
2015.9.23)
4)全国男性相談一覧
htpp://potatomagic.jimdo.com
5)ドゥルース・モデル(The Duluth Model)とは,ミネソタ州・ドゥルース市で開発さ
れた「家庭内暴力介入プロジェクト」
(Duluth Domestic Abuse Intervention Project :
DAIP)で,地域関連機関の連携ある.発足時の参加機関は,警察署,州刑務所,検察
庁,シェルター,州裁判所,保護監査局および精神保健関係機関である(波田あい子
2004:30)
.
6)日本経済新聞(2015.3.26)によると,
「児童虐待疑い最多 2.8 万人 昨年,児相に通告
親など摘発 719 人」とあり,児童の目の前で父親が母親に暴力をふるうなどの「面前
DV」を含む心理的虐待が 17,158 人(59.3%)で最多.警察が摘発した 719 人のうち
実父が 298 人と最も多く,実母が 158 人.養父・継父が 149 人,内縁の夫が 84 人で
あった.警察が摘発したケースでは,虐待者が実父は実母の約2倍,養父・継父や内
縁の夫を合わせると 531 人
(74%)
と,母親など女性が虐待者であるのは 188 人
(26%)
であった.
7)高松地検は 2014 年 12 月から,虐待の原因や背景を把握するために,加害者を起訴す
るかどうか決める前に検察が児童相談所などの意見を聞く機会を設けている.加害者
の立ち直りを助けるため,起訴した場合でも保護観察を付ける執行猶予付きの判決を
求めることも選択肢の一つとする.最高検察庁も虐待の再発を防ぐ有効な試みとして
注目している(朝日新聞 2015.6.4,2015.9.24)
.
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(いわせ ひさこ 元奈良女子大学大学院博士研究員)
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奈良女子大学社会学論集第23号
An inquiry into Family Violence perspective
From the recent trend of DV policy in Japan
IWASE Hisako
Abstract
In Japan, more than10 years have passed since Child abuse prevention law, Domestic
Violence protection law and Elder abuse prevention law have been enforced. But these
laws define the people by age and gender. Accordingly, those people such as Children
who are over from 18 to 20 years old, middle aged parents who are victims of violence by
their own adult children, victims of sibling’s violence, are not protected. Thus, current
child and elder abuse prevention laws have an age limit and DV protection law does not
consider sexual minorities and men victims. It is necessary to review the current laws to
support those victims of family violence.
The purpose of this study is to review current Domestic Violence policy and consider
necessity of support system for the Family Violence victims, comprehensively.
We need a new concept of family violence policy to support excluded victims by present
laws and social systems. It is a human right approach.
(Keywords: family violence, excluded victims from DV policy, new policy for family
violence)
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